火曜日, 6月 16, 2026
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人の幸せを語れるほどの力はありませんが…《続・気軽にSOS》147

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【コラム・浅井和幸】心理相談、居住支援、不登校・ひきこもり相談などなど、様々な相談や支援をしていると、クライアントの役に立てているのかを考えることが多々あります。

役に立つとは何か? その人の希望や目的に近づくサポートをする、苦しみや悩みを軽くする関わりをするということでしょうか。少しでも幸せに近づけるような接し方をするということでしょうか。

幸せとは何でしょうか? 何かを楽しめることや生きる余裕があることでしょうか。それとも今が楽しいことでしょうか。あるいは、死ぬ前に良い人生だったと感じられることでしょうか。

幸せになることは権利でしょうか、義務でしょうか。そして、不幸にはなってはいけないものでしょうか。

まだまだ未熟な私には答えが出ません。迷っているときは、とりあえずの今の人生観で接するしかないと考えています。今の楽しみをあまり損なわないように、それでも、もっと長い目で良かったと思えるように関わりたいと。

幸せが何かということも、何となく生活に余裕があって、ささいなことでも喜べることかなぐらいとしか考えられていません。例えば、空を見上げてきれいだなと感じられるとか、水を飲んでのどの渇きが潤ったとかが、ささいなことで喜べるということです。

人は不幸になる権利もある

繰り返してしまいますが、幸せになることは権利でしょうか、義務でしょうか? 不幸になってはいけないものなのでしょうか。どこまで他人である私が関わってよいものでしょうか。今の段階での私の答えは次のものです。

人は幸せになる権利もあるし、不幸になる権利もある。だから、ある人が不幸になりたいと考えているのに、浅井がそれを邪魔してはいけない。

結果、「浅井には、他人の幸と不幸を判断できるほどの立派な力があるわけではないけれど、自分自身も幸せに近づくだろうなと考えられる方向性は、依頼があれば出来る限りサポートする。だけど、不幸になりたいという人の権利はできるだけ邪魔をしないしようと努力するけれど、手伝うことは避ける」というのが、今の段階での私の答えです。

そこで、周りの人や環境への悪口、暴力、正義や愛の押し付け、人を悲しませたり苦しませたりすること、仕返し、自傷他害…。短期的な喜びを得たいという感覚に振り回された、中長期的な不幸を自分に呼び込む権利を行使していないでしょうか。

老婆心ながら、勝手に心配をしております。皆さんが、支えあい、苦しみや楽しみを共有し、少しでもより良い生活を送ることができることを願っています。(精神保健福祉士)

つくば、満州 地域の歴史をつなぐ写真展 土浦

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写真家の藤村健一朗さん

土浦市中央、公園ビル内のギャラリー「がばんクリエイティブルーム」で、つくば市の写真家・藤村健一朗さん(56)による写真展「ビヨンド・ザ・ウィンドウ(窓の向こう)」が3日から始まった。著しく変化する、近年のつくばの風景を独自の目線で記録する。ギャラリーがある公園ビルは戦後、旧満州からの引き揚げ者が暮らした建物で、空間からも地域の「新・旧」を体感できる場をつくっている。カラー、モノクロ21点が展示されている。

つくばの公務員宿舎を記録する

ギシギシギシ…。すり減る年季の入った踏み板を鳴らして会場の木製階段を2階へ上がると、踊り場の壁に並ぶ、つくばの街並みを写したカラー写真が目に入る。打ち付けられた板で窓がふさがれたり、建物が草木に覆われたりする無人の公務員宿舎や、取り壊された宿舎跡地に建つ真新しい住宅などだ。隣の和室にあるモノクロ写真は、歪んだ鉄骨がむき出しになっていたり、崩れた建物に鉄製の階段が引っ掛かるように残っていたりする解体途中の宿舎が写る。画面の中央には、崩れた外壁に残されたガラスと枠が外れた窓が、こちらを見つめている「目」のようにも感じられる。

以前は居住スペースだった2階和室にはつくばの写真が並ぶ

藤村さんは2020年から、新たな開発が進む筑波研究学園都市の風景を撮り進めてきた。国家プロジェクトとして誕生したこの街には、1980年までに計7755戸の公務員宿舎が建てられ、移住してきた研究者らの暮らしの場となった。今は、空き家が増えて老朽化が進むことから、全体の約7割が解体または解体の途上にある。その跡地には、真新しいマンションや住宅が次々に建てられている。県は、つくばエクスプレス沿線を「新・つくば」と名付け、沿線地域の開発とさらなる移住者の呼び込みに力を入れている。街の景観は大きく変わっている。

日米、戦後の都市開発とのつながり

藤村さんがつくばの風景に関心を持ったのは、妻と千葉県からつくば市に移住して間もない2010年のころだった。夫婦で近所を散歩していると、街のあちこちにある独特の形をした公務員宿舎に興味を引かれた。以前から、建築物や都市の風景を写真に収めてきた藤村さんは、間もなく次々に壊され始める姿を目の当たりにし「今の変化を写真で記録したい」と思ったという。

2階に展示されている公務員宿舎のカラー写真

筑波研究学園都市の成り立ちを調べると、戦後日本の住宅政策との重なりに気がついた。「戦後の日本で不足する住宅を供給したのが『住宅公団』。学園都市をつくったのも同じだった。つくばの成り立ちは、戦後日本の住宅政策とつながっている」と指摘する。

第2次大戦の戦災で多くの都市が焼失した日本は戦後、600万人を超える外地からの引き揚げ者とその後のベビーブームによる人口急増で、深刻な住宅不足に直面した。これに対して1955年に国がつくったのが日本住宅公団だった。各地に大規模な団地やニュータウンを開発し、後に筑波研究学園都市の開発を一手に担うことになる。

藤村さんはさらに、戦後の都市開発と米国の住宅政策の繋がりに行き当たる。米国では1930年代、「郊外」と位置付けられた都市の外側に、大量生産され均質化された家屋が立ち並ぶ大規模ニュータウンがつくられ始める。米国の写真史を学んだ藤村さんは、郊外の人工風景を記録する米国の写真家に引かれていく。今回の作品は、人口増加の過程で、国外でも起きていた「郊外」を巡る歴史に、現在のつくばを位置付け直す試みでもある。

旧満州引き揚げ者が残す

地域史の「新・旧」を知ることができる今回の展示では、会場も大きな役目を果たしている。その理由が、同ギャラリーが入る「公園ビル」の歴史にある。

旧満州からの引揚者がつくった「公園ビル」

同ビルは、亀城公園に隣接する長さ100メートルほどの3階建ての建物で、1階が店舗、2、3階部分が商店主の居住スペースとなり、20軒ほどが連なっている。さながら「長屋」のような空間だ。ギャラリーがある店舗には以前菓子店が入っていて、2、3階に店主が家族で暮らしていた。

公園ビルの前身は、1947年に旧満州からの引き揚げ者らが建てた「急造バラック長屋」だったと、公園ビル商業協同組合の冊子「公園ビル四十五年の歩み」にある。同誌によると、家屋は亀城公園のお堀から霞ケ浦へと続く水路(川口川、現在は暗渠)上に杭をうち建て、杉皮で屋根をふいたものだった。その後、住民が協力してお堀でスワンボートの貸し出しなどの事業を開き、50年には「公園マーケット」として同地にアーケードをつくり、翌年それを組合化、53年4月の桜まつりに合わせて、現在まで続く鉄筋コンクリート3階建ての大きな「長屋」が完成した。

「窓」の先にある自分だけの風景  

今回の展示のテーマは「窓」だと藤村さんはいう。「窓は、外の世界に目を向けるものである一方で、ガラスに反射する自分を映す鏡にもなる」。

それは、外界への視線と自己表現という、写真が持つ二つの性格との重なりでもあるという。展示は室内の1、2階を利用した2部構成。1階では、藤村さん自身の歴史につながる、家族がきっかけとなった「窓」の作品が展示され、2階には、千葉から移住した藤村さんが新しく繋がるつくばの歴史を見つめる写真だ。藤村さん自身が抱く2つの視線を、歴史ある公園ビルの建物が包み込む。

「街には成り立ちがある。人の暮らしがあって、今がある。どうしても『今』を追いがちだけど、歴史を紐解くことで、当たり前の風景の背景を知ることができる」

入り口を入って1枚目の写真に、記者は釘付けになった。それはベージュの額に収められた藤村さん宅の突き出し窓。外の光にガラスが白く輝いているため、屋外の風景を窓越しに見ることはできない。ただ、その光をじっと見ていると、突然壁に空いた異空間への入り口のようにも感じ、吸い込まれそうな不思議な感覚を覚えた。

