【ノベル・伊東葎花】
人間の姿をしているが、実は私は妖怪だ。
普段は山奥に身を潜めているが、ときどき食料を探しに街に来る。
私たちの食料…もちろん人間ではない。人など食べない。
私たち一族は、猫が好物だ。「猫食い族」なんて呼ばれている。
飼い猫には手を出さない。その辺はわきまえている。
捕まえるのは野良猫だ。
私は公園に身を置いて、野良猫を待った。
数日後、段ボールに入った猫が捨てられた。
猫は2匹。『誰か拾ってください』と、書いてある。
これは犯罪だが、私にとっては渡りに舟だ。
猫に手を伸ばした時、ランドセルを背負った女の子が声をかけてきた。
「おじさん、1匹ちょうだい」
「いや… これはわたしの獲物…」
「お願い。わたし、ずっと猫を飼いたかったの」
女の子はまっすぐな目で私を見た。
まあいいだろう。また捕まえればいいし。
私は、女の子に猫を1匹渡した。
「ありがとう。じゃあおじさん、また明日ね」
「明日? なぜだ?」
「だってこの2匹はきょうだいよ。離れ離れはかわいそう」
女の子は小指を出して、無理やり指切りをした。
困った。約束をしてしまった。
まあ、どのみち食べごろには程遠い。しばらくここにいるのもいい。
猫は食料になるとも知らずに、私の懐で無防備に眠った。
翌日、女の子が公園に来た。
「ほら、小雪、一緒に遊びなさい」
「こゆき?」
「うん。この子の名前。白いから小雪。おじさんの猫は何て名前?」
はて…。食料に名前など付けるはずがない。
「名前ないの? じゃあ私が付けてあげる。小雪のきょうだいだから小雨ね」
「こさめ」つぶやいてみると、私の猫がニャーと鳴いた。
女の子は紙袋から何とも歪なおにぎりを取り出した。
「はい、おじさん。ママに内緒で作ってきたの。小雨と分け合って食べてね」
女の子は、じゃあまた明日、と指切りをした。
おにぎりは、小雨も吐き出すほどのしょっぱさだった。
翌日、また女の子が来た。
今度はキャットフードとコンビニのおにぎりを持ってきた。
「お小遣いで買ったの。小雨と一緒に食べてね」
獲物になるとも知らないで、女の子は小雨をなでた。
不思議な気持ちになった。
人間の言葉だと「罪悪感」とでも言うのだろうか。
小雨はキャットフードを夢中で食べた。
翌日、女の子は甘いお菓子を持ってきた。
それを食べた小雨は、甘い匂いがした。不思議な感情が沸いてきた。
「いとおしさ」とでも言うのだろうか。
1週間後、私は小雨と別れた。
女の子にあげたのだ。
「本当にいいの?」
「おじさんは、遠くへ行くんだ」
「わかった。小雨のことは任せて。おじさん、元気でね」
「ありがとう。君はどうしてそんなに優しいんだい?」
「だってパパが言ったの。動物が好きな人に悪い人はいないのよ」
女の子は、小雪と小雨、2匹を抱えて帰って行った。
やれやれ、手ぶら帰ることになってしまった。
猫を食べなくても、おいしいものはいくらでもある。
時代は変わった。
そろそろ食生活を変えてみようと、思い始めていたところだ。
(作家)