水曜日, 3月 18, 2026
ホームつくば「被爆ピアノ」コンサート 8月9日つくばで【戦後77年】

「被爆ピアノ」コンサート 8月9日つくばで【戦後77年】

77年前に広島で被爆した「被爆ピアノ」のコンサート&映画上映会「未来への伝言 つくば~平和へのいのりwith被爆ピアノ」が8月9日、つくば市吾妻のノバホールで開かれる。桜川市出身の声優で、朗読企画会社「ヴォイスケ」(東京都練馬区)代表の飯島晶子さんが主催する。飯島さんがつくばで被爆ピアノコンサートを開くのは2012年以来、10年ぶり2回目。

被爆者からピアノを託され、全国各地でコンサート活動をしている広島市の調律師、矢川光則さん(70)が、4トントラックでつくばに被ばくピアノを運んでくる。爆心地に近い民家で被爆したアップライトピアノという。

矢川さんは、1998年に被爆者からピアノを託されたのをきっかけに、2001年から全国各地でコンサート活動をしている。現在7台の被爆ピアノを保存しており、託された当時は、ガラスが突き刺さった跡があったり、ピアノのすき間からガラスの破片が出てきたり、原爆の爆風や熱線で倒壊し崩れた家の土塀の赤土が出てきたピアノもあった。音色は1台1台異なるが「古いピアノなので、奥行きのある音がする」と矢川さんはいう。

「私自身、被爆2世だが、平和の問題に無関心で、ピアノを託されたことをきっかけに目覚めた。戦争体験者がどんどんいなくなっている中、被爆ピアノの音色を聞いて、平和に思いをはせ、平和の尊さ、命のいとおしさを感じ取っていただければ」と矢川さんは話す。

「朗読したい」

コンサートを主催する飯島さんは2005年、友人のジャズピアニスト、西郷正昭さんから「私を弾いてー広島被爆ピアノ物語」と題した自作の詩を受け取ったことがきっかけで被爆ピアノの存在を知った。戦争をくぐりぬけた被爆ピアノが調律師の矢川さんと出合い、再び音楽を奏でるまでをつづった詩だ。

「私を弾いてください。私の体に刻まれた運命と歴史と様々な思いをその指先であなた自身が確かめてください」「私の鍵盤で平和の音楽を奏でてください」など、つづられていた。飯島さんは詩を読み、「朗読する者として、皆に聞いてもらいたい」と思ったと振り返る。

以来、飯島さんは毎年、都内のほか全国各地で、被爆ピアノの朗読会やコンサートを開催し続けている。県内では土浦、水戸、牛久などでこれまで5回のコンサートを開いてきた。

飯島さんは「去年、牛久で被爆ピアノコンサートを開いたが、コロナ禍でピアノを広島県外に移動させることができなかった。今年はノバホールで開催できる。毎年続けることが大事だと思う」とし、「8月9日は長崎に原爆が落とされた日。戦争をくぐりぬけたピアノがあることをいろいろな人に知ってもらい、戦争や平和について考えるきっかけにしてもらえたら」と話す。

8月9日は午後1時30分開演。第1部はコンサートで、ピアニストで聖徳大学音楽学部講師の浅井寛子さんが被ばくピアノを演奏し、飯島さんが被ばくピアノの詩を朗読する。ほかに、つくば市在住のビオラ奏者、脇田優子さんらが、広島、長崎とウクライナへの祈りを込めて、六重奏を演奏する。さらに調律師の矢川さんが被ばくピアノについて話す。第2部は、矢川さんの活動を映画にした佐野史郎主演の「おかあさんの被爆ピアノ」を上映する。(鈴木宏子)

◆「未来への伝言」は8月9日(火)午後1時30分から、つくば市吾妻1-10-1、ノバホールで。入場料は一般2000円、学生1000円。全席自由。チケットはノバホール(電話029-851-5881)またはカンフェティチケットセンター(電話0120-240-540、セブンイレブンで購入可)などで販売している。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

