日曜日, 3月 1, 2026
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赤塚公園と土浦港にネーミングライツ導入 1日から

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赤塚富士住建パーク(赤塚公園)

県有施設の赤塚公園(つくば市稲荷前)と土浦港(土浦市川口)に1日から、ネーミングライツ(施設命名権)が導入された。赤塚公園は同日から通称名が「赤塚富士住建パーク」、土浦港の港湾施設は「サンヨーリアルティ 土浦港」になった。

赤塚公園は、市内にショールームがある不動産会社の富士住建(本社埼玉県上尾市)が年間100万円で、土浦港は県南地域で不動産事業を展開するサンヨーリアルティ(本社牛久市)が年間50万円でそれぞれ施設命名権を獲得した。命名期間は2027年3月までの3年4カ月間。

県は歳入を確保するため今年4月から、県内148施設を対象に随時、施設の命名権者を募集している。2施設について10月にそれぞれ1社から応募があり、選定委員会で審査の結果、いずれも施設命名権者に決定した。

今回の決定により、ネーミングライツを導入した県有施設は2施設増えて29施設になり、命名権料は150万円増えて6150万円になるという。

サンヨーリアルティ 土浦港(土浦港の港湾施設)

御朱印の力「ゲニウスロキ」《看取り医者は見た!》8

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私が拝受した御朱印

【コラム・平野国美】前回「神社仏閣の逆襲」(11月14日掲載)では、最近の神主さんの横顔を書きました。前職がIT系の神主さんは、神社のホームページ(HP)をしっかり作っている、と。当然の流れなのか?その後、近隣の神社でもHPを用意し、フェイスブックやインスタグラムにも参入してきました。

そうなると、神社に参拝しなくても、どんな行事が催されるか、意識するようになるものです。当然、お祭りの日も把握できます。そのうち、スマホを介して祈祷(きとう)する時代も来るでしょう。それどころか、デジタル賽銭(さいせん)箱も登場するでしょう。本来なら現地に行き、参拝することが望ましいのでしょうが、高齢化やコロナ禍では、ネットを介した祈祷(きとう)もありうるでしょう。

コロナ前、年数回、神社参拝に行きましたが、ほかの理由でも出かけていました。骨董(こっとう)市や手作り市が境内で行われていたからです。手作り市は、革物、紙物、布物、金属、パン、コーヒーなどを、作り手(作家さんと呼ばれます)から直接購入する場です。東京の雑司が谷鬼子母神や京都の下鴨神社にはよく足を運んでいました。

小説によく出てくる奈良の茶粥(ちゃがゆ)も、一度食べてみたいと思いながら、初めて食したのは、日曜の朝、奈良県橿原市今井町のお寺の前で、無料でふるまわれているのを見て列に並びました。このように、神社仏閣は写経や座禅だけでなく、色々な体験をする開かれた場所になっています。

「これはいいな。うちも考えなくては」

私は最近、この歳になって始めて、神社の御朱印を拝受しました。筆で書かれているのを眺めていたことはあるのですが、欲しいとは思わなかったのです。故郷の龍ケ崎市に戻ったとき、八坂神社で一枚の御朱印を目にしたのです。和紙に筆で書かれたものでなく、透明な薄いプラスチックにカラー印刷されたものでした。

こんな物もあるのかと、社務所で購入を希望すると、祇園祭限定のものだそうで、祭りの日に再訪して拝受しました。すると、別の図案の御朱印が目に入り、それも購入を希望すると、これは8月限定なのだそうで、再訪したのでした。この町にルーツを持つ私が、以前書いたことがある「関係人口」に片足を入れた瞬間でした。

その後、知り合いの住職にこの御朱印をお見せすると、「これはいいな。うちも考えなくてはならないな」と笑っていました。最近、御朱印はメルカリなどに出品されて問題になっていますが、私のような者も現れるし、収集が目的でこの地を訪れる人も増えるでしょう。友人が集めているマンホールカードも、似たようなものでしょうか。(訪問診療医師)

22万球のLED点灯 土浦で水郷桜イルミネーション

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点灯した水郷桜イルミネーション

土浦の師走の風物詩、水郷桜イルミネーション(同推進委員会主催)が1日、霞ケ浦湖畔の同市大岩田、霞ケ浦総合公園オランダ型風車前広場で始まった。青、ピンク、緑、黄色などのLED約22万1000球が点灯し、土浦が誇る花火、桜、霞ケ浦、ハス田などがイルミネーションで浮かび上がった。

高さ25メートル、直径20メートルの巨大な風車の羽根が回転する「風車イルミネーション」は日本最大級になる。「花火イルミネーション」は花火が打ち上がる様子を再現している。今年は新たに、市産業文化事業団職員が約3カ月かけて手作りした「竹まりあかり」が初めて設置された。竹ひごをまりのように編んで組み上げ、中心から温かい光を放つ。

今年初めて設置された手作りの「竹まりあかり」

1日催された点灯式で同推進委員会共同代表の大山直樹さんは「水郷桜イルミネーションは、コロナ禍でも灯し続けた。土浦の希望の光」だなどと話した。安藤真理子市長は「市民と企業、市の協働のまちづくりの代表となる事業となっている」などとあいさつした。

点灯式には大勢の市民らが訪れ、点灯の瞬間を待った。午後5時17分、カウントダウンの合図で点灯すると、会場から「わーっ」という大きな歓声が上がり、写真を撮ったり、光のトンネルの中を散策する家族連れの姿が見られた。

ママ友に誘われ4家族計11人で訪れた市内に住む40代女性は「土浦に住んでいるが、初めて来た。きれい」と話した。阿見町に住む大学1年の女性は「毎年、点灯式を見に来ている。きらきらして、楽しい」などと話していた。

同イルミネーションは今年で12回目。市民と企業有志でつくる同推進委員会が企画、運営し、市の補助金約600万円のほか、企業・団体からの協賛金約350万円の計約950万円で運営している。来年1月14日までの午後5時から9時まで点灯する。

ハスの花のイルミネーション

翌2日夕方には、土浦駅西口広場から亀城モールまでを10万球を超えるイルミネーションで装飾する第31回土浦ウインターフェスティバルが催される。同フェスティバルは1月31日まで。

今こそジェンダーフリーの日本へ《ひょうたんの眼》63

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庭の紅葉

【コラム・高橋恵一】菅直人元首相が次回の衆院選には立候補しないと表明した。1974年、引退するという市川房江さんを「勝手に推薦する市民連」を立ち上げ、参議院に戻した人だ。それまで、労働組合運動や学生運動がイデオロギーに左右されがちだったものが、市民の視点、生活者の視点での政治参加の可能性が見えた瞬間であった。

