水曜日, 4月 8, 2026

土浦日大、科技日立破り4回戦へ【高校野球茨城’24】

第106回全国高校野球茨城大会は11日目の18日、4つの会場で3回戦8試合が行われた。ひたちなか市民球場では昨年の覇者 土浦日大が、科技学園日立を7回コールド9−1で破り、4回戦進出を決めた。 土浦日大の先発小島笙は初回1死後、科技学園日立の飯泉大空からレフト前ヒットを打たれ、2塁への盗塁を許した。続く藤本幸聖には四球によりランナー1、2塁とされるが、難波悠勝をピッチャー併殺打に打ち取り、ビンチを切り抜けた。 その裏、土浦日大は先頭の島田悠平がセンター前ヒットで出塁し、野口智生のバントで2塁に進む。続く3番中本佳吾が四球を選び、1、2塁のチャンスに、4番大井駿一郎がレフトへ3ランを放ち3点を先制した。「ライナーを返すことを意識して打席に入り、スライダー真ん中高めを振り抜いた」と大井。 土浦日大は2回にも1点を追加。5回には四球とヒットで1、3塁とチャンスを広げると、藪ノ下陽のライトへの犠牲フライで1点を追加。さらにランナー2、3塁の場面で、大橋篤志が狙い通りサード前に転がし、スクイズで3塁走者の梶野悠仁が生還。続く2塁走者の石崎滝碧も生還し、7点をリードした。6回には中本佳吾、梶野悠仁のタイムリーでさらに2点を追加した。 先発小島は、四球を出しても崩れず、カットボールを中心に科技学園日立打線を7回1失点に抑え、チームを4回戦進出に導いた。小島は「緊張もあり完璧な投球ではなかったが、勝てるピッチングが出来て良かった」とほっとした様子で話した。 小菅勲監督は「暑い中みんな頑張って、つながりが出て、いい試合だった。大井の3ランでチームを元気づけた。小島は低めをついて自分らしい投球が出来た。小技を絡めたスクイズでの追加点に関しては、勝ち進む中でロースコアが予想されるので、スモール(小技)が大事になってくる。練習の成果が出せた」と話した。 土浦日大の4回戦は21日に藤代と対戦する。(高橋浩一) ➡土浦日大 小管監督の監督インタビューはこちら

霞ケ浦、鉾田二に貫録勝ち【高校野球茨城’24】

第106回全国高校野球茨城大会11日目の18日、4会場で3回戦8試合が行われた。J:COMスタジアム土浦の第2試合では霞ケ浦が鉾田二と対戦した。1回戦で海洋に37-1と大差をつけた鉾田二に対し、霞ケ浦は7回コールドで8-1という貫禄勝ちを収めた。 先の試合では得点不足に悩んだ霞ケ浦打線が、この日は序盤から順調に得点を積み上げた。初回、口火を切ったのは2番・谷田貝優。右越えの三塁打でいきなり好機を作り、3番・羽成朔太郎の右犠飛で生還。その後、四球と暴投で2死2塁となり、5番・雲井脩斗の中前適時打と6番・眞仲唯歩の左前適時打で2点を追加した。 2回は1安打と3四球で押し出しの1点を奪い、その後も1死満塁の場面から雲井の三ゴロと眞仲の遊ゴロで2点を追加。7番・鹿又嵩翔の打球は三遊間を抜く2点適時打となった。「打ったのは外のスライダー。2死二・三塁の場面だったので2人とも返したかった。自分の役割はつなぐバッティング。長打より率を上げることを心掛けている」と鹿又のコメント。 先発のマウンドには、初戦ではリリーフで好投した眞仲が登板。「球種が多くどんな球でもストライクを取れる投手。自滅することがないので1、2戦目は彼で行こうと考えた」と高橋祐二監督。 初回は立ち上がりから四球とエンドランで無死一・三塁のピンチを作り、次打者をダブルプレーに打ち取る間に1点を失ったが、その後は調子を取り戻し、2回以降5回までは2安打4三振に抑えている。 「初回は体が前へ突っ込み、ボールが浮いたり荒れたりした。コーチから低め低めで行くようアドバイスされ、その後はストライク先行で、いいテンポで投げることができた」と眞仲。彼はバッティングも得意だそうで、この日は1安打2打点の活躍。 1、2回で8点を荒稼ぎした霞ケ浦打線だが、3回以降は得点が止まってしまう。3~5回はスコアリングポジションに走者を進めながらあと1本が出ず、6回は三者凡退。「立ち上がりはいい感じで、初球からどんどん振っていき、走塁など細かいところでも点が取れた。その後はリードして安心した部分もあったと思う。投手が代わった後はもう一度工夫が必要。次に向けて修正したい」と市川晟太主将の反省の弁。 ただし点差が開いたことを利用して、投手陣に経験を積ませることもできた。6回は乾健斗が無安打2三振、7回は市村才樹が2四死球を出したが無安打1三振。この2人が霞ケ浦の左右のダブルエースだ。高橋監督は「次の水戸商戦もしっかり準備をして、いいゲームをしたい」と意気込んだ。 霞ケ浦の次戦は21日、J:COMスタジアム土浦の第2試合で水戸商と対戦する。(池田充雄) ➡霞ケ浦 高橋監督の監督インタビューはこちら