4 コメント

4 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

廃棄していた果肉を活用 福来みかんのドリンク開発 筑波山神社参道の土産店

筑波山麓特産の福来みかんの皮を使った七味を販売する筑波山神社参道の土産店「神橋亭」(つくば市筑波、店主・渡辺由美さん)が昨年末から、これまで廃棄していた福来みかんの果実を活用しドリンクを販売している。福来みかん特有のさわやかな香りと甘酸っぱさが特徴だ。七味はみかんの皮だけを利用するため、果肉はこれまで廃棄したり、人にあげたりしていた。 同店の七味は、先代店主の渡辺美代子さん(86)手作りの「みよこの七味」で知られる。渡辺さん一家は筑波山中腹の約990平方メートルで福来みかんを100本ほど栽培している。みかんが黄色に色付く11月になると毎年、店主の由美さん(43)と義母の美代子さんが、収穫したみかんの皮をむいて、干して乾かし、焙煎して「陳皮(ちんぴ)」を作り、粉にして唐辛子やごま、青のりなどと混ぜて福来みかんの七味を手作りし販売している。 一方、みかんの果肉は毎年2トンほど出る。一部を冷凍し知人にあげたりしているが、毎年1トンほど廃棄している。 由美さんは「捨てるのはもったいない。みかんの果肉をどうすればいいか」とずっと考えていたという。昨年、美代子さんから果肉をもらった知人が、果肉のシロップ漬けを作って持ってきてくれた。甘みも苦みもあっておいしく、シロップ漬けの作り方を教わったのが始まりという。 その後、由美さんは、果肉を焼酎に漬けたり、他のアルコール類に入れたりなど試行錯誤を繰り返し、砂糖の量や煮込み時間なども調整を繰り返した。果肉を生のまま使うより冷凍した果肉を使った方が甘味が増すということも分かった。 さらに砂糖を入れて煮込む際、当初みかんの種を取り除いていたが、種を取り除かずそのまま煮込んだ方が甘味が増すほか、加工の手間が省けるなどの利点も発見。こうして果肉を丸ごと使用した福来みかんのシロップ漬けが完成した。 シロップ漬けは果実酒の瓶に詰めて店頭に並べ、寒い日は体を温める「福来みかんホット」として、暑い日は炭酸割の「福来みかんスカッシュ」として1杯(300ミリリットル)500円(税込み)で提供する。ドリンクには果肉がほぼ1個分入っており、スプーンですくって食べられるようになっている。 店主の由美さんは「炭酸で割ったりお湯で割ったりするほか、紅茶で割ったり、ソフトクリームのトッピングができないかなど考えている。福来みかんのジェラードの試作品もできたので提供していきたい」と話す。 神橋亭は明治半ばの1894年に創業した。筑波山神社の神橋の脇にあり、登山客や観光客、神社の参拝者が立ち寄る。福来みかんの陳皮が入った七味は40年前ぐらいから販売している。 店舗は2024年9月に事業継承引継ぎ補助金を活用してリニューアルした。七味の加工工房は元々みかん畑の近くに作っていたが、福来みかんの粉の香りを来店客にかいでもらいたくて土産店に移設した。茨城県よろず支援拠点からの支援を受けている。同支援員の吉村千鶴子さんは「支援する側も、福来みかんの果肉の部分をどうするかが課題だった、今回、果肉のまま種もとらずに煮込むという画期的な方法が見つかり、とてもうれしい」とコメントする。(榎田智司)

