水曜日, 3月 25, 2026
ホームスポーツ「欲を出さないで頑張るしかない」 霞ケ浦 高橋監督【高校野球’21】

「欲を出さないで頑張るしかない」 霞ケ浦 高橋監督【高校野球’21】

一昨年の夏に優勝し、昨年の独自大会でも優勝(4校優勝)と、この夏は3連覇をかけて戦う霞ケ浦。昨秋は準決勝で鹿島学園に敗れ関東大会出場を逃した。春は好投手・樫村佳歩擁する水城に県大会初戦で逆転負けを喫している。高橋祐二監督(61)にチームの現状を余すことなく語ってもらった。

勝てる力あるが、もろさある

ー常総学院や土浦日大が入るゾーンです。組み合わせについて所感を伺いたいと思います。

高橋 特にありません。よそのチームを考える余裕がない。今年のチームは勝てる力はあるとは思うけど、簡単に負けるもろさもあり、霞ケ浦の本来の計算した、理詰めの野球が成立していません。監督を始めて12年目で初めて、決勝に行ってある程度こういうチームをつくればなんとか戦えると手応えをつかんで準決勝、決勝までは勝ち進んでいましたが、今年は21年目にして初めてその力がないかもしれません。強いチームを倒す力はもちろん秘めていますが、簡単に負ける可能性もある。そんなチームです。今年はピッチャーが計算できない。野手陣も戦力的には大して毎年変わらないと思うのですが、ものを考える力が不足しているとか、勝ち方を知らないとか、こちらにあまりついてきてくれていない部分が大きいのかもしれないですね。厳しいゾーンではありますが、同一ブロックでシードの土浦日大にしても常総学院にしても戦えないとは思っていませんが、目の前の相手、一戦一戦を戦っていくしかないのかなと。大それたことは言えない状況ですね。

ー現有戦力の分析をお願いします。歴代チームと比べてどうでしょうか。

高橋 1年生の夏に甲子園に行った飯塚恒介(3年)と宮崎莉汰(3年)がチームの完全な柱になり引っ張っていくような形が理想なのですが、そうなっておりません。飯塚についてはそれに近い存在にはなってきていますが、宮崎は全くですね。本来甲子園に行けなくても1年生から起用してきた選手は例年3年生になると完全な柱になってきました。ピッチャーでも野手でもそうですが今年はそうなっていません。戦力的には例年と変わりませんが、内面的な部分が相当弱いです。

1年夏からチームを支える飯塚選手。通算本塁打は30本を超える

ー技術的な部分ではなく、あくまで内面的な部分ですか。

高橋 内容的な部分がダメだから技術的な部分に影響を及ぼすのだと思います。チームの中心にならないといけない存在なのになっていない。3年生と2年生は持っている技量を引き出すだけの頭がないのか心がないのか、非常に残念ですね。僕自身は毎年チームづくりの仕方は変えていません。僕としてはある程度ここまでできたらなという指標のようなものがあるんですけど、今年のチームはそこまで届いていません。今年の子たちはチームワークが良いとは言えません。自分だけが良ければそれで良いという風に感じ取れる部分がある。霞ケ浦の野球って基本的に一人の力がなくても、糸だって100本あればロープになる。一本が細くても束になれば強くなるという野球なんですよ。それが今年は全くそうなっていません。例年同じようにチームづくりをしていても、根本的なところは押さえた上で、その年の3年生の性格によってチームカラーが出ます。今年は根本的なところを押さえられないまま最後の夏を迎えることになってしまいました。あめを使ってもむちを使っても通用しませんでした。

