火曜日, 4月 7, 2026

65歳になって考えていること《ハチドリ暮らし》29

【コラム・山口京子】一生に1年だけの65歳…。それぞれの年齢が1年の期間なのは当たり前ですが、この1年でしっかり考えるべきことは何なのかが気になっています。無事にここまで生きることができたという安堵(あんど)の思いと、自分が65歳になったことの不思議な感覚…。ここにきて、人生の主なイベントは峠を越えたのでしょう。 30年前の自分が思っていたこと。一つ、2人の子どもをちゃんと育てて、できれば大学まで行かせたい。二つ、家を買うことで生じた住宅ローンは、なるべく繰上げ返済をして定年まで持ち越さない。三つ、夫が定年まで勤めあげてくれれば、老後は年金でどうにかなるだろう。 思っていたことでかなったこと、かなわなかったこと。 一つ目、子どもをちゃんと育てるというのはどういうことなのかを自問すると、自分がイメージする「ちゃんと」を、子どもに一方的に押し付けてきたのではないか。子どもの気持ちや考えを察するとか聞きとるという配慮ができていませんでした。 また、大学に行かせたいのは、それが当たり前の風潮になっていたこと。また、子ども自身が大学を希望したこと。上の子は大学で学びたいというよりは、高校3年生の段階で具体的に働くという選択ができなかったこともあるでしょう。ちょうど就職氷河期にあたっていて、担任の先生は進学より就職の方が難しいと言っていたのを覚えています。下の子は語学が学びたいから大学に行きたいと意思を表示していました。 70歳までのローンで返せますか? 二つ目、わが家が組んだ住宅ローンの完済時期は夫が70歳。年金生活になって、月に10万円以上のローンの返済は現実的ではありません。当時、銀行の方に「70歳までのローンで返せますか、大丈夫ですか」と聞いたとき、担当者は「みなさん、そういうローンを組んでいますよ」という返答。 そのときはうなずいてしまいましたが、数年してから怖くなり、繰上げ返済をするようになりました。夫が50歳ごろにローンが終わったときは、本当にほっとしました。 三つ目、定年まで勤めると思っていましたが、早期退職勧奨に手をあげて退職し、厳しい再就職の経験をしました。現役時代の収入に応じた保険料の支払い額は、年金の額にも影響します。年金制度の仕組みや改正で、年金の額は実質減少傾向にあります。65歳以上で働く人は900万人を超えたそうです。   これからの社会がどうなるかは不確実ですが、自分が願う暮らし方や働き方ができますように。(消費生活アドバイザー)

