月曜日, 1月 19, 2026
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常総学院、4回戦で姿消す 常磐大に1-3【高校野球茨城’24】

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9回表常総学院2死一塁、小林が二ゴロで一塁に滑り込むも試合終了

第106回全国高校野球茨城大会は12日目の19日、2会場で4試合が行われた。ノーブルホームスタジアム水戸の第1試合で常総学院が常磐大と対戦。相手エースに完投を許し1-3で敗れた。この試合で常総学院は7安打7四死球を記録しながら14残塁。これに対し常磐大は4安打だがそのうち3つが得点にからむという効率の良さだった。

5回1/3を投げ4安打3失点の先発・小林

先発投手は常総学院が小林心汰、常磐大が沢畑壱心というエース対決。全体的にはお互い走者は出しながら要所を締めるという流れだった。特に常総学院はほぼ毎回スコアリングポジションに走者を進めるが、なかなかホームへかえすことができず、もどかしい展開となった。「ヒットは出ていたが大事なところで打てなかった。前半で1点でも取れていれば流れが変わっていた」と島田直也監督。

5回裏常磐大1死二・三塁、マウンドに集まる常総学院ナイン

常磐大に得点が生まれたのは5回裏。安打と守備エラー、送りバントで1死二・三塁の場面から二ゴロで1点を先制された。なおも1死一・三塁とピンチは続いたが、次打者は三ゴロからのダブルプレーに打ち取り最少失点に抑えた。

5回裏常磐大1死一・三塁、5-4-3のダブルプレーでピンチ脱出。二塁手・丸山

6回裏には小林が崩れ、右中間二塁打と死球、右越え三塁打で2点を失った。「小林は悪くなかったが、ストライクを取りに行った球に相手がよくアジャストしていた。関東大会で傷めた右ひじも万全ではなかった」と島田監督。ここで救援に向かったのは大川慧。小林からはボールとともに「気合いで投げればみんなが守ってくれる。後ろは任せて自分の投球すれば大丈夫」との言葉を受け取った。四死球で満塁の走者を背負ったが、空振り三振と投ゴロでピンチを乗り切った。

6回裏常磐大1死三塁、小林から大川(右)へマウンドを託す

次第に残りイニングも少なくなる。7回表は2安打を放ちながらフライアウト3つでチェンジ。8回表は代打攻勢をかけるが、四球の走者を二塁に進めることさえできなかった。「相手投手はコントロール良くコースを突いてくる。甘い球を一発で決められず、終盤は疲れから肩が下がり、ポップフライが増えてしまった」と若林佑真主将。島田監督は「別にあわてる必要もなく、関東大会でもこういう試合展開から勝ってきた。だが最後の夏ということであせりが出たのか、余計な力が入ってしまい、状況に応じた打撃ができなかった」との見方を示した。

9回表常総学院1死一・三塁、森田が中犠飛で1点を返す

最終回は3番・池田翔吾の中前打と、4番・武田勇哉の三ゴロ敵失、5番・森田大翔の中犠飛で辛くも1点を返す。次打者の小林は「後ろへつなぐことだけを意識した」と打席に入り、放った打球は大きくバウンドするが、野手がそらさず一塁へ送球、懸命のヘッドスライディングも間に合わずゲームセット。試合後の小林は「みんなに申し訳ない。この経験を今後の野球人生に生かしたい」と沈痛な声で語った。(池田充実)

子供たちが着衣水泳を体験 つくばの小学校プール 茨城YMCA

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服を着たまま浮く体験をする子供たち=つくば市立谷田部小学校プール

子どもたちに水の事故から身を守る知識や術(すべ)を身に付けてもらおうと、夏休みが始まった20日、つくば市谷田部、市立谷田部小学校のプールで、服を着たまま水に入る着衣水泳を体験する「ウォーターセーフティプログラム」が催された。

青少年の社会教育活動に取り組む茨城YMCAが水の安全指導を目的に県内で初めて開催し、子供たち13人が参加した。同小近くの茨城YMCAみどりのセンターやたべ館で、水辺の危険について室内講義を受けた後、谷田部小に移動し、着衣水泳を体験した。YMCA水泳指導者の太田昌孝さん(48)が指導した。

室内講義では、YMCA発行の「ウォーターセーフティハンドブック」という冊子が子供たちに配られ、池や川、湖、海のほか、プールなどに潜む危険などについて説明があった。出掛ける時は天気を確認し、大人と一緒に出掛けること、場合によってはライフジャケットを着用する必要性などについても話があった。もしおぼれてしまったら、まず落ち着いて浮き身の姿勢をとり、大原則は浮いて待つこと、岸が近い場合は泳いで戻るなど、順序立てて説明があった。もしペットボトルなど浮くものが近くで見つかったら、浮くものを胸の前で持つなど、太田さんから分かりやすい説明があった。

水辺の危険について説明を聞く子供たち

その後、徒歩で谷田部小プールまで移動し着衣水泳を体験。服のまま水に入った印象について子供たちはそれぞれ「気持ちが悪い」「重い」などと感想。太田さんは「実は服を着たまま水に入ると浮きやすい」と話し、子供たちは、体の力を抜いて背面で浮く方法や、ペットボトルを胸の前で持って楽に浮く方法を体験した。服を着たまま泳ぐ際、呼吸がしやすく長く泳ぎつづけることができるエレメンタリーバックストロークという、背面で楽に泳ぐ方法なども学び、ほとんどの子供たちが新しい技術を習得した。

参加したみどりの学園義務教育学校5年の志村響さんは「本格的に着衣水泳をやったのは初めて。少し変な感じがしたが、うまく浮くことが出来た」と感想を語った。

同やたべ館主任の三好陽之さん(28)は「(着衣水泳は)全国のYMCAでやっている企画だが茨城で実施するのは初めて。活動を通じて意識向上を図り水難事故防止に役立ってくれれば」と話した。(榎田智司)

着衣のまま泳ぐ体験をする子供たち=同

水素発電と生ごみ全量堆肥化を実証実験 ビアフェスト会場でつくば市

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水素を貯蔵するタンクや燃料電池などが展示されている「つくばクラフトビアフェスト」会場=19日夕方、つくばセンター広場

脱炭素先行地域をPR

つくば駅前のつくばセンター広場で21日まで3日間開催されているイベント「つくばクラフトビアフェスト2024」の会場で、最新技術を使い、水素を金属結晶のすき間にためて運ぶ「水素吸蔵合金配送システム」による水素発電と、最短1日で生ごみを分解する「スマートコンポスト」による生ごみ全量堆肥化の実証実験が実施されている。

つくば駅周辺地域が昨年、2030年度までに二酸化炭素排出量実質ゼロを目指す「脱炭素先行地域」に選定された(23年12月12日付)ことから、市民に脱炭素先行地域を知ってもらおうと、企業からの提案を受けて、市が約270万円で取り組んでいる。

水素吸蔵合金タンクを手にとり仕組みを説明する那須電機鉄工(千葉県八千代市)技術開発部副主管の徳山栄基さん

水素吸蔵合金配送システムは、都市ガスや天然ガス、液化石油ガスなどを原料に製造した高純度の水素を、ナノ化鉄チタン合金のタンクに高密度でためて、イベント会場に運び、会場でタンクの圧力を調整して水素を放出し、燃料電池で発電する仕組み。ビアフェスト出店店舗53店のうち、北側に出店している7店のテント7張りで3日間使用される照明やビールサーバーなどの電気を水素発電でまかなう。出力は2キロワット、3日間で計24キロの二酸化炭素排出を削減できる見通しという。

脱炭素化先行地域の取り組みとして市は、水素発電の導入を事業の一つに掲げている。今回、製造した水素は化石燃料がベースだが、将来は再生可能エネルギーなどを使って発電に伴う二酸化炭素排出実質ゼロを目指す。

今回のイベントで水素発電による電気の供給を受ける7店舗の一つで、静岡市から出店しているビール醸造所「ホースヘッドラブズ(HORSEHEAD LABS)」取締役の市瀬健一郎さん(36)は「(水素発電だと)知らずに電気を使っていた。不具合もなく、水素発電だと思いもしなかった。そういう技術があるなら広めていってほしいと思う」などと話していた。