当時の世界経済において、中北ヨーロッパでは社会民主主義経済の福祉国家づくりが進んでいた。日本では、菅直人氏らの市民社会連合の政党も登場し、英国や西ドイツ、スウェーデンに代表される福祉国家体制を模索したが、米国に追随する保守勢力では懐疑的な反応が主流であった。

スウェーデンについては、福祉サービスが過剰に行き過ぎ、税金が高いので労働意欲が薄く、若者は国外に逃げてしまう、未婚の母親が多く、フリーセックスの国として「世界の歩き方」には、金髪の美人が待っているなどと紹介されていて、好ましくない国の印象が喧伝(けんでん)されていた。

実際のスウェーデン人は、朝早くからよく働き、安心できる社会保障のために、納税は当然というのが常識のようだ。日本と比較すると、税金は高いが医療や教育は無料で、住宅の心配はないから、住宅ローンで苦労する必要も無い。手元に残る可処分所得はほぼ同額と試算されている。

社会福祉の原点といえるノーマライゼーションの考え方も、身障者に不都合な段差は誰にとっても不都合、補装具も個々人にあわせて制作するという思想が、社会的弱者全般に行き渡り、高齢者施策や男女格差解消にも及んでいる。

真の需要に見合った経済社会の構築

現在、北欧5カ国の1人当たりGDP(国内総生産)は、世界ランキングの上位を占め、どの国も10位以内から外れたことはない。日本は30位前後で、先進国で最下位レベルだ。昨年は韓国にも抜かれたようだ。その要因として、女性の社会参加が挙げられる。就業率も給与水準も男性と差が無いのだ。日本の女性は、就業率も給与水準も男性の70%くらいだから、北欧女性のGDP貢献度の49%しかないことになる。

前述のフリーセックスは、セックス・フリー、すなわち現代のジェンダーフリーの翻訳間違い。北欧では、女性の社会進出に合わせて、勤労条件や出産・育児環境をはじめ多くの制度改革を行い、何よりも男性優位社会からの脱却を図ったのだ。

女性や高齢者の非正規雇用、低賃金、人手不足の解消には、公共部門の賃上げが直接効果がある。経済学者ジョセフ・スティグリッツは、米国や日本の新自由主義経済を批判し、真の需要に見合った経済社会を構築すべきとしている。人々は何よりも子どもと親(高齢者)の幸せを望んでいる。経済競争を放任すると、世の中に偏りが出来てしまう。

そこを、是正するために公共(政府)が需要を発動するのが、真の経済の好循環だという。税の基本は、応能負担の必要配分。国民負担に世代間不公平が言われるが、社会保険方式を止めて、全て所得(法人)税で賄う方が、不公平が解消される。負担と受益はシンプルな方が良いのだ。(地歴好きの土浦人)

花粉症と秋のおはなし《ことばのおはなし》64

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つくば山頂(写真は筆者)

【コラム・山口絹記】先日、筑波山に登った。ロープウエーを使い、女体山と男体山の山頂を平行移動しただけなので、搬送された、という方が正しいかもしれない。

目的としては紅葉を撮影することだったのだが、ロープウエーから見下ろす山肌は全体的に茶色い。女体山駅についてみると、紅葉どころか、葉は大方落ちて樹木の半分以上は裸木である。

先日の雨と強風で一度色づいた紅葉も飛ばされてしまったのかもしれない。と思ったが、地面に落ちた葉を観察してみても色づいたものは見当たらない。猛暑の影響か、そもそも色づきが悪かったのかもしれない。

なんとなく、そんな予感はあったのだ。私は月日の感覚に疎い代わりに、四季を感じながら生きているところがある。今回の筑波山も、いつまで経っても秋の気配が感じられないから、なんとか秋を観測するような心持ちで来たのだった。

以前のコラムでも書いたことがあるのだが、私の中で季節とは、匂いだ。春には春の、夏には夏の匂いがある。いつか私が花粉症になったら、私の春はどこにいくのだろうか、というおはなしだった。

枯枝に 烏のとまりけり なんとやら

このコラムを書いてから3年が経ったが、実はここ数年すっかり花粉症と思われる症状に悩まされており、年明けから数カ

しかし、症状が出てからお薬を飲むまでの間に秋が過ぎ去ってしまったのか、それとも今年は秋がなかったのかわからないが、吸い込む空気の香りもすでに秋というより冬のそれに近い。 枯枝に 烏のとまりけり なんとやら といった風情である。

なんとなく意気消沈して、帰りもロープウエーで搬送されながら、今年は夏と冬しかなかったなあと侘(わび)しい気持ちになる。このやるかたない思いで一句、と思ったが、どうやら花粉症は春の季語らしい。花粉症をなめているとしか思えない。花粉は一年中飛んでいるのだぞ。

結局、今が秋なのか冬なのか判然としないまま、そもそも詠めもしない句はあきらめた。来年の春には期待しよう。(言語研究者)

つくば駅前に市民窓口センター 12月1日開所

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12月1日に開所するつくば駅前市民窓口センター

市内7カ所目

つくば駅前の商業施設、BiVi(ビビ)つくば2階に12月1日、市内7カ所目の市民窓口センター「つくば駅前市民窓口センター」が新設される。住民票や印鑑証明書などを交付する市役所の出先機関で、つくばエクスプレス(TX)の駅前に同窓口センターが設置されるのは同市で初めて。近隣住民のほか、つくば駅を利用する通勤者などの利用も想定し、火曜から土曜の午前10時から午後7時まで開庁する。

他の6カ所の市民窓口センターと同様に、転入届など住民異動届の受付、納税証明書など税に関する証明書の交付などを実施する。平日の午後4時30分までは、自動車臨時通行許可(仮ナンバー)の申請受付、母子健康手帳の交付、市税や介護保険料の納付なども受け付ける。

マイナンバーカードを使って住民票などを発行するコピー機を兼ねた証明書発行機も設置されるほか、各自のスマートフォンであらかじめ申請内容を入力し、同センターの窓口にあるタブレットで申請手続きをする「書かない窓口」の一部機能を導入する。