1980年に開園した洞峰公園《ご近所スケッチ》11

【コラム・川浪せつ子】歩いて行ける大好きな公園「洞峰公園」。コラムを書くに当たっていろいろ調べました。上の絵の建物「新都市記念館」は1976年に完成したそうです。公園の完成と一緒と思っていましたが、公園は1980年に開園したそうです。それまでは整備された公園ではなかったということでしょうか? そして、1985年には国際科学技術博覧会(通称 科学万博/つくば万博)がありました。私はその2年ほど前から市内に住んでいます。そのころはまだ、つくば市という市はなく、1987年に地域の町や村が合併して、つくば市が誕生しました。「本当に昔だなぁ~、懐かしいなぁ~」。 洞峰公園は今までに何度も描いています。ですが今回は、ちょっと視点を変えて描いてみました。これからも四季折々、たくさん描いていきたい。でも一つ問題が…。緑色ばかりで、どうやって木々の緑色の変化を表現するかです。 緑、水、人、花…を描く 緑色は色の中でも緑だと人が認識する範囲は多く、色としては一番名前が多いそうです。緑色の信号を青信号と言ったり、新緑を青葉と言ったり、緑色ってどうなっているのだ!ですね。 この公園には洞峰沼があり、水を描く練習にも。人の往来があり、人物を描くことでその場所の雰囲気を演出できる。お花も咲いていて…。おまけに、ステキな建物も数点あり、絵かき人には絶好の場所なのです。(イラストレーター)

