土曜日, 6月 20, 2026
ホームコラム土浦の花火100年の紡ぎ(3)功労者たち《見上げてごらん》50

土浦の花火100年の紡ぎ(3)功労者たち《見上げてごらん》50

【コラム・小泉裕司】今回は戦後の競技大会を牽引した功労者を取り上げたい。最初は、このコラムで何度も紹介した北島義一だが、その経歴は以下のようになる。

土浦創業の北島煙火

▽1936年 霞ケ浦湖畔の岡本埋立地で「北島煙火店」として創業
▽1945年 社名を「土浦火工株式会社」に変更
▽1946年 全国に先駆け、中断されていた土浦の花火を復活
▽戦後の競技大会化で強力なリーダシップを発揮
▽1955~73年 北海道から中部地方まで広く事業を展開
▽高度成長期の旺盛な需要に応え、各地の花火大会を受注
▽両国(現・隅田川)の花火大会で開催された日本一決定戦で優勝
▽輝かしい実績により「土浦の花火」の名声を全国的なものに

下妻の野手煙火

土浦全国花火競技大会が産声を上げたころ、土浦の花火文化を支えていた煙火業者がいたことをご存じだろうか? 1932年発行の『土浦商工會史』の業種別人名録「煙火の部」に唯一登録されているのは、田宿町(現大手町)の野手勝一氏。のちに野手煙火土浦支店を担う人物だ。

野手家は、下妻で明治中期から花火作りを学び、代々煙火業に携わってきた家系である。1933年に下妻町(現下妻市)に野手煙火工場を設立。1962年に社名を野手火工株式会社(社長・野手保)へと改めた。

歴史は古く、1926年に桜川畔で開催された第2回全国煙火共進會の打揚番組(写真)を見ると、「尺玉の部」に初代・野手喜一郎氏と二代目・勇治氏、「八寸玉の部」には勝一氏の名が刻まれている。

第2回大会プログラム(土浦市立博物館所蔵)第1回表

その後も、第54回、第55回大会で最高賞の通商産業大臣賞を連続受賞するなど、野手家はめざましい功績を残した。しかし、経営上の課題や後継者問題といった時代の荒波もあり、2013年、惜しまれつつも、その長い歴史に幕を下ろした。

土浦市は、1961年の第30回記念大会で、大会の発展に寄与した花火師として、北島氏らとともに勝一氏を表彰している。野手家は土浦の花火の草創期を支えた功労者であり、その歴史を語るうえで欠かすことのできないキーパーソンなのである。

北島の師匠、青木義作

大正末から第2次大戦にかけて、土浦や笠間をはじめ、全国各地で花火大会が大きな盛り上がりを見せた。このころは、のちに北島氏が師事する「花火の神様」青木儀作氏ら、花火史に名を残す名工たちが次々登場した時代でもあった。

しかし、1937年に日中戦争が勃発すると状況は一変する。火薬製造の取り締まりが厳しくなり、笠間、大曲、両国の大会など、大きな大会が次々と中止に追い込まれた。

こうした中、土浦市発行の「花火と土浦」の年表によれば、詳細は不明ながら、戦前の土浦では1940年まで開催されたと記録されている。これについて、筆者も当時の新聞記事などを調べたが、裏付けとなる事実は確認できていない。

戦火が激しくなると、細々と続けてきた花火も1941年には中止に追い込まれ、花火師たちも戦場へ駆り出されるなど、日本の花火史上、もっとも長く厳しい「失われた5年間」が訪れたのである。

「みんなが爆弾なんかつくらないで きれいな花火ばかりつくっていたら きっと戦争なんて起きなかったんだな」。花火を愛した放浪のちぎり絵作家・山下清画伯が残したこの名言を添え、本日はこれにて、打ち留めー。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「土浦商工会史」(土浦商工会事務所、1932年刊)
「茨城の諸職」(茨城県教育委員会、1989年刊)
「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)
「大曲の花火 100年の魅力」(秋田魁新報社、2010年刊)
「花火と土浦」(土浦市、2018年)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

