日曜日, 4月 5, 2026

気温が体温と同じぐらいに《くずかごの唄》130

【コラム・奥井登美子】気温が、体温と同じくらいになるなどということは、今までの日本で考えられなかった現象である。コンクリート道路の上などは40度C近くになってしまう。 こうなると自分で自分の体温が維持できない人たちが増えてくる。 今までにない身体現象だから、あいまいに、おおまかに、春は「花粉症」、夏は「熱中症」と呼んでいるが、呼吸、皮膚炎、頭痛、咽喉炎、生理痛などが体温の変化と複雑に絡み合ってしまっている。 こういう時代が来ることは、医療関係者も予想していなかったにちがいない。 平凡に解熱鎮痛剤を処方する医者。抗アレルギー薬を入れて処方する医者。熱があるからといって抗生物質を処方する医者。先生たちも気温と体温の、からみあいのめちゃめちゃに頭を悩ましているに違いがいない。 えっ、ドクダミって薬草なの? 暑すぎるので雑草たちも元気がない。その中で、なぜか根茎で増えるヤブガラシとドクダミだけは元気過ぎるほど元気で、我が家の庭も草抜きが大変だ。 子供たちにドクダミの花を見せてあげる。 「ほら、ドクダミの花、可愛いでしょ」「おかしな匂いがするね」「嗅いでごらんなさい。薬草の匂い」「えっ、薬草なの? ドクダミは毒草だと思っていた」「冗談じあない。十薬といって10の効果のある薬草の中の王様なのよ。昔は家で採ったドクダミを、きれいに洗って軒下にぶら下げて、干してある家もあったわよ」 昔の子供たちはごく自然に、ドクダミは身近にある家庭用薬草ということを知っていたのに、今の子供たちは全然知らない。 「毒ではないのに、何で毒ダミなんていう名前なの?」 さあ困った。何でドクダミなどという名をつけたのだろう。「牧野富太郎先生、教えて下さい」(随筆家、薬剤師)

終盤猛追も及ばす つくば国際大は惜敗【高校野球茨城’23】

第105回全国高校野球選手権茨城大会は14日、2回戦10試合を行った。日立市民球場に乗り込んだつくば国際大は終盤、日立工を追い上げたが及ばす8ー9で破れた。 つくば国際大は中盤突き放され、6回までに9−3と大量リードを許す苦しい展開。7回1死で山口が左翼に二塁打を放つと一番打者の阿井が、狙っていた変化球をレフトスタンドへ運ぶ2ランで、反撃ののろしをあげた。ここまで3打席凡退で繋げようという気持ちで打席に入ったという。 8回には先頭の古田が右前打で出塁し、2死後に山本の三塁打で1点を返し、3点差で9回を迎えた。ヒットと四球で無死一・二塁のチャンスを作り、高野のタイムリー二塁打と石橋のライト犠飛で1点差に迫ると、応援に駆けつけたサッカー部12人と控え部員の大きな歓声が響いたが、追撃もここまで。後続が凡退し及ばなかった。 両チーム共に11安打を放った乱打戦。つくば国際大は主戦投手、山本頼みの試合が多かったが、これまでにない打線の奮起が試合を盛り上げた。 試合後、伊藤徹監督は「完敗。先発山本と2番手阿井が9点取られるとなかなか追いつけない。そんなに点数が取れる打線ではなく、最小失点に抑えて1点差で勝つ野球をやってきたので、今日みたいな展開で追い上げられたのは打線としてはよく頑張った」と選手の健闘をたたえた。 先発した山本は「いつもより調子が悪かったが打線もよく繋いでくれて自分達の野球で最後まで諦めず過去一番いい試合が出来た。自分は1年生から背番号をもらって、2年でも投げていて最後に力を出し切りやり切った」と満足した表情を見せた。 吉田主将は「自分が主将になって秋、春と3点以上取ったことがなく、ここまで追い上げたのは満足だけど最後勝ちきれなかった。ここまで成長でき夏の集大成でみんなの思いが一つになって良かった」と話した。(高橋浩一)

