一族郎党が集まるのは435年ぶりー。鎌倉時代から戦国時代まで常陸国南部に一大勢力を築いた大名家の一族や家臣の子孫ら約30人が25日、つくば市小田の小田城跡に集まり、地元関係者らと交流を持った。
小田城跡歴史ひろばを拠点に、ボランティアガイド活動を展開する常陸小田城親衛隊の会(小島幹男会長)が企画、関東一円の子孫に参加を呼び掛けた。小田城最後の領主、15代小田氏治(うじはる)から数えて28代目という、東京都に住む小田治嗣さん(42)らが参集した。
親衛隊の会の懇話会として開催した。同会の会員にも地元在住の子孫がおり、総出で一行を出迎えた。家系図などで系譜がはっきりしている子孫もいれば、姓が小田というだけで「歴史的な興味をもって色々調べさせてもらっている」という小田大二さん(千葉市)もいた。参加者同士の交流では、正室と側室の子孫が互いの素性を確かめ合って歓談する場面もあった。

小島会長によれば、小田氏治は佐竹氏の侵攻を受けて居城を失ったが、奪還を図るべく反旗をひるがえした1590(天正18)年の戦いが豊臣秀吉の逆鱗(げきりん)に触れる形で所領を没収された。以来一族郎党は全国に散り散りになり、400年以上が経過したという。
小田城跡が1935(昭和10)年に国の史跡指定を受けてから今年90周年、本丸跡を貫通していた筑波鉄道の廃線(1987年)後、一帯を復元整備して2015年に歴史ひろばが開設されてから10年となることから、「10年の間に歴史ひろばを訪れた人の記帳などから、全国に散らばった小田一族の所在が少しずつたどれるようになった。いい機会だから、市のホームページなどを介し、参加を呼び掛けた」と小島会長。
懇話会は今回が初開催。小島会長が「国史跡指定から100周年になる10年後には市の方で開催を検討してほしい」と言うと、参加していた森田充教育長は「小田城の認知度が上がるよう一致して取り組みたい」と応じた。
一行は午後、8代孝朝(たかとも)の供養塔がある小田地内の龍勝寺にお参り。座禅と焼香で、先祖を供養する儀式に臨んだ。

小田治嗣さんは「つくばには40年前から来ていて、おぼろげながら筑波線の記憶もある。畑になっていた本丸跡も見ている。それがここまで立派に保存してもらい、小田氏が今もって地元の人に愛されているのを感じることができた。感謝しかない」と語った。(相澤冬樹)






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