キンカン、ヒヨドリ、アゲハチョウ 《鳥撮り三昧》11

【コラム・海老原信一】自宅玄関を出て右側、小さな庭の隅にある花壇に樹高2メートル弱のキンカンが植えてある。冬から春にかけてのこの時季、多くはないが黄色い実を付けてくれている。このキンカン、実は2代目。1代目は母親が存命中に鉢植えにしていたものを花壇へ地植えにして育てていたが、母の没後5年目ぐらいに元気がなくなり、枯れてしまった。 面倒見の悪い息子のせいかなと責任を感じて掘り起こしてみると、息子のせいばかりでないと判明。鉢植え時に絡み合った根の処理をあまりせず、そのまま植え付けたようで、複雑に絡み合ってしまい根が枯れてしまった様子。仕方がないと諦めたが、ある理由から新しく植えようと思い始めた。 ある理由とは、母親は網をかぶせて許さなかったが、ヒヨドリが実をついばみ、アゲハチョウが産卵しその幼虫が葉を食べると知ったから。母の没後、その楽しみを知った息子は彼らのなすがままにさせ楽しんでいたわけで、「新しく植えるか」との結論に。ホームセンターへ出向き、接ぎ木した部分が直径2センチ程の鉢植えを求め、1代目がいた場所へ、根の状態に気を付けながら地植えした。 それから7年ほど経つだろうか。2センチほどだった部分が10センチぐらいまで太くなり、かなりたくましい様相をしている。その割に樹高が2メートル弱なのは、小まめにせんていし、伸び過ぎないように抑えてきたから。 朝、玄関を出ると、キンカンの葉が揺れる。水道の凍結防止カバーを外しながら見ると、ヒヨドリが小さく泣きながら近くの電線へと飛び去る。キンカンの樹下には、半分ほどつつかれた実がいくつか落ちている。黒い糞(ふん)も落ちている。そのころにはナンテンの赤い実は無くなっている。 そして、キンカンが食べごろになるという寸法。よくしたものだと感心する。たまには息子も一つ二つ食べてみる。今年のキンカンはとても甘みが強い。結実の時季が暖かかったせいだろうか。 イモムシ=新幹線 この実が無くなり暑くなり始めると、次の白い小さな花が付き出す。そうなると次の客人がやって来る。アゲハチョウだ。カラタチやキンカンなどの柑橘(かんきつ)類が食草らしく、柔らかそうな葉の先に、金色の1ミリにも満たない卵を産み付ける。しばらくすると、見た目が小鳥の小さな糞のような幼虫が生まれる。結構な数が葉についている。 糞のような幼虫が葉を食べ続け、気付くと、黒っぽかった体色が緑色に代わり、太さ1センチぐらい、長さ4センチぐらいのイモムシが。我が家では「新幹線」と名付け、毎朝楽しんでいる。それらがいつの間にか見えなくなる。羽化に備え、サナギになるため目立たない場所へ移動するのだ。 どこへ? そう思いながら探すが見つからない。ある朝、羽化した個体に気付く。そこは雨戸の敷居の下陰。薄暗い場所に、羽化直後のアゲハチョウが美しく輝いている。幼虫の数からすれば、もっと成虫の姿があってもいいはずだが、厳しい自然界なのだろうか。だからこそ「きれいだな」との思いが強くなる。(写真家)

