火曜日, 1月 13, 2026
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災害時の迅速な初動対応へドローン購入 土浦市新年度予算案

土浦市の安藤真理子市長は15日、2024年度当初予算案を発表した。一般会計は前年度当初比2.6%増の567億3000万円、特別会計などを含めた総額は同2.1%増の989億4000万円となる。主な新規事業は、水害や土砂災害発生時などに素早く初動対応ができるよう、俯瞰(ふかん)的な視点で情報を収集するため、消防本部がドローン1基を購入するほか操縦者の育成などを進める(2145万円)。

一般会計は過去4番目、総額は過去3番目に大きい額となる。3月5日開会の同市議会3月定例会に提案する。

モール505 歩行空間を再構築へ

中心市街地では、つくば科学万博が開催された1985年に高架道と併せて整備され、現在は空き店舗が目立つ土浦駅西口近くの川口ショッピングモール505について、街路空間を、人々が集い多様な活動を繰り広げる場にしていく「ウォーカブルシティ」の取り組みを国交省などが推進していることなどから、650万円を計上し、安全で魅力ある歩行空間の再構築に向け構想案を策定する。

つくばエクスプレス(TX)県内延伸構想の具体化に向け県が検討を始めたTX土浦駅延伸に向けては、昨年9月、国交省の準備段階調査箇所に採択された常磐道・土浦スマートインターチェンジ(IC)整備と併せ、交通ネットワークの形成を見据えて、約850万円を計上して沿線開発候補地となる可能性調査などを実施する。

常磐道・桜IC周辺の開発については、産業発展を促す拠点整備に向けて、23年度に地権者組織の発起人会が立ち上がったことから、24年度は6394万円を計上し、組合の前身となる準備委員会の設立に向けて地権者の合意形成を図るほか、詳細な事業化検討調査を実施する。

コミュニティバスの実証運行については8368万円を計上し、21年10月に運行を開始した中村南・西根南地区と22年10月運行開始の右籾地区に加えて、24年度は新たに乙戸南地区と並木・板谷地区で実証運行を開始する。

ヤングケアラーにヘルパー派遣

子育て支援は、病気や障害のある親などに代わって子供が家事やきょうだいの世話をしているヤングケアラーや支援が必要な子育て中の家庭に、食事の準備や掃除、洗濯などの家事援助をするヘルパーを派遣する子育て世帯訪問支援事業(約70万5000円)を実施する。

不登校児童生徒の支援は2700万円を計上、23年度に6つの中学校に設置した校内フリースクールを24年度はさらに2校増やし、市内8つの中学校すべてに校内フリースクールを設置する。

児童数が減少し学級数が適正規模に満たない小学校がある上大津地区については1億940万円を計上し、上大津地区統合小学校の28年4月の開校を目指し、新年度は基本・実施設計などを実施する。

昨年10月にスタートした小中学校の給食費無償化は新年度も継続する(約4億4500万円)。

道路交通法改正により昨年4月から着用が努力義務となった自転車利用者のヘルメットについて、小学生以下の着用率が73%、中学生は89%なのに対し、高校生は8%、65歳以上の高齢者は8.4%にとどまっていることから、高校生相当と65歳以上を対象にヘルメット購入費の2分の1を補助する(約80万円)。

文化財の保存と活用については、21年12月に土地・建物の寄贈を受けた登録有形文化財「一色家住宅主屋」について729万円を計上し、23年度に策定した市文化財保存活用地域計画に基づき保存活用に向け、耐震調査や利活用の市場調査などを実施する。

図書館、花火100年

ほかに、市立図書館は1924(大正13)年6月1日に開館してから今年で100周年を迎えることから、これまでの歩みを振り返り次の100年に向けて新たな一歩となるイベントを開催する(450万円)。

1925(大正14)に始まった土浦全国花火競技大会が来年の第94回大会で100年、7年後に第100回大会の節目を迎えることから、花火のまち土浦を発信していくため機構改革を実施し商工観光課の花火対策室を花火のまち推進室に改編する。

一方歳入は、経済の改善などにより個人と法人の住民税が増加し、市税全体で前年度比3.0%増加すると見込む。歳出の増加に伴って財源不足が生じることから、財政調整基金から23年度と同額の15億円を繰り入れる。これにより24年度末の基金残高は135億円になる見込み。

安藤市長は「厳しい財政状況だが『夢のある、元気のある土浦』に向けて、給食費の無償化を継続し、認定こども園での英語教室など特色ある保育を実施するなど子育て支援をさらに充実させる。常磐道スマートインターチェンジの1日も早い整備や、TXの土浦延伸に向け県と連携するなど、選択と集中を図る予算を編成した」などとしている。(鈴木宏子)

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