月曜日, 9月 28, 2026
ホーム ブログ

リーグ最終戦を3-0で飾る つくばFC

0
前半23分、押久保のゴールで2-0とする(撮影/高橋浩一)

関東サッカーリーグ2部のジョイフル本田つくばFCのリーグ最終戦が27日、つくば市山木のセキショウ・チャレンジスタジアムで行われ、厚木はやぶさFC(本拠地・神奈川県厚木市)と対戦、3-0で勝利した。つくばの今季最終成績は6勝5分7敗で10チーム中7位。

第60回関東サッカーリーグ2部 第18節(9月27日、セキショウ・チャレンジスタジアム)
ジョイフル本田つくばFC 3-0 厚木はやぶさFC
前半2-0
後半1-0

前半14分、大山のファーストシュート

最終戦こそ3-0の快勝だったが、1年での関東1部復帰を目指したつくばとしては決して納得できる成績ではなかった。1位のtonan前橋との直接対決は1勝1分とはいえ、8位の日立ビルシステムに対しては1分1敗、10位のヴェルフェ矢板とは1勝1敗と、取りこぼしも多いシーズンだった。

「特に強いチームも弱いチームもない中で、勝ちきる力がなく、勝てるはずの試合や引き分けの試合を落とした。得点数も下から2番目と低調だった」と楠瀬章仁監督の分析。「関東リーグもレベルが上がっており簡単ではない。一人一人が覚悟を持って臨むことが重要」と関口訓充は悔しがる。

この日の試合も、立ち上がり10分までは厚木に次々と好機を作られた。「戦術として引き過ぎてしまい、そこを相手に押し込まれた。むしろ捕まえに行くことで相手も嫌がり、戦術的にもシンプルになった。選手たちの微調整もあってうまくはまってくれた」と楠瀬監督。

前半18分、得点を決めた大山(背番号16)が楠瀬監督(左から3人目)らと喜び合う

先制点は前半18分。左サイドで吉田悠人からボールを受けた押久保弘人がドリブルで持ち上がり、クロスに大山晟那が中央で合わせた。「那須(甚有)がニアに飛び込み、自分がその後ろで待っていたら押久保と目が合った。練習パターン通りの得点」と大山。今季は負傷により長期離脱し、8月後半から戦線復帰。「最後に得点でき、やっと帰ってきた気持ちになれた」と今季初ゴールを喜んだ。

追加点は23分。右サイド武原幸之介からの横パスを大山がチョンと前へ送り、中央で押久保がダイレクトで蹴り込んだ。「大山と一瞬目が合って、絶対来ると思っていたら本当にいいボールが来た」と押久保。高校時代に押久保は鹿島学園、大山は明秀日立で直接交流もあり、「抜群のフィーリングというか阿吽の呼吸」の関係だそうだ。「今日は那須、押久保、大山という前線の3人の距離感が非常に良かった。いままで不足していた中央からの得点ができた」と楠瀬監督も讃える。

後半1分、押久保のシュートはGK正面

後がなくなった厚木は前への勢いを強める。そこを抑えたのが途中出場の菅谷将人らだ。「前半から中盤が下がり過ぎだったので、それを修正しようと気持ち高い位置から入った」と菅谷。チームバランスを取りつつ3点目も狙っていく作戦だ。そして後半45分、右サイドから攻め込んだ石原大樹が倒されてPKを獲得、これを関口がしっかり蹴り込み3点目。良い形で締めくくった。

後半45分、PKを決めた関口(左)が菅谷と抱き合う

これでリーグ戦は終わったが、もう1つの大会が残っている。10月24日から宮崎県で始まる第62回全国社会人サッカー選手権大会(全社)だ。つくばは関東リーグ代表7チームに名を連ねているが、2部のチームなので勝ち進んでも上位大会である全国地域サッカーチャンピオンズリーグ(地域CL)への出場権は得られない。「今年は力試しの意味合いが強くなるが、全国のいろんなチームと戦って名を上げるチャンス。いい内容なら来季に向けてサポーターの期待も高まる。結果を目指して頑張りたい」と菅谷主将は意気込む。(池田充雄)

試合を終えて観客とハイタッチ

土浦一高哲学部について《放課後の哲学》1

0

【コラム・大和田哲汰】土浦一高哲学部部長の大和田哲汰と申します。このたび土浦一高哲学部では、今年3月の連載に引き続き、NEWSつくばのコラム欄を担当させていただきます。初回である今回は、哲学部の紹介と、これから執筆する部員の自己紹介をいたします。

哲学と言うと、縁遠い印象がある方もいらっしゃるかと思います。私自身もそのように思っていた時期がありました。さて、哲学の父とされるソクラテスは、対話によって真理を求めようとした人でしたが、土浦一高哲学部の主要な活動の一つは、まさにその対話を通して物事を考えていく、哲学カフェです。

対話の中で、一つの考えがまとまっていったり、日常的な主題から日常そのものの感じ方が変化したりする様子を、私は非常に面白く感じています。

こうして哲学がもたらした新しい考え方に触れることで、私の中で哲学が縁遠いものから身近なものへと変化していきました。これから連載されるコラムをお読みになる皆様にも、新しい感じ方や考え方をお届けできたなら、至上の喜びです。

2022年、たった一人の生徒の哲学への興味から出発した土浦一高哲学部は5年目を迎えました(創部してからは2年目)。私たち哲学部は今年3月、NEWSつくばにて『放課後の哲学』と題された連載をいたしました。部員一人一人が自身にとって切実な問題を、等身大の言葉で綴ったコラムは、部員全員にとって価値あるテクストになったと思っています。

一人一人の言葉の重みが読者の心に伝わったからでしょうか、連載が出版社の目に留まり、書籍化されることになりました。3月の連載の中心となった先輩方は既に引退なさりましたが、私たち1、2年生にも先輩方の考え方や気持ちが受け継がれていると感じています。

私たちの言葉が皆様に届く瞬間を心待ちにしております。

執筆担当部員の自己紹介

連載に先立ちまして、執筆を担当する部員のペンネームと自己紹介を掲載いたします。

月山望(2年):日々の疑問や気になったことを掘り下げるのが好きです。3月のコラムでは友人関係について執筆しました。

秋山節(2年):秋山節です。作曲をしています。音楽から哲学へ興味を持ちましたが、最近は美学だけでなく形而上学への興味もあります。

燐酸藍(2年):インドカレーが好きで、今まで10カ所以上のお店を訪れました。多い時は2週間に1度のペースでインドカレーを食べています。いつか現地でも食べてみたいです。

山菜おこわ(1年):将来は自由気ままに旅したいJK。森など自然が大好きで、哲学部の他に山岳部も兼部しており、つい最近も岩々を踏み締めてきました。(やりたいことがたくさんあって何から手をつければ良いか…) 拙い文章ですが、よろしくお願いします。

常陸宗虎(1年):初めまして、哲学部所属の宗虎です。最近では、日本史や日本文化に興味を持っているので、それらに関するものを書こうと考えています。未熟者ですが、よろしくお願いします。

豆撃ハト(1年):日本語が好きです。ことばや表現や感情について、いろいろと考えています。

自己紹介をお読みいただいて分かるように、哲学部には個性的な部員が集まっています。そんな私たち一人一人が毎月独自のテーマから言葉を編んでいく予定です。私たちの言葉、ぜひお読みください。(土浦一高哲学部部長)

ルーツを探しに大阪の豊中へ《文京町便り》56

0
原田城跡(筆者撮影)

【コラム・原田博夫】8月下旬、大阪府豊中市に行ってきました。7年前、同地に転居した家内の姪家族が豊中市原田元町に住んでいると聞き、しかも子供3人が市立原田小学校に通っているということで、原田姓の私としては同地に行ってみたいと思っていました。そこで、阪急宝塚本線曽根駅で下車し、原田元町に行き、原田城跡などを訪ねました。同市教育委員会の原田城跡案内板などによると、同地の歴史は以下のようなことでした。

