【コラム・三橋俊雄】私たちは歴史的な建物を見るとき、その形や古さ、造りの美しさに目を向けがちです。もちろんそれらは大切な価値ですが、私たちが守り、受け継いでいくべきものは建物だけではありません。そこに人が住み、働き、家族を育み、地域の人々と交わりながら積み重ねてきた暮らしの記憶こそ、大切な財産ではないでしょうか。
つくば市には、現在200門を超える長屋門が残っています。建築の視点からの調査は進み、構造や年代、意匠の特徴は明らかになってきました。しかし、その長屋門の内側で営まれてきた「暮らし」や「生活文化」については、まだ十分に語られていません。
長屋門は単なる建築物ではなく、農家の仕事場であり、地域の人々が行き交う交流の場であり、家族の暮らしを守る境界でもありました。門の奥には農具の音や馬のいななき、子どもたちの笑い声が響き、冠婚葬祭の出入り口として、地域の記憶もまた長屋門を通って刻まれていきました。
今こそ、私たちに求められるのは、建築物としての価値だけでなく、長屋門を中心に広がっていた生活の風景を掘り起こす調査ではないでしょうか。
生きた文化財
筆者が行った、長屋門(写真左上、右上は主屋)の主人であるG氏の生き方に関する調査は、長屋門を単なる出入口ではなく、農作業、家族の営み、地域の往来が交差する生活の舞台として捉えるものでした。その門をくぐる人々の姿や交わされる言葉、季節ごとの農作業のリズムまでを含めてこそ、長屋門を「生きた文化財」として捉えることができると思います。
長屋門の東側の部屋では、餅つきや醬油(しょうゆ)搾り、味噌(みそ)造り、たくあんや白菜などの漬物づくりが行われていました。一方、西側の部屋は大豆や落花生の倉庫として用いられていました。西側の最も大きな部屋(写真左下)には農機具が収納され、さらに製茶用に土で固めた焙炉(ほいろ:下で火をたき、その上で蒸した茶葉をもみながら乾燥させる装置)も備えられていました。村には必ず一人、手もみ製茶(揉捻:じゅうねん)を担う人がいて、G家もその人に製茶を依頼していたそうです。
また、1943(昭和18)年の金属類回収令により、居宅の鉄格子や刀剣数十振りとともに、長屋門の門扉に付けられていた「乳金物(ちちかなもの)」や「入八双(いりはっそう:魚尾形の飾り金物)」(写真右下)の装飾金具も、すべて供出させられたとのことでした。
暮らしのデザイン
G氏の生き方をたどることは、彼女が長屋門とどのように向き合い、そこにどんな価値を見いだしてきたのかを明らかにする営みでもあります。農作業の段取り、家族の役割分担、地域とのつながり、そして門を守るという誇り。そうした一つひとつの行為の積み重ねが、長屋門を中心とした生活文化を形づけてきたのです。
筆者の調査は、建物そのものを測るだけでは見えてこない「暮らしのデザイン」を掘り起こす作業でした。長屋門の先に広がる、つくばの歴史を受け継ぐための大切な視点がそこにあると思います。(ソーシャルデザイナー)






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