つくば秀英、日立商業にサヨナラ勝ち【高校野球茨城’24】

第106回全国高校野球茨城大会は10日目の17日、4つの会場で3回戦8試合が行われた。ひたちなか市民球場ではつくば秀英が日立商業にサヨナラ勝ちし、4回戦進出を決めた。 日立商業は1回戦で茨城高専に延長11回タイブレークの末4−3でサヨナラ勝ちし、2回戦では東海高校に13−3で6回コールド勝ちと勢いがある。つくば秀英は日立商業を相手に「うちで一番いい投手を出す」(櫻井健監督)と決めて、エース羽富玲央投手が先発のマウンドに上がった。 羽富は1、2回を三者凡退に抑え、完璧な立ち上がりを見せると、打線は2回2死から稲葉煌亮がセンターにチーム初安打を放つ。が、続く石塚大志が凡退。6回には先頭の佐々木将人が四球で出塁すると、バントと相手投手のボークで1死3塁のチャンスをつかんだ。しかし続く吉田泰規、明石理紀斗が凡退。7回にもエラーで出塁した大石隼也が3塁に進みチャンスを広げるも、あと1本が出ず無得点に終わった。 7回まで日立商業打線を無安打、無四球と完璧に抑えていた羽富は8回、先頭打者 檜山にレフトへ初安打を許すが、後続を抑え、9回にも2死2塁とピンチも切り抜けた。 つくば秀英はその裏、吉田泰、明石の連続安打で無死1、2塁のチャンス、代打河嶋玲凰がバントで送ると、続く大石がライトにタイムリーを放ちサヨナラ勝ちを決めた。 大石は「代打河嶋がバントを決めてくれたので自分で決める気持ちで打席に入った。打ったのはスライダーの抜け球。感触はあった。打てて良かった。守備からリズムをつかみ、落ち着いてやり、みんながつないでくれた。最後まで自分たちの野球を貫けたし、羽富がしっかり投げてくれた」とほっとした表情で話した。 9回102球を投げ、被安打2、5奪三振、無四死球と見事な投球を見せた羽富は「最後の夏。負けたら終わりなのでハラハラした。カーブを中心に投げ、うまくコントロール出来た。点を取られないことを意識した。打たれても守ってくれるので安心して投げられた」と鉄壁な守備をたたえた。佐々木主将は「羽富が良いピッチングをしてくれた。最後は自分たちの気持ちが勝った。次の試合も今まで通り一戦必勝で頑張る」と意気込んだ。 櫻井健監督は「結果的に勝ててほっとした。初戦はコールド勝ちしたので次の試合は難しくなると想定はしていた。羽富は集中してしっかり投げてくれた」と話した。 つくば秀英の4回戦は20日、竜ケ崎一高と対戦する。(高橋浩一)

常総学院、完封リレーで水戸啓明に勝利【高校野球’24】

第106回全国高校野球茨城大会は10日目の17日から3回戦に突入。4会場で8試合が行われた。J:COMスタジアム土浦の第1試合では常総学院が水戸啓明と対戦、エース小林芯汰と公式戦初登板の小澤頼人による完封リレーで常総学院が4-0で勝利した。次戦は20日、ノーブルホームスタジアム水戸の第1試合で常磐大と対戦する。 常総学院はエース小林が満を持して登板。多彩な変化球と緩急を使い分け、5回までノーヒットのピッチング。「自分たちが目指している場所を再確認し、全力を出せるよう準備してきた。自分の感覚や打者の反応などからも良くなってきているのが分かる。次につながる内容だった」と本人の振り返り。 打線は初回、1死一・二塁のチャンスをつくるが後続が倒れ無得点。2、3回は三者凡退に終わり、次のチャンスが4回に巡ってきた。「2巡目だったので相手投手の特徴をつかんだ上で、場面に応じて『この一球』に狙いを絞っていこうと話し合った」と若林佑真主将。 先頭の3番・池田翔吾が死球で出塁し、4番・武田勇哉は右飛に倒れたが、5番・森田大翔が右翼への三塁打で1点を先制。6番・小林は中前適時打で1点追加、相手先発をノックアウトした。7番・近藤和真は右翼線への二塁打でさらに1点追加、その後2死三塁からボークで近藤が生還。この回は結局、ヒット3本の固め打ちなどで4点を奪っている。 「後ろへつなごうとみんなで言っていた。点が取れたのは素直にうれしい。打ったのはアウトコースのおそらくスライダー。低い打球でセンターを意識し、野手の間に落ちてくれと願った」と先制打の森田。島田直也監督は「相手投手は2人とも良かった。上を目指すにはこういう投手にどう対応するかが重要。特に先発は外のコントロールが良く手こずった。ワンチャンスをものにできたことは良かった」と語った。 近藤の二塁打のとき一塁から生還した小林だったが、実はこの時に脚をつっていた。最初は軽かったそうだが次第に悪化、6回の投球では連続四死球で2死満塁としてしまい、無念の降板となった。 救援に向かった小澤は「打たれたらどうしよう」と不安もあったが、先輩の励ましに「打たれてもいいから自信ある球で、1球1球気持ちを出して全力で投げよう」と開き直った。初球は捕手のミットを目掛け渾身のストレート。結果は三ゴロで、わずか1球で火消しに成功した。9回には2安打を浴び1死一・三塁のピンチを作るが、またも三ゴロからのダブルプレーで試合を締めくくった。 初戦とは逆で、打線は本調子ではなかったが投手陣が頑張ってくれた。チームとして互いに補い合える試合ができている」と島田監督。その言葉を「打てなくてもその分守備でピッチャーを支え、しっかりゼロで抑えることができた」という若林主将の言葉が裏付ける。(池田充雄) ➡常総学院 島田監督の監督インタビューはこちら

