金曜日, 4月 4, 2025
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閉まるシャッターと接触し来庁者が顔面打撲 つくば市役所

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つくば市役所

つくば市は14日、同市役所本庁舎1階ロビーで13日午後4時45分ごろ、歩行中の来庁者が、受付時間終了の4時30分に合わせて閉鎖作動中だった防犯シャッターに接触し、顔面に打撲を負う事故があったと発表した。

市管財課の発表によると、けがを負った来庁者に対し、市の保健師が応急措置を行い、医療機関への受診を促した。市は引き続き通院状況に応じた適切な対応をしていくとしている。

通常、防犯シャッターが閉まる時は、市が警備を委託している会社の警備員が安全確認を行うところ、事故時、シャッターが完全に閉まる前に警備員が持ち場を離れ、安全確認を行わなかったとしている。

市は、警備を委託しているビルメンテナンス会社のともゑに対し、安全管理を徹底するよう改めて強く指導したほか、市としても庁舎の安全対策に努めていくとしている。

貴重な野生種、最新の園芸品種など500点を展示 16日から「つくば蘭展」

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空中で栽培されるラン。7割が着生植物といわれる

筑波実験植物園

世界有数の野生ラン保全施設である国立科学博物館 筑波実験植物園(つくば市天久保)で16日から、企画展「つくば蘭展」が開催される。同園が保有する「つくばコレクション」のうち開花中の貴重な野生種約200 点と、協力団体が丹精込めて育てた普段見ることのできない最新の園芸品種や失われつつある貴重な古典品種など300点の計500点を公開する。

今回は、学習帳の表紙を撮り続けたことで知られる写真家で自然ジャーナリストの山口進さん(2022年逝去)の渾身の力作「ランと昆虫の共生をとらえた」の追悼展示や、オーストラリアやヨーロッパの野生ランの実物も展示する。

バケツランの写真の前で説明する遊川知久さん

同館植物研究部 多様性解析・3保全グループ長の遊川知久さんによると、ラン科植物はキク科と並んで種類が多く、2万8000種の野生種がある。その姿は多様性に富み、一目ではラン科とはわからない種もある。見分ける方法は、特殊化した花弁と花粉、小さくて軽い種子、クッションのような根などの特徴だ。7割は着生植物で木の上で生活している。身近にもラン科の植物がいて、ネジバナなど普段雑草とし扱っている繁殖力の高い種類もいるという。

研修展示館入口付近に展示するのが、バニラの木。バニラもラン科だという。メキシコ産のバニラ・プラキフォリア、バニラアイスなどでおなじみの香りを持つ。遊川さんはボルネオ産のバニラ・ボルエンシスを比べて、おびき寄せる動物の違いでも匂いが変わってくると説明する。

メキシコ産のバニラ・プラキフォリア(中央左)とボルネオ産のバニラ・ボルエンシス(同右)

教育棟では、山口進さんによるランと昆虫の共生をとらえた貴重な写真のほか、虫をだまして命をつなぐオーストラリアやヨーロッパの野生ランの実物を展示する。熱帯資源植物温室では、つくば洋蘭会など愛好団体が育てた園芸品種など、研修展示館では筑波実験植物園のコレクションから世界の美しく、珍しい花を200点展示する。

遊川さんは「故山口進さんの写真は、何週間もかけて撮られたとても貴重なもので、ランと昆虫の不思議な共生のストリーを味わって欲しい」と来場を呼び掛ける。(榎田智司)

◆企画展「世界のランが大集合!つくば蘭展」は16日(日)~23日(日)、つくば市天久保4-1-1、筑波実験植物園で開催。開園時間は午前9時~午後4時30分(入場は4時まで)。関連イベントとして、植物園研究最前線と題した講座や、展示ガイド、オンライン講演会、栽培講座、持ち込み相談コーナー、鉢植え販売などのイベントも開催される。会期中無休。入場料は一般320円、高校生以下と65歳以上は無料。障害者手帳所持者とその介護者1人無料。つくば蘭展のホームページはこちら。詳しくは電話029-851-5159(同園)へ。

天才たちの老後(2)天賦の才《看取り医者は見た!》38

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写真は筆者

【コラム・平野国美】今回は私が看た患者さんの話です。優秀な元物理学研究者でしたが、人付き合いが極度に苦手でした。引退後は引きこもるようになり、妻の作る食事にほとんど手を付けず、風呂を嫌がり、髪やひげも伸び放題でした。認知症を疑った妻は、認知症外来に連れて行きましたが、検査で簡単な引き算問題が出たところで診察室を飛び出し、外出を拒否するようになったというのです。

引きこもる部屋をのぞくと、椅子に座って寝ていた彼が「かっ」と目を開いて一心不乱に数式を書き始めたのです。その姿は不気味でしたが、どこか神々しくもありました。本人とはなかなか話せず、妻からこれまでのことを聞き出すと、若いころから奇行があったそうです。部屋にこもって数式を解いていて、食事を受け付けないこともたびたびあったそうです。

この日は、部屋にあったノートやメモ書きを少しもらって帰りました。この方は認知症なのだろうか? 紙に書かれた数式は落書きなのか? 何かを意味するものなのか? 高校の数学が赤点だった私にはまったくわかりません。

ところが、パソコンを使って、今はやりの人工知能に、ノートに書かれた数式を読み込ませると、「ロジスティック成長モデル」「ロンドン」「マクスウェル方程式」といったキーワードが出てきます。数式が合っているのか間違っているのか分かりませんが、何か意味のあるものが書かれていることは間違いなさそうです。

ある日の昼過ぎに診療に出向くと、やはり何かを解こうとしています。私と目さえ合わそうとしないので、その日のラスト診察に順番を変更して、夕方に再度出向くと、まだ計算をしておられました。1時間後、鉛筆を置いたところで、「解答は出ましたか?」と話し掛けました。

すると「解答は初めから分かっている。問題は、この数式が何を表現しているか? 美しいか? 醜いものか? そこなんだよ」と、神々しい答えです。「先生は頭が衰えているわけではないですね?」と話しかけると、「いや、大分衰えてきたよ。昔は紙と鉛筆を持たずに頭の中だけで完結できたからね」。おそらくこれが真実なのでしょう。

幼いころから難聴があり、ご両親は心配されたようです。しかし、独特の感性を認められて研究所に入ったようです。奥様の話では結婚し一緒に生活して、あまりに社会性や常識がないので驚いたそうです。金銭欲も出世欲もなかったそうです。

この方を認知症と呼ぶわけにはいかないと思います。この方とお会いしたあと、分野は違いますが同じタイプの方とお会いしました。そして私は、Gifted(ギフテッド、天賦の才)という言葉にたどり着きました。(訪問診療医師)

「サービスとエリアを拡大」 J:COM茨城の海老澤社長【キーパーソン】

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海老澤孝一さん

ブランド名「J:COM茨城」の土浦ケーブルテレビ(本社・土浦市真鍋)は元々土浦地区を対象にしたケーブルテレビ会社として発足したが、今では県南を中心とした13市町村にサービスエリアを拡大、テレビ番組の放送だけでなくインターネットを活用する各種サービスを提供する会社になっている。サービスメニューとエリアを広げる戦略について海老澤孝一社長に聞いた。

ネットがサービスの柱に

本社は「つくば霞ケ浦りんりんロード」沿いに建つビルの中にある。裏手にはJ:COMロゴ入りの軽自動車を止める駐車場が確保され、県南地区へのサービス提供に出動できる体制が整っていた。

発足時(1983年)と現在の違いを聞いたところ、「元々ケーブルテレビ事業者、つまり電波障害を解消する補完メディアとしてスタートした。その後、インターネットによる通信サービスを事業に加え、今ではネットに付随するインフラを地域に提供する会社。メディア事業者として地域密着のテレビ番組も情報発信しており、生活インフラサービスとメディアとして地域情報を提供する特異な会社と言える」

サービスメニューは豊富で、電信柱経由で各戸に引き込まれた同軸ケーブルと、光ファイバーを使った①多チャンネルテレビ②インターネット接続③固定電話のサービスをベースにしながら、④ネット経由の防犯カメラ設置⑤住宅への太陽光発電パネル付設⑥電気・ガス・格安スマホ・小額短期保険の販売―にまで手を拡げている。