「窓の先の景色は人それぞれ。普段見ている景色もそれぞれ異なる。ささやかですが、自分の景色に気づくきっかけになれば」と藤村さんはいう。(柴田大輔)

◆写真家・藤村健一朗さんの個展「BIYONDO THE WINDOW」は10日(日)まで。開場は午前10時~午後6時(最終日は午後4時まで)。入場無料。水曜日は定休。がばんクリエイティブルームは、土浦市中央1-13-52公園ビル。詳しくはホームページまで。

半導体戦争の主戦場、台湾から日本へ《雑記帳》57

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菜の花

【コラム・瀧田薫】2021年秋、台湾積体電路製造(TSMC)が、日本の熊本県に新工場を建設するとの報道発表があった。近年、「半導体」は石油をしのぐ重要戦略物資と化し、同時に米中技術覇権争いの最大・最高の焦点にもなっている。「半導体を制するものは世界を制する」といった言葉さえ耳にする。

そのなかで、TSMCの存在感は急上昇し、すでに世界最大かつ世界最先端の半導体受託製造会社である。そのTSMCがなぜ日本への進出を決めたのか。背景にあるのは、「地政学的要因・経済安保」の問題と「半導体関連技術のトレンド変化」である。

米バイデン政権は22年10月に「BIS(商務省産業安全保障局)輸出管理規則」を打ち出し、最先端半導体はもとより、半導体製造装置などの開発・製造に関連する物品の対中輸出を規制した。同時に、NATO加盟国、日本、韓国、そして台湾に、米国の対中政策への同調を求めた。

一方、これに先立つ20年5月、TSMCは米アリゾナ州に工場を建設することを決定したが、経済紙などは米国の圧力に対するTSMC側の苦渋の決断であると論評した。米中どちらとも友好関係を保ちたいのがTSMCの本音であった。ちなみにTSMCはその後、アリゾナで労働者の確保や地元労働組合との関係に苦しみ、アリゾナ工場での生産の開始は25年前半にずれ込むとのプレス発表である。

TSMCの日本進出については、もちろん「経済安保」も台湾有事に対する備えの問題もあるが、TSMCの側が日本進出に乗り気であった点、米国とは事情が異なる。TSMC側に半導体製造技術面で日本に対する期待があるからだ。

TSMC熊本工場建設に巨額補助金

日本国内の半導体事業はこれまで低迷続きだったのだが、半導体の製造技術にパラダイム変化が起きており、これが日本再浮上のきっかけになりそうなのだ。これまで、半導体の性能は、回路の微細化・精密化の技術に支えられて倍々ゲームで伸びてきた。しかし、このトレンドには物理的にも経済効率的にも限界が見えてきている。

これを突破する方法として浮上してきたのが「半導体材料や製造装置関連の技術革新」であるが、これはもともと日本の得意分野なのである。 

TSMCは22年6月、つくば市の産業技術総合研究所つくばセンター内に「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を開所した。この研究所は、3次元パッケージ技術の量産を可能にする技術開発を、日本の材料メーカーや装置メーカー、研究機関との共同研究で推進する。これを成功させて、日本の半導体事業を再生できれば素晴らしい。

問題はこの寄り合い所帯の運営をどう賄うかだ。もちろん、TSMCもただで日本に進出するわけではない。日本政府はTSMC熊本工場の建設に巨額の補助金を支出した。しかし、維持費の補助も必要になるかもしれない。防衛予算、子育て支援、福祉・介護予算、教育・研究支援、災害復興など、今後予想される財政負担は目白押しである。それらとの折り合いをどうするか、政府による説明はない。

裏金作りばかり上手な政治家にこの難問が解けるだろうか。日本の産業、経済の将来が派閥領袖の支配下にある永田町次第ということでは危う過ぎると思う。(茨城キリスト教大学名誉教授)

土浦一高・附属中校長 ヨゲンドラ氏の試み《吾妻カガミ》178

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プラニク・ヨゲンドラ土浦一高・附属中校長

【コラム・坂本栄】茨城県立高校の校長公募で採用されたプラニク・ヨゲンドラ氏が土浦一高・附属中学の校長に就任してからそろそろ1年、副校長時のインタビュー記事「キーパーソン」で紹介してから2年近くになります。2月下旬、所用で土浦一高に行った際、いま何に取り組んでいるのか聞いてきました。

国際性育成と外国留学

「キーパーソン」でも書いたように、インド出身のヨギさん(ヨゲンドラ氏の愛称)が知事と県教育委員会から与えられたミッションは、生徒の国際性育成と外国留学、それから学校改革の3つでした。

国際性育成では、この1年の間に、アメリカ、ドイツ、オーストラリア、インドネシアの学生に来校してもらい、それぞれ1~3日の交流が実現。また、国内のインド人学校を生徒が訪問、台湾の学生とはオンラインで交流したそうです。「外国の学生は自己肯定感が高いことがよく理解できたと思う」と、生徒には刺激になったとの評価でした。

外国留学(1年~半年)は、校長就任2年目の来年度に6人が予定されているそうです。留学先は、欧米のほか、オーストラリア、ニュージーランド。「海外経験をすると世界を見る目が変わる。これらの結果を見ながら今後も出していきたい」と、人数と留学先を広げることに意欲的でした。

ITシステムで進路指導

ヨギさんは日本に来てから金融系企業で仕事をしていたこともあり、学校改革には意欲的です。

「学校はいろいろな情報がすべてペーパーの世界。生徒の進路情報や教員の残業状況などが別々の書類になっており、まとまった形で見られない。この生徒はどの時期に成績が落ちたのか、そのとき学校側がどう対応したのか、などの関連が分からない。各種の情報を一覧できるような管理システムが必要だ」

「土浦一高は進学校であり、毎年(少なくとも)東大に20人、医学部に20人ぐらい入れるには(これが一番のミッション?)、ペーパー文化では結果を出せない。今の進路情報管理では、どの生徒が東大に行ける資質を持っているかよく分からないし、適切な進路指導もできない」

ヨギさんによると、昨年秋、生徒・教員情報のIT化を目指し、県教育委に青写真を提出したそうです。教育委もその必要性を分かっているようですから、早晩、土浦一高が導入する新システムが全県立高に広まるのではないでしょうか。

高1は内進と高入を分離

ヨギさんの話を聞いていて、「えっ」と思ったことがありました。附属中の1期生がこの4月に高校1年に上がりますが、その内進生(2クラス)は、高校1年で今春入学する高入生(4クラス)と「混ぜない」というのです。

内進生と高入生の分離は県教育委の指示によるもので、高1年は別々にし、高2・3年になってから「混ぜる」そうです。こういったクラス分けは土浦一高と水戸一高だけに適用され、附属中を持つ他の県立高は高1年時から「混ぜる」ということでした。

どうして内進生と高入生を分離するのか? 内進生は高1で学ぶ数学を中3で学んでおり、繰り返しを避けるというのがヨギさんの説明でした。県教育委は、土浦一高と水戸一高に絞って、附属中から入った優秀な生徒を特別に鍛える方針と言ってよいでしょう。

「起業家精神を育てたい」

ヨギさんの試みで面白いのは探求学習の重視です。具体的には「弁当工場を立ち上げ弁当を販売するといった事例研究をさせて起業家精神を育てたい」といった内容ですが、国際感覚や起業意欲が将来の仕事に必要というだけでなく、こういったセンス・マインドが生徒の進学意欲も高めると考えているようです。(経済ジャーナリスト)

<参考>

土浦一高&附属中の学校案内2024に掲載されていた3表にリンクを張りました。

出身小学校別生徒数

出身中学校別生徒数

進学先大学名まとめ

地域情報アプリ「つくばinfo」始動 市内に特化

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筑波大生のアルバイトスタッフと代表の山根和仁さん(右)=つくばローカルコミュニティ(同市天久保)

つくば市内の店や企業と、学生ら地域の人をつなぎ、双方向で広告を出したり、働く人材をマッチングさせたりする地域密着型の地域情報アプリ「つくばinfo」がプレリリースされている。4月から正式にスタートする。

合同会社ろーこみ(つくば市天久保、山根和仁CEO)が企画し運営する。インストールの必要がないウェブアプリで、市内住民に対象を絞ることで拡散しがちなネット上の情報をまとめ、ユーザー同士の新たなつながりをつくることを目指している。