住宅地をめぐる水路際の案内板「原田井の洗い場」によると、原田集落の縁辺に沿って流れる水路は遠く猪名(いな)川を水源とし、伊丹、尼崎から豊中に至る田畑を潤し続けた、猪名川流域最大級の農業用水路でした。奈良興福寺の「大乗院」に伝わる日記には、1461年、原田庄と田能(たのう)村の間で水争いが生じたことが記されており、約560年前に原田庄が存在していたことが分かります。

近世には、この水路が、酒井、森本、岩屋(伊丹)、田能(尼崎)、勝部、原田、桜塚、曽根、岡山(豊中)の9カ村に利用されていたことから、久名井(くめい)とも呼ばれました。井親(いおや)でもある原田村では原田井(はらだい)と呼ばれてきました。水路の中に見える階段状のものは、夏草が覆っていて確認できませんでしたが、洗い場の水は村人たちの生活用水として利用されていたようです。

「洗い場」案内板から130メートル上ると、巨大な石垣(高さ2~3メートル)をめぐらした一角があり、そこに「記念物(史跡) 原田城跡(しろあと)」の案内板がありました。原田城が造られた年代は明らかではありませんが、室町末期に書かれた「足利季世記」には、1541年11月に管領細川晴元の家臣木沢長政が原田城を攻めたと記載されています。

原田城には、主城の北城と砦の南城の2城があり、この案内板は北城の主郭周りに設置されていています。城の規模は東西160メートル、南北320メートルに及び、西側には土塁が残っており、周囲には堀もあったようです。

わが家の出は西日本のようだ

当時は群雄割拠の戦国の世で、この原田城も多くの史料の中にその名が散見されます。1547年の城主は不明(摂津誌によれば三好日向守)ですが、細川晴元勢3万騎の攻勢によって陥落しています。また、1578年には織田信長による伊丹有岡城に立てこもる荒木村重討伐の際、原田城は信長軍の付城として信長配下の武士(古田織部、中川清秀など)が在番していたそうです。

案内板がある「原田しろあと館」には、昭和初期築造の屋敷(旧羽室家住宅)があり、土日の昼下がり3時間ほど一般公開されています。しかし、訪ねたのが木曜日だったため、立ち入ることはできませんでした。

「どうもわが家の出は西日本のようだ」という、私の父(1920年生まれ)から聞いた話を頼りに出向いてみました。過去帳に孤立して記載されている享徳時代(1452~54)のご先祖がそうだったのかもしれません。ルーツの手掛かりは得られなかったものの、現地の生活ぶりは、500年前も現在も、あまり変わらないようでした。(専修大学名誉教授)

ゲリラ豪雨を再現、災害ドローン飛行実験 防災科研

1
再現されたゲリラ豪雨の中を飛行するドローンと操縦士(左)

「飛ばしたい時に飛ばせない」

災害時の被災状況の把握や不明者の捜索、物資輸送などに利用されるドローンが、豪雨や強風の中でも安定して飛行できるかを確かめる公開実験が25日、つくば市天王台の防災科学技術研究所(防災科研)にある大型降雨実験施設で行われた。実施したのは、防災科研と、産業技術総合研究所(産総研)が2024年に設立した産総研先進ドローン技術コンソーシアム(ADTC)。今後の共同研究を通じ、災害発生時に悪天候のため「飛ばしたい時に飛ばせない」現状を改善するため、性能評価に必要なデータの収集を進める。

雨量300ミリ、風速12メートル

防災科研の大型降雨実験施設は、1時間雨量300ミリの豪雨と、風速20メートルを超える強風を同時に再現できる国内最大級の施設。降雨の強度や雨滴の大きさ、雨滴の落下速度を変化させることで、さまざまな強さの雨を自然に近い状態で再現できる。この日の実験では、1時間雨量100ミリの雨を風なしで降らせた後、雨量100ミリに風速12メートルを加えた条件、さらに300ミリの雨と風速12メートルを組み合わせた条件でドローンを飛行させた。

防災科研の大型降雨実験施設。右側の蛇腹状の装置が大型送風機

使用されたのは、ADTCと技術提携する双葉電子工業(本社・千葉県茂原市)の産業用ドローン「FMC-02Q」。光学カメラと赤外線カメラを搭載し、防水、防塵、耐風性能を備え、30分から40分程度の飛行が可能とされる。条件を段階的に変えながら飛行させ、機体の安定性や搭載カメラの映像がどう変化するかを確認した。いずれの条件でも、ドローンは安定して飛行を続けた。一方、雨の中でも機体が安定して飛行できたのに対し、カメラの視認性には課題が残った。

公開実験で使われた双葉電子工業の産業用ドローン「FMC-02Q」

災害現場では、被災状況をいち早く把握するためにドローンを飛ばしたい一方、雨や風が強いほど機体の安定性や搭載センサーの性能が低下する。また、メーカーによって耐風性能などの表示や試験条件が異なり、性能を共通の尺度で比較するための試験環境や規格も整っていない。今回の実験に協力した双葉電子工業は、ドローンについてメーカーごとに異なる条件で性能が評価されており、統一された試験環境や規格がないことが課題だとした。

飛行中の情報確認性能向上へ

実験を振り返った防災科研上席研究員の酒井直樹さん(58)は、今回の実験では強い風雨の中での飛行と搭載カメラの性能を確認したと説明。その上で、「災害時にはドローンが『飛べる』だけでなく、飛行しながら何を確認し、どのような情報を得られるかが重要だ。雨滴によってカメラが見えにくくなる問題への対策や、障害物を検知するセンサーの性能評価などが今後の課題」だとし、今回を第1回の実験として、今後は周囲にある物体の距離・位置・移動スピードを正確に測るミリ波センサーや、地形をミリ単位の超高精度な3Dデータにできるライダーセンサーを搭載した機体についても検証する。

酒井さんは、「人命に関わる災害対応時に悪天候で利用するためには、ドローンの性能を正確に理解することが必要になる。そのためにこうした実験が必要になる。課題を吸収しながら、今後の共同研究を通じて誰もが使えるドローンの開発につなげていきたい」と語った。(柴田大輔)

Bプレミア開幕 茨城ロボッツ敗れる

0
第1Q立ち上がりから得点能力を見せつけた茨城ロボッツのロー(右端、青いユニフォーム)=撮影/高橋浩一

男子プロバスケットボールBリーグの2026-27シーズンが開幕した。茨城ロボッツは今季から新設されたトップカテゴリーのBプレミア(B.LEAGUE PREMIER)に参入。開幕戦は25日、ホームのアダストリアみとアリーナ(水戸市緑町)で開催され、三遠ネオフェニックス(本拠地・愛知県豊橋市)に82-90で敗れた。

2026-27 B.LEAGUE PREMIERリーグ戦(9月25日、アダストリアみとアリーナ)
茨城ロボッツ 82-90 三遠ネオフェニックス
茨城|21|17|21|23|=82
三遠|22|27|25|16|=90

記念すべきBプレミアで最初の試合のティップオフ(試合開始)

今季「Bリーグの勢力図を塗り替える」との意気込みで大型補強を敢行した茨城。琉球ゴールデンキングスや千葉ジェッツで活躍したオールラウンドプレーヤーのヴィック・ローや、身長211センチという圧倒的な体格を持ちながら広いシュートレンジも誇るブラジル代表のティム・ソアレス、3季ぶりにアルバルク東京から復帰した福澤晃平など、新加入選手は8人にも及ぶ。

