金曜日, 7月 17, 2026
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食料の確保は安全保障の1丁目1番地《邑から日本を見る》168

【コラム・先﨑千尋】今、国民の話題、関心事は米だ。スーパーで最近まで棚に安売りの米が並んでいた。しかしそれが様変わり。品薄に加えて、南海トラフ地震臨時情報を受けた買いだめなどで欠品が起こり、「1家族1袋限り」という表示が貼ってある。テレビでは、2時間かけて東京都心部から千葉県の「道の駅」まで買いに行く人や、米生産農家の携帯にひっきりなしに注文が入る情景などが映し出されている。

しかし、自民党の総裁選や立憲民主党の代表選を見ていると、米不足問題を正面からとらえ、解決策を提唱する人はいないようだ。

岸田首相も坂本農水大臣も「端境期だから仕方がない。そのうち新米が出てくれば落ち着く。民間業者には、持っている在庫を民間同士で融通し合うよう要請している。米の作況は平年並みなので、政府が保有している備蓄米を出す状況にはない」と、能天気なことを言うのみ。大阪府の吉村知事が備蓄米の放出を国に要請したくらいだ。「令和の米騒動」と言われているが、消費者もおとなしくしているので「騒動」にはなっていない。

では、なぜ米が足りないのか。米の消費量が生産量を上回っているからだ。昨年の生産量は661万トン。それに対して消費量は702万トンだから、差し引き約40万トン足りない計算になる。新米が出そろう10月になれば店頭での米不足は解消されるだろうが、早食いしているので、来年のこの時期にも同じ現象が起きることが目に見えている。

わが国は「瑞穂の国」と言われた。白いご飯を腹いっぱい食べることが庶民の夢だった。日本全体の水田をフルに使えば1400万トンは生産できると言われている。しかし、1970年から始まった米の生産調整(減反)政策によって、政府の予測以上に農家は米を作らなくなった。それでも政府は現在、減反ではなく、水田をつぶし、畑に転換する減田政策を進めている。

それだけではない。農水省の統計によれば、一昨年の米生産農家の時給はたったの10円にしかならない。これもすべての農家の平均なので、わが家のような5反歩しか作らない零細農家は赤字になっている。それでも続けているのは、先祖からの田んぼを荒らすわけにはいかない、子どもや親戚に自分の作った米を食べてもらいたい、などの理由による。だが、そう考えるのは我々の世代でおしまいのようだ。誰が1時間10円で働くか。

つい最近、農協の関係者に聞いたら、茨城県の農協が農家に渡す概算金(仮渡金)を、8月に決めた玄米60キロ当たり1万8000円(前年より5300円アップ)をさらに5000円足し、2万3000円にしたとか。これでやっと1990年代の水準に戻ったのだが、集荷業者の攻勢が強く、予定通り集まるか心配だと言う。農協の直売所で見たら玄米5キロで3500円と、随分高くなった。しかし、これでも茶碗1杯分が約40円。カップ麺が1個200円、菓子パンが1個140円などと比べると、米はまだまだ安い。

防衛力強化より食料の確保を

ではこれからどうするか。

国産米を将来にわたって確保するには、持続可能な稲作経営を国と国民(消費者)が保障することが最優先。生産者の労働コスト10円を、せめて労働者の最低賃金(時給1000円)並みにすることだ。労働コストを米価にまるまる転嫁すると消費者に与える影響が大きいので、諸外国で取り入れている農家の所得補償政策に舵(かじ)を切ることも必要になろう。さらに備蓄米を増やす。

「食料安保」と口では言うけれど、1カ月半分の備蓄米しかない日本。国は防衛力強化のために43兆円を使うと言っているが、国民の命を守るためなら、その1割でも食料に回せばいいではないか。食料の確保は安全保障の1丁目1番地である。(元瓜連町長)

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