スマートコンポストを紹介するコムハム(本社札幌市)セールスマネージャーの吉田希さん

生ごみの堆肥化は、縦約1.5メートル、横約1メートル、奥行き約90センチのコンポストに、イベントで発生した生ごみを投入し、全量を堆肥化する仕組み。特別に開発された微生物群が生ごみを分解して最大98%まで減らし、最短1日で堆肥にする。上部には太陽光パネルが設置され、生ごみ投入量、分解量、分解率などのデータをパソコンなどで同時確認できる。市ではイベント終了後も約1カ月間ほどつくばセンタービル内のバックヤードに設置し、飲食店などで発生する生ごみを堆肥化して、センター広場のプランターなどで堆肥を利用する予定だ。

市環境政策課の渡辺俊吾課長は「こういうイベントを通して脱炭素先行地域を皆さんに知っていただき、一緒に(脱炭素社会を)つくっていければ」と話している。今回の実証実験が成功すれば、秋にセンター広場で開催されるイベントでも実施したいとしている。

◆「つくばクラフトビアフェスト2024」は19日(金)から21日(日)までの3日間、つくばセンター広場で開催。主催はつくばクラフトビアフェスト実行委員会。各地のビール醸造所や飲食店約50店が出店し300種類以上のクラフトビールを楽しむことが出来る。環境負荷を低減するため会場ではほかに、繰り返し使えるリユースカップ、リサイクル可能な容器やフォーク、スプーンなどを導入している。開催時間は20日(土)が午後10時まで(ラストオーダーは9時まで)、21日は午前11時~午後6時(同5時)まで。

昔「オイルショック」 今「老いるショック」《看取り医者は見た!》23

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写真は筆者

【コラム・平野国美】最近の新聞・雑誌記事のタイトルを眺めていると、老人問題、老後問題、年金問題、少子高齢化など、加齢による問題が多く出てきます。50年前、私たちは「オイルショック」におびえ、今は「老いるショック」におびえ、悩んでいるのです。

「老いるショック」という言葉は、私のオリジナルなのかなと思い検索をしてみると、あちらこちらで使用されていました。老いる―ネガティブな意味しかないのでしょうか?

最近友人と会うと、「ああ、歳(とし)は取りたくねえ」とつぶやく機会が増えてきました。一方で、「若い人はいいねえ!」とは発していないのです。この混沌(こんとん)の時代、将来のことを考えると、「若さ」をうらやましいとも思えないのです。これから70~80年を生きていく、彼らの困難を感じてしまうのです。

いろいろな本を読むと、老後という状況を持つ動物は、人=ホモサピエンスと、シャチ、ゴンドウクジラぐらいのようです。これらの老後の時間が長いのは、「群れ」という名の集団生活にあるようです。人間に近いチンパンジーやゴリラには、老後期間がほとんどないようです。

老後問題のパラドックス

老後とは文字通り歳を取った後の意味ですが、社会的には引退後を意味しています。しかし生物学的に見ると、生殖可能年齢から死に至るまでの期間を指します。今の平均寿命で考えると、生殖可能年齢は約50年、老後が約30年になります。この寿命が90~100歳と伸びてくると、人生の半分が「老後」となってしまいます。

寿命が延びた原因は、食料状況が量的にも質的にも改善されたこと、医療福祉の発達に負うところが大きいと思います。医学は病気を解明し制御し克服してきました。新千円札の北里柴三郎先生は、新型コロナ以上のインパクトを世に与えたペスト菌を発見し、感染症の分野で活躍されました。医学の進歩は感染症やがんを制御し、寿命を延ばします。

原始的な時代は、食料を獲得できないことが寿命を限定していました。足腰が弱った時点で他の動物の食料となってしまったこともあります。それは、豊かな食料は我々を死から遠ざけ、幸せをもたらしてくれました。

しかし、斜めから見ると、医療の進歩も食料の充足も人命を延ばし、老後問題を引き起こしてしまいます。パラドックスではないでしょうか? 生きる時間が延びることにより、認知症という社会問題を生じます。認知症を制御すると次の問題を引き起こすでしょう。 パラドックスの流れが止まらない? とても悩ましいことです。(訪問診療医師)

生活保護費 計1481万円を30人に過払い つくば市

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つくば市役所

つくば市は19日、生活保護の受給者30人に対し、2013年から今年7月までに、計1481万94円の生活保護費の過払いがあったと発表した。生活保護制度に関わる県による状況確認があり、判明した。30人のほかに、調査中の受給者が3人いる。

市社会福祉課によると、過払いがあったのは ①障害年金の受給を申請する際に提出する診断書料の上限額を超えた過払い分が、2019年度から23年度まで、5人に対し計6万550円 ②障害者加算の誤認定による過払いが2013年2月から今年7月まで、20人に対し計1360万994円 ➂重度障害者加算の誤認定による過払いが2020年6月から23年9月まで、5人に対し114万8550円。

①障害年金の診断書料の上限を超えた過払いは、本来、障害年金の診断書料として支給できる上限額(6090円)の超過分は自己負担となり、障害年金受給開始時に自己負担分を相殺すべきところ、5人に対して自己負担させずに上限額を超えて事前に支給する取り扱いをしていた。今年1月に県からの状況確認があり分かった。

②障害者加算については、精神障害者で障害年金の受給権がある場合は、裁定請求後、年金証書に基づき加算することができ、障害年金の受給権がない場合は、初診日から1年6カ月経過した後に取得した精神障害者保健福祉手帳により加算することができる。しかし誤った認識により、本来対象でない20人に加算していた。今年2月、県の状況確認により判明した。

➂重度障害者加算については、障害の程度が重度で日常生活において常時の介護を必要とする人に加算するものだが、受給要件の解釈の誤りにより、本来対象ではない5人に加算をしていた。2023年9月、同課の職員が気付き、翌10月に改めた。

同課によるといずれも、制度に対する解釈や認識を誤り、監督職員もチェックができていなかったことが原因だとしている。再発防止策について同課は、関係法令の確認を徹底し、解釈や処理を確実に行うと共に、監督職員による点検を徹底するとし、さらに生活保護制度の理解を深めるため、職員の研修体制を強化し再発の防止に努めるとしている。

対象者に対しては今後、経緯を説明し謝罪した上で、過払い分については、生活保護法に基づき返還などの対応を検討していくとしている。時効により5年で返還請求権が消滅してしまうことから、①診断書料の過払いは6万550円のうち1万5510円が請求できなくなる。②障害者加算の過払いは1360万994円のうち396万186円が請求できなくなる。

一方、生活保護費の過払い分について国費の返還が必要かどうかについては、国や県と協議していくとしている。

【訂正 20日正午】過払いについて、障害年金ではなく生活保護費等、訂正しました。関係者にお詫びします。

つくばの「日本茅葺き文化協会」 国選定保存技術の保存団体に認定へ

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茅葺き工事の様子(日本茅葺き文化協会提供)

国の文化審議会(島谷弘幸会長)は19日、つくば市北条に事務局があり、茅葺き(かやぶき)に関わる文化と技術の継承と振興に取り組む「日本茅葺き文化協会」(代表・安藤邦廣筑波大名誉教授)を、国選定保存技術の一つである「茅葺」の保存団体に認定することを文科相に答申した。官報告示後に正式認定される。

同協会は、地域的にいくつかの技法が見られる「茅葺き」の地域性に配慮して技能の継承を図り、さらに同協会の茅葺き職人が全国の文化財の保存修理工事に従事するなどの実績が認められた。

茅葺きの保存団体の認定は全国社寺等屋根工事技術保存会(1980年認定)に次いで2団体目になる。一方、同協会は2018年にすでに「茅採取」の保存団体に認定されており、今回の認定で「茅採取」と「茅葺」の2件の技術の保存団体となる。またユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技・木造建造物を受け継ぐ伝統技術」団体にもなっている。

文化財保護法は、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるものを「選定保存技術」として選定し、その技を保持している個人または技の保存事業を行う団体を保持者または保存団体として認定している。「茅葺」は1980年に選定保存技術に認定された。今回の認定により、選定保存技術は計89件、保持者は67人、保存団体は48団体(重複があるため実団体は40)になる。

安藤邦廣代表理事 (同)

新たに茅葺きの保存団体に認定された同協会は、日本ナショナルトラストの活動の中で1999年に設立された「全国茅葺き民家保存活用ネットワーク協議会」が前身。2010年に安藤代表(76)らの尽力により「日本茅葺き文化協会」として発足した。