ケーブルは光ファイバー化

ユーザーとの契約は、インターネットとスマホは増えているものの、多チャンネルテレビは横ばい、固定電話は減少傾向にある。一方、アマゾンプライムビデオ、ネットフリックスなどの動画サービスを高速・大容量ネットで視聴する若者層が増えていることから、同軸ケーブル網を光ファイバー網に切り替えている。

工事は2024年夏から始まっており、サービスエリア(J:COM契約が可能な23万世帯)の光ファイバー化の完了は27年春になる。投資額は25億円という。

水戸地区でもサービス展開

光ファイバー化は、ベースになるサービスの強化、ケーブルを活用した新サービスの提供を狙ったものだが、対象エリアも広げている。自社ケーブルだけではなくNTTの光ケーブル網を借り受け、インターネットと固定電話の契約に絞って、今年から水戸・笠間エリアでもサービスを開始したそうだ。

「茨城はケーブルTV事業者が少ない。県庁所在地に事業者が存在しない唯一の県。事業者が存在する日立、県西、つくばの各エリアには進出しないが、今後は県央、県北、鹿行の各エリアには(他社ケーブルを借りる形で)出て行く」

言い換えれば、フルサービス地区の市町村(かすみがうら市、つくばみらい市、つくば市茎崎地区、阿見町、美浦村、牛久市、取手市、守谷市、常総市、石岡市、土浦市、利根町、龍ケ崎市)に安住することなく、メニューを限定して他エリアにも事業を拡大するということだ。

番組は地域密着が基本

J:COM茨城は、県南を中心としたローカル番組を地デジ11チャンネルで、全国展開するグループ局の番組などを同10チャンネルで提供している。最後に「地域に密着するテレビ番組」について聞いた。

「地域のイベント、暮らし、安心安全情報などを取材した『ジモト・トピックス』などの番組で放送していく。好評の高校野球番組は、夏季大会の生中継だけでなく、地元チームの監督や選手への事前インタビューにも力を入れる」「昨年末には、全国37カ所で開かれた花火大会のダイジェスト版を一挙放送した。今後もこういった企画番組を通じて地元を活性化するメディアでありたい」

【えびさわ・こういち】大学中退後、小金井市民テレビ(現ジェイコム東京)入社。ジェイコム埼玉東日本常務を経て、2024年6月から土浦ケーブルテレビ社長。水戸市出身、57歳。地元資本で発足した同社は1995年からジュピターテレコム(当時は住友商事が出資、2010年にKDDIも資本参加、契約先560万世帯)のグループ会社に。J:COM茨城の契約先は6万9000世帯。売上高86億円、純利益5億5000万円(2024年3月期)。

【インタビュー後記】県南に張り巡らしたケーブルを使って各種サービスを展開。多チャンネル番組も自前チャンネル番組もこのケーブルを経由。地上波TV局がない茨城ではJ:COMの番組は貴重。番組充実と視聴エリア拡大を期待。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

文豪風入院日記④《遊民通信》108

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【コラム・田口哲郎】

前略

日に日に腸の調子が良くなってくると、だんだん気持ちに余裕ができた。自分がいる病床の周りのことに関心が向くようになる。同室ではないが、廊下を挟んで向かいの個室には長期にわたって入院している患者が入っている。長患いということは病気が軽くないのだが、意識がはっきりしていて、歩き回れる人もいるようだ。

私のベッドは出入り口に近いので、他の病室の様子がよく聞こえる。向かいの個室の患者は高齢男性である。声が大きいので、元気そうなのだが、どうやら腹部の腫瘍をとる手術を行い、そのまま療養しているようだ。その患者は夜になると何度かナースコールを鳴らす。

看護師が駆けつけて、どうしたのか聞くと、「娘がそこにいるだろう?」と必ず言う。看護師が娘さんは今はいないと答えると、そうか帰ったのか、と納得する。同じやり取りが毎夜、繰り返されていた。

昼間、私が談話スペースにある自動販売機に水を買いに行くとき、ナース・ステイションのカウンターで、男性が「娘が来るはずなんだが」と看護師に聞いていた。看護師は娘さんが来る予定は今日ないよ、と丁寧に応対していた。私は声だけで知っていた男性の姿を初めて見た。やさしそうで、気さくな感じである。私の入院中、その男性がステイションで同じようなやりとりをしているのに何度か遭遇した。

家族的な人の存在

その男性患者がどんな病気なのか詳しく知る由もないし、家族関係がどうなのかもわからない。でも、男性が娘さんを待っているのは事実である。至れり尽くせりの医療を受けて、体は回復しているが、元気になってくると、心もはっきりとしてきて、体と同じように癒しを求めるのかもしれない。

ふと、人間にとって必要なものは何なのかを考えた。真っ先に浮かぶのは、衣食住であろう。それが満たされて、もし病気になっても、健康が回復し、必要になってくるのは家族あるいは家族的な人の存在なのかもしれない。

私は男性がさびしそうだとか、哀れだとかは思わなかったが、それでも早く娘さんに会えれば良いと思った。結局、私が入院している間、娘さんは現れなかったのである。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

新たに5課で残業代未払い つくば市 全庁調査結果

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つくば市役所

生活保護業務などを担当するつくば市社会福祉課職員に対し、残業代(時間外勤務手当て)と特殊勤務手当ての未払いがあった問題を受けて(24年5月9日付)、他の課にも同様の未払いなどがなかったか、同市が昨年6~7月に全庁的な調査を実施した結果、新たに社会福祉課以外の5つの課で残業代未払いなど不適正な労務管理があったことがわかった。12日の市長定例会見で明らかにした。

市人事課によると全庁調査の結果、不適正な労務管理として職員から「(時間外勤務を)1時間以上やらないと(手当てが)付かない」「夜7時以降(の勤務)でないと付かない」「所属長に(時間外勤務手当ての)申請が認められない」など課の慣習や所属長の認識不足に関する回答が寄せられたという。

全庁調査は昨年6~7月、非正規職員を含む約3900人を対象に、実名で回答することを条件に庁内のネットワーク回線でアンケート調査を実施し、1203件の回答があった。そのうち不適正な労務管理があったと回答した職員にヒヤリングなどを実施し、新たに5つの課で残業代の未払いがあったとした。

今後は5つの課の職員を対象に、法的に未払い分を請求できる過去3年間にさかのぼって、対象人数や未払い時間などについて調査するとみられる。5つの課の名称は現時点で未公表。

一方、市社会福祉課職員に対する特殊勤務手当てと残業代未払いのうち(25年3月6日付)、まだ支払われていない残業代の支払い対象者は14人だとした。支払い時期について市人事課は、25日が最終日の市議会2月会議に未払い金の遅延損害金の議案を追加提案するのは難しいとし、できるだけ早期に支払いの手続きを進めたいとするにとどまっている。(鈴木宏子)

「楽しむことを諦めないで」インクルーシブ映画上映会 30日 つくばで

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過去に開催されたAYAインクルーシブ映画上映会の様子(NPO法人AYA提供)

大きな声を出しても、動き回ってもOK

病気や障害を理由に、楽しむことを諦めないでー。そんな思いから生まれた「AYAインクルーシブ映画上映会 」が30日、つくば市稲岡、イオンモールつくば内の映画館 USシネマつくばで開かれる。上映作品は、映画ドラえもんシリーズ45周年記念作品の「のび太の絵世界物語」。イベントを企画したのは、医療的ケアが必要な重い病気や障害のある子どもと家族らがスポーツや芸術、文化を体験する場を提供するNPO法人AYA(東京都)だ。代表理事で医師の中川悠樹さん(41)は「会場では大きな声を出しても、じっとしていなくてもいいし、医療機器のアラーム音が鳴っても大丈夫。医療従事者もいる。大きなスクリーンで見る映画は絶対に楽しいはず」と来場を呼び掛ける。

体験を諦めざるを得ないのは社会課題

NPO法人AYA代表理事の中川悠樹さん(同)