大阪エヴェッサから加入したアジア特別枠のレイ・パークスジュニア

Bプレミアでは、外国籍選手3人が同時にコートに立てる「オンザコートフリー」を採用。帰化/アジア特別枠(1人)も併用することで、海外リーグ並みのサイズ感やスケール感の大きいゲーム展開が味わえるようになった。スケジュール面では2日続けての連戦が少なくなり、選手としては翌日の疲れを気にせずに力を出しきれる。

ニュージーランド代表のフィン・ディレイニーが空中でパスを放つ

こうして迎えた開幕戦。茨城は昨季西地区5位の三遠に対し、第1クオーター(Q)は互角の戦いを繰り広げたものの、その後はじりじりと差を広げられていった。大きな要因はターンオーバーからの速攻だ。「第2・第3Qでは守備のミスが多く、相手にリズムを持たれてしまった。第4Qでリズムを取り戻すことはできたが、その時にはもう遅かった」とポール・ヘナレヘッドコーチ(HC)。ただし第4Q開始時の15点差から残り1分47秒で5点差まで迫ったときは、逆転への期待に場内が大きく沸いた。

191センチの長身で幅広いポジションをこなす前田怜緒

この日、チーム最多の23得点を挙げたローは「良いスタートが切れたが、途中から疲れが出てしまった。それでもアグレッシブにアタックし続けようと、終盤まで果敢に任務に取り組んだ」と話し、チームの状況については「新しいチームらしいミスが多かった。全員が一つになって、お互いの強みをできるだけ生かさなくてはいけない」と振り返った。

古巣の三遠と移籍早々の対戦となった吉井裕鷹

また長谷川暢主将は「レギュラーシーズン60試合の開幕戦ということで、本当に勝ちたいゲームではあったが、攻撃の部分では自分たちのやりたいバスケがなかなか表現できず、非常に重たいゲームになってしまった。明日1日の休みがあるのでしっかり修正し、次のゲームにつなげたい」と話した。

第2Q、長谷川が3点シュートを放つ

次戦は27日、ホームで三遠と再戦する。2017年から10年の長きにわたり茨城を牽引してきた平尾充庸のラストゲームとなる。(池田充雄)

給食に異物混入 つくば市の義務教育学校

2
給食に混入していた磁石(つくば市提供)

つくば市は25日、市内の義務教育学校前期課程(小学校)で24日出された学校給食に直径約7ミリの磁石が混入していたと発表した。25日時点で健康被害の報告はなく、ほかに異物混入の報告はないという。

市教育局健康教育課によると、児童の一人がシチューを食べていたところ、磁石が混入していることが分かった。

シチューは、つくばすこやか給食センター豊里で調理され、同じメニューが、義務教育学校のほか、市内の幼稚園1園、小学校3校、中学校1校に計2235食が提供された。

同給食センターでは同様の丸形磁石は使用していない一方、磁石が混入していたクラスでは、給食前の4時間目の生活科の授業で、児童がそれぞれ家庭から磁石を持ち寄りおもちゃを作ったなどから、同課は学校で混入した可能性が高いと考えられるとし、学校での再発防止策として、教室の机上の整理整頓、給食開始時の着席、担任による観察などの徹底を確認したとしている。給食センターも管理体制を再確認したとしている。

異物混入を受け、市は24日、同じメニューを提供した2235人の保護者などにお詫びの通知文を送付した。

管理職2人に計74万円賠償請求を つくば市監査委員 生活保護行政の不適正事務

14
生活保護行政を担当するつくば市社会福祉課窓口

生活保護行政の不適正な事務処理がつくば市で相次いで発覚した問題で、同市監査委員(平島泰裕公認会計士など)は18日、市職員の不適正事務により市が被った損害額のうち、管理職2人に計74万1872円を損害賠償請求することは適正だなどとする監査結果をまとめた。74万円は、職員の故意または重大な過失による損害だとした。

監査結果を踏まえて市は今後、職員に対する損害賠償請求の有無や、請求金額、関係者の処分を検討していくとしている。

2人は2018年度から23年度まで、生活保護を担当する市社会福祉課の課長や課長補佐、福祉部次長などを務めた。74万円のうち、2018年度から21年度まで同課の課長を務めた管理職Aに13万4247円、同時期に課長補佐を務め22年度に課長、23年度に福祉部次長を務めた管理職Bに60万1165円を請求すべきとした。

6件の損害額を調査

今年6月、市長から監査要求があり実施した。2025年6月に同市福祉部が報告書に記載した不適正事案7件のうち(25年6月23日付)、市が損害を負担した6件について監査した。

6件は①社会福祉課の時間外勤務手当て(残業代)未払いによって市が負担した遅延損害金(遅延利息、25年6月20日付)➁特殊勤務手当て未払いによる遅延損害金(25年3月6日付)③障害年金の受給を申請する際に必要な診断書料などの過支給(24年7月20日付)④本来、加算対象とならなかった受給者に上乗せして支給されていた障害者加算の誤認定による過支給 ⑤加算対象でなかった受給者に上乗せ支給されていた重度障害者加算の誤認定による過支給 ➅過支給分を生活保護受給者に返還してもらう手続きが適切に行われなかったなど不適切な債権管理による国庫負担金への未算定。職員個人に故意または重大な過失がある場合は損賠賠償請求すべきだとし、対象となる市職員と請求額を調査した。

違反認識しながら是正せず

監査結果のうち①残業代と➁特殊勤務手当ての未払いについてはいずれも、市が損失を被った遅延損害金相当額を当時の管理職に請求することはできないとした。①残業代については、社会福祉課には残業代を申請しにくい状況があったが、当時の課長らによる故意または重大な過失を認めることはできないとした。➁特殊勤務手当てについては、支給要件が管理職の間で共通理解されておらず、課長によって解釈が異なっていたなどから、管理職に重大な過失があったと評価できないなどとした。

③診断書料等の過支給については、2018年度から22年度まで課長補佐、課長を務めた管理職Bは、診断書料支給の判断基準が書かれた厚労省の生活保護問答集に反することを認識していながら、部下の係長らの指摘を受けても是正せず、故意または重大な過失があったとし、誤支給総額6万4130円のうち、市の損害1万6150円の4割の6460円は、管理職Bが賠償責任を負うとした。

判断保留したまま放置

④障害者加算と⑤重度障害者加算の過支給についてはいずれも、市職員個人に故意または重大な過失があったとは認めることはできないとした。

④障害者加算については、2020年1月に会計検査院の実地検査で指摘されるまで、管理職、係長などが法令に基づく認定方法を正しく理解せず組織的なものであったなどとし、さらに当時課長と課長補佐だった管理職2人は会計検査時も、障害者加算の認定要件を正確に理解しなかったとした。2年半後の22年11月の会議で担当ケースワーカーから問題提起があり、当時課長だった管理職Bは県に取り扱いを確認するよう指示、係長らが県に確認し、認定が誤りであったことを管理職Bに報告したが、管理職Bは県の回答を放置したばかりか、会議の記録が回覧中に行方不明となり24年1月に発見されたとした。その上で、管理職Bは、判断を保留したまま放置するなど重大な過失があったが、過支給分10万7660円は、生活保護受給者が将来自立するための用途に充てた自立更生費に算定され、生活保護受給者に返還を求める額でなくなったことなどから、市に損害が生じたとは認められないとした。

⑤重度障害者加算については、担当職員から指摘を受ける2023年9月までは、判定基準を正確に認識していた職員はほとんどおらず組織的誤りがあったなど、管理職個人に故意または重大な過失を認めることはできないとした。職員の指摘で誤認定が発覚して以降については、当時の課長補佐は、行政の誤りが原因なので、過支給分について生活保護受給者に返還を求めたくないという考えから、翌月から加算を取り止めただけで返還を求めないこととし、課長もその根拠を確認しないままそれを採用したことから、重大な過失が認められるとした。しかし過支給分135万6870円のうち、自立更生費に算定された分を除く44万7060円については、市が徴収を行う限り市の損金にならないので、市に損害が生じたとは認められないなどとした。