親戚のような感じで泊まりにおいで【里親1000人へ】㊦

短期中心に受け入れ 「5月は月の半分、子どもを預かっていました」と話すのは、龍ケ崎市在住の里親、政尾秀子さん(52)。夫と2人で暮らす政尾さんは、2014年に夫婦で里親登録をした。現在は、養育里親として短期を中心に子どもを自宅で受け入れている。5月は、里親の休息を目的としたレスパイトケアとして、それぞれ別の里親家庭で暮らす3人の子どもを4日間から6日間ずつ預かった。 レスパイトケアは、里子を委託された里親が、必要な時に、他の里親や乳児院、児童養護施設などに子どもを預けて一時的に休息をとる制度だ。受け入れる里親には一定の手当が支払われる。「親戚のような感じで『遊びにおいで、泊まりにおいで』と子どもを迎えている。一緒に公園や映画を見に行くなど、私自身も楽しみながら同じ時間を過ごしています」と政尾さんは話す。 1月から3月は45日間、児童相談所に一時保護された子どもも受け入れた。近隣の養護施設に登録し、施設で暮らす子どもが家庭的な暮らしを経験することを目的に、月に何回か宿泊する児童も受け入れている。 小さなことでも相談 数日間単位の受け入れと並行して、これまでに小学生を2年間、高校生を3年間受け入れてきた。年単位で暮らしを共にする中で、コミュニケーションの取り方など思春期を迎える子どもとの向き合い方に戸惑うこともあったという。 「途中から、養育することの難しさ、大変さを感じることもありました。委託期間中は常に相談員の方と連絡を取り合っていました。里子の進学を機に委託が終わった後も、『里帰り』のように遊びにきてくれるのはうれしい」と笑顔で語る。 里親の苦労を知る政尾さんは、レスパイトケアの必要性をこう話す。 「実の親から離れて暮らす子どもには、一般家庭とは異なる特徴があります。関係に煮詰まってしまうこともあるかもしれない。里親が先に参ってしまうと子どもにも悪く影響してしまう。こんなことで利用したら『できない里親』と思われてしまうんじゃないかと心配してしまう里親さんの声を聞くことがある。でも、小さなことでも、児童相談所や里親支援機関に相談し、レスパイトを使うのがいいと思う」。 現在は動物関連のボランティア活動にも力を注ぎながら、里親として子どもに向き合う日々を送っているという政尾さん。「レスパイトケアでは、同じお子さんが来ることが多く、その子もうちに来るのを楽しみにしてくれているんですよ。里親さんにも安心して子どもを預けてもらえるように、気をつけていきたい」と語った。 チームで療育 土浦児童相談所管内の牛久市や阿見町、龍ケ崎市などの里親による稲北地区里親会会長の金子敏明さん(55)は、2017年に初めて小学生になる子どもを受け入れた。夫妻にとって初めての子育て経験になった。金子さんは里親自身が支援を受けることの大切さを強調する。 「妻とは『まずはやってみよう』、その上で難しかったら『無理でした』と言おうと励まし合いました。私たちは子育て経験が無く、里親として任された1人の子どもを育てるためには、専門家の力を借りることに遠慮も躊躇(ちゅうちょ)もしていられません」と振り返る。 学校などでトラブルが起きた際には「フォスタリング(里親養育包括支援)機関に『こんなことありました。どうしたらいいですか?』とすぐに電話していました。隠しごとはせず、小さなことも含めて何でも相談しました。専門家の知見を聞くのは絶対に必要」と話す。 現在、里親制度は、里親や支援機関、関係機関が一体となって子どもを養育する「チーム養育」として制度化され、各自治体の担当課、児童相談所、フォスタリング機関、施設の専門相談員らが定期的に会議を行い、子どもの情報を共有し、里親が委託を受けた後も、相談員が定期的に家庭を訪問することがガイドラインで定められている。 家族になることできる 金子さんは、里親研修で聞いた「里親制度は親のための制度ではなく、子どものための制度」という言葉を繰り返し自分に問い掛けている。「子どもにとって大切なことは、特定の大人との関係が続いていくこと。大人との安定した関係の中で育つことが大切だと思う」。 「血がつながっていなくても、時間をかけることで家族になることはできる」と、里子との関係を振り返りながら、「一緒にいる子どもが安心してくれていると思えた時に、少しは家族になれたかなと感じた。一緒に風呂に入って、一緒に寝て、毎日きちんとご飯を食べて。妻と分担しながらいろいろなことを一つ一つクリアする中で徐々に感じられるようになったとも言える。最初からうまくいくことばかりではないと思うが、子どもと向き合うことで『この人が親なんだ』と納得してくれると思いますから」と話すと、「人ってこうやって成長するんだなと思いますよね。子どもの成長が、私たちの喜びであり成長にもなっている。この制度が、より多くの方に広がってほしい」と話した。 終わり ◆「2024年度里親制度説明会ーお話し会『知ってみよう、里親のこと』」が7月28日(日)、つくば市高崎のさくらの森乳児院にある「同仁会子どもセンター」で、8月25日(日)には筑西市茂田の慶育会茨城育成園で開かれる。時間はいずれも午前10時~正午。参加費無料。申し込みは専用ウェブサイトから事前申し込みが必要。問い合わせは、さくらの森乳児院里親担当者へ電話(080-8434-3329)、またはメール(fostercare.kidskohoo@doujinkai.or.jp)で。