AYAは2022年の団体設立以来、「健常の子どもが体験することを、病気や障害がある子どもにも体験してもらいたい」という思いから、スポーツ観戦や、小笠原諸島での海水浴等、多数のイベントを企画してきた。映画上映会は、過去の企画に参加した病気を持つ子の母親の声がきっかけだった。

「2000円握りしめて劇場に行けば映画が楽しめる、と言うのが一般的な感覚。でも私たちの社会には、周りの環境が整わずに映画にすらいけない人がたくさんいる」と中川さん。理由は、病気や障害の重さや、スロープやバリアフリートイレの有無だけでない。大声が出る、歩き回ってしまうなどの特性や、人工呼吸器のアラーム音、吸引機の機械音などが周りの迷惑になるのでは、という不安からくる遠慮があると言う。「『これがしたい』と思うことすら諦めている当事者や家族がいる。子どもたちがいろいろな体験を諦めざるを得ないのは社会課題」だと中川さんは指摘する。

上映会ではあらかじめ参加者に「医療機器のアラームが鳴る」「声を出したり動き回る」ことがあると周知し、歩き回っても足元が見えるよう照明を明るめに設定する、医療従事者を最低1人必ず会場につけるなどし、参加者が安心して映画を楽しめるよう配慮する。

環境さえ整えば体験できる

2023年に神奈川県川崎市で最初の上映会を開催した。その後、協力の輪が広がり、24年3月から6月にかけて「AYAインクルーシブ上映会2024春」を開き、全国11都府県で13回の上映会を実施し、延べ2056人が参加した。同年8月から10月の上映会では12劇場で約2000人が来場した。今年1月から3月初旬にかけても全国10か所で映画「モアナと伝説の海2」を上映した。参加者からは「家族で映画館に行けると思っていなかった」「兄弟にも我慢させてたけど、初めて家族で行けた」などの感想が寄せられているという。今回の上映会は、3月22日から6月15日にかけて、つくばを含む全国22か所で開催する予定だ。

中川さんは「いろいろなことを子どもに体験させたいと思う親は多いはず。体験する環境が社会に整っていないのが、今」だと話す。その上で「実際に映画を見て楽しんでいる姿を劇場の人に見せることで、劇場をより使いやすいものにしたいと思ってくれれば。実際に『これ、またやりましょう』と言ってくれる劇場の方もいる。病気や障害のある人を受け入れる事業者のハードルを下げることも我々の役目」だと話す。

「病気や障害を理由に諦めてしまう体験はゼロにしていきたい。周りの環境さえ整えば、病気、障害があっても体験できることはある。私たちの活動がきっかけになり、当事者や家族の方たちが社会に参加するきっかけになれば」と中川さんは思いを語る。(柴田大輔)

◆「AYAインクルーシブ映画上映会 in つくば」は3月30日(日)午前10時から上映開始。場所は、つくば市稲岡66-1イオンモールつくば2F、USシネマつくば。料金は、車いす席は全年齢1000円、一般席は3歳以上が1000円。2歳以下の子どもは保護者の膝上で鑑賞の場合は無料。事前申し込み制で、NPO法人AYAの公式LINEより申し込む。締め切りは19日(水)。応募多数の場合は抽選となり、抽選結果は24日(月)に応募者にLINEで連絡する。詳細は公式イベントページへ。

武谷三男著「市民の論理と科学」《ハチドリ暮らし》47

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写真は筆者

【コラム・山口京子】前回コラム(2月11日掲載)で触れたように左足を骨折して、病院に行くほかは家の中での生活となりました。図書館にも本屋にも行けず、家にある本を読み直しています。久々に本棚を見ると、古い本が並んでいます。結婚、引っ越し、リフォームの際にかなり処分しましたが、捨てられなかった本です。あとで読み直そうとしたのでしょう。本棚に眠っていた本を手に取ってみました。

その中の1冊を取り上げます。1975年に出版された「市民の論理と科学」(武谷三男著、筑摩書房)です。「人権の哲学」のために、日本的無責任の論理を生みだすもの、技術とはなにか、市民の論理と科学、という4章から成っています。

著者が理論物理学者・哲学者だと略歴で知りました。当時の公害と闘う市民運動を支援していて、運動の根本は人権を守る闘いであると述べています。人権の論理を据えることで、様々な出来事がどんなふうに見えてくるのか語っています。

技術革新については、戦時中の戦争技術を平和的利用に転換することが基本的な性格であり、そもそも技術は乱暴な性格を持っている、現代技術は大量生産・消費の上に乗っかっており、エネルギーも大量に消費する、そうしたことを踏まえると戦時のやり方を戦後産業にそのまま持ってきたわけで再考の余地がある―と。

公害と地球汚染への視点

安全性という概念を元にすること、公害は結果であるから起こってしまったらもうおしまいだ、安全が確認されていないことはやってはいけない、疑わしいものは止めろというのが人権を守る原則だ―と。公害や労災の認定については、その原因以外で病気になったと証明ができない限り、その公害が原因であると認定するのが人権の立場である―と。

地球汚染については、GNP(国民総生産)に比例して地球が汚染されたのだから、GNPに比例した世界税を徴収して、まだ汚染に加わっていない諸国民の発展のために使え―と。「人権という言葉と実態を掘り下げ、市民として活動して切り開こう」ということでしょうか。これからの社会や人間を考えるにあたり、深い意味が込められた本だと思いました。(消費生活アドバイザー)

住民15人が最高裁に上告 鬼怒川水害訴訟 

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記者の質問に答える(左から)只野靖弁護士と、原告団共同代表の片倉一美さん=東京高等裁判所司法記者クラブ

2015年9月の鬼怒川水害で、常総市の住民が甚大な被害に遭ったのは国交省の河川管理に落ち度があったためだなどとして、住民らが国を相手に起こした国家賠償訴訟で、二審判決を不服とした住民15人(法人1社を含む)が11日、最高裁に上告した(2月26日付)。

2月26日に出された二審の東京高裁判決は、住民側が、高さの低い堤防の改修を後回しにしたことが水害被害を受けた上三坂地区の堤防決壊につながったと主張したのに対し、「国の改修計画は不合理とは言えない」とし、国に責任があるとした住民の訴えを退けた。

一方、越水による水害被害を受けた若宮戸地区については、住民側が、太陽光パネル設置を目的に民間事業者が砂丘林を掘削し、自然堤防となっていた砂丘林から堤防の機能が失われたのは、同地域を「河川区域」に指定し開発を制限しなかった国に責任があると主張したのに対し、一審は住民の主張を認め、若宮戸地区の住民9人に約3900万円の損害賠償を支払うよう国に命じる判決を出した。これに対し住民も国も双方が控訴し、二審も国の責任を認めたものの、住民への賠償金額が一審から約1000万円低い約2850万円となった。

住民側の只野靖弁護士は上告審について「上三坂地区は国の責任が認められていないので、そこを争う。若宮戸地区は責任は認められたが賠償金額を削られたのは不当だと主張する」と説明した。

原告団共同代表の片岡一美さん(71)は「国民の生活を守るのが国や司法の役目」と話し、「(堤防が低かった)上三坂地区の堤防が真っ先に改修されていたら、私たちのような被害者は生まれていなかったし、亡くなる人もいなかった」とし、「一番怖いのは堤防が決壊すること。決壊する原因の9割は、越流(水があふれること)だ。常識的に考えれば、堤防で問題になるのは幅より高さで、低いところから改修するというのは単純明快。国のやっている河川行政はおかしい」と上告審への思いを語った。

鬼怒川水害では、豪雨により常総市内を流れる鬼怒川の堤防の決壊や越水があり、市内の約3分の1が浸水した。同市では、災害関連死を含めて15人が亡くなり、住宅被害は全壊53軒、半壊5120軒、床上浸水193軒、床下浸水2508軒に及んだ。(柴田大輔)

「地層に弱点、絶対に再稼働ダメ」脱原発など訴え市民団体がつくばで集会

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「福島を忘れない」などの横断幕を一斉に掲げる参加者

3.11から14年

東日本大震災から14年が経った11日、「さよなら原発!守ろう憲法!」と題した昼休み集会&パレードがつくば駅前のつくばセンター広場で開かれた。市民団体「脱原発ネットワーク茨城」共同代表の小川仙月さんが登壇し「東海第2原発は地層に決定的な弱点がある。絶対に再稼働してはダメ」などと訴えた。