故意でなく不作為

➅不適切な債権管理による国庫負担金への未算定は、生活保護受給者に過支給分などの返還を求めても返還されない場合、手続きを適切に行った上で不納欠損処理を行えば、国から4分の3の交付を受けられるはずだったところ、催促、催告、納入指導、時効管理といった適切な債権管理を行わず、国に交付を求めることができなかった。2018年、県の監査で指摘を受け、当時の課長(管理職A)及び課長補佐(管理職B)は、債権管理を適正化すべき責務を負っていたにもかかわらず、不適切なままだったことは重大な過失が認められるとした。

その上で、当時の社会福祉課はマニュアルは策定されていたが、経理担当職員は1人だったなど実行する体制が整っていなかった、不適切な債権管理は以前から続く組織的な慣行だった、不納欠損の4分の3が国から交付されることは当時、決済権を有する福祉部長も知らなかったなど、実現するための人員措置を講じる立場にある上位者の認識が欠けていた、当時の課長(管理職A)と課長補佐(管理職B)の2人の行為は不作為であって、故意ではないことなどの事情を考慮し、賠償を求める額は市の損害額の2割が限度とした。さらに2人は共同不法行為として連帯して賠償責任を負うとし、負担割合については、それぞれの着任期間をもとに、管理職Aは13万4247円、管理職Bは60万1165円だとした。

監査ではほかに七つの意見を付け、①残業代及び手当てについては職員が申請を躊躇することのない環境を整備する ➁加算等の過支給分の返還については、返還決定額のうち徴収未了が相当残っており、将来、回収不能が確定した場合は、原因に応じて損害及び責任の所在を改めて検討する ③生活保護行政事務の適正化については、厚労省の実施要領・問答集に添った事務を徹底し、取り扱いに疑義がある場合は県に照会するなどの体制を整備し運用を徹底する、職員からの指摘や問題提起を組織として適切に受け止める風土の情勢を求めるーなどとしている。

課題や懸念も残した

一方、これまで公益通報や議会請願などで内部告発してきた当時の生活保護担当職員(現在は異動)は監査結果について「一連の生活保護不適正における管理職個人の責任が一部でも認められたこと、これまで市が一貫して認めてこなかった『組織的な誤り』『組織的な慣行』が認定されたこと、そして末尾の七つの重要な意見も含め評価し、監査委員には感謝したい」とコメントする。

一方で、元担当職員は「課題や懸念も残した」とも指摘し「『組織的問題』『人員不足』『職員の職務経験』などが職員の責任が軽くなる事情となっているが、このことは社会福祉課という一部の部署の問題のみならず、人員配置や組織運営を決める側の責任も含め市役所全体の組織の在り方についての検証が必要になることを示している。 一職員として願うのは、前例や上司の顔色ではなく、法令を重んじ、現場の声を受け止められる人が管理職であってほしい」とし、さらに「(市が損害を被り)問題となった公金約3824万円に対し、職員2人への賠償請求は約74万円であり、その差について市はより詳細な説明が求められる」「『市の調査によると』という文言が多く、実際事実ではない職員証言が採用されている部分も散見され、問題の認識の在り方など判断の根底に市の意向が強く反映されてしまっている点は非常に残念だ。それらを踏まえると、今回の監査結果は完全解決へ向けたひとつの成果とは呼べるものの、改めて第三者委員会の必要性を再認識させるものとなった。市政を監視する立場であるつくば市議会に期待したい」とする。

さらに「監査対象➅の不適切な債権管理による国庫負担金への未算定も、管理職が指示し県監査へ虚偽を行い、問題の発覚を隠蔽していたことも併せて考える視点が抜けている。なお、刑事告発していた(県監査の)虚偽公文書作成事件については今月10日付で検察への送付が完了しているため、今後関係者の刑事的責任も明らかになるだろう」などとコメントする。(鈴木宏子)

運動公園→データセンター つくば市長の宿痾《吾妻カガミ》223

30
つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】前市長が計画した総合運動公園を市民運動で白紙撤回に追い込んだ五十嵐つくば市長。その跡地に市が誘致したデータセンター(DC、つくば市大穂)に対し、市民から環境への悪影響を懸念する声が上がっている。以前、運動公園問題を「市長の宿痾」(22年7月18日付)と表現したが、五十嵐氏は運動公園(今はDC)問題という宿痾(いつまでも続く病気)に取り付かれているようだ。

広報紙でDC群を擁護

不動産業者が建設しているDCの何が問題なのか? 温暖化研究者は、①使用電力は現市内消費の3倍 ②排熱は同排熱量の2倍 ③二酸化炭素も同排出量の2倍―と試算している(5月19日付)。100万キロワットの電力(原発約1基分)を受電するDC群が、着工済みDC(5万キロワット)の20倍になることを想定したものだ。市民生活の環境悪化が懸念される。

問題は、周辺住民が事業者に公開説明会を開くよう要求しているのに、全体計画や環境負荷の説明を拒んでいることだ。事業内容を教えると、DC反対運動に火が付くと思っているのだろうか。記事「…レストランで初の説明会…」(8月21日付)によると、ご馳走(ちそう)付きの小規模説明会は開いたそうだが、これでは住民懐柔(かいじゅう)会と呼んだ方がよい。

逃げ回っているのは事業者だけではない。誘致した手前、五十嵐氏はこのDC事業に問題はないと判断している(6月10日付)。市の「広報 つくば」8月号のDC特集に至っては、DC群を擁護する広報紙になってしまった。

事業者が地域住民の懸念に答えず、市長も事業者の味方であることに怒り、住民たちは次の一手に動いた。市主催の公開説明会を開き、そこに事業者も呼べと、市議会に請願したのだ。その趣旨は記事「…市議会に請願…」(8月31日付)に詳しい。請願は9月市議会で審議されるが、これに反対する市議(市長&事業者寄り環境軽視派)は市民の信を失うだろう。

迷走の連鎖

「まだ続く運動公園問題」(25年10月20日付)で整理したように、五十嵐氏が起動した運動公園問題は迷走の連鎖だった。

第1章「白紙撤回のつけ」:五十嵐氏は市民運動で住民投票に持ち込み、運動公園計画全体を葬った。多くの市民が約300億の計画(陸上競技場、総合体育館、サッカー・ラクビー場など)にNOと言ったからだ。全否定ではなく陸上競技場だけに絞っていれば、経費は大幅削減され、いま建設準備中の陸上競技場(つくば市上郷)よりも高規格の施設が完成していただろう。

第2章「実現不可能な公約」:最初の市長選で、五十嵐氏は運動公園用地を元所有者(UR都市機構)に買い戻させると公約した。しかし、当選後の交渉でURは売買契約を盾にこれを拒否した。契約書にはURは返却に応じない旨記載されていたのに、五十嵐氏はこの条項を無視して、ほぼ実現不可能な公約を掲げていたわけだ。

第3章「議決を経ずに売却」:用地の扱いに困り、五十嵐氏は議会本会議に用地売却議案を提出せず、市の大事な財産を民間に売り払った。土地は市有地ではなく、市土地開発公社のものだから、議会の承認は必要ないとの理屈だった。

今後の展開

DC問題は今後どうなるのだろうか? 事業者が公開説明会を開き、その内容が理にかなったものであれば、周辺住民も納得するだろう。逆に、公開説明会を拒否し、市もこれに同調するようであれば、市民によるDC反対運動が起こるかもしれない。8月末に提出された請願書に議会がどう対応するか、請願にYESかNOか、その結論が今後の展開の分岐点の一つになるだろう。(経済ジャーナリスト)