土浦湖北、狙いの後半勝負で初戦突破【高校野球茨城’23】

第105回全国高校野球選手権茨城大会は14日、J:COMスタジアム土浦で土浦湖北が守谷と対戦した。前半のきっ抗した展開から、後半に湖北が逆転に成功、最終的には14安打で7-2と突き放し、3回戦に勝ち進んだ。 湖北の先発、久保田蓮大は、予定回数の5回までを3安打1失点の好投。直球を軸に、カットボールでタイミングを外すピッチングで、「自信あるボールで攻めていけ、テンポよくリズムを作れていた」との本人評。一方、打線は軟投の相手投手に対し、毎回のように走者を得点圏に進めるが、肝心の場面での一打が出ない。ようやく5回に清水俊輔の適時打で追い付き、迎えた6回の攻防がカギとなった。 この回湖北は、久保田から浅野真那斗へと投手交代。その替わりばなを攻められた。四球と2連打で無死満塁とされ、右前への適時打で1点は許すものの、2人目の突入には捕手、野口彗太が本塁を死守。野口は次打者のファウルチップにも反応よく飛びつき、この回を最少失点で切り抜けた。浅野は登板直後は球離れに乱れがあったようだが、その後は調子を取り戻し、7回と8回はともに併殺で打ち取り、9回は3連続三振で締めている。 6回裏、湖北は富施賢太の左前打から2死二塁とし、木村恭太郎の左翼線を破る二塁打で同点。投手交代でピンチを乗り切ろうとする守谷に対し、浅野の中前打と長谷川凌汰の左越え三塁打で2点を勝ち越した。長谷川は「打ったのは真ん中に入ってきたスライダー。ストレートにヤマを張りながらスライダーも狙っていた」と振り返る。 湖北は7回にも1死満塁の好機をつくり、平田夢叶のスクイズと木村の左前打で計3点を追加した。土佐一成監督は「投手が替わった後も浮いたボールを狙い、後半は粘り強く打ってくれた。もう少し早く点が取りたかったが、初戦なのでやむを得ない部分もある。レギュラー陣は去年からのメンバーは少なく、緊張もあったと思う」。 「自分たちは後半勝負。俺たちならやれると、あせりなく試合に臨めていた。チャンスにはベンチも盛り上がり、相手のミスにも付け込んで、一つずつつなぐ自分たちらしい野球ができた」と野口主将。「今年のチームはバッティングが魅力的。投手の枚数もあり、去年より完成度は高いと思う。甲子園に向かって一戦一戦、今日と同じ気持ちで戦っていきたい」と次戦を見据えた。