市民団体「9条改憲NO!市民アクションつくば連絡会」と「『東海第二原発いらない首都圏ネットワーク』つくば」が主催した。東日本大震災翌年の2012年3月11日から、毎年開催している。約60人が参加し、集会後つくば駅周辺をデモ行進した。

小川さんは、原発が立地する地層について「ほとんどの日本の原発は海岸線の半島の先端に立地し、『解放基盤面』という固い地層の上に立っている。例外は東海第2原発と柏崎刈羽原発。東海第2原発は地表からマイナス370メートルのところでないと解放基盤面に相当する固い地層が出てこない。地層に決定的な弱点がある。防潮堤問題も本質的な問題は地層。原発を建ててはいけないところに建てた」などと話した。

東海第2原発の地盤について話す小川仙月さん

震災当時、8歳と3歳の子どもを連れて福島県いわき市から自主避難し、現在都内で暮らす「福島からの避難生活を守る会」の鴨下美和さん(54)と長男の全生(まつき)さん(22)もスピーチした。美和さんは、14年経っても続く避難者の苦難を語り、夫の祐也さんが大腸がんを患い昨年は10回の入院を経験したこと、心臓にも異常が見つかったことなどを話し「福島県では急性心筋梗塞で死亡する割合が全国平均の2倍になっている。不思議なことがたった今、福島で起きている」などと話した。さらに国が2017年に提供を打ち切った避難住宅から退去しなかったため、東京都から訴訟を起こされていることなどを語り「夫は心労がかさんで心も体も疲れてしまって、それでも裁判を闘わなくてはならない」などと話した。

全生(まつき)さんは、17歳の時にローマ教皇の前でスピーチした手紙を読み上げ「汚染された大地や森が元通りになるには僕の寿命の何倍もの歳月が必要。大人たちは汚染も被ばくもこれから起きる可能性のある被害も隠さず伝える責任がある。うそをついたまま、認めないまま先に死なないでほしい。原発は国策。そのため原発を維持したい政府によって被害者の間に分断が生じ、傷ついた人同士が互いに隣人を憎しみ合うよう仕向けられてしまった」などと訴えた。

14年経っても続く福島の避難者の苦難について話す鴨下美和さん(左)と長男の全生さん

主催者を代表して山本千秋さんは、石破政権が第7次エネルギー基本計画で原子力を最大限利用すると方針展開したことに対して「世界は再生可能エネルギーに切り替えていく方向で大きく動いている。日本は逆走している。日本は再生可能エネルギーの道を進んでいくべき」などと述べた。

参加者の一人で、震災の翌年から毎年参加しているという市内に住む女性(75)は「震災で亡くなった人の鎮魂と、原発を絶対に止めないといけないという思いで毎年参加している」などと話していた。(鈴木宏子)

つくばセンター広場からデモ行進に向かう参加者=つくば駅前

女性のさらなる社会参加を 国際女性デー 50カ所にミモザ

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ホンダカーズ茨城西研究学園店の店頭に飾られたミモザのフラワーアレンジメント

関彰商事

「国際女性デー」の8日から、関彰商事(本社・筑西市、つくば市、関正樹社長)グループ企業の県内外の拠点や店舗50カ所に、黄色いミモザをあしらったフラワーアレンジメントが飾られている。

国際女性デーは、20世紀初頭に行われた女性による政治参加を求める運動が始まりで、1975年に国連が女性の平等な権利を願う日として制定し、現在ではジェンダー平等の実現を目指すものとしても世界各国で様々なイベントが開催されている。黄色いミモザがこの日のシンボルとなったのは、同日を「女性の日」とするイタリアで、男性から女性に日ごろの感謝を込めてミモザの花を贈る習慣が広がったものだとされている。

セキショウホンダ(つくば市東新井 路川淳一社長)の自動車販売店ホンダカーズ茨城西研究学園店でも8日から店頭に、黄色いミモザをあしらったフラワーアレンジメントが飾られている。同店で接客全般を担うCAスタッフの成田和美さんは「入り口に花があることで、実際にお客様との会話が生まれている」と話す。

同社の雰囲気について「何かあれば『ありがとう』とあいさつをし合うなど、当たり前のことを当たり前にできている職場で、女性スタッフが頼られていると実感できる場面も多く、男女関係なく頑張ることができる」とし、「自分の希望を伝えやすい配慮があり、育休制度も取りやすい。また、制度が周知されているので、復職もしやすい。女性向けの研修もある」と社内での取り組みについて話す。

関彰商事では、社内での女性活躍を進める取り組みとして、有期雇用者の社員登用など女性を積極的に採用しているほか、管理職への登用、営業職・技術職への積極的な配属など職域を拡大している。2024年度は女性36人、男性8人が育児休業を取得している。役員、管理職に就く女性は、それぞれ2人、22人となっている。

関彰商事広報の石井雅也さんは「整備士など従来、男性比率が高い職種では、一般的に『男性の仕事』という思い込みもある。しかし女性の整備士の雇用も進んでいる。今後も幅広い職種で女性の雇用を増やしていきたい」とし、「ミモザを、販売店など地域の方が目にするところに飾ることで、国内では周知が行き届いているとは言いにくい国際女性デーをより多くの方に知っていただき、さらなる女性の地位向上へのきっかけにつなげていければ」と思いを語る。(柴田大輔)

「たなごころ」「絵ごころ」《続・平熱日記》177

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】「たなごころ」という優しい言葉があって、元は「手の心」から来た掌(てのひら)を指す言葉。この「こころ」を英語に訳そうとすると、spirit? Soul? mind? どれもちょっと違うような気がする。漢字よりもひらがなの「こころ」が似つかわしいと思う。

似た言葉に「絵ごころ」という言葉がある。日本語にはこの「こころ」が付いた言葉がたくさんあることに改めて気づく。母心、真心、幼心、気心、出来心…。

思い起こせば私自身、現代絵画に背伸びしながら首を突っ込もうとしていたころは、「こころ」なんていうおセンチな要素はあまり出番がなくて、それは当時「ナラティブ」とか「リリカル」などといわれて敬遠されたり、「メタファー」なんて曖昧な言葉でくくられたり、用語として使われる言葉はほとんどがカタカナや難しい漢字ばかり。

では、この「絵ごころ」というのは何かというと、それは俳句などの「詩ごころ」にも通じる「こころ」なんだと思う。普段何気なく見ている風景や季節、人の営みなどの中に何か見つけ、言葉にしていくような…。例えば、印象派の絵画が日本人にウケる理由のひとつは、この「絵ごころ」を感じ取れるからじゃないか。

「ええころじすと」

転じて、私が日々ダラダラと描いている「平熱日記」も、実は「絵ごころ」が描かせているのではないかと思えてきた。

そこで、「絵ごころ」というやや抽象的でモヤっとしたものと「ロジック」を合わせて、「えごころじー」というのを思いついた。ちょっと安っぽい造語だけど、我ながら気に入った。ついでに、「いいかげん」のことを私の故郷では「ええころかげん」と言うのだが、これをいい意味で「ええころじー」と名付けた。

自称「えごころじすと」とは恥ずかしくて言えないが、「ええころじすと」の資格は十分にある。

さて、国内屈指の現代絵画のコレクションで知られる川村記念美術館(千葉県佐倉市、半夏生の季節に妻とよく訪れた思い出深い場所)。折しも縮小移転が物議を醸している最中、友人に誘われるも体調不良でキャンセル。我々世代にとってのスーパースター達の絵画を「えごころじすと」の眼で改めて鑑賞したかったのだが…。

三寒四温。なじみのカフェで、温かいコーヒーの入った器に両手を添える。すると、それを作った人の「たなごころ」を感じる。「ピカソよりラッセンが好き…」というお笑い芸人のネタが頭に浮かんだ。(画家)

