水曜日, 10月 21, 2026
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米価格の高騰と反落を語る JA水郷つくばの油原組合長【キーパーソン】

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油原正明さん

1年前は米の小売価格が高騰し、店頭に並ぶ標準米の5キロ入りが4000円台半ばになった。ところが今年は反落し、最近では3000円以下で推移している。消費者にとって「昨年は困惑、今年は歓迎」の構図だが、日本人の主食が1年の間に1袋1500円も動くのは尋常でない。そこで、4カ月前にJA水郷つくば(本部土浦市小岩田西)の代表理事組合長に就任した油原正明さんに、生産者の立場から米の価格問題を語ってもらった。今年の急落の原因をつくった農林行政に対する苦言はかなり厳しい。

咋年米が残り新米が倉庫に入らず

―今年産米の価格が下落しているが、その現状と背景は?

「最近、商社系の米集荷業者が撤退あるいは廃業しているとの記事を目にした。事実、高値で買い集めた2025年産米の在庫が重荷になり、事業撤退や廃業に追い込まれた業者も少なくない。仕事を続けている集荷業者も、26年産新米の集荷に二の足を踏み、今年は農家が生産した新米が行き場を失っている状態だ。

JAは予約契約を結んでいる稲作農家の米は例年通り集荷しているものの、価格交渉は厳しく、苦戦している。消費者にとって価格が安いことはうれしいと思うが、今後の稲作農家の経営を考えると頭が痛い。

価格が高騰した昨年は、政府から『JAもリスクを取って買い取りなさい』との指導があった。昨年は集荷業者との高値買い取り競争もあり、1俵(60キロ)3万5000円まで高騰したが、今年は1俵2万円以下でも、需要先に売るのが難しい状態だ。咋年産米が倉庫に山積みになり、今年産の新米が倉庫に入らないといった事態も発生している。

価格上下の責任は、米の需給を見誤り、政府備蓄米を大量に放出した政府にある。当時の小泉農相は『米をジャブジャブにする』と発言し、備蓄米の追加放出を断行した。こうした政策のしわ寄せが、今、生産農家にきている。生産者が安心して生産ができ、消費者は安定して購入できる―政府はそういった価格体系に持っていかねばならない」

JA水郷つくば本店が入る建物

生産者と消費者が納得できる農政を

―米価の安定、価格の平準化に向け、どうしたらよいか?

「JAは農家組合員で構成される団体だから、当然、生産者米価を意識している。ここ数年の資材高騰で、今後も農業経営が継続できるか、米農家は心配している。肥料や農薬など原料を海外に依存しているものが多く、中東情勢や米大統領の行動がもたらす悪影響に一喜一憂している。

田んぼ1~3ヘクタールを耕作する農家の1俵当たり生産費は2万535円と、公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構は先に発表している。JAは1俵2万円台の価格で農家から買い上げ、消費者に届けたいと考えている。しかし、咋年産の売れない在庫米が多く残っており、今年の価格はJAが目標とするレベルになっていない。

昨年、当時の小泉農相が『米の適性価格は消費者の購入価格だ』と発言したが、これには頭をガーンと叩かれたような思いだった。消費者だけでなく、生産者も納得がいく―そういった落としどころを探るのが政府の役割ではないか。国の安全保障が大切なように、国は主食である米の安定生産・供給、つまり食料安保も図らなければならない」

【ゆはら・まさあき】1981年、東京農業大学卒、茨城県経済連(現JA全農)に入る。2016年、水戸中央青果(株)常務。2020年、JA水郷つくば常務理事。同代表理事専務を経て、2026年6月から代表理事組合長(前組合長の池田正さんはJAグループ茨城5連会長に就任)。高校野球、プロ野球、米大リーグのファン。1958年、龍ケ崎市の農家に生まれ、現在も同市在住。

【インタビューを終えて】昨年のトンデモ米価は、商社系の集荷会社が米は不足すると読んで買い集め、その動きが流通経路に広がり形成されたと聞く。つまり、流通経路で起きた経済事件だった。原油由来のエネルギーや製品素材、米のような価格は流布情報に影響される。政府備蓄米操作は価格平準化の一策だが、うまく運用しないと需給バランスを崩す。消費者物価に連動するぐらいにコントロールする賢さが必要だろう。(坂本栄)

原子力のメッカ、東海第2原発の未来は《黄昏の原子力》1

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海側からドローンで撮った東海第2原発(筆者提供)
披田信一郎さん

【コラム・披田信一郎】茨城県東海村にある東海第2原発は、48年前の1978年11月28日、沸騰水型(BWR)原子炉による110万キロワットの大型商業用原発として運転を開始した、この国でも極めて古い老朽原発だ。2011年の東日本大震災では津波をかぶって、「あわや」というところまで行った被災原発でもある。

その時から15年以上止まったままだが、事業者の日本原子力発電(日本原電)は再稼働させるとして、福島原発事故を受けた「新規制基準」への適合性審査を受けてきた。2018年に許認可を得て、その後「安全対策工事」が進められてきている。工事終了予定を今年12月としてきたが、8月末に4回目となる延期で「2028年下半期に」とした。

一部の審査や工事全体の遅れもあるものの、この間、3年以上も工事が止まってきた。原因は、安全対策の要である津波への防潮堤建設で欠陥工事を引き起こし、工事関係者による内部告発を受けてようやく公表したという問題だった。当初、コンクリートの未充填(じゅうてん)やら変形した鉄筋などを、補修で解決しようとしていた日本原電だが、原子力規制委員会・規制庁からはそれでは済ませられないと、その基礎部分の「設計および工事計画の認可」の取り直し、構造の変更申請となった。

3年に及ぶ審査で、8月末、ようやく「おおむね妥当」とされたが、未だに細部の審査は続き、正式な認可はまだだ。

欠陥工事となった地中の基礎を撤去しての作り直しも出来ず、出来てしまっている欠陥のある鉄筋コンクリートの地中壁を残したままにして、鋼管杭を追加し、さらに地盤の改良工事も加えることで、4600トンという鋼製の防護壁を支えて地震や津波に耐えられる構造設計となることが計算上認められるというのだが、審査にあたってきた規制庁の審査官にも不安が残っているように見受けられる審査過程だった。

防潮堤新設が安全対策工事の要

東海第2原発はそもそも50年以前の古い設計で、大規模な地震や津波対策が想定されていなかった。あの3.11の教訓から、高さ(標高)20メートルの防潮堤新設が安全対策工事の要とされていた。それにもかかわらず、既存の取水口をそのままに、津波を正面から受け止める防潮堤を作るとした設計から無理があったと思えている。

狭い敷地での難工事に、土木建設に不得手な原子力専業会社の日本原電が、工事監理しきれずに起きた問題を、この次は慎重に施工管理していくというのだが、私たち住民も、原子力規制委・規制庁も、それ以上に発注者の日本原電自身が不安を感じているのではないだろうか。

その結果を、実際の大地震・大津波が起きて検証するしかないのではたまらない。このコラムを《黄昏(たそがれ)の原子力》としたのは、今、再稼働を目指そうとしている東海第2原発自体が以上のような状況であり、原子力のメッカと自称すらした東海村・大洗町を抱える私たちの茨城県の原子力の未来は、すでに黄昏(たそがれ)に入っているという思いから、原発、再処理施設、新たに文献調査を受けてしまった常陸大宮市の最終処分地問題など、つれづれに報告をしていこうと考えている。(元龍ケ崎市議、東海第二原発差止訴訟原告)

【ひだ・しんいちろう】親の仕事で各地を転々とし、龍ケ崎市に住むようになって39年。原子力業界の専門紙の仕事をしていたこともあり、原発や再処理など原子力利用の危険性や住民運動に関心を持つ。現在、東海第二原発差止訴訟の原告。JCO臨界事故などを通して知らされた原子力利用の問題に茨城県民のひとりとして、関心を持ち続けている。1948年、東京生まれ。元龍ケ崎市議会議員。

つくばの記憶 1970年代の竹園と千現《デザインを考える》37

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1974年の竹園3丁目航空写真(筆者提供)

【コラム・三橋俊雄】京都では「先の戦い」と⾔えば、「応仁の乱のこと」だといいます。そこには、⻑い歴史の延⻑線上に今の⾃分がいるという感覚があるのかもしれません。では、つくばに暮らす私たちは、このまちの歴史と今の⾃分とを、どこかで重ね合わせて感じることがあるでしょうか。