「勘十郎の馬鹿っ堀」 《写真だいすき》22

【コラム・オダギ秀】何十年の時が流れても、いつまでも心に残る撮影は、少なくなかったが、いま、その地を訪ねたら、新しい住宅が並び、わずかな水溜(た)まりがあり、ここがあの撮影地だったかよと思った。 霞ケ浦の北岸近くに、紅葉(もみじ)と言う美しい名の集落があり、そこに紅葉運河という古い大きな堀跡がある。堀は、紅葉から大洗に近い涸沼の海老沢という入り江まで、途切れ途切れにつながっていた。その堀は三百年ほども前、運河として掘られたものだが、数十年前の撮影に訪ねた頃は、田んぼや溜め池となっているところがあって、水をたたえてはいても流れてはいず、もちろん運河とは言えず、ただの水溜まりの連なりであった。 堀を見下ろす土手の木立の中に、素朴な小さな石の慈母観音菩薩さまがあった。慈母観音は、子安観音とか子育て観音などと呼ぶこともあり、しっかりと幼子を抱き、その成長を願うものだが、その観音さまは、菩薩と言うより、妙に人間的な息づかいを感じさせる野の仏さまで、心に残った。 江戸時代初期、奥州諸藩から江戸に送られる米は、多く海から船で運ばれ涸沼に入り、対岸の海老沢に荷揚げされると紅葉村まで陸送され、ふたたび船積みされて、北浦、利根川、江戸川を経て江戸に運ばれた。 紅葉運河は、この涸沼の海老沢から紅葉村までの陸送区間を船で結ぼうという、当時としては壮大な目論見の運河なのだった。 宝永四年(1707)、深刻な財政難に苦しんでいた水戸藩は、船運経路の発展と通航船からの交通税の取り立てをねらい、松波勘十郎という浪人事業家を起用して、この紅葉運河を起工した。それは、幅40~50メートル、深さは20メートル余り、延長10キロにもおよぶ運河を通すという大工事で、しかもそれをわずか半年で完成させようとしたのだった。 この工事のため、延べ百数十万人にのぼる農民が強制的に労役に駆り出され、賃金も支払われず酷使された。過酷な工事は、2年足らずの後、領内全域にわたる農民一揆を引き起こし、失敗に終わった。 「酷かったもんだよ」。堀端の家の古老に堀の由来を尋ねると、三百年も昔のことなのに、ほんの少し前に聞いたかのように、その様を語ってくれた。忘れ去られずに語り継がれるほど、過酷な歴史だったと言うことだろうか。 堀を見下ろす慈母観音菩薩さま じつはボクは、堀のことではなく、堀端の慈母観音さまのことを尋ねたのだ。すると古老は、ひとしきり過酷だった運河工事の話をし、それから「それでな」と、慈母観音さまの話に入った。 「工事には、犠牲者も少なくなかったのよ。紅葉におった、かよさんという女房の旦那も駆り出され、事故に遭って簡単に死んでしもうた。かよさんには可愛がっている幼子がおってな。だが、労役で野良仕事が出来んかったから、金もなく食わせるものもなく、幼子も死んでしもうた。夫を亡くし子をなくし、つらかったろうなあ。それで世をはかなんだかよさんも、堀に身を投げて死んでしもうた」 堀を見下ろす慈母観音菩薩さまは、そのかよさんを供養する像だと言う。「観音さまは、あれはかよさんじゃ。かよさんと、かよさんの子じゃ」。だからいつも食べ物を供えて慰めていると、笑いのない眼で古老は語った。 慈母観音は、本来、母と子を護ってくれる菩薩と言われる。だが、木立の陰に立つこの観音さまには、子を守ることができなかった母の悲しみが満ちていた。 堀工事はずさんで、涸沼と紅葉との高低差を確かめることさえなく進められたから、結局、低池から高地へ水が流れる運河とはならず、通船を見ることはなかった。後の人々は、ただの溜まり水をたたえたこの堀を、工事を進めた松波勘十郎の名をとり、「勘十郎の馬鹿(ばか)っ堀」と呼んでいたが、今の人々は、勘十郎堀という名さえ、定かには知らないようだ。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

木村「二刀流」で圧倒 土浦三、霞ケ浦に苦杯【高校野球茨城’23】

第105回全国高校野球選手権茨城大会は13日、2回戦に入り、J:COMスタジアム土浦では土浦三が霞ケ浦とのご近所対決。初回からの連打攻勢の霞ケ浦が土浦三の繰り出す7投手を打ち込んで、5回コールド勝ちした。プロ注目の右腕、木村優人は140キロ台の速球を投げ込み、打では右翼ポール直撃の本塁打と大暴れだった。 霞ケ浦は初回、打者一巡の猛攻。5安打で5得点を挙げ、難しいとされる初戦の立ち上がりを万全の形で入った。 土浦三の先発、中村太陽は「自分のピッチングができず3年生に申し訳ない。打たせて取るつもりだったが、甘く入った球を全部持っていかれ、詰めの甘さを実感した。一瞬の隙も見逃してくれず、1番から9番まで気が抜けなかった」と相手打線を評する。 「ロースコアに持ち込んで勝機をうかがいたかったが、自分たちの攻撃の前に大量失点してしまった。逆に相手は大量リードで気持ちに余裕ができた」と土浦三の竹内達郎監督。軟投で霞ケ浦打線のタイミングを外すプランは早々に崩れ、2回以降は手持ちの投手を次々と投入。だが2回には木村のソロホームランを浴び、3回と5回にも失点を重ねた。 霞ケ浦はその木村が先発のマウンドに立ち、3回までノーヒットのピッチング。土浦三は木村を想定した対策を積んできたが、打席に立ってみるとボールのキレがけた違いだったという。「木村のボールは手元でグッとくる。芯でとらえても押し込まれて、みんなボールに押し負けていた」と増田築主将の証言。 4回、伊藤達矢が木村から初安打を奪う。初回の第1打席は外角ストレートを空振り三振だったが、この打席は同じ球を左前へはじき返した。「木村はまっすぐが伸びるが、かといって変化球は即座に対応が難しい。この打席もまっすぐに狙いを絞り、初球から積極的に振っていった」との振り返り。 ご近所同士の両校は、市内大会や練習試合などで顔を合わせる機会も多く、また土浦三の1・2年生には霞ケ浦高付属中出身の選手もおり、打撃や守備のレベルの高さなどは耳に入っていたという。中村は「自分たちもああいうチームになりたいと思う一方、対抗意識も持っていた。特に今回は地元での試合なので、負けたくないという思いが強かった」と語る。 今年の土浦三は、登録メンバー20人中15人が1・2年生という若いチーム。「この大会の経験をチーム内で共有し、来季も高い目標を持って戦えるよう、自分たちでチームを盛り上げていきたい」と伊藤と中村は口をそろえた。(池田充雄)

