【ノベル・伊東葎花】
子どもたちが巣立つと、クリスマスは普通の日になる。
ケーキも買わないし、ごちそうも作らない。
ツリーも飾らなければ、プレゼントを用意することもない。
夫婦2人で、鍋でもつついて終わり。
そう、あの子が来るまでは。
あるクリスマスの夜、その子はひょっこりやって来た。
まるで最初からそこにいたように、ちょこんと椅子に座っていた。
とても小さな男の子。絵本に出てくる小人のような男の子。
「あらあら、なんてかわいい坊やかしら」
私は急いで夫に電話をした。
「あなた、帰りに駅前でケーキを買ってきてちょうだい。かわいいお客様なの」
子どもたちが小さかったころを思い出して、チキンライスを作り、てっぺんに折り紙で作った旗を立てた。
小さな坊やに出してあげると、目を輝かせてきれいにたいらげた。
イチゴがたくさん載ったケーキを片手に帰って来た夫は、坊やを見て頬を緩めた。
「かわいいなあ」
ケーキを切り分けると、小さな手で上手にフォークを使って食べた。
満足そうな笑顔を残して、坊やはいつの間にか消えていた。
クリスマス坊やは、毎年やって来た。
どこから来るのか分からない。だけどそんなことはどうでもいい。
イブの夜、私たちは坊やを待ちわびて、ケーキを買ってごちそうを作る。
去年のプレゼントは、毛糸で編んだ小さな帽子。その前は手袋とポシェット。
坊やは大事そうにそれを持って帰り、次の年にはちゃんと身に着けて来た。
そして今年もクリスマスがやってきた。
プレゼントは赤い小さなマフラー。
水色の箱にリボンをかけてテーブルの上に置いておく。
もうすぐ来ると思うと、そわそわした。
しかしその日、クリスマス坊やは来なかった。
「私の手料理に飽きちゃったのかしら」
「いや、僕がいつも同じケーキを買うからだ」
夫も私もひどくがっかりした。
「まあ、せっかくのイブだ。シャンパンでも開けようじゃないか」
「あら、珍しい。日本酒しか飲まないあなたが」
夫がシャンパンを買ってくるなんて初めてのことだ。
ふたの開け方がわからなくて、ふたりであれこれ言い合ううちに、ポンと跳ねたふたが天井に当たって落ちた。
「あらいやだ。あなた下手ねえ」
そう言って大笑いした。
「夫婦2人でも、充分楽しいな」と夫が言った。
「そうですねえ」
私たちは、グラスを合わせて乾杯をした。
「メリークリスマス」
クリスマス坊やは来なかったのではなく、私たちに見えなくなっただけだ。
だって、テーブルに置いたプレゼントが、いつのまにかなくなっている。
それはきっと、坊やがいなくても楽しく過ごせることが分かったから。
坊やは「もう大丈夫だね」と笑いながら、来年は他の家に行くのかしら。
「ねえあなた、来年はプレゼント交換でもしましょうか」
「いいね」
(作家)