私は以前から「つくばの根っこ」を知りたいと思い、つくばの語り部の⽅々から話をうかがってきました。今回は、研究学園都市の建設が始まった1970年代の⽵園や千現での暮らしについてのお話です。

道路はぐちゃぐちゃだよ

つくばに移ってこられた人たちが、どのように買い物をし、⼦どもたちはどこで遊び、住⺠同⼠はどのような関係を築いていたのか。そこには、今では⾒ることのできない⾵景や暮らしがありました。その1ページを、EHさんの記憶からたどってみたいと思います。

EHさん⼀家は1972年、⽵園の公務員宿舎101棟に⼊居しました。翌年、108棟に移り、1978年には千現に家を建てました。この分譲地に家を建てたのは、EHさん⼀家が最初だったといいます。

前年の1971年、初めて現地を訪れたときのことを、EHさんはよく覚えています。⼟浦から来て「倉掛」でバスを降りたものの、周囲には何もありません。遠くに公務員宿舎らしき建物が⾒え、⾏き⽅を尋ねると、「奥さん気をつけな、道路はぐちゃぐちゃだよ」と⾔われました。農道のようなぬかるんだ道を歩いて⽵園までたどり着きました。当時、まだつくば市は存在せず、市が誕⽣するのは1987年のことです。

1972年に⼊居したころも、101棟にはまだ2家族ほどしか住んでいませんでした。街灯もなく、夜になると真っ暗でした。造成中の東⼤通りでは、住⺠の⼥性たちが⾃転⾞の練習をしていました。⾵が吹けば⼯事現場の埃が舞い、初夏にはカエルの声が聞こえました。

買い物も不便でした。研究所から⼟浦へ買い物⽤のマイクロバスが週に2回ほど出たほか、現在も銀⾏の建物が残る付近には、⼟浦から⾁屋などが出張販売に来ていました。倉掛にあった吉⽥商店も貴重な店でした。

じゃあここに住もうか

しかし、不便だったからこそ、住⺠同⼠のつながりは強かったといいます。農協から野菜や鶏をまとめて買い、みんなで分けました。洗濯物を干している家には「⾬が降ってきたわよ」と知らせたり、「たくさん買ったから半分分けるわよ」と声を掛け合ったりしました。⼦どもたちは棟の前に出したビニールプールで⼀緒に遊び、⺟親たちは習字やピアノ、英語など、⾃分のできることを近所の⼦どもたちに教えました。

保育所がなかったため、住⺠たちは桜村の村⻑に掛け合い、保育所をつくってもらいました。⽣活に必要なものを、住⺠⾃⾝が声を上げながら、ひとつずつ実現していった時代でもありました。

EHさん⼀家が千現に住むことになったきっかけも、当時のつくばの様⼦をよく伝えています。⽵園に住んでいたころ、息⼦を二の宮のプールへ連れて行く途中、辺りには松林が広がり、ウグイスが鳴いていました。息⼦が「とってもいいところだね」と⾔い、その⼀⾔をきっかけに「じゃあここに住もうか」と、千現に家を建てることを決めたといいます。

まちは変わり、それを覚えている⼈たちの記憶もやがて失われていきます。⼀⼈ひとりが⼼に刻む「つくばの暮らしや⾵景の1ページ」を集め、未来へ⼿渡していく。それもまた、今を⽣きる私たちだからこそできる、わがまちの歴史を紡ぐ営みではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)

各国で収めた人々の暮らし 石川多依子さん写真展「一期一会2」

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グアテマラの衣装を着た石川さん

土浦在住の写真家、石川多依子さんが海外で出会った人々や印象に残った光景を写真で表現する「一期一会2」展が、20日から土浦駅西口前の土浦市民ギャラリー(同市大和町)で開かれる。今回はグアテマラ、ポルトガル、オマーンの3カ国で撮影した写真が並ぶ。

露天市に集まる民族衣装姿の女性たち

カラフルな民族衣装に刺激 グアテマラ

石川さんの「一期一会」展は、旅先で出会った人たちの普通の姿や、その国の日常のありふれた様子を撮ったもので、年1回のシリーズを予定している。昨年の第1回では11の国と地域をそれぞれ4~5枚の組写真で紹介した。今回の第2回ではもっとじっくり見てほしいと、3カ国に絞り、各20枚ほどで構成する。

石川さんがグアテマラを訪れたのは2002年。メキシコ・グアナファート大学の文化祭でパッチワークキルト展を開催した際、せっかく来たのだからと、3週間の滞在期間のうち1週間を隣国のグアテマラへ足を延ばした。

「マヤ文明のピラミッド型神殿で知られるティカル遺跡付近の山中では、火を焚いて古いマヤの宗教儀礼が行われていた。高山地帯の美しいアティトラン湖畔の村々の女性の衣装は村ごとに異なっていて、少女からおばあさんまでが赤や藍色を基調とした同じ模様の民族服を着用。村でも街でも女性の民族衣装のカラフルで独特な色遣いにとても刺激を受けた」と石川さん。

迷路のような街並みを歩く ポルトガル

民家の外壁を飾る、素朴な絵柄のアズレージョ

ポルトガルの旅は2018年。リスボンの旧市街アルファマは丘の中腹にあり、迷路のような路地や坂道が続く趣のある街。ただでさえ狭い道に自動車も路面電車も走り、車に路上駐車されると電車は通れないので、運転手は電車から降りて車の持ち主を探しに行くという。

ここでの石川さんの目当ての一つは、伝統的装飾タイルのアズレージョ。「首都リスボンでも建物の外壁や床、天井など至るところに飾られている。古い時代のものは青一色の幾何学模様だが、フリータッチの筆遣いや子供が好きなメルヘンチックなアズレージョにも遭遇した」

もう一つの目当てはファド。「ポルトガルギターの伴奏で情感たっぷりに歌う伝統歌謡で、アルファマはファド発祥の地としても知られ、夜になるとあちこちのバーやレストランからファドの生演奏が漏れ聞こえる」

廃墟と灌漑に魅せられる オマーン

オマーンのオアシスの街、ビルカット・アル・マウズを訪ねたのは2019年。ここにファラージと呼ばれる灌漑システムがある。紀元前にはすでに使われていたといい、山から湧き出た水が水路を勢いよく流れ、人々の生活用水になったり、デーツ(ナツメヤシ)林を潤している。ビルカット・アル・マウズから車で20分ほど離れた二ズワの街は、ファラージが世界遺産になっている。

「ビルカット・アル・マウズには3つの廃墟がある。ここを拠点としていた人たちは、1950年代の内乱のとき空爆を受けて村を離れたのだそうだ。廃墟の中を歩いてみると、ドアが取り付けてあったり洗濯物が干されていたりなど、今でもあちこちに生活の気配がある。時代が経ても利用され、住んでいる人がいることに驚かされた。二ズワの廃墟も同様に再利用されていた」

灌漑で水遊びをする子どもたち

(池田充雄)

◆石川多依子写真展「一期一会2」は20日(火)~25日(日)、土浦市大和町1-1、アルカス土浦1階、土浦市民ギャラリーで開催。開館時間は午前10時~午後5時(初日は午後1時から、最終日は午後4時まで)。入場無料、駐車料金は2時間無料(駐車券を事務室に提示)。問い合わせは電話029-846-2950(同ギャラリー事務室)

土浦の花火100年の紡ぎ ⑽《見上げてごらん》57

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土浦の花火オフィシャルカレンダー2026の表紙と10月の暦

【コラム・小泉裕司】土浦の全国花火競技大会は1992年以降、新たな挑戦の歴史に入る。今回は、その主な動きを記しておきたい。

1992年:土浦と大曲の大会名の違い

秋田県大仙市の大曲の花火大会名は「全国花火競技大会」だが、土浦は「土浦」を冠している。同じ内閣総理大臣賞が授与される大会なのに、なぜ名称が違うのかと疑問に思う方もいるかもしれない。実は、かつては両大会とも「全国花火競技大会」の名称で開催されていた。1992年、両大会の区別を明確にするため、土浦が現在の名称に変更し、今では全国的に定着している。

2000年:審査基準の差別化

内閣総理大臣賞の創設に当たり、国から「明確な審査基準を設けなければ、賞を授与することはできない」との条件が示された。そこで、大曲の審査基準を参考にしながらも、土浦らしい基準を熟考。3部門の優勝者から、煙火技術の向上に寄与するとともに、観客に感動を与えた作品を総合的に判断して選ぶこととした。

