日曜日, 4月 19, 2026
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【震災9年】国vs県・漁民の攻防ヤマ場 汚染水海洋放出

【山崎実】東京電力福島第1原発のトリチウムを含む処理済み汚染水の海洋放出を巡る国vs県・漁民の攻防がヤマ場を迎えようとしている。内閣府の担当者が去る20日、県庁で大井川和彦知事に政府小委員会(多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会=委員長・山本一良名古屋大名誉教授)の報告書の内容を説明したのに対し、知事は「白紙で検討を」と突っぱねた。

政府小委員会が「現実的な選択肢」として海洋放出を大筋で了承したのが1月31日。これを受け大井川知事は、原発事故発生以降、一部魚種の出荷制限に伴う損失や、風評被害による魚価の低迷など厳しい状況に置かれてきた経緯を指摘した。さらに小委員会の取りまとめ案は「水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢であり、海洋放出の方が確実に実施できる」としているのに対し、「結論ありきの取りまとめは容認できない。より影響の出ない方法はないか、さらなる検討を期待する」とコメント。小委員会の取りまとめ案に”注文”を付けた。

沿岸漁民、怒りを爆発

沿岸漁民の闘いは苦難の連続で、今も続いている。2011年3月の東日本大震災、原発事故発生後、いち早く漁業再開に取り組んだが、茨城沖のコウナゴから暫定規制値を超える放射性セシウムが検出。市場での取引拒否、出荷・販売の自粛要請を強いられた。翌12年4月、新基準値の設定(1キロ当たり100ベクレル)が行われたが、茨城県はさらに厳しく50ベクレルの自主的な自粛基準を設定し、県産魚介類の安全確保に努めた。基準遵守は北部(日立市以北)、県央部(東海村~大洗町)、南部(鉾田市以南)の各海域ごとに3カ所以上検査(期間は1カ月)するという徹底ぶり。

この地道な努力が実り、2017年3月、海面28魚種の出荷制限、生産自粛が取られてきた規制は、やっと解除された。しかし韓国、中国、台湾など一部の国・地域では、いまだに輸入規制が続いている。さらには、内水面関係でも霞ケ浦のアメリカナマズと、利根川・境大橋下流のウナギは国の出荷制限を受けており、原発事故の爪痕は残ったままだ。

政府小委員会が海洋放出の方法を示唆した報告書を10日に公表すると、沿岸漁民は敏感に反応し怒りを爆発させた。間髪を入れず、平潟(北茨城市)からはさき(神栖市)まで県内10漁協で組織する茨城沿海地区漁業協同組合連合会(飛田正美会長)は13日、県庁に大井川知事を訪ね「多核種除去整備等処理水の海洋放出を行わないよう国への働きかけを求める要請書」を提出。

処理水を海洋放出することになれば「風評(被害)の再燃は必至」で、トリチウム以外の放射性物質が残留しているとの報告もあり、事故発生直後に引き戻されるのではと不安を訴える。「海洋放出はこれまでの漁業関係者の努力を水疱に帰し、漁業の継続を断念する状況に追い込む仕打ちであり、絶対に受け入れることはできない」と声高に主張した。大井川知事も「皆さんと同じ気持ち」と同調し、地方から反旗を掲げた。

予断許さぬ神経戦続く

報告書の説明とはいえ、20日の内閣府担当者の知事訪問は、余白に協力要請の思惑が見え隠れする。これに対し、県内の各漁協は市町村や県選出国会議員などへの「処理水海洋放出反対」を働き掛け、漁民運動を進めていく考え。政府小委員会の報告書を錦の御旗に、国や東京電力がいつの時点で海洋放出という選択肢に踏み切るのか、予断を許さない神経戦が続くことになる。