コロナが心に影響、例年とは違う

ーそれはコロナの期間を経験した影響からですか。

高橋 2年生はコロナの影響があるかもしれないですね。やっぱり一番大事な4月から6月にかけての時期に霞ケ浦高校野球部として感じなければならないことを感じてこないで、やってこなければならないことをやれないでいて、去年の1年間を過ごしたってことが今の2年生にとっては非常に影響を及ぼしているので、ちょっとピントがずれているところがある気がしますね。やっぱりこれだけたくさん練習をやって試合をこなしてきているのだから、全ては想定内のことで進んでいかないといけないといけないのに、今年はエッと驚くような考えられないプレーが起きる。監督が選手を掌握できていません。そういうチームはダメだね。これがコロナの期間が影響してこうなったのか、どうして今年はこうなのか答えは出ていません。来年どうなるか、これからは毎年そうなのかもしれませんね。ほかの強豪校の監督と意見交換すると、どこの監督とも「コロナが選手の心の成長に何か影響しているのかもしれないですね。例年とは違いますよね。」という話になります。高校生活をしていく中で一番大事な時を失ってしまった子たちですからね。

ー春の県大会は初戦で水城に敗れました。注目投手の樫村佳歩君と対戦してみてどうでしたか。

高橋 良いボールでした。もう1回やりたいね。リードしていたのに余裕がなくて守備から崩れて一気に6失点。そういうところが例年のチームと違う。守り勝てなくてビッグイニングをつくってしまうから。本当に何が起きるか分からない。

ここに来て山名が急成長

ーピッチャーについて伺います。春に背番号1だった渡邊夏一投手(2年)はどんな状態ですか。

高橋 当然期待値は高くて水城戦で先発したように春は主戦で投げていましたよ。でも、打者に向かっていけない。なおかつ打たれてしまうので自信を喪失して余計に気持ちが乗ってこない。本人が一番そのことを分かっていると思うので、期待のままにずるずるとベンチに入れてしまうよりは、一回奮起を促してどれだけ爆発できるかというのを見ていこうという考えではいますが、どうなるか大会まで分かりません。

エースとして期待される山名投手

ーそれでは夏の主戦投手は誰に?

高橋 山名健心(3年)です。唯一の救いはここに来て山名が急成長したということです。先日の東京の強豪校や山梨の強豪校と良いピッチングを披露して、山名が今一番自信を持っていますね。僕が見ていてもこれだったら勝負できるなと。あの時のピッチングが本番で出せるかどうかですね。ストレート自体も良くなりましたけれど、変化球が格段に良くなりました。

ー長身右腕の赤羽蓮投手(2年)はどうですか。

高橋 赤羽は成長がゆっくりですが、本人の自覚も徐々に出てきて成長を感じます。ベンチにも入りますね。

2年生の長身右腕、赤羽投手

ー付属ボーイズでエースとして活躍していた木村優人選手(1年)はどうですか。

高橋 本人がピッチャー志望ですからピッチャーをやらせているのですが、そこそこきっちりと投げますけれど、まだピッチャーらしいピッチャーではないです。素材としては学年では一番良いと思います。夏にはベンチに入ります。野手としての可能性も感じます。