金星と木星《短いおはなし》55

1
イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

「明日から視察に行ってくる」

「まあ、今度はどちらの星?」

「金星と木星だ」

「あらまあ、遠くまで大変ね。確か太陽系の方じゃなかったかしら」

「そうだ。未知の星だが、きっと豊富な資源と生命体がいると信じでいる」

「ふうん。気を付けてね」

太陽系は非常に遠い。何度かワープをしなければならない。
機体にも身体にも大きなダメージを受けるから、誰も行きたがらない。
しかし、このままでは我が星はやがて滅びる。
生活燃料となる、新たな資源を手に入れなければならないのだ。

私はひとり、宇宙船に乗り込んだ。
数回のワープと軌道修正を行いながら未知の星へと進んでいった。
AIが安全と判断した星で休憩を取りながら、数日かけて太陽系に入った。
しかし困ったことが起きた。
太陽系に入った途端、AIが全く機能しなくなった。
これでは金星と木星がどの星なのか、さっぱりわからない。

目の前に、青い美しい星が現れた。

「これか? いかにも生命体がいそうな星だ」

私は、とりあえず青い星に降りてみることにした。
陸地に機体を止めて、恐る恐る降りると、なんとも美しい星だ。酸素も豊富だ。
歩いてみると、生命体がいた。
二足歩行だ。推定80歳、性別は女と見た。

私は瞬時にその女の頭脳を読み取り、この星の言語を理解した。

「すみません」

「あん? 何の用だ?」

「ここは、金星? 木星? どっち?」

「あんた。外国人か? インバウンドってやつだべか。こんな田舎になんの用だ」

「だから、ここは、金星? 木星?」

「あん? きんせい、もくせい? ああ、キンモクセイか。こっちさ来い」

女が歩き出した。推定80歳のわりに、足が速い。

「これだべ、キンモクセイ」

ずらりと、大きな植物が並んでいる。これが金星と木星?
こんなに小さいのか? いや、もしかしたら、宇宙変動が起きてバラバラになり、この星に吸収されたのかもしれない。それとも、故意に爆発させたのか。
オレンジ色の粒々が、爆発の威力を物語っている。きっと爆発により金星と木星が一体になってしまったのだ。
この星は、思ったよりも恐ろしいかもしれない。

「どうだ。いい匂いすっぺ? おらのキンモクセイ」

女が自慢げに言った。金星と木星は、この女の所有物なのか?
それにしても、なんて甘美な香りだろう。

「分けてやっか?」

「えっ?」

「キンモクセイ、分けてやるから待ってろ」

女は庭から、鉢に入った小さな植物を持ってきた。

「これ庭に埋めてみな。毎年咲くから」

私は、震える手で金星と木星を受け取った。

「じゃあね。何もねえ村だけど、観光楽しんでくろ」

私は、小さな金星と木星を持って、宇宙船に乗り込んだ。
ワープと軌道修正を繰り返し、我が星へ向かった。
優しい甘美な香りが機内に充満して、帰りの操縦は何とリラックスできたことか。
ああ、とても気分がいい。
これはもしかしたら、素晴らしい資源になるかもしれない。
見知らぬ星の女、恐るべし。

(作家)                                 

土浦の花火100年の紡ぎ ⑼《見上げてごらん》56

0
土浦の花火オフィシャルカレンダー2026の表紙と9月の暦

【コラム・小泉裕司】土浦全国花火競技大会は「スターマイン日本一を決める大会」といわれる。スターマインとは、いわゆる速射連発のこと。筒を数多く並べ、数百発もの花火を短時間に次々と打ち上げる。1本の筒から多数の玉を連続して打ち上げる「早打ち」とは異なる。

この名称は和製英語とされる。「Star」は花火の光の粒、「mine」は地雷を意味し、星が地雷のように次々と爆発するイメージから名付けられたといわれるが、明確な考案者の記録はない。

速射連発の起源は古く、1877年、明治天皇の長野行幸の際、伊那の花火愛好家たちが「菊畑(きくはた)」と呼ばれる連続打ち上げを披露したのが始まりともいわれる。翌1878年から、笠間稲荷でも、こうした連発仕掛けが打ち上げられていたとの説がある。

「速射連発(スターマイン)」という名称が記録に登場するのは昭和初期。1927年の長岡大花火大会の記録にもその表記が見られ、このころには花火業界で使われていたことがうかがえる。

スターマインの聖地、土浦

スターマインの歴史を語る上で忘れてならないのが土浦である。かつて速射連発は、仕掛花火の「裏打ち(引き立て役)」として扱われることが多かった。それを土浦では、1959年の第28回大会から「速射連発の部」として独立した競技部門にした。1982年に「スターマインの部」と改称され、全国の匠(たくみ)が技と誇りを懸けて競い合う舞台へと発展していくことになる。

幅40メートルの区画に組み立てた数百本の筒から、コンピューター制御によって音楽とシンクロし、圧倒的な物量と絶妙な間合いで夜空に描かれる芸術。全国から選ばれた22人の花火師が、スターマインの聖地 土浦に集い、優勝者に授与される経済産業大臣賞を目指し、その技を競い合う。

「土浦花火づくし」の誕生

さらに2000年、「土浦の花火」に新たな歴史が刻まれた。内閣総理大臣賞の授与開始とともに、大会提供のワイドスターマイン「土浦花火づくし」が始まったのである。

この企画に携わったのが、土浦の花火大会運営に長年関わってきた湯原洋一氏(8月16日掲載)だ。当時の上司から「今度70回大会なんだよな。なんか花火でできることねえか」と声を掛けられた。

そこで湯原氏の頭に浮かんだのが、当時、大曲で行われていた大会提供花火だった。これを参考に、日本煙火協会茨城地区会と協議を重ね、「土浦らしい花火を見せるには、ワイドスターマインにしよう」と企画を結実させた。

幅500メートル、9カ所から打ち上げられる約2000発、約6分間に及ぶ壮大なドラマ。視界全体を覆い尽くす圧巻のパノラマ感は、今や大会を象徴する名物となった。

速射連発から芸術的なスターマインへ。そして、その技術を競う舞台として発展してきた土浦花火の歩みは、日本のスターマインの発展を映す歴史そのものなのである。本日はこれにて打ち留めー!(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「ドン!と花火だ」(武藤輝彦、三空出版、1994年)
「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「土浦と大曲の友情物語」(コージーセレクション、2023年製作)
「越後煙火史」(長谷川健一、文芸社、2025年)
※青字部はクリックするとYouTube動画が見られます。

公立幼稚園の再編案を撤回 保護者の懸念や反発受け つくば市

4
懸念や反発が相次いだ市立幼稚園再編計画市民説明会の様子=17日、つくば市役所

来年度の入園者数もとに見直し

つくば市立幼稚園15園のうち、6園を休園とし9園に集約する同市の市立幼稚園再編計画案について、五十嵐立青市長は18日開かれた市議会全員協議会で、2028年4月から実施するとしていた再編案を撤回し、早急に結論を出さず、計画を見直すことを表明した。

今月12日から17日まで、同市が計3回実施した再編案の市民説明会で、保護者から懸念や反発が相次ぎ、再編案の議案を審議する市教育委員会にも計画の見直しを求める請願が複数の園の保護者から出されていた。18日、五十嵐市長は「短期間で早急に計画を実施することに対する戸惑いや不安の声が多く寄せられた。少し時間をかけて内容の一部見直しを実施したい。基本方針は継承しつつ、来年度の入園者数をもとに見直したい」などと話した。

18日の市議会全員協議会で再編案の撤回と見直しを表明する五十嵐立青市長(中央)