面積は約196平方メートル、カウンターは、いすに座って申請などができるローカウンターが三つと、立ったままで申請するハイカウンターがあり、待合席が12席ある。

開所に向け、今年9月から11月半ばまで改修工事を実施した。改修費は約3750万円。職員は10人が配置される。

BiViつくば2階通路から見たガラス張りのつくば駅前市民窓口センター

当初は、つくばセンタービルのリニューアルに合わせて、同センタービル南側に新設する市民活動拠点内に設置する計画だったが、同拠点には吾妻交流センターや市民活動センターの機能を合わせた施設のほか、市消費生活センター、市国際交流協会が入居し、市民窓口センターの面積を確保することが難しくなったことから、同窓口センターがBiViつくばに新設されることになった。

BiViつくば2階にはもともと、案内所の「つくば総合インフォメーションセンター交流サロン」と「筑波大学サテライトオフィス」が入居し、イベントを開催したり、学生が勉強するスペースとして利用されてきたが、交流サロンは今年3月に閉館、サテライトオフィスは4月から休館、7月に閉館した。

つくばセンタービル内の市民活動拠点のリニューアルオープンは来年2月の予定だが、BiViつくばの市民窓口センターは一足早く開所する。

◆同窓口センターの開庁時間は火曜から土曜の午前10時~午後7時。受付時間は午後6時30分まで。日曜、月曜と祝日などは休み。詳しくは電話029-883-1111(同市市民窓口課)

保育園児が英語で国際交流《令和楽学ラボ》26

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ハワイ大選手と園児の記念写真(筆者提供)

【コラム・川上美智子】筑波大学を訪れていたハワイ大学のバレーボールチームの学生が、私が園長をしている「みらいのもり保育園」の子どもたちと交流しました。保育園では3歳児以上の園児に「英語で遊ぼう」のカリキュラムを組んでおり、ネイティブの講師が週30分ほど英会話を教えています。講師は授業中ほとんど日本語を使わず、英語でコミュニケーションをとってくれていますので、大人が考えるよりずっと上達が早いです。

選手と交流した年長組の子どもたち18名は、今回のハワイ大学生の訪問日を何日も前からとても楽しみにしていて、大歓迎でした。身長2メートル前後の体の大きな選手たちの前でも臆せず、英語で「My name is 〇〇」と自己紹介をして、すぐに仲良くなりました。

パフォーマンスでは、お互い文字を教え合うプログラムを準備し、選手にはひらがなで、子どもたちにはローマ字で自分の名前を書いてもらいました。次に、きれいな千代紙を使って、折り紙をしました。

保育士が考えた「手裏剣」の制作は、子どもたちにも、選手たちにも少し難しく、長い時間をかけて、ようやく折りあげました。子どもたちは出来上がった手裏剣を投げる姿を見せ、使い方を教えました。最後に、園児が英語の手遊び歌「Head, Shoulders, Knees and Toes(頭、肩、膝、つま先)」を披露して、大爆笑のうちに交流会は終わりました。

短い時間の交流でしたが、選手たちが乗ったバスが見えなくなるまで、園児たちは園庭で手を振って別れを惜しみました。

このように、子どものころに豊かな体験を積むことが、健やかな成長につながることから、保育園では地域との交流を大切にしています。新型コロナで保育園に外部の方が入る機会を遮断せざるを得なかったこの3年間、子どもたちから交流や体験の機会が失われました。それが、健やかな育みにどう影響するかはわかりませんが、それらを取り戻せるよう、この1年は地域交流に力を入れています。

ラグビー交流、アート活動、バイオリン演奏…

このほか、筑波大学のラグビー部の選手たちとのラグビー・スポーツを通した交流では、タッチダウンやパス回しを習いました。また、筑波大の芸術学群の研究室とは、名画の鑑賞と造形アート活動による交流を行っています。

昨年度からは、県立明野高等学校の「ジョブシャドウイング」を受け入れ、高校生に職場体験、職場観察をしていただき、子どもとの交流も図っています。また、地域のバイオリニストの方が楽器の話や演奏をしたり、地域の農家の方が絵本『あさごはんのたね』の読み聞かせや、お米やブルーベリー栽培の話をしたりと、毎月、どなたかが訪問してくださっています。

担任の保育士による養育や保育に加え、園児たちはいろいろな大人と触れる機会があり、興味・関心を広げ深められる環境の中で育っています。ここで幼少期を過ごした子どもたちが、将来どのように活躍してくれるのかが楽しみです。(茨城キリスト教大学名誉教授、みらいのもり保育園園長)

ふさいだ隙間から園児抜け出す 隣接駐車場で無事保護 つくば市立保育所

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つくば市役所

つくば市は28日、市立保育所の園庭から同日午前、2歳の園児が抜け出したと発表した。園児は保育所敷地内の隣接駐車場で、たまたま居合わせた別の保護者に無事保護された。けがなどはなかった。

同市では11月1日、別の市立保育所で3歳の園児が抜け出す事案が発生したばかり。その際、市は危険箇所の点検をするよう全保育園に指導していた。今回2歳児の抜け出しが発生した同保育所では11月1日の事案を受けて危険箇所を点検し、今回2歳児が抜け出した隙間にビニールテープをくくり付けるなどしていた。一方園児は、テープとテープの隙間から抜け出しており、対策が十分ではなかった。

市幼児保育課によると、同日午前10時ごろ、2歳児など12人が園庭に出て、保育士が見守る中、広さ20平方メートルほどの小さい子向けの園庭で遊び始めた。

園庭は幅1メートルほどの歩行者用通路で囲われていて、通路は両側が高さ80センチほどのフェンスで囲まれていた。

園児らが園庭と通路の両方で遊べるよう、通路に接する内側のフェンスの扉を開け、園児らは園庭のほか通路に出て遊んだ。

午前10時35分ごろ、保育士が、通路にいた園児1人がいないことに気付き、探したところ、通路の外側のフェンスの隙間から園児が抜け出すのを発見、保育士が追いかけたところ、隣接の駐車場にいた別の保護者に保護された。

園児が抜け出した隙間はフェンスの角の部分で、電柱を支えるワイヤーが設置してあり、幅20センチほどの隙間があった。同保育所では11月1日の抜け出し事案を受けて、隙間にビニールテープをくくり付けふさいでいたが、園児はテープとテープの隙間をくぐり抜けた。

同保育所は同日、園児が抜け出した箇所にさらにビニールテープをくくり付けて隙間をふさいだ。

再発防止策として市は、幼児保育課の職員が公立、私立含め全保育所に行き危険個所がないか再点検すると共に、全保育士に幼児の見守りを徹底するよう改めて指導するとしている。さらに市立保育所については、必要な箇所は予算をとり、対策を実施したいとしている。