地震時の断層の滑りを再現 世界最大規模の試験機を開発 防災研

発生のメカニズム解明へ 巨大な岩石同士をすり合わせて地震時の断層の滑りを再現する世界最大規模の試験装置を防災科学技術研究所(つくば市天王台)が開発し、12日、報道関係者を対象に公開実験を実施した。「巨大岩石摩擦試験機」で、地震発生のメカニズムや、地震が連鎖的に起こる仕組みの解明を目指す。 同研究所地震津波防災研究部門の山下太主任研究員らが開発した。今年3月に装置が完成し、8月から実験を開始した。設計・開発・設置費は約4億円。 試験機は幅13.4メートル、奥行4メートル、高さ5.9メートル、総重量200トン。装置の中央に、直方体の岩石を上下に2体並べ、加重をかけ、すり合わせて、石の伸び縮みや揺れなどのデータを測定する。すり合わせる岩石は長さ7.5メートル、幅0.5メートル、高さ0.75メートルと、長さ6メートル、幅0.5メートル、高さ0.75メートルで、2体の岩石がすれ合う断層面積が世界最大規模になる。最大で1200トンの加重をかけ、毎秒0.01ミリから1ミリの速さで、最大1メートル滑らせることができる。 身の回りで実際に起きているマグニチュード・マイナス1.4規模の地震を実際に起こすのと同じ規模の実験になる。地震として観測可能な最少規模の地震より少し大きな地震という。実験に使用する岩石は現在、粒が小さく硬く壊れにくい、はんれい岩を使っている。 地震は、断層が滑る際に揺れ(地震波)が起こり発生する。断層の滑り方は岩石の摩擦の性質に左右されることから、地震のメカニズムの解明を目指し、これまでも岩石同士をすり合わせて摩擦の性質を探る研究が世界中で重ねられてきた。 当初は、手のひらサイズの岩石を使って実験室で摩擦の性質を調べる実験が行われてきたが、近年の研究で、実験に使う岩石の大きさによって摩擦の性質が変わることが分かり、自然に近い大きさの岩石での実験が求められているという。 南海トラフ「半割れ」再現も 今後は、岩石と岩石がすり合う断層面に発生する石の粉などの摩耗物を取り除いて断層面が比較的均質な状態で実験したり、石の粉を残したまま断層面が不均質な状態で実験するなどし、断層面の均質性が地震の前の段階にどのように作用しているかなども実験で確かめたい考えだ。 さらに南海トラフのような広大な断層では、断層の一部が滑って地震が発生した後、時間をおいて残りの断層が滑る「半割れ」と呼ばれる連鎖的な地震が発生してきた。半割れは現在国が、南海トラフで想定しているケースの一つでもある。これまでの試験装置では使用する岩石が小さかったため、断層全体が一度に滑ってしまう地震しか再現できなかった。今回開発された装置を使い、半割れのような複雑な地震の発生を実験で再現することも求められている。 同研究所は2011年から大型岩石摩擦実験に取り組み、これまで長さ1.5メートルの岩石で実験してきた、今回開発した大型試験機はそれに次ぐ規模となる。 12日は同研究所内の大型耐震実験施設内に組み立てられた巨大岩石摩擦試験機を動かし、上段のはんれい岩に上から30トンの荷重をかけて、さらに下段のはんれい岩を横に毎秒0.01ミリの速さで1センチ動かす実験を実施した。山下主任研究員は「地震を再現して地震発生のメカニズムを再現し、地震発生予測につなげたい」と話す。(鈴木宏子)

海のものと山の人《続・平熱日記》141

【コラム・斉藤裕之】夏のバカンスイン山口。楽しみの一つは弟の舟で釣りに出かけること。狙いはアジとメバル、カワハギなどの瀬戸内の小魚。ところが港を出てしばらくすると、ナブラ(イワシなどの小魚が大きな魚に追われてできる)が湧いているのを発見。餌のイワシを追って海面をバシャバシャ泳いでいるのは、この辺りでヤズと呼ばれているブリの子供。急いで疑似餌を投げてみるが、うまくヒットしない。 どうやらヤズが回遊してきたという情報が回ったとみえて、次に舟を出したときにはヤズ狙いの釣り舟は随分と増えていた。遠目に立派なヤズを釣り上げている姿も見かけるようになった。我々もナブラにキャストを繰り返してはみたものの、ヤズの気を引くことはできず、本来の餌釣りに専念することにした。 結果、刺身と煮つけにちょうどいいサイズのアジとアラカブが釣れた。その日の夕方、近くの果樹園で働く義妹のユキちゃんが帰宅。「これもらったの」と、なんと大きなヤズを抱えているではないか。ご友人が日本海で釣ってきたものだそうだ。こういう状況を言い表す、うまいことわざなり故事成語なりがありそうな…。 とにかく、願ってもない御馳走(ごちそう)には違いないが、初老の我々3人にはちょっと持て余す大きさで、メインディッシュの予定だったアジは塩をされて干物に回された。 ユキちゃんと休日に市街へ出かけた ユキちゃんは不安定な暮らしをしていた弟を支えて、2人の娘を立派に育てた。今は午前中に地元の加工場でパンを焼いて、午後は果樹園で働く。毎朝みそ汁と魚を焼いてくれて、弟の弁当と私の昼のおにぎりも用意してくれる。夕飯もちゃちゃっと作る。その間に、薪(まき)で風呂も焚(た)く。いつも少し駆け足気味にスタスタと歩き、とにかくよく動く。 そのユキちゃんと休みの日に市街へ出かけた。目的の一つは昔からあるラーメン屋さん。この店に初めて訪れたのは小学生の頃。隣のみっちゃんと映画を見た後、「ライスちゅうメニューが50円であるんよ」と誘われて入った。多分相当貧乏に見えたのか、意気揚々と「ライス」を2つ注文した子供に、ご主人はおかずをつけてくれた。 当時すでに評判だったこの店は、今も行列ができるほど繁盛していた。コショウを一振り。数十年ぶりに食べるラーメン(中華そば?)は記憶の通りの味だった。ユキちゃんに「高校の食堂のラーメンを思い出したよ」と、私。実はユキちゃんは同じ高校の1年先輩。 アジを狙ってヒラメが食いついた 山口で過ごす最後の日。クマゼミの鳴き声で覆われた粭島(すくもじま)の港を出航。小アジの群れにぶつかって辟易(へきえき)していたら、何と、弟の竿(さお)に引っ掛かった小アジを狙って大きなヒラメが食いついた。というわけで、最後の晩餐は豪華ヒラメの刺身。夕方帰宅したユキちゃんは手際よくさばいて、その手には大きなヒラメの頭と骨が。 「これは山の人にあげよう」と言って、裏の捨て場に放り投げた。「何の動物(彼女が山の人と呼ぶ)か知らんけど、次の日にはきれいに無くなるんよ」 バカンスって、もしかしてベイカント(からっぽ)のこと? 夕方、パク(犬)と散歩していているときに、頭の中で言葉が結びついた。あ、くずの花が咲いている。勢いのある緑色だった田んぼも、いつの間にか秋色に変わりつつあった。(画家)