6園を休園に

再編案は、2028年4月から、筑波、上郷、桜南、東、吾妻、桜の6幼稚園を休園とし、近隣の市立幼稚園に集約するなどの内容だった。併せて、現在15園中2園でしか実施していない3年保育を、来年度から新たに2園で実施し、28年度の集約後は9園中8園で実施するとしていた。

理由として、市立幼稚園を取り巻く状況を上げ、つくばエクスプレス(TX)沿線開発により同市では0~5歳の未就学児は増加しているのに対し、共働き世帯の増加などに伴い市立幼稚園の園児数は年々減少し、定員に対する充足率は今年4月時点で市全体で36%で、4歳児と5歳児を混合学級とした幼稚園が複数あるなどとしていた。

こうした状況から市は昨年9月「市立幼稚園のあり方検討会」(委員長 藤井穂高筑波大教授)を設置。今年7月「質の高い集団教育を維持するため(各学年6人以上など)適正規模化と集約化を図る」などとする答申が出された。答申を受けて市は9月、保護者との意見交換会や市民説明会を開き、15園を9園に集約する再編案を示した。その際、来年度の入園募集が始まる10月末には再編計画を最終決定するとし、説明と合意形成の期間を1カ月ほどしか設けなかった。

見直し求める意見や要望相次ぐ

これに対し3回の市民説明会では保護者から「9月に説明会を開いて、10月後半の募集までに決めるというのはあまりにも拙速」「集約先に通えない子が出てくる。皆が通えるような計画を立ててほしい」「入園する子供を増やす努力はしないのか。園児数が減っているというが(現状の2年保育を)先に3年保育にしてから入園数の動向を見てはどうか」「筑波地区は幼稚園が全く無くなってしまう。保育園をこども園にすることを検討しないのか」「(今年4月の園児数を基準に集約先を決めたとしているが)休園にする吾妻幼稚園周辺にはこれから1000戸を超える大規模マンションが建つ。長いスパンでシミュレーションはされているのか」など、再編案の見直しを求める意見が相次いだ。

18日の市議会全協で久保田靖彦市教育局長は「説明会から1カ月(で決定というスケジュール)は急ぎ過ぎる日程だった。今後は丁寧に説明していく必要がある。保護者や地域住民と対話を重ねたい」とした。今後については、来年度の入園者数を見据えて検討するとし、現時点でのスケジュールは未定。3年保育については、来年度から予定していた大穂と竹園西の2園は実施する。

市や教育委員会に見直しを求める要望書を出した吾妻幼稚園保護者の石井エリイさんは、再編案の撤回について「9月初めに再編計画を知った時は寝耳に水だった。それから短期間に各園の保護者たちとつながって、保護者の仲間たちとそれぞれの園で、再編計画の見直しを求める要望書を出した。自分の園だけを残してほしいという人はなく、皆でつくばの公立幼稚園の大切さを訴えた」とし、今後の再編計画の見直しについては「数字で見えるものだけで判断するのではなく、地域にとっての価値なども検討してほしい。地域と一緒に、市と話し合いをしていけたら」と話している。(鈴木宏子)

南下のシギとチドリを探しに《鳥撮り三昧》17

0
コオバシギ幼鳥(筆者撮影)

【コラム・海老原信一】9月になると、南下する数少ないシギとチドリを探して回る。稲刈りを終えて蘖(ひこばえ)が出始める田んぼ、収穫も済み水が少ないハス田を見て回る。このころに見られるのは幼鳥が多いが、時々、珍しい種に遭遇する。

この「シギ・チドリ回り」に際して心掛けていることがある。農家が作業中であるときには、近くには行かない。そのため、早朝とか夕暮れ時になることが多い。このことは撮影に好都合でもある。日射しが柔らかく、被写体を優しく照らしてくれるからだ。

農作業している方がいなければ、普通の時間帯でも観察する。要は、「農家の方の仕事場へ鳥を見に行かせてもらう」との心持ちが必要だ。肝心の鳥たちは、居そうな条件が合っても居るとはいかず、かなり広い範囲を見て回る。今日はここからとハスをのぞいたりすると、そこに居てくれたりする。

「必ず」がないことが鳥見の面白さであり、そんな繰り返しの中で、あるハス田をのぞき込んだとき、思わぬ出会いがあった。

いつも見る鳥とは違うぞ

ハス田に近づいた私を警戒して、隣の区画に飛んだ鳥がいた。姿がはっきり確認できたわけではないのに、「いつも見る鳥とは違うぞ」との直感が働く。先輩方の「違和感が大事だ」という教えがいつも身中にある。

そっと双眼鏡を向けると、そこにはやはり見たことのない鳥の姿が…。緊張に少し興奮。帰宅して、急いで図鑑を開く。ページを繰るが、該当する種がない。「そんなはずは…」と探すが、見当たらない。図鑑にもない種なのか? 困って、先輩に画像を送り、助けを求めた。

答えは早かった。「コオバシギの幼鳥」だと。えっ、それなら図鑑にあるはずなのにと、再度、図鑑を探す。結果、そのページを飛ばしていることに気づいた。ちょい情けないドジっぷり。昨年のちょうど今ごろの話。(写真家)

元研究補助の男性が産総研を提訴 次世代発電の実験中に高濃度のアンモニア吸引 

7
男性が勤務していた産総研つくばセンターの研究施設

産業技術総合研究所つくばセンターの研究補助だった男性(46)が2021年、福島県郡山市の産総研福島再生可能エネルギー研究所に出張し、実験作業中、人体に有害な高濃度のアンモニアを吸い込み、気道などに損傷を受け後遺症を負ったなどとして今年7月、産総研を相手取って、水戸地裁土浦支部に、慰謝料など計約490万円の損害賠償を求め提訴していたことが分かった。

男性は2015年12月に同つくばセンターの省エネルギー技術研究部門(つくば市並木)に採用され、ひと月のうちの2週間は福島に出張。石炭や天然ガスに代わり二酸化炭素を出さないアンモニアを燃焼させて発電する次世代の燃焼技術を開発する実験の補助をしていた。

2021年7月14日、液化アンモニアを燃焼させる実験終了後、上司の指示を受けて配管内に残った液化アンモニアを取り除く作業中、出てきたアンモニアを吸い込み、強い頭痛と胸の痛みに襲われた。数カ月するとせき込むようになり、強いせきが何度も出てろっ骨を折ったほか、わずかな量の化学薬品にさらされるだけでせきが止まらなくなるなどの症状が出るようになった。男性は労災認定されたほか、後遺障害にも認定。事故後は実験補助の仕事から離れ、つくばセンターでパソコンを使った事務作業のみの仕事になった。その後2025年3月末、雇用する予算が無くなるとの理由で雇止めになった。

聞き入れてもらえず

アンモニアは吸引すると、皮膚や目を損傷し、呼吸器に障害が出るなどから、取り扱う場合は、労働安全衛生法などで保護具を着用することとされている。

男性によると、配管に残ったアンモニアを取り除く作業は、「除害槽」といわれるタンク内の水に配管のアンモニアを溶け込ませる。除害槽内の水は、アンモニアをこれ以上溶かし込むことができなくなる飽和状態になったことを確認したら、廃液回収業者に依頼して交換しなければならない。

事故のあった前日、男性は、前日までの実験により、除害槽の水がアンモニアで飽和状態となっているかもしれないと考え、上司に、除害槽の廃液回収の手配を依頼したが聞き入れてもらえなかった。事故当日、上司から作業の指示を受けた男性は、除害槽が飽和している可能性があると考えられたことなどから「危険」だと答えたが、上司から強い口調で「やってください」と命令があった。配管に残ったアンモニアを取り除く作業をする時は防毒マスクを着用しないよう指示されていたため、男性は防毒マスクを着用せずに現場に入った。そして事故に遭ったとする。

