【コラム・瀧田薫】米バイデン大統領はハマスのテロについて米国民に向けて演説し、米国がウクライナ戦争、パレスチナ紛争、そして対中国覇権競争、つまり三正面に戦争や紛争を抱えた厳しい状況にあると指摘した。一方、来年の大統領選挙で復活を目指すトランプ前大統領は「自分の在任中、中東に多くの平和をもたらしたにもかかわらず、バイデンはその平和をすり減らしている」(朝日新聞 ワシントン支局 10月8日付)と批判した。
今後、パレスチナ紛争がどのような経過をたどるか予断を許さないが、いずれにしても、次回大統領選挙における大きな争点になると思われる。
ところで、筆者がバイデン氏の演説中特に注目したのは、米国の過去の失敗について率直に吐露し、イスラエルがその轍を踏むことに重大な懸念を表明したことである。2001年、アルカイダによるテロを経験した米国人は、イスラエル国民がハマスのテロに感じている「恐怖、怒り、復讐心」を理解できるとして、まずイスラエルへの共感を表明した。その後、イスラエル国民に向けて、アルカイダのテロ時の米国民のように「怒りに我を忘れてはならない」と強調した。
9.11以降の米国は復讐心とナショナリズムで燃え上がった。ジョージ・W・ブッシュ大統領は2003年、イラクのサダム・フセイン政権がアルカイダを支援し大量破壊兵器を保有しているとして、対イラク戦争を宣言した。国連武器視察団はイラクに大量破壊兵器が存在しないと公式に発表し、英国を除く仏、独、カナダなどの友邦はもちろん、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)からもイラク情勢を見誤っていることへの懸念の声が出ていた。
にもかかわらず、ネオコン(新保守主義者)の声に圧倒されてイラク戦争は強行され、独裁者フセインは捕らえられ処刑されたが、米国は戦後イラクの秩序回復に失敗した。結局、オバマ政権が2011年にイラク駐屯軍を撤収させたが、イラク国内は無政府状態となり、その後さらに暴力的で破壊的なテロ組織ISIS(イスラム国)が出現する契機となった。
ハマスが仕掛けた罠
軍事専門家は、イスラエル軍がガザを徹底的に破壊し、ハマスを殲滅できたとしても、その後の見通し(実行可能な安全保障、統治戦略)がないままであれば、自国の政治的混乱を招来し、より手強くより過激な敵(パレスチナの一般市民の復讐心から生まれる)をつくる結果を招く。そうなれば、イスラエルはハマスの仕掛けた罠(戦闘に敗れても戦争に勝つ戦略)に陥ることになると分析している。
心に衝撃をうけ、恐怖や怒りに我を忘れている人間をどう落ち着かせるか。心理学の専門家であれば、バイデン氏が強調した「共感すること」が最善の方法であると言うだろう。果たしてイスラエル首相ネタニヤフ氏は国内外から噴出するハマスへの復讐心や恐怖心を抑え込めるだろうか。もし、勢いに任せてガザに侵攻すれば、その結果はイスラエルにとって惨憺(さんたん)たるものになるだろう。(茨城キリスト教大学名誉教授)