東日本大震災と福島第1原発事故から15年を迎えた3月11日、つくば駅前のつくばセンター広場(同市吾妻)で市民集会「さよなら原発 守ろう憲法 昼休み集会&パレード」(安倍9条改悪NO!市民アクションつくば連絡会、東海第二原発いらない首都圏ネットワークつくばなど主催)が開かれた。被災地からの避難者や市民団体の関係者らが登壇し、事故の記憶を語り継ぐことや原発政策、平和について考える必要性を訴えた。
集会の後、「原発再稼働反対」「東海第2原発の廃炉」「再生可能エネルギーへの転換」「いのちと暮らしを守る政治」などを求めるアピール文が参加団体により採択され、参加者ら70人余りがつくば駅周辺をパレードした。
「今も帰れない人たちがいる」

震災後、福島県双葉町から埼玉県加須市へ避難した鵜沼久江さんは、震災直後の混乱を語った。地震発生から2時間後に自主的に避難を始めると、その日のうちに福島第1原発事故による緊急事態宣言が発令され、原発から約3キロ圏内に避難指示が出た。12日早朝には半径10キロに拡大された。その日から15日にかけて、車中泊や避難所を転々とする生活が続き、その間に原発では3度の爆発が起きた。「何が起きているのか分からないまま避難していた」と振り返った。
避難後は埼玉県の高校などに身を寄せ、生活環境の違いから戸惑いも多かったという。双葉町に戻ったときにできることを考え、野菜づくりを学んだが、「15年経っても町に戻って昔のように生活することはできない」と語った。避難生活の中で夫を食道がんで亡くし、自身も昨年心筋梗塞を経験。「原発事故を二度と起こさないために何をすべきかを考えながら生きている」と話した。

また、東海第2原発が立地する東海村から参加した大名章文さんは、村での複雑な状況を語った。東海村は1997年の動燃火災爆発事故や1999年のJCO臨界事故を経験しており、「福島の事故を見て多くの住民が不安を抱えていた」と説明した。
一方で、昨年2月閣議決定された第7次エネルギー基本計画で政府が原発の最大限活用を掲げたことで村の雰囲気が変わったとし、「村民の多くが関連企業で働く中、反対の声を上げることが生活を脅かすかもしれないという恐れがある」と指摘。「言いたいことがあるのに言えない、不安はあるのに表に出せない沈黙の重さがある。だが沈黙は決して同意ではない」と述べ、避難計画など住民の安全確保への問題が解消されない再稼働を認めるわけにはいかないと、反対の立場を示した。

つくば市の市民団体「憲法9条の会つくば」共同代表の石上俊雄さんは、現在も4万2000人以上が自宅に戻れない状況にあることに触れ、「命を守る社会を考える上で、憲法の問題とも向き合う必要がある」とし、防衛費の増加や、ベネズエラやイランでの軍事衝突に言及し、「武力による平和はありえない。対立をもたらし、突発的な戦争の危険を高めるもの。外交や国際協力こそが本当の抑止力だ」と述べ、憲法9条の意義を強調した。
同じく憲法9条の会つくばの阿部眞庭さんは、「福島第1原発事故により今も帰還できない人が多くいる」とし、「被災地で困難な状況にある人がまだたくさんいるのに、政府は原発の再稼働や新増設を進めようとしている。原発は弱い人たちを犠牲にした国策。震災と原発事故を忘れないこと、そして一人一人が考え、行動することが大切だ」などと呼び掛けた。(柴田大輔)






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