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東海第2原発の拡散シミュレーション《邑から日本を見る》149

【コラム・先﨑千尋】本コラムの読者は既に報道でご承知の通り、茨城県は11月28日、東海村の日本原子力発電(原電)東海第2原発で炉心が損傷する重大事故が起きた場合、放射性物質が周辺地域にどのように拡散するのかを示すシミュレーション(予測)を公表した(県ホームページ)。それによると、事故対応状況や気象条件を変えた22パターンのうち、原発から30キロ圏内の避難者は最大で約17万人に上る。

東海第2原発は2011年の東日本大震災後、運転を停止しており、運転再開のための防潮堤工事などを進めている。

予測は、県が避難計画策定を進めるために原電に作成を依頼し、昨年12月に提出された後、県の専門委員会で検証され、周辺15市町村の首長でつくっている「東海第二原発安全対策首長会議」で公表が了承されていた。

予測はまず「30キロ周辺まで避難・一時移転の対象となる区域が生じるよう、事故や気象の条件を設定」という前提でなされている。事故時に放射性物質を取り除くフィルター付きベントなど安全対策設備が動作した場合と、設備がすべて喪失した場合を分け、気象条件も、同じ方向に風が長期間吹くなど風向きごとに示した。拡散範囲を30キロと限定したのがミソだ。

避難者数が最大になるのは、風が北東から南西に向けで吹き、降雨が長時間続いた場合、那珂市、ひたちなか市で10万5000人、5キロ圏内からの避難者を加え、約17万人となる。風が西ないし北西方面に吹くと、私が住んでいる那珂市北部も対象になる。

県の大井川知事は28日の記者会見で、予測は「実効性ある避難計画策定の目安になる」と述べ、予測を活用することで計画策定が前進するとの考えを示した。県は、原発の30キロ圏内には約92万人が住んでいるが、そのすべてが一斉に避難するのではなく、風向きや降雨の状態によって避難重点地区を決めたい考えを持っているようだ。

実際には役に立たない絵空事

私がこの予測の発表を見てまず感じたのは、放射性物質の拡散範囲が30キロにとどまらない場合もあるのではないかということだ。風向きもずっと同じ方向ということは実際にはあり得ない。さらに、1日で事故が終息するとは限らない。東京電力福島第1原発事故の際は、50キロ離れている飯舘村の村民は、原発から放射性物質が飯舘村方面に達していることを知らされなかった。また、県内でも霞ケ浦周辺や守谷市、取手市などで放射性物質の数値が高かったことが知られている。

東海第2原発運転差止訴訟原告団が11月30日に発表したコメントによると、「ヨウ素131の放出量は福島事故の1000分の5、セシウム137は100分の4と、防災に役立たない極めて過小な事故想定」だ。

30キロの範囲にとどめていることと合わせると、最悪の事態を想定していない今回のシミュレーションは、実際には役に立たない絵空事ではないか。最悪の事態を想定すれば、それ以下の事故でも余裕をもって対応でき、住民の被曝を回避できる。福島の事例を原電や県は忘れてしまったのだろうか。それとも知らんふりをしているのだろうか。(元瓜連町長)

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