葛城地区周辺11カ所440ヘクタールを区域指定 つくば市 住宅供給に期待

TX沿線開発地区周辺で初 つくば市は6日付で、つくばエクスプレス(TX)沿線開発地区の葛城地区周辺おおむね1キロの11カ所計440ヘクタールを区域指定した。同周辺地区は市街化を抑制する市街化調整区域のため、これまでは特定の要件を満たした土地所有者しか住宅を建てることができなかった。指定により、土地があればだれでも住宅などを建てることができるよう都市計画法上の位置づけを変えた。TX研究学園駅周辺の葛城地区(約484ヘクタール)に匹敵する面積となる。 同市がTX沿線開発地区周辺で区域指定を実施するのは葛城地区周辺が初めて。今後、他の沿線地区周辺でも区域指定を実施するかどうかについて、市開発指導課は、葛城地区の区域指定後の住宅の貼り付き状況などをみて検討したいとしている。 今回の区域指定によって建築できる建物の用途は住宅や店舗などで、高さは3階建てに相当する10メートルまでなど。11カ所440ヘクタールは現在すでに集落や住宅、店舗などが立地し、空き地や畑などが混在している。TX沿線は地価上昇が続いている中、今後は区域指定エリアの空き地などに住宅が建ち、より買い求めやすい住宅が供給されることが期待されている。 区域指定制度は、2000年の都市計画法改正で既存宅地制度廃止に伴って新たに設けられた制度。県内では猶予期間を経て06年に既存宅地制度が廃止され、つくば市では07年度から運用が始まった。運用開始に伴って同市は市内全域を調査し、①40戸以上の宅地が連続して建っている②市街化区域から概ね1キロの範囲内にある③人口が減少している集落内にある④宅地率が概ね40%以上である⑤道路や下水道が整備されているーなどの要件がある地区を対象に、これまで市内で計約1700ヘクタールを区域指定してきた。 一方、TX沿線開発地区についてはこれまで、区画整理事業が進んでいたことから区域指定から除外していた。葛城地区では2014年度に換地が実施され、18年度に区画整理事業が完了、現在、住宅が8割以上貼り付いていることなどから、「つくばに住みたいと思っても住めないという声を踏まえて」(市開発指導課)区域指定を実施した。 一方で、土地区画整理事業で開発された葛城地区は、道路や公園、公共施設や学校用地が確保されるなど公共投資により計画的なまちづくりが進められてきた。これに対し区域指定エリアへの新たな公共投資は予定されておらず、民間投資で開発を実施することになる。(鈴木宏子) 【訂正18日17時】第4段落、市内のこれまでの区域指定面積を1700ヘクタールに訂正しました。

コマ回し《デザインを考える》30

【コラム・三橋俊雄】昨年のことですが、小学校で行われた「昔の遊びボランティア」に参加しました。この行事は、地域の大人や保護者が小学1年生に「コマ回し」「けん玉」「メンコ」「羽子板」などの遊びを伝える活動で、私はコマ回しを担当しました。 現代の子どもたちはタブレットやゲームに触れる機会が多く、指先の操作が中心の世界で育っています。デジタルが身近になった分、身体全体を使って覚えるような体験は、以前より少なくなってきているように感じます。だからこそ、昔ながらの遊びが持つ「からだの感覚を働かせる遊び」は、子どもたちにとって新鮮で貴重なものになっています。 1年生は最初、コマがなかなか回らず、何度も失敗しながら、少しずつコツをつかんでいきます。コマ回しは、ひもを巻く力加減、投げる瞬間の手首の返し、投げるときの身体の向きなど、感覚と動きを総動員する遊びです。頭で理解するだけではできず、挑戦を重ねる中で自然と身についていきます。 そうして練習を続けていると、ふとコマが回る瞬間が訪れます。そのときの子どもたちの表情は驚きと喜びに満ちています。こうした身体を通して身につけていく学びこそ、デジタル時代に失われつつある大切な体験だといえます。 また、昔の遊びを教えることは、単なる体験的活動ではなく、世代を超えて受け継がれてきた技が次の世代へと渡されていく、文化の継承でもあります。 絶滅危惧動作 コマ回しの時間には、ゆっくりとした空気が流れ、失敗してもまたやってみようという空気が生まれます。地域の大人と子どもたちが向き合い、励まし合いながら挑戦する姿は、まさに世代間交流の原点であり、今の時代だからこそ必要なことではないでしょうか。 日常生活の中ではほとんど見られなくなり、このままでは消えてしまいそうな身体の動きを「絶滅危惧動作」と言います。 コマにひもを巻いて投げる動作も、まさにそのひとつです。かつては当たり前のように行われていたのに、いまでは日常からすっかり姿を消しつつあります。「お手玉」のリズムを刻む手つき、「あやとり」の細やかな指の動き、「けん玉」の連続した所作なども、同じように現代では触れる機会が少なくなった「絶滅危惧動作」です。 そうした昔の遊びが、子どもたちの手の中でふたたび息を吹き返す瞬間。その場に立ち会えることは、とてもうれしいものです。遊びを通して伝わる身体の感覚や、世代を超えた交流、そして文化が受け継がれていく様子を思うと、昔の遊びを伝える営みは、今の時代だからこそ大切だと感じます。(ソーシャルデザイナー)