一方、大仙市の大曲「全国花火競技大会」では、全4部門の総合評価(合計得点)が最も高かった花火業者に、内閣総理大臣賞が授与される。

2000年:土浦花火づくしの感動

この年に始まった「土浦花火づくし」(9月20日付コラム)は、当初一度限りの予定だったが、反響が大きかったことから継続開催が決まった。現在も日本煙火協会茨城地区会の6社が企画・打ち上げを担い、競技花火とともに観客に感動を届けている。

2011年:余韻に浸るエンディング花火

第80回記念大会では、来場者への感謝を伝えるとともに、花火の余韻に浸りながら帰路についてもらおうと、「エンディング花火」を企画した。7号玉80発を音楽に合わせて打ち上げた。この企画を機に、翌年以降も大会回数と同じ数の花火を打ち上げることとなった。

2014年:競技開始前にレクチャー花火

第83回大会からは、花火をより身近に感じ、競技大会を一層楽しんでもらうための取り組みも始まった。「レクチャー花火」は、花火の種類や星の開き方などを事前に解説し、理解を深めてもらう企画で、伝統的な菊花火から最新の点滅花火、人気の冠菊など10種類の5号花火を打ち上げる。

花火師登場!

2014年:超人気の花火師登場

花火師たちを紹介するとともに、前大会の内閣総理大臣賞受賞者があいさつし、花火師たちの意気込みを伝えるものだ。当時、県外の花火大会では、打ち上げ終了後に花火師と観客がエールを交換する取り組みが始まっていた。堤塘(ていとう)など地形的な制約から同様の演出が難しい土浦が、知恵を絞って生み出した企画である。いずれも好評を博している。

2025年:規制退場待ちにアフタートーク

2025年の100周年記念第94回大会では、コロナ禍を経て導入された規制退場に協力し、退場を待つ来場者への「おもてなし」として、花火鑑賞士やラジオ解説者によるトークショーを場内放送した。当日の競技大会の感想や審査結果の予想などを語る企画は好評を博し、今年も実施に向けて準備を進めている。

営々と築かれた歴史に安住せず、「新しい挑戦」と「おもてなし」を追求する実行委員会。「お越しいただいた皆さんに楽しんでもらいたい」という一心で創り上げられる「土浦の花火」の進化は、これからも止まらない。

さあ、今年も土浦の夜空を舞台に、心を揺さぶる感動の時間が幕を開ける。本日はこれにて打ち留めー!(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「土浦と大曲の友情物語」(2023年製作)※YouTube動画(15分)配信中

帰郷の理由《短いおはなし》56

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写真は筆者

【ノベル・伊東葎花】都会暮らしをやめて、故郷に帰ることにした。
忙しさを言い訳に、かれこれ15年も帰っていない。

「もしもしお母さん、明日帰るから」

「えっ、何で帰るの?」

「何でって、何でもいいでしょう」

「よくないでしょう。何で帰るのよ」

「なに、迷惑なの?」

「違うよ。何で帰るのか、聞いてるだけよ」

「もういい。とにかく帰るから!」

覚悟を決めて電話したのに、何だか拍子抜け。
娘が実家に帰るのに理由が必要?
しかも15年ぶりに帰る一人娘に、第一声がそれ?
まあ、帰らなかった私も悪いけど、「待ってるよ」くらい言ってもよくない?

そもそも理由なんてひと言じゃ言えない。
40歳手前で10年付き合った男と別れて、仕事に生きようと思ったら新任の上司とそりが合わずに転職。
転職先は信じられないブラック企業で即辞表。
おまけにアパートのオーナーが変わって、立ち退きを要求された。
ここ1年でいろいろあって疲れちゃった。
貯金があるうちに、地元に帰ってやり直そうって思った。
とりあえず帰って、落ち着いてからゆっくり話すつもりなのに、いきなり理由を聞くなんて。
もしかして、15年も帰らなかった仕返し?
まあいい。とにかく帰る。今の私にはそれしかないんだ。

在来線に揺られること3時間。
乗り継ぎのローカル線で30分。
懐かしい駅は変わっていない。
ああ、なんて静か。のんびりしている。山が近い。
実家はここからバスで30分。
時刻は午後5時。もう辺りは暗いし、少し寒い。
早く帰ろうとバス停に向かったら、バス停がない。
嘘でしょう? 通りかかった自転車の高校生に尋ねてみた。
「バス、ないですよ。3年前に廃線になって、今はありません」
なんですって? 確かに私がいたころから乗る人まばらだったけど、まさか廃線?
すぐに母に電話をかけた。しゃくだけど迎えに来てもらうしかない。

「お母さん、バスないんだけど」

「そうそう、なくなっちゃったのよ」

「あのさ、悪いけど迎えに来てくれる?」

「無理よ。お母さん、70歳過ぎてから免許返納したんだわ。今はほら、ネットスーパーもあるし、乗り合いタクシーもあるからね」

「えー、じゃあ私、どうしたらいいの?」

「だから聞いたでしょう。何で帰るのって(バスないけど)」

「えっ、何で帰るって、そういう意味?」

「あんた、電話切るの早いから。タクシー乗りなさい。5千円くらい持ってるでしょ」

げげ、タクシー代が5千円? 田舎なめすぎてた。

私は、山道を走るタクシーのメーターが、どんどん上がるのを眺めながら思った。

「まずは免許取ろう」

懐かしい家に帰ると、お母さんはご馳走を作って待っていた。

「ああ、久々のお母さんのご飯、おいしい」

「ところであんた、何で帰って来たの?」

「え、電車とタクシーだよ」

「そうじゃなくて、何で帰って来たの?」

「だから電車とタクシー」

「いや、だから、そうじゃなくて何で帰って来たの?」

「だから、電車と……」

日本語ってややこしい。

 (作家)

新たにモバイルバッテリーの発火想定も 大規模地震想定しTXが総合訓練

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車外へ誘導される乗客役たち

大規模地震で走行中の列車が被災した事態を想定し、つくばみらい市筒戸にあるつくばエクスプレス(TX)総合基地で16日、2026年度異常時総合訓練が開かれた。実施したのは、TXを運行する首都圏新都市鉄道(東京都千代田区)。開業翌年の2007年から始まり、今年で19回目。乗客の避難誘導や負傷者の救護、連絡・通報体制などを、地元の消防、警察と連携して確認した。今年は新たな取り組みとして、近年、列車内でも発生が相次ぐモバイルバッテリーの発火を想定した訓練も実施された。

訓練は、守谷―みらい平駅間の高架上を走行中の列車が緊急地震速報を受信して停止。直後に発生した震度6強の地震で車両の一部が脱線、架線や線路も損傷し、乗客11人が負傷したとの想定で行われた。地震の揺れで乗客が落としたモバイルバッテリーが発火した想定も加え、車内での初期消火などを訓練した。TX職員のほか、常総市水海道地区、守谷市、つくばみらい市の3市を管轄する常総広域消防本部、県警常総、取手両警察署などから約200人が参加した。

はしご車で移送される重症者役

乗客が初期消火、障害者や外国人の避難誘導も

午後1時20分、緊急地震速報を知らせるサイレンで訓練が始まった。緊急停車した列車内で、乗務員が乗客や車両・設備の状況を確認。その最中に乗客のモバイルバッテリーが発火し、居合わせた乗客が初期消火に当たった。

消火を確認した後、先頭車両正面の非常用扉と次号車から非常用はしごを使って避難誘導を開始。乗務員と駆け付けた駅係員らの先導で、まず視覚障害者、聴覚障害者、軽症者の役を務める参加者らが、乗務員やほかの乗客の手を借りながら降車した。外国人乗客役には、あらかじめ登録したメッセージを多言語に翻訳して発信できる「多言語メガホン」を使って避難を呼びかけた。

耐火バッグに収納され、車外に搬出されたモバイルバッテリー

続いて、5号車に残る重症者役の2人を担架で搬送し、はしご車を使って高架下へ移送した。車内に残った鎮火後のモバイルバッテリーは、到着した消防隊員が、隣接する守谷駅から持参した耐火バッグに収納して車外へ搬出した。