すでに筑波学院大学(同市吾妻、4月から日本国際学園大学)、学園中央自動車学校(同市刈間)、NPOリサイクルを推進する会(同市吾妻、高野正子代表)などが登録している。今後さらに登録団体を増やし、発信する情報を増やしていく予定だ。サブスクリプション(定額)の有料サービス。イベントなどの情報も告知していく。

写真付きでイベント情報や求人情報などを掲載できるほか、飲食店などの活用を想定し、15分から120分で自動的に消去される短時間の「今だけクーポン」を配信する機能を設ける。客の予約が突然キャンセルとなった際や、悪天候で客足が伸びない時、閉店間近で売れ残りを割り引きしたい場合などの集客にスポット的に活用できるという。

筑波学院大はオープンキャンパスや入試などの情報を掲載する。同自動車学校は教習所で技能教習を受ける際のキャンセル待ちなどの情報を発信する。リサイクルを推進する会は、年に4回開催しているリサイクルマーケットの告知や、スタッフ募集、活動のPRなどを行っていく予定だという。

筑波大生向けにリサイクル品など販売

同アプリを運営する山根さんは、筑波大生向けにリサイクル品の販売や、エアコン、家電のリースなどのサービスを提供する店「つくばローカルコミュニティ」(同市天久保)の代表。筑波大生物資源学類の出身で、学生だった1995年に大学内でリサイクル市を開催したことをきっかけに、2001年、同店を設立した。20年以上にわたり、後輩である筑波大生たちの生活に寄り添う中で、学内で完結してしまいがちな学生の世界を広げ、外とつなげたいと考えるようになった。

大手SNSや各社ホームページで配信される情報は散逸してしまいやすいが、つくばに対象を絞って地域情報を集約し、地域の情報インフラを整備したいと構想を練ってきた。「情報がめぐることでこれまで接点のなかった人とお店、団体をつなぎ、多くの人やお店が交わることでおもしろいつくばをつくりたい」と話す。年内のアプリユーザー数2500人を目標に掲げる。(田中めぐみ)

◆「つくばinfo」の初期登録料は1650円(税込)。月額利用料は一般サークルと非営利団体は275円(税込)、飲食店は660円(税込)、飲食店以外は770円(税込)。

湖沼市民会議で霞ケ浦と宍道湖の住民が交流《くずかごの唄》136

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イラストは筆者

【コラム・奥井登美子】茨城県主催のシンポジウム「いばらき湖沼市民会議―宍道湖・中海と市民活動について」が2月17日、 宍道湖漁業協同組合の桑原正樹氏も出席して県環境科学センター(土浦市沖宿町)で開かれた。宍道湖・中海住民と霞ケ浦住民の交流は奥が深い。40年前、両方の住民がアオコ問題を提起し、「水の時代」を開いたのである。

1983年に京都で開かれた第1回世界湖沼環境会議プレ会議で、私は地域住民が始めた霞ケ浦流入河川56本の水質調査の報告をした。そして翌年、本会議が大津で開催され、佐賀純一さん(土浦市の医師)が「アオコ河童からの提言」という題で、霞ケ浦のアオコの実情を発表した。

子育て中だった当時の私には、世界中の人たちにアオコを見てもらうだけでなく、匂いをかいでほしいという強い願望があった。その日採取した霞ケ浦のアオコの水を瓶に入れて会場で披露したら、世界湖沼会議全体がアオコの匂いで騒然となった。

宍道湖・中海からも漁民がたくさん参加していたが、湖を淡水化したら水がアオコだらけになってしまい、魚が採れなくなってしまうのではないかという危機感が高まり、漁民を核にした住民運動「宍道湖中海の淡水化に反対する住民連絡会」は、2カ月間で28万人の署名を集めた。

湖の水質保全と漁業の変化

当時の友末洋治茨城県知事に依頼され、霞ケ浦の水を最初に分析したのは義兄の奥井誠一である。当時、彼は東大の「衛生裁判化学」の助教授をしていた。国鉄総裁轢死(れきし)体をめぐる下山(定則)事件、森永乳業の砒素(ひそ)ミルク事件の分析にもかかわった毒物のプロである。

兄と雑談していたとき、「僕は心配しているんだ。アオコがこれだけたくさん発生してしまうと、アオコの毒性について本気になって調査しておかないと、後で大変なことになってしまうんじゃないかと…」。

あれから40年。アオコの発生は抑えられているが、霞ケ浦名物だったワカサギは取れなくなってしまった。今回のシンポジウムでの宍道湖・中海の漁民・住民との新しいつながりが、地球全体の気候の変化に対応した湖の水質保全と漁業の変化に対応できるかどうか、双方の住民に問われている。(随筆家、薬剤師)

パリジャンと私《ことばのおはなし》67

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写真は筆者

【コラム・山口絹記】昔から朝が得意ではない。はて、私はなぜ「得意ではない」などと迂遠(うえん)な言い回しをしたのだろう。人様に見られると思って文章を書いていると、無意識にええカッコをしようとしてしまっていけない。ハッキリ書き直そう。

私は朝が憎い。朝なんて来なければいいと常々思っている。ここまで書くと意味が変わってしまうか。とにかく私は朝が苦手だ。毎日この世の終わりみたいな顔をして起き上がる。早く寝れば早く起きられるなんていうのは迷信だと思っているし、朝起きられないのは心が弱いからだなどとのたまう人間とは一生わかりあえないだろう。

ちまたにあふれる朝気持ちよく目覚める方法なんて、この四半世紀の間に全部試してきた。そのすべてが当然無駄だったのだ。しかし、憎さもいくところまでいくと、妙な憧れのような気持ちが芽生えてくる。

私には小さい頃からやってみたいことがある。朝早く起きて、大きな紙袋いっぱいにパンを買ってきて朝食をとってみたいのだ。そう、紙袋からフランスパンが突き出しているアレである。パリジャンになりたいのだ。パリの人々が毎朝パンを買いに出かけているかどうかは知らないが、そんなことはどうだっていい。とにかくやってみたい。あわよくば、毎朝そんな生活がしてみたい。

今日は保育園休み?

しかし現実は厳しい。私と生活をともにしたことがある人なら口をそろえて言うだろう。まぁ、無理でしょ、と。そんなことは自分でもわかっている。自覚はあるから言わなくてよろしい。

家族にブーイングを浴びせかけられながら、いくつもの目覚まし時計をかけ、鉛のような身体にムチを打って起き上がればできないこともないだろうが、そういうことがしたいんじゃない。小鳥のさえずりに目を覚まし、無駄にさわやかなアニメのオープニングのように、真っ白なカーテンを開いて家を飛び出したいのだ。まぁ、無理か。ああいうのはフィクションだし。そもそも朝から食欲なんてないし。

先日、年に1回あるかないかの、ふと早い時間に私が目を覚ましてしまう事象が発生した。エスプレッソとスクランブルエッグを作って鼻歌交じりにパンを焼いていると、もうすぐ3歳の息子が「保育園休み?」と妻に聞いた。小学生の娘はいつになく慌てて学校に行く支度を始める。

私が変な(世間一般に普通の)時間に起きてくるものだから、調子が狂ったのだろう。我が家の朝はそんな感じである。これからもたぶん、そんな感じなのだろう。(言語研究者)

10月20日告示、27日投開票 つくば市長選・市議選

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つくば市役所

つくば市選挙管理委員会が1日開かれ、11月16日任期満了のつくば市長選と同29日任期満了の同市議選(定数28)について、10月20日告示、27日投開票の同日選挙で実施することを決めた。

同市の1日時点の有権者数は19万7773人で、前回の選挙時点より1万2569人増えている。4年前の投票率は51.60%だった。

市長選には先月27日、現職の五十嵐立青氏(45)が3期目を目指し立候補を表明したばかり。現時点でほかに表立った動きはない。

民間2園、4月の新規入園受付を断念 保育士確保できず つくば市

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つくば市が発行した2024年度保育所の入所案内

待機児童を無くそうと毎年、民間保育園などの施設数と定員数を増やしているつくば市で、保育士が確保できず、4月からの新規入園申し込みを受け付けなかった民間保育園が2園あることが分かった。新年度の新規入園受付を実施しない保育園があったのは、同市で初めてという。

同市では今年4月、民間保育園が4園、小規模保育事業所が1施設増える。民営化により3月末で閉園する市立上境保育所の定員数を差し引いても、利用定員は前年4月より312人増える計画だった。既存の民間保育園2園が4月の新規受付を実施しなかったことで、市の計画定員数が確保できなかったことになる。

