土曜日, 1月 29, 2022
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50年の味、Aセットが出迎える【クルマのある風景】2

和風レストラン キャニオン 平田貴夫さん つくば

「表筑波スカイラインをドライブして、下大島の古いレストランで食事をした後、うちにやってくるお客さんがいます。そういったミーティングとドライブコースがあるそうですよ」と、前回取材したノスタルヂ屋の松浦正弘店主が教えてくれた。

つくば市下大島の古いレストランといえば、「和風レストランキャニオン」に違いない。創業して50年を過ぎている。昔から国道沿いのにぎわう店舗として地元の常連客やクルマ好きがやってくる。創業者である平田和夫さんが、無類のクルマ好きだったこともあり、当時の言葉で言えばドライブインとして成功した店だ。

創業50年を超える老舗レストラン

平田さんは2018年に亡くなり、助手として厨房に入っていた息子の貴夫さん(51)が2代目となって切り盛りしている。メニューは50年の間に増えているが、ほとんど変わらない和風の洋食が出迎える。

「1970年の秋、翌年の冬に私が生まれる直前、開店させたんです。親父はもともと県職員で土地改良区の仕事をしていたんですが、突然それを辞して、土浦駅前で料理人の修業を始めたそうです。亡くなる直前まで現役のシェフでした」

先代から受け継いだメニューのうち、定番となっているのがAセット。ハンバーグ、エビフライ、カキフライの3種を4通りに組み合わせ、ひとつを選ぶ趣向は、同店の有名な料理だ。多くのクルマ好きがAセットを求めて、ときには広島県や北海道からの来店もある。

Aセットのすべて。タルタルソースも絶品

「親父はモータリゼーションを目の当たりにして、やりたいことを見出したんだと思います。かっこいいクルマ、家族連れのクルマ、陸送のドライバーに美味しい料理を提供して、自分も車談義をしたい。そういう背中を見てきたせいか、私も車が好きで…」

貴夫さんは会社勤めを経て42歳の時に実家へ戻り、厨房に立った。20代の頃手に入れた、R31、7代目の日産スカイラインが、店の前に看板のように置かれることとなった。スカイラインに乗ったのは、少年時代に見ていたテレビドラマの影響だという。「本当は6代目のR30が欲しかったんですが、今ではこのR31スカイライン一筋です。お客様が聞きつけて、同じ車種同士で訪ねてきてくれるようになり、そうなると親父はもう厨房を飛び出して話をしたくて仕方がなかったようです」

クルマ好きの来るお店という成り立ちをきっかけに、貴夫さんと仲間とで「筑波山ミーティング」を企画することとなった。これがどうやら、ノスタルヂ屋の松浦店主が話していたドライブコースの誕生らしい。

筑波山ミーティングをけん引する高槇さんと

キャニオンを訪ねた日、偶然にもミーティング立ち上げに関わった高槇健太郎さんも居合わせ、車談義が始まる。

「最初は3人で企画を立てて、6台の車が集まりました。朝日峠の駐車場を使わせていただくので、まずごみ拾い活動。そのあと互いのクルマの品評会をやって、筑波スカイラインを風返峠まで走り、八郷(石岡市)に降りて朝日トンネルをくぐって、昼過ぎにここで食事をするんです。今は30台ほどの規模になっています」

高槇さんはミーティングの様子を説明しながら、「いわゆる走り屋、暴走族と勘違いされたくない。だからクラブやチームのような型にははめず、車種も限定せず、ちょっと古い世代のクルマを好きな人たちが、来られたら来るというスタイルで年3回開いています」と付け加える。そのスタンスはとても大事なことだ。

貴夫さんは店を経営する立場上、今はミーティング現場に出かけられない。その代わりに空腹でやってくる仲間たちに温かい料理を作る。昨年はコロナ禍の影響で中止となったが、9年目の今年は、12月に開けるかどうか検討中だ。

「会えて良かった! これが当店のキャッチフレーズです。親父の口癖でした。立ち寄ってくださる人、常連になってくれた人、皆さん共通する何かがあるのだと思います。そのご厚意に支えられての51年目です」貴夫さんは目を細めながら、うれしそうに語る。来客からのオーダーが入る。やはりAセットだった。(鴨志田隆之)

和風レストラン キャニオン つくば市下大島422-1 午前11時開店 月曜定休

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