完璧主義者の姿と行動《映画探偵団》78

【コラム・冠木新市】フランス映画界の巨匠ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『仁義』(1970)を見直した。東映のヤクザ映画のようなタイトルだが、原題は『赤い輪』。公開は『影の軍隊』(1969)の翌年で、当時は同監督のギャング映画にはナチスドイツへのレジスタンス体験が投影されていると気付いていた(映画探偵団44)。 宝石泥棒の話ではあっても、ブルーの色調の画面からは寡黙な登場人物の行動と相まって、何か奥深い空気が伝わってくる。 刑期を終え出所したコ一レイ(アラン・ドロン)。護送中に逃亡したボジェル(ジャン・マリア・ヴォロンテ)。ボジェルを追うマティ警視(ブ一ルヴィル)。すご腕狙撃手の元刑事ジャンセン(イヴ・モンタン)。この主要4人が黙々とそれぞれの行動に没頭する。なかでもジャンセンが光る。 髪はボサボサで無精ひげの男が何本もの酒瓶の置かれた横にあるベッドに寝ている。ジャンセン初登場シ一ンだ。戸棚の隙間から、クモ、蛇、トカゲ、カメレオンが次々と出てきて、ネズミが彼の顔の近くまで寄ってくる。悲鳴を上げるジャンセン。 それは幻覚だった。コ一レイから電話がかかり、真夜中に会う約束をかわした後、鏡の前に立ち、タバコをくわえ、震える手でマッチをする。完全なアル中患者である。 ところが次の場面。ナイトクラブ入り口に、ピカピカの靴、高級なス一ツ・コ一ト、ソフト帽をかぶったジャンセンが現れる。その変貌ぶりには誰もがビックリするはずである。コ一レイがあいさつ代わりに酒をすすめるが、ジャンセンは断わる。禁酒を始めたのだ。 「戸棚の奴らに報復できた」 ドラマ後半、ジャンセンが目立ってくる。 黒のソフト帽、黒のコ一ト、黒のス一ツ。高級紳士のなりで宝石店に品定めにやって来て、監視カメラと防犯装置のチェックをする。次は、茶色のオシャレなセ一タ一を着て、林の中で射撃訓練。的は小さいが正確に当てる。 次は、鍵の代わりとなる特殊な弾丸を自宅で作る場面。横から同じ構図でカットを重ねる。手の震えは治まっている。 決行の夜。ジャンセンは黒覆面で顔を隠し、銃を両手で持ち、鍵穴めがけて発射する。撃ち込まれた弾丸は鍵となり、防犯システムが一斉に解除される。コ一レイとボジェルが宝石を袋に詰める。ジャンセンは、胸ポケットから銀の小型容器を取り出す。酒だ。飲むのかと思わせるが、香りを嗅いだだけで胸ポケットにしまう。 犯行後の自宅でジャンセンは、分け前は要らないとコ一レイに言う。驚き理由を聞くコ一レイに、「戸棚の奴らに報復できたから」とジャンセン。 『サムライ/ジャン・ピエール・メルヴィルの映画人生』(晶文社)を読むと、『仁義』を撮ったときの苦労が語られている。「私は完璧主義者になったが、同時に、25年来一緒に仕事をしている人々は次第に完璧主義者でなくなっている。言い換えれば、この25年の経験から、25年前にはフランスの仲間うちには非常に有能な人々がいたのに、その人々が著しく有能でなくなったという印象があるんだ」 撮影でスタッフにうちのめされていたメルヴィル監督は、完璧主義者の姿と行動を丁寧に描いて見せた。いい薬だ。いつ見ても反省させられる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

