火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくば飯泉あやめさんが個展 生きている禍福、文字列ドローイングを進化

飯泉あやめさんが個展 生きている禍福、文字列ドローイングを進化

つくば市在住のアーティスト、飯泉あやめさん(32)がきょう30日まで、同市古来の喫茶店、珈琲倶楽部なかやまに併設されたギャラリーJINで個展を開いている。飯泉さんがこれまで描いてきた抽象画の画風と異なり、文字列に色彩を加えたドローイングが新たな試みとして並ぶ。飯泉さんがアーティストとして走り出すきっかけとなった「心の衝動の表現」を基にした進化の一コマだ。

「子供のころから数式を解く文字列に魅入られていました。それと一緒で、思い立つと何度でも繰り返して、そのとき心に留まった言葉や文字を繰り返してドローイングしていました。書き取りの宿題は大好きだったのです」

ギャラリーJINで30日まで開かれている個展

ギャラリーにはカレンダーの裏側に書き記した様々な数と大きさの文字列が張り出され、ある意味異様な迫力を醸し出していた。この裏書ドローイングは、飯泉さんの創作原点。20代以前の書き取り遊びだったものが、ある日を境に異なる次元に彼女をいざなうこととなった。

「東日本大震災が発災した日、祖母と青森県に旅行に出ていました。大きな被災は受けませんでしたが、ライフラインの停まってしまった宿泊先で、災害の状況がわかるにつれ、何かとても恐ろしいことに引き込まれたと感じ、聞いたこともない被害や犠牲者の数を耳にして、私自身がパニックに陥ってしまいました」

震災時に描いた54万3000回の一部

戦争を経験でもしなければ、あり得ない数の「死」を突き付けられた飯泉さんは、それを受け止める自分自身の「生」をもって対峙することとなり、自身が「死」へと引きずられないために、書き取りに没頭し、「□」を繰り返し、繰り返し、54万3000回繰り返した。

「最初は形の定まらないぐりぐりだったのですが、それでは心の平たん線を保てないと、〇にしたり渦にしたり、これだなと感じたのが、角を正確に書くという手段としての □ にたどり着きました」

その後の時間をどのように過ごしてきたかは彼女の胸のうちにとどめられているが、書き取りドローイングは続けられ、創作家という道を切り拓き、文字列とは異なる抽象画に、胸の内から聞こえる叫びを描くようになる。

飯泉さんには失礼だが、それらの画風は、説明を受けなければ理解できない領域にある。だからこそ、個展に登場した文字列のドローイングは、ストレートに見る者の心にも伝わってくる。新たなドローイングは「光」「風」「大地」「水」などのエレメントをモチーフに、アルファベットつづり化されたそれらをアクリル画材で描いた。筆では描けない繊細なつづりは、個展の1週間前に「ケーキ装飾用のクリーム絞り出しが使えるのではないか」とひらめいた。

新作のドローイング

「それぞれのエレメントは、それらに触れることによって、そこに自分が存在し生きていることを教えてくれます。私自身、時折、人生を投げ出してしまいたくなる負の激流にのまれることがあります。そうなってはならないという克己の叫びが、私を突き動かす。ドローイングは原点に返ったというのではなく、基本と土台であって、私の背中を押すものも、生きているという禍福であることは変わっていません」

飯泉さんは震災を機に創作の道を走り続けているが、スタートラインから10年を経て、衝動や狂気とともに、やさしさをも見出したのかもしれない。

つくば市出身。武蔵野美術大学造形学部卒。2018年より作家・芸術家として創作活動を本格化。「生きているとは何か」をテーマとした絵画、壁画やアートパフォーマンスを手掛ける。(鴨志田隆之)

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