日曜日, 11月 16, 2025
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【高校生インタビュー】土浦初の市長㊥ 市政への思いは

土浦日本大学中等教育学校報道サークルが高校生の視点から、土浦市初の女性市長、安藤真理子氏にインタビューした。2回目は、女性という視点から土浦市政への思いについて聞いた。[聞き手はいずれも新6年(高校3年)生の坂本恵理さん、石田日菜子さん、笠倉斗真さんの3人、インタビューは3月に行われた]

ー市長になって変わったことはありますか。

一つは本当に忙しくなったなということ、そして、市長ということで今まで会えなかった方々にも会え、ありがたいです。「おー」と思ったのは、東京都の小池百合子知事から連絡があって、女性市長になったということでお会いしたいと言っていただいて、会いにいったこともありました。

活躍できる環境をつくる

ー市長は公約の一つに「子育て支援と女性の活躍の場所づくり」を掲げていれます。今の土浦はまだ女性の活躍の場が少ないと思います。その現状と今後、女性の活躍する場所をどのように見ているのか、子供たちのためにはどう取り組まれるのかを教えてください。

私の時代は、昔ほどではないんですが、生徒会長とかPTA会長とか、長になるのは男性でした。今は全然そんなことはないと思いますが、でも会社でも部長とか、社長とかまだまだ女性が少ない。それは私たちの世代が育ってきた時代の影響もあります。上に立つのは男の人だという風に育ってきた時代の最後の頃、ちょうど私たちの世代は過渡期ですね。一方で女性も活躍し始めました。私が会社をつくったくらいなので。多少は珍しいけれどバッシングはされない、そんな時代です。

でも今も、市役所の部長に女性がいないんですよ。ほんとだったらすぐ女性を部長にしたいと思います。でもやっぱりそのように育ってない年代なので、早く結婚して辞めちゃうとか、子供ができたら辞めちゃうとか、そうではなくて、力があればもうどんどん仕事をしていきましょうよ、部長にも、それこそ市長にも、社長にも、総理大臣にもなりましょうよっていう、そういう環境をつくっていきたいと思っています。

役職に就けばいいということでもないんですが、外に出やすい環境、子供が居るのでなかなか外に出られないとかではなくて、保育園できちっと預かっていただけたり、仕事をしていなくても子供を外出先に連れていけない時、託児所のような所をちゃんと整備しましょうと。そういうことから、女性が働きやすく、そして活躍できる環境を作っていきたいと思っています。

ー今後、子供たちのためにどういったことに取り組まれる予定ですか。

国が幼稚園、保育園の無償化ということで、今、無償で保育園や幼稚園に入れるんですが、まだ0歳、1歳、2歳は対象になっていないんですね。そこを支援して、お金を出すなどの制度をつくっていきたい。それから、小さい子って結構病院にかかるんですよね。それを公費で負担したい。もちろん、県や国の制度もあるんですが、漏れてしまう部分があるんです。例えば高校生が入院する場合、お母さんお父さんの収入によってはお金を払わないといけない方もいるんですが、お子さんがちゃんと大人になるまでは、制度として公に支援しましょうということをやっていきたいと思います。

あるいは、今だんだん民間の幼稚園、保育園が増えてきて、土浦市は全部民間にしようって進んできたんですけれども、私としては公立の役割が必要だなと思っているんですね。生活するのに大変なおうちのお子さんとか、みんなと一緒に生活するのが難しいお子さんもいる。そういうお子さんは、公として支援していかなければならないと思うので、手厚くしていきたいなと思っています。

土浦でよかったと思ってほしい

ー土浦駅前に図書館ができ、駅ビルがリニューアルされました。これから土浦の高校生のために取り組もうとされていることはありますか。

土浦市には高校が10校(※編注)あって、県内では水戸市に次いで2番目。本当にたくさん高校があり、土浦は高校生がいっぱいいる市なんです。(市内すべての高校が集結するイベントの)「学祭TSUCHIURA」では10校が集まって文化祭のようなことをしていただきました。

実は今年、市外の高校からも参加させてって言われました。それはいいことじゃないの、土浦発信で参加したいって思ってもらえるようなイベントにしましょう、ってことで、今後もどんどん広げていこうって話をしています。やはり土浦が高校生に優しい街だということ、高校生の希望や「こういうことがあったらいいな」という話を聞いて、学祭などをきっかけに、市に対していろいろ言ってほしいなって思うんです。