土浦日大、打線爆発し古河一を圧倒【高校野球茨城’24】

第106回全国高校野球茨城大会は9日目の16日、3会場で2回戦6試合が行われた。J:COMスタジアム土浦では第1試合に昨年の優勝校、土浦日大が登場。古河一を相手に14-0の大量得点で5回コールド勝ちを収めた。土浦日大の3回戦は18日、ひたちなか市民球場の第2試合で科学技術学園日立と対戦する。 土浦日大の打線が爆発した。初回は2番・石崎滝碧が遊ゴロで出塁、3番・中本佳吾の右前打と4番・大井駿一郎の四球で満塁とし、5番・梶野悠仁が右翼へ走者一掃の二塁打を放って3点を先制した。 2回には四死球3つでまたも満塁とし、大井が中越えの二塁打を放って2点を獲得。投手交代の後、梶野の右前適時打で2点を追加。7番・大橋篤志の左前打で1点を加え、8番・野口智生の右前打で2死一・三塁とすると、ダブルスチールでさらに1点をもぎ取った。 3回は四球2つと敵失で無死満塁から、大井が右翼線へ三塁打を放ち走者一掃、梶野も右翼への犠牲フライで1点を加え、この回4点を獲得。4回は1番・西澤丈が左前打で出塁し盗塁で二進、中本の放った内野ゴロは一塁手が捕球できず、その間に西澤が生還。この回もスコアボードを裏返すことができた。 この試合、大井は長打2本で5打点、梶野は2安打1犠飛で6打点。中軸以外でも足を使った攻撃などで点を稼いだ。3番に座る中本主将は「自分の後ろに2人いい打者が控えているので気負わずにできる。どこからでも点が取れる打線。ただし点差が離れていても、夏は1点から流れが変わることもある。最後まで自分たちの野球を貫き通すことが大事」とコメント。梶野に対しては「2年生だが思い切りがいい。気負いすぎず自分のスイングをしてくれた」と評した。 小菅勲監督は「打撃陣はミート主体にコンパクトなバッティング。ヒット8本は決して多くないが、四球を生かしてつながりある攻撃ができた。各自が個性を出し、一つのチームとして戦える集団になってきた」と目を細める。 先発の笹沼隼介は3回を投げて2被安打1四球2奪三振。もちろん無失点だ。初回は味方のエラーもからみ1死三塁のピンチを迎えるが、スクイズを外して飛び出した三走を挟殺し、次打者を中飛に打ち取って切り抜けた。4回は2番手の山崎奏来が1被安打1四球1奪三振、5回は3番手の小島笙が2被安打2奪三振でいずれも無失点。 「笹沼は調子を上げてきているので背番号にとらわれず起用した。点が入ったので他の選手も積極的に投入することができた。好調な旬の選手や生き生きとした選手を使いながら見極めたい」と小菅監督。 笹沼は「初戦ということで緊張した。0点に抑えたい気持ちもあったが、チームメートから『点を取られても取り返してやる』と言われ、仲間を信じて自分のピッチングができた。次もいままでやってきたことを信じて、自分らしいピッチングがしたい」と振り返った。(池田充雄) ➡土浦日大 小菅監督の監督インタビューはこちら