このほか、油圧ジャッキを使って脱線車両を線路に戻す作業や、破断したレールの修復なども行われた。

脱線した車両を線路に戻す

「乗客と一緒に考えていかなければ」

訓練後、首都圏新都市鉄道の渡辺良社長は、実際の災害では複数の事象が重なり、状況が複雑化する可能性があると指摘した。現場での状況把握や情報共有、迅速な対応を訓練を通じて磨くとともに、消防や警察との連携を深め、限られた作業スペースで負傷者を安全に搬送するなど、実践的な対応力を高めていく考えを示した。

また、モバイルバッテリーの発火については、乗務員がすぐに対応できない車内で火災が起きた場合、周囲の乗客の協力も重要になるとし、車内の通話装置を使って乗務員に連絡することが基本となる一方、乗客にどこまで協力を求められるかは難しい課題だとした。その上で、「電車は、閉鎖された空間の中で高速移動しているという特殊性がある。その中での心構えといったことを、お客様と一緒に我々も考えていかなければならない」と述べた。鉄道各社や国とも連携し、乗客と協力して対応する方法を検討する必要性を強調。外国人や障害のある乗客への対応も含め、緊急時に備えた取り組みを進める考えを示した。

開会式であいさつに立つ首都圏新都市鉄道の渡辺良社長

同社の安部雅俊鉄道事業本部長は、モバイルバッテリーの発火が近年増加していることに触れ、「どんな事象が起きても、今日の訓練を生かして冷静沈着に判断し、迅速かつ的確に対応していきたい」と語った。

つくばみらい消防署の森田誠署長は、今回の訓練について、「列車の脱線に伴う火災と負傷者の発生を組み合わせた複合的な想定だった」と説明。「実際の災害では複数の事象が同時、あるいは連続して発生する可能性があり、乗客の避難誘導や救出・救護、初期消火、情報収集など、多岐にわたる対応が求められる」と述べた。その上で、「乗客の安全を最優先に現場の状況を把握し、関係機関が情報を共有しながら活動することが重要。今回の訓練では、TX職員や消防、警察など各機関が役割分担や情報伝達の方法を確認できた。今回確認した事項を今後の訓練や対応計画に反映し、より実効性のある体制づくりにつなげる必要がある」と語った。(柴田大輔)

日本の食と農を守ろう 11/1 つくば駅周辺でトラクターデモ《投稿》

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2026年3月29日、都内で行われた「令和の百姓一揆」のトラクターデモ=東京都港区、表参道(令和の百姓一揆実行委員会提供)
松岡尚孝さん

【投稿・松岡尚孝】「令和の百姓一揆いばらき実行委員会」共同代表の松岡尚孝と申します。いばらき実行委員会は11月1日午前10時から、「日本の食と農を守ろう」を訴え、つくば駅周辺でトラクターデモを行います。トラクター10台と軽トラック20台余りを先頭に、約200人がアピールします。

「令和の百姓一揆」は、2025年3月30日、東京・青山公園に全国の農家と消費者約4500人が集まり、トラクター30台を先頭に、渋谷や表参道など都心をデモ行進したのが始まりです。

その後、東京の全国集会に参加した農家が中心となって、各都道府県で実行委員会を結成し、各地でトラクターデモを実施しています。

茨城でも全国の動きに呼応し、今年9月6日、県内各地の農家と消費者らがいばらき実行委員会を立ち上げ、プレ企画として、シンポジウム「米の価格はどうあるべきか」を開催しました。11月1日は、茨城県内初のトラクターデモとなり、全国の都道府県では27番目になります。

いばらき実行委員会は▽日本の種子(たね)を守る会会長の秋山豊さん▽鯉渕学園農業栄養専門学校元教員で有機農家の涌井義郎さん▽農民運動茨城県連合会常任執行委員の岡野忠さんと▽つくば有機農業技術研究所の松岡の4人が共同代表を務めます。

これ以上の農業の衰退を止めなければ

気候変動による酷暑や台風、大雨などの災害、異常円安による肥料、燃料、飼料などの生産コスト増などによる経営赤字、高齢化などにより、農家人口は年々減少してきました。耕作放棄地は増え続け、今や一つの県の面積をしのぐほどになってしまいました。米や野菜、畜産物、果樹などの国産食料の生産基盤が大きく損なわれようとしています。

それに伴い、山林は放置され、熊などの獣が多く出没し始め、いまや市街地にまで現れるほどとなり、農村の衰退は社会にとって深刻な問題となっています。

茨城県は日本有数の農業県です。消費者に、米、野菜、果樹などおいしい農産物を届けてきました。しかし農家が減少し、農地がどんどん消えています。これ以上の農業の衰退を止めなければなりません。

一方で、昨年、スーパー等小売り店の棚から米が消える「令和の米騒動」が起こりました。その後、需給の混乱が米価高騰に拍車をかけ、「国産のお米が食べたいのに買えない」といった声を多く聞きました。また異常円安による物価高騰も激しく、国民の生活はままなりません。そして政府保有米の放出や輸入米の急増と相まって、今年は、米価の下落が進んでいます。

こういった問題に対して、子供たちにも国産の食料を食べ続けてもらえるように、茨城でも全国に呼応して、日本の食と農を守ろう!と声を上げます。

令和の百姓一揆いばらきは、窮地に陥る日本の農業の現状、日本の食を守り、次世代に受け渡したいとの思いで立ち上がった、農家、市民による取り組みです。

私たちが求めること
1、国民が国産食料を食べ続けられる政策を求めます。
2、安定して農家が営農できる所得補償制度を求めます。
3、食料需給の混乱を起こさないこと、外米の輸入を増やさないことを求めます。

スローガン
▷立ち上がろう/日本の食を守るため/農家を守るため/食の安全を守るため
▷未来の子どもたちに国産の食料を食べてもらえるように/日本の食と農を守ろう
▷すべての市民が安心して国産の食料を手にするために/すべての農民に所得補償を

11月1日(日)午前10時から、つくば市竹園の大清水公園で集会を開催し、その後、つくば駅周辺をトラクターと共に行進します。皆さんもぜひご参加ください。

給食のご飯の量半分に つくば市の小学校2校1268人分

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つくば市役所

つくば市は15日、同市桜学校給食センターで調理し14日に提供した栗ご飯のコメの計量誤りにより、市内の小学校2校の39クラスに提供した計1268人分の児童らの栗ご飯の量が半分になってしまったと発表した。半分しか提供できなかったクラスには、栗ご飯半量のほか、給食センターが備蓄していた非常用カレーライスを提供したという。

市教育局健康教育課によると、給食センターが、栗ご飯に使用するコメの分量を計量する際、炊きあがったご飯の量から栗の量を差し引いた分量のコメを計算して炊くべきところ、誤って、炊く前のコメの量から栗の量を差し引いた分量のコメを炊いたことから、本来炊くべきはずのコメが約110キロ不足してしまったという。

桜学校給食センターでは14日、栗ご飯の献立を、幼稚園2園、小学校4校、中学校1校に計3442人分提供した。

炊きあがった栗ご飯は配送する順に、各学校ごとにクラス別の大型の保管容器に入れる。午前11時ごろ、調理員が、炊きあがった栗ご飯を大型の容器に移し替える作業中、配送の順番が遅い小学校2校の栗ご飯が足りないことに気付き、調理の分量を間違えたことが分かった。

小学校2校のうち1校は、1~4年生全員と5年生の半数に栗ご飯を半量しか提供できなかった。もう1校は2~4年生全員と5~6年生の多くに栗ご飯を半量しか提供できなかった。市は14日、半量しか提供できなかった児童の保護者に、お詫びの通知文を送付したとしている。

同課によると、これまで桜学校給食センターで混ぜご飯を調理する際は、コメを炊き上げてから具材を混ぜていたが、具材と一緒に炊き込んだのは今回の献立が初めてだったという。

再発防止策として同課は、計量の手順などの業務マニュアルを改めて見直すと共に、給食センターの調理委託業者と市の双方による確認体制を強化し、再発防止の徹底に努めるとしている。

國井美香さん主演 26日 つくばでオペラコンサート

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幼稚園で歌を披露する國井さん(主催団体提供)

オペラ「Concert for peace(平和へのコンサート)」が26日夜、つくばカピオホール(つくば市竹園1丁目)で開かれる。高萩市出身のアルト歌手、國井美香さんが主演し、「セルビアの理髪師」「ホフマン物語」「ドン・ジョバンニ」など、オペラの名曲を上演する。