つくば出身の音大生、同級生と地元を回り公演 サクソフォーン四重奏

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アルトサックスを手に持つ北野圭亮さん

12月23日 土浦

つくば市出身で、昭和音楽大学(神奈川県川崎市)4年の北野圭亮さん(23)が、同級生4人でサクソフォーン四重奏団「リリーサクソフォンカルテット」をつくり、12月23日、土浦市東真鍋町、クラフトシビックホール土浦(土浦市民会館)小ホールでコンサートを開催する。種類の違うサクソフォーン(サックス)4本による四重奏だ。

メンバー4人でそれぞれの地元を回りコンサートを開くという企画の一環で、すでに今年3月に神奈川県足柄市、5月に新潟市でコンサートを開き、今回が3回目。1、2回とも客席の8割が埋まるなど成功を収めた。昨年12月につくば市のアルスホールで開催を予定していたが、当日体調不良者がいたため延期していた。今回はリベンジに向け思いを込める。

それぞれの地元なら知人も多く集客が容易だということから企画を考えた。北野さんは「卒業後は地域に根ざした活動ができたらと思い、その足がかりにすると同時に、まだクラシックサクソフォーンの認知度が低いので、皆さんに知っていただく良い機会になれば」という。

リリーサクソフォンカルテットは、2年の時に同じ学科で学ぶ4人が集まって結成した。リリーは大学の最寄り駅、新百合ケ丘駅にちなんで名付けた。メンバ―はテナーサックスの北野さんのほか、 ソプラノサックスの横内魁人さん、アルトサックスの浅沼絢斗さん、バリトンサックスの中村洋翔さんの4人。クラシックを前半に、幅広い世代に耳馴染みのあるポップスや童謡などを後半に演奏する。

リリーサクソフォンカルテットの演奏会の様子(北野さん提供)

北野圭亮さんは水戸市生まれ。小学5年の時つくばに転居し、二の宮小、谷田部東中、竹園高に進んだ。高2の2018年、第20回ソロ・コンテストいばらき(県吹奏楽指導者協会主催)に出場し金賞などを受賞している。現在、同大の弦・管・打楽器演奏家コースで学ぶ。

音楽との出合いは、母親のサクソフォーンが自宅にあったこと。11歳のころから地元の音楽教室に通い、中学から高校1年まで吹奏楽部に在籍した。その後はプロの個人レッスンを受け、音楽家を目指した。中学の時出場した「アンサンブルコンテスト」の楽しかった感覚が音楽家になりたいと思うきっかけになったという。

北野さんは「サクソフォーンは19世紀に生まれ、クラシックの世界では比較的新しい楽器なので、演奏に加わる曲目も少なく、見る機会が少ないと思う。音色は多彩で、音を出しやすく、大きな音量を持っているなどすべてを合わせ持っている楽器なので、皆に興味を持ってもらいたい」と語り、将来については「プロとして地元に根差した活動を続けていきたい。文化振興という面でも貢献していければ」と語る。

◆コンサートは12月23日(土)、土浦市東真鍋町、クラフトシビックホール土浦小ホールで。開場は午後1時30分、開演は2時。入場料は一般2000円、大学生以下1000円。問い合わせはEメールへ。

孫のお宮参り《続・平熱日記》146

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】長女の住む高円寺(東京都杉並区)に向かう。手には冷凍した分厚い牛肉2パック。そんなものわざわざ持っていかなくてもいいようなものだが、つくばのスーパーに売っている、この安い赤身の肉がお気に入りの長女。結婚する前から我が家では「肉姫」と呼んでいたが、この肉姫が7月に2人目の孫を生んだ。今日はその子のお宮参り。

私以外、一応きちんとした服装に着替えて車で出発。40年前にバイクで通っていた青梅街道は、中野坂上辺りから全く違う街並みになっていて、お上りさんのように高い建物を見上げていたら、間もなく明治神宮へ到着。

それこそ、最後に訪れたのはいつだったか記憶にないが、改めて都心にある広大な杜であることに感心する。広い参道を歩く。普通、神社の参道には大きな杉なんかが並んでいるものだが、カシやクスノキなどの雑木が多い。それもそれほどの太さではない。

そういえば、この杜は明治天皇の時代に人の手によって造られたと聞いたことがある。昨今話題になっている神宮外苑のイチョウ並木もその一部らしい。それにしても、外国人が多い。ちょうど結婚式の行列があって、外国の方々が集まっている。我が孫もレンタルの和装風の衣装に身を包んでいるので、外国の人にはエキゾチックに見えるらしい。

カツカレーが食べたくなった

さて、無事に御祈祷を済ませて食事をすることになった。敷地内の、最近建てられたのだろう、お土産物屋も併設されたモダンなレストランに入ることにした。向こうのご両親と私の次女を含めたにぎやかな昼食となった。

私はなぜか、めったに食べないカツカレーが食べたくなって注文した。しかし、いざ運ばれてくると、さすがに全部は食べきれないと思って、2歳を過ぎたお兄ちゃんの孫にカツを2切れやった。生まれたときから大柄なこの子は、お子様セットと共にカツもペロリと平らげた。さすが肉姫の子。

ちなみに、最近この子が私のことを「ディーディー(ジイジイじゃないところがいい)」と呼んでくれるのを、ちょっと気に入っている。大役を終えた弟の方はベビーカーですやすやと寝ていた。

娘たちから時計のプレゼント

駐車場で両親を見送って、それから私は寄り道などせずに、直接家に帰ることに決めていた。パクが待っているし、東京に来て帰るだけで結構くたびれるから。すると、別れ際に長女がプレゼントだと言って紙袋を渡してくれた。

思いがけないことに驚いていると、何年か前の誕生日に欲しいものを聞かれて、当時少し話題になっていた時計のことを私が言ったらしく(普段時計をする習慣もないし本人はもう忘れていた)、娘2人が探して買ってくれたのだという。初めての娘たちからのプレゼントに戸惑ったが、「ありがとう」とお礼を言った。

長女夫妻は2人目の子供の名前に「晴」という字を入れた。晴天の続く夏空の下に生まれたからだそうだが、なかなかいい字を見つけたと思う。その日も見上げれば、抜けるような秋の晴天。私は時計ブランドのロゴが恥ずかしいぐらい大きく入った紙袋を持って、新しくなった原宿駅に向かった。(画家)

200人がコツコツ作った800点 森の里団地で文化祭 つくば

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文化祭会場に展示されているアクセサリー100点=つくば市森の里