茅葺きは、日本の多様な気候風土に適応し、地域性豊かな農村景観をつくり上げてきた一方、近代化、都市化が進み、その姿は失われ、伝統技能が失われつつあることから、茅葺きの文化と技術の継承と振興を図ろうと設立された。

活動は、茅葺き職人のほか一般会員も参加して、茅刈りや茅葺きなどの技能研修をしたり、全国の地域間の交流と連携を図る茅葺きフォーラムを開いたり、すそ野を広げる普及活動としてワークショップを開催している。海外とも、技術や文化の交流を図る国際交流などにも取り組んでいる。

具体的には2020年に熊本県高森町で茅刈り研修を開催、21年には静岡県御殿場市秩父宮記念公園で茅葺き研修、22年には沖縄県海洋博会場で茅葺き体験などを開催している。国際交流としては19年に欧州や南アフリカから茅葺き職人ら約120人を招いて岐阜県白川村で日本大会を開催している。

事務局があるつくば市北条の里山建築研究所

事務局は、安藤代表が主宰する同市北条の里山建築研究所内にある。会員は180人の個人と42の団体で構成し、122人の茅葺き職人がいる。年齢構成は50代以下が中心で、40代が最も多い。茅葺き職人は全国に200人ほどしかおらず、6割が同協会に所属する。80代以上の職人が全体の半数以上を占めるが、同協会に加盟していない人が多いという。

茅葺きの保存団体の認定について安藤代表は「茅刈りと茅葺きの一貫した、そして地域性に配慮した技能の継承と研修事業に取り組んできた。そのことが評価され、『茅採取」に加えて『茅葺』の追加認定を受けたことは大変うれしい」とし「今後は、技能の向上に努めると共に、若手の職人育成に力を入れ、そのためにも新しい茅葺きの技術開発やデザインにも取り組んでいきたい。また、茅場、草原の持つ生物多様性の維持や環境保全に果たす役割を広く啓発し、地域の茅葺き文化の継承と発展をはかりたい」と述べる。(榎田智司)

魚影なき霞ケ浦・北浦で ワカサギ漁21日解禁

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解禁日、船溜まりに戻ってくるワカサギ漁の漁船=2020年撮影、土浦市沖宿

霞ケ浦・北浦の夏の風物詩、ワカサギ漁が21日、解禁となる。令和に入ってから、年々落ち込む一方の漁獲量が続いていたが、今季は極めつけの不漁となりそうで、漁具の準備をする漁師らの表情はさえない。

ワカサギ漁は霞ケ浦では21日午前3時半から、北浦では同4時からが解禁時刻。土浦の各漁港では午前3時に出航し、5時頃まで、動力船の後方に網を入れて水中を引くトロール漁により行われる。

県霞ケ浦北浦水産事務所(土浦市)によれば昨年の解禁日には、123隻(霞ケ浦107隻、北浦16隻)が出漁した。1隻あたりの平均漁獲量を聞き取った調査では、霞ケ浦で9.8キロと一昨年の18.6キロから半減した。12月末までの漁期を通じても、漁獲量は霞ケ浦・北浦全体で史上初めて10トンを割り込む低調な推移になった。

「夏場の気温上昇がこたえた。(水温が)30度を超えるとワカサギが消える」と土浦市沖宿の漁師、黒田栄さん(90)はいう。県水産試験場内水面支場(行方市)でも、令和に入って以降、夏場の高温が続き、その影響で漁獲量が年々落ち込んでいるとする。

「ナツワカ」と呼ばれスーパーなどでも販売されたワカサギ

夏場を乗り越えたワカサギが親となり、1月以降に産卵期を迎える。これを漁業資源とした養殖漁業のサイクルが戦後取り入れられた。禁漁期間に入ったワカサギでも定置網にかかった親魚は捕獲が出来、産卵・ふ化させた稚魚を各地の漁協が支部ごとに船溜まりや湖岸ポイントに放流する事業だ。

これが軌道に乗り、2015年ごろは霞ケ浦・北浦で273トンもの年間漁獲量にまで回復した。全国に先駆けての解禁で、成長が早く栄養価も豊富なこの時期のワカサギは「ナツワカ」と呼ばれ、県はポスターなどを作成しての消費拡大キャンペーンを展開してきた。が、漁獲低迷から昨シーズンはトーンダウン。今季は「売り出ししようにも入荷が見込めない」と取り扱い業者も敬遠気味だ。

今季は定置網にかかる親魚自体が激減し、数匹単位の捕獲しかなかった例も。放流を断念する漁協支部が続出した。

戦後すぐにワカサギ漁に就いた黒田さんは「約70年間やってきてこんなにひどいのは初めて」としながら、解禁日はお祭りみたいなものだから漁には出るという。「ただ獲りにいくのはワカサギじゃなく、シラウオになると思う。目の細かい網を使えば少しはかかるんじゃないか。本当はもう少し大きくなってから獲りたいんだけどね」。今年90歳になって最後のワカサギ漁にするかもしれないという。(相澤冬樹)

観光帆引き船も操業開始

霞ケ浦の観光帆引き船も21日、操業開始となる。土浦市では21日(日)午後1時30分~を皮切りに、10月14日(月・祝)までの毎週土・日曜日と祝日に操業。帆引き船は「操業」となっているが、帆とバランスを取るため空の網をひくスタイル。操業日には土浦港から見学船ホワイトアイリス号が運航される。大人1570円、子供780円(どもに税込み、未就学児無料)。問い合わせはラクスマリーナ(電話029-822-2437)。

【続報:21日午後2時追加】県霞ケ浦北浦水産事務所によれば、21日のトロール漁解禁日に、霞ケ浦には89隻、北浦には12隻が出漁した。加工業者6者への聞き取りの結果、ワカサギは1隻あたり数尾から0.3キロにとどまった。シラウオについては1隻0.8キロから80キロの漁獲に達した。

怒りよ、社会を変える力となれ《電動車いすから見た景色》56

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イラストは筆者

【コラム・川端舞】今、私は怒っている。昔から、嫌なことがあると周りではなく自分を責めていた私が、今自分でも驚くほど、ある事柄に怒っている。自分の尊厳を傷つけられたことに対する怒りだ。そして、そんな自分を頼もしく思う。怒りでしか守れないものがあるから。

怒りを表面に出すと、たいてい「冷静になれ」「そんな言い方では伝わらない」とたしなめられる。私自身、感情的に怒るより、きちんと相手の立場を考えて、論理的に話し合う方が賢い問題解決の方法だと信じていた。でも、傷つけられている最中に、その痛みを客観的に説明するなど無理だった。

これ以上自分が傷つかないように、「私は今、痛いんだ!」と必死に叫ぶしかなかった。そうすることでさらに批判の対象になることは分かっていても、自分を守るには大声で叫ぶしかなかった。「今は自分の尊厳を守るために怒るべき時だ」と、直感で思ったのかもしれない。

人間の尊厳のために怒れる社会に

障害者文化論を研究する荒井裕樹さんは、対談集「どうして、もっと怒らないの? ―生きづらい『いま』を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる」(現代書館)の中で、長年、障害者運動に関わってきた人たちと、かつての障害者運動の根幹にあった「生きづらさへの怒り」について語り合っている。

その冒頭で、荒井さんは「1970年代の日本の障害者運動には、自分の存在を不当に低く抑え込み、生きる幅を狭めようとする社会の常識や価値観そのものをぶち壊したいという衝動が煮えたぎっていた」と語っている。

本のタイトル「どうして、もっと怒らないの?」は、1970年代から80年代にかけて、社会に多大な影響を与えた障害当事者による運動団体「青い芝の会 神奈川県連合会」の元会長である故・横田弘さんが晩年によく言っていた言葉だ。

生前、実際に横田さん本人からその言葉をかけられたことのある荒井さんは、「その問いかけは『人間の尊厳が目減りしていくことへの危機感が足りない』と諭していたのでは」と推察する。

昨年末、タイトルに吸い寄せられるように、この本を手に取った。それまでどんなに納得いかないことでも、分かったふりをし、「おかしい」と声を上げられなかった私を、叱咤(しった)激励してくれているように感じた。そして、初めて「私は今、痛いんだ!」と叫べたとき、自分を前より少し大切にできた気がした。

私はこれからも、自分や大切な人の尊厳が踏みにじられたときは、真っ当に怒れる人でありたい。そして、人間の尊厳を守るための怒りを押さえつけるのではなく、ともに怒り、ともに闘う社会であってほしい。(障害当事者)

