イチゴは洗わず口に入れる人が多い。観光摘み取り園でもそのまま食べることに抵抗がない。だから化学農薬や化学肥料を使わない有機イチゴが、全くといっていいほど栽培されていないのが現状と聞くと驚かされる。甘くて大きい品種の開発に国内産地がしのぎを削るイチゴ王国ニッポンだが、実は現在の栽培法では欧米諸国に輸出できない作物なのだ。有機栽培という新たなアプローチで技術開発に取り組んだ農研機構(つくば市観音台)の研究が、地元の民間農場に実装されようやく結実しようとしている。
農作業が一年中続く作物
つくば市手子生のふしちゃんファーム(伏田直弘社長)、事務所脇に立ち並ぶ幅7メートル、長さ42メートルのビニールハウスでは畝(うね)による土耕でイチゴ栽培が行われ、収穫の最盛期を迎えている。品種は「恋みのり」、ハウスに一歩足を踏み入れると暖気と甘い香りに包まれる。
従来コマツナやホウレンソウなどを手掛けていた同ファームは2021年に、イチゴの有機栽培に着手。今季はハウスを3棟から11棟に増設、計25アールの広さで本格的な生産体制を整えた。しかし昨年の猛暑の影響から12月の収穫ができず、最大の商機となるクリスマス需要を逃した。25年に入っての厳冬期には燃料代がかさむ事態にもなったが、最近の気温上昇で生育のスピードも上がってきた。
農場長の大友遼平さんは「200グラム入りのパックを毎日2000パックつくる計画だが、今の時期は3000パック出荷できている」という。出荷先は主に都内のスーパー。通常のイチゴづくりを「慣行栽培」といい、「有機栽培」と区別する。「関東には他に生産者がおらず、有機というだけで、スーパーでは慣行栽培に比べて倍近い値段がつけられる。農場の実入りは倍にはならないが」、収量、価格とも手応えのある展開となった。
イチゴの収穫は5月ごろまで続き、暖かくなるこれからは病害虫対策に気が許せない。価格、収穫量とも年々上昇しているイチゴ栽培だが農家数が減少しているのは、農作業の大変さのためだ。有機イチゴともなると、育苗や農地の太陽熱消毒などに手間がかかり、丸々1年働き詰めとなる。この間、猛暑があったり寒波が襲ったり、病害虫の発生など自然現象との闘いに明け暮れる。
有機栽培の付加価値で収益性向上を目指したいが、ここにもハードルがある。国には「有機JAS」の検査認証制度があり、農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことが基本。イチゴでいえば土耕栽培が条件だし、プランター栽培に比べると労働負荷は大きい。収量向上のための二酸化炭素発生装置をハウスに設置することもできない。
既存技術を組み合わせ体系化

農研機構の中日本農業研究センター有機・環境保全型栽培グループの須賀有子上席研究員らは、有機イチゴの安定生産に向けた技術体系の確立に取り組んだ。2021年から5カ年かけての技術開発で、所内に約1ヘクタールのビニールハウスを建て栽培試験を行ってきた。
農研機構の成果である病害や害虫の抑制技術、土壌消毒による土壌管理など既存の技術を組み合わせて導入し、体系化を図る。ハウスでは定植の翌年5月まで収穫できる条件で、目標収量を10アール当たり4トンに設定した。病害虫被害が発生すると以降の収穫はストップする。
ハウスの中には紫外線ランプがつるされ、照射によりうどんこ病やハダニを防除する。畝に敷いた光反射シートは紫外線をイチゴの葉の裏に当てる装置という。
害虫抑制では天敵昆虫を利用した「バンカー法」が試され、効果を上げた。ハウスの一画にあらかじめオオムギの株を植え、イチゴに無害なアブラムシの飼育場所とする。ハダニやアザミウマなどの害虫がハウス内に入り込んでくると待ち構えていた天敵による捕食で防除される仕掛けだ。
これらにより23年度は大きな病害虫被害が発生することなく24年5月末まで収穫でき、2つの品種(恋みのり、よつぼし)で目標収量を達成できた。24年度は目標を上方修正している。須賀上席研究員によれば、今後、有機育苗や有機肥料による施肥管理技術に取り組み、有機イチゴ栽培のマニュアルを作成、普及を図る考えだ。
一連の研究成果を実装する圃場が同ファームという位置づけで、農研機構の研究員が隔週で病害虫調査をし、その結果をもとに栽培指導に当たっている。
そもそも「恋みのり」は農研機構九州沖縄農業研究センターで育成されたイチゴ(2018年品種登録)。比較的大粒で形、着色、艶など果実の揃いが良いので、選別やパック詰めの調製作業を軽減できるという特長がある。皮が硬めで傷みにくく、日保ちするため広域流通にも向いている。同ファームでは、有機JAS認証も取得。有機であることが必須となる将来の輸出戦略も視野に入れている。(相澤冬樹)