現役教師にエール 元高校教員が授業づくりの「勘ドコロ」出版

つくば市在住の元高校教師で、NEWSつくばコラムニストの片岡英明さん(72)が、現役教師のために授業や学級活動のヒントをまとめた電子書籍「若手教師の勘ドコロー基礎力を磨く授業づくり・HR(ホームルーム)づくり、教えます」(22世紀アート、税込1000円)をこのほど出版した。 片岡さんが1982年から2021年までに書きためた教育に関する論文やアイデアを収録している。学校現場で使える指導の実践例を多数挙げ、解説している。片岡さんは「悩みは宝。悩んだことや失敗に全ての問題を解決するためのヒントがある」と若手教師に向けてエールを送る。 絶版となった前著「若い教師のための授業・HRづくり」(2016年、三友社出版)に、17年から21年発表の論文6本を加え、新たに電子書籍化した。長年の高校教師の経験から得た、生徒との関係をつくる対話法や授業のコツなど、明文化されにくい教師の仕事の要所、いわゆる「勘ドコロ」をまとめている。 片岡さんは茨城大学大学院農学研究科を修了後、私立霞ケ浦高校(阿見町)で英語教師として39年勤め、2016年に退職した。生徒との対話を中心にした指導を重視する。生徒とのかかわり方は「渚(なぎさ)を歩くイメージ」。押しつけや説得ではなく、遠くから生徒を冷静に見る、中に入り波を起こす、というスタイルだ。 「上から見下ろす評論家教師ではなく、子どもが遊んでいる水に入ってかき回してしまう教師でもない。時に大きな波をかぶることもある」と笑う片岡さん。「それでも生徒との対話が教師の根本的なエネルギーになる。意見を押し付けるのではなく、『まいったなあ』『すごいな』といったゆるい言葉の研究が大切」と話す。同書にはゆるい言葉を使った生徒との対話例も掲載した。 英語の教科指導においては、短くやさしい言葉で文法を解説する「ひとくち英文法」を考案し、その試みについても同書に再録した。「自分が英語を勉強し始めた時、なぜ“do”が“does”になるのだろうと悩んで分からなかったことから、生徒に文法を分かりやすく伝えるためにはどうすればよいかを突き詰めて考えた」という。 教員を取り巻く現状を憂える。なり手が減少していることについては、学校側が指導に自信と責任を持つことが必要と語る。「人間が人間を教えているのだから指導には失敗があって当たり前。失敗があっても長い目で見て、良い方に指導しようとしていることは分かってくれと、学校側が自信を持てば、教育にチャレンジしてみようという若者が増えるのでは」。これから教員を志す学生や、現役の教員への応援メッセージとして同書を届けたい思いがある。(田中めぐみ) ◆「若手教師の勘ドコロ─基礎力を磨く授業づくり・HRづくり、教えます」(22世紀アート)は476ページ、税込み1000円。電子書籍販売サービスAmazon Kindle(アマゾンキンドル)で8月30日から発売。

