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中村吉男と申します。本日この生まれ育った茨城県第6区、この石岡の駅前から皆様に第一声をお届けしたく、ここに立たせていただいております。思い起こせばこの石岡で生まれ、そしてこの茨城で育んでいただいた時間を顧みますと、本当に感慨深い。ここに立っていることがまるで奇跡のような思いでございます。
物心ついた頃から家族からは政治家になってみたらいいんじゃないか、議員になったらいいんじゃないか。そういう中で、この市会議員なのか、それとも県会議員なのか、もしくはこの日本の、この戦後80年の、この地盤をもう一度、捲土重来、そういうような思いで、日本人のプレゼンスをいかに、このポテンシャルを、この6区からどうやって未来につなげて高めていこうか。 左様に考える政治活動、そして理念を、そして政治への思いを燃やしてまいりました。
時に経済、財界、人口動態の統計、人口動態統計の、そして少子化の波、こういう波の中を、その俯瞰して人の動きというものを、動態を見てまいりました。平安時代から書籍の中でずっと、あの、見てきた部分があるんです。本当にこの世の中は安定して、した時代だからこそ、生産年齢人口は、国の勢いはどんどん高まっていく。そういう時代を、この令和の時代まで、その時は平成だったんですけれども、読み解きました。
その後、もう20年前なので、記憶をたどりながらの話ではありますが、私はもうあの時の思いが忘れられず、なんとかこの国の力をもう一度、ポテンシャルを、この捲土重来を目指すには、まずは政治が安定して、そして安全保障、この9条、その、どんどん追求していった時に、まずこの憲法、民事とか、刑事ですとか、いろんな部分があります。昨今の治安の部分ですとか、アメリカでトランプさんが、トランプ大統領が、思い余ってという、その、リビアの問題ですとか、そういったものがあると思います。この治安を守るためにも、この9条、この日本の、海に囲まれた、地図の真ん中に咲き誇る、この美しさを維持する。そういう、その政治というものを政策に反映してみたい。
私の存在が、この石岡で生まれ育った存在が、私が国政のあの議会に、議席をいただいて、この6区から送り出していただいて、その議席を確保していただいた時、そのベクトルの中で、何かブレイクポイントが起こるんじゃないか、そういう思いに、50にして天命を知るということわざがありますが、50になったとき、30になったとき、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る。ちょっと待てよと行ったり来たりしました。30、28、26ぐらいかな。ずーっと、あの、回顧しました。ですが、やはり私は政治家一本というその一択でしかないと、この覚悟を決めてこの衆院選に。絶望するよりは希望する方がいいという、そういう思いです。希望の話はいくらでも私はできます。未来を創造していきたいと思います。絶望の話もあります。もしかしたら、この極超音速ミサイルというものがあります。これから軍事力がどんどん、あの、加速していくでしょう。このAIもどんどん感情を持ち出す時代が来るかも分かりません。インフラは大丈夫だろうか、何は大丈夫だろうか、本当にそういう危惧感というものを抱きながら、まずはこの日本の持つプレゼンスを、この国際社会の中で確固たる立ち位置というものを定めていかなければならない。それには、やはりこの自虐史観、この80年、戦後レジームからの脱却、戦後のそのいろんな思いがあると思います。なので、私はこの9条改正というところに着眼して、12年後、13年後ぐらいの、12年後の4月ぐらいを目途に、という非常に短いスパンであります。
時間軸がどんどん変わってくると思います。科学技術の進化によって、スピードというものがどんどん進化していくと思われます。そして、その9条を施行して、発布していただけるまでなった時には、この国の未来がまた、そこでターニングポイントが、大きなブレイクポイントが訪れて、航空宇宙産業への開発というものが見えてくるんじゃないかというふうな、私のその一つの、誰よりも優れているところというのは、この思い。自分の思いから、見通しが効く政治家として、私はこの見通しを、細かいことはなかなか、まだ政治経験がございません。ご提案することはございませんので、できません、できないと思いますので、皆さんの声を聞きながら、そこの軸に向かってですね、その基軸に向かって、その世の中の基盤となる安全法制、安全保障、そして外交問題。これをクリアしながら少しずつ、この12年をかけて、国民投票にかけて、議員の皆様の、先生方の過半数の賛同を得ながら、国民投票を得て、発布して、その国の土台を確固たるものにしていただいて、そして未来へとつなげていきたい、かように考えております。
そして、その後には、この航空宇宙産業というものが、もっと、いろんなその、悲しいかな、軍事力が、本当に、失望と希望というものが表裏一体なんですね。この技術力の進化とか、できれば、その軍事を、その民事の方で、民生で、核もそうかも知れません。民生化、軍事化というものを抑えていけるような、こういう社会システムというものをつくっていければというふうに考えております。
これからいろんなことを皆さんにその時間の中で、私の目標はちょっと老害にならない程度で、82から83歳ぐらいまでは議会の中で活躍させていただいて、そして未来を創造という思いを皆さんにお伝えしながら、この国の、子々孫々と繋がっていくような時代を形成していければと考えており、今日ここに、私は公示の、という日を迎えさせていただいて、皆様の本当にご支援があってこそなんです。感謝はしております。この感謝の言葉は仕事で返していきたいというふうに思っております。存在で返していきたいというふうに思っております。是非、お力添えを賜って、私を国政の舞台へと、あの議会へと、そして、その中で皆さんと共に同じ絵を見ながら、いろんな部分を細かい部分を法制化しながら、この時代を築いていければという風に考えております。
つたない私の、公示の、皆様への感謝の思いと共に、これからの未来を、私のこの熱い熱き思いを皆様に共有させていただき、これから時々刻々と変わっていく中で、皆様に諸事提案して参りたいという風に考えております。この時間の問題と取り組みながら、皆様に疑問提起して、解を見つけ、最適解を見つけ、時代を形成していけたらと考えております。本当にあの限られた時間でございますが、選挙戦精一杯全力で戦ってまいります。お力添え賜りますよう、ご支援賜れますようお願い申し上げ、公示のごあいさつとさせていただきます。本日はご清聴いただき誠にありがとうございました。






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