新規入園受付を実施しなかったのは、同じ社会福祉法人が運営する青い丘保育園つくば(同市小野崎、定員120人)と、青い丘保育園二の宮(同市二の宮、同60人)の2カ所。現在在籍している園児は受け入れを続ける。

市は24年度の入園に向けて、昨年11月から1次募集、その後2月中旬まで2次募集の受付を実施した。青い丘つくばと同二の宮の2園は1次募集、2次募集いずれも実施しなかった。新規受付を実施なかったことにより青い丘つくばは利用定員数で40人、同二の宮は20人、計60人分の入園枠が減ることになる。

青い丘つくばが2月1日付で保護者に示した資料などによると、同園では3月末に常勤保育士9人のうち6人と、非常勤保育士5人、職員2人が退職する。同園の金秀司園長は取材に対し、保育士らの退職理由について「一身上の都合や、家庭の事情、結婚する人、給料の問題もある、新しい保育園ができて移る人もおり、一つの理由ではない」と説明する。新たな保育士が確保できていないことについては「いろいろな媒体を使ったり、ハローワークで保育士を募集してきた。現在も募集している。引き続き募集を続ける」と話す。新規の入園受付を実施しなかったことに対しては「子供を一人でも多く預かって運営すべきだと思うし、努力している。4月からの運営に関しては保護者説明会も開いた。これからも頑張っていきたい」としている。

保育士の給与 園により2.2倍の開き

退職理由の一つとされる保育士の給料については、県が2021年度分から市町村別に各園ごとの常勤保育士の年間給与をホームページで公表している。保育士の待遇は早急に改善されるべき課題であること、保育士の人件費の大部分は公費であり透明性の確保が重要であることなどが公表の理由だ。

21年度分の公表資料によると、つくば市内の公表対象57園のうち、最も高かった保育園の常勤保育士一人当たりの年間給与は527万円(平均勤続年数15.2年)だったのに対し、最も低い保育園は238万円(同5.29年)で、どの園に勤務するかにより2.2倍の開きがあった。保育士が確保できていない青い丘つくばは市内ワースト2位。市内57園の平均は326万円(同9.19年)だった。

保育士確保は各園の務め

一方、市幼児保育課によると、青い丘保育園からは昨年秋ごろ「退職する保育士がいて、保育士の確保が難しい」などの相談があった。市は同園に対し、さまざまな募集手段や方法を紹介するなどして保育士の確保に努めるよう要請したとし、「市として保育士に月3万円の処遇改善助成金を交付するなどしており、各保育所での保育士の確保は各施設の務めになる」という立場だ。

今回、新規入園受付を実施しない保育園があったことについては「市としては、保育需要が高まっている中で毎年のように保育所を増やしており、利用定員数を預かってほしいとお願いしている。保育士の確保に努めていただき、必要としている保護者さんたちに対応してほしかった」とし、青い丘つくばに対して「保育士確保に向けて話を聞きたい」とする。一方で「4月に新規開所する保育施設はすでに保育士を確保できている」とし、市全体で保育士を確保できない事態が生じているわけではないという認識だ。

子供の数が増えている同市では毎年、民間保育園の数を増やしている。18年4月に56園だった民間保育所は、23年4月は71園と1.2倍に増えている。認定こども園、小規模保育事業所を加えると認可保育施設の数は18年4月が68カ所だったのに対し、23年4月は1.5倍の104カ所になっている。認可保育施設の0~3歳の利用定員は18年4月が6657人、23年4月は1.3倍の8851人になっている。

保育士確保や離職防止のため市は、17年度から民間保育所に勤務する常勤の保育士に1人当たり月額3万円の助成金を交付し、24年度は984人に計3億5424万円の助成金を交付する見通しだ。ほかに24年度の新規事業として、国の1歳児の配置基準より手厚く保育士を配置した民間施設に新たに補助金を交付する計画で、保育園42園、認定こども園6園、小規模保育事業所19施設に計8486万円の予算を計上している。(鈴木宏子)

郷愁の商店街のゲートと鳥居《看取り医者は見た!》14

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写真は筆者

【コラム・平野国美】地域の特性に応じた役割を果たすために設けられてきた商店街のゲートは、どこから来たのでしょうか? というよりも、なぜ造られたのでしょうか?

都市計画学のバリー・シェルトンは、「日本の都市から学ぶこと」の中で、商店街におけるゲートと神社の鳥居を中心とした参道の共通性について指摘しています。私は古本屋でこの書籍を見つけ、読んでみました。日本で生まれて育った私たちにはわからない、いや、気づけない街の構造を異邦人側から見ると、どう見えるのか、とてもユニークでした。

近代以降の日本において、家屋の欧米化、街並みの欧米化が進んだわけですが、そこに、どこか日本固有の文化が残るようです。完全に欧米化しているようで、実は良くも悪くも日本的な要素が残る。そこが面白いのです。しかし、これは完全に証明はできないのだと思います。それは、無意識に行っているから。

商店街の成り立ちとして、神社が起点となっている痕跡は見られます。商店街や駅名に神社仏閣の名称が付けられていることからも分かると思うのです。江戸時代には商業が急速に発展しました。商人たちが商業活動を行う場所として、城下町や街道沿いの宿場町、そして門前町(神社の鳥居前町)があるのです。

神聖な世界と浮世を分ける結界

神社が単に宗教施設としてではなく、縁日や市場の場所として境内が利用されたことも、この流れなのだと思います。ここで、それを私が勝手に裏付けると思っている右の写真が、岡崎市のパワースポット呼ばれる「晴明神社」と本町晴明ストリートにある商店街のゲートです。

晴明の文字と五芒星(ごぼうせい)が飾られたゲートは商店街の入り口なのか? 神社の入り口なのか? いずれにしろ、神聖な世界と浮世を分ける結界を意味しているのではないでしょうか?

左の写真は、愛知県瀬戸市の「瀬戸銀座通り商店街」です。ここでは、ゲートと深川神社の鳥居が寄り添っています。調べてみましたが、商店街のゲートが神社の鳥居に由来するという記載は見つけられませんでした。しかし、全てではないとしても、一部の商店街のゲートが鳥居のデザインに影響を受けているのではないでしょうか?

バリー・シェルトンのような都市建築学の権威が、この二つの印象を関連付けています。商店街のゲートは日本の伝統的な要素も表現しています。それゆえ、日本全国に受け入れられ造られた時期があったのでしょう。(訪問診療医師)

LGBTに寄り添う教員に「勝手に感謝状」 筑波大 学生組織

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学生から感謝状を手渡される岡山久代教授(右)

意識高め合う機会に

筑波大学の学生組織「LGBTQ+ = ALLIES Salon(アライズ・サロン)」が、「だいばーしてぃ 勝手にBEST TEACHER(ベスト・ティーチャー)賞」と題し、LGBTQを始めとする性的少数者の学生に寄り添っている教員に、感謝状を贈った。28日に学内で開催された「感謝状授与式」には、受賞した教員25人のうち12人が出席。学生から感謝状が手渡された。

感謝状を受け取ったカザフスタン出身で人間系のタスタンベコワ・クアニシ准教授は「私自身、外国人女性として、大学内で居づらさを感じることもある。同じようなマイノリティー性を持つ仲間として認めてもらえたようでうれしい」と笑顔で話した。

学生が教員に投票

同会は、LGBTQ+当事者学生と、当事者学生に寄り添い共に行動するアライ(Ally)である非当事者学生が、性のあり方に関わらず、自分らしく過ごせる環境づくりを目指して活動している。

今回の企画では、昨年12月から2カ月間かけ、学内の学生や教員などに、性の多様性に寄り添っている教員を投票してもらった。結果、学生ら約35人が投票。より多くの教員を表彰したいと、自ら表彰を辞退した教員以外は、名前が挙がった全員に感謝状を授与した。

アライの立場から今回の企画運営に関わった大学院修士2年の後藤美句さん(24)は「予想以上に多くの先生が性の多様性を意識してくれていた。今回受賞された先生同士がつながることで、先生方の中でもより意識が高まることを期待したい。来年度も同様の企画を続け、LGBTQ+の学生に寄り添う先生が増えるきっかけになれば」と話す。

多様な性と向き合うために

学生との向き合い方を語る教員ら。左から岡山久代教授、タスタンベコワ・クアニシ准教授、福嶋美佐子助教

授与式後には「普段、学生と向き合うために気をつけていること」をテーマにパネルディスカッションが催され、受賞した3人の教員が登壇した。

助産師実習を担当する医学医療系の岡山久代教授は、出産を経験するのは男女のカップルだけでないため、相手の性別を決めつける表現をしないように指導したり、数年前、看護実習のユニフォームを男女で同じデザインにするように働き掛けた経験を紹介し、「学生には多様な生き方に寄り添う医療を提供できるようになってほしい」と語った。