ーベンチ入りするピッチャーは全部で何人ですか。

高橋 山名、木村、山田、赤羽、飯塚です。

ー1年生の木村君が2番手候補なのですか。

高橋 一番良いボール投げますからね。それに野球を知っています。ポテンシャルは兄(翔大・東洋大4年)にも負けていないですよ。

1年生ながら投打に能力が高い木村選手。2番手投手として早くも期待される

ー飯塚選手も投げるのですね。

高橋 まあ投げることはないでしょうけど、緊急登板なんてことも想定しています。もう1枚どうしようかと今考えているところです。

ー調子が上向きの選手を挙げるとしたら誰ですか。

高橋 ピッチャーは完全に山名ですね。野手ですか。野手はどうでしょう。見当たりませんね。

ー一番打っているのは誰ですか。

高橋 それは間違いなく飯塚ですね。パンチ力がありますね。30本くらいは打ったんじゃないかな。専大松戸の深沢君からも打ちました。

ー春の大会以降はどんなところと練習試合をしてどんな結果でしたか。

高橋 4月中に強豪校と複数試合を組んでいましたが、県外とは禁止となって、県内のチームとやらせてもらいました。水戸一、藤代、土浦日大、石岡一、下妻一。後は土浦市内大会ですね。下妻一以外とは全敗でした。水戸一には0対2でしたね。石井陽向君にものの見事に完封されました。素晴らしい。石岡一には0対6でやられました。植村塁君が一番良いと思いましたね。ものが違う。石岡一は本当に強いです。4月5月は県内の公立高校にたくさん負けました。6月に入って健大高崎と前橋育英に勝たせていただいてから徐々に調子が上向きになってきました。そして先日は東海大菅生と二松学舎と良いゲームをやらせていただいて。東海大甲府とは1対2で負けましたが、山名が完投して5安打。非常に良いゲームができて自信になったと思います。こんな良いピッチャーがいるのかと村中監督に言われたくらいです。本当に素晴らしい内容でしたので。

3連覇がかかった大会

ー監督の中では勝ち上がるイメージプランは出来上がっていますか。一昨年なんかはもう勝ち上がるプランをおっしゃっていただいて、そのとおりに投手起用されて優勝できましたが。

高橋 組み合わせが決まったら毎年ここで誰が投げようというプランを立てるのですが、今年はそういうのがないですね。本当にどうしたらいいかが分からない。こんな年は初めてです。エースを初戦からぶつけるしかないのかなと思います。でも球数制限があるからエースだけでいくと、1試合150球を4試合で、1週間のうちに600球投げることになって制限オーバーしてしまうんですよ。移行期間ではありますけど、その辺を考慮しないといけませんね。先のことを考えるのではなくて、目の前の試合を勝つと考えた時に、この投手で負けても仕方ないと思って起用するしかないかもしれませんね。今までの年とは違います。今まで2回甲子園に行っていますが、いずれも秋春の関東大会に行っていない年なんですよね。今年も関東大会に行っていないから、そういう意味では良いジンクスが共通するのですが、実績のない年の戦い方と今年の戦い方はどう考えても違うんですよね。

ー最後に、夏に向けて意気込みを語っていただきたいのですが。

高橋 それはもちろん甲子園を目指していますよ。去年の独自大会は優勝(大会はベスト4で終了)しましたし、一昨年の選手権は優勝していますので、夏はまだ2年間負けていません。3連覇がかかった大会なので今年も優勝を目指していますが、本当にうちは初戦で負けるかもしれません。チームがこういう状況なので欲を出さないで頑張るしかないですね。

ーどういう戦いになるのか楽しみにしています。(聞き手・伊達康)

