【ノベル・伊東葎花】
冷たい木の幹に向かって目を閉じて、静かに手を合わせた。
「おじさん、何してるの?」
目を開けると、数人の子どもが私を囲んでいた。
「木にお礼を言っていたんだよ」
「どうして?」
子どもたちは、興味深く私を見ている。
私は、ぽつりぽつりと昔話を聞かせた。もう50年も前の話だ。
あれは…、こんなふうに寒い日だったな。
おじさんは、神社で友達とかくれんぼをしていたんだ。
おじさんはオニで、この木の陰で目をつぶって10まで数えた。
「もういいかい」と言っても返事がない。
「もういいかい」と再び言ったとき、強い木枯らしが吹いたんだ。
目も開けられないほどの強い風だ。
おじさんは思わず、この木につかまって風が過ぎるのを待ったんだ。
風がやんで、おじさんは友達を捜し始めた。
隠れている友達は3人。だけど、誰も見つからない。
日が暮れて、大声で叫んでも誰も出てこない。
きっと先に帰っちゃったんだと思った。
腹を立てながら帰ったさ。ひどい奴らだと思いながらね。
だけどね、友達は、家に帰っていなかった。
消えてしまったんだよ。
まるで神隠しだ。どこへ消えてしまったのか、今でも誰も分からない。
きっとあの木枯らしが、みんなをどこか別の世界に連れ去ったのだ。
うまく説明できないけど、どこかにある別の世界で、かくれんぼを続けているような気がする。今でもオニが探しに来るのを待っているような、そんな気がするんだよ。
友達がみんな消えてしまっても、おじさんだけ神隠しにあわなかった。
それは、この木につかまっていたからだ。木が守ってくれたんだよ。
だからね、お礼を言いに来たんだ。
「神隠しって何?」「都市伝説?」「作り話だろ」
子どもたちがげらげら笑った。そのとき、あの日と同じような木枯らしが吹いた。
立っていられないほどの強い風だ。
50年前とまるで同じだ。私は必死で木につかまった。
風がやんで振り返ると、子どもたちが消えていた。
神隠しだ。また木枯らしに連れて行かれた。そう思って肩を落とした私の耳に、元気な声が聞こえてきた。
「もういいよ」
「としく~ん、早く捜しに来てよ」
とし君…。私は子どもの頃、そう呼ばれていた。
おそるおそる声のする方へ行き、鳥居の裏側を覗いた。
子どもたちがいた。肩を寄せ合って笑っている。
それは、50年前に消えた友達だ。
「見~つけた」
そう言ったとき、私は50年前の“とし君”に戻った。
これは夢なのか? それとも、私が過ごした50年が夢なのか。
わからないまま、かくれんぼは続く。
「次はヒロ君がオニだね」
(作家)