東海第2原発、避難できるか?《邑から日本を見る》143

【コラム・先﨑千尋】漁業関係者との文書での約束を一方的に破り、多くの漁民が反対している中で、先月24日に始まった東京電力福島第1原発の汚染水海洋放出。これに対して中国が日本産水産物の輸入を全面的に停止した。野村哲郎農水大臣はこの事態を想定外と発言、さらにアルプス処理水を汚染水と記者団に言ったため、政府は打ち消すのに躍起になった。この問題が今後どうなるかは現時点では分からないが、岸田文雄首相には頭の痛いことだけは確かだ。 こうした中、先月27日、那珂市の「ふれあいセンターごだい」で、「東海村にある日本原電東海第2発電所で事故が起きたら避難できるのか」をテーマとした講演会(同実行委員会主催)が開かれた。主催者の話では170人を超える入場者がいたというから、同原発に対して周辺住民の関心が高いことが分かる。 講演会では、福島県元南相馬市長の桜井勝延さんと美浦村長の中島栄さんが講演した。桜井さんの住む南相馬市は一部が避難区域に指定された。 桜井さんは当時の状況を「避難区域になることを最初に知ったのはテレビ。国、県からは何の連絡もなかった。食料やガソリンなどの生活物資が入らなくなった。市内は原発から20キロの線で分断され、住民の間に亀裂が入った。強制的に避難させられた区域の惨状は口では言い表せない。原発さえなければ、と今でも考える」と怒りを込めながら語り、「東海第2の最良の避難計画は原発の再稼働を止めること。そうすれば避難計画を作らなくていいから」と結んだ。 「美浦村は原発の再稼働に反対だ」 美浦村は、東海第2原発が事故を起こせば、ひたちなか市から2007人(当初は3000人以上)の避難民を受け入れることになっている(県の計画)。しかし、本当にそれだけの人が避難できるのか。中島さんは、それは無理だと言う。 その理由を「ひたちなか市から美浦村までの間に那珂川、恋瀬川、桜川などがあり、避難者がわれ先にと移動すれば、スムーズな避難はできない。避難できたとしても、入院患者、透析患者、要介護者など支援が必要な人にどう対応するか。犬猫などのペットを飼っている人もいる。それらの人たちがどれくらいいるのかを知らされなければ対応できないので、まだ何も決まっていない」などと説明し、「福島の事例でも分かるように、10年以上経っても避難生活を続けている人がかなりの人数になる。住民の負担を減らし、安全な生活を守るために、避難しなくともよい方法を考えるべきだ」と提言した。 中島さんは最後に「美浦村は原発の再稼働に反対だ。原発に頼らなくてすむように、2015年に霞ケ浦湖畔に太陽光発電所を立て、現在は年間で1億円以上の収入を得ている。人間が作った技術で制御できないものは人間社会に不必要であり、地球上につくるべきではない」と結んだ。 那珂市での集会前日には、水戸市で東海第2原発の再稼働を止める大集会が開かれ、県内や首都圏から約600人が参加し、水戸市内をデモ行進した。(元瓜連町長)

移住しつくばの自然から着想 佐々木あかねさん抽象画展

市民ギャラリーで開幕 つくば市在住の画家、佐々木あかねさん(32)の作品108点を一堂に展示した抽象画の個展「Color of motion(カラー・オブ・モーション)」が10日、つくば市民ギャラリー(同市吾妻)で始まった。関東で個展を開くのは初めてとなる。18日まで。 佐々木さんは北海道生まれ、青森県育ち。絵を習い始めたのは小学生の頃からで、小学校高学年の時に岡本太郎の作品を見て衝撃を受け、以来、抽象画を描き始めたという。北海道教育大学の芸術課程美術コースを卒業後、都内のアートスクールで絵画講師として指導しながら制作を続けてきた。 作品は、アクリル絵の具や水彩絵の具を紙やキャンバスに飛び散らせたり垂らしたりする「アクション・ペインティング」という技法で描かれたもの。アメリカの画家、ジャクソン・ポロックの影響を受け、2020年頃からこの技法で描くようになった。偶然生まれた形やにじみ、色の重なりなどにある意図しない規則性や美しさを制作のテーマとしている。 今年、つくば市に移住してきた。「つくばでの生活を始めて早8カ月、すでにこの土地に魅了されています」と佐々木さん。つくばの豊かな自然に影響を受け、新作36点を作り上げた。植物の形や空の移り変わりなどから着想を得ているという。 「誰でも匂いや温度など言い表せない記憶を持っている。作品を見た人にそういった記憶を思い出して感じてもらいたい」と話す。アートスクールの講師だったことから、つくばでも子どものための絵画教室を開きたいという夢がある。「つくばの自然豊かな環境で今後ものびのびと制作し、発信し交流していきたい」と語る。 ◆佐々木さんの個展「Akane Sasaki Solo Exhibition『Color of motion』」は18日(月)まで、つくば市吾妻2-7-5、中央公園レストハウス内、つくば市民ギャラリーで開催。開館時間は午前10時~午後4時半(最終日は午後1時まで)。入場無料。会期中は佐々木さんが在廊する。展示作品は購入が可能。佐々木さんのホームページはこちら。

