【ノベル・伊東葎花】
秋の日はつるべ落とし。
おばあさんは夕食の支度の手を止めて、カーテンを閉めようと窓辺に寄った。
「おや?」
庭に、おばけカボチャが立っていた。
いつもなら、ギャーと叫んで失神するところだが、おばあさんは驚かない。
なぜなら今日はハロウィンだから。
「あらあら、おばけカボチャに仮装しているのね。どこの子供かしら。ええっと、お菓子をもらいに来たのよね。たしかクッキーがあったわ。ちょっと待ってね。おばけカボチャさん」
おばあさんはキッチンの戸棚からクッキーの缶を取り出した。
「あったわ」
振り向くと、おばけカボチャが、おばあさんのすぐ後ろにピタリとついていた。
「ああ驚いた。なあに。待ちきれなかったの? はい、クッキーよ」
おばあさんがクッキーを差し出しても、おばけカボチャは受け取らない。
「いらないの? これしかないのよ。困ったねえ」
おばけカボチャは何も言わない。じっとおばあさんを見ている。
「そろそろおじいさんが寄り合いから帰ってくるわ。夕飯の支度を急がなきゃ」
おばあさんはスーパーの袋から大きなかぼちゃを取り出した。
それをまな板の上に置くと、流しの下から出刃包丁を取り出し「えいやあ」と振り下ろした。
「ひいっ!」
叫んだのは、おばけカボチャだ。
「おやまあ、あんた、どうしたの?」
振り向いたおばあさんの手には、よく研がれた包丁が握られている。
「うわあああああ」
おばけカボチャは、一目散に走り去った。
「あらまあ、お菓子いらないのかしら。変な子ね」
夜、寄り合いから戻ったおじいさんは、大好物のかぼちゃの煮物に舌鼓を打った。
「うまいかぼちゃだ」
「おじいさん、そういえばね、今日、おばけカボチャが来たのよ」
「なんじゃ、それは?」
「ハロウィンの仮装よ。どこかの子供がおばけカボチャに仮装してきたのよ」
「子供? ここは老人専用の集合住宅だぞ。子供なんかいないだろう」
「あら、そういえばそうね。じゃあ、あれ、本物のおばけだったりして」
おばあさんは、かぼちゃの天ぷらを食べながら首をひねった。
* * *
そのころ、おばけカボチャは、こっぴどく叱られていた。
「人間を驚かせるのがおまえの仕事なのに、逆に脅されてどうする」
「すみません。でも、あのばあさん、まるで山姥(やまんば)ですよ。包丁で真っ二つにされるところでした」
「ハロウィンと重なってしまったのが失敗だった。次こそ頑張れ。リベンジの日は12月22日だ」
「はい。今度こそ、しっかり驚かせます」
* * * *
「ねえ、おじいさん、西洋ではカボチャと言えばハロウィンだけど、日本はやっぱり、カボチャと言えば冬至ね」
「そうだな。ばあさん、おいしいカボチャを頼むよ」
「包丁、研いでおかなくちゃ」
冬至は、12月22日です。(作家)