火曜日, 4月 7, 2026
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つくば中心地区再生 出だしでつまずき 《吾妻カガミ》106

【コラム・坂本栄】つくば市の中心市街地再生事業が動き出しましたが、その仕事を担う「まちづくり会社」への資本金払い込みが一部滞っているとか、センター広場に設けるエスカレーターは要らないとの意見が議会で出ているとか、出だしのつまずきを伝える記事が本サイトに載っています。今回はこれらの問題に目を通したあと、事業策定プロセスでの「手抜き」について点検します。

本サイトの記事「(まちづくり会社の)資本金2900万円少ない」(4月30日掲載)には笑いました。市が中心になって設立したこの会社には、地元の3社が3000万円ずつ出資することになっていたのに、うち1社の設立時払い込みが100万円だけだったという話です。同社はその理由は市に聞いてくれと逃げ、市は「分割で構わない」と弁解しています。新会社に注目していた市民は、さぞ拍子抜けしたことでしょう。

もう1つのつまずきは「(市議会で)エスカレーター設置をめぐり論戦 」(4月27日掲載)に出ています。この事業の目玉、エスカレーター2基設置について、2基とも要らない、1基だけでいい、2基あってよい―と、議会で論争になったという話です。深地下のTX秋葉原駅にはエスカレーターが絶対必要ですが、センター広場にはどうでしょうか。

総額10億超なのに大型事業でない?

問題含みで始まったこの案件、10億円超の経費が投入される大プロジェクトです。ところが市の策定作業では、市民・識者の声の収集や市議との対話が十分でありませんでした。上の2つのつまずきも、この辺に遠因があったようです。

前市長の運動公園計画に反対する運動の熱量を引き継いで市長になった五十嵐さんは、2018年秋、「大型事業の進め方に関する基本方針」をまとめました。前市長時代の大型事業計画を批判的に検証、総事業費10億超の大型事業を進める際には「民意の適切な把握」「議会への適切な報告」などが必要と、執行部のひとりよがりを戒めたのがポイントです。

中心市街地再生事業費は、基本設計費979万+出資金6000万+実施設計費6300万+工事費9億500万=10億3779万円ですから、計10億円超の大型事業になります。ところが、本サイトのコラム「映画探偵団」の筆者、冠木新市さんもたびたび指摘しているように、市による「民意の適切な把握」はおざなりで、基本方針で定めた手順がお留守になりました。

この点を議会で質問した市議、飯岡宏之さんによると、五十嵐市長は「リニューアル事業だから大規模事業評価には当たらない」「6000万の出資金はリニューアル事業費ではない」と答えたそうです。

つまり、再生事業は10億円超でも大型事業に該当しない→だから民意の把握は形だけでよい、仮に再生事業を一般事業に分類するとしても事業費ではない出資金をマイナスすれば10億円以下→だから大型事業に該当しない―ということです。大型事業の定義(総額10億円超、ただし再生事業は対象外)を盾にした2段構えの理屈ですが、追求をかわすための言い訳のように聞こえます。(経済ジャーナリスト)

追記:この原稿を書き終えたあと、「つまずき」どころか「大転び」を予感させるニュースが入りました。中心市街地再生事業について「18人が住民監査請求」(5月12日掲載)という記事です。市民の関心度が高いこの案件、議会論議にとどまらず市民運動にまで広がってきました。

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「芥川龍之介記念館」来年夏に開館《ふるほんや見聞記》15

【コラム・岡田富朗】芥川⿓之介は、東京帝国⼤学(現・東京⼤学)学⽣であった1914(⼤正3)年から亡くなる1927(昭和2)年まで、北区⽥端に暮らしました。その芥川の居住跡地に、「芥川龍之介記念館」(仮称)が、没後100年を迎える2027(令和9)年夏に開館する予定です。命日である7月24日は「河童忌」と呼ばれ、毎年芥川龍之介をしのぶ催しが行われています。 ⽥端には、明治から昭和期にかけて、1キロ四方の狭い地域に累計100人以上もの芸術家や文筆家らが暮らしていました。1889(明治22)年に東京美術学校(現・東京藝術⼤学)が上野に開校すると、上野への便がよい⽥端には、芸術を志す若者たちが住むようになりました。 そして1914(⼤正3)年に芥川⿓之介が転⼊し、その後、室⽣犀星、菊池寛、堀⾠雄、萩原朔太郎、⼟屋⽂明らも転⼊し、芸術家のみならず、多くの⽂⼠も住む地域となっていきました。 陶芸家の板谷波山も、1903(明治36)年から、当時、人家少なく故郷の筑波山を望むことのできる場所ということで、田端に居を構えていました。1945(昭和20)年、戦災により住居兼工房が全焼し、郷里に疎開しましたが、戦後再び戻り、終生田端で暮らしました。 芥川⿓之介の没後、⽥端の家にはご遺族が居住していましたが、1945年の空襲により焼失し、ご遺族は転居しました。その後、集合住宅1棟と個人住宅2棟が建ちましたが、2017(平成29)年、そのうち1棟が売却されることとなり、翌18年に北区はその⼟地を購⼊し、国内初となる「芥川⿓之介記念館」(仮称)を建設することを表明しました。これまで芥川⿓之介を単独で顕彰する記念館・⽂学館は設置されてきませんでした。 大正期の暮らしを体感できる場所 芥川龍之介が居住し、多くの作品を生み出したこの地において、記念館は大正期の暮らしや創作環境を体感できる場所となります。邸宅2階にあった書斎は、創作の場として再現され、芥川が実際に使用していた文机やインク入れ、ペンなども複製して配置されます。来場者は再現された書斎に実際に入ることができ、これらの複製品に触れることもできます。 また建物や内装、庭園に至るまで、当時の姿を参考にしながら空間の雰囲気を大切にし、庭の木々や石の配置についても、写真資料などを手掛かりに芥川が見ていた風景の面影を感じることができるよう、整備をする予定です。館内には展示スペースのほか、ミュージアムショップの設置も予定されています。 北区地域振興部文化施策推進課の飯塚さんは「今では、田端に住む人の中でも芥川龍之介が実際に田端に住んでいたことを知らない方が増えています。北区民、文学ファンの中でも「芥川といえば⽥端」ということを知らない人たちに、是非足を運んでいただき、芥川が数多の名作を生み出した書斎などを「体感(feel)」して、楽しんでもらいたい」と話してくれました。 芥川⿓之介の作品は40を越える国・地域でも翻訳され、現在も世界中で高く評価されています。開館に向けてクラウドファンディング(CF)も行われており、海外からの支援も寄せられているそうです。今後のCFは今年の夏ごろを予定しているそうです。(ブックセンター・キャンパス店主)

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切り捨て《短いおはなし》

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