後遺症伝えると不採用に

事故により男性は通院治療を余儀なくされた。退職後、就職活動をする中、面接で「職場で化学薬品を使うとわずかな量でも反応し頭痛やせきの症状が出る」と伝えると不採用になった経験が複数あったなど、理不尽さをたびたび味わい「産総研の事故の影響で就職することがとても困難な体になったと思った」と話す。

男性は退職直前の2025年から弁護士を代理人とし、事故の責任について産総研と話し合いを始めた。しかし折り合わず、土浦簡易裁判所に調停を申し立てたが不調に終わり、今年7月、提訴に至った。

男性は「2021年の事故後も、私が退職する2025年3月末までの間に、福島に出張した職員が事故を起こし、実験が停止になる事案が5件発生している」と指摘。「アンモニア発電の研究は国が進めてきた水素社会の実現に向けた研究開発の流れの中で進められているが、このままでは、どのような事故が起こり、自分の身に何が起こったのかが知られることなく風化させられてしまうと思った。研究現場でどのような事故が起こり、私の体にどのような被害が出たのかを社会に知ってもらい、将来この技術を扱う人に同様の事故が起こることを防ぐため提訴した」と語る。男性の代理人でつくば市の飯塚皓弁護士は「粛々と裁判手続きを進めたい」とする。

これに対し産総研報道室は「裁判に関するコメントは差し控えさせていただきます」としている。(鈴木宏子)

まちに「縁側」を取り戻す《デザインを考える》36

1
さくら民家園=つくば市吾妻(筆者撮影)

【コラム・三橋俊雄】コラム32(5月19日付)では、公共空間に設置するベンチについて取り上げました。ベンチは人々が腰を下ろし、何気ない会話を交わし、新たなつながりを生み出す装置でもあります。かつて、そうした役割を日本人の住まいの中で担っていたのが縁側でした。

その縁側という空間は、単なる建築の一部ではなく、人と人、人と自然、そして家の内と外をゆるやかにつなぐインターフェイス(接点)の役割を果たしていました。室内に居ながら庭の風や光を感じることができ、外との適度な距離感を保ちながらも落ち着いて過ごせる場所でもありました。

縁側に腰掛けて庭を眺めていると、通りかかった近所の人が「今日は暑いですね」と声を掛けてくれることもありました。特別な約束をしなくても、そこには自然な会話が生まれ、子どもたちは縁側で遊び、お年寄りは日なたぼっこをしながらよもやま話を語り合いました。縁側は人々の暮らしの中に何気ないつながりを生み出す場所だったのです。

その縁側は、現代の住宅では、敷地の有効活用や断熱性能の向上、プライバシーを重視した設計などを背景に、次第に姿を消していきました。大きな掃き出し窓はあっても、気軽に腰を下ろして過ごせる半屋外的な空間は少なくなっています。住まいそのものは快適になりましたが、家と地域をゆるやかにつないでいた場としての役割は薄れてしまいました。

誰でも気軽に立ち寄れる場所

また、失われたのは建築としての縁側だけではありません。地域の様子を自然に見守るまなざしや、世代を超えた何気ない会話、困ったときに気軽に声を掛け合える関係性も、以前ほど見られなくなったように感じます。縁側には、玄関ほど改まらず、道路ほどよそよそしくもない、「誰でも気軽に立ち寄れる」絶妙な距離感がありました。

そのような中間領域が、人と人を結び付け、地域コミュニティを支える大切な役割を果たしていたのかもしれません。

現代社会では、人々の孤立や地域とのつながりの希薄化が課題となっています。だからこそ、縁側が担っていた役割を改めて見直す価値があるのではないでしょうか。昔の縁側をそのまま復活させることは難しくても、人々が気軽に立ち話を交わし、互いの気配を感じられる半公共的な空間を、住宅やまちの中に取り戻すことはできるはずです。

そうした視点に立つと、これからのまちづくりに求められるのは、人々が無理なく出会い、関わり合える場を生み出す「縁側の発想」であり、その発想を具体的な形へと実現する「空間のデザイン」なのではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)

高校生の思いが本に 土浦一高哲学部が「放課後の哲学」出版記念イベント 

0
登壇した哲学部在校生と卒業生ら

土浦一高哲学部がNEWSつくばで3月から4月にかけて連載したコラム「放課後の哲学」が、あっぷる出版社から書籍として刊行された(8月20日付)。これを記念する出版記念イベント「『放課後の哲学』ができるまで」が13日、土浦市のがばんクリエイティブルーム(同市中央)で開かれた。執筆を担った哲学部員や卒業生、顧問教諭ら9人が登壇し、書籍が生まれるまでの道のりや部の活動、それぞれが哲学や対話に寄せる思いを語った。会場には20人余りの参加者が集まり、耳を傾けた。

土浦一高哲学部は、もともと同校の文芸・弁論部内の一班「哲学班」として始まり、2025年に独立した部として成立した。哲学カフェを中心に、哲学書の読書会や哲学史の勉強会に取り組んでいる。2024年からは、がばんクリエイティブルームを会場に、市民も交えた哲学カフェ「語るカフェ」を開催。企画・運営はすべて生徒自身が担い、これまでに6回を数える。

書籍には、2026年3月から4月にかけてNEWSつくばに掲載された哲学部員9人と顧問教諭によるリレーコラム全10本のうち8本を収録。これに新たに執筆を希望した部員や卒業生らによる書き下ろしを含む22本を収録した。部員たちは8月、つくば、土浦市内の書店を実際に訪ね、自らの手で本をPRして回った。9月7日から全国の書店への配本が始まった。

閉会のあいさつをする1年生部員たち(撮影:岡田陽菜さん 哲学部2年)

一人で考えていたこと

文芸部でも活動する2年の岡田陽菜さんが手がけたコラムは「なぜ私はフィクションを求めるのか」。普段から小説を書いているという岡田さんは、執筆のきっかけについて「自分がなぜ小説を書くのか、きちんと考えてみたかった」と話す。「まさか本になるとは思っていなかった。現物が8月の終わり頃に届いて手に取った時に重みを感じた。頑張って書いてよかった」と振り返った。

「友だちを定義できるか」を書いた2年生の入江春香さんは、小学生の頃から「クラスメートって本当に友達なんだろうか」という疑問を抱いてきた。「自分一人で考えていたことを文章にするのはとても大変だった。それが人に読まれることに緊張や怖さもあったが、今はうれしい気持ちもある。哲学部に入ってよかった」と語った。

問いを共有する

文芸部の活動に哲学を取り入れるきっかけをつくったのは、卒業生で、現在大学3年の石田彩恵さんだった。中学生の頃、校外の哲学カフェに参加した経験が原点だという。高校入学後、飯島教諭に哲学カフェの開催を持ちかけたことで文芸部内に哲学班が生まれ、校内での哲学カフェが始まった。石田さんは「高校生はもやもやを抱えても、それを発散できないことがある。私自身も個人的な感情をうまく処理できず、内面的な問いも増えていた。疑問を声に出し、みんなで問いを共有する。言葉にならないような問いも取り入れていけたことが、哲学カフェの意義になった」と話した。

哲学班の活動を校内に広めた、大学2年の松間夕華さんは「大きな悩みだった人間関係について、対話することで自分が救われる場に哲学班はなっていた。友達や趣味のつながりとは違う形で人とつながれる場所。在学中は活動を知ってもらいたくて、自分でフライヤーを作って各クラスを回るなど、がむしゃらに動いていた」と当時を語った。

市民向けの「語るカフェ」を始めるきっかけを作った大学1年の神谷和奏さんは、哲学カフェの魅力について「相手のことを否定しないというルールがあること。討論とは違うし、意見の優劣を決めるものでもない。ここなら自分について素直に話すことができる」とし、「精神的につながれる場所が高校生の時にあったことは、自分にとって本当にありがたかった」と振り返った。