フルートとピアノの若手ユニット つくば 夢工房で23日コンサート

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Muses du sonの(左から)森田さんと荻さん

昨年7月水戸で結成

つくば市豊里の杜のギャラリー夢工房で23日、若手音楽家のユニットMuses du son(ミューズ デュ ソン)がマチネコンサート(昼公演)を開く。「春に舞う あたたかな風ときらめく音」と題し、春らしい軽やかで楽しいイメージの楽曲を多く披露するほか、言葉や香り、装いなどの要素を加え、空間までも表現の一つとしてデザインする。

(左から)森田さんと荻さん

ミューズ デュ ソンは水戸三高音楽科出身の2人によるユニットだ。フルートの荻美波さんは潮来市出身、高校卒業後パリ・エコール・ノルマル音楽院で学び帰国。現在は東京フィル主席フルート奏者の斎藤和志さんらに師事する傍ら、フリーランスの演奏家として活動中。能力を最大限に発揮する体の動かし方や重心位置などの身体理論「4スタンス理論」で知られるREASH(レッシュ)マスター級トレーナーの資格を持ち、同理論をフルートの指導にも取り入れている。鹿島高吹奏楽部の外部講師でもある。

ピアノの森田凪さんは笠間市出身、東京音大ピアノ演奏家コース卒業。第35回国際古楽コンクール審査員奨励賞受賞。水戸芸術館「第27回茨城の名手・名歌手たち」「プロムナード・コンサートEXTRA」などに出演。ソロや伴奏ピアニストとしての活動のほか、東京藝大別科で古楽器のフォルテピアノを学び、母校である水戸三高の非常勤講師も務める。

高校時代から互いに趣味や感性が似ていることは意識していて、「いつか一緒にやりたいね」と話してはいたが、当時はそれぞれの活動で忙しく、卒業後も年1回ほどの頻度で会う程度だった。昨年5月の再会を機に気持ちが再燃。「お互いに修業やコンクールへの挑戦などで苦しみ悩んでいた時期を抜け出して、演奏が楽しくなってきたところ。今なら一緒にできると思った」と森田さん。

昨年7月に水戸で結成記念ライブを行い、その後も都内のカフェやライブハウスなどで活動。「去年の公演はドビュッシー、武満徹、ピアソラなど自分たちのやりたいものばかりを詰め込み、クラシックになじみがない人には難しくなってしまった。今回のラインナップはサロン向けの小品などが中心で、初めての人にも楽しんでいただけると思う」と荻さん。

結成ライブの様子=昨年7月7日、水戸Girltalk

フルートとピアノというと主旋律と伴奏を連想しやすいが、この2人はそうではなく、互いに前に出たり背後に回ったりして支え合う関係。特に荻さんのフルートは、中低音で漂うような空気感を出したり、人の声や風の音を模したりといった特殊な奏法も駆使。さまざまな管楽器や打楽器も取り入れ、2人の手が届く範囲で色彩に富んだ音空間を作り上げる。

マチネコンサートのちらしデザイン。イラストはデザイン担当の森田さんが描いた

詩やイラストも手掛ける2人。今回演奏する曲の一つにはオリジナルのストーリーも付けた。「絵本を開くような気持ちで音楽の世界に入り込んでほしい」という言葉は、「空間ごとデザインする」このユニットの真骨頂といえそうだ。今後はイベント出演や子ども向けの企画なども含め、ジャンルの垣根を越えて幅広い音楽を届けたいという。(池田充雄)

◆Muses du sonマチネコンサート「春に舞う あたたかな風ときらめく音」は3月23日(日)、つくば市豊里の杜2-2-5、夢工房で開催。開場は午後1時30分、開演は2時。演目はセシル・シャミナード「コンチェルティーノ」、アンリ・ビュッセル「プレリュードとスケルツォ」、村松崇継「Earth」、小倉大志・組曲「星を掴みに出かけた音楽家たち」。入場料2000円。申し込み・問い合わせは電話090-4676-9623(夢工房)。Muses du sonのインスタグラム、X(旧ツイッター)、LINEはこちら

【お詫び】問い合わせ先の電話番号に誤りがありました。お詫びして訂正します。

ホーム最終戦、埼玉に1勝1敗 つくばサンガイア

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第3セット、サンガイア主将、架谷也斗のスパイク(緑のユニフォーム)=撮影/高橋浩一

目標のプレーオフ進出逃す

バレーボールVリーグ男子のつくばユナイテッドSunGAIA(略称サンガイア、本拠地つくば市)はホーム最終戦となる3月8、9日、日立市東成沢町の池の川さくらアリーナで埼玉アザレア(本拠地埼玉県狭山市)との2連戦を戦い、8日はセットカウント2-3で敗れ、19日は3-1で勝利した。これでサンガイアは14勝10敗で東地区3位。残り4試合で2位の埼玉に4差をつけられ、各地区2位までに与えられるプレーオフ進出の権利を逃した。

2024-25 Vリーグ男子(東地区)レギュラーシーズン(3月9日、池の川さくらアリーナ)
サンガイア 3-1 埼玉アザレア
25-23
25-21
20-25
26-24

第1セット、長谷川直哉がスパイクを決める

8日はフルセットに持ち込んだ試合を取りきれず惜敗。悔しさが抜けきれない中、選手たちは気持ちを切り替えて翌日の試合に臨んだ。9日の勝因について架谷也斗主将は「昨日よりも守備から点を取れ、劣勢から巻き返し流れを変えるプレーができた」と分析。鎌田敏弥は「昨日のフルセットの疲れもあったが、各自が自分のやるべきことを確認し、チーム全員で勝てた」と安堵の表情。

第1セットは序盤相手に先行されたが、梅本鈴太郎の2本のサービスエースなどで巻き返し、その後は拮抗した展開から最後を詰めきってセットを先取。第2セットは中盤で引き離されかけるが、鎌田と森居史和の同時投入から流れを引き戻し、またも逆転でセットを連取。その後は埼玉の追い上げに苦しみながら、今季最後のホームゲームを勝利で飾ることができた。

第3セット、畑中(14番)のブロック

流れを変えた第2セットの交代について加藤俊介コーチは「ブロックの高さを出すために2枚替えをし、それが本当によくはまった。鎌田はなかなか出番がない中、いつもいい準備をしてくれている。彼のブロックは練習でも誰もが認める素晴らしさで、今日も本当に頼りになった。森居も良いものを持っているが出場機会に恵まれず、出たかった気持ちを今日一機に爆発させてくれた」と評価した。

森居は昨年4月に順天堂大を卒業して入団。この日は「コートの様子を外から見ていて、自分が盛り上げてやろうと考えていた」という。セッターとしては雰囲気を変えることを意識し、またサーブでも回転を使い分ける得意のハイブリッドサーブが効果をもたらした。

第3セット、喜ぶ畑中

若手ではもう一人、国士館大からの内定選手である畑中大樹も攻守に活躍。昨年11月の内定以来、すでに14試合に出場しており「打つ方は自信を持ってできている一方、守備に不安があったが、今日は耐えてひと皮むけた」と加藤コーチの評。

ホーム最終戦を勝利で飾ったものの、目標としていたプレーオフ進出を逃したことについて加藤コーチは「上位のチームと大きな差はないと感じているが、うちは若い選手が多いので、勝つための経験が足りていない。そこが一番大きいし、そこだけかなと思う」と話し、「ホームといってもつくばからは遠い日立の試合に279人ものファンの方が来てくれた。つくば・土浦だけでなく茨城全体にサンガイアを認識してもらい、もっともっと推していただけるようになりたい」と期待を込めた。

「14勝」のハンドサインとともに、ホーム最終戦の集合写真。前列中央はセッターとして活躍し、MIPを受章した茂太隆次郎

今季のサンガイアの残り試合は、3月15・16日に函館アリーナ(北海道函館市)で北海道YSと戦い、3月22・23日でFUKAI SQUARE GARDEN足利(栃木県足利市)でのR栃木戦によって全日程を終える。(池田充雄)

