火曜日, 1月 13, 2026
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公約実現へ道筋語る 土浦市議会で安藤新市長

【鈴木宏子】土浦市で市長交代後、初の市議会が始まっている。16日、会派代表質問が行われ、安藤真理子市長は公約実現への道筋を語った。

同12月議会は10日開会し、安藤市長は、公約に掲げた七つの基本政策を改めて述べ「すべての市民に寄り添った、暮らし満足度ナンバーワンの温かさあふれる市政の実現に取り組む」と所信を表明した。

これを受けて16日、会派代表質問が行われ、安藤市長は、選挙戦で公約に掲げた①コミュニティバスを市内全域運行する②市立保育所を守る③指定ごみ袋の料金を再考する―などについて、自らの考えと公約実現に向けた道筋を話した。

コミュニティバス運行へ、来年度から調査

コミュニティバスについては、NPOが現在、中心市街地で運行している「キララちゃんバス」ということではなく、新たなコミュニティ交通または民間のバス事業者により、公共交通不便地域を解消していきたいと改めて強調した。実現への道筋については、来年度から課題や問題点を調査するとした。さらに運行区域や路線の検討など市全体の公共交通ネットワークについて調査研究し、市民に寄り添った温かさあふれる公共交通網の形成に向け努力すると述べた。運行の予算や財源については、利用者、事業者、学識経験者などで構成する市地域公共交通活性化協議会で協議を進める中で具体的にしていくとした。

後期計画の4公立保育所「残したい」

公立保育所10カ所については、前期計画で21年3月までに6園を民営化し、後期計画で残り4園を25年度までに民営化の対象とするとされていた。これに対し安藤市長は「近年、家庭の養育機能の低下や虐待児童の増加、子供の貧困、特別な支援を必要とする子供への対応が課題となっており、公立は長年培ってきた保育のノウハウを生かして先導的な役割を担うことができる」とし、後期計画の4園について「後期計画策定時には学識経験者や保護者などの意見を聞きながら民営化の効果や課題について検証し、ぜひ公立保育所を残したい」と述べ、後期計画で対象となる神立、霞ケ岡、天川、荒川沖の4保育所を公立のまま残す検討の対象とする意向を示した。

有料ごみ袋料金、検証し再考

家庭ごみ処理の有料化が昨年10月スタートし、「燃やせるごみ」と「燃やせないごみ」の指定ごみ袋が最大で10枚入り500円と、県内市町村で最も高くなったごみ袋料金については、「有料化はやむを得ない」と述べる一方、「同じ有料化を実施している県内他市に比べて高いという意見をいろいろな市民から聞いている」とし、今後データや資料をとりまとめて様々なアイデアを出しながら、現在の制度の実施状況や効果を検証して、ごみ袋の値段をいくらにできるのか再考に取り組みたいと述べた。

ほかに公約に掲げた新治運動公園多目的グラウンドの人工芝化については、グラウンド全面に人工芝を張る場合は約4億3000万円、少年サッカー用ピッチ3面分の場合、約2億7000万円の事業費が見込まれているとし、財政健全化を推進しながら整備手法や維持管理経費を改めて検討し、市サッカー協会などの意見も参考に早期に実現したいと話した。

一部用地取得ができず塩漬けとなっている常名(ひたな)運動公園問題についても質問が出た。安藤市長は、今後も引き続き「早期解決に向け用地交渉に取り組んでいく」と答弁し、運動公園から新たな土地利用計画への変更についても「考えてない」とした。同運動公園は27年前の1992年から事業着手し、これまで計画面積23ヘクタールのうち93%の21.7ヘクタールを利子も含めて約77億8800万円で取得した。残り1.58ヘクタールの取得が難航し未買収地が点在しているため面的整備ができないまま現在に至っている。

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招待状に「特別支援学校」初めて記載 つくば市 二十歳の集い

これまでは「市外の中学校など」 11日つくば市竹園、つくばカピオで開かれた同市主催の「二十歳の集い」で、参加対象の新成人にあらかじめ送付される招待状(入場券付き案内状)の出身中学校に今年初めて、「つくば特別支援学校」の学校名が記載された。市内にある市立や県立、私立の18中学校と並んで記載された。市によると、これまで同支援学校出身者は、対象者を限定しない「市外の中学校など」に含まれていたという。今年から学校名を明記した理由について市は、「『特別支援学校の卒業生が参加していいのか分からない』という市民の声に応えた」と説明している。 同市の式典は、出身中学校別に午前と午後に分かれて開催される。つくば特別支援学校の学校名は市のホームページなどにも、午前の部に他の中学校の学校名と並んで記載された。 会場では例年同様、身障者など専用駐車場の設置や筆談対応、車いすの貸し出し、事前連絡を条件とした介助者の式典同行を認めるなどの合理的配慮を実施した。 「ちゃんと存在している」 式典に参加した、つくば特別支援学校卒業生の梅山樂さん(19)の母、恵子さんは、「出身校として学校名が記載されたことで、『ちゃんと存在している』とみんなに認められた気持ちになり、うれしい気持ちになった。子どものころに交流してきた地元中学の同級生が声を掛けてくれ、覚えていてくれたのがとてもうれしかったし、お互いに立派になっていたことにも感動した。これから先、子どもが親から離れて、自分で何かを選び、希望していけるといいと思っている」と話した。 同じく式典に参加した五十嵐心音さん(19)の母親で、会場に付き添った純子さんは「体調を崩した時期もあった中で二十歳を迎えることができ、親としてもひと段落という思いがある。感慨深い」と語った。 根本侑弥さん(19)の父親、隆行さんは「あっという間の20年。何度も入退院を繰り返してきた。よく元気でこの日を迎えてくれた」と笑顔を見せた。母親の希美子さんは、出身校として「つくば特別支援学校」が記載されたことについて「車いすでも式典に参加しやすくなった。自分が通っていた学校名が記載されていなかったとしたら、行きにくさを感じる人もいたかもしれない」とした上で、「市主催の式典に出れられることで、地域の中に障害のある子どもがいるんだと知ってもらえると思うし、子どもの頃に交流していたことを思い出してくれるかもしれない。とても意義あることだと思う」と話した。 五十嵐立青市長は「特別支援学校の卒業生も大切な同じ仲間であり、市民の一人。皆さんと一緒にお祝いできることが大切。前に進んでいくきっかけの日にしたい」とコメントした。 つくば特別支援学校では毎年、市主催の成人式とは別に、卒業生を対象とした「成人を祝う会」を開いている。今年は1月17日に同校で開催し、16人の卒業生が参加する予定だ。(柴田大輔)

映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)