登録増やすため まずは制度を知って【里親1000人へ】㊥

里親登録1000人プロジェクト 里親のリクルートや研修、マッチング、支援などを行うフォスタリング(里親養育包括支援)機関の一つで、社会福祉法人同仁会(塩沢幸一理事長)が運営するつくば市高崎の「さくらの森乳児院」で里親リクルーターとして活動する増子洋一さん(44)は「里親登録を増やすためには、まずは制度を知ってもらうことが必要」だと話す。 増子さんら県内のフォスタリング機関が協力して始めたのが、「茨城県里親登録1000人プロジェクト」だ。地域のドラッグストアや漫画喫茶、スーパーなどの協力を得て待合スペースで説明会を開いたり、ポスターを設置したりしている。SNSでの発信も活発だ。 増子さんは、里親には4つのタイプがあると説明する。一般的に里親として最も認知されているのが、子どもが自立するまでの一定期間を一般家庭で養育する「養育里親」。原則、子どもが18歳になるまでと養育期間は最長だが、大学進学などを理由に22歳まで延長することもある。養育里親のうち5、6人の里子を受け入れるグループホームをファミリーホームという。虐待によって心身が不安定だったり、障がいがあったりする子どもを専門的な研修を受けて養育するのが「専門里親」。その他、養子縁組を希望する「養子縁組里親」、里親制度を活用して親族が養育する「親族里親」がある。 現在、何らかの理由で家庭で暮らせない子どもは全国に約4万2000人いるとされる。そのうち施設で暮らす子どもは約8割で、里親家庭で暮らすのは2割ほど。国は「家庭で育つことが望ましい」として、2016年に「新しい社会的養育ビジョン」を策定。29年度までにすべての自治体で保護を必要とする乳幼児の75%以上、学童期以降の50%以上が里親に委託されるよう求めている。 短期で受け入れる里親を増やしたい 活動の成果もあり、さまざまな形で里親を希望する人が増えつつあると増子さんは話す。「養子縁組を中心に考える人、実子がいて2人目の子は社会貢献の意味で里子を迎えようと考える人もいる。単身者でも『1人でもできませんか?』と質問する方もいる」。目立つのが30代や40代の希望者だという。「血縁にこだわらず、柔軟に多様な家族の形を考える若い世代が増えているように感じている」と語る。 現在、フォスタリング機関により、週末や月に数日間など、短期で受け入れが可能な里親の募集もしている。理由の一つが、子どもの委託を受けている里親を支えるためだ。増子さんは「虐待を受けた子どもを養育するのは大変な面がある。他の里親さんに一時的に子どもを預けて休息を取るレスパイトケアも必要」と語る。 もう一つ理由として、増え続ける子どもへの虐待予防を挙げる。各自治体では、一般家庭の子育てを支援する事業として、ショートステイを行っている。病気にかかったり育児に疲れたりして、保護者が子どもを養育できない状態にある時に、児童養護施設や里親家庭に子どもを一時的に預ける制度だ。育児の負担を和らげるだけでなく、必要な支援とつながる一歩になることも期待されている。 増子さんは「家庭の中で『虐待』になってしまう状況をどう食い止められるのか。未然に防ぐためにも里親さんに協力してもらうことが重要。地域で子どもを守るために、地域ぐるみで協力できる体制を整える必要がある」と話す。 また「年齢による体力的な心配や、実子がいることなどから長期間の受け入れは難しいという方、夫婦の時間、仕事、生活も大切にしていきたいという方が、短期間の里親を始めるケースも増えている。長期を見据えてまずは短期からという方もいる」とし、「子どもは家庭的な環境で健全に成長するというのが改正児童福祉法でも明示されており、虐待で保護される子どもがより家庭に近い環境で暮らすためには里親が必要になる。1人でも多くの方に、里親に登録してもらえたら」と語る。 続く