つくば市茎崎地区の住宅団地、森の里で、自治会(倉本茂樹会長)主催の文化祭が26日始まった。親睦を深めることを目的に、住民自身がコツコツ作った作品計約800点を展示している。2015年に始まり、コロナ禍の20年は中止となったが、今年で8回目となる。

帽子やドレスを着せた西洋人形、タペストリー、切った布で絵を描く裂画(きれが)、再生紙の紙テープで編んだかごやバッグ、絵手紙など手工芸品のほか、近くを流れる谷田川の土手で撮影したユリカモメとオオバンの戦いを捉えた写真など出展者200人による約800点が展示されている。

ビーズアクセサリー約100点を出展した渡部喜美子さん(76)は「細かな作業だけど飽きることはない」と制作を楽しんでいる様子。

目を引くのが70代の女性が趣味で続けているという木彫りの仏像4体で、表情は優しく温かみを感じさせる。身長35センチの大黒天は製作に3年、15センチのわらべ地蔵は半年を費やしたという。

木彫りの仏像4体

文化祭を主導する吉田敏文化部長(75)は「毎年1カ月前に自治会広報紙『森の里だより』で出展を呼び掛けているが、出展者が途切れることはない。文化祭に出そうとコツコツと制作してくれているではないか」と笑顔で話した。

自治会の夏祭りで毎年会場を盛り上げているサークル「よさこいソーラン」のメンバーたちが、会場の玄関ホールに喫茶コーナーを設置。好みでコーヒー、紅茶、抹茶が選べることもあり、楽しげに交流する女性たちの姿が見られた。

倉本自治会長(81)は「文化祭をスタートさせて2、3年は展示期間を3日にしていた。ところが他の地域から見にきてくれて『えっ、もう終わったの』と言われることが多くなって会期を1週間にした」と話してくれた。(橋立多美)

再生紙を使ったクラフトテープによる作品に見入る入場者たち

◆文化祭は12月2日(土)まで。つくば市森の里、森の里自治会公会堂で開催。時間は午前10時から午後3時まで。入場無料。

茨城の原風景を撮り続けた柳下さん《邑から日本を見る》148

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柳下さんの作品

【コラム・先﨑千尋】10月末に旧山方町(現常陸大宮市)在住の記録写真家・柳下征史(せいし)さんが急逝した。享年83歳。柳下さんは高校卒業後、日立製作所に入社し、会社の広報誌を作る部署に配属になった。もともと写真が好きだったので、休みには自転車やバイクで写真を撮り歩いた。

日製時代には、世界的な写真家ユージン・スミスとの出逢いがあり、身近でスミスのカメラワークを見る機会を得た。1961年にスミスは日製の依頼を受け、海外向けのPR写真用に約1年、工場内で働く人の姿や日立市内の街並み、農漁村や庶民の生活風景を撮った。この経験が柳下さんの肥やしになったようだ。

柳下さんは1975年に会社を辞め、ひたちなか市内に写真工房を開き、写真家として独立した。独立後、郷土茨城をテーマに写真を撮り続け、「何か形あるものを残したい」と考えた。

県内では日本人の生活の源といえる草屋根の家が近代化の影響を受け、ものすごいスピードで消えていることに着目した。写真の記録は生活の基盤である「家」を中心にすべきだと考え、ひたすら県内のワラ葺(ぶ)き、茅(かや)葺き民家を探し歩き、撮り続けた。他の写真家に真似(まね)されるのを嫌い、仲間にも内緒にしていたという。

その成果が1994年に出した『ひだまりのワラ葺き民家』(八溝文化社)。翌年には東京・銀座の「富士フォトサロン」で企画展を開くことができた。写真展はその後も、つくば市、水戸市、山方町、ひたちなか市と続き、2009年には笠間市の日動美術館で、全国の茅葺き民家を描き続けてきた向井潤吉の作品展と同時開催した。

07年には、前著の写真集のタイトルと内容を変え、『ひだまりの茅葺民家-茨城に見る日本の原風景』(八溝文化社)を発刊した。245点の写真には説明が付き、ゲルト・クナッパーさんや安藤邦廣さんらのエッセイも載せている。

それより前の03年に、常陸太田市の西金砂神社東金砂神社が72年に一度という大祭礼を実施した。柳下さんはその公式記録を撮影することを依頼され、仲間の写真家と一緒に大冊の『磯出大祭礼全行程記録写真集』をまとめた。

カレンダー「ひだまりの茅葺民家」

茅葺き屋根だけでなく、写真を核として「人間の生から死までの所業」をまとめることを思いついた柳下さんは、これまでに撮った写真の中から111点を選び出し、旧知の俳人・今瀬剛一さんに見てもらって出来た俳句を、書家の川又南岳さんが墨を使って書き表した。3人のコラボは13年の『おまえ百まで、わしゃ九十九まで-写真・俳句・書で綴(つづ)る日本の原風景』として結実した。

柳下さんが残した業績の一つにカレンダーづくりがある。「ひだまりの茅葺民家」と題したカレンダーは、自分で撮ってきた作品の中から季節に合わせた6枚と表紙になる作品を選び、2005年から始めた。茨城県の原風景を毎日みんなに見てもらいたいという柳下さんの熱い思いが伝わってくる。

亡くなる2週間前、私にこれからやりたいことをいろいろ話してくれた柳下さんだが、その想いは叶(かな)わなかった。私にとっても無念だ。(元瓜連町長)

<ご参考>柳下さんの本とカレンダーは、ひたちなか市のヤギ写真工房(電話029-273-3202)で取り扱っている。

心に残る「俳句と生きた人」《写真だいすき》26

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喪に服しおり黄落の激しさに 乾 修平(写真は筆者)

【コラム・オダギ秀】若かった頃だが、ボクが珈琲店でのんびりしている時に、後から彼が入って来た。彼とは別に交流があったのではなかったが、ボクは彼の俳句が好きで、ボクがそれをその場で諳(そら)んじたことから交際が始まった。彼は土浦市にいた俳人。「葦枯れ村」など著書も多く、門人の数は数え切れないほどだった。撮影させていただいた方は数えきれないほどいるが、いつまでも心に残っていて、ファインダーに浮かぶ方は少なくない。彼もそのひとり。

彼の部屋を訪ねると、ここは書斎ではなく作業場だと笑っていたが、原稿用紙の束や文学書、辞書の類がうず高く積まれ、(当時はパソコンでなく)ワープロが2台とコピー機がデンとしていた。俳句誌「城」を主宰していた。そして彼は、俳句に熱心になったのは、病気になったから、と言った。