主催は国井美香・県南コンサート実行委員会(委員長・友末忠徳 茨城県イタリア・エミリアロマーニャ州交流協会会長、元茨城新聞社長)。同じ演者によるオペラ・音楽祭は、21日に高萩市、23日に水戸市でも開かれ、県北、県央、県南での連続公演になる。

國井さんはイタリア在住。武蔵野音楽大学卒業後、二期会オペラスタジオ研究生、文化庁国内研修生として研さんを積んだ。二期会オペラ「カルメン」でデビューし、国際ロータリー財団研修生としてローマに留学。「フランチェスコ・パオロ・ネーリア国際音声コンクール」で優勝した。その後、多数の歌劇場などで幅広く活動している。

コンサートの音楽監督はアントニオ・モッチャさん。ピアノ奏者のほか、ソプラノ、メゾソプラノ、バリトンなどの若手・ベテラン歌手も出演する。

ローマ教皇の前で歌を披露

今回の音楽ツアーを企画した友末さんは「昨年は高萩と水戸で開催したが、今年はつくば市も加え、県内縦断ツアーになる。國井さんは、ローマ教皇の前でも何度か歌を披露しており、イタリアではとても有名な方。音楽監督のモッチャさんはご主人でもある。楽曲の合間には、私がお二人にイタリアの政治事情などを質問することも考えている。つくば公演はオペラだけでない、とても面白い音楽祭になると思う」と語っている。(坂本栄)

◆オペラコンサートは10月26日(月)午後5時30分開場、6時開演、8時終演。入場料は3000円(全席自由)、チケット申し込みはつくば市商工会(電話029-851-2886)へ。

18人が油彩画、水墨画など67点 筑波銀行退職者の会が美術展

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光をテーマにした写真を出展した石川仁巳さん

筑波銀行の退職者でつくる筑波嶺会(つくばねかい)美術展が14日から、つくば市竹園の筑波銀行つくば本部ビル2階ギャラリーで始まった。同会に所属する18人が、退職後に制作した油彩画、水墨画、鉛筆画、押し花絵、写真、書、彫刻、陶芸など67点を展示している。

昨年までは同土浦支部の主催だったが、今年は筑波嶺会が主催する。筑波嶺会には水戸支部、下妻支部、土浦支部の3支部があり、会員は現在27人。60代後半から70代後半が中心だという。

斉藤まゆみさんと油絵作品

斎藤まゆみさんは、油絵「枯蓮」「ある教会の印象」の2点を出展。「20年前、娘が通っていた土浦一高美術部に、一般市民に絵を教える企画があったので参加した。以来ずっと描き続けている。筑波嶺会に出展する以前は(具象絵画の美術団体の)日洋会にも所属していた。今回出展した「ある教会の印象」はフランスにある、サン・セヌリ・ル・ジェレ教会を描いたもの。想像を加えて描いている」と説明する。

石川仁巳さんは、「ひかり降るところ」という、光をテーマにした写真を出展した。「赤城自然園」「筑西市の最勝寺」「那須の駒止の滝」などさまざな風景の中で、光が当たるところを共通のテーマとして表現している。 

 

筑波嶺会のメンバーと土浦支部長の染谷則嘉さん(右)

土浦支部美術部会長の染谷則嘉さんは「今年から全体の会である筑波嶺会主催となった。これからは水戸支部、下妻支部の参加を促し、もっと交流を深めていきたい」と述べた。(榎田智司)

◆筑波嶺会美術展は、つくば市竹園1-7、筑波銀行つくば本部ビル2階ギャラリーで開催。開館時間は午前9時30分から午後4時30分(最終日は午後3時まで)。入場無料。会期は20日まで。期間中無休。問い合わせは筑波銀行筑波嶺会事務局(電話029-859-8111)へ。

飲食店、寺院などで6作品上演 17、18日 土浦まちなか演劇巡り

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本番に向けて稽古をする俳優たち

つながり広げる三つの新企画

土浦市中心市街地を舞台にした演劇祭「つち浦々プチまちなか演劇めぐり2026」(同実行委員会主催)が17、18日の2日間、同市中央、亀城公園周辺にある飲食店や寺院など6会場で催され、6作品が上演される。4回目となる今回は、子どもたちが描いた絵をアニメーション作品に取り入れた企画や、観劇後に感想を語り合う「語り場」、街を歩きながら演劇と地域の魅力に触れるツアーなど、3つの新しい試みが実施される。作品を上演して観客に見てもらうだけでなく、子どもや来場者、街の人たちとのつながりを広げる試みだ。

今年は「プチ開催」と銘打ち、会場を亀城公園周辺の中央1、2丁目や大手町など、徒歩10~15分で回ることができる範囲に絞った。昨年は船を使った企画もあったなど過去最大規模だったが、会場の範囲が広く観客が回るのに苦労した面もあった。「今年は徒歩でも十分に回れる範囲に会場を絞り、コンパクトにした。その分、演劇祭に関わる入り口を広げた。より深く、土浦の街と演劇を楽しんでもらえたら」と実行委員長の福田琢哉さん(50)は話す。

実行委員長の福田琢哉さん(後列右から2人目)、俳優の香取春音さん(前列右)、森裕嗣さん(前列左)

市内小学生が描いた絵をアニメに

新企画の一つは、市内の子どもたちが作品づくりに参加したアニメーション作品「かいじゅうムベンベ」だ。水戸市で障害者らのアート活動に取り組む団体「自由空間あとりえ”ず〜む”」による作品で、アフリカに伝わる伝説の怪獣、ムベンベを題材にしている。

絵を描いたのは、市内のスポーツ鬼ごっこチーム「土浦鬼ゴッターズ」に参加する小学生ら20人余り。チームのコーチを、上演会場にもなる瀧泉寺(同市中央)の住職が務めている縁で、協力を得た。

ムベンベには決まった姿がない。7月初め、子どもたちはムベンベの紙芝居を聞いてイメージを膨らませ、それぞれが思い描く怪獣を描いた。普段はスポーツに打ち込む子どもたちだが、紙を受け取るとすぐに描き始め、1枚をじっくり描く子もいれば、4、5枚描く子もいたという。

描かれた絵はデータとして取り込まれ、アニメーションの中で動き回る。子どもたちが作品づくりから関わるのは、同演劇祭として初めてだ。上演するのは「かいじゅうムベンベ」と「あおむしくん」の2作品で、小学生以下の子どもと同伴の保護者が無料で鑑賞できる。「子育てをきっかけに演劇から離れてしまう人もいる。地域に、子どもと一緒に気軽に芸術に触れられる機会があればいい」と実行委事務局の根岸佳奈子さん(39)は話す。

演劇と街歩き組み合わせてツアー

土浦演劇ミニツアーの中心となる中条通り(つち浦々まちなか演劇めぐり実行委員会提供)

演劇と街歩きを組み合わせたツアーも開かれる。参加者は土浦商工会議所を出発し、江戸時代の蔵などが残る中城通りを中心に、旧水戸街道を歩きながら、各所で突然始まる短い芝居を楽しむ。

ツアーを先導するのは、舞台俳優の森裕嗣さんと香取春音さんが演じる「うろつき団」。土浦の街をうろうろと歩く2人組だ。古い地図を手に宝探しに出かける2人に誘われ、観客も団員になったつもりで一緒に街を歩く。途中で芝居を見たり、観光ボランティアガイドから街の話を聞いたりしながら、謎を追っていく。

脚本づくりでは、観光ボランティアガイドから土浦の歴史など街にまつわる話を聞き、物語に取り入れた。上演場所の提供など、地域の人たちの協力も得ている。

感想を話せる「語り場」

観客が感想を共有できる「語り場」も新たに設ける。毎年、亀城公園前の公園ビルにあるイベントスペース「がばんクリエイティブルーム」(同市中央)の1階を演劇祭の総合案内所とし、チケット販売や、観客の希望に応じた観劇コースの提案を行っている。

今年は、同スペースの2階にある畳の部屋を開放する。「観劇に来た人同士で感想を語り合いたい」という過去の来場者の声に応えたもので、スタッフも常駐する。作品の感想を話したい人や、次にどの作品を見るか相談したい人も利用できる。歩き疲れた人が休憩する場所としても活用でき、飲食物の持ち込みも可能だ。「語り合うことも観劇の楽しみの一つ。街の店で買ったパンなどを食べながら、歩き疲れたら休んだりしてもらえたら」と根岸さんは話す。