監督インタビュー終わり

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

今の幸せと将来の幸せ、どちらを追い求める?《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》2

煩悶(はんもん)させる幸福 【コラム・2年 S.Y】今、あなたは草むしりをして泥だらけである。目の前には浴室がある。あなたはシャワーを浴びたくてたまらないけれど、ある人が言う。「今はシャワーしか使えない。2時間待てば、シャワーに加えて湯船に浸かれる」。あなただったら、どちらを選ぶだろうか。 私であれば、真っ先に後者を選ぶだろう。私は、未来に取りつかれている。先のことばかりを考えて行動する。先のことばかり考えるがために、苦しくなることもしばしばある。例えば、夕飯に家族で外食に行くとなれば、私は昼食をほとんど食べない。なぜなら、お腹を空かせて夕食を最大限に楽しみたいからだ。しかしこの作戦にはデメリットがある。それは、午後の空腹に耐えなければならないということだ。夕食まで何もしなくてもいいならまだしも、私の場合午後に予備校に行かなくてはならないことが多いので、空腹に耐えながら小テストと3時間の授業を受けねばならないことになる(さらに悲しいことに私の通う予備校は家から電車で2時間かかる場所にある。この耐久レースは想像を絶する辛さなのだ。こうして私は美味しい食事の代償として空腹と戦う)。 将来の幸せを求めるという傾向は、私だけでなく、今コラムを読んでくださっているあなたにも当てはまることかも知れない。弘前大学の鈴木将晃さんが卒業研究として2017年に実施した、同大の学生75人を対象に実施した質問紙調査によると、「現在は不幸せである」と感じる人には、「将来は今よりも幸せになる」と予想する人の割合が圧倒的に多い一方、「現在は幸せである」と感じる人には、「将来は現在よりも不幸せになる」と予想する人の割合が最も多いという結果が出ている。 将来的に幸福を感じるために、今あえて苦痛に向かうことは、果たして幸せと言えるのか−。 私が本コラムへの参加を決めたのは、私が日々切実に感じてきた葛藤から脱したいという、他ならぬ理由がある。と言っても、そう簡単に解決できる事柄ではないため、今回は、将来の幸せと未来の幸せについて私自身が考えを整理するために、幸せとは何か?という根本的な部分を、時間観とからめつつ述べたい。 キリスト教世界の人々は、死後の世界に幸せを求めた。キリスト教では、世界の終末にキリストが再び現れ、「最後の審判」が行われるとされる。人々はこの最後の審判に向かって、人生をプログラムしていくのである。古代哲学を振り返ってみよう。プラトンによる「洞窟の比喩(allegory of the cave)」をご存知だろうか。彼の著書「国家」第7章で用いられる有名な例えである。人々は出生時から、洞窟の中で入り口に背を向け、縛られた状態で閉じ込められており、彼らは目の前の壁だけしか見ることが出来ない。実際は彼らの背後には火が灯されており、皆その火によって目前の壁に映し出される人の影を実在だと思い込むのである。ある日、1人の囚人の拘束が解かれ、その囚人は今まで自分が見てきたものが影に過ぎなかったことに気付く。そして洞窟の外、太陽の光の下に連れ出されてやっと、真の実在を目にし、その存在を確信するに至る−。 永遠不変の本質に即した世界である「イデア界」なるものが存在し、私達が普段目にしている世界のあらゆるものは、映し出されたイデアの像の集合に過ぎない。簡単ではあるが、これがプラトンのイデア論の概略である。イデア論の下では、人々が死後に行くのはイデア界であり、その像の世界である現世よりも、死後の世界の方が高い価値を有すると評価されていた。このような、ユダヤ教のプラトン的解釈が、キリスト教の原型となっている。キリスト教的世界観に立ってみると、幸せが神やイデアのように絶対的な概念として捉えられていること、そしてそれは内面の充実と同値関係にある(等しい)にあることがわかる。 しかし、この神を中心とする価値観は、ニーチェによって決定的に破られることとなる。「神は死んだ」という言葉に表されるように、ニーチェは、神を絶対的な価値基準に置くことを否定し、自ら価値観の創造に努めることの重要性を説いた。実存主義で有名なサルトルは、人間は自らを作り上げる自由を持つと考えた。つまり、幸せの定義は、絶対的な「神」ではなく、相対的な「個人」に委ねられたことになる。