「若い頃、肺結核にかかりましてね。今はどうということないですが、その時は、目の前が真っ暗になった気がしました。入院するので本屋に行き、何か本がないかと探しても何もない。で、1冊売れ残っていたのが、この本だったんです」。彼は書棚から、古びて茶褐色になった本を取り出した、岩波文庫「一茶俳句集」。彼は、この本に人生が変えられてしまった、と語った。

「病気にかかったので、よかったと思う」

療養生活なんて何もすることないし希望もなかった。見舞いに誰か来てくれて、ゆっくり静養しろなんて言われると、かえって焦る。そして手術。当時の手術は、失敗が多かった。その寂しさ、取り残される気分はやり切れなかった。仕方なく、その本ばかり読んでいたという。「われときて遊べや親のない雀」なんて共鳴したそうだ。それから俳句にのめり込んでいったという。

「病気にかかったので、よかったと思う。それがなかったら俳句の道も知らず、仕事して定年を迎える味気ない人生だったろうと」。「俳句を通じて、たくさんの人とめぐり会えた。これがうれしい。苦しい病気のおかげで人生が変わったし、売れ残りの本が、その転機を作ってくれた。人生、どんなささいなことも大切にしなきゃならないと思います」

彼の句集は、いつもボクの枕元に置いてあるが、そろそろあの一茶句集のように古びてきた。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

【NEWSつくばからのお知らせ】スマホ版に一時不具合が発生しました

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宍塚の大池と絵本《宍塚の里山》107

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写真は筆者

【コラム・大田黒摩利】私事だが、神奈川県から茨城県に移住して30年になった。身近な自然が大好きで、引っ越してきてすぐにNPO法人「宍塚の自然と歴史の会」の観察会をタウン誌で見つけ、参加した場所が土浦市にある宍塚大池。タイムスリップしたかと思うような自然の残された環境に魅了され、すぐ会員になった。

会での様々な活動を通し、里山の自然環境は人の手で整備されることで、生き物たちの暮らしとの調和が成り立っていることを知った。皆さんには、本当にいろいろなことを教わり、経験もさせていただいた。年間を通して参加することで、四季の変化を感じることができ、私の中に里山の魅力が蓄積された。

この30年間、好きで描いていた野鳥や植物などのイラストで、出版関連の絵の仕事をいただけるようになった。自然や野鳥を扱った絵本の依頼もくるようになった。福音館書店の「ちいさなかがくのとも」という3~5歳児向け月刊誌では、絵のみの担当を含め7冊の本を出すことができた。

そのうち3冊は里山の絵本。季節の里山を歩きながらいいものを見つけて数えていく、カウンティングブックだ。『あきのおさんぽ いいものいくつ?』では、稲の実った谷津田で「たんぼには ばったが4ひき。はっぱのなかで かくれんぼ」と、4匹の隠れたイナゴを探す―そんな展開でページが進む。

『ふゆにさがそう いいものいくつ?』

このシリーズは、春、秋、冬版が発売されていて、季節を変えて里山でいいもの探しをする。宍塚大池、近所の公園、田んぼなどで取材をしているが、ほとんどは宍塚大池での写真やスケッチがもとになってお話を作った。

11月に冬版『ふゆにさがそう いいものいくつ?』が発売になったが、100パーセント、12月の宍塚大池の取材だ。ご存じの人には、なじみ深い光景がたくさん出てくる。絵本で生き物探しを楽しんでもらったあと、実際の里山に行き、ご自分たちのいいもの探しをしてもらいたい。

大池に行ったことない方、ぜひぜひ、行ってみてほしい。絵本で描いた本当の世界が広がっている。そして、季節を変えて訪れてみてほしい。林も池も昆虫も鳥たちも、みんな違う表情を見せてくれるはず。私の作った絵本から、里山に興味を持ってくれる子どもたちや親御さんが、出てくることを祈っている。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

<原画展> 「えほんやなずな」(つくば市竹園2丁目)で『ふゆにさがそう いいものいくつ?』開催中。12月10日まで。                            

土浦市民会館が登録有形文化財に 建築音響工学の大家が設計

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土浦市民会館の正面。角柱の列柱廊と正面全幅の大階段による古典主義的意匠の外観が評価された=土浦市東真鍋町

古典主義的意匠の外観が評価

国の諮問機関である文化審議会(佐藤信会長)は24日、土浦市東真鍋町の土浦市民会館(クラフトシビックホール土浦)を登録有形文化財(建造物)に登録するよう文科相に答申した。建築音響工学の大家として知られる佐藤武夫(1899-1972)が設計した。建物正面の列柱と、正面全幅の大階段など古典主義的意匠による外観が造形の規範となっていると評価された。

コンサートホールが登録有形文化財になるのは県内で初めて。関東では最大規模になる。官報に告示後、登録される。

同市民会館は1969年に完成した。地方自治体が所有する音楽などの多目的ホールとしては先駆け的な施設だ。建物の設計を担当したのは佐藤武夫設計事務所(現佐藤総合計画)で、主宰する佐藤武夫は建築音響工学の大家、古典主義建築の専門家として名をはせた。

大小の講堂やホールを総称したものをオーディトリアムと呼ぶ。単一の音楽ホールではなく、あらゆる催しものとそれに集う多人数が活用する多目的ホールとして計画され、様々な機能を用途目的に応じて独立して使用しながら、総合した一括使用が行える施設という特徴を持つ。近年、多目的ホールにはそのような機能が標準で備わるが、当時からオーディトリアムを目指す文化施設が増えつつあった中で、土浦では極めて早い時代にこれが実現していた。

大ホールの舞台。壁は建設当時から音響効果のよいクルミ材の化粧合板が使用され、側面壁と天井の曲面で音響を整える

施設の内装は、低域の吸音を重点に置き、素材や構造がまとめられたという。音響設備だけでなく、ホールの照明も意匠と機能を両立させた美しいデザインで表現されている。

市民会館は佐藤晩年の建築であり、当時の若手技術者が実際の設計を仕上げているが、音響実験に関してユニークな話がある。

音波が音源から伝播する経路を観察する方法を佐藤は自ら開発し「煙箱法」と名付けた。金属鏡で作った断面模型をガラス箱に収め、音ではなく光を使い、タバコなどの煙を充たす。後光が射すような光を当てると反射の経路が判り、音の伝播にも応用できるという仕組みだ。市民会館の音響性能は、こうした工夫の蓄積からもたらされている。