中林、5回参考も完全試合 常総学院コールド発進【高校野球茨城’23】

第105回全国高校野球選手権茨城大会は13日、2回戦に入り、ひたちなか市民球場では第一シード常総学院が登場。先発した中林永遠投手(3年)が、5回参考記録ながら完全試合を達成し、打線は2回の打者一巡の猛攻など毎回得点を重ねて、麻生に5回コールド勝ちした。 常総学院先発の中林は初回3者連続三振を奪う立ち上がりから、5回を60球9三振を奪い、走者をひとりも出さずに参考記録ながら完全試合を達成した。 打線は1回山崎、川上の連打で1死後一、三塁のチャンスに武田のセンターへの犠牲フライで先制。2回には相手エラーと四球で2点を追加し、さらに一、三塁から近藤がライトへタイムリー、秋山がレフト線への2塁打で続き、この回打者10人で6点を上げた。3回にも近藤が2本目のタイムリーを放ち1点、4回にも2点を追加し10ー0としてコールド勝ちを決めた。 中林は背番号18。先発を言われたのは3日前で、ずっと準備してきた。「応援団、ブラスバンドが入って最後の大会でいろいろ掛ける思いがあった」そう。「初戦は大事になってくると思うのでチームが勢いに乗れるようなテンポいいリズムで投げた。四球もなかったので自分のイメージした通り投げた。少し甘くなって相手が打ち損じてくれてよかった完全試合は意識しないで自分のピッチングが出来た」 島田直也監督は「初戦と言うことで2年ぶりに勝ててほっとしている。選手より自分のほうが緊張しついた。長丁場なので4番手、5番手の投手をどれだけ使えるか試した。中林は期待以上にやってくれた」と手応えを語る。「選手には大会前からコールドで勝とうが1点差で勝とうが勝ちは勝ちなので最後に勝っているほうが勝ちだと言ってきた。打線に関してはまだまだ繋がりが足りないので上げていかなければならない」と手綱を締めた。 常総学院は3回戦で17日に下妻二ー日本ウェルネス茨城の勝者と対戦する。(高橋浩一) ■このほかのつくば・土浦勢の結果 詳報はこちら

