【ノベル・伊東葎花】
田舎のおじいちゃんが突然訪ねてきた。東京見物のついでに寄ったそうだ。
「健太にお土産だよ」と渡された包みを開けて、お菓子じゃなかったことにガッカリした。
「これ、何?」
「南部鉄の風鈴だよ」
南部鉄は、おじいちゃんが暮らす盛岡の名産らしい。
「懐かしいな」と父が言った。
「まあ、結構な物を」と母が言った。
おじいちゃんは、スカイツリーに行くからと早々に家を後にした。
母は社交辞令的に引きとめたけど、帰った後はほっとしたように見えた。
僕たちが住む部屋は、高層マンションの最上階。
洋風な部屋に南部鉄の風鈴はまるで似合わず、それは箱に入ったまま棚の中に納まった。
おじいちゃんは、その1カ月後に亡くなった。心臓が悪かったそうだ。
「まさかあの日が最後になるなんて」
父が、悲しそうにつぶやいた。
家族3人で盛岡へ行った。
山しかない田舎で、年の近い従兄弟(いとこ)もいない。
父と母は忙しそうだし、僕はつまらなくて帰ることばかり考えていた。
葬式の後、縁側でゲームをしていたら伯母さんがスイカを持って来てくれた。
「健ちゃん、何にもなくて退屈でしょう」
スイカを目の前に出されて、「あのう、スプーンは?」と言ったら笑われた。
「スプーンなんか使わないよ。種はこうやって庭に飛ばすの」
伯母さんは豪快に種を飛ばした。放物線を描いた種は、面白いほど遠くに飛んだ。
僕もまねをした。「そうそう」と伯母さんが手を叩いて笑った。
「健ちゃんのお父さんは、おじいちゃんの自慢だったよ。大きな会社に勤めて、すごいマンションに住んでるって、みんなに自慢してた」
「ふうん」
「うちには女の子しかいないから、健ちゃんは特にかわいい孫だったのよ」
「そうなんだ」
「小学生になってから、ちっとも来なくなっちゃったでしょう。だから最期に、何だかんだ理由をつけて会いに行ったのよ。お気に入りの風鈴を持ってね」
「え…?」
心地よい風が吹いて、軒下の風鈴が鳴った。
ちりんとか、そんな音じゃなかった。
心に響くような澄んだ音色は、耳の奥にいつまでも余韻を残した。
「南部鉄よ」
「ああ」
僕はうなだれた。澄んだ音で風鈴が鳴るたびに切なくなった。どうしておじいちゃんの死を、ちゃんと悲しめなかったのか。
東京に帰ってすぐに、おじいちゃんがくれた風鈴を出した。
ずしりと重く、冷たい感触が手のひらに心地よい。
窓辺に下げて、少しだけ風を入れると、盛岡の家と同じ音で風鈴が鳴った。
「きれいな音ね」。母が目を細めた。
「そりゃそうだろう。南部鉄だもん」。父が自慢げに言った。
「あの日、泊めて差し上げたらよかった」
「そうだな」
父と母が、あの日よりずっと優しい顔をしている。
僕たちは、優しく澄んだ音色をいつまでも聞いていた。
(作家)






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