教育学の授業で性教育にも触れるというクアニシ准教授は「すべての人にとって平等な社会をつくるため、日本の性教育をどう変えていくかを学生と考えている」と話し、「トランスジェンダーの生徒が性自認に合わせた制服を着用できない問題も性教育で扱うべきだろう」と指摘した。

学内組織「キャリア支援チーム」として学生に関わる福嶋美佐子助教は、大学院の進学率における男女差を指摘。「大学入学時点で博士課程進学を希望する女子学生はほぼいない。進路選択の幅を広げるために、学群生を対象としたキャリア形成に関するイベント等で、ロールモデルとして博士号を取得した卒業生を紹介することに注力している」と普段の取り組みを紹介した。

クアニシ准教授の「レズビアンの友人に『相手の性を決めつけないことが大切』と教わり、心掛けている」という発言に対し、福嶋助教は「LGBTQ+に限らず、どんなに気をつけていても相手を傷つけてしまうことはある。その時は素直に謝り、どうすればいいか教わっていきたい」と述べるなど、教員同士で意識を高め合う場にもなった。(川端舞)

アメリカナマズを名物料理に 漁業者の思い知り市民グループが働き掛け

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2023年4月のアメリカナマズ試食会の様子。釣り大会の後、花見をしながら漁協の鈴木組合長(右から2人目)から桜川や霞ケ浦の現状、課題について話を聞く都内からの参加者(桜川ナマズプロジェクト提供)

【ガチ中華で活用可能性】下

特定外来生物のアメリカナマズを食べて活用しようと、霞ケ浦のアメリカナマズを使った新メニューの提供が、つくば市内の四川料理店で始まった。提供に至るまでには、移入され肉食害魚となったアメリカナマズを地元の名物料理に変えて駆除したいという桜川漁協関係者の思いと、漁業者の思いを知ったつくばの市民グループ「桜川ナマズプロジェクト」(多賀井隆之、田中俊輔、松永悠 共同代表)」や、中国・北京出身でつくば市に住む医療通訳者の松永悠さん(50)の中華料理店への働き掛けがあった。

試食会参加しプロジェクト立ち上げ

つくば市を流れる霞ケ浦の流入河川、桜川で2022年7月、捕獲したアメリカナマズを唐揚げやかば焼きなどにして食べる試食会が開かれた。桜川漁協の鈴木清次組合長らが、害魚を、食べて駆除したいと開いたイベントだ。「桜川ナマズプロジェクト」の共同代表の一人、つくば市在住の高校教員、田中俊輔さん(45)は知人の紹介でイベントを知り試食会に参加。鈴木組合長の思いに触れ、1カ月後の同年8月、同プロジェクトを立ち上げた。「外来種としてのアメリカナマズへの問題意識がプロジェクトの始まり」と田中さんは話す。

活動の柱は「外来種としてのアメリカナマズを未利用魚から地域で消費される魚にする」こと。同時に「アメリカナマズの有効活用を通して、つくば・土浦地域を活性化することができたらうれしい」と田中さんはいう。

桜川ナマズプロジェクトのキャラクターデザイン

同プロジェクトは「つくば・土浦をナマズのまちにしたい」と目標を掲げる。すでにプロジェクトのキャラクターもあり、中学3年の嶋野葵さんがデザインした。

ガチ中華を日本に紹介

同プロジェクト共同代表の一人でもある松永さんは、東京を中心に「ガチ中華」を研究する団体「東京ディープチャイナ研究会」に所属する。ガチ中華は、日本人向けにアレンジせずに中国の本場の味を提供する店のことをいい、都内を中心に店舗数が増えている。松永さんは同研究会のライターとしてガチ中華の魅力を同ホームページなどで紹介してきた。

東京ディープチャイナ研究会などが主催し、22年9月に東京都新宿区の中華料理店で開催した「ナマズの中華料理試食会」では4種類のナマズ料理が提供された。「ナマズの甘酢あんかけ」「酸辣高菜ナマズ」「ナマズの醤油ベース煮込み」と「麻辣ナマズ」だ。松永さんは「最近、一度揚げた魚を煮込む調理方法が中国語圏で流行しておりナマズも適している。そうした食べ方は日本ではあまり知られていないので広めたい」という。

23年4月の桜川でのイベントでふるまわれた「ガチ中華」=同

ガチ中華の調理法を地元のつくば市などにも紹介したいと思っていた矢先、松永さんは田中さんを通して、桜川漁協の鈴木組合長と出会う。

半年後の23年4月、田中さんと松永さんら「桜川ナマズプロジェクト」は、桜川で釣ったアメリカナマズを「ガチ中華」として調理し、その場で試食する会を開催した(23年4月25日付)。田中さんが漁協の協力を得てアメリカナマズの釣り方などを教わり、松永さんが都内の中華料理店の関係者をつくばに招いた。

松永さんはその後も、桜川で釣ったアメリカナマズを都内やつくば市内の中華料理店で調理してもらい、知人の日本人グループなどに呼び掛けるなどして数カ月に1回ほど食事会を開催している。田中さんはその都度、桜川でアメリカナマズを釣り上げ、中華料理店にサンプルとして提供してきた。

海外産の冷凍ナマズを生の霞ケ浦産に

松永さんは「ガチ中華ではとりわけ羊肉料理がクローズアップされてきた。しかしナマズ料理も決してそれに劣るものではない。中華料理店と協力し、ナマズ食を全面に押し出しプロデュースしていきたい」と語る。

さらに「現在ほとんどの中華料理店がベトナムなど海外の冷凍ナマズを使って料理を提供している。ガチ中華の店が協力してある程度まとまった仕入れができれば、霞ケ浦の生のアメリカナマズの卸売なども可能になると思う。そうした卸売が活性化すれば、地元の漁業に貢献できるだけでなく、多様な食文化を根付かせ、地域振興にもつながるのでは」とし、つくば市内の飲食店などと協力してアメリカナマズを利活用する方法を模索すると共に、試食イベントなどで普及も図りたいと意気込む。

爆発的に増加

アメリカナマズは特定外来生物に指定されている。有用な漁業資源を食い荒らしてしまう食害のほか、鋭いとげを持つことから漁網や漁獲物などへの被害が問題視されている。霞ケ浦に同種が持ち込まれたのは1980年代頃とされ、霞ケ浦・北浦では2000年代頃から爆発的に増加したといわれる。現在、定置網などで駆除が行われている。(山口和紀)

終わり

筑波メディカルセンターの救命救急体制《メディカル知恵袋》3

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図2

【コラム・阿竹茂】現在、茨城県には救命救急センターが6カ所、高度救命救急センターが1カ所あります(図1)。救命救急センターの役割は「重篤患者に対する高度な専門的医療を総合的に実施することを基本とし、重症および複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者を24時間体制で受け入れること」です。

筑波メディカルセンター病院は、1985年に開催されたつくば科学万博に合わせ、県内2番目の救命救急センターとして設置されました。地方の救命救急センターとして、軽症から重症患者まで幅広い救急医療だけでなく、ドクターカーによる病院前救急医療、死後CT検査による死因究明のほか、災害時の救急医療も行ってきました。

図1

自家用車での救急外来受診も

救急搬送される患者さんは、2022年には約5000件に上り、うち1300件(全体の26%)が救命救急センターの集中治療室に入院しました。主な傷病は、急性心筋梗塞や心不全などの心疾患、重症外傷、脳血管障害(脳出血、脳梗塞)などです。

重症患者は救急車で搬送されるとは限りません。自家用車で来院して、救急外来を受診する方(walk in)の中に、急性心筋梗塞、脳卒中、重症感染症など、重症かつ緊急性の高い患者さんがいます。筑波メディカルセンターでは、緊急性の高い患者さんに迅速に対応し、来院後~診察の間に急変することを未然に防いでいます。

ドクターカーによる救急医療

2012年から乗用車型ドクターカーの運用を始め、2022年にはドクターカーで786件出動し、240件の病院前診療を行いました。ドクターカーは消防署からの要請で出動し、救急車の救急隊と連絡を取りながら、現場や搬送途中で合流し、派遣された医師・看護師が診療を行います(図2)。