緊張した表情でインタビューに臨む3人。(左から)坂本恵理さん、笠倉斗真さん、石田日菜子さん=市長応接室

若い人たちに土浦の学校でよかったよ、土浦で勉強できてよかったよって思ってほしいんです。私は皆に日本中へ、世界へ羽ばたいてもらいたいと思うんですよ。土浦だけじゃなくて、いろんなところで活躍してもらいたい。でも例えば結婚したり、子供ができたり、あるいは定年退職する時に、ああ、土浦で結婚生活送りたいな、土浦で子育てしたいな、土浦で最期を迎えたいなって思ってほしいんですね。

土浦で遊ぼうとかデートしようとか、そう思ってもらえるような街にしたい。じゃあどうしたらいいか。皆さんが「こんな街にしてください、市長さん」って、どんどん言ってほしいなと思うし、皆、土浦に帰ってきてほしい。だからみんなどんどん言ってください。(㊦につづく)

(※編注)県立の土浦一、土浦二、土浦三、土浦工、土浦湖北、土浦特別支援と私立の土浦日大、土浦日大中等教育、常総学院、つくば国際大の各校。ことし8月1日に開く予定だった「学祭TSUCHIURA2020」は中止が決まった。

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県内で20年ぶり 大規模災害発生時に全国各地に駆け付ける緊急消防援助隊 関東ブロックの合同訓練が12日、土浦市小高にある採石場、塚田陶管柳沢工場の敷地内で実施された。1都9県(東京、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨、長野、静岡、福島)の緊急消防援助隊による合同訓練の一環で、県内での開催は20年ぶりとなる。 12日と13日の2日間、土浦市のほか、ひたちなか、神栖、鉾田、鹿嶋、水戸市の13会場で、1都9県の緊急消防援助隊員や関連機関など約1400人が参加し、倒壊建物救助訓練、多数負傷者救助訓練、石油コンビナート火災対応訓練などのほか、宿営地設置・運営など後方支援訓練や、指揮本部運営訓練なども実施されている。 土浦の集落が孤立したと想定 訓練は、連日の大雨により河川氾濫や土砂災害が発生している中で、茨城県沖を震源とする震度6強の地震が発生したという想定で行われた。津波や大規模火災などが県内各地で発生し、多数の負傷者や孤立者が出た複合災害の状況を想定した。 土浦市の会場では、東京、埼玉、栃木の3都県の緊急消防援助隊210人と、茨城県内の消防広域応援隊14部隊60人が参加。同市東城寺地区の集落が土砂崩れにより孤立したと想定し、消防隊員らが専用重機で道路の障害物を除去したり、崩れた土砂に埋もれた車両や倒壊した家屋の中からの救助、ヘリコプターによる上空からの救助などの訓練が実施され、部隊同士や関係機関との連携、指揮系統の確認などが行われた。 ほかに自衛隊、国土交通省、茨城DMAT(災害派遣医療チーム)なども加わり、がれきが散乱して通行が困難な場所でも走行できる救助車両や消防ヘリコプター、照明車など約80台が救助訓練に当たった。 鬼怒川水害では支援受け入れ 緊急消防援助隊は、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに創設され、大規模災害時に消防庁長官の要請などにより、他の都道府県から派遣される。2011年の東日本大震災や24年の能登半島地震でも活躍した。県内では、15年の関東・東北豪雨による鬼怒川水害の際に支援を受けている。 緊急消防援助隊ブロック合同訓練は、1996年から全国を6ブロック(北海道・東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州)に分け、各ブロック内の都道府県が持ち回りで実施してきた。茨城での開催は2005年以来となる。 茨城県消防安全課は今回の訓練について「県内での大規模災害の発生を想定し、近隣都県の緊急消防援助隊の応援を受け入れ、多くの関係機関とともに実施する今回の訓練は、受援体制の強化に大きく寄与する大変意義深いもの。本訓練を通じて、本県の受援体制の見直しを図り、茨城県緊急消防援助隊受援計画へ反映させていきたい」と話している。(柴田大輔) https://youtu.be/OkVy1R0cUdQ