常磐線も4車線でまたぐ 25日に354号土浦バイパス全線開通

土浦市若松町~手野町の間で県による4車線化整備が進められていた国道354号土浦バイパスのうち、最後まで残っていた常磐線をまたぐ木田余跨線橋(きだまりこせんきょう)など0.9キロ区間の工事が完了し、25日午後2時から全線開通する。今回開通するのは、常磐線をまたぐ跨線橋が東西で立ち上がる木田余跨線橋東交差点~木田余バイパス西入口交差点の区間。既存の木田余跨線橋の南側に新たに2車線を増設する形で橋梁を拡幅整備し、両交差点について改良工事を行った。事業費は約30億円。線路に架かる橋梁工事の一部をJR東日本水戸支社(水戸市)に委託している。 国道354号は、茨城県西から県南、鹿行地域にかけて横断する広域幹線道路で、災害時の緊急輸送道路にも指定されている。そのうち土浦バイパスは鹿行地域方面から常磐自動車道土浦北ICへのアクセス機能の強化と土浦市内の渋滞緩和を図るため、1991年度から延長5.3キロ、幅員25メートルの4車線で着手された。バイパスは2011年2月に暫定2車線で供用し、これまでに、おおつ野団地入口交差点~木田余東交差点まで約2.9キロと、若松町の市道をまたぐ跨道橋~木田余西入口交差点まで約1.5キロの4車線化が完了している。 25日は開通に先立ち、午前10時半から地元の公民館で県土浦土木事務所主催による安全祈願を行う。 土浦駅東のボトルネック解消には道遠し 県は「土浦市内の渋滞緩和や常磐道の土浦北ICへのアクセス強化が図られる」としているが、交通量の増大により木田余跨線橋東交差点からJR土浦駅東方向に向かう荒川沖木田余線(荒木田線)の交通混雑がさらに悪化する懸念もふくらむ。同バイパスの24時間交通量(国交省道路交通センサス)は2021年で2万5000台を超え、2010年の約2倍、特に大型車は3倍近くに達している。荒木田線は常磐線の東側を並走する形で、阿見町荒川沖本郷から土浦市木田余に至る延長11.5キロの都市計画道路。1957年に都市計画決定され、全区間の整備が一応は完了している。しかし土浦駅東の港橋から南側区間(荒川沖方面)の都市計画決定が幅員25メートルなのに対し、北側区間(木田余方面)は幅員18メートルだった。土浦駅方向への通勤や送迎のためラッシュが朝夕に恒常化し、ボトルネックとなった北側区間は同市きっての渋滞路線になっている。 354号土浦バイパスとの交差点周辺は、同市特産のレンコンの生産地帯で、渋滞を嫌った一般車両が農道に入り込んでは、生産者とトラブルになるケースも少なくない。2016年に新築移転した土浦協同病院(同市おおつ野)への緊急車両がひんぱんに混雑に巻き込まれたりもしている。 荒木田線は2013年、幅員18メートルの約2.3キロ区間について幅員25メートルに都市計画変更され、車線数も4車線に設定し直された。これ以降、県と土浦市が事業区分を分担して整備を進めてきた。このうち土浦市が施行者となる木田余跨線橋東交差点~流域下水道事務所(同市湖北)まで1.3キロ区間は、4車線への拡幅工事が年内にも完了し、年度内に供用できる見通しとなっている。しかし、土浦駅東寄りの約1キロ区間の整備は手つかずで、ボトルネックの解消にはなお遠い道のり。事業区分上、県が約370メートル、市が約630メートルを残しており、共に用地取得の交渉中で着工の見通しはついていないという。(相澤冬樹)

タロットカードで街を眺める ひたち野うしく《遊民通信》68

【コラム・田口哲郎】前略 オカルトが似合う街は新興住宅地だと前回書きました。新興住宅地は伝統的な宗教色がありません。そしてオカルトは伝統宗教とはちがった意味をもとめます。ですから、新しくできた、科学技術があちこちに感じられる新興住宅地を歩いていると、そこはかとなくオカルトの匂いを感じるのです。 現在のオカルトの源流は19世紀フランスに求められます。そのオカルティスムの祖はエリファス・レヴィとされています。レヴィはタロットカードをユダヤ神秘主義思想にもとづいて整備しました。この思想は歴史があり、ある意味伝統的です。それではオカルトは宗教的伝統がないわけではないではないか、と言われそうです。たしかに源流ではそうです。 でも、現在までさまざまな社会の変化を経たオカルトには、宗教的伝統の影はほとんどないと言えるでしょう。宗教の伝統で育ったオカルトが世の中に広まる途中で、旧来の宗教の養分を消化吸収して、新しい「宗教のようなもの」をつくろうとしています。 「Ⅵ 恋人たち」のカード 前置きが長くなりましたが、ここでタロットを使って、オカルトが似合う街を眺めてみたいと思います。私は散歩していて、オカルトと街をつなげてみたらどうかと思いつきました。今回は、ひたち野うしくを、タロットの大アルカナ(22枚)のなかの1枚をひいて、オカルト的に見てみます。よくカードを切って、1枚を選びました。出たカードは「Ⅵ 恋人たち」のカードです。 このカードの絵柄は、太陽の光のもとで、雲のなかに大天使がいます。地上にはアダムとイブを思わせる裸の男女が向かい合って立っています。大地の奥には高い山が遠くに見える。男女それぞれの背後には1本ずつ気があり、男の後ろの木は炎の花が咲いている。女の後ろの木にはリンゴがなっていて、幹にヘビがからんでいます。このカードは全体的にとても明るく美しいイメージです。 ひたち野うしくは超高齢社会にあってとても若い街です。子育て世代も多く、小・中・高生が多く歩いています。若い家族が子どもを育てて、活気がある街。これがこの「恋人たち」のタロットカードによく表れていると思います。1回1枚ひいただけではただの偶然じゃないかと言われそうですが、この偶然を信じることが、オカルトには大切だと思います。ごきげんよう。 草々(散歩好きの文明批評家)

