【コラム・三橋俊雄】今回は、知的障害を持つAさん(12歳)が主人公です。AさんはADL(日常生活動作)の大部分が未発達な女の子で、食事、排せつ、コミュニケーションなどに介助が必要です。一方でAさんは、泣き出す前に歌う歌があり、音を集中して聞くことができるなどの特徴があります。そこで、AさんのADLを向上させ、母親の介護負担を減らすために、教育や訓練がどのようにAさんの能力を生かせるかを検討しました。以下、お母さんのAさんに対する「願い」と、そのデザインについてお話しします。
「お母さん」と呼んでほしい
Aさんは、初め、「カレーライス」「お風呂」「お水」などの簡単な言葉が言える程度でした。しかし、絵本を毎日読み聞かせる実験を3週間ほど行った結果、絵本にある言葉(226文字、40単語以上)を覚えることができました。そこで、Aさんと母親を登場人物として「お母さん」という言葉を多用した絵本を作成し(上図左)、その絵本の読み聞かせを繰り返すことで、自分から「お母さん」と言えるようになることを願いました。しかし、結果はまだ道半ばでした。
「うんち」を教えてほしい
まず、トイレに入ることを嫌がるAさんと一緒に、トイレの壁やドアを楽しいデザインで飾ることにしました(上図右)。フェルトでできた「大きな木」をドアに貼り付け、トイレに行くたびにフェルトの花を1つずつ追加して飾ることで、トイレに入ることへの抵抗を減らしていきました。また、オムツを脱ぐシーンから排せつ物をトイレに流すシーンまでをナレーションしたビデオを見てもらい、「排せつ行為」を意識してもらう実験を行いました。その結果、Aさんがカーテンの後ろで「うんち出た」と言い、トイレで排せつできたことがありました。
続けて食事をしてほしい
食事は、お母さんがスプーンですくってAさんに食べさせていたため、すくう動作をAさんに覚えさせることが必要と考えました。まず、音の出るビー玉やピンポン球などを箱に入れて、スプーンですくう訓練を行いました(下図左)。また、1人で食べ続けることができないAさんのために、スプーン置き(凹み)が4つあるお皿をデザインしました(右図)。左手でお皿を握れるように太い取っ手を付け、食材をすくいやすいように底を少し傾斜させました。この食器を3Dプリンターで製作し(下図右)、Aさんに使ってもらったところ、食材の乗った4つのスプーンから1つを選び、4回続けて食事をすることができました。
大げさに言えば、この食器によって、お母さんがAさんの口に料理を運ぶ手間が少し軽減されたということです。こうして、知的障害のあるAさんに様々なデザインアプローチをすることで、ADLの向上と、お母さんの「願い」を、少しですがかなえることができたのではないかと思いました。(ソーシャルデザイナー)