火曜日, 8月 19, 2025
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クリスマス坊や《短いおはなし》34

【ノベル・伊東葎花】

子どもたちが巣立つと、クリスマスは普通の日になる。
ケーキも買わないし、ごちそうも作らない。
ツリーも飾らなければ、プレゼントを用意することもない。
夫婦2人で、鍋でもつついて終わり。
そう、あの子が来るまでは。

あるクリスマスの夜、その子はひょっこりやって来た。
まるで最初からそこにいたように、ちょこんと椅子に座っていた。
とても小さな男の子。絵本に出てくる小人のような男の子。

「あらあら、なんてかわいい坊やかしら」

私は急いで夫に電話をした。

「あなた、帰りに駅前でケーキを買ってきてちょうだい。かわいいお客様なの」

子どもたちが小さかったころを思い出して、チキンライスを作り、てっぺんに折り紙で作った旗を立てた。
小さな坊やに出してあげると、目を輝かせてきれいにたいらげた。
イチゴがたくさん載ったケーキを片手に帰って来た夫は、坊やを見て頬を緩めた。

「かわいいなあ」

ケーキを切り分けると、小さな手で上手にフォークを使って食べた。
満足そうな笑顔を残して、坊やはいつの間にか消えていた。

クリスマス坊やは、毎年やって来た。
どこから来るのか分からない。だけどそんなことはどうでもいい。
イブの夜、私たちは坊やを待ちわびて、ケーキを買ってごちそうを作る。
去年のプレゼントは、毛糸で編んだ小さな帽子。その前は手袋とポシェット。
坊やは大事そうにそれを持って帰り、次の年にはちゃんと身に着けて来た。

そして今年もクリスマスがやってきた。
プレゼントは赤い小さなマフラー。
水色の箱にリボンをかけてテーブルの上に置いておく。
もうすぐ来ると思うと、そわそわした。

しかしその日、クリスマス坊やは来なかった。

「私の手料理に飽きちゃったのかしら」

「いや、僕がいつも同じケーキを買うからだ」

夫も私もひどくがっかりした。

「まあ、せっかくのイブだ。シャンパンでも開けようじゃないか」

「あら、珍しい。日本酒しか飲まないあなたが」

夫がシャンパンを買ってくるなんて初めてのことだ。
ふたの開け方がわからなくて、ふたりであれこれ言い合ううちに、ポンと跳ねたふたが天井に当たって落ちた。

「あらいやだ。あなた下手ねえ」

そう言って大笑いした。

「夫婦2人でも、充分楽しいな」と夫が言った。

「そうですねえ」

私たちは、グラスを合わせて乾杯をした。

「メリークリスマス」

クリスマス坊やは来なかったのではなく、私たちに見えなくなっただけだ。
だって、テーブルに置いたプレゼントが、いつのまにかなくなっている。
それはきっと、坊やがいなくても楽しく過ごせることが分かったから。
坊やは「もう大丈夫だね」と笑いながら、来年は他の家に行くのかしら。

「ねえあなた、来年はプレゼント交換でもしましょうか」

「いいね」

(作家)