筑波技術大の多田伊吹さん 2025デフリンピックのエンブレムを制作

ろう者のためのオリンピック、デフリンピックが2025年に東京で初めて開催される。大会のエンブレムに、筑波技術大学の学生、多田伊吹さん考案のデザインが採用されることが決まった。大会エンブレムは、大会の気運醸成に活用するほか、大会時の盛り上げにも使用する予定だという。 採用が決定したエンブレムは手と花がモチーフ。聴覚障害者のコミュニケーションが手話で行われることから、多田さんはデザインを考え始めてすぐに手の形を思いついた。手を桜の花弁に見立てて、人々の繋がりの「輪」を表現し、コミュニティが「輪」のように繋がった先で新たな花が咲いてほしいという、未来への希望の思いを込めた。エンブレムにはデフリンピックの公式ロゴマークと同じ赤色、青色、黄色、緑色を用いており、この色はアジア太平洋、ヨーロッパ、全アメリカ、アフリカと4つの地域の連合を表現しているという。 エンブレムは、同大の学生が考案した案の中から投票で選ばれた。今月3日に東京都パラスポーツトレーニングセンター(調布市)で開催されたイベント「2025 年デフリンピック 大会エンブレムをえらぼう!」で3案が示され、中高生らが投票し、決定した。投票したのは都内に在住、在学の中高生65人。同大の学生からそれぞれのデザインの説明を聞き、参加者同士の意見交換を経て投票を行った。全日本ろうあ連盟理事長の石野富志三郎さんは「選手もこのエンブレムを見て、競技を頑張ろうという気持ちが湧き出てくるのではないかと非常に期待している」と述べた。同イベントには、21年のデフリンピックブラジル大会に出場した中野洸介選手(陸上競技・マラソン)と岩渕亜依選手(デフサッカー)も参加し、デフスポーツの魅力や2025 年のデフリンピックへの思いなどを語った。 投票イベントの参加者らからは「一筆書きができるところが素晴らしい」「手の指下のところが繋がりを表しているのが良い」「親指のところが花になっておりユニーク」「一目で手であることがわかり、幼稚園生など小さい子でも描きやすそうなデザイン」などと評価され、採用が決定した。 エンブレム制作は、全日本ろうあ連盟がきこえない人を制作の主役にしようと、筑波技術大学の学生に協力をあおぎ、同大学の総合デザイン学部に所属する1年生から4年生15人が今年5月から制作を開始した。完成した中から校内選考で5案を選んで、同連盟に提出。同連盟が制作要件に基づいた審査や商標など知的財産の事前調査を行い、さらに3案に絞り込んだという。 多田さんは、手の輪や花びらの形、色の配置など、細かい点の調整や修正等も含めて、完成まで約2週間かかったと話す。「(手の形を)どう表現するか、悩みに悩んで、やっとひらめいて作ったので、それを皆さんに選んでいただけたことがうれしい」と喜びを語る。 卒業後は都内の旅行会社に就職する予定。「旅行会社が大切にしていることは、人と人のつながり。私もエンブレムデザインに込めた思いと同様に、学んできたデザインの知恵を活かし、旅行を通して、お客様に喜びや感動などを贈りたい。2年後にデフリンピックが開催されるので、共に働く方やお客様に少しずつデフリンピックの話題を広めていくよう、自ら繋がりを深めていきたい」と夢を語る。 デフリンピックは、ろう者による国際スポーツ大会で、1924年にフランスのパリで第1回大会が始まって以来、4年に一度、夏季と冬季大会が開催されている。2025年は100周年の記念となる25回目の大会で、初の東京開催。会期は11月15日(土)から26日(水)まで。世界70~80カ国・地域から、約3000人の選手が出場する予定。(田中めぐみ)