土浦日大、科技日立破り4回戦へ【高校野球茨城’24】

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5回裏 土浦日大1死2、3塁、大橋がスクイズを決める

第106回全国高校野球茨城大会は11日目の18日、4つの会場で3回戦8試合が行われた。ひたちなか市民球場では昨年の覇者 土浦日大が、科技学園日立を7回コールド9−1で破り、4回戦進出を決めた。

先発した小島は7回を1失点に抑えた

土浦日大の先発小島笙は初回1死後、科技学園日立の飯泉大空からレフト前ヒットを打たれ、2塁への盗塁を許した。続く藤本幸聖には四球によりランナー1、2塁とされるが、難波悠勝をピッチャー併殺打に打ち取り、ビンチを切り抜けた。

その裏、土浦日大は先頭の島田悠平がセンター前ヒットで出塁し、野口智生のバントで2塁に進む。続く3番中本佳吾が四球を選び、1、2塁のチャンスに、4番大井駿一郎がレフトへ3ランを放ち3点を先制した。「ライナーを返すことを意識して打席に入り、スライダー真ん中高めを振り抜いた」と大井。

1回に大井が先制3ランを放つ

土浦日大は2回にも1点を追加。5回には四球とヒットで1、3塁とチャンスを広げると、藪ノ下陽のライトへの犠牲フライで1点を追加。さらにランナー2、3塁の場面で、大橋篤志が狙い通りサード前に転がし、スクイズで3塁走者の梶野悠仁が生還。続く2塁走者の石崎滝碧も生還し、7点をリードした。6回には中本佳吾、梶野悠仁のタイムリーでさらに2点を追加した。

5回裏、霞ケ浦 大橋のスクイズで梶野に続き石崎(中央)もホームイン

先発小島は、四球を出しても崩れず、カットボールを中心に科技学園日立打線を7回1失点に抑え、チームを4回戦進出に導いた。小島は「緊張もあり完璧な投球ではなかったが、勝てるピッチングが出来て良かった」とほっとした様子で話した。

小菅勲監督は「暑い中みんな頑張って、つながりが出て、いい試合だった。大井の3ランでチームを元気づけた。小島は低めをついて自分らしい投球が出来た。小技を絡めたスクイズでの追加点に関しては、勝ち進む中でロースコアが予想されるので、スモール(小技)が大事になってくる。練習の成果が出せた」と話した。

2死3塁で梶野がライトへタイムリーを放つ

土浦日大の4回戦は21日に藤代と対戦する。(高橋浩一)

➡土浦日大 小管監督の監督インタビューはこちら

霞ケ浦、鉾田二に貫録勝ち【高校野球茨城’24】

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1回裏霞ケ浦2死二塁、雲井の中前適時打で勝ち越しに成功

第106回全国高校野球茨城大会11日目の18日、4会場で3回戦8試合が行われた。J:COMスタジアム土浦の第2試合では霞ケ浦が鉾田二と対戦した。1回戦で海洋に37-1と大差をつけた鉾田二に対し、霞ケ浦は7回コールドで8-1という貫禄勝ちを収めた。

1回裏霞ケ浦1死、谷田貝が右越えの三塁打で反撃ののろしを上げる

先の試合では得点不足に悩んだ霞ケ浦打線が、この日は序盤から順調に得点を積み上げた。初回、口火を切ったのは2番・谷田貝優。右越えの三塁打でいきなり好機を作り、3番・羽成朔太郎の右犠飛で生還。その後、四球と暴投で2死2塁となり、5番・雲井脩斗の中前適時打と6番・眞仲唯歩の左前適時打で2点を追加した。

1回裏霞ケ浦2死二塁、眞仲の左前適時打で3点目。生還した雲井(5番)が仲間の祝福を受ける

2回は1安打と3四球で押し出しの1点を奪い、その後も1死満塁の場面から雲井の三ゴロと眞仲の遊ゴロで2点を追加。7番・鹿又嵩翔の打球は三遊間を抜く2点適時打となった。「打ったのは外のスライダー。2死二・三塁の場面だったので2人とも返したかった。自分の役割はつなぐバッティング。長打より率を上げることを心掛けている」と鹿又のコメント。

鹿又はこの日3安打2打点の活躍。来た球に逆らわず右へ左へと打ち分けた

先発のマウンドには、初戦ではリリーフで好投した眞仲が登板。「球種が多くどんな球でもストライクを取れる投手。自滅することがないので1、2戦目は彼で行こうと考えた」と高橋祐二監督。

初回は立ち上がりから四球とエンドランで無死一・三塁のピンチを作り、次打者をダブルプレーに打ち取る間に1点を失ったが、その後は調子を取り戻し、2回以降5回までは2安打4三振に抑えている。

「初回は体が前へ突っ込み、ボールが浮いたり荒れたりした。コーチから低め低めで行くようアドバイスされ、その後はストライク先行で、いいテンポで投げることができた」と眞仲。彼はバッティングも得意だそうで、この日は1安打2打点の活躍。

初回のピンチを乗り切り、尻上がりに調子を上げた先発の眞仲

1、2回で8点を荒稼ぎした霞ケ浦打線だが、3回以降は得点が止まってしまう。3~5回はスコアリングポジションに走者を進めながらあと1本が出ず、6回は三者凡退。「立ち上がりはいい感じで、初球からどんどん振っていき、走塁など細かいところでも点が取れた。その後はリードして安心した部分もあったと思う。投手が代わった後はもう一度工夫が必要。次に向けて修正したい」と市川晟太主将の反省の弁。

6回に登板した右のエース・乾

ただし点差が開いたことを利用して、投手陣に経験を積ませることもできた。6回は乾健斗が無安打2三振、7回は市村才樹が2四死球を出したが無安打1三振。この2人が霞ケ浦の左右のダブルエースだ。高橋監督は「次の水戸商戦もしっかり準備をして、いいゲームをしたい」と意気込んだ。

7回に登板した左のエース・市村

霞ケ浦の次戦は21日、J:COMスタジアム土浦の第2試合で水戸商と対戦する。(池田充雄)

➡霞ケ浦 高橋監督の監督インタビューはこちら

1980年に開園した洞峰公園《ご近所スケッチ》11

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洞峰公園 新都市記念館。イラストは筆者

【コラム・川浪せつ子】歩いて行ける大好きな公園「洞峰公園」。コラムを書くに当たっていろいろ調べました。上の絵の建物「新都市記念館」は1976年に完成したそうです。公園の完成と一緒と思っていましたが、公園は1980年に開園したそうです。それまでは整備された公園ではなかったということでしょうか?

そして、1985年には国際科学技術博覧会(通称 科学万博/つくば万博)がありました。私はその2年ほど前から市内に住んでいます。そのころはまだ、つくば市という市はなく、1987年に地域の町や村が合併して、つくば市が誕生しました。「本当に昔だなぁ~、懐かしいなぁ~」。

洞峰公園は今までに何度も描いています。ですが今回は、ちょっと視点を変えて描いてみました。これからも四季折々、たくさん描いていきたい。でも一つ問題が…。緑色ばかりで、どうやって木々の緑色の変化を表現するかです。

緑、水、人、花を描く

緑色は色の中でも緑だと人が認識する範囲は多く、色としては一番名前が多いそうです。緑色の信号を青信号と言ったり、新緑を青葉と言ったり、緑色ってどうなっているのだ!ですね。

この公園には洞峰沼があり、水を描く練習にも。人の往来があり、人物を描くことでその場所の雰囲気を演出できる。お花も咲いていて…。おまけに、ステキな建物も数点あり、絵かき人には絶好の場所なのです。(イラストレーター)

新都市記念館入り口付近

つくば秀英、日立商業にサヨナラ勝ち【高校野球茨城’24】

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サヨナラヒットを放ち祝福されるつくば秀英の大石(右)

第106回全国高校野球茨城大会は10日目の17日、4つの会場で3回戦8試合が行われた。ひたちなか市民球場ではつくば秀英が日立商業にサヨナラ勝ちし、4回戦進出を決めた。


日立商業は1回戦で茨城高専に延長11回タイブレークの末4−3でサヨナラ勝ちし、2回戦では東海高校に13−3で6回コールド勝ちと勢いがある。つくば秀英は日立商業を相手に「うちで一番いい投手を出す」(櫻井健監督)と決めて、エース羽富玲央投手が先発のマウンドに上がった。