92校84チームの対戦カード決まる 7月4日開幕 高校野球茨城’26

第108回全国高校野球選手権茨城大会の組み合わせ抽選会が18日、水戸市千波のザ・ヒロサワ・シティ会館(県民文化センター)で開かれ、出場校92校84チームの対戦カードが決まった。大会は7月4日から、ノーブルホーム水戸、ひたちなか市民球場、J:COM土浦、笠間市民球場の4球場で行われ、8月5日から兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕する全国大会出場を掛けた熱戦が繰り広げられる。 昨秋と今春の成績で16校にシード校の権利が与えられた。29年ぶりに春の県大会を制し関東大会でベスト8になったシード校の土浦日大は、2回戦から登場し、開会式直後の第1試合、日立工ー茨城キリストの勝者と対戦する。吉田惺南(せな)主将は「どこが相手でもやることは変わらないので、一戦一戦戦っていく準備をしていきたい。夏の大会に優勝して、甲子園でも勝って、日本一を取ることが自分たちの目標」だと意気込みを語った。 開会式は7月4日にノーブルホーム水戸で行われる。選手宣誓は26番の札を引き当てた勝田工業の仁平晃祐(こうすけ)主将に決まった。 大会が順調に進めば、決勝は7月25日午前10時にノーブルホーム水戸で行わる。 熱中症対策として、第1試合の開始時刻を昨年より30分早めて午前9時に変更する。3回、7回終了後に3分間の給水タイムと、5回終了後に5分間のクーリングタイムを設ける。延長10回からはタイブレーク(無死1、2塁の状態)が採用される。 また指名打者(DH)制が茨城大会として初めて導入される。  連合チームは、今大会から新たに加盟したわせがくPURE、2年ぶりに出場する岩瀬、茎崎、茨城東、結城一、総和工、笠間の「茨城連合」、那珂湊と茨城高専の「那珂湊・高専」、麻生とつくば国際大の「麻生・国際」の3チーム。部員不足により、玉造工、神栖、竜ケ崎南、真壁、明野、三和、石下紫峰、坂東清風が不参加となった。 「昨年以上の成績を」 昨年3回戦に進出し、18年ぶりとなる過去の最高の成績を残した土浦工業は今年、2回戦から出場し、藤代ー石岡商の勝者と対戦する。助川誓哉主将は「皆で明るく楽しく協力しながら戦い、昨年以上の成績を残したい。」と語った。  学校名がつくば工科から変更になって2年目を迎えたつくばサイエンスの初戦は石岡一。前田泰輝主将は「10人の部員数でも最後まで諦めず全員で戦い、一戦必勝でサイエンスとして初めての初戦突破を目指す」と話した。 つくば国際は、部員不足で2003年の部創立以来初めて、麻生高と連合チーム「麻生・国際」をつくり挑む。初戦は、昨年19年ぶりに出場した茎崎を含む「茨城連合」と対戦する。川口翔大主将は「(連合として)初めての経験なので、日々練習を重ね、1勝を目指す」と力を込めた。 入場料は一般800円。中学生以下は無料で、高校生は学生証を提示すれば無料。(高橋浩一)

かすみがうら市、土浦市に合併協議・検討の場設置を要請

土浦市長「内容を精査し検討」 土浦市との合併に向けた協議・検討の場の設置を求める決議が16日、かすみがうら市議会で全会一致で可決されたのを受けて(6月11日付)、かすみがうら市の宮嶋謙市長と来栖丈治市議会議長が17日、土浦市役所を訪れ、土浦市の安藤真理子市長と勝田達也市議会議長にそれぞれ、合併協議・検討の場の設置を求める要請書と要望書を手渡した。 宮嶋市長の要請書は「土浦市との合併は長年の悲願で(2003年の)任意合併協議会が、議論の入り口である合併方式をめぐって対立し、協議が途絶えてしまったことは大変残念」だとし、両市は「単に行政境界が接しているばかりでなく、歴史的にも生活圏域でも一体的で、これまでの経緯を踏まえるなら市議会の要望書は、市全体の要望」だとした上で、「現在政治に携わっている者は、若い世代や新しく生まれてくる命に重い責任を負っている」「(両市が)抱えるまちづくりなどの共通の行政課題の解決に向けては合併協議が極めて有効な解決の処方箋」で「将来的には県南の50万人の中核拠点都市の実現を目標とし、2市合併に向けた協議・検討の場を設置」するよう要請している。 来栖市議会議長の要望書は「急激な少子高齢化を伴った人口減少が社会経済や行政運営に及ぼす影響が懸念される」とした上で、両市は「神立駅西口の土地区画整理事業などを共に推進してきたほか、通勤・通学、買い物、医療など住民の生活圏域も一体化が進んでいる」とし、さらに「つくばエクスプレスの県内延伸では、(両市は)延伸構想を実現し、整備効果を県内全域に波及させていく上で鍵となる重要な地域」で、「厳しい財政状況下にあって将来を展望した時、今この時期を逃さず、共通する行政課題や一体的なまちづくりを検討することが不可欠で、合併協議・検討を抜きに語ることはできない」などとしている。 要望書を受け取った後、記者団の取材に応じた土浦市の安藤市長は、今後の対応や進行について「内容を精査し検討したい」を述べ、その上で「広域連携は今後も進めていきたい。将来的には合併が必要になるかも知れないが、両市民の生活に影響を与える大きなテーマであり、大事なのは市民生活を低下させないこと」だなどと語った。市議会の勝田議長は「明日議会があるので、議会運営委員会に諮問し、検討したい」とした。 一方、かすみがうら市の宮嶋市長は、要請書としたことについて「要望書から要請書に変えたのは、一方的なものから協力関係にあるものにしたいと思いから」だとし「規模からいっても土浦市に編入という形になると思うが、これがスタートであり、つくば市まで含めた広域的なものになっていくのが良いのではないか」と語った。 昨年10月時点の国勢調査人口速報によると、かすみがうら市の人口は3万8413人で減少傾向が続く。一方土浦市は14万1588人で微減となっているが、かすみがうら市の3.7倍の人口規模がある。面積は、かすみがうら市が約156平方キロメートル、土浦市が約123平方キロメートルで、かすみがうら市の方が1.27倍広い。(榎田智司)