このほか、4人の女性による合コン前の作戦会議を題材にした「夜は短し、語れよアラサー乙女」(劇団スペースクロラ)、幼児から楽しめる人形劇「あおむしくん」(てんこの人形劇場)、江戸川乱歩の小説をもとにした「江戸川亂(らん)歩remix(リミックス)『指』と人間」(鎌ケ谷アルトギルド)、時代小説をテーマにした朗読会「風のこえ」(演劇事務所‘99)、装飾をテーマにしたオリジナル作品「Decorate(デコレイト)」(劇団タイコバン)などが上演される。

福田さんは「『あおむしくん』『Decorate』『夜は短し、語れよアラサー乙女』など、以前上演した作品を会場を変えて再演もある。上演場所が変わると、作品のつくり方や見え方も変わる。同じ作品でも違いを楽しんでもらえるはず。また、観劇を通じて街を巡りながら、『土浦にはこんな場所もあるんだ』と新たに街を知る機会にしてもらえたら」と参加を呼びかける。

◆「つち浦々プチまちなか演劇めぐり2026」は10月17日(土)、18日(日)、亀城公園周辺の飲食店や寺院など6会場で開催される。チケットは、1日フリーパス券が一般3000円(前売り2500円)、22歳以下1500円(前売り1000円)。希望者は、席数限定で事前予約ができる(別途申し込みが必要)。「かいじゅうムベンベ」と「あおむしくん」の2作品は、小学生以下と保護者は無料で観劇できる。(柴田大輔)

◆上演作品と会場は
・劇団スペースクロラ「夜は短し、語れよアラサー乙女」=会場は城藤茶店
・鎌ヶ谷アルトギルド「江戸川亂歩remix 『指』と人間」=中央二丁目公民館
・劇団タイコバン「Decorate」=福来軒
・演劇事務所’99 朗読会「風のこえ」=古民家ほんのり
・てんこの人形劇場「あおむしくん」=17日・土浦聖バルナバ教会、18日・瀧泉寺
・自由空間あとりえ“ず~む”「かいじゅうムベンベ」=17日・土浦聖バルナバ教会、18日・瀧泉寺
・演劇ミニツアー「ウロツキ団と土浦まちなかツアー」=中城通りなど
米総合案内所は、同市中央のがばんクリエイティブルーム1階に設けられ、16日(金)までは正午から午後8時まで、17日(土)は午前9時半から午後6時まで、18日(日)は午前9時半から午後5時まで。

◆チケットの申し込み、イベントの詳細は公式ホームページへ。問い合わせは、つち浦々まちなか演劇めぐり実行委員会のメール(tsuchiuraura@gmail.com)または電話(029-896-3099)へ。

「言葉でなく視線で会話」イタリアの劇団がつくばの保育園で公演

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公演の様子

乳幼児など小さな子供たちのための舞台作品で世界的に知られるイタリア・ボローニャ市の劇団「ラ・バラッカ」の公演「ON・OFF」が13日、つくば市鬼ケ窪の私立みらいのもり保育園(久松惠園長)で開かれ、0歳から5歳までの園児約100人が観劇を楽しんだ。照明のオン、オフによって生まれる光と闇の美しさが、子どもたちの好奇心や想像力をかき立てた。

前日の12日、つくばカピオで催された来日公演に続く特別公演で、同園での公演は昨年に続き2回目(25年10月7日付、同10月16日付)。来日公演を主催した文化交流団体「日伊櫻の会」の協力で実現した。

今回の演目「ON・OFF」は、作者の一人でもある同劇団のアンドレア・ブゼッティさんによる一人芝居。ラ・バラッカを代表する演目の一つで、18年前に制作されて以来、世界各地で上演されてきた。赤ちゃんや幼児が光るものに対して示す驚きや関心を、そのまま演劇に落とし込んだといい、みらいのもり保育園の子どもたちからも「照明がついたり消えたりするのが魔法みたいで楽しかった」といった感想が聞かれた。

ブゼッティさんは「0~3歳児の反応はどこの国でもほとんど同じで、どの場面で笑ってどの場面で怖がるかも同じ。3歳以上では違いがあり、イタリアの子どもたちはじっと集中して見てくれたが、日本の子どもたちはすごくハッピーに、声を上げて楽しんでくれた」と話す。

公演の一場面

せりふはほとんどなく、冒頭では電気のコンセントを抜いたり差したりする仕草や表情だけで見せた。その後は電球の光を吹き消したり、食べたりするパントマイム的な表現も入ってきて、さらには照明器具をパパやママ、赤ちゃんに見立てた人形劇的な場面もあった。赤ちゃんを何度寝かしつけてもすぐに光ってしまう場面では、子どもたちの笑い声や歓声がひときわ大きくなった。

「歌や踊りも入ってはいるが、単なるエンターテインメントにはせず、演劇が持っている要素を維持するよう心掛けている。また抑揚も大事。子どもたちにはあまりたくさんのことを一気に伝えられない。スローな時間もつくりながら集中は切らさず、沈黙の時間の中でアイコンタクトで子どもたちと会話する。言葉にするのは難しいが、今日も劇中で子どもたちとたくさんの会話ができた」とブゼッティさん。

日本では、小さな子どもが演劇や芸術を理解することは難しいと考えられているが、欧米では7カ月目から演劇鑑賞が可能だとする研究成果もあるという。ラ・バラッカではボローニャ市の委託を受け、劇場や保育所で子どもたちが日常的に演劇に触れられる環境をつくっている。

公演後にあいさつする(左から)久松園長、ブゼッティさん、公演を主催した日伊櫻の会の沢辺亮彦代表理事

ブゼッティさんは「子どもは正直で真実で純粋な最高の観客。伝わったときはきちんと応えてくれる。子ども向けに作って演じることで、アーティストとしての自分を磨き育てることもできる」という。

今回の公演から子どもたちが得たものについて、同保育園の久松園長は「言葉だけでなく音や動き、表情などから物語を感じ取り、想像力や感性を豊かにする貴重な経験となった。また一人ひとりが自由に感じ、表現する楽しさを知るとともに、好奇心や探求心を育む機会となった」と語っている。(池田充実)

「学園の森高校」の実現が必要《竹林亭日乗》45

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栃木県真岡市物井の桜町陣屋跡(筆者撮影)

【コラム・片岡英明】9月1日、栃木県立宇都宮南高校の学級増についてのニュースを読んだ。県立高校再編計画(2024~35年)で栃木県は、県内を7地区に分け、中学卒業予定者が20%減る宇都宮地区では宇都宮東高を中等教育学校にし、宇都宮青陵高をフレックス高(多部制・単位制)にすると発表していた。同県に学級増の理由を聞いたところ、「状況に合わせて微修正した」との説明があった。

つくば市内にある県立高の学級増が実現していない茨城県との違いに驚いた。中学卒業者数が減少する中、栃木は学級計画をプラスに修正したが、茨城は生徒が増えているつくばエリアの学級増計画が実行されてない。

市内県立高入学者を比較

茨城県は、2019~26年の高校改革プランで県内を12のエリアに分け、中学卒業者数でエリアの募集学級数を調整することにした。また、つくばエリア(つくば、つくばみらい、守谷、常総市)の生徒数がこの間、440人増えると推計した。これに対し、本来ならば7学級増(私たちの計算)にすべきところを、同プランでは2学級増に抑えた。

ところが、最終年の2026年になっても、2学級増も実現していない。県は募集学級をマイナス修正したようだ。そのため、2026年入試でもつくばエリアの高校受験生は大変な苦労を強いられた。2026年の水戸・土浦・つくば3市の市内全日制県立高への入学者数と市内入学率は以下の通りだ。

▽水戸市(市内中学卒業者2043人、市内県立高入学者867人=入学率35.8%):①水戸工業162人 ②桜の牧高114人 ③緑岡高111人 ④水戸二高106人 ⑤水戸三高101人 ⑥水戸商99人 ⑨水戸一高39人

▽土浦市(同1056人、同400人=37.5%):①湖北高115人 ②土浦二高92人 ③土浦工業92人 ④土浦三高78人 ⑦土浦一高23人

▽つくば市(同2161人、同347人=16.1%):①竹園高216人 ④サイエンス高97人 ⑬筑波高34人

つくば市の市内県立高入学は依然として6人に1人だが、水戸市と土浦市は入学数上位にずらりと地元の県立高が並ぶ。これからも中学卒業者数が増えるつくば市内で、県立高校新設が必要なことは明らかである。

