月曜日, 4月 12, 2021
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《邑から日本を見る》78 ひたちなか市で「干しいもの歴史」展

【コラム・先﨑千尋】茨城県の冬の風物詩は干しいもにアンコウ。その干しいもづくりは今がピークだ。産地は、ひたちなか市、東海村、那珂市など。北東からの寒風にさらされ、独特の甘さになり、他の追随を許さない。中でもひたちなか市は明治末期からの伝統があり、生産農家、生産量が飛び抜けて多く、直売所や国道沿いの直販店は、歳暮・年始の贈答用に買い求める客でにぎわっている。そのひたちなか市那珂湊支所で「干しいもの歴史」展が開かれている。以前は「乾燥いも(なまって“かんそいも”)」と呼ばれていたが、今では「干しいも」だ。

干しいものルーツは静岡県御前崎市。江戸時代末期に、サツマイモを煮て、皮をむき、細かく切り、干すという製法が考案された。それが明治40年代初めに那珂郡湊町(現ひたちなか市)の魚の干物屋に伝わり、やがて近辺の農家の副業として広がり、今日まで続いている。

1955(昭和30)年までは、元祖の静岡県が日本一の生産量を誇っていたが、「産地は移動する」という言葉のように、現在は茨城県が日本一。農林統計では全国のほぼ100%に近い。三重、愛媛、高知の一部の地域などで作られている(呼び方は違う)が、地場消費の生産量しかない。

干しいもづくりは、かつては農家の副業だった。ひたちなか地方の農家は、冬場の暇な時期に干しいもづくりに励み、家計の足しにしていた。干しいもの販路は、北海道や長野、群馬などの機織りが盛んな地域が主だった。軍隊にも納められていた。いつでもどこでも食べられる干しいもは「貧しい人が作り、貧しい人が食べる」と言われていた。原料のサツマイモも、貧乏人が食べるもの。飢饉のときや戦時中の救荒作物だった。

大きく変わった作り方

しかし今ではまったく違う。サツマイモはヘルシーな食べ物として女性に人気があり、焼き芋もスーパーの店頭で買うことができる。コンビニやドラッグストアでも中国産の食べきりの干しいもが買える。国産の干しいもは値段が高くなり、丸干しのものは高級和菓子と言ってよい。

「干しいもの歴史」展では、生産農家である永井喜平さんと木名瀬一さんの資料をもとに、伝統的な製法と最近の人工乾燥機を使った製法や、干しいもの品種などが実物やパネルで展示され、会場を一回りするとその歴史がわかるという構成になっている。

かつては、サツマイモを蒸し、皮をむき、スライスして、農家の庭先や畑で干したが、今の主流は人工乾燥機。最も速いやり方だと8時間で干し上がる。魚の干物と同じだ。大きな農家はほとんどがこのやり方。この10年で大きな変化を遂げている。また製品も、以前はカチカチになるほど干しあげ、白く粉が吹くのが好まれたが、今の消費者の好みは柔らかめ。

会場の一部に、私が『農業いばらき』という農家向けの雑誌に1月から1年間連載した「茨城の干しいも物語」の記事が、拡大したパネルで展示されている。また映像も流されているので、茨城だけでなく、これまでの干しいも作りの歴史や製法などを知ることができる。会場は那珂湊支所1階の展示室、会期は来年1月24日まで。(元瓜連町長)

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