「サツマイモの神様」白土松吉が名誉市民に《邑から日本を見る》179

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松吉の曽孫に渡された名誉市民の称号

【コラム・先﨑千尋】茨城県内で「サツマイモの神様」と呼ばれてきた白土松吉に、那珂市から名誉市民の称号が贈られた。那珂市は1月に市制施行20周年の記念式典を開いたが、この席で、曽孫の白土史生さんに先﨑光市長から名誉市民証が渡された。同市の名誉市民は5人目で、民間人としては初めて。

松吉は1881(明治14)年に那珂郡勝田村(現ひたちなか市)に生まれ、同郡湊町(現ひたちなか市)の白土家の養子になり、水戸農学校(現水戸農業高校)を卒業後、那珂郡役所に入り、同郡農会技手を兼務した。農会とは、農業の技術的・経済的発展と農業改良をめざした組織。

那珂郡は畑作地帯で、陸稲が盛んだった。陸稲は、夏に雨が降らないと収穫が皆無になることもあり、不安定な作物だった。松吉はこれを救うのはサツマイモだと考え、サツマイモの増収栽培の研究を始めた。

それと同時に、同郡前渡村村長の大和田熊太郎とともに、冬場の農閑期の副業として甘藷(かんしょ)蒸切干(干し芋)の製造を農家に奨励していった。郡内の篤(とく)農家や農学校、小学校にサツマイモの試験地、試作地を設け、増収技術の研究を重ねた。

目標は千貫(3.75トン)取り。当時の平均反収の3倍だった。研究の甲斐(かい)あって、1926年にとうとう千貫増収法を確立した。その後も、技術の合理化、作業の簡略化などの工夫を重ね、1937年に、1農家3人の労働力で1~2ヘクタールのサツマイモ栽培ができる「千貫取り白土式甘藷栽培法」を確立した。

松吉が研究を始めて30年の歳月が流れ、この年に松吉は『甘藷作論及栽培法』(水戸市協文社)を出版している。

白土松吉顕彰碑

「いも類大増産運動」が始まる

戦争末期の1944年、国は「いも類大増産運動」に取り組み、サツマイモの苗を2000万本首都圏に送る計画を立てた。東茨城郡内原村(現水戸市)の日本国民高等学校などで実施に移し、松吉はその指導に当たった。

仕事に没頭し、湊町の自宅にはほとんど帰らず、農会事務所近くの旅館で生活し、身なりは一切構わず、どこに行くのもはだしと自転車。サツマイモ増産のために寝食を忘れ、東奔西走の毎日。名誉や地位、利益には見向きもしなかった。松吉の素朴な人柄とひょうきんな行動は農家の人に愛され、大臣や知事でもすべて「君づけ」で呼んだと伝えられている。

48年に第一線を退き、弟子たちが用意してくれた白土甘藷研究所(那珂郡芳野村、現那珂市)で晩年を過ごした。

サツマイモ、干し芋だけでなく、那珂川沿岸の農業用水の一つ、小場江堰(せき)改良工事にも私財を投じ、大きな功績を上げている。55年には、甘藷栽培の改良と水田灌漑(かんがい)用水路の新設の功績により黄綬褒章を受章し、亡くなる直前の56年11月、当時の那珂町役場構内に白土松吉翁顕彰碑が建立された。

私は2012年に松吉の評伝『白土松吉とその時代』(茨城新聞社)を出版していることもあり、松吉が那珂市の名誉市民に選ばれたことを自分のことのようにうれしく思っている。(元瓜連町長)

震災乗り越え100年 浪江からつくばに 眼鏡店主 原田功二さん

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グラングラスの店内に立つ原田功二さん

東日本大震災後に福島県浪江町から避難した原田功ニさん(48)が、つくば市学園の森に2018年にオープンさせた眼鏡店「グラングラス」が今年、創業100年を迎える。1925年5月に浪江町で誕生した「原田時計店」による眼鏡専門店だ。本店は震災で被災し、現在、避難先の福島県二本松市に店舗を構えている。(21年3月1日付同3月2日付)。

各地で浪江を伝えた

「福島出身のお客様から『私、双葉だったよ』『私は楢葉だった』と声掛けてくださることがある。『浜通りトーク』をすると、僕も浪江を思い出すきっかけになるし、いつまでも浪江を忘れないでいられる。本当にありがたい」と、「グラングラス」店主の原田功ニさんが、笑顔を浮かべる。

千葉県出身の原田さんは、千葉で過ごした学生時代に浪江出身の妻、葉子さんと出会い、結婚した。震災時は、葉子さんの実家であり、浪江で3代続く原田時計店の跡取りとして義父母、妻らと働いていていた。時計店はJR浪江駅から徒歩10分程の、理髪店や精肉店、靴店などの個人商店が軒を連ねる商店街の中にあり、長年、地域の暮らしを支えてきた。原田さんが震災に遭ったのは、浪江に来て9年が経つころで、地元消防団や商工会への参加を通じて、街の一員として歩み始めた最中のことだった。

3月11日の震災では、地震によりガラスが割れたり、物が散乱したりするなど店舗が被災した。直後に出された津波警報により家族と高台に避難し車中で夜を明かすと、翌日には福島第一原発事故による避難指示が出た。手に取れるものだけ持ち出し避難した。1号機が爆発したのは隣町の親戚宅に滞在しているときだった。2019年に一家でつくば市で暮らし始めるまで、福島県内外5カ所を移動した。

各地を転々とする中で原田さんが浪江の商工会青年部の仲間らと始めたのが、地元の名物「なみえ焼そば」を、避難所など浪江の人たちが身を寄せる各地で提供することだ。浪江の状況を伝えていく活動だった。慣れない土地で、家族や友人らと離れて暮らす人たちは「故郷の味」に涙することもあった。

つくばに眼鏡店を開いたのは2018年。避難先で生まれた長男と妻の葉子さんが暮らす、原田さんの実家がある柏市から1人でつくばに通いながらのスタートだった。翌年、家族でつくばに転居した。つくばへの出店は一目ぼれだった。「先につくばに避難していた浪江の知人の紹介でつくばに来た。郊外に広がる山と田畑が浪江に似ていた。開発中のこれからの街というところにもひかれた」と振り返る。

学園の森にあるグラングラス

やっと生活が安定してきた

オープン以来、原田さんが1人で切り盛りしてきたつくばの店は、昨年から従業員を1人増やし2人態勢にした。「14年が経ち、やっと生活を安定させることができてきた。ようやく余裕を持てるようになってきたのだと思う」。浪江で過ごした時間より、震災後の月日の方が長くなった。「震災後の時間が短かったとは思えない。いろいろなことがあり過ぎた。まだ実感できていないことが多い」と話す。

最近は、浪江で活動を共にした仲間たちとの再会が増えている。おととしから年に数回、ゴルフをしたり、食事をしたりして楽しんでいる。集まる場所は、それぞれの避難先であるつくばや、福島県の郡山、いわきなどだ。各地域に暮らす人が持ち回りで企画する。

「震災後は、バラバラに避難していたが、時間とともに、徐々に連絡を取らなくなっていた人もいた。またつながりができるというのは、うれしい。昔話をしたり、情報交換をしたり、懐かしい時間を楽しんでいる」

100年は家族の目標だった

原田時計店は5月に創業100年を迎える。「震災前も、家族で100年目をどう迎えようかと話をしていた。2017年11月に義父が二本松で店を再開し、僕はつくばで店を開いた。100年というのは家族の目標だった。それまでは店をつぶすわけにはいかないと。婿で入った僕を育ててくれたのが、原田時計店」だとし、「思いが一番強いのは(義父の)社長とお義母さん。『100年目、何かしますか?』っていったら、あまり考えていなくて(笑)。ただ、浪江で何かしたいという話はしていました」。

昨年は、今年100歳を迎える祖母の誕生日を浪江の宿泊施設で開いた。各地に暮らす親戚らが集まって、にぎやかな1日を故郷で過ごした。震災後に生まれた一人息子の長男は、4月に中学生になる。「これまでにも墓参りなどで浪江に連れて行く機会はあったし、3.11の映像を見る機会もあった。息子なりに理解するところはあると思う」と言う。