先発した羽富は9回を投げ抜いた

羽富は1、2回を三者凡退に抑え、完璧な立ち上がりを見せると、打線は2回2死から稲葉煌亮がセンターにチーム初安打を放つ。が、続く石塚大志が凡退。6回には先頭の佐々木将人が四球で出塁すると、バントと相手投手のボークで1死3塁のチャンスをつかんだ。しかし続く吉田泰規、明石理紀斗が凡退。7回にもエラーで出塁した大石隼也が3塁に進みチャンスを広げるも、あと1本が出ず無得点に終わった。

7回まで日立商業打線を無安打、無四球と完璧に抑えていた羽富は8回、先頭打者 檜山にレフトへ初安打を許すが、後続を抑え、9回にも2死2塁とピンチも切り抜けた。

つくば秀英はその裏、吉田泰、明石の連続安打で無死1、2塁のチャンス、代打河嶋玲凰がバントで送ると、続く大石がライトにタイムリーを放ちサヨナラ勝ちを決めた。

9回1死2、3塁でライトへサヨナラタイムリーを放つ大石

大石は「代打河嶋がバントを決めてくれたので自分で決める気持ちで打席に入った。打ったのはスライダーの抜け球。感触はあった。打てて良かった。守備からリズムをつかみ、落ち着いてやり、みんながつないでくれた。最後まで自分たちの野球を貫けたし、羽富がしっかり投げてくれた」とほっとした表情で話した。

9回102球を投げ、被安打2、5奪三振、無四死球と見事な投球を見せた羽富は「最後の夏。負けたら終わりなのでハラハラした。カーブを中心に投げ、うまくコントロール出来た。点を取られないことを意識した。打たれても守ってくれるので安心して投げられた」と鉄壁な守備をたたえた。佐々木主将は「羽富が良いピッチングをしてくれた。最後は自分たちの気持ちが勝った。次の試合も今まで通り一戦必勝で頑張る」と意気込んだ。

サヨナラ勝ちに、ベンチから飛び出し喜ぶつくば秀英の選手たち

櫻井健監督は「結果的に勝ててほっとした。初戦はコールド勝ちしたので次の試合は難しくなると想定はしていた。羽富は集中してしっかり投げてくれた」と話した。

つくば秀英の4回戦は20日、竜ケ崎一高と対戦する。(高橋浩一)

つくば秀英の応援団

常総学院、完封リレーで水戸啓明に勝利【高校野球’24】

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緩急を使ったピッチングがさえた常総学院先発の小林

第106回全国高校野球茨城大会は10日目の17日から3回戦に突入。4会場で8試合が行われた。J:COMスタジアム土浦の第1試合では常総学院が水戸啓明と対戦、エース小林芯汰と公式戦初登板の小澤頼人による完封リレーで常総学院が4-0で勝利した。次戦は20日、ノーブルホームスタジアム水戸の第1試合で常磐大と対戦する。

常総学院はエース小林が満を持して登板。多彩な変化球と緩急を使い分け、5回までノーヒットのピッチング。「自分たちが目指している場所を再確認し、全力を出せるよう準備してきた。自分の感覚や打者の反応などからも良くなってきているのが分かる。次につながる内容だった」と本人の振り返り。

打線は初回、1死一・二塁のチャンスをつくるが後続が倒れ無得点。2、3回は三者凡退に終わり、次のチャンスが4回に巡ってきた。「2巡目だったので相手投手の特徴をつかんだ上で、場面に応じて『この一球』に狙いを絞っていこうと話し合った」と若林佑真主将。

4回裏常総学院1死一塁、森田が右翼へ適時三塁打を放つ

先頭の3番・池田翔吾が死球で出塁し、4番・武田勇哉は右飛に倒れたが、5番・森田大翔が右翼への三塁打で1点を先制。6番・小林は中前適時打で1点追加、相手先発をノックアウトした。7番・近藤和真は右翼線への二塁打でさらに1点追加、その後2死三塁からボークで近藤が生還。この回は結局、ヒット3本の固め打ちなどで4点を奪っている。

4回裏常総学院1死一塁、近藤の適時打で小林が生還

「後ろへつなごうとみんなで言っていた。点が取れたのは素直にうれしい。打ったのはアウトコースのおそらくスライダー。低い打球でセンターを意識し、野手の間に落ちてくれと願った」と先制打の森田。島田直也監督は「相手投手は2人とも良かった。上を目指すにはこういう投手にどう対応するかが重要。特に先発は外のコントロールが良く手こずった。ワンチャンスをものにできたことは良かった」と語った。

近藤の二塁打のとき一塁から生還した小林だったが、実はこの時に脚をつっていた。最初は軽かったそうだが次第に悪化、6回の投球では連続四死球で2死満塁としてしまい、無念の降板となった。

6回表水戸啓明2死満塁、渾身の1球を投じる小澤

救援に向かった小澤は「打たれたらどうしよう」と不安もあったが、先輩の励ましに「打たれてもいいから自信ある球で、1球1球気持ちを出して全力で投げよう」と開き直った。初球は捕手のミットを目掛け渾身のストレート。結果は三ゴロで、わずか1球で火消しに成功した。9回には2安打を浴び1死一・三塁のピンチを作るが、またも三ゴロからのダブルプレーで試合を締めくくった。

初戦とは逆で、打線は本調子ではなかったが投手陣が頑張ってくれた。チームとして互いに補い合える試合ができている」と島田監督。その言葉を「打てなくてもその分守備でピッチャーを支え、しっかりゼロで抑えることができた」という若林主将の言葉が裏付ける。(池田充雄)

6回表終了、大役を果たした小澤(16番)をチームメートが出迎える

➡常総学院 島田監督の監督インタビューはこちら

親戚のような感じで泊まりにおいで【里親1000人へ】㊦

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里親を務める龍ケ崎市の政尾秀子さん

短期中心に受け入れ

「5月は月の半分、子どもを預かっていました」と話すのは、龍ケ崎市在住の里親、政尾秀子さん(52)。夫と2人で暮らす政尾さんは、2014年に夫婦で里親登録をした。現在は、養育里親として短期を中心に子どもを自宅で受け入れている。5月は、里親の休息を目的としたレスパイトケアとして、それぞれ別の里親家庭で暮らす3人の子どもを4日間から6日間ずつ預かった。

レスパイトケアは、里子を委託された里親が、必要な時に、他の里親や乳児院、児童養護施設などに子どもを預けて一時的に休息をとる制度だ。受け入れる里親には一定の手当が支払われる。「親戚のような感じで『遊びにおいで、泊まりにおいで』と子どもを迎えている。一緒に公園や映画を見に行くなど、私自身も楽しみながら同じ時間を過ごしています」と政尾さんは話す。

1月から3月は45日間、児童相談所に一時保護された子どもも受け入れた。近隣の養護施設に登録し、施設で暮らす子どもが家庭的な暮らしを経験することを目的に、月に何回か宿泊する児童も受け入れている。

小さなことでも相談

数日間単位の受け入れと並行して、これまでに小学生を2年間、高校生を3年間受け入れてきた。年単位で暮らしを共にする中で、コミュニケーションの取り方など思春期を迎える子どもとの向き合い方に戸惑うこともあったという。

「途中から、養育することの難しさ、大変さを感じることもありました。委託期間中は常に相談員の方と連絡を取り合っていました。里子の進学を機に委託が終わった後も、『里帰り』のように遊びにきてくれるのはうれしい」と笑顔で語る。

里親の苦労を知る政尾さんは、レスパイトケアの必要性をこう話す。

「実の親から離れて暮らす子どもには、一般家庭とは異なる特徴があります。関係に煮詰まってしまうこともあるかもしれない。里親が先に参ってしまうと子どもにも悪く影響してしまう。こんなことで利用したら『できない里親』と思われてしまうんじゃないかと心配してしまう里親さんの声を聞くことがある。でも、小さなことでも、児童相談所や里親支援機関に相談し、レスパイトを使うのがいいと思う」。

現在は動物関連のボランティア活動にも力を注ぎながら、里親として子どもに向き合う日々を送っているという政尾さん。「レスパイトケアでは、同じお子さんが来ることが多く、その子もうちに来るのを楽しみにしてくれているんですよ。里親さんにも安心して子どもを預けてもらえるように、気をつけていきたい」と語った。