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ロボッツ、越谷に今季4連敗

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは15日、ホームのアダストリアみとアリーナ(水戸市緑町)で越谷アルファーズ(本拠地・越谷市)と対戦し70-87で敗れた。茨城は今季越谷に4戦全敗、通算成績は15勝38敗で東地区11位。次節は18・19日、西地区首位の長崎ヴェルカとホームで対戦する。 2025-26 B1リーグ戦(4月15日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 70-87 越谷アルファーズ茨城|15|15|22|18|=70越谷|26|26|16|19|=87 茨城は第1クオーター(Q)で越谷にいきなり11点の大差をつけられた。第2Qもこの流れを引きずり、前半終了時に点差は22にまで開いていた。「3ポイントを最初1、2本決められたとき、自分たちがアジャストして止めることができず、後半も続けられてしまい、攻撃のリズムがつくれなかった」と陣岡流羽の反省。「こういう試合では細かいディテールが重要になると思い、前半はいろいろ調整しながらやっていたが、やはり試合の最初からしっかりプレーしなくては」とクリス・ホルムヘッドコーチ(HC)。 序盤のターンオーバーやスチールで波に乗り損ねた部分もあるが、特に大きかったのは相手チームのジョーダン・ナタイに第1Q後半だけで4本の3点シュートを決められたこと。ナタイは現役ニュージーランド代表のフォワードで越谷には3月に加入したばかり。この日は8本の3点シュートと1本の2点シュートを沈め、シュート成功率は90%に達している。 対して茨城のチーム得点は、2点シュートでは26本中17本を決めたが、3点シュートは35本中9本、フリースローは15本中9本というホームアリーナとは思えない低調ぶり。ただし後半は修正し、ある程度持ち直すことができた。 「オープンな状況なのになぜか打たず、また何か別のことをしようとしてミスが増えたり悪い結果につながることが多い。攻撃に関してはオープンになったら積極的にシュートを打っていこうと話しており、アグレッシブに攻めれば決められるだけの力は持っている」とホルムHCの分析。 守備についても後半は盛り返し、ディフェンスリバウンドやスチールの数が目立って増えた。「よりフィジカルに戦うことを意識し、さまざまなプレーに対してしっかり守ることができた。水曜日のゲームで疲れが残っていても、守備では小さな精神的ミスも許されない。切り替えなど細かい部分をもっと大事にしながら取り組んでいきたい」 この日の観客数は4143人。2021-22シーズンにB1へ昇格して以来、通算40万人を突破した。「40万人もの方々に見に来ていただけたことはとてもうれしい。勝っていても負けていても時間やお金を費やして来て、常に応援してくれるブースターの皆さんには本当に感謝しかない。皆さんのために最後の最後まで戦い、高いパフォーマンスを見せ続けることが自分たちの義務。そういうチームを作り上げてきたことを証明できるよう、今季残り7試合も全力を尽くしたい」とホルムHCは誓う。(池田充雄)

筑波大近くの「薔薇絵亭」《ご飯は世界を救う》72

【コラム・川浪せつ子】数年ぶりに筑波大学近くのロシア料理店「薔薇絵亭(バラエテイ)」(つくば市天久保)を訪ねました。「ずいぶん前からあるお店ですね」とお聞きすると、今の場所では40数年になるそうです。その前は近くの建物にテナントで入っていたとか。筑波大は創立53年ですが、そのころ開店したお店は多かったようです。 「ナターシャプレート」を注文しました。ナターシャって?トルストイの長編小説「戦争と平和」の主役ナターリアの愛称ですね。「マーシャのつぼ焼きプレート」のマーシャはマリア(女性の名前)の愛称だそうです。「マーシャと熊」というロシアの人気アニメの名前が付いたプレートもあるんですね~! ロシア料理の代表は、寒いお国柄で、温かな煮込み料理ボルシチ、ビーフストロガノフ、つぼ焼き、ピロシキ。寒いからか、お酒はアルコール度の高いウオッカ。そのお国の食べ物を通して、気候、文化が見えてきます。 日本は海に囲まれているから、魚介類を使ったお料理、おだしの文化。そして湿度の関係から、発酵食品がいろいろあるのだと思います。でも、日本は南から北に長いので、ご当地のお料理に幅がありますね。 「百万本のバラ」? お店の名前「薔薇絵亭」。思い出したのが「百万本のバラ」という歌でした。ロシアの歌謡曲を日本語に訳して、加藤登紀子さんの持ち歌になっています。そこから店名を取ったのでしょうか。当て字が面白いですね。 ロシアで思い出すものもう一つ、「おおきなカブ」という、今でも読み継がれているロシア民話です。私が幼稚園に通っていたとき、このお話のおばあさん役をしたことを覚えています。最後に「やっと、カブは抜けました」でおしまい。みんなが一緒になってカブを抜くことができるというお話です。 そう、みんなで力を合わせたら、困難なことも解決できる。昔から言い伝えられてきたのではないかな。世界中、ケンカしないで、みんなで力を合わせたら、温暖化や紛争も解決できる…かもね。(イラストレーター)