店の入り口には、浪江にあった本店のロゴが刻まれている

つくばでも長く続くお店になれば

つくばに暮らし始めて7年目を迎える。「私も妻も、子どもやお客様を通じて少しずつ地域につながりができてきた。私たちにとってつくばは『帰ってきた』と思える街になった。周りの方に応援され、サポートしていただけたことが僕にとっては大きなこと。原田時計店も多くの支えがあって100年を迎えられる。感謝でしかありません」

つくばの店では、眼鏡が楽しくなるようなデザイン性の高い個性的なものや、子ども向けのフレームを充実させている。「地域柄、お子様も多い。キッズスペースもあるので家族で来ていただいて、大人も子どももゆったり眼鏡を選んでほしい」と話す。以前「眼鏡屋さんになりたい」と言っていた長男は「他の夢も見つけているよう」だという。「彼の中で世界が広がっているんだと思う。自由に育ってもらえたらいい。彼がやりたいことはサポートしていきたい」と話す。

「最近、眼鏡を購入してくださったお子さんが、後日、おばあちゃんと来てくれることがあった。2世代、3世代で来てくださる。本当にありがたい。孫からおばあちゃんまで、つくばでも少しでも長く続いていけるお店になれば」と語る。

100年は通過点。原田さんが、新たな歴史をつくばで刻んでいく。(柴田大輔)

「勇気を持って次の目標に」 189人が巣立つ つくば国際ペット専門学校

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高橋仁校長(右)から卒業証書の授与を受ける卒業生

 

つくば国際ペット専門学校(同市沼田、東郷治久理事長)の卒業式が8日、つくば国際会議場(つくば市竹園)で催された。189人の卒業生を前に高橋仁校長は「きょう皆さんは憧れの職業へのスタートラインに立った。勇気を持って次の大きな目標へと立ち向かってほしい。他人を認め尊重できる人間になってほしい」とエールを送った。

東郷理事長は「『わんわんランド』という環境があるため、実際に動物に触れ合いながら学ぶことが出来たと思う。愛情と根気を身につけ、真のプロフェッショナルを目指し、胸を張って巣立って欲しい」と卒業生に祝辞を述べた。

卒業生代表として答辞を読んだドッグトレーナーコースの綱川未来さんは「入学当時は不安だったが、先生や仲間の力でなんとかやってこられた。(学園祭の)犬友祭では苦戦し、自分の実力を知ることになったが、とてもためになった」と語った。

卒業生代表として答辞を読む綱川未来さん

式典では、公認訓練士などの公認資格試験の実施と公認資格発行などを行っている一般社団法人ジャパンケネルクラブから、同法人によるトリマーB、C級、ハンドラーC級、愛犬飼育管理士の合格者へのライセンス授与や、ビジネス能力検定3級と愛玩動物看護士の表彰なども行われた。

式典の最後には、在学中の思い出を振り返る映像が会場の大スクリーンに映し出され、参加した保護者らからも卒業生に向けて大きな拍手が起こった。

ペットケア総合コースを卒業した栃木県小山市出身の尾島葵さん(22)は「ペットケアに関することを幅広く学べたので良かった、卒業後は動物病院で働くことになっているので、経験を生かし頑張りたい」と語った。

式典後、記念写真を撮るつくば国際ペット専門学校の卒業生と教員ら

同校は1997年にトリミングスクールとしてスタートし、県内初の動物分野の専門学校として2006年に開校、現在は、ドッグトリマー、ドッグトレーナー、ペットケア総合、愛玩動物看護師、動物看護福祉の5コースと、22年4月に開設した日本初となる通信制コース、通信制ペット学科(3年制)に計約450人が在籍している。在学中ずっと、生徒1人が1匹の子犬の世話をする「パートナードッグシステム」が特色で、隣接地にはグループ企業による犬のテーマパーク「つくばわんわんランド」(同市沼田)があり、現場で実習を積むことが出来る環境が整っている。(榎田智司)

小美玉市のイトウ製菓工場《日本一の湖のほとりにある街の話》32

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イラストは筆者

【コラム・若田部哲】「チョコチップクッキー」をはじめとする様々なお菓子で、日本の庶民派おやつとしておなじみの「ミスターイトウ」こと、イトウ製菓。クッキー・ビスケットの専業メーカーである同社の商品全てが、小美玉市で製造されていることをご存じでしょうか? 今回は、そんなおいしいお菓子の製造現場を訪ねました。

見学に先立ち、マーケティング課長の櫻井さんと、工場見学担当の郡司さんから、工場概要のレクチャーです。現在、約200人が働く小美玉工場では、全130品目、毎日16万個ものお菓子が作られています。

製造にあたっては、鮮度保持のため、1日に作る10~16種類の製品について、必要な数量を必要な時間に生産するジャストインタイム方式を採用。効率化のお手本と名高いトヨタ方式と同様のこの方式をとる製菓メーカーは、他ではあまりみられないそうです。

そうしてレクチャー後、いざ工場見学がスタート! 入念な衛生管理を経たあと、製造工程に入室すると、そこは甘い香り漂う攪拌(かくはん)の工程。ここでは一度に600キロもの生地がこねられており、十分均質に混ぜ合せることが、おいしいお菓子づくりの第一条件なのだそうです。

品質を保つため、製品により生地の固さがそれぞれ異なる原料は、機械だけでなく担当者が固さを手でチェック。こねられた生地は、クッキーは型抜き、ビスケットはワイヤーカッターで切断され、見慣れた形へ成形されます。

そしてコンベアを流れる生地は、こんがりとおいしく焼き上げる「焼成」の工程へ。45メートルもの長さを持つ巨大な直線オーブンが4台並ぶこの箇所は、同工場の最大の特徴です。この特製オーブンにより、4段階の温度で一気に生地を焼くことこそ、手作りではできない食感とおいしさを生み出す秘訣、と櫻井さんと郡司さんは胸を張ります。

一歩焼成の部屋に足を踏み入れると、巨大なオーブンの存在感と熱気、部屋に満ちる濃厚な甘い匂いに圧倒され、言葉を失いそうに。次々に吸い込まれる、先ほどまでしっとりしていた生地は、オーブンをくぐること約8分、熱々のクッキー・ビスケットとして再びコンベアに現れます。その後、製品のチェックを経て梱包(こんぽう)・包装され、日本中の家庭で愛される「ミスターイトウ」のお菓子が出来上がり! トラックに積み込まれ、全国へと運ばれていきます。

地元の米粉を使ったバームクーヘン

イラストは筆者

そして今回は見学の後、工場の道向かいに建つ、イトウ製菓による初の直営洋菓子店「アトリエ・プティ・ボア」に伺いました。モミの木をはじめとする様々な植栽による「小さな森」をコンセプトにした敷地に、かわいらしくたたずむ三角形の建物は、まるで童話の中の風景のよう。イトウ製菓工場の目の前にありながら、その存在感の違いから、あらかじめ知らなければ関連会社とは気づかないでしょう。

店内は、バームクーヘンをイメージした独特の形状の木のアーチの連なりと勾配天井が印象的な、シックでいてラグジュアリーな空間。職人さんがお菓子を作っている姿も見られるように設計されており、お買物だけでなく工場見学気分も同時に味わえます。この素敵な店内で、取締役の川中さんにお話を伺いました。

看板商品は、クッキー・ビスケットの専業メーカーであるイトウ製菓の新しいチャレンジである、半生菓子の「バームクーヘン」。小美玉市産コシヒカリの米粉を使用したソフトタイプの「Minoriz(みのり)」と、ハードタイプの「Gateau a la broche(ガトー ア・ラ・ブロッシュ)」の2種類がラインナップされています。

その他のとりどりのクッキーやサブレも、地場の素材に徹底的にこだわっています。米粉のほか、茨城の生乳に卵など、地元の素材をふんだんに使用。併設のカフェで提供するドリンクも、茨城名産の猿島茶、茨城のおいしいコーヒーの代名詞・サザコーヒーを使用するなど、お店全体で茨城の豊かな食の風景を表現しています。

パッケージもモノトーンを基調としたシックなものから、木をあしらったかわいらしいものばかり。近年大人気の「お菓子缶」への対応もぬかりなく、かわいらしい宝石箱のような缶が出迎えてくれます。