首都圏のマンション住民 筑波山麓で稲刈り体験

筑波山麓グリーンツーリズム推進協議会(つくば市北条)と野村不動産(東京都新宿区)が主催する里山交流イベント「かやぶきの里プロジェクト」が9日、つくば市神郡で開催され、同社が分譲する首都圏のマンション住民が筑波山麓で稲刈りを体験した。 過疎化と高齢化が進む農村と、故郷を持たない都会の子供たちをつなぎ、都市と農村の持続可能な関係を築くことが狙い。2012年から始まり、コロナ禍により3年ぶりの開催となった。 前日の台風13号による大雨で開催が心配されたが、東京、神奈川、千葉、埼玉から家族連れ46人が参加した。同社がマンション住民を対象にはがきで参加者を募った。費用は同社が負担し、マンション住民は無料で体験できる。参加者には後日、2キロの精米が届けられる。5月には50人が参加してすでに田植えを体験している。地元からは、同協議会やNPOつくば環境フォーラムのメンバーら13人が対応にあたった。 会場の「すそみの田んぼ(野村不動産エコ田んぼ)」は、同環境フォーラムが、生き物と共存するコメ作りをしている。当日つくば駅に集合しバスで現地へ。到着後、近くの林に移動し、まず収穫したコメを天日乾燥させる「おだがけ」で使うクヌギの木を伐採し、参加者が枝や葉を取り払った。さらに加工した木材を田んぼまで運び、稲が干せるように組み立てる。準備が出来たら、田んぼで稲刈りを体験。30分ほど作業をし、自然の中で家族ごとに食事をした。午後は、田んぼの生き物探しや虫取り、沢遊び、里山散策などを行った。虫取りは子供たちには稲刈りよりも人気があった。同協議会は、地元の農産物や菓子、ジュース、コーヒーなどを販売し、参加者と交流を図った。 東京都港区から参加した柳川剛教さん(37)は「子供たちに自然環境を体験させたいと申し込んだ。ここは素晴らしい環境に恵まれており、子供たちは稲刈りや昆虫観察を楽しんだ。かつて筑波大学に通っていたのでつくばは懐かしい地。今でも愛着がある。今後このような企画があれば是非また参加したい」と述べた。 同社によると、体験イベントは分譲マンションの住民を招待するという顧客サービスであると共に、企業の社会貢献でもあるという。一方、同協議会は、都会の人に農村の魅力を知ってもらい、将来、定住や就農につながればと期待を持っている。農村に憧れる都市住民は一定数おり、うまくマッチングできればビジネスチャンスになり得ると関係者は話し合った。 同協議会事務局の安藤彗さん(40)は「当初は100人集めようと計画したが、コロナ明けということもって慎重に進めたいという双方の意見で50人ということになった。グリーンツーリズムが目指すものは都市と農村の交流の促進であり、最終的には都会の人が農村部の価値観に気づき、担い手不足に陥っている農業などに目を向けてくれればありがたい」と語る。

土浦花火弁当 お披露目

11月4日開催の「第92回土浦全国花火競技大会」で販売される土浦花火弁当がこのほどお披露目された。地元の飲食店が土浦の食材を使って作った料理を、花火の打ち上げ筒に見立てた3段重ねの容器に詰めた花火大会限定の弁当だ。昨年は飲食の制限があり300個ほどしか販売できなかったが、今年はコロナ禍前と同じ3000個の販売を目指す。 今年は日本料理店やレストランなど飲食店6店と1組合が提供する。販売するのは▽ふぐ・あんこうの「喜作」(同市神立中央)▽老舗料亭の「霞月楼」(中央)▽弁当・ケータリング・会食の「さくらガーデン」(宍塚)▽和食の「蓮の庭」(阿見町実穀)▽「寿司の旦兵衛」(大和町)▽つくだ煮とうなぎの「小松屋」(大和町)▽土浦飲食店組合。 土浦のレンコンや霞ケ浦のシラウオなどの地元食材や、常陸牛、アンコウなど茨城の食材をふんだんに使った炊き込みご飯、天ぷら、ローストビーフ、煮物などを提供する。花火大会は肌寒くなる季節に開催されることから、釜めしは観覧席で容器に付いたひもを引っ張ると加熱され熱々の状態で味わうことができるなど心づくしのメニューを用意する。 土浦花火弁当は、飲食店などでつくる「土浦市食のまちづくり推進協議会」(堀越雄二会長が、土浦名物の花火弁当をつくって全国から訪れる見物客に味わってもらおうと2006年から販売を始めた。同弁当部会の嶋田玲子部会長は「食を通して土浦の良さをPRしていきたい」と意気込みを話す。市観光協会の中川喜久治会長は「土浦の食材を使って腕によりをかけて提供する。去年はコロナの制約があったが、今年は何とかコロナ禍前に戻って、土浦のお店の力を全国に発信したい」と話す。 弁当の価格は物価高の影響で昨年より若干高くなり、2000円台から4000円台になる見込みという。 ◆花火弁当は事前予約が必要。花火大会当日、桟敷席近くで受け取ることができる。市観光協会のホームページ(HP)と各飲食店のHPで案内し、事前予約を受け付ける。詳しくは電話029-824-2810(市観光協会)へ。