救急隊では行えない検査・処置・投薬を行うことで、傷病者の状態悪化を防ぎながら病院に搬送しています。急性心筋梗塞や重症外傷など、緊急性の高い傷病者の場合は、ドクターカー医師からの連絡によって、病院で対応するスタッフの招集や治療の準備を早期に始めることができます。

死後CT検査による死因究明

筑波メディカルでは、救急外来での死亡確認症例のほぼ全例について、死後CT検査を行っています。来院時心肺停止の症例の多くは、救急外来で死亡確認を行います。2022年の外来死亡症例は149人で、死因究明のために141人(全体の95%)の死後CT検査が行われました。

特に目撃のない心肺停止の症例は経過が明らかでないため、死亡原因が不明となることがありますが、死後CT検査で急性大動脈解離や脳出血を認め、死因と診断できることがあります。目撃のある心肺停止でも、急性大動脈解離による心肺停止は通常の心肺蘇生法では救命できないため、新たな方法が必要となります。死後CT検査による死因究明が進むことで、急変時の対応方法が変化していく可能性があります。

災害拠点病院と救急災害医療

救命救急センターを有する県内の病院はすべて災害拠点病院となっており、災害時医療の準備や訓練を行っています。筑波メディカルセンターでは、救命救急センターの医師や看護師が、災害医療派遣チーム(DMAT)の主な構成メンバーとなっています。

東日本大震災(2011年3月)、つくば竜巻災害(2012年5月)、常総市水害(2015年10月)では、筑波メディカルセンターは DMATの活動拠点となり、救急災害医療活動を行いました。今年1月に起きた能登半島地震では、3次隊として茨城DMAT15チームが被災地に派遣され、筑波メディカルセンターのDMATも珠洲市で活動しました。(筑波メディカルセンター病院 救命救急センター長)

霞ケ浦のアメリカナマズで新メニュー つくばの四川料理店

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真空パックしたラーズナマズを紹介する「麻辣十食」(つくば市天久保)の孫さん(左)と、新メニューのラーズーナマズ

【ガチ中華で活用可能性】上

生態系に悪影響を及ぼすことから特定外来生物に指定されている霞ケ浦のアメリカナマズを使った新メニューの提供が17日から、つくば市天久保の中国四川料理店「麻辣(マーラー)十食」で始まった。アメリカナマズを食べて活用できないかと、市民団体「桜川ナマズプロジェクト」が、釣り上げた魚を同店に持ち込んだのがきっかけとなった。

新メニューは「ラーズ―ナマズ(麻子鯰魚)」。ナマズの白身を油で揚げ、唐辛子と花椒(ホアジャオ)で作った四川料理特有の麻辣と炒めた料理だ。霞ケ浦の養殖業者が、天然のアメリカナマズの稚魚を捕獲し養殖したものを使う。中国四川省は内陸部であることから香辛料を使って川魚を調理する食文化を持ち、ナマズも人気の魚の一つ。四川料理に精通する料理長の羅彬(ラヒン)さんが腕を振るう。

料理の見た目は、ぶつ切りにした大量の唐辛子のインパクトが強いが、唐辛子は香りづけで、さほど辛くはない。この料理を知らない日本人が唐辛子を食べてしまうことがあるが、唐辛子は食べず、揚げたナマズの身を食べる。ナマズの身はふんわりとして旨味があり、花椒がさわやかに香る。四川ではナマズを使ったラーズーナマズは人気料理の一つだそうで、同店によると「メニューを知る人はすぐ注文する」。

水槽に入れナマズづくしコースも

仕入れるナマズは1匹が体長約50~60センチ、重さ約2キロほど。同店では今後、毎月5~10キロ程度を定期的に仕入れる予定だ。現在はさばいてあるものを仕入れているが、要望があれば、生きたナマズを仕入れて店頭の水槽に入れておき、まるごと1匹を食べる直前にさばいて、ラーズーナマズのほか、スープ、蒸し料理など、様々な料理で振る舞うナマズづくしコースも提供したい意向だ。新メニュー提供初日の17日には2件の注文があり、「ナマズのふわっとした食感にびっくり。おいしい」という感想が聞かれた。

真空パックの調理食品も開発中

ラーズーナマズを真空パックし、家庭でも味わえるようにした調理済み食品「つくばの辣子鯰(ラーズーナマズ)」も開発中だ。中華料理は通常温かい状態で出来立てを食べるものが多いが、ラーズ―は風味が強く冷たいまま食べてもおいしいことから、中国ではあえて冷たいまま食べる風習もある。真空パックのラーズ―ナマズは常温でも、温めても食べてもおいしいそうで、つくばの新しい名物として、同店や市内の物産店などでの販売を目指している。

コイ、ハクレンも中華の技で

同店は、中国の伝統料理、麻辣烤魚(マーラーカオユイ)が看板人気メニューの一つ。焼いたコイと野菜を麻辣で煮込んだ火鍋のようなメニューで、これには霞ケ浦で養殖したコイを使用し、淡水魚の魅力を中華の技術で引き出していた。

同店でメニュー開発を手がける孫麗さんは四川省の出身。幼い頃は四川の山や、自然に囲まれて暮らし、季節の野菜や魚を調理して食べる豊かな食生活を経験した。孫さんは「霞ケ浦にはコイやナマズだけでなく、ハクレンやシラウオなどおいしい魚がたくさんいる。特にナマズは在来種を食い荒らして生態系のバランスが崩れていると聞いている」と話し、ナマズを積極的に活用しながら、霞ケ浦の環境問題について考えていけたらという。「この土地のすばらしいものをぜひたくさんの方々に知ってもらい、本物の豊かさをつくりたい。ハクレンの活用も考えている」と新メニュー開発に意欲を見せる。(田中めぐみ)

◆新メニュー、ラーズーナマズは1皿2~3人前で価格は2680円(消費税込)。

続く

初恋おひなさま《短いおはなし》24

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写真は筆者

【ノベル・伊東葎花】

僕の初恋は、姉のお雛(ひな)様。
美しい着物と優しい顔に、僕は見とれた。
手を伸ばすと姉に「触らないで」と叱られた。
だからいつも見ているだけの片思い。

あれは、10歳の春だ。
ひとりで留守番をしていた僕に、お雛様が話しかけてきた。

「ねえ君、私のことが好きなんでしょう。こっちにいらっしゃいよ」

振り向くとお雛様が、切れ長の目で僕を見ていた。

「君は良い子ね。お姉さんが私に触るなと言ったら、本当に触らないのね。だけどね、そんなのつまらないわ」

お雛様が手招きしている。

「触っていいの?」

「もちろんいいわよ」

僕はゆっくり手を伸ばして、お雛様に触れた。

「きれいだな」

「ありがとう。お内裏様は、そんなこと言ってくれないわ」

「そうなの?」

「もともと愛なんてないのよ。政略結婚だから」

「政略結婚?」

「昔はね、自分の気持ちなんて関係ないの。家のために結婚するの」

「ふうん。可哀想(かわいそう)」

「君とのおしゃべりは楽しいわ。お内裏様は無口で、何を考えているのか分からないの」

「僕も楽しい。雛祭りが過ぎてもここにいてよ」

「ダメよ。君の姉さんが行き遅れるわ」

「そうなの?」

「昔からの言い伝えよ」

お雛様は3月4日になるとすぐに、片付けられてしまった。
1年が待ち遠しい。早く会いたい。想(おも)いは募るばかりだ。

そして再び桃の季節がきて、お雛様が飾られた。
お雛様は、また僕にだけ話しかけてくれた。

「あら、少し大きくなったわね」

「もう5年生だよ。ねえ、触っていい?」

「いいけど、ちょっとだけよ。お内裏様がヤキモチ焼くから。彼、意外と可愛いの」

「えっ、政略結婚なのに? 無口でつまらないって言ってたよね」

「本当は優しいの。不器用なだけよ。簡単に愛を口にする人より信頼できるわ」

隣に並ぶお内裏様が、赤い顔で照れていた。
どうして? いつの間にか仲良しになっている。

「君も、いつか分かるわ。ほら、姉さんが来るわ。早く戻して」

僕は姉に叱られる前にお雛様を戻して、ため息をついた。
初恋は実らない。相手は人妻だ。

やがてお雛様が飾られることはなくなった。
姉は、言い伝え通り早くに嫁に行き、男の子3人の母になった。
僕も結婚して、女の子が生まれた。
女の子が生まれたら、姉のお雛様を譲ってもらおうと決めていた。