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ホモ・ルーデンス《デザインを考える》23

【コラム・三橋俊雄】学生のころ、家庭教師から帰る途中、乗る予定だったバスが目の前で発車してしまい、私だけが取り残されていました。ふと夜空を見上げると星は果てしなく遠く、宇宙は限りなく大きいのに、人はなぜ些細(ささい)なことばかり気にしたりして…。その時、なぜか、大学で学んだ「ホモ・ルーデンス」という言葉を思い浮かべていました。 「ホモ・ルーデンス(Homo ludens:遊戯人)」とは、1938年にオランダの歴史家・文化人類学者のヨハン・ホイジンガが提唱した〈人間とは何か〉を表す概念で、それ以来、私は人間として持っている〈遊び心〉を大切にしながら、人生を歩んできたつもりです。 人間の本質を表現する言葉には「ホモ・サピエンス(Homo sapiens:英知人)」「ホモ・ファベル(Homo faber:工作人)」「ホモ・デメンス(Homo demens:狂気人)」など、さまざまな定義があります。日本においては、「遊び」という概念が、すでに平安時代末期までに確立されていたと考えられます。 それが、後白河法皇によって編さんされた『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』です。そこには「遊びをせんとや生まれけむ 戯(たわむ)れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば 我が身さへこそ揺るがるれ」という一節があり、無邪気に遊ぶ子どもたちの声を聞きながら、彼らはまるで遊ぶために生まれてきたのではないかとの、遊女の思いが詠(うた)われています。 以下、私が京都で出会った「ホモ・ルーデンス=遊び心」のお話をご紹介します。 ゼンマイ飛行機 年に数回、私は京都府北部の農山漁村に学生とお邪魔し、「フィールドワーク」の授業を行ってきました。この授業では、自然と共に暮らしてきた人々の生き方や、生活の知恵を学びます。ある年の夏、由良川に流れ込む小さな川沿いを巡っていた際、山道で出会った地元の方が、その場であっという間に作って見せてくれたのが、写真左のゼンマイ飛行機でした。 ゼンマイは、春、新芽を煮物や油炒めなどにして食べる代表的な山菜のひとつです。成長すると、写真右のように大きな葉になりますが、よく見ると、軸の両側に細い羽軸が出ており、その羽軸の左右に小さな葉(小羽片:しょううへん)が付いている、シダ類特有の形状になっています。 ゼンマイ飛行機は、羽軸を左右それぞれ長短2本ずつ残し、羽軸の片側から小羽片を取り除くことで、残った部分が飛行機の主翼と尾翼のような形になります。私も一つ作ってみましたが、思いのほかよく飛んでくれました。 かつての子どもたちは、野や山で、石や木、葉などの自然物の造形を道具に見立てて遊んでいました。このゼンマイ飛行機も、「ホモ・ルーデンス」の心で、植物の葉の形や構造から巧みに飛行機の造形を連想し、創り出されたものに違いありません。(ソーシャルデザイナー)

事前審査に3陣営 県議補選つくば市区

つくば市議の樋口氏も 知事選と同日の9月7日投開票で行われる県議補選つくば市区(欠員1、8月29日告示)の事前審査が18日、つくば市役所で行われ、3陣営が立候補届け出書類の確認を実施した。3陣営は、元県議で自民党公認の塚本一也氏(60)、元県議で共産党公認の山中たい子氏(73)、つくば市議で無所属新人の樋口裕大氏(37)。同市区の有権者数は20万538人(6月2日現在)。 塚本氏はつくば市出身。県立土浦一高、東北大学工学部建築学科を卒業後、筑波大学大学院環境科学研究科修了。1991年にJR東日本に入社し、2006年に大曽根タクシー社長に就任。18年から県議一期を務めた。現在は同社社長のほか、茨城県ハイヤー・タクシー協会会長などを務める。今回の県議補選では「県が主導し仲介することで、国や世界的な企業を誘致できる。県とつくばの橋渡しの役目を担う」とし、国や県との連携を重視する中でつくばの産業育成を掲げる。 山中氏は福島県小野町出身、日本大学Ⅱ部法学部新聞学科を卒業後、千葉県商工団体連絡会に勤務。つくば市に転居後、1984年から旧桜村議・つくば市議4期を務め、2003年から県議4期を務めた。前回2022年12月の県議選は次点だった。現在、共産党県常任委員などを務める。県議補選では、国保税、介護保険料、後期高齢者医療保険料の引き下げ、児童生徒数増に見合う県立高校新設とクラス増設、東海第2原発の再稼働をストップし廃炉にするなど、食と農・環境を守るーなどを掲げたいとする。 樋口氏は千葉県千葉市出身、敬愛大学国際学部を卒業し、ファイナンシャルプランナーとしてDoitプランニング社に勤務。24年のつくば市議選に無所属で立候補し、2434票を得て初当選を果たした。所属会派はNextつくば。樋口氏は「谷田部地区に県議会議員がいないことから、地域の声を拾う人がいなくなってしまうということを危惧していた」と話す。つくば市内の人口増加により交番の適正配置を再考する必要があるとし、みどりのへの交番の設置を目指すとともに、つくばエクスプレス(TX)沿線に高校を新設することやTX東京延伸に取り組んでいきたいとする。(柴田大輔)

