日曜日, 7月 6, 2025
ホームコラムクリスマス坊や《短いおはなし》34

クリスマス坊や《短いおはなし》34

【ノベル・伊東葎花】

子どもたちが巣立つと、クリスマスは普通の日になる。
ケーキも買わないし、ごちそうも作らない。
ツリーも飾らなければ、プレゼントを用意することもない。
夫婦2人で、鍋でもつついて終わり。
そう、あの子が来るまでは。

あるクリスマスの夜、その子はひょっこりやって来た。
まるで最初からそこにいたように、ちょこんと椅子に座っていた。
とても小さな男の子。絵本に出てくる小人のような男の子。

「あらあら、なんてかわいい坊やかしら」

私は急いで夫に電話をした。

「あなた、帰りに駅前でケーキを買ってきてちょうだい。かわいいお客様なの」

子どもたちが小さかったころを思い出して、チキンライスを作り、てっぺんに折り紙で作った旗を立てた。
小さな坊やに出してあげると、目を輝かせてきれいにたいらげた。
イチゴがたくさん載ったケーキを片手に帰って来た夫は、坊やを見て頬を緩めた。

「かわいいなあ」

ケーキを切り分けると、小さな手で上手にフォークを使って食べた。
満足そうな笑顔を残して、坊やはいつの間にか消えていた。

クリスマス坊やは、毎年やって来た。
どこから来るのか分からない。だけどそんなことはどうでもいい。
イブの夜、私たちは坊やを待ちわびて、ケーキを買ってごちそうを作る。
去年のプレゼントは、毛糸で編んだ小さな帽子。その前は手袋とポシェット。
坊やは大事そうにそれを持って帰り、次の年にはちゃんと身に着けて来た。

そして今年もクリスマスがやってきた。
プレゼントは赤い小さなマフラー。
水色の箱にリボンをかけてテーブルの上に置いておく。
もうすぐ来ると思うと、そわそわした。

しかしその日、クリスマス坊やは来なかった。

「私の手料理に飽きちゃったのかしら」

「いや、僕がいつも同じケーキを買うからだ」

夫も私もひどくがっかりした。

「まあ、せっかくのイブだ。シャンパンでも開けようじゃないか」

「あら、珍しい。日本酒しか飲まないあなたが」

夫がシャンパンを買ってくるなんて初めてのことだ。
ふたの開け方がわからなくて、ふたりであれこれ言い合ううちに、ポンと跳ねたふたが天井に当たって落ちた。

「あらいやだ。あなた下手ねえ」

そう言って大笑いした。

「夫婦2人でも、充分楽しいな」と夫が言った。

「そうですねえ」

私たちは、グラスを合わせて乾杯をした。

「メリークリスマス」

クリスマス坊やは来なかったのではなく、私たちに見えなくなっただけだ。
だって、テーブルに置いたプレゼントが、いつのまにかなくなっている。
それはきっと、坊やがいなくても楽しく過ごせることが分かったから。
坊やは「もう大丈夫だね」と笑いながら、来年は他の家に行くのかしら。

「ねえあなた、来年はプレゼント交換でもしましょうか」

「いいね」

(作家)

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