そして人々は、死後の「最後の審判」ではなく、(肉体的に)生きている間の、自らが設定した目標に向けて、人生を設計するようになったのである(*脚注1)。 では、ここでいう「目標」とは何だろうか。目標とは、個人が幸せを得られる何かであるはずだ。私は、幸せは二つのベクトルで測られると思う。 一つ目の区分は、動物的なヒトとしての幸せと、社会の中の「個人」としての幸せである。前者は、寝食など生理的な欲求を満たすことである。一方後者は、成立に必ず他者が必要な幸せのことで、例えば家族からの愛や社会的な承認(「記号」の消費(*脚注2)とも言えるかもしれない)などである。 二つ目の区分は、絶対的な幸せと、相対的な幸せである。ここでは、前者をキリスト教的幸せ、後者を仏教的幸せと呼びたい。キリスト教的幸せは、神という絶対的存在の元で成り立つ、幸せのイデアだ。一方、仏教的幸せは、神を絶対的存在として想定せず、輪廻や煩悩から解脱を求める。つまり苦しさから逃れることで得られる差異による相対的な快適さである。私がコラム冒頭で示した例を思い出していただきたい。おいしい食事は、いつ食べてもおいしい。これは認めるにある程度妥当である。それにも関わらず、私が夕食まで必死に空腹と対峙するのはなぜか。それは、あえて空腹という苦痛を感じた状態を経ることで、相対的な幸福を最大値まで持ってゆきたいためなのだ。つまり、この場合に私が求めているのは、まさに「仏教的幸せ」と言えるであろう。 では、これら二つのベクトルで測られる幸せを得ることが「目標」なのだとしたら、それにどう向かっていくのか、という議論は避けられない。私は、この点において、コロナ以前と以後で、アプローチが変わったのではないかと考える。そしてこのことは私達の世代にとっても非常に切実なのである。新型コロナウイルス感染症が世界に影を落とし始めた時、私は小学5年生であった。その時突然、対面で授業を受けられなくなり、旧友との交流も絶たれ、学校行事も中止か変更を余儀なくされた。当たり前だと思っていたことが、この時を境にがらりと変わってしまったのだった。だからこそ、私達若者世代は将来が、不安で不安でたまらないのだと思う。 当たり前はいつなくなるかわからないという現実を突きつけられた私たちは、長期的な目標を持つことが難しくなっていると感じる。今までは、人生の終わりを最終到達地点として長期的目標に向けて人生設計を行うことができた。それに対し、今を生きる人々は、未来に取りつかれているが故に、短期的な目標を一つずつ達成していき、階段状により高度の幸せを求めるようになったのではないか。短期的な目標を達成する方が、自分が期待していた未来を得ることは容易になるからだ。一方で、一つの目標を達成すれば、次に設定する目標と一つ下の目標との高さの差は、指数関数的に広がっていくように感じる(図1)。(まるでガウス記号のグラフのよう…)私は今まさに、そんな状態だ。不透明な将来の中で、確約される幸せを求めて一歩一歩、階段を踏みしめながら進んでいる。それでもしばしば踏み外したり、段を飛ばしてしまったりする。上に行くほど次の段を登ることが難しいために、圧倒されたり、無気力になったりする。それでも、私は私なりの幸せを見つけ、もがきながら進んで行くのだろうし、それが、今まさに将来の岐路に立っている私達高校生の特権だとも、私は思う。 *脚注1 ニーチェの永劫回帰(*1-2)とは異なる進化論的な終末観が形成されたと言っても良いだろう。ここで言う進化論的な終末観とは、いわゆる「神の死」以降、キリスト教的世界観に自然科学的な解釈が加わり変形してできた世界観である。ニーチェが否定したのは、このような終末観を含めたキリスト教的世界観全体である。ただし、神の死以降の幸福観も様々であったことを追記しておく。 1-2 ドイツの哲学者であるニーチェの思想。ものごとが全く違わずに永遠に繰り返されること。始まりも終わりもなく変わらぬ人生が永遠に繰り返されれば、生の目的も意義も失われてしまうように思われるが、それでも永劫回帰を受け入れ肯定することが、「力への意志(平たく言えば向上心)」であるとニーチェは説いた。 2 記号とは、ある社会集団が制度的に取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のこと (内田樹「寝ながら学べる構造主義」より) 。ソシュールが定義したもので、その後もバルトなどの哲学者の思想に影響を与えた。ここで「記号の消費」が意味しているのは、例えばブランド品の購入など、社会的なステータスを提示するためだけの行為のこと。