南北のアクセス向上 県道取手つくば線バイパス全線開通

県道19号取手つくば線バイパスが12日、つくばみらい市板橋から南太田までの約1.6キロ区間で供用を開始し、延長約4.1キロのバイパス全線がつながった。 バイパスは同市谷井田から狸穴(まみあな)までの路線で、つくば市街と取手・守谷方面を結ぶ南北の軸線となる生活道路。1992年に都市計画され93年に事業着手、完成までに約30年かかった。今回の開通区間の事業費は約20億円。全体の総事業費は約80億円だった。 開通に先立ち、12日午前には交通安全祈願式が行われ、県土浦土木事務所の大森満所長や渡邉千明つくばみらい市副市長らが参列した。渡邉副市長は「交通量が多いにもかかわらず歩道の整備が十分でなかったり朝夕の渋滞が厳しかったりで心から整備を望んでいた」などと挨拶した。 つくばみらい市板橋から南太田までは幅員18メートルの2車線道路。両側車道と区分された歩道が整備された。板橋地区や谷井田地区は、幅が狭く歩道がない道路に交通が集中していたが、バイパスの開通で朝夕の渋滞が解消され、通学路などの安全も確保できるという。開通区間には小中学校も近接する。 県道取手つくば線は、北上して常磐道谷田部ICを経て、サイエンス大通りから圏央道つくば中央ICに接続、学園都市を縦断しつくば市北条に至る路線。南は取手市で国道6号につながる。常磐道と6号の間でつくば市街地から県南部へのアクセス向上を担う道路に位置づけられる。 バイパスは2005年に北側の約2.0キロメートル区間を暫定2車線で供用開始した。19年には南側の約0.5キロメートル区間が完成し、2車線で供用開始した。今年4月に北側の約2.0キロメートルの4車線化が完了している。(田中めぐみ)

自分らしく生きるということ 《ハチドリ暮らし》27

【コラム・山口京子】「自分らしく生きる」というフレーズをよく見かけます。そんなとき、「自分とはなんだろう?」とわからなくなります。「自分らしく生きる」とは、他人の評価を気にしないで、自分の価値観を大事にして、自分の気持ちに正直に生きることを意味するようです。 では、自分が持つ価値観はどんなものなのか、自分の気持ちに向き合ってどんな気持ちが表れるのか…。自分が持つ価値観はどういう価値観か。それはどうやって形成されたものか。時代や社会、家族の影響が少なくないでしょう。今の自分の気持ちに向き合うとき、思うのはケンカはしたくないということです。 ケンカって、しようと思ってするのではなく、相手がいて、相手と合意がつかなくなって、聞き苦しい言葉があったりすると、手や足が出てしまう。物心ついたころから、父親が母親を殴ったり蹴ったりする光景を見てきました。酒が入ると一方的に殴りつける父親。しらふのときは借りてきた猫のような父に、殴ったことをまくしたて非難する母。その繰り返しが何十年も続きました。 子どものころ、妹とケンカして、泣かせてしまった記憶があります。結婚してからは夫とケンカになったり、子どもとケンカしたり大人気ない自分です。自分の至らなさと配慮のなさを自覚しないまま、自分が言っていることは正しいと一方的に主張していました。 自分も相手のこともきちんと知る 自分が正しいと思っていても、それは自分のご都合主義でしかなかったかもしれません。また、正しいと思っていたとして、それを相手に伝わる言葉で相手が納得できる裏付けをもって説明できたのか。相手の言い分をどれだけきちんと聞き取れたのか、感情的に反応しなかったか。…出来ていなかった。 それが出来るには時間がかかります。とても難しいと感じています。でも、穏やかに暮らしたいので、穏やかな人間関係を持ちたいのです。 自分のことも相手のこともきちんと知ろうとすること。自分の主張と相手の主張を踏まえて、時間軸も意識しながら合意を見つけること。時には、距離を置いてみること。事柄によっては、ほどほどで落ち着くようにすること。 「自分らしく生きる」というけれど、自分に執着しないほうが幸せに暮らせる気がします。最近は対面でのセミナーに呼ばれることが増えました。テーマについての自分の思いを相手に伝わる言葉で話すことの大切さを痛感しています。さまざまなテーマをいただいて、レジュメを作ることが楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまいます。(消費生活アドバイザー)

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