「えー、あんな古いのでいいの? あんた、よっぽどお雛様に触りたかったのね」

姉がコロコロ笑った。

初節句に、妻と2人でお雛様を飾った。
お雛様はもう話しかけてくれないけど、やはり美しい。

「素敵ね。お雛様もきれいだけど、お内裏様も凛々(りり)しいわね」

「本当だ。お似合いだね」

僕たちは毎年お雛様を飾った。
娘はすくすく成長し、もうすぐ小学生だ。
一緒にお雛様を飾っていた娘が、首を傾(かし)げながら言った。

「ねえパパ、政略結婚って、なに?」

(作家)

現職の五十嵐氏、3期目へ立候補を表明 つくば市長選

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3期目に向け立候補を表明するつくば市の五十嵐立青市長=27日、市議会議場

任期満了に伴って今年秋に実施されるつくば市長選について、現職の五十嵐立青市長(45)は27日開かれた市議会3月定例会本会議で、3期目に向け立候補することを表明した。五十嵐氏は「変化の動きを止めることなく世界のあしたが見えるまちへさらに前進するために、3期目も引き続きつくば市長として市政運営を担っていくべく強い決意を持っている」と述べた。27日開かれた黒田健祐市議(つくば自民党・創生クラブ)の会派代表質問に答えた。

同市では秋に市長選・市議選の同日選挙が予定されており、3月1日開かれる市選挙管理員会で選挙日程が決まる見通し。市長選については現時点で、現職の五十嵐氏以外に表立った動きはみられない。4年前の市長選は3人が立候補し、現職の五十嵐氏が再選を果たした。

27日の議会で五十嵐氏は、スーパーシティ特区の指定、脱炭素先行地域の選定、転入超過数が一般市で全国1位、常住人口25万人突破、人口増加率全国1位など、ここ数年の市の動きを挙げ「つくば市が選ばれるまちとなっていることが数字にも表れている。さまざまな取り組みが評価され、私自身、昨年、経済協力開発機構によるチャンピオンメイヤーに選出された。世界の先進都市からもつくばの取り組みが評価され、役割の重要性が増していることを実感している」などと強調した。

3期目に向けた課題などについては記者団の質問に答え「いろいろなことに取り組んで種をまいて形になっているものもあれば、まだこれからということもある。今つくば市で進めているそれぞれの分野をしっかりと前進させていくことが必要だと思う」とし「いろいろな事業に取り組んできて対外的に評価をいただき、多くの皆さんがつくばに注目している。人口増加という客観的な数字として、つくばを選んでいただいている。一方で、継続した課題はたくさんあるので、そういった取り組みを前進させるためには私がもう一度やるということがひじょうに重要だと思う」などと話した。

五十嵐氏は土浦一高、筑波大卒、同大学院修了。つくば市議2期を経て、2016年、2度目の挑戦で市長に初当選し現在2期目。(鈴木宏子)

目をそらさないで パレスチナにルーツ持つ女性がつくばで上映会

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昨年12月、自宅で開催したバザーで、パレスチナ産オリーブオイルを販売するラクマン来良さん(本人提供)

3月3日

連日、殺りくが起きているパレスチナにもっと関心を寄せてほしいと、来月3日、つくば市民有志が「PALESTINE DAY(パレスチナ デー)」と題し、映画上映会やチャリティーバザーを開く。主催するのはパレスチナ人の父親と日本人の母親を持つ、つくば市在住のラクマン来良(らいら)さん(35)。

親戚の多くはパレスチナにいて、子どもの頃は何回も現地に遊びに行った。「ガザでは毎日、たくさんの人が殺されている。無力感でいっぱいだが、目をそらすことだけはしたくない」と、自分を奮い立たせる。

ヨルダン川西岸も被害拡大

1940年代から続くイスラエルによる占領のため、パレスチナはガザ地区とヨルダン川西岸地区に分かれる。昨年10月、イスラエルがガザ地区へ攻撃を始めた。ラクマンさんによると、現在彼女の父親が住む西岸地区でも以前から、若い男性がイスラエル兵士に捕まえられたり、街を移動しようとするとイスラエル人入植者に発砲されてきた。10月以降は被害が増えているという。

パレスチナ人への殺りくが続く中、ラクマンさんは自分にできることを模索した。10月当初は毎週のように都内まで行き、ガザ攻撃に対する抗議行動に参加していたが、つくば周辺ではパレスチナ関連のイベントを見かけなかった。

身近な人たちにも関心を持ってもらうため、昨年12月には自宅に友人らを呼び、パレスチナの歴史を話したり、小規模のバザーをおこなった。今回はより多くの人を巻き込みたいと、友人の協力も得て「PALESTINE DAY」を企画した。

日本からできることもある

当日は、2008年のイスラエルによるガザ攻撃の実態を遺族などの証言をもとに報告したドキュメンタリー映画「ガザに生きるー第5章 ガザ攻撃」(土井敏邦監督、2015年)を上映する。またパレスチナ産のオリーブオイルや石けん、パレスチナに関する書籍などの販売や、パレスチナ刺しゅうでキーホルダーをつくるワークショップを催す。

パレスチナ刺しゅうでつくるキーホルダー。ワークショップで作成する予定(同)

上映会の収益は土井監督を通し、パレスチナの人々に物資や食料、現金として直接届けられる。物販などで得た収益も、可能な限りガザに住む人々に直接渡せるような形で寄付しようと思っているが、具体的な寄付先はまだ考え中だ。

ラクマンさんは埼玉県生まれ。「国際的で都会と田舎が入り混じった環境で子どもを育てたい」と3年前、海外出身の夫と共につくばに引っ越してきた。現在は市内の自宅から都内の会社に在宅勤務をしている。

「日本にいると遠い国の話に感じるかもしれないが、世界は繋がっている。イスラエルを支持する企業への不買運動など、日本にいながらできることもある。今回のイベントをきっかけにパレスチナを知ってもらい、自分に何ができるのか考えるきっかけになれば」とラクマンさんは期待する。(川端舞)

◆「PALESTINE DAY」は3月3日(日)午前10時から午後4時、つくば市大砂1177-1 大砂田園都市センター(真徳寺隣り)で開催。映画上映時間は①午前10時30分~➁午後1時~➂午後2時30分~の3回で、各86分間。映画鑑賞費1000円。ワークショップ参加費3000円。いずれも事前予約不要。問い合わせはラクマン来良さん(lailalackmann2@gmail.com)へ。

3月に山口県宇部市で「凱旋初個展」《続・平熱日記》152

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】この世の中で絵ほど高価なものはない。何億、何十億もするものは絵ぐらいのものである。オークションなどでも、他の美術品、例えば工芸品や彫刻などに比べても、桁違いに高価な値が付く。

要は、それでも欲しい人がいるということだろうが、私の場合、自分だったらいくら出すか、日当として(手製の額縁も込みである)これくらいはいただこうという値段をつけている。

芸術品としての市場価値や投資価値は今のところない。ついでに言うと、かかった時間や大きさに関係なく、同じ値段にしている。だから当然、絵を売って生活することなどできない。

個展が迫ってきた。3月中旬、山口県宇部市のアートギャラリー「グリシーヌ」で個展を開く。このギャラリーとのご縁については131話にある通りなのだが、実は昨年3月にギャラリーを訪れた折、そのつもりは全くなかったのだが、個展をするという話になって、あれから1年が経とうとしているわけだ。

一昨年、周南市にある粭島のホーランエー食堂で作品を並べさせてもらったのが故郷山口での初個展といえるかもしれないが、今回の宇部での展示が事実上の「凱旋初個展」となるのかな。

SNS上にあった20年前の私の絵

個展のタイトルは「平熱日記 in 宇部」とした。時折しも、山口が観光地として取りざたされているらしいが、宇部や山口にちなんだものを何かを描こうと思う。

宇部といえば、保育園の遠足で行って以来何度か訪ねた山口の誇る遊園地「ときわ公園」(昭和なジェットコースターもよかったけどトランポリンが大好きだった)。それから、中学のときに水泳大会で訪れたのは恩田プール(プールの底がセメント色で深かかった)。

山陽本線から乗り換えた当時の宇部線の車両をネットで探して描いてみた。それから何か建物が描きたくて、火災で焼失した山口の旧ザビエル記念堂を紙粘土で作って描いてみた。

そんなある日のこと。SNS上にどこかで見た絵の画像がアップされていて、それは20年前に私が描いた空を飛ぶ鳥の絵だった。私の数少ないフォロワーでもある投稿者の方のコメントによると、20年前に故郷のとあるギャラリーで買った絵を新しく額装し直したということだった。