2億円超の復旧費用めぐり 運営管理事業者がつくば市を提訴 ごみ焼却施設

市は反訴へ つくば市のごみ焼却施設、つくばサステナスクエア(同市水守)で2022年12月、高圧線から電気を受け取り低圧に変換する受電設備が故障し、施設に電気が供給できなくなった事故をめぐって、当時、市から施設全体の包括的運営管理業務を受託していた事業者が昨年末、同市を相手取って、受電設備の復旧費用約2億2300万円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こしていたことが分かった。 これに対し市は反訴する方針で、25日開かれる同市議会で議決されれば、事業者を相手取って損害賠償請求を起こす。 つくば市を訴えたのは、NKKS・NSES・KSE特定業務共同企業体(代表・日本管財環境サービス、東京都港区)。当時、市のごみ焼却施設、リサイクルセンターなどの運転管理、補修、一部機器の更新工事を含めた維持管理業務を請け負っていた。当時2020年度から24年度まで5年間の委託料は約50億円弱。 事故は2022年12月12日に発生した(22年12月23日付)。受電設備が故障し、12日から約1週間、ごみ焼却炉が停止し、市内から収集された可燃ごみは、一時的にごみをためる「ごみピット」にためられた。 12月18日に仮設の発電機を設置し、19日からごみ焼却炉の運転を一部再開。翌23年1月12日に復旧した。 ごみの量が増える年末年始に重なったこともあって、この間、市は可燃ごみの一部の処理を外部に委託した。焼却炉の停止により蒸気の供給を停止したことから、隣接のスポーツ施設「つくばウエルネスパーク」の温水プールと温浴施設の営業も一時停止。さらにごみを燃やして発電できなくなったため市の公共施設への電気の供給や売電もストップした。 復旧後の2023年8月、復旧にあたった事業者から市に対し、復旧費用の支払い請求があった。双方で話し合いが行われたが折り合いがつかず、24年7月からは双方とも弁護士を付けて示談交渉が行われが折り合わず、昨年12月26日、事業者側が市を提訴するに至った。 受電設備が故障した原因をめぐって、市が事業者と締結した包括的運営管理委託業務の範囲内に復旧工事が含まれるか否かで見解が分かれているとみられる。 故障の原因について市サステナスクエア管理課は「今後の裁判に影響する恐れがあるので(言及を)控えたい」としている。 市が提起する反訴については、ごみ焼却炉が停止したことにより市が負担した▽可燃ごみ処理の外部委託費約740万円▽ウエルネスパークのプールと温浴施設が休業したことに伴う指定管理者への運営補償金約250万円など計約1090万円を事業者に損害賠償請求する方針だ。(鈴木宏子)