里山の暮らしを学ぶ《デザインを考える》10

【コラム・三橋俊雄】私は1997年に職場を京都に移し、主に丹後半島の農山漁村を中心として「里山の暮らしを学ぶ」活動を続けることにしました。今回は、赴任して数カ月後に訪ねた、宮津市北部・奥波見(おくはみ)集落の桶(おけ)職人Yさんご夫妻についてお話しします。 京都府立丹後郷土資料館の案内で、Yさん宅に向かいます。天橋立を通り過ぎ、山間の集落入り口で車を降りて急な山道を登ると、深紅の彼岸花が盛りでした。狭い切り通しを過ぎた突き当たり、杉林の手前にYさん宅がありました。 Yさんご夫妻との出会い 玄関脇の水場には、小ぶりの木桶に山から引いた清水が張られ、中に小粒の栗が漬かっています。軒下には、大きな笊(ざる)に、この地方独特の細長いナスと厚肉のピーマンが並べられ、箕(み)にはインゲンに似た野菜が干してあります。静かです。暮らしの気配は感じられますが、案の定、家にはどなたもおられません。 裏山の小道を登って行くと、小さな畑が広がり、奥さんのHさんが畑仕事の最中でした。ひとしきり、畑の作物の話を伺ってから家に戻り、土間から座敷に上がると、間もなく、桶づくりのタガに使う山竹を手に、ご主人のTさんが帰ってきました。その日は、桶づくりの話ではなく、里山の生活全般についてお話を伺うことにしました。 Hさんの冬場の仕事は藁(わら)仕事と筵(むしろ)織りです。 藁仕事は、ひと冬に草履20~30足、背負子(しょいこ)のオイソ(背負い綱)を人から頼まれて6つほど作るそうです。藁を丸めてオイソをこすり、つやとなめらかさを出す「コスリ」の作業が、なかなかつらいとのこと。また、背負子の背当て部分の縄綯(な)いも行います。写真の背負子は、木部をTさん、藁部をHさんが作られました。 筵織りは、まず藁打ちをして、縦糸になる藁縄を60尋(ひろ)綯(な)います(1尋は両手を左右に伸ばした指先から指先までの長さです)。さらに、両側の太めの縦糸(ミミナワ)を綯います。横糸には、長さ1メートル以上のモチイネの藁を用います。横糸の藁が短く途中でつなぐと、できた筵に穴が空いてしまうからとのこと。1枚織るのに3日を要します。 「足るを知る」生き方 集落の共同作業についてもお聞きしました。「クロアゲ(雪が消えたころの、たまった落ち葉の溝掃除)」や「集落の植林(杉の枝打ち、下刈り、植林)」「田んぼの水路掃除」などは村中で行う「総仕事」でした。 10月の秋祭りはまだ続いていましたが、田植えの後に行う「サナブリ(ご苦労さん会)」は止めてしまった家もあるようでした。 「地蔵盆」「2月2日の火祭り(Tさんが4歳のころに村中が火事になり、それを忘れないように皆で話をする)」「9月1日の風日(台風がひどかったことを思い、仕事を休む)」「虫送り(太鼓をたたいて、ヌカムシオクッタ、フネガタニオクッタと叫ぶ)」「キツネガリ(キツネガエリイッソウロウと言ってキツねを追い出す)」などの年中行事は、今では行われないとのことでした。 Yさんご夫妻とは、その後10年以上のお付き合いをさせていただき、「自給自足」の暮らし、「足るを知る」生き方などについて学ばせてもらいました。(ソーシャルデザイナー) 

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