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【コラム・坂本栄】つくば市は6月、「生活保護業務等の不適切な事務処理に関する報告書」を公表しました(青字部をクリックすると全文が現れます)。あらましは記事「不適正額7件で4741万円に…」(6月23日付)をご覧ください。報告書は1市職員から総務部局に出された公益通報に対する回答とも言えるものですが、内部告発した職員による市議会への請願書はコラム「…つくば市政の実態」(24年9月30日付)内のリンク先で読めます。 生活保護業務の不適切な事案は大きく三つに分類できます。上の報告書は専門用語が多く使われており、この分野に疎い人には理解しにくいところがあります。かみ砕いて整理すると、つくば市役所では以下のようなことが起きていました。 口裏を合わせ県にウソの報告 一つめは、時間外勤務をしたのに手当てが払われていなかったり、生活保護受給者の自宅を訪れるといった特殊勤務の手当ても払われていなかったという事案です。担当職員のやる気を削ぐような慣行が市役所内に広がっていたのです。 調査を受けた職員の回答を読み、「管理職からの指示で(時間外を)一部しか申請できなかった」(職員)、「指示はなかったが申請できる雰囲気でなかった」(同)、「(特殊勤務手当ての)申請は本人の判断に委ねていた」(管理職)といった答えのオンパレードには驚きました。ただ働きは当たり前ということですから、役所の体を成していません。 二つめは、認定ミスで規定よりも多めの金額を生活保護者に払ってしまい、払い過ぎた分を返してもらおうと掛け合ったものの、返してもらえなかったというケースです。加えて、国がその分を穴埋めしてくれる場合もあるのに、市は国に申請していませんでした。こういったダブルミスは市の財政にマイナスの影響を与えます。納税者市民にとっては見過ごせない怠慢と言えるでしょう。 三つめは、生活保護費を現金で渡してはいけないというルールがあるのに、現金支給が横行していたという事例です。もっと問題なのは、生活保護業務を監査する県から「おかしなことやっていない?」とチェックを入れられたのに、「やっていません!」と虚偽(ウソ)の報告をしていたことです。 しかも、調査を受けた職員は「課長からは、現金支給していることは外で言わないように、記録にも記載しないようにと指示を受けた」「県監査での対応についても、課長から口外しないよう注意された」と答えています。組織として県にウソをつき通すという構図です。知事と市長の意思疎通の悪さは周知のことですが、これで県の信用も失いました。 市であることの重い行政責任 生活保護は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条)を国民に保障する制度です。行政としては基本業務なのに、担当職員に必要な手当を払わない、過払いの穴を埋める事後処理もやらない、県のチェックには組織ぐるみでウソをつく。こういった粗雑な行政を放置してきた執行部のガバナンス(管理監督)不全は深刻です。また、議会は市職員の請願を採択せず、問題解明の仕事を放棄しました。こちらは機能不全です。 市制移行を進めている阿見町長に聞いたところ、町や村の場合、役場内に社会福祉課はあるものの、生活保護については窓口に過ぎず、実務は県の県南事務所がやってくれているそうです。2027年秋の市制実現に向け、実務の勉強と準備を怠らないよう職員に厳しく指示していると言っていました。 市になること(市であること)は行政責任が大きくなる(大きい)ということです。つくば市は不適切事案の責任を明確にし、生活保護に対する市民の信頼を取り戻す必要があるでしょう。(経済ジャーナリスト)