私を見て《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》1

【コラム・3年 神谷洞窟】散歩が好きだ。特に深夜に歩く。できるだけ、知らない人のいない時間がいい。もちろん、知っている人も。むしろ知っている人が、いない方が好ましい。人と関わることは嫌いだ。こう言うと心の優しい人は、「嫌い」という表現は言葉が強いから、「苦手」と言い換えたらどうか、と感じるかもしれないが、私は決して人付き合いが苦手ではない。これは意地を張っているのではない、むしろ苦手ではないからこそ、嫌いなのかもしれない。というのも、高校に入学してから周りに合わせ、大きな声で笑い、それなりの返事をするのが圧倒的に上手くなったからだ(勘違いではないと信じたい)。それは、嘘を(うそ)つくことが上手くなった、という風に言い換えることもできる。このように、私たちを取り巻く世界では、対人関係の場において特に、嘘をつくことが必要不可欠となっている。しかし嘘をつくことで結ばれる関係なんて、それ自体嘘でしかない。なぜなら、嘘をつくことで他者と結びついている私は、私ではなく、私が演出した「私という虚像」でしかないからだ。 散歩しているとき、いつも自分のことを考えている。このように言うと「げーっ、自分大好きかよ」と思われてしまうかもしれないが、事実なので仕方がない。想像の中で、私はテレビにインタビューを受けている。え?好きな画家ですか?ゴーギャンです(笑)彼の描く女性には生命力が……とまあ、このようなことを長ったらしく語るのである。余談だが、最近見た映画の中で、若いうちに他者と深い関係を築くことができず、テレビを見ることだけが生きがいの老婆が、痩せてテレビに出演するために麻薬漬けになっていくという節があった。もしかしたら、私は出演料を請求しても許されるかもしれない。若いうち、他者に本当の自分を表明することができなかった者、そんな自分を受け入れられなかった者は、理想(それは、妄想と言い換えることもできる)の世界に閉じこもるしかないのである。 このように、他者と関わることが嫌いな私は、他者を前提にして生きている。これは不思議なことだ。人付き合いなんて嫌いだと声高に宣言している人間が、毎夜他者に、自分について興味を持たれる妄想をしている。そこには大きな矛盾があるように思われる。思えばずっと、私は他者と関わり続けてきた。それは、嘘をつくことが嫌いなために他者と関わることを嫌ってきた私が、他者に嘘をつき続けてきたが故に、他者に本当の自分を表明することに取りつかれてしまったからである。 私には趣味が二つある。そのうちの一つは「小説を書くこと」で、これは読み手がいることを前提とした行為である。もちろん書いた小説を絶対に見られたくないという人も中にはいるのだろうが、私の場合はそれ用のサイトに投稿までしているのだから決して言い逃れはできない。残りの一つは「哲学」だ。私の中で哲学は、他者の存在、特に「他者に見られること」と深く結びついている、こちらのコラムに寄稿させていただいていることからも分かる通り。また、私が高校で所属しており、大学で哲学を志すきっかけともなった哲学部では、メーンの活動として哲学カフェが行われている。何人かで集まって、一つの議題について徹底的に思考を練り上げるのである。そこでは私は主にたくさん発言をするタイプのファシリテーター(司会)を務めていた。ファシリテーターは人によってかなり個性が出る。もちろんあまり自分の意見は言わず、話の流れの整理にとどまって活躍される人もいる。しかし私はとにかく自分を語った。表面的な部分から、それこそ、私を構成する核に至るまで。ここからも私がいかに自分を他者に開示することに取りつかれているかが分かるだろう。思えば、私はこれまでずっと他者に本当の自分をわかってもらいたかったのだ。他者と本質的な関係性を築きたいと思うのに、本当の自分が否定されたら耐えられない。だから嘘をつくしかない。しかしそれでは他者と深い関係を作ることはできない。いつだって、これらの矛盾の出発点にあるのは、私の中の「本当の私を理解してほしい」という、ただそれだけの話なのだ。 哲学カフェの中で、私は特に「私を逐一監視している、私の意識の中の私」についてたびたび発言してきた。これはどういうことかと言うと、私が何か少しでも非道徳的と判断され得る行動をした際に、私の意識の中に存在している私が、一斉に私に向かって石を投げ始めるのである。つまるところ、私は、「清く正しくいなくてはならない」という私の意識に縛られているのだ。 思えば、どうして私はこのような意識を構築するに至ったのだろう。 ジークムント・フロイトという精神分析者がいる。彼は社会通念上の道徳が規範意識として内面化されたものを「超自我」と呼んだ。つまり、私は、この超自我が一般より強く機能しているのだ。そこにはきっと、他者からの視線が関係している。私は善人ではない。私は子どもと小動物が好きではない。私は、たとえ道端で傷ついて泣いている人がいても、私には関係ないからどうだっていいと思う。家族でさえ、突き詰めていけば私にとっては他人だ。しかし、他者は私に「善人」でいることを期待する。そして、そんな他者の視線はいつの間にか「他者」という存在を超え、私の中に一定の規範意識を構築するに至った……それに、それはもしかしたら他者ではなくて、初めから、他者になりすました私だったのかもしれない。これは、私自身が持っている「理想の私」という虚像を実現するために、他者とは別に現実の私を監視している私がいるということだ。昔から変わっていると言われることの多かった私は、自然と自分に「常識に反してはならない」という枷(かせ)を強制するようになった。人間のふりをしている、という風に言い換えてもいい。「普通の人はこうするだろう」、「普通の人はああするだろう」。私が世間一般から逸脱しないように本当の私を封じ込めているのは、もしかしたら初めから他者などではなく、私に他ならなかったのかもしれない。 とにかく― このように、私という意識は私ではなく、他者として機能することがある。私にとって、私は私であって、私ではない。 他者が求める私は決して私ではない。他者は私の全てを知っているわけではないからだ。同じように、私が求める私も決して私ではない。私から、私に対する先入観を取り除くことはできないからだ。私は、「私とはこういう存在である」という意識を抜きにして私と向き合うことはできない。私の中の「普通でいなくてはならない」という枷は、もはや私の無意識の部分までをも侵食してしまっているからだ。それでは、私とは一体誰なのか。他でもない私をメタ的(高次的)に眺め、今このコラムを執筆しているはずのこの私は、一体誰なのか。この疑問について考えていくことこそが、他者の視線、ひいては自分の視線と上手く関わることのできない私にとって、大きな前進をもたらす契機となるような気がする。 この文章が、私と同じように、他者に本当の自分を開示できない寂しさと、行き過ぎた超自我を抱えている方にとって、何かしらになることを期待している。