美浦村の鹿島海軍航空隊跡地《日本一の湖のほとりにある街の話》15

【コラム・若田部哲】うだるような日差し、頭上にはどこまでも高く澄んだ空と湧き上がる入道雲。「終戦の日も、こんな天気だったのだろうか」。8月半ば、そんなことを考えながら愛車のハンドルを握り、霞ケ浦の水面と稲穂が続く風景を横目に、取材先へと向かいました。 目的地は、この7月より「大山湖畔公園」として一般公開が始まった、美浦村の鹿島海軍航空隊跡地。今回は、同村企画財政課の大竹さんと、園の指定管理を受託している「プロジェクト茨城」の篠田さんに、お話を伺いました。 鹿島海軍航空隊は1938年に発足し、阿見町の予科練とともに第2次世界大戦時の重要拠点としての役割を果たした場所です。終戦後、跡地の一部は東京医科歯科大霞ケ浦分院として使用され、1997年に閉院。その後は草に覆われた状態となり、フィルムコミッションなどで多数利用されつつも、心霊スポットとして不法侵入が絶えない、荒れた状態となっていました。 村は長らく放置されていたこの場所を2016年に国から取得し、当初は敷地内に残存する旧軍事施設を取り壊し公園として整備する予定でした。公園として整備が進まない中、笠間市の筑波海軍航空隊の指定管理も手掛ける「プロジェクト茨城」から村への投げかけにより、保存による利活用の方向性が上がってきたそうです。 保存への舵(かじ)が切られたポイントとしては、この施設が一まとまりの戦争遺跡群として、国内でも最大級のものである点。現在、敷地内には「旧本部庁舎」「汽缶(ボイラー)場」「自力発電所」「自動車車庫」の4つの遺構が残っており、整備された順路に従い各施設を見学させて頂きました。 現在の平和に思いを馳せる拠点 各施設とも、朽ちつつも往時が偲(しの)ばれる造りが印象的です。天井が高く、各所に細かい装飾が施された本部庁舎。堅牢な構造により、外壁は剥がれ落ちつつも、どこか美しさを漂わせる、鉄骨トラス造の汽缶場や発電室。また、巨大なレンガのボイラーは、取材に先立ち画像を見ていたものの、実物は予想を超えた迫力あるたたずまいでした。 最も印象的だったのは、特別に上がらせていただいた本部棟屋上からの眺めです。広大な敷地は草に覆われ、各施設や既に基礎だけになった遺構がその中に点在する光景に、戦争への言いようのない虚無感を禁じえませんでした。 今後の活用については、2024年3月までに村の文化財に登録する予定であり、予科練記念館(阿見町)や筑波海軍航空隊などと広域の連携を図りつつ、遠方からの来客も、地元の方も活用できる方策を探っていきたいとのこと。 老朽化した戦争遺構を、その意義を踏まえ意匠性を維持しつつ、保存・活用することは様々な困難を生じることと思われますが、観光のみならず、現在の平和に思いを馳(は)せる拠点として、ぜひ多くの方にご覧頂きたいスポットです。(土浦市職員) 大山湖畔公園(鹿島海軍航空隊跡地)▽公開日:土日のみ、午前9時~午後5時(最終入園は午後3時)▽詳細は【公式】鹿島海軍航空隊跡(大山湖畔公園)をご確認ください。 <注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。 ➡これまで紹介した場所はこちら

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