野菜の地産地消《ご飯は世界を救う》73

【コラム・川浪せつ子】今回は飲食店ではなく、野菜販売のお話です。1日の野菜摂取量は、緑黄色野菜120グラム+淡色野菜230グラムで、合計350グラムといわれています。多いかな?とも思いますが、茨城県は農業大国。つくば市は、研究学園都市ですが、農業都市といってもいいほど、JAの直売所などが多いところです。 私が都内から茨城県に移って来たとき、初めてニンジンの葉っぱを見て、感動したことを覚えています。それまでは野菜の全容を知らずに食していました。 直売所は、朝採りの新鮮さ、お手頃価格だけではありません。直売所によって、置いてあるものの種類が違います。スーパーでは見かけない野菜にも、出合うことがあります。驚いたのが「そうめんカボチャ」。見た目は普通のやや細長いカボチャですが、皮をむいてゆでると、そうめん!になっちゃっています。 また、形の不ぞろいな野菜は、土がついたままひと山=ワンコイン。出合ったときは、どうやって食べようかと楽しみです。お花やお米、それらに関連した加工食品も。今、道の駅が人気ですが、もう一つ、身近な感じのお店がJAなどの直売店ですね。 週1回の青空市 今、私の大のお気に入りは、週1回開かれる青空市です。始まってから40年以上になるそうです。開始時間前には行列! 並ぶのは嫌いなのですが、この場所だけは「今日は何があるかな?」と楽しみです。そこでは、農家の方々とのコミュニケーションと、列をつくるお客さんと野菜料理の話もできます。 最近、農家の方からのレシピは「新玉ねぎのレンチン」。新玉ネギを縦に切り、バター、だし醤油をかけて、ラップして電子レンジでチン。仕上げにカツオ節を。直売所は、地域の台所だけではなく、交流の場。そして、血液サラサラ。また、野菜から季節感を感じることができ、大好きな場所です。(イラストレーター)

砲丸投 森下大地選手が日本選手権2連覇 関彰商事で祝勝会

筑波大出身 関彰商事(本社 筑西市・つくば市)のアスリート社員で男子砲丸投の森下大地選手(31)が、6月12~14日、パロマ瑞穂スタジアム(愛知県名古屋市)で開催された「第110回日本陸上競技選手権大会」で昨年に続き優勝し、2連覇を達成した。16日、所属する関彰商事つくば本社で祝勝会と報告会が催され、社員らが健闘を称えた。 森下選手は、自己記録を2センチ更新する18メートル69を投げ、日本歴代4位となる記録をつくった。祝勝会で森下選手は「昨年は優勝したが記録があまり良くなかった。今回は自己記録を出すことができて、満足するものとなった。この競技のピークは30歳から35歳。今週末は韓国オープンに日本代表として出場する。19メートル台、さらには日本新記録を目指して頑張っていきたい」と抱負を語った。日本選手権はアジア大会の予選も兼ねていたが、アジア大会に名を連ねることはできなかった。 森下選手は兵庫県出身、中学生で砲丸上げを始めた。神戸市の進学校、私立滝川高校(神戸市)から筑波大学に進学した。大学では、同じ兵庫県出身で、砲丸投げで実績のある大山圭悟・同大陸上競技部部長の指導を受け、記録を伸ばしてきた。一時期、拠点を出身地の兵庫県に移したが、今季からつくばに戻り、大山部長の指導を受けながら競技を続けている。関彰商事には今年4月に入社、広報部広報課に所属している。 16日の祝勝会と報告会は、つくば市二の宮、関彰商事つくば本社で催され、森下選手のほか、同じアスリート社員で男子100メートルの東田旺洋選手、先本貴一朗選手、女子やり投の兵藤秋穂選手、弓道の菊地凜選手も参加した。同社スポーツアドバイザーでサッカー男子日本代表(U-23)の大岩剛監督も同席、会場には関正樹社長ほか社員約100人が集まった。それぞれのあいさつのほか、同社の部活動の野球、サッカー、弓道の紹介も行われた。 関彰商事の関社長は「当社は様々な部門がある。それぞれが頑張ることも大事だが、交流することに価値があると思う」と述べ、「アスリートの活躍について、当社に所属してから記録が伸びているという話を聞く。職場環境の問題からもうれしい」と付け加えた。(榎田智司)