つくば市の市外高への入学数を見ると、②牛久栄進高167 人③土浦二高121人 ⑤伊奈高69人 ⑥下妻二高61人 ⑦牛久高58人 ⑧土浦一高57人 ⑨水海道一高56人 ⑩土浦工高47人 ⑪水海道二高46人 ⑫土浦三高41人―となっており、多くの生徒が毎日の通学に苦労している。

まず、計画があった2学級増を竹園高校で

では、どうすればよいか。まず、県が2026年まで増やすと計画した2学級増を竹園高校で実施する。次に、県平均水準に17学級不足しているつくばエリアの県立高の不足解消を求めたい。そのため、私たちの会は7月21日、9回目の県教育委へ要望書で、研究学園駅近くにある「イ-アスつくば」の北側県有地に「学園の森高校」、または同駅南側に「研究学園高校」など、通学に便利なTX沿線に県立高を新設するよう求めた。

栃木県を参考にして、2027年度県立高校定員発表(10月末)では、茨城も学級数をプラスの方向に修正して、受験生と保護者の希望に応えてほしい。(元高校教師、つくば市の小中学生校の高校進学を考える会 代表)

33年間も付き合ったハイエース《鳥撮り三昧》18

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赤色型ツツドリ(筆者撮影)

【コラム・海老原信一】2026年9月2日、車との32年と9カ月の付き合いに終止符を打つ日がやってきた。家族とのキャンプやスキー、野鳥を求めての野宿旅、普通の人なら入らないような所へと入り込んでは、あちらをこすり…、気が付けば「身体」はボロボロになっていた。

文句ひとつ言うでもなく、1993年11月5日登録のハイエースは40万7000キロも走り続けてくれた。8月30日、「もうこれでお終わりにしたい」と言われたような故障が発生。何とかならないかと思案したが、そう理解した。恥ずかしい話だが、涙があふれた。

長過ぎた付き合いだった。いろんな思いが詰まってしまっていた。それは家族との思い出であり、自身の生きてきた時間そのものだから。代わりの「相方」が必要なので、前車と同様に頑張ってくれる車種を探すが、価格高騰がネックとなっている。野鳥を求める旅には支障があるけれど、しばらくは悩み続けよう。

鳥たちと毛虫

9月下旬から10月中旬にかけて、桜が植えられている場所で、葉が色付き、落ち始めるとカッコウの仲間が姿を見せる。これまでの観察経験ではツツドリの幼鳥が多い。旅の途中、栄養補給のため桜に着く毛虫を求めて来るのだ。

毛虫は人には嫌われる存在だが、鳥たちには大事な食料。とはいえ、くちばしに毛虫をくわえているのを見ると、「それを食べるんかい」との思う。自分が口にしているのを想像してしまうからなのかもしれない。それでも、毛虫を食べる人もいるようで、その人の書いたものを読んだ記憶がある。

かの鳥たちは桜の葉が無くなるころにはいなくなるが、一体どのくらいの毛虫を食するのだろう。彼らが食べることで桜が守られることもある。そう考えると、他の命を支えるという相互の関係が思われる。世の中はそんな関係で成り立ってるのかもと思う。(写真家)

抗がん剤治療が効き10カ月《ハチドリ暮らし》66

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写真は筆者

【コラム・山口京子】「死に時に あらがいつつも 迷いつつ…」。今の自分の心持ちです。昨年12月にがんと告知され、医師に「治療をしなければ余命8カ月。治療して功を奏した場合は2年半」と言われました。月に2回入院して、抗がん剤治療が効き、10カ月が過ぎました。

そうした中、良寛さんの言葉を思い出しました。1828年、良寛さんが71歳のとき、新潟で大地震が起きました。被災し、子どもを亡くした知人に宛て「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」と。色身と法身を一身に生きた良寛さんならではの言葉だったのでしょう。

昨今の天災は人災の要素が高まっています。医療技術が進み、かっては助からない命が助かるようになった時代に生き、自分は死に時をどう考えるのか…。末期がんとどう向き合うのか…。

国民皆保険制度で、受けられる治療であれば受けてみる。高額になる自由診療は見合わせる。自分でできる食事・運動や生活改善はやってみる。手の届く代替治療やサプリメントは可能な範囲で利用する。こうして過ごしてきました。

抗がん剤治療で時間を稼いで、できるならがんの進行を遅らせ、がんを小さくし、その間に、体力・体調・体重をキープし、自分の免疫力や自然治癒力を高め、標準治療に頼らないで、がんと共存できたらという願いがあります。

どんな物語を紡ぐのか

そう願う一方、抗がん剤を止めたらがんが増殖するのではないか、抗がん剤が効いて手術ができるようになったのに手術をしないのはどうかと、迷っている自分がいます。

自分の心身は自分の支えでもあり、制約でもあるのでしょう。制約を取り払うことができるなら、何が見えてくるでしょう。人が生きていくに当たって、物語と意味は不可欠なものかもしれません。どんな物語を紡ぐのか、何にどういう意味を込めるのか。

自分の自分と、他人の自分、たくさんの他人の自分で構成される社会で、平和に暮らすすべとは、いかなるものなのでしょうか?(消費生活アドバイザー)

駅名板やヘッドマークなどお宝40点 土浦まちかど蔵で「筑波鉄道展」

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筑波鉄道のお宝約40点が展示されている筑波鉄道展=土浦市中央、土浦まちかど蔵「大徳」

1987年に廃線になった筑波鉄道の歴史と、現在の自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」のつながりを紹介する「筑波鉄道展」が9日から、土浦市中央の観光拠点、土浦まちかど蔵「大徳」で開かれている。駅名板、ヘッドマーク、切符などお宝約40点が展示されている。

鉄道愛好家でもある土浦市観光協会の浅川善信さんが、筑波鉄道を運行していた関東鉄道の倉庫に眠る鉄道資料の中から、選りすぐって展示した。関東鉄道、JR土浦駅などの協力を得て同市観光協会が主催する。

展示されている駅名板は、筑波山観光の玄関口として当時、観光客でにぎわった「筑波駅」(つくば市沼田)と、旧新治村の「常陸藤沢駅」の2点。

常陸藤沢駅とつくば駅の駅名板。手前は標識灯、合図灯など

ヘッドマークは、臨時列車「つくば」、急行「つくばね」の車両の先頭に取り付けられていたものなど3点。臨時列車のヘッドマークは、かつて筑波山の観光シーズンなどに、国鉄上野駅から臨時列車を運行していた記録でもあるという。急行は、1960(昭和35)年ごろ、土浦ー筑波駅間をノンストップで運行していた急行に取り付けられていた。ほかに、廃線間際の車両に取り付けられた「さようなら 筑波鉄道 ありがとうございました」と書かれたヘッドマークも展示されている。

さらに、土浦駅の隣の新土浦駅で実際に使われていた、列車の運行を監視したり制御するためのスイッチが収められた制御盤や、1983(昭和58)年に田土部駅に掲示されていた旅客運賃表なども展示されている。制御板は、右上に国道踏切、右下に六号国道踏切とある。当時、筑波鉄道が土浦市内の国道6号を横切った際、住民は踏切で長く待たされた。浅川さんは「土浦市民にとっては懐かしい思い出として記憶に残る踏切なので、こういうふうに踏切を制御していたんだと分かる制御盤」だと話す。

新土浦駅で使われていた制御盤

旅客運賃表には、田土部駅から土浦駅までの運賃が当時340円だったことのほか、上野駅や横浜駅、宇都宮駅までの運賃も書かれており、当時、国鉄への乗り換えが多かったことがわかる。

ほかに、1896(明治29)年に製造されイギリスから輸入されたレールを切断してつくった文鎮、客車をけん引していたディーゼル機関車のブレーキハンドル、レールを固定するために打ち込んだ犬の頭部の形に似た犬釘など珍しい資料も展示されている。

浅川さんは「サイクリストには、りんりんロードに鉄道の歴史があったことを知ってもらうと同時に、鉄道ファンには現在も現地に残る筑波鉄道の遺構を自転車で巡ってもらえれば」と話し、「折に触れて、その場所にあった筑波鉄道に思いを馳せていただければ」としている。