チームで療育

稲北地区里親会会長の金子敏明さん

土浦児童相談所管内の牛久市や阿見町、龍ケ崎市などの里親による稲北地区里親会会長の金子敏明さん(55)は、2017年に初めて小学生になる子どもを受け入れた。夫妻にとって初めての子育て経験になった。金子さんは里親自身が支援を受けることの大切さを強調する。

「妻とは『まずはやってみよう』、その上で難しかったら『無理でした』と言おうと励まし合いました。私たちは子育て経験が無く、里親として任された1人の子どもを育てるためには、専門家の力を借りることに遠慮も躊躇(ちゅうちょ)もしていられません」と振り返る。

学校などでトラブルが起きた際には「フォスタリング(里親養育包括支援)機関に『こんなことありました。どうしたらいいですか?』とすぐに電話していました。隠しごとはせず、小さなことも含めて何でも相談しました。専門家の知見を聞くのは絶対に必要」と話す。

現在、里親制度は、里親や支援機関、関係機関が一体となって子どもを養育する「チーム養育」として制度化され、各自治体の担当課、児童相談所、フォスタリング機関、施設の専門相談員らが定期的に会議を行い、子どもの情報を共有し、里親が委託を受けた後も、相談員が定期的に家庭を訪問することがガイドラインで定められている。

金子さんが里子と遊んだ自宅近くの公園

家族になることできる

金子さんは、里親研修で聞いた「里親制度は親のための制度ではなく、子どものための制度」という言葉を繰り返し自分に問い掛けている。「子どもにとって大切なことは、特定の大人との関係が続いていくこと。大人との安定した関係の中で育つことが大切だと思う」。

「血がつながっていなくても、時間をかけることで家族になることはできる」と、里子との関係を振り返りながら、「一緒にいる子どもが安心してくれていると思えた時に、少しは家族になれたかなと感じた。一緒に風呂に入って、一緒に寝て、毎日きちんとご飯を食べて。妻と分担しながらいろいろなことを一つ一つクリアする中で徐々に感じられるようになったとも言える。最初からうまくいくことばかりではないと思うが、子どもと向き合うことで『この人が親なんだ』と納得してくれると思いますから」と話すと、「人ってこうやって成長するんだなと思いますよね。子どもの成長が、私たちの喜びであり成長にもなっている。この制度が、より多くの方に広がってほしい」と話した。

終わり

◆「2024年度里親制度説明会ーお話し会『知ってみよう、里親のこと』」が7月28日(日)、つくば市高崎のさくらの森乳児院にある「同仁会子どもセンター」で、8月25日(日)には筑西市茂田の慶育会茨城育成園で開かれる。時間はいずれも午前10時~正午。参加費無料。申し込みは専用ウェブサイトから事前申し込みが必要。問い合わせは、さくらの森乳児院里親担当者へ電話(080-8434-3329)、またはメール(fostercare.kidskohoo@doujinkai.or.jp)で。

完璧主義者の姿と行動《映画探偵団》78

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】フランス映画界の巨匠ジャン・ピエール・メルヴィル監督の『仁義』(1970)を見直した。東映のヤクザ映画のようなタイトルだが、原題は『赤い輪』。公開は『影の軍隊』(1969)の翌年で、当時は同監督のギャング映画にはナチスドイツへのレジスタンス体験が投影されていると気付いていた(映画探偵団44)。

宝石泥棒の話ではあっても、ブルーの色調の画面からは寡黙な登場人物の行動と相まって、何か奥深い空気が伝わってくる。

刑期を終え出所したコ一レイ(アラン・ドロン)。護送中に逃亡したボジェル(ジャン・マリア・ヴォロンテ)。ボジェルを追うマティ警視(ブ一ルヴィル)。すご腕狙撃手の元刑事ジャンセン(イヴ・モンタン)。この主要4人が黙々とそれぞれの行動に没頭する。なかでもジャンセンが光る。

髪はボサボサで無精ひげの男が何本もの酒瓶の置かれた横にあるベッドに寝ている。ジャンセン初登場シ一ンだ。戸棚の隙間から、クモ、蛇、トカゲ、カメレオンが次々と出てきて、ネズミが彼の顔の近くまで寄ってくる。悲鳴を上げるジャンセン。

それは幻覚だった。コ一レイから電話がかかり、真夜中に会う約束をかわした後、鏡の前に立ち、タバコをくわえ、震える手でマッチをする。完全なアル中患者である。

ところが次の場面。ナイトクラブ入り口に、ピカピカの靴、高級なス一ツ・コ一ト、ソフト帽をかぶったジャンセンが現れる。その変貌ぶりには誰もがビックリするはずである。コ一レイがあいさつ代わりに酒をすすめるが、ジャンセンは断わる。禁酒を始めたのだ。

「戸棚の奴らに報復できた」

ドラマ後半、ジャンセンが目立ってくる。

黒のソフト帽、黒のコ一ト、黒のス一ツ。高級紳士のなりで宝石店に品定めにやって来て、監視カメラと防犯装置のチェックをする。次は、茶色のオシャレなセ一タ一を着て、林の中で射撃訓練。的は小さいが正確に当てる。

次は、鍵の代わりとなる特殊な弾丸を自宅で作る場面。横から同じ構図でカットを重ねる。手の震えは治まっている。

決行の夜。ジャンセンは黒覆面で顔を隠し、銃を両手で持ち、鍵穴めがけて発射する。撃ち込まれた弾丸は鍵となり、防犯システムが一斉に解除される。コ一レイとボジェルが宝石を袋に詰める。ジャンセンは、胸ポケットから銀の小型容器を取り出す。酒だ。飲むのかと思わせるが、香りを嗅いだだけで胸ポケットにしまう。

犯行後の自宅でジャンセンは、分け前は要らないとコ一レイに言う。驚き理由を聞くコ一レイに、「戸棚の奴らに報復できたから」とジャンセン。

『サムライ/ジャン・ピエール・メルヴィルの映画人生』(晶文社)を読むと、『仁義』を撮ったときの苦労が語られている。「私は完璧主義者になったが、同時に、25年来一緒に仕事をしている人々は次第に完璧主義者でなくなっている。言い換えれば、この25年の経験から、25年前にはフランスの仲間うちには非常に有能な人々がいたのに、その人々が著しく有能でなくなったという印象があるんだ」

撮影でスタッフにうちのめされていたメルヴィル監督は、完璧主義者の姿と行動を丁寧に描いて見せた。いい薬だ。いつ見ても反省させられる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

土浦日大、打線爆発し古河一を圧倒【高校野球茨城’24】

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2回裏土浦日大2死一・三塁、ダブルスチールで三走・大橋が生還(撮影/高橋浩一)

第106回全国高校野球茨城大会は9日目の16日、3会場で2回戦6試合が行われた。J:COMスタジアム土浦では第1試合に昨年の優勝校、土浦日大が登場。古河一を相手に14-0の大量得点で5回コールド勝ちを収めた。土浦日大の3回戦は18日、ひたちなか市民球場の第2試合で科学技術学園日立と対戦する。

1回裏土浦日大1死満塁、梶野が3点二塁打を放つ

土浦日大の打線が爆発した。初回は2番・石崎滝碧が遊ゴロで出塁、3番・中本佳吾の右前打と4番・大井駿一郎の四球で満塁とし、5番・梶野悠仁が右翼へ走者一掃の二塁打を放って3点を先制した。

2回には四死球3つでまたも満塁とし、大井が中越えの二塁打を放って2点を獲得。投手交代の後、梶野の右前適時打で2点を追加。7番・大橋篤志の左前打で1点を加え、8番・野口智生の右前打で2死一・三塁とすると、ダブルスチールでさらに1点をもぎ取った。

2回裏土浦日大無死満塁、大井が2点二塁打を放つ

3回は四球2つと敵失で無死満塁から、大井が右翼線へ三塁打を放ち走者一掃、梶野も右翼への犠牲フライで1点を加え、この回4点を獲得。4回は1番・西澤丈が左前打で出塁し盗塁で二進、中本の放った内野ゴロは一塁手が捕球できず、その間に西澤が生還。この回もスコアボードを裏返すことができた。