土浦市民会館は鉄筋コンクリート造3階建て、建築面積約3250平方メートル、延べ床面積5920平方メートル。築51年経った2020年には、意匠を保全しながら約21億6300万円かけて改修工事を実施し、耐震補強のほか、外壁の塗装や補修、大ホールや小ホールの客席の全面交換、トイレの改修やエレベーター新設などを実施した。吹き抜けのホワイエは当時のまま。

市文化振興課によると、登録申請に向けては、2021年11月に文化庁の調査官が現地確認し、今年2月、市が登録を申請した。

24日の答申を受けて安藤真理子市長は「大変うれしい。今から50年以上も前に県南地域の文化振興の拠点施設として建設された施設が、当時の外観・内装をできるだけ生かした大規模改修工事を経て、登録されることは、歴史ある本市において大変意義深い。半世紀にわたり、多くの皆様に愛されてきた当施設をこれからも一層ご利用いただき、文化芸術活動の発展につながるよう願っています」などとするコメントを発表した。

今回の登録により、県内の登録有形文化財(建造物)は295件になる予定。土浦市民会館は文化・福祉系施設に分類されるもので、県内には旧共楽館(日立武道館 日立市)、幕末と明治の博物館別館(大洗町)、個人医院など5件の登録建物が存在する。(鴨志田隆之)

➡土浦市民会館の過去記事はこちら(2020年5月16日付)

➡佐藤武夫の関連記事はこちら(20年5月17日付)

運転手不足で路線バスを減便 土浦、つくばなど8市町 関東鉄道 

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関東鉄道の路線バス=TXみどりの駅前

12月20日から 平日8.5%減

県南地域などで路線バスを運行する関東鉄道(本社土浦市、松上英一郎社長)は21日、バス運転手不足が深刻化していることなどから、12月20日のダイヤ改正で路線バスの減便を実施すると発表した。

減便の対象は土浦、つくば、阿見、牛久、龍ケ崎、取手、守谷、常総の8市町を運行する32路線の49系統で、平日は総便数の8.5%に相当する235便を減便、土日祝日は6.1%の116便を減便する。

同社によると、利用者に比較的影響が少ない午前6時より前の便と、午後9時以降の便を中心に減便する。具体的にどの便が減便になり運行ダイヤがどう変わるかについては、12月14日までに同社のホームページやバス停、バス車内で知らせるとしている。

バス運転手がすでに不足しているほか、来年4月からバス運転手の時間外労働の上限が規制されるいわゆる「2024問題」などから、やむを得ず減便を実施するとしている。

一方、運転手確保について同社は、今年1月から新しい賃金体系を導入したり、入社祝い金、転居支援金の支給など積極的なバス運転手の採用に努めており、引き続き採用活動の強化に努め、労働条件の改善により離職を防止し、公共交通の維持に努めたいとしている。

バスの運行をめぐっては、つくば市のコミュニティバス「つくバス」についても来年4月から、運転手不足と時間外労働の上限規制により、運行本数を平日13.9%減便、土日祝日32.8%減便する方針が8日の同市公共交通活性化協議会に示されている(11月8日付)。


▷12月20日から減便の対象になる路線バス32路線(49系統)のうち、土浦、つくば地区の路線は以下の18路線。
・牛久駅~谷田部車庫~筑波大学病院線
・牛久駅~森の里~緑が丘団地線
・牛久駅~桜ケ丘団地~みどりの駅線
・藤代駅~自由ケ丘団地線
・取手駅~谷井田~谷田部車庫線
・水海道駅~みどりの駅~土浦駅西口線
・みどりの駅~学園並木~土浦駅西口線
・みどりの駅~農林団地中央循環線
・土浦駅西口~阿見坂下~阿見中央公民館線
・土浦駅西口~補給処~荒川沖駅東口
・土浦駅西口~小岩田循環線
・土浦駅西口~烏山団地線
・土浦駅西口~桜ニュータウン線
・土浦駅西口~つくばセンター線
・土浦駅東口~つくばセンター~つくばテクノパーク大穂線
・荒川沖駅東口~県立医療大学線
・荒川沖駅西口~つくばセンター線
・ひたち野うしく駅~つくばセンター線

仙台という町の魅力《遊民通信》77

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【コラム・田口哲郎】

前略

先日、旅行で仙台に行ってきました。私は高校卒業まで12年間を仙台で過ごしましたので、思い出深い町です。仙台といえば杜(もり)の都として有名です。杜の都というのは伊達政宗が家臣の屋敷に果樹などの樹木を植えるよう推奨したことで、都市計画と植栽が絶妙なバランスでうまくいき、その伝統が現在の仙台市にも受け継がれているという意味だそうです。

たしかに、青葉通り、定禅寺通りのけやき並木は見事ですし、メインストリートのつき当たりには西公園という広瀬川沿いの崖の上にある緑地があり、都会の中でも存分に自然を感じられます。

ヒューマンスケールに見合った町

仙台平野の北端に青葉山があり、より北には泉ケ岳がそびえます。この都心へのアクセスもよい北側エリアには、バブル期に東京に本社を置く大手デベロッパーがニュータウンを開発しました。私はそこに住んでいました。

今回、自家用車でニュータウンに行きました。団地の住人の高齢化が進んでいたものの、空気がきれいなのか家々は古びておらず、20年前とそんなに変わらない光景がありました。団地から駅前(仙台では「まち」と言います)までは車で15分でした。住んでいた当時は、郊外は「まち」まで出るのに不便だなと感じていました(バスだと40分かかりました)が、その考えが間違っていることに気づかされました。

団地から「まち」までは近かったのです。車も多くなく、道も空いていました。茨城県南を含む首都圏では考えられないことです。仙台という町がいかにコンパクトで、都市機能が集中しているのかがわかります。あまり移動に時間をかけなくても、都市生活が送れるのはとても魅力的だと思います。

仙台駅前から勾当台(こうとうだい)公園までつづくアーケイド街を歩きました。古くからの仙台のお店はかなり閉店していて、チェーン店が増えていました。残念なことですが、裏を返すと、仙台でも東京と変わらないお店に行けるようになったということです。今回は仙台という町が持つポテンシャルを改めて知る機会になりました。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

韓国事情:インドネシア、ベトナムに続き《文京町便り》22

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】10月下旬、韓国ソウルを訪れた。ソウル国立大学アジアセンターSNUAC・政治社会学会ASPOS共催の国際コンファレンス(10月27日)に参加・発表(基調講演)するためである。コンファレンスのテーマは、“Digital Globalization and Its Unequal Impacts on East Asia: Platform Economy, Migration, and Democracy(東アジアへのデジタル・グローバリゼーションの不均等な影響:プラットフォーム経済、移民、民主主義)”だった。