イトウ製菓がこれまで小美玉とともに紡いできた歴史を踏まえつつ、さらに地元とのつながりを深め、地域に新たな場所を提供したいと、川中さんは穏やかな、それでいて熱い言葉で語ってくださいました。その思いは着実に浸透し、若者からお年寄り、サイクリストも多く立ち寄るなど、小美玉の新スポットへと成長。庶民派おやつの「イトウ製菓」と、ラグジュアリーな「アトリエ・プティ・ボア」の、これからがとても楽しみです。(土浦市職員)

➡これまで紹介した場所はこちら

重機を配備、技術系人材を養成へ 災害ボランティアトレーニングセンター開所

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開所式で重機を操縦し、土砂を撤去するデモンストレーションをする災害ボランティアで東京学芸大学3年の白鳥里桜さん

7日、日本財団つくば研究所跡地

つくば市南原、日本財団つくば研究所跡地に、日本財団ボランティアセンター(東京都港区、山脇康会長)の災害ボランティアトレーニングセンターが7日、開所した。災害時に重機を操縦してがれきや土砂の撤去などを行う技術系ボランティアを養成する施設で、ショベルカーやダンプカーなど重機16台と資機材を配備する。災害発生時は重機や資機材を災害現場に貸し出す。民間の災害支援拠点としては国内最大規模という。

研究所跡地約5.7ヘクタールのうち、約1.2ヘクタールに開所した。施設は、座学の研修などを行う2階建ての「研修棟」、重機などを駐車する「重機ステーション」のほか、盛り土やU字溝などが設けられ、がれきや土砂の撤去、U字溝の泥かきなど災害現場を想定した重機の操縦方法を学ぶ「訓練フィールド」がある。車両は、小型から大型までショベルカー9台とダンプカー4台など車両16台と、投光器などの資機材を配備する。訓練フィールドには今後さらに家屋の模型を設置し、重機で床板をはがし、泥をかき出す訓練などもできるようにするという。

ショベルカーやダンプカーなどが駐車してある「重機ステーション」前でテープカットする関係者ら

同センターのスタッフのほか、技術系災害ボランティアとして全国各地の災害現場で活動する団体のスタッフなどが操縦方法を指導する。日本財団ボランティアセンターに登録している災害ボランティアのうち希望者を対象に、技術レベルに応じた幅広い研修を実施する。1日30人程度の研修を月3回程度、年間1000人程度の研修受け入れを予定している。受講料は重機の燃料代等、実費(2000円程度)で実施する。

同研究所跡地では開所に向けて2年前から準備が行われてきた。仮開所の期間中も訓練フィールでは重機の操縦方法などを学ぶ講習が実施されており、仕事とは別に災害ボランティア活動をしている消防士らが重機の操縦方法などを研修などが開催されてきた(23年5月23日付)。今回、研修棟、重機ステーションが完成し正式開所となった。

研修棟

開所式では日本財団の笹川陽平会長が「災害が起きると行政だけではどうにもならないことがある。一人でも多くの国民の参加によって助け合っていかなくてはならない。重機の使い方を学んでいただいて、具体的な技術を身に付け、高度な救援活動に参加いただきたい」などとあいさつした。

日本財団ボランティアセンターの山脇会長は「被災地に寄り添った活動を行うためには(重機や資機材を扱うことが出来る)技術系のボランティアと(炊き出しや傾聴などを行う)学生のボランティア両方が復旧復興に欠かせない。災害ボランティアトレーニングセンターは重機を配備し災害現場でいち早く活動できる人材を育成し、重機の貸し出しを行う。有事の際、迅速に活躍できる施設になる」などと話した。

開所式であいさつする(左から)日本財団ボランティアセンターの山脇康会長、日本財団の笹川陽平会長、災害エキスパートファームの鈴木暢さん

同センターに配備する重機の選定に関わった都内の技術系災害ボランティア団体「災害エキスパートファーム」の鈴木暢さんは「(災害ボランティアの)経験の中からフットワークがいい小型重機を選定した。(被災した)住宅などは狭い場所があったり、裏山が崩れていたり、土砂が道路の側溝を埋めるなどの状況がある。人の手で1日50人から100人かかる動きを重機1台でできるし、女性でも重機を扱える。訓練では、現場で事故を起こさない、自分たちもけがをしないことが大事になる。大きな災害に立ち向かえる免疫を養っていけたら」と話す。

テープカットの後は、災害ボランティア活動で実際に重機を動かした経験のある岩手県花巻市消防本部消防士の藤岡茜さん(28)のほか、東洋大学4年の横尾幹さん、東京学芸大学3年の白鳥里桜さんらが重機を操縦して、盛り土の土砂を掘ったり、U字溝の泥をかき出すなどした。藤岡さんは昨年3月、能登半島で災害ボランティア活動をし、重機を操縦して倒壊した民家のがれきを撤去するなどしたという。藤岡さんは「(つくばのセンターで)これからもっとトレーニングを積んで、よりスムーズに災害現場で活動できるようにしたい」と話していた。(鈴木宏子)

小型重機を操縦しU字溝から泥をかき出すデモンストレーションをする岩手県花巻市の消防士、藤原茜さん

「努力続ければ夢かなう」 11カ国35人が卒業 日本つくば国際語学院

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卒業式後、卒業生と職員が記念写真を撮った=つくば市小野崎、つくば山水亭

つくば市松代の日本語学校「日本つくば国際語学院」(東郷治久理事長)の卒業式が7日、隣接の同市小野崎、料亭「つくば山水亭」で開かれ、青い角帽とガウンを身につけた今年度の卒業生35人が式典に臨んだ。35人の出身国は全11カ国で、最多の中国が11人、ネパール9人、モンゴル4人、ミャンマー3人、スリランカ2人、韓国、イラン、タイ、マレーシア、ベトナム、米国がそれぞれ1人。

式典で卒業生を代表して答辞を述べた中国出身の包諾敏(バォ・ナォミン)さん(31)は「学校生活を通じて日本語だけでなく、日本の文化や礼儀、考え方を身に付けられた。来たばかりの頃は授業についていけなかったり、アルバイト先での困難もあったりした。しかし困難を乗り越えることで自信がつき、前に進めることに気づいた。何事も諦めずに努力する力を身につけることこそが、留学の意義」だと学生生活を振り返り、「努力を続ければきっと夢をかなえられる。自分自身を誇りに思えるよう、頑張りましょう」と後輩たちにエールを送った。卒業後は神奈川県内にある歯科衛生士の専門学校に進学することが決まっている。

卒業生を代表して答辞を述べる包諾敏(バォ・ナォミン)さん

在校生を代表して送辞を読んだミャンマー出身のトゥラ・ミョー・ウィンさんは、時折手元のメモに目を落としながらも、終始前を見据えて「毎日勉強をし、アルバイトをしながら学校へ通う生活は大変なもの。先輩たちには学校だけでなく、アルバイトでも助けてもらった。大変なことも助け合いながら乗り越えることができた」と感謝の気持ちを語った。

あいさつに立った東郷理事長は「日本に来て辛い時、苦しい時に支えてくれたのは、隣にいる仲間や先生たち。皆さんは1人で日本に来ましたが、今は1人ではない。仲間や先生は、日本に来てから得た、最も大きな財産。これからも大切にしてください。そして、日本へ留学しようと決意した気持ちを忘れずに、迷ったり、悩んだりした時に、その気持ちを思い出してほしい」と言葉を送った。

東郷理事長から卒業証書を受け取る卒業生

同学院によると、卒業生を含む今年度の在校生は160人で、来年度は前期・後期合わせて約60人の入学が予定されている。学生数の増加により、今年度2室増やした教室を、来年度さらに2室増やす。

出入国在留管理庁によると、2024年6月末時点の在留外国人数は358万8956人。前年末から5.2%増え、過去最高を更新している。また、日本学生支援機構の調査によると、2023年5月1日時点の外国人留学生数は27万9274人で、前年度から20.8%の増加となっている。留学生数の多い国・地域は、中国が11万5493人(対前年度比11.2%増)、ネパールが3万7878人(対前年度比56.2%増)、ベトナムが3万6339人(対前年比2.8%減)。(柴田大輔)