筑波鉄道は1918(大正7)年に開業した土浦駅と岩瀬駅を結ぶ40.1キロの鉄道で、開業当初は蒸気機関車が黒い煙を吐きながら、客車2両と手荷物車、郵便車の計4両を引っ張り1日6往復した。1925(大正14)年に筑波山ケーブルカーが開業してからは、筑波山観光に大きな役割を果たすようになった。一方1970年代以降の道路整備や車社会の普及により沿線住民や観光客の鉄道離れが進み、1987(昭和62)年に廃線となり70年の歴史を閉じた、廃線後、線路跡地を茨城県が買収し、2002年に自転車道「つくばりんりんロード」を整備、2016年には霞ケ浦自転車道と統合され、ナショナルサイクルルート「つくば霞ケ浦りんりんロード」になった。駅のホームには現在、サイクリストのための休憩所などが整備されている。(鈴木宏子)

◆「筑波鉄道展」は18日(日)まで。入場無料。開館時間は午前9時~5時。18日(日)午前11時からと午後1時からの2回、筑波鉄道に関する鉄道ビデオを会場で上映するほか、同日午後2時から、鉄道関連グッズが当たる抽選会を開催する。詳しくは土浦市観光協会のホームページへ。

カフェ&ラボ テラッツァ《ご飯は世界を救う》75

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イラストは筆者

【コラム・川浪せつ子】公益財団法人つくば文化振興財団が運営する「つくばカピオ」(つくば市竹園1丁目)では、室内アリーナ、会議室、和室などの施設を借りることができます。ここでは、バスケットリーグ、大相撲つくば場所などのスポーツイベント、音楽リサイタルなどの文化プログラムが開かれています。

その西側に、ガラス張りのステキな平屋の建物があります。以前は、障害者関係の方々が飲食店をやっていました。ところが閉店していまい、今年6月、「Cafe&Labo TERRAZZA(カフェ&ラボ テラッツァ)」という名前のイタリア料理店がオープンしました。

私は月1回、つくばカピオの小会議室を借りて、水彩画教室をやっています。教室が終わってから、皆さんとTERRAZZAにご一緒しました。外観だけでなく内部もオシャレで、都会的ないい雰囲気。お店の方も親切です。隣には、展示などができるフリースペース(有料)もあります。

アナタのお子さんは大丈夫

記憶がややあいまいですが、かつてこのコーナーは社会福祉法人の相談所でした。私はわんぱく息子に手を焼き、2回ほど児童相談に行きました。担当の元小学校の校長先生は「アナタのお子さんは大丈夫です」と言ってくださり、特別なアドバイスはありませんでした。

ですが、その言葉で私の気持ちは落ち着き、ホッとして帰宅したことを覚えています。数年後、元校長先生にお礼をと思いましたら、相談所はすでに閉鎖。社会福祉法人に問い合わせたら、その方は亡くなられたとのことでした。

その後、子育ては山あり谷ありでしたが、今でも時々思い出します。男の子は、母親に理解できないことが多い「未知の生命体」ですね。今、息子たちは「チョッピリ親思い」の大人になりました。(イラストレーター)

5カ国の19人を歓迎 日本つくば国際語学院で秋の入学式

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教職員ら(前列)と記念撮影をする新入生ら(後列)

つくば文化学園が運営する日本語学校「日本つくば国際語学院」(つくば市松代、東東郷治久理事長兼校長)の2026年度10月生歓迎会(秋の入学式)が8日、同市小野崎の同校に隣接する料亭、つくば山水亭で開かれた。5カ国から来日した19人が、鮮やかな民族衣装などに身を包み、新たな一歩を踏み出した。

新入生はミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、中国出身で、ミャンマー出身者が9人と最多。これから1年半、日本語を学ぶ。

歓迎会では、19人のうち、出席した18人全員がそれぞれ、習いたての日本語で、出身国、年齢、日本でやりたいこと、趣味などを自己紹介し「日本語学校で学びながら専門学校に進みたい」「卒業後は日本で仕事先を見つけたい」「音楽とサッカーが趣味」「読書や旅行が好き」「好きな日本の食べ物はすしとラーメン」などと話した。

在校生を代表してバングラデシュ出身のイスラム・サイフルさんが歓迎のあいさつをし、「最初、日本語があまりわからず、電車に乗った時はどこに行くのかもわからなかった。先生たちは優しく教えてくれたので安心して勉強することができた。皆さんも故郷を思い寂しくなることもあると思うが、学びながら日本の生活を楽しんでください」と新入生にエールを送った。

在校生を代表してあいさつするイスラム・サイフルさん

東郷理事長は「遠い国から、このつくばの地に来てくれてありがとう。日本語を学びながら、日本の文化や社会も学んでほしい。つまずくことがあるかもしれないが、つまずきは大きな経験。明るく前向きにチャレンジして成長してほしい」と語った。

歓迎会には在校生も参加し、この日は新入生を含め200人を超える生徒が会場にあふれた。在校生を対象に日本語能力試験の表彰も行われ、5段階評価のうち最も難しいN1に合格した1人、日常的な日本語を理解できるN2合格の2人、N3合格の21人、N4合格の26人が表彰された。N1は日本人でも合格するのが難しいという。

その後、新入生、在校生、教職員全員で記念撮影が行われた。最後は歓迎パーティーとなり、在校生がキーボードやギターを弾きながら歌ったり、ミャンマー出身の生徒が伝統舞踊を披露するなどした。

パーティーで歌を披露する在校生

東郷理事長は「入学した学生を見ていると、向上心があり明るい、日本人の失ったものをもっているような気がする」などと話した。(榎田智司)

国スポ出場の5選手が決意 関彰商事で壮行会

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国民スポーツ大会に出場する5選手。左から男子砲丸投げの森下、女子やり投げの兵藤、軟式野球の松本と矢萩、男子柔道の戸高の各選手

10日から青森県で開催される第80回国民スポーツ大会(国スポ、旧国体)に出場する関彰商事所属の5選手の壮行会が8日、つくば市二の宮の関彰商事(本社筑西市・つくば市、関正樹社長)つくばオフィスで開かれた。

5選手は、男子砲丸投げに兵庫県代表として出場する森下大地選手(32)、女子やり投げに宮城県代表として出場する兵藤秋穂選手(27)、男子柔道に茨城県代表として出場する戸高淳之介選手(24)のいずれも筑波大出身の3人と、6月に行われた第80回国民スポーツ大会軟式野球競技茨城県大会で優勝した常陽銀行の補強選手として、関彰商事から選出された松本航輝選手(27)、矢萩陽一郎選手(26)の2人。

選手にエールを送る関社長(右)

壮行会には関社長のほか、役員や社員など約100人が参加した。関社長は「それぞれのふるさとを代表して、思う存分、力を出し切って活躍していただきたい」とエールを送った。

男子砲丸投げの森下選手は「中学生の時に友達に誘われて始めた。今シーズン最後の試合なので最後は優勝で締めくくれるように頑張りたい」と決意を述べた。

壮行会であいさつする男子砲丸投げに出場の森下大地選手

女子やり投げの兵藤選手は「高校1年の時に、やり投げを専門にしていた顧問の先生から誘っていただいたのがきっかけで始めた。自己ベスト(57メートル56センチ)を更新することを最低目標とし、強い気持ちを持って、勝負よりも記録を重視してやっていき、攻めの姿勢で投げ抜き、今シーズン最後を納得のいく形で締めくくりたい」と話した。

女子やり投げに出場する兵藤秋穂選手

男子柔道の戸高選手は「両親と兄が柔道をやっていて、それに自分も付いていった形で5歳の時から始めた。4年に1回の全都道府県が出られる年なので、1日目に二つ勝って、前年度優勝の東京と対等に戦い、それを乗り越え、関彰商事、茨城の名に恥じないような結果を出したい」とそれぞれ意気込みを語った。

社員たちに大会での意気込みを語る男子柔道に出場する戸高淳之介選手

軟式野球の松本選出は「関彰商事として3年連続の出場がかなわなかったのを大変悔しく思っているが、今回常陽銀行からリベンジの機会を与えられたので精一杯頑張る」と雪辱を誓った。矢萩選出も「茨城県代表として精一杯頑張る」と抱負を語った。

国スポ「青の煌(きら)めきあおもり」は、10日から20日まで開催され、砲丸投げ、やり投げなどの陸上競技は青森市のカクヒログループアスレチックスタジアム、軟式野球は青森市の青森県営野球場、柔道はつがる市の伊藤鉱業アリーナつがるで開催される。(高橋浩一)

ガッツポーズをする選手と社員たち