政治社会学会ASPOSは2010年3月に発足し、第1回研究大会(2010年10月)を早稲田大学で開催している。私自身は創立メンバーで第2代理事長だが、この国際コンファレンスは当初から、韓国SNUACと日本ASPOSが交互に隔年で開催してきた。コロナ禍の20年・21年は開催を見送ったものの、22年に同志社大学で再開したのに続いて、今年はソウルでの開催になった。

参加者は日韓に限定せず、今回でいえば、モンゴル、台湾(香港出身)、フィリピン(東洋大学に在籍)などもいたが、この会議の特徴はあくまでも個人資格での参加なので、所属国・機関の立場・主張を代弁するものではない。この継続には、カウンターパートの韓国SNUACの創立所長であるヒュンチン・リム名誉教授・韓国科学アカデミー会員の強力なリーダーシップと先見性が貢献している。

VUCA時代にはGDPを超えて

私の基調講演は“Political Economy in 21st Century: In the Age of Volatility, Uncertainty, Complexity, and Ambiguity(21世紀の政治経済学:変動、不確実、複雑、多義=ブーカ=の時代)”で、この頭文字を取った「ブーカ(VUCA)時代にはGDPを超えて」が趣旨だった。

併せて私は、OECD(経済協力開発機構、1961年創設、日本は1964年から、韓国は1996年からメンバー国)のWorld Forum on “Statistics, knowledge, and Policy(統計、知識および政策に関する世界フォーラム)”(第1回は2004年にイタリアで)を韓国は2回開催していること、第7回は2024年にWorld Forum on ”Well-being: Approaches for a Changing World(統計、知識および政策に関する世界フォーラム)”と名称を変えてイタリアで開催予定(2回目)だが、日本では一度も開催していないことを指摘した。

今回の会議で印象に残ったのは、台湾の国立政治大学・客座教授の陳健民氏の発表だった。香港出身の彼は、2014年雨傘運動のリーダーでもあった。今回の参加者には(私を含めて)戦後ベビーブーム世代もいたが、雨傘運動の経緯と顛末(てんまつ)には同情を禁じえなかった。陳氏の遠くを見るまなざしと深い悔悟の念に、心が揺さぶられた。

ソウル市内は韓国車が8

ところで、文京町便り2021でインドネシアとベトナムの交通事情を語ったので、韓国(ソウルに限定)の自動車事情も補足しておく。ただし、これは、あくまでも私の数日間の滞在中の観察に基づく印象であって、データに基づくものではない。

何にせよ、日本車が少ない。6割以上がヒュンダイ(現代自動車)で、傘下のキア(起亜)も含めると、8割が韓国車。外車は、ベンツ・BWMなどで2割程度。日本車は、トヨタを数台見かけたほかは、日産・ホンダは皆無に近い。このうちどれだけがEV車かは、私の乏しい識別能力では判別できない。

とはいえ、再び日本再上陸を進めているヒュンダイ戦略の今後が気になるところではある。(専修大学名誉教授)

仮面夫婦《短いおはなし》21

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】


サイドテーブルの上に離婚届。
今日、姪(めい)の結婚式に夫婦そろって出席した後、私たちは離婚する。

「ねえ、麻衣のために、今日だけは円満な夫婦を演じてね」

「わかってるよ」

夫は白いネクタイを無表情で結び、部屋を出て行った。
姪の麻衣は、子供がいない私たちにとって娘のような存在だ。
麻衣を悲しませたくないのは、私も夫も同じだ。

タクシーの中ではひと言も話さなかった夫が、式場に着くなり兄と義姉のところに駆け寄り、「おめでとうございます」とにこやかに言った。

「武夫君、仕事が忙しいのに悪かったね、平日の式なんて迷惑だったろう」

「いえいえ。麻衣ちゃんは僕にとっても娘みたいなものです。かわいい姪のためなら仕事なんて休みますよ。なっ、亮子」

夫が半年ぶりに私の名前を呼んだ。まあ、演技がうまいこと。
それなら私も女優になろう。夫に寄り添い、仲良し夫婦みたいに笑った。

「麻衣の理想の夫婦はね、武夫さんと亮子さんなのよ」

「え?」

「お互い仕事を持っていて、尊敬しあっているからですって」

義姉の言葉に、思わず夫と顔を見合わせてしまった。

「ふたりの生活スタイルが、おしゃれでカッコいいって言ってたわ」

麻衣が頻繁にうちに来ていたころ、夫と私は今みたいに険悪じゃなかった。
家事を分担したり、お互いの仕事の話で意見を言い合ったりした。
あの頃は楽しかった。

いつから歯車が狂ったのだろう。
夫も同じことを考えていたようで、席に着くなりため息をついた。

「子供がいたら違ったかしらね」

私の小さなつぶやきに、夫は何も答えなかった。
子供がいない人生を選んだのは私。原因がそこにあるなら、もはや修復は不可能だ。

ウエディングマーチが流れて、兄と腕を組んだ麻衣がバージンロードを歩き始めた。
ため息が出るほどきれいだ。
麻衣は、私たちを見つけると、無邪気な笑顔で手を振った。
途端に、夫が号泣した。うそでしょう。
それはもう、周りが引くほど泣いている。
ハンカチを手渡して、気づけばその手を握っていた。

式と披露宴、私たちは円満な夫婦を演じきった。
私たちの演技はうまかった。演技であることを忘れるほどだった。
披露宴の後、麻衣が私たちのところに来て言った。

「今日はありがとう。私、ふたりのような家庭をつくるね」

さすがに胸が痛む。

「私たちみたいになっちゃだめ。ちゃんと子供を産んでお母さんになりなさい」

いくらか涙声になってしまった。
すると夫が、後ろから私の肩に手を置いた。

「俺は子供がいなくてよかったよ。だってさ、姪の結婚式でこんなにぼろぼろだよ。自分の娘だったら会場が洪水になる」

あははと麻衣が笑ったけれど、私は涙が止まらなくなった。

帰りのタクシーを待っていると、夫がネクタイを緩めながらぽつりと言った。

「ちょっと飲んでいくか」

「…じゃあ、武夫のおごりね」

私は、久しぶりに夫を名前で呼んだ。

仮面が少しだけ外れた11月22日。
世間では、「いい夫婦の日」と言うらしい。

(作家)