当時、毎年正月に山口にちなんだ作家の小品展がこのギャラリーで開かれていて、私の作品をお買い求めいただいた方の投稿だったのだ。

残念ながら、私の絵の行方をすべて把握しているわけではない。ただ私の絵が私の知らないどこかのご家庭の壁に飾ってあって、そこにそれぞれの生活があるということは、とてもうれしいことで(友人宅で自分の描いた絵に出会い、こんなの描いたっけ?ということも)、今回の宇部での展示に「この方だけでもいらしていただければいいや」と思えた。

「平熱日記 in 宇部」は3月15日から24日まで宇部市のギャラリーグリシーヌにて開かれる。(画家)

歌舞伎の魅力を広めたい 筑波大 学生サークルが初公演

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歌舞伎座を訪れ、歌舞伎を観劇した加藤さん(右)とかぶき會メンバー(加藤さん提供)

瀧夜叉姫の演目もとに創作

筑波大学の学生サークル「かぶき會」(加藤悠介代表)が28日、同大春日講堂(つくば市春日)で「地歌舞伎」を初公演する。江戸時代から庶民が芝居小屋や神社の祭礼で演じてきた、筑波山が舞台の地歌舞伎の演目を基に、同大人間学群障害科学類4年の加藤悠介さん(22)が脚本を書き、サークルのメンバーが演じる。

筑波山の岩屋を舞台にした演目「蟇妖術 瀧夜叉姫(がまようじゅつ たきやしゃひめ)筑波山岩屋の場」を基に、加藤さんが歌舞伎と現代劇を融合させた新たな演目「雙峰 相筑波(ふたつのみね あいのちくなみ)」を創作した。同大で地歌舞伎の公演が催されるのは初めて。       

同サークルは演者9人とスタッフ8人で、男女問わず1~4年の計17人が所属する。2023年4月に加藤さんが公演の企画を立て、7、8月にメンバーを募集、昨年11月から稽古を開始した。

台詞の掛け合いを練習するかぶき會のメンバー(同)

練習は、歌舞伎の観劇経験が数多くあり知識や情報が豊富な加藤さんが、脚本の構想や役柄のイメージを元に主導した。細かな所作やセリフの言い回しは全員で資料映像などを見て研究し、歌舞伎特有の表情や発声法、手の動き、扇子など小道具の使い方などの練習を重ねた。

同大の教室で週3、4回の練習をこれまで約30回行ってきた。衣装は各メンバーがお金を出し合ったり寄付を受けて調達した。隈取(くまどり)など歌舞伎独特の化粧は、映像や書籍を参考に学生自身が担う。

原作の「蟇妖術 瀧夜叉姫ー」は、平将門の息女である瀧夜叉姫が父亡き後に妖術を覚え、筑波山に潜んでいたという伝説を基にした演目だ。脚本と演出を担当した加藤さんは、原作から大きく構成を変え、オリジナルキャラクターを登場させる。古語と現代語が入り混じる演出で、演者に男女の区別はない。

題名「雙峰相筑波」は、同大の学園祭「雙峰祭」(そうほうさい)に由来し、2023年10月に、師範学校から創基151年、開学50周年を迎えた同大を記念し、つくばや同大に由来した設定となる。

神田明神を訪れ、かぶき會自主公演の成功を祈願する加藤悠介さん(中央)とメンバーら

リハビリの一環で小5から日本舞踊

加藤さんは体が不自由で普段は車椅子で生活している。辛くても歩くことや身体を動かすことを楽しみたいと考え、リハビリテーションの一環として小学5年から日本舞踊を始めた。日本舞踊を通して、中学で歌舞伎に興味を持ち、さらに和の所作の美しさに興味を膨らませた。

筑波大に進学後、2021年に同団体を立ち上げた。「歌舞伎の歴史や演目の幅の多様性に魅了されたことや、見せ場である『見得』は、映像技術でいうクローズアップの技法に関連すること、『黒幕』や『修羅場』、『幕の内』といった現代語は歌舞伎に由来するなど、現代と繋がりのある芸能の奥深さや面白さを、同世代の大学生を始め多くの人々と共有したいと思うようになったことが始まり」だという。                                           

最初の活動として、当時2年の加藤さんと仲間2人で、同大生向けに歌舞伎のオンライン鑑賞会を開催した。翌年には、歌舞伎に興味を持つ留学生や教員を対象に、英語を交えた解説と、加藤さんによる実演を加えたオンライン鑑賞会を開いた。

加藤さんは「歌舞伎に関して伝統的で敷居が高いというイメージを持たれることが多いが、今回の公演は現代劇と融合させることで、老若男女誰もが楽しみやすく、理解しやすい演目になっている。筑波大生の私たちが描く、私たちなりの一つの歌舞伎の形として見ていただければ」と話す。

日本舞踊で学んだ腰の落とし方、呼吸法、首や肩、指先、すり足などの動作を稽古指導で生かし、歌舞伎の様式美や動きのしなやかさの表現に役立てたという。公演では自身の身体的特徴を生かしたオリジナルキャラクターとして登場する。(上田侑子)

◆筑波大学かぶき會第1回自主公演は、筑波大学春日講堂で2月28日(水)に開催される。開場・受付開始は午後2時45分、開演は午後3時15分から。入場無料。事前にチケット予約フォームから申し込みが必要。X(旧ツイッター)インスタグラムで情報発信している。

今、那珂市瓜連地域はてんやわんや《邑から日本を見る》154

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旧瓜連町役場(現那珂市瓜連支所庁舎)

【コラム・先﨑千尋】「瓜連(うりづら)のシンボル、旧役場庁舎がなくなるんだって?」。昨年暮れから那珂市瓜連地区ではこの話でもちきりだ。発端は、昨年12月に那珂市が「瓜連支所の組織配置再編に関する基本方針(案)」を市議会に示し、1月に入ってからネットで公表。この方針に意見があれば出してほしいと、パブリックコメントを募ったからだ。

市が示した方針案の骨子は「財政の効率化と施設の有効利用を行うために、現在市役所本庁の隣にある中央公民館を改修し、瓜連支所庁舎にある上下水道部と教育委員会の行政事務室を移設する。瓜連支所窓口は『総合センターらぽーる』に移設する。支所庁舎は取り壊しも視野に入れて検討する」というもの。5年後に移設を完了するスケジュールも示されている。

いきり立った瓜連地区の住民は市に説明するよう求め、先月28日、同地区まちづくり委員会が主催する形で説明会が開かれた。この説明会には先﨑光市長らが出席し、住民も約250人が参加した。市の説明のあと、約2時間にわたって住民から質問や意見が出され、執行部の姿勢を追及する激しいやり取りもあった。

住民の反発は、基本方針案に「支所庁舎の取り壊しも視野に入れて検討する」という文言があったからだ。

説明会では「取り壊しの方針を示すのはいきなり過ぎる」「住民の声を聞かず、市役所内部で十分な検討もせずにパブリックコメント(パブコメ)を募集するのは手続として瑕疵(かし)がある。提案を撤回すべきだ」「パブコメはガス抜きではないか」などの発言があり、「維持費がかかると言うが、まだ築40年足らずだ。今後の改装費や維持費の見通しを示さなければ判断できない」という意見も出された。

旧町役場庁舎は地域のシンボル

この説明会のあと、同地区まちづくり委員会は、独自に100通にのぼる住民の意見を集約し、今月6日に市に意見書を出した。その要望の主なものは「旧町役場庁舎は地域のシンボル的な建物なので残してほしい。庁舎内にある郵便局や社会福祉協議会を残してほしい」など。

そして19日には、「瓜連・歴史を学ぶ会」と「根本正顕彰会」が「瓜連庁舎に歴史民俗資料館の拡張・利活用を求める要望書」を出した。同市には歴史民俗資料館があるが、展示や保管のスペースが手狭になり、立地環境も悪いので、瓜連庁舎に移設してほしい、という内容だ。

さらに、瓜連出身の故岩上二郎氏が参議院議員時代に立法化した「公文書館法」があるにもかかわらず、同市は公文書館が未設置であり、歴史民俗資料館の移設と併せて公文書館の設置も求めている。

市では今後、パブコメで出た意見やまちづくり委員会などの要望をまとめた上で、改めて市の方針を示すようだが、住民感情を考慮せずに、経費削減などの財政的な理由だけで住民の日常の暮らしに直接関わる庁舎を取り壊すことになれば、行政運営上も今後に禍根を残すことになる。

まず、地区住民の声を聞き、今後どうするのかも一緒に考えていくなど、慎重な対応が求められよう。(元瓜連町長)