この試合、大井は長打2本で5打点、梶野は2安打1犠飛で6打点。中軸以外でも足を使った攻撃などで点を稼いだ。3番に座る中本主将は「自分の後ろに2人いい打者が控えているので気負わずにできる。どこからでも点が取れる打線。ただし点差が離れていても、夏は1点から流れが変わることもある。最後まで自分たちの野球を貫き通すことが大事」とコメント。梶野に対しては「2年生だが思い切りがいい。気負いすぎず自分のスイングをしてくれた」と評した。

1回表古河一1死二・三塁、三塁手・石崎が三走を挟殺。捕手・大橋

小菅勲監督は「打撃陣はミート主体にコンパクトなバッティング。ヒット8本は決して多くないが、四球を生かしてつながりある攻撃ができた。各自が個性を出し、一つのチームとして戦える集団になってきた」と目を細める。

先発の笹沼隼介は3回を投げて2被安打1四球2奪三振。もちろん無失点だ。初回は味方のエラーもからみ1死三塁のピンチを迎えるが、スクイズを外して飛び出した三走を挟殺し、次打者を中飛に打ち取って切り抜けた。4回は2番手の山崎奏来が1被安打1四球1奪三振、5回は3番手の小島笙が2被安打2奪三振でいずれも無失点。

先発し3回を好投した笹沼

「笹沼は調子を上げてきているので背番号にとらわれず起用した。点が入ったので他の選手も積極的に投入することができた。好調な旬の選手や生き生きとした選手を使いながら見極めたい」と小菅監督。

笹沼は「初戦ということで緊張した。0点に抑えたい気持ちもあったが、チームメートから『点を取られても取り返してやる』と言われ、仲間を信じて自分のピッチングができた。次もいままでやってきたことを信じて、自分らしいピッチングがしたい」と振り返った。(池田充雄)

満員の応援席へ勝利の報告に向かう土浦日大ナイン

➡土浦日大 小菅監督の監督インタビューはこちら

登録増やすため まずは制度を知って【里親1000人へ】㊥

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フォスタリング機関である「さくらの森乳児院」の増子さん(左から3番目)と担当スタッフたち

里親登録1000人プロジェクト

里親のリクルートや研修、マッチング、支援などを行うフォスタリング(里親養育包括支援)機関の一つで、社会福祉法人同仁会(塩沢幸一理事長)が運営するつくば市高崎の「さくらの森乳児院」で里親リクルーターとして活動する増子洋一さん(44)は「里親登録を増やすためには、まずは制度を知ってもらうことが必要」だと話す。

増子さんら県内のフォスタリング機関が協力して始めたのが、「茨城県里親登録1000人プロジェクト」だ。地域のドラッグストアや漫画喫茶、スーパーなどの協力を得て待合スペースで説明会を開いたり、ポスターを設置したりしている。SNSでの発信も活発だ。

県内各地の商店などに掲示されている里親の啓発ポスター

増子さんは、里親には4つのタイプがあると説明する。一般的に里親として最も認知されているのが、子どもが自立するまでの一定期間を一般家庭で養育する「養育里親」。原則、子どもが18歳になるまでと養育期間は最長だが、大学進学などを理由に22歳まで延長することもある。養育里親のうち5、6人の里子を受け入れるグループホームをファミリーホームという。虐待によって心身が不安定だったり、障がいがあったりする子どもを専門的な研修を受けて養育するのが「専門里親」。その他、養子縁組を希望する「養子縁組里親」、里親制度を活用して親族が養育する「親族里親」がある。

現在、何らかの理由で家庭で暮らせない子どもは全国に約4万2000人いるとされる。そのうち施設で暮らす子どもは約8割で、里親家庭で暮らすのは2割ほど。国は「家庭で育つことが望ましい」として、2016年に「新しい社会的養育ビジョン」を策定。29年度までにすべての自治体で保護を必要とする乳幼児の75%以上、学童期以降の50%以上が里親に委託されるよう求めている。

短期で受け入れる里親を増やしたい

活動の成果もあり、さまざまな形で里親を希望する人が増えつつあると増子さんは話す。「養子縁組を中心に考える人、実子がいて2人目の子は社会貢献の意味で里子を迎えようと考える人もいる。単身者でも『1人でもできませんか?』と質問する方もいる」。目立つのが30代や40代の希望者だという。「血縁にこだわらず、柔軟に多様な家族の形を考える若い世代が増えているように感じている」と語る。

現在、フォスタリング機関により、週末や月に数日間など、短期で受け入れが可能な里親の募集もしている。理由の一つが、子どもの委託を受けている里親を支えるためだ。増子さんは「虐待を受けた子どもを養育するのは大変な面がある。他の里親さんに一時的に子どもを預けて休息を取るレスパイトケアも必要」と語る。

もう一つ理由として、増え続ける子どもへの虐待予防を挙げる。各自治体では、一般家庭の子育てを支援する事業として、ショートステイを行っている。病気にかかったり育児に疲れたりして、保護者が子どもを養育できない状態にある時に、児童養護施設や里親家庭に子どもを一時的に預ける制度だ。育児の負担を和らげるだけでなく、必要な支援とつながる一歩になることも期待されている。

増子さんは「家庭の中で『虐待』になってしまう状況をどう食い止められるのか。未然に防ぐためにも里親さんに協力してもらうことが重要。地域で子どもを守るために、地域ぐるみで協力できる体制を整える必要がある」と話す。

また「年齢による体力的な心配や、実子がいることなどから長期間の受け入れは難しいという方、夫婦の時間、仕事、生活も大切にしていきたいという方が、短期間の里親を始めるケースも増えている。長期を見据えてまずは短期からという方もいる」とし、「子どもは家庭的な環境で健全に成長するというのが改正児童福祉法でも明示されており、虐待で保護される子どもがより家庭に近い環境で暮らすためには里親が必要になる。1人でも多くの方に、里親に登録してもらえたら」と語る。

続く

里山の暮らしを学ぶ《デザインを考える》10

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背負子(しょいこ)

【コラム・三橋俊雄】私は1997年に職場を京都に移し、主に丹後半島の農山漁村を中心として「里山の暮らしを学ぶ」活動を続けることにしました。今回は、赴任して数カ月後に訪ねた、宮津市北部・奥波見(おくはみ)集落の桶(おけ)職人Yさんご夫妻についてお話しします。

京都府立丹後郷土資料館の案内で、Yさん宅に向かいます。天橋立を通り過ぎ、山間の集落入り口で車を降りて急な山道を登ると、深紅の彼岸花が盛りでした。狭い切り通しを過ぎた突き当たり、杉林の手前にYさん宅がありました。

Yさんご夫妻との出会い

玄関脇の水場には、小ぶりの木桶に山から引いた清水が張られ、中に小粒の栗が漬かっています。軒下には、大きな笊(ざる)に、この地方独特の細長いナスと厚肉のピーマンが並べられ、箕(み)にはインゲンに似た野菜が干してあります。静かです。暮らしの気配は感じられますが、案の定、家にはどなたもおられません。

裏山の小道を登って行くと、小さな畑が広がり、奥さんのHさんが畑仕事の最中でした。ひとしきり、畑の作物の話を伺ってから家に戻り、土間から座敷に上がると、間もなく、桶づくりのタガに使う山竹を手に、ご主人のTさんが帰ってきました。その日は、桶づくりの話ではなく、里山の生活全般についてお話を伺うことにしました。

Hさんの冬場の仕事は藁(わら)仕事と筵(むしろ)織りです。

藁仕事は、ひと冬に草履20~30足、背負子(しょいこ)のオイソ(背負い綱)を人から頼まれて6つほど作るそうです。藁を丸めてオイソをこすり、つやとなめらかさを出す「コスリ」の作業が、なかなかつらいとのこと。また、背負子の背当て部分の縄綯(な)いも行います。写真の背負子は、木部をTさん、藁部をHさんが作られました。

筵織りは、まず藁打ちをして、縦糸になる藁縄を60尋(ひろ)綯(な)います(1尋は両手を左右に伸ばした指先から指先までの長さです)。さらに、両側の太めの縦糸(ミミナワ)を綯います。横糸には、長さ1メートル以上のモチイネの藁を用います。横糸の藁が短く途中でつなぐと、できた筵に穴が空いてしまうからとのこと。1枚織るのに3日を要します。

「足るを知る」生き方

集落の共同作業についてもお聞きしました。「クロアゲ(雪が消えたころの、たまった落ち葉の溝掃除)」や「集落の植林(杉の枝打ち、下刈り、植林)」「田んぼの水路掃除」などは村中で行う「総仕事」でした。