筑波研究学園都市を一つの研究教育共創体に 筑波大など25機関が協議会設立

筑波研究学園都市に集積する大学や国等の研究機関が結集し、一つの研究教育共創体となって、新産業の創出など研究成果の社会実装を加速することを目指す連携体制をつくるための協議会が23日、筑波大学など25の研究機関で設立された。 25機関は、筑波大と物質・材料研究機構、農業・食品産業技術総合研究機構、産業技術総合研究所、国土技術政策総合研究所など。各研究機関の論文数を合わせると世界トップレベルで、共創体は世界有数の研究集合体になるという。同日、つくば市内のホテルで協議会の発足式が開かれ、25研究機関の代表者らが覚書に署名した。 共創体(仮称・筑波研究教育機構)構想を呼び掛けた筑波大の永田恭介学長は、50年前の筑波研究学園都市建設の理念を踏まえ「つくばをつくり直す」構想だとした。物質・材料研究機構の宝野和博理事長は発足式のあいさつで「国立研究機関の強みは最先端の研究施設と支援体制、研究環境だが、大学院世代の若い研究者候補が十分でない弱みがある。人口減少社会の中で、優秀な大学院生が世界中から集い、世界最高の研究環境ができることが共創体構想の本質ではないか」などと期待を話した。 共創体構想は、筑波大が昨年度、国際卓越研究大学の認定を目指し申請した構想でもある。認定されれば政府の10兆円規模のファンドから25年間にわたり年間100億円前後の支援を受けることができたが、25年度は認定されなかった。永田学長は「お金が入ろうが入るまいが、元々やらなければならないことなので3、4年前から準備を続けてきた」とし、「どうやって研究費をとってくるのかは課題だが、つくばが元気を出さないと、ここをつくった価値がない」と強調した。 具体的には、筑波大が1992年度から取り組んでいる連携・協働大学院を基盤に、世界トップの研究教育共創体に発展させることを目指す。同大学院は、国等の研究機関の研究者を筑波大の教員として、同大の大学院生が研究機関の研究環境を活用して研究に取り組む制度で、現在、外部の31機関などの研究者229人が筑波大教員を兼務し、筑波大の大学院生508人が各研究機関の研究室で研究に従事している。大学院生は研究力強化のためにも必須の存在だとして、2035年までに教員、大学院生それぞれ3倍に増やし、教員を500人、大学院生を1500人に増やすことを目指すことを第1段階の目標とする。 ほかに共同ラボの設置、研究者が複数の研究機関と雇用契約を結ぶクロスアポイントメント制度による研究者の共同公募、起業支援、筑波大の海外分校や海外協定校など海外ネットワークの活用、筑波大の外国人研究者宿舎の共有など連携の取り組みも検討されているという。 今後のスケジュールについては、4月以降、共創体の形態や運営についての協議を開始し、来年3月ごろの共創体を設立を目指す。共創体は法人化し、新たな共同プロジェクトや研究資金の獲得にも取り組むとしている。(鈴木宏子)