【ノベル・伊東葎花】
わたしは、ふわふわのタオルでした。
かわいいお花模様の、ピンク色のタオルでした。
上品な箱に入れられて、この家にやってきました。
大人も子どもも、わたしに頬ずりして言いました。
「肌触りがいいね」
「ふかふかで気持ちいい」
「ずっとすりすりしていたいな」
そうです。わたしはタオルの中でもひときわ人気者でした。
えへんと胸を張って、タオル掛けでみんなを待っていたのです。
しかし悲しいかな、月日は流れ、わたしは古くなりました。
何度も洗濯されてごわごわになりました。
ある日子どもが、ろくに洗わない泥のついた手を、わたしで拭きました。
「あらまあ汚い」と、おばあさんがわたしを漂白しました。
ちょっと待ってぇ~と叫んでも、声は届きません。
私は漂白されてしまいました。
自慢だったきれいなピンク色は、白と薄いピンクのまだらになりました。
お花模様は、もはや色とりどりのシミと成り下がりました。
生地の繊維も弱くなり、いつ穴が空くかビクビクしていました。
そしてついに、そのときがやってきたのです。
お母さんが、テーブルをわたしで拭いたのです。
そうです。わたしは雑巾にされてしまいました。
でも、テーブルの雑巾は、雑巾の中でも上位でした。
台所の油汚れを拭かれたり、トイレの雑巾になるよりは、ずっとマシなのです。
だからわたしは、たとえ食べ物のかすを拭かれても、じっと耐えました。
あるとき、子どもが言いました。
「お母さん、この雑巾、穴が空いてる」
が~ん。ついに、わたしに小さな穴が空いてしまったのです。
「あら、しょうがないわね。じゃあ、お台所の雑巾に格下げしましましょう」
格下げ…。嫌な言葉です。恐れていた言葉です。
わたしは台所の油汚れを拭かれた上に、焦げた鍋やこびり付いたカレーを拭かれ、ゴミ箱に捨てられるのです。
わたしの一生は、こうして終わりを迎えるのです。
しかしそのとき、子どもが言いました。
「お母さん、これ、絵の具拭きにしていい?」
「いいわよ」
ああ、なんとありがたいお言葉。
絵の具拭きになるということは、子どもと一緒に学校へ行けるのです。
格下げどころか、天にも昇る気持ちです。
わたしは翌日から、絵の具用の雑巾になりました。
赤青黄色、たくさんの色で、わたしはとてもカラフルになりました。
写生の時は、一緒に外に連れて行ってもらいます。
太陽の光を浴びながら、水色や緑に染まります。
わたしは今、とても幸せです。
子どもは、なかなか絵が上手でした。
将来、有名な画家になるかもしれません。
彼が有名な画家になったら『有名画家が使用した雑巾』として、美術館に展示されるかもしれません。
わたしはその日を夢見て、今日も絵の具箱の中で出番を待っているのです。(作家)