10月の秋祭りはまだ続いていましたが、田植えの後に行う「サナブリ(ご苦労さん会)」は止めてしまった家もあるようでした。

「地蔵盆」「2月2日の火祭り(Tさんが4歳のころに村中が火事になり、それを忘れないように皆で話をする)」「9月1日の風日(台風がひどかったことを思い、仕事を休む)」「虫送り(太鼓をたたいて、ヌカムシオクッタ、フネガタニオクッタと叫ぶ)」「キツネガリ(キツネガエリイッソウロウと言ってキツねを追い出す)」などの年中行事は、今では行われないとのことでした。

Yさんご夫妻とは、その後10年以上のお付き合いをさせていただき、「自給自足」の暮らし、「足るを知る」生き方などについて学ばせてもらいました。(ソーシャルデザイナー) 

霞ケ浦、太田一に勝ち越しサヨナラ【高校野球茨城’24】

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9回裏 生還しサヨナラ勝ちを決めた霞ケ浦の三塁代走・森田瑞貴(撮影/高橋浩一)

第106回全国高校野球茨城大会は8日目の15日、2会場で2回戦4試合が行われた。J:COMスタジアム土浦の第1試合にはシード校の霞ケ浦が登場。太田一を相手に接戦を繰り広げ、9回裏に代打・大石の犠牲フライでサヨナラ勝ちを収めた。霞ケ浦の3回戦は18日、鉾田二と対戦する。球場は未定。

2回裏 霞ケ浦1死一・三塁、片見が右前へ先制打を放つ

霞ケ浦は2回に2点を先制。先頭の4番・羽成朔太郎が四球で出塁し、送りバントの後、6番・四條好誠の左前打と、7番・片見優太朗の右前打で先制点を挙げた。その後、2死満塁から四球押し出しで1点を加える。

霞ケ浦の先発は飯田創太。守備のリズムを考えて淡々とテンポの良いピッチングを心掛け、7回までを5奪三振1四球2安打に抑えた。ストレートを主体に右打者にはカーブ、左打者にはツーシームがよく決まった。

好投で試合をつくった霞ケ浦の先発、飯田

追加点が欲しい霞ケ浦だが、なかなかその機会が回ってこない。チャンスらしいチャンスとなったのは4回。先頭の片見が四球で出塁し、2者が三振に倒れた後、1番・谷田貝優の打球は中堅へのポテンヒット。守備のもたつきに乗じ2死二・三塁としたが、2番・荒木洸史朗が見逃しの三振に倒れた。

「9番の飯田に代打を出す考えもあったが、彼を4回で降板させるのもどうかと思い、引っ張ったことで追加点が取れなかった。自分の思い切りの悪さから苦しいゲームになった」と高橋祐二監督。

その後、霞ケ浦の攻撃はますます単調になっていく。早いカウントで手を出してゴロアウトを連発。そうこうしているうちに8回表に同点に追い付かれる。飯田はそれまで低めに決まっていた球が浮き始め、三塁打を含むヒット3本を浴びて2点を失い、ここで2番手の眞仲唯歩に交代。8回裏の攻撃では取り返そうと気負ったか、3人が大振りのフライを3発打ち上げて終わった。

9回裏霞ケ浦1死満塁、サヨナラ勝ちを決めた大石の右犠飛

9回裏の攻撃は、先頭の片見が中前打で出塁し、暴投と送りバントで1死三塁。眞仲が四球を選び、谷田貝が申告敬遠で塁を埋めると、代打の大石健斗が登場。「満塁で出番が回ってきて、自分が決めてやろうと打席に立った。相手投手はアウトコースの直球が主体で、2球目にその通りの球が来た。少し力んでしまいポップフライかと思ったが、意外と伸びてくれた」と大石の振り返り。

サヨナラ勝ちが決まり、グラウンドへ飛び出す霞ケ浦の選手たち

「大石は2年生だがチームで一番信頼できる選手。冷静に打席に立ち、体が開いたりせず、ちゃんと逆方向へフライを打ってくれた」と高橋監督。彼の存在があったから、この場面ではスクイズは考えなかったという。この日はほかに2回スクイズの機会があったが、相手投手の強気の投球により2回とも失敗していた。

「勝ちきったことで次につながった。今は技術的にも精神的にもチームを引っ張る存在がいない状態だが、大石が中軸に戻ってくれば打線も変わるし、投手陣は試合をつくれる子が数人いる。選手たちが今日の内容を考え、やるべきことをやり、ちょっとずつ良い形になっていけばうれしい」と高橋監督は期待をかける。(池田充雄)

グラウンドへエールを送る霞ケ浦の応援団

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やりがい感じ、まずはやってみよう【里親1000人へ】㊤

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昨年里親に登録した恵さん

親の病気や経済的理由、虐待などで実の親と暮らせない子どもを一般家庭で育てる「里親」を増やす取り組みが、茨城県でも進められている。子どもが育つ上で、特定の大人との安定した関係の中での養育が必要だとして、国は里親への委託を増やすことを方針として掲げている。より多くの人に里親制度に参加してもらおうと、県から委託を受けた事業所らが「里親登録1000人」を目標に活動している。(全3回)

大人のためではなく子どものため

5月、龍ケ崎市在住の恵さん(44)=仮名=の家に子ども用のタンスが届いた。間もなくやってくる里子のためだ。夫婦に子どもはいない。2人の暮らしが少しずつ変化していく。

恵さんの自宅に子ども用のタンスが届いた

恵さんは2年前、里親制度説明会の案内が載っていた行政の広報誌を偶然目にして、里親になることに関心をもった。20代のころに聞いた里親経験者や施設で育った知人からの話が心に残っていた。

里親制度説明会の会場となるのはつくば市高崎の「さくらの森乳児院」だ。社会福祉法人同仁会(塩沢幸一理事長)が運営し、県から委託を受けて里親制度の普及促進とリクルート活動を進めている。

「自分たちに子どもはいないが、虐待など子どもに関するニュースに触れるたびに何かできないかと考えていた」と恵さん。夫婦共に40代を迎え「里親になるのもいいかもしれない」と思っていた。一方で「とても大きな責任が伴うこと。うまくいかなかったからといって、簡単に『止めます』というわけにはいかない。本当に自分たちにできるだろうか?」と不安があった。「まずは話を聞くだけ、行ってみようと思った」と話す。

気軽な気持ちで参加した説明会で最も心に残ったのは、里親支援機関である乳児院の職員が強調した「里親制度は子どもが欲しい大人のための制度ではなく、子どものための制度」ということだった。同時に、里子になる子には虐待を受けて心に傷を負っている子が多く、里親に馴染むのに時間がかかるという話もあった。「覚悟がいるなと思った」と振り返る一方で、里親を支える仕組みがあることに勇気づけられた。

里親支える仕組みがある

里親が子どもの養育に悩んだとき、里親支援専門相談員という職員にいつでも相談することができるとの説明もあった。一時的に、他の里親に子どもを預けるレスパイトといった制度もある。定期的に開かれる里親サロンでは、里親同志の交流も生まれている。子どもを委託される前には、地元自治体の担当課や地域の福祉事業所、学校、保育所など、子どもに関わる人たちと顔合わせをする里親応援ミーティングも開かれる。手当ての支給もあり、経済的な負担も少ないことがわかった。「子どもにまつわる問題をチームで養育に当たるのが里親の養育」という話も、恵さんの背中を押した。

「問題を抱える子どもや思春期の子どもへの対応や、これまでの生活がどう変化するのか予想がつかず不安もあったが、それ以上にやりがいも感じた。でも、まずはやってみよう」と夫と話し合い、座学や児童養護施設などで6回の研修を経て、里親として登録をしたのが昨年10月のことだった。

恵さんの部屋には、施設でのマッチングのために夫婦で用意したエプロンがある

その後、児童相談所から恵さん夫妻に里子の委託に向けた連絡があり、今年3月から里子を受け入れるために子どもが暮らす施設を週に2、3度訪ね、一定の時間を共に過ごしながら子どもとの関係を作るためのマッチングを進めている。

その間、施設職員から受けるサポートに「子育て経験がない中で、とても安心して子どもに向き合うことができた」と話す。順調に進めば、7月中に里子を委託される予定だ。「まだ不安も大きいが、楽しみもある。他の里親さんからのアドバイスもとても貴重でした。周囲に頼りながら子どもと向き合っていきたい」と話す。

続く