【コラム・原田博夫】唐突に始まり、2月8日が投開票日だった総選挙は、自民党の歴史的大勝で、高市早苗首相の賭けは見事に当たった。急ごしらえの野党第一党、中道改革連合は壊滅し、議席数では3分の1に落ち込んだ。これほどのコントラストは、国民一般のみならず永田町の消息通や選挙プロも、事前には予想できていなかった。
実体のなかった新党「中道」の敗北を受けて、共同代表の野田佳彦(旧、立憲)氏と斉藤鉄夫(旧、公明)氏は責任を取り、ともに退任。敗退の原因は解明しきれず、「中道」の認知度も低いままだが、その新代表に小川淳也氏(香川1区、54歳)が選出され、幹事長には階毅維氏(盛岡1区、59歳)が指名され、新執行部が発足。翌18日には、特別国会で首相に指名されて、第2次高市内閣が発足した。
しかし、衆院を基盤とする中道は存在するも、参院では立憲と公明は継続し、国会議員総体では3党の連絡協議の場が設けられることになった。さらに、1976年総選挙以来の慣例で第2会派に当てられてきた衆院副議長ポストに関しては、打診された立憲・元代表の泉健太氏(京都3区、51歳)が拒否したため、石井啓一氏(比例北関東、67歳)が就くことになった。
気になる政治家、小川新代表
というわけで、新党・中道の船出は甚だ厳しい。小川新代表は、不退転の覚悟で議論を尽くして党内融和を図り、18日の議員総会では「巨大与党の権力の横暴や怠慢は絶対に許さない。権力監視の先頭に立つ」と言っているが、このスタイルは旧来の野党色を引きずっている印象がある。こうした対決色は果たして、有権者とりわけ20~40歳代にどれだけ届くだろうか。言い換えれば、無党派層に刺さるだろうか。
ここ数年の国政選挙で、国民民主、維新、参政、みらいなどの一点突破型新党が順繰りにそれなりの議席を確保してきたことを踏まえると、その時々のテーマやイシューに躊躇(ちゅうちょ)なく取り組む、進取性が求められる気がする。そうした潮目の変化を「つかむ」「引き出す」柔軟さと戦略性こそが、巨大与党に対峙(たいじ)するには必要ではないか。
たまたま私は、小川新代表と2000年ごろ、ロンドンで交流があり、その誼(よしみ)で夏の週末、リッチモンド野外で開かれたコンサートを家族連れで楽しんだことがある。
その時の小川氏の真摯(しんし)かつ謙虚な言動に感心し、政界に転じた後も折々の活躍を気にしてきた。この際、経済学者リカードの比較優位(自分の相対的に優位な分野に特化すべし)原理に基づいて、ご自分のキャラクターと年来のスタイルを貫き、かつグローバルに激動の時代の息吹を感じ取る柔軟性を発揮してもらいたい、と祈る。(専修大学名誉教授)






最近のコメント