金曜日, 9月 30, 2022
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悲しくて見られない上野の桜 《くずかごの唄》105

【コラム・奥井登美子】敗戦から6年後、私は上野桜木町にあった東京薬科大学女子部に通学していた。上野駅の公園口で降りて、東京芸大の前の道を通り抜けると、桜木町郵便局(私の実家・加藤家の親戚が局長)。その近くの谷中側の道路沿いに学校があった。

学校の敷地の一部に、彫刻家の朝倉文夫氏の家があったらしく、校舎の隅に彫刻の残骸がたくさん落ちていた。

薬科大が専門学校から新制大学になって2年目。学校側も、新制への切り替えで、どうしていいかわからなかったのだろう。今思い出すと、奇妙な、個性的な先生ばかりだった。

法学を教えてくれた正木昊先生は、「松川事件」「三鷹事件」や、自分が関係した「水戸の首なし事件」について、口角泡を飛ばしてしゃべりまくる。黒板いっぱいにチョークで漫画の絵を描く。実に面白い絵だが、終わると、すぐ消してしまう。

「そもそも官僚というのは、自分の立身出世のためならば、何ものも犠牲にする。独善、無責任、非能率、形式主義…」。今でも私は、テレビ画面に広がった漫画が出てくると、正木先生を想い出してしまう。

数学の三東哲夫先生は、寺田寅彦の文章を毎週1回、大きな紙に書いて、読んで解説してくださった。寅彦の文章は、科学と文学の接点を私たちに教えてくれた。

ドイツ語の中山久先生が始めたゲーテの「ファウスト研究会」が面白くて、私は当時、両国高校生だった弟の加藤尚武を誘って参加した。

大空襲で焼死した人たちを埋葬

上野駅公園口には、今の西洋美術館の所に、150人ぐらい家のない人たちが地面にゴザを敷いて寝ていた。家のない子が駅構内に300人ぐらいいて、そのあたりはすごい臭気だった。

桜並木の下では、東京都の腕章をつけた人が5~6人、いつもシャベルを持って地面を掘っていた。死体を処理する土地のない下町で、東京大空襲で焼け死んだ人たち(約8万人)が寛永寺のあるこの山へ運ばれ、手掘りで仮埋葬されたらしい。

6~7年たった当時でも、探すと、木の下、石の下など、思わぬ所から骨の断片がたくさん出てきたという。

上野の桜。今年も、見事な花をテレビで見た。しかし、本物の上野の桜は、私は涙が出てしまって、見られないのだ。(随筆家、薬剤師)

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