【コラム・奥井登美子】うちの薬局の隅に、薬の歴史コーナーがある。薬研(やげん)、薬缶(やかん)、薬用の植物片などが置いてある。
やかんは、昔、薬をつくる時に使った道具なので、薬缶という。今、漢方薬はインスタントコーヒー並みに抽出液が粉末になっているが、昔、我々の祖先が医薬品として使用してきたのは熱い液体の抽出液である。
今の粉状の漢方薬も、お湯に溶かして匂いをかぎ、口の中で味わいながら飲むと、自分の身体に合うか合わないかがはっきり分かって、治療に役立つ。薬の歴史が面白いので、私は日本薬史学会に入っている。
義兄 誠一の遺稿集「いのち」
最近送られてきた学会誌に、前会長の森本和滋先生の論文が載っていた。論文の最後に、私が贈呈した奥井誠一の遺稿集「いのち」が役に立ったことが書かれていて、うれしかった。
45歳で皆に惜しまれながら病気で亡くなった義兄の誠一は、東京大学薬学部で、裁判化学の助教授だった。国鉄総裁の下山事件や森永砒素ミルク事件のほか、いろいろな事件の解明に関わった毒薬の大家である。
「霞ケ浦の水が水道水として使えるかどうか、聞かれて困っちゃった。霞ケ浦は広いから、取水の場所にもよるけれど、どこも水道水としてはぎりぎり。土浦港にアオコが発生しているが、アオコの毒性問題は、きちんと調査して発表した人がまだいないんだ」
当時、義兄とおしゃべりしながら、薬学と環境倫理学の視点を持ち、地球規模で考える難しさを私は知ったのだった。
難癖をつけられながら編集
「いのち」の本は、当時、近藤信行さん(中央公論社)の協力を得て出版されたもので、義兄の友人、知人、遺族ら76人の原稿が載っている。親戚の人たちにいろいろ難癖をつけられながら、私が編集を担当した。いつの間にか、その本が薬学の歴史的資料の一つになったのが、懐かしいだけでなく、私にとって意外な重みになってしまっている。(随筆家、薬剤師)






最近のコメント