「語るカフェ」の会場となっているがばんクリエイティブルームを立ち上げた葛西紘子さんは、神谷さんとの出会いが哲学カフェにつながった経緯を紹介した。「日常の中に、自分を表現できる自由な場所があるといいと思って始めたのが、がばんクリエイティブルーム。ここで開いた別のイベントに遊びに来てくれた神谷さんとの出会いが、『語るカフェ』が始まるきっかけになった。これからも面白い企画をしてもらえたら」と語った。

活動を説明する部長の大和田哲汰さん

高校生だからこそ感じる視点

書籍化を実現したあっぷる出版社の渡辺さんは、NEWSつくばに掲載されたコラムを読んだことが出版のきっかけになったとし、「コラムを見て、これは本にできるんじゃないかと思った。偉い人や、たくさん経験を積んだ人だけでなく、若い人にもどんどん本を出してほしいと思っていた。今後、この本がどう広まっていくのか、すごく楽しみ。より多くの読者に届けていきたい」と話した。

顧問の飯島一也教諭は、哲学カフェを続ける中で「哲学は個人の作業ではなく、共同作業だということに気づいた」と語る。「『対話』という対等な関係性だからこそ促進されるのが、哲学カフェ。哲学部の活動は、哲学と対話に基づく関係性を学校内外に広めていくことを主な目標としている。生徒と一緒に歩む中で、活動の焦点が定まっていった」と話した。今回の書籍については「哲学カフェのライブ感や、生徒一人一人の問題意識の切実さを描いている」と評した。

哲学部部長で2年生の大和田哲汰さんは、自身が執筆したコラムについて「深夜までかかって書き上げたが、自分の言葉になりきれずに何度も見つめ直し、書き直した。自分が書いた原稿が本になることに驚いている」と話した。8月に書店を訪れた際には「本の前で立ち止まった方が手に取ってくれたのを見た」といい、「迷いながら書いた中で、友人から感想をもらえたこともうれしかった」と振り返る。「生徒が向き合う切実な問題を取り上げている。高校生だからこそ感じる視点が盛り込まれているところに独自性があると思っている。多くの方に新しい考え方や気づきを与えられたら、とてもうれしい」と締めくくった。(柴田大輔)

開館40周年 累計来館者700万人に つくばエキスポセンター

0
700万人目となり、中原館長(右)と記念撮影をする早坂さん家族

つくば科学万博の翌年に開館し、今年40周年を迎えた科学館「つくばエキスポセンター」(同市吾妻、中原徹館長)の来館者が13日、累計700万人になった。中原館長は「40周年の節目に700万人というひじょうにいい数字を達成できたことをうれしく思っている。年間20万人を目標に据えているが、24年度と25年度は20万人を上回り、多くのお客様に来ていただいた。子供たちに科学のおもしろさや楽しさを伝え、子供たちの科学の気付きを少しでも進めていければ」と話している。

同館はもともと、1985年開催の科学万博第2会場に建設された日本政府出展施設だった。万博終了翌年、万博開催を記念する科学館として開館した。施設は、体験しながら科学の面白さを体感したり最新の研究成果を分かりやすく紹介する展示場のほか、ドーム型プラネタリウムや、高さ約50メートルのH2ロケット実物大模型(25年12月11日付)などがある。科学万博の資料も保存、展示している。運営はつくば科学万博記念財団(中原理事長)。

中原館長

近年は、コロナ禍の2020年と21年に延べ4カ月間、臨時休業を余儀なくされたが、コロナ後の24年度の来館者数は約21万8000人、25年度は約23万9000人と回復した。

中原館長は「新しい展示に向け努力しているほか、つくば市の人口が増え、転居してきた小中学生の子どもをもつ若い世代が、何度も訪れてくれている」と分析する。例えば「小学3~5年生を対象に実験や工作などをするエキスポ科学クラブなどは大変好評で、定員80人のところ数百人の応募がある」という。さらに25年度は、大阪・関西万博の開催とつくば科学万博40周年の相乗効果で、来館者が増えたとみる。

28年度にプラネタリウムをフルリニューアル

2026年度は同財団の中長期計画(2022-26年度の5年間)の最終年に当たり、年間入館者数20万人などの数値目標はすでに達成した。次の27年度から5年間の中長期計画の目玉について中原館長は「2028年度にプラネタリウムをフルリニューアルする。光学機器、デジタル機器、音響システムなどを全部更新する。星空に限らずいろいろな番組ができると思うので、ぜひ見に来てほしい」と話す。

一方、建築から40年たったことから、科学万博の記念施設でもある建物を将来にわたってどう維持していくかなどの課題もある。

つくばエキスポセンター=つくば市吾妻

万博キャラクター「コスモ星丸」を贈呈

13日は同館で、累計来館者700万人達成記念セレモニーが催され、700万人目の来館者となった千葉県船橋市の会社員、早坂知宏さん(43)らに、中原館長から、つくば科学万博のマスコットキャラクター「コスモ星丸」のぬいぐるみ2体が贈呈された。

早坂さんはこの日、妻の真衣さん(42)、長女で小学3年の優那さん(7)、長男で小1の恒希さん(7)の家族4人で初めて来館した。子供たちがNHKの教育番組「ピタゴラスイッチ」が好きで、同館で現在、からくり装置や仕掛け装置を集めた企画展「からくりコロコロ」が開催されていることをSNSで知り来館した。700万人目になったことについて優那さんは「びっくりした」、恒希さんは「うれしい」と話していた。(鈴木宏子)

福雷橋と金村別雷神社《ご近所スケッチ》25

2
福雷橋から(イラストは筆者)

【コラム・川浪せつ子】つくば市には、隠れたスポットがいろいろあります。フィルムコミッション(FC)に登録され、ロケ地として映画やテレビドラマ、CMなどでよく使用されている福雷橋(小貝川)。上の絵はそこから見た風景です。FCは地域や観光振興のために運営されています。ですが、小貝川はいつも水量が多く、橋自体はなかなか絵にできませんでした。

橋の上からは、隣接しているつくば市上郷の「金村別雷神社」(かなむらわけいかづちじんじゃ)の鳥居が小さく見えました。面白い名前ですが、雷よけの神様で、関東雷三神社だそうです。雷は雨も伴うので、作物を育てる御利益もあるそうです。

どこかに100円募金してください

長雨の合間、神社を訪ねましたが、道に迷いました。誰かに聞こうと思っていたら、1台の車が来たので手を上げました。「私のこと呼びましたか?」「まぁ、誰かに道を聞こうと思いまして…」「誰かが困っているから、神社に来なさいと、神様に言われて来ました。案内します」。はてな?と思いましたが、案内してもらいました。

神社に着いたら一緒にお参り。「あなた疲れていませんか?」「夏バテ、そして頭も疲れています」「拝んであげます。心の中で『ありがとうございます』とだけ唱えてください。私は料金も何もいただきません」。一瞬ひるみましたが、何となくその方を信じたいと拝みました。「拝みました? 私には何もいりませんから、100円でいいので、どこかに募金してください」

とても不思議な出来事。そして、私の目的だった「福雷橋」は、下のような姿を見せてくれました。(イラストレーター)

福雷橋

2027年度高校入試を展望する《竹林亭日乗》44

0
桜川市青木の薬王寺(写真は筆者)

【コラム・片岡英明】9月は中学3年生が受験高校の選択を迫られる時期である。今回は2026年度(私学就学支援初年度)の全日制高校入試の流れを分析し、受験生を応援したい。2025年度(県立高無償化初年度、所得制限なし)に続き、私学も今年度から年45万7200円(月3万8100円)の支援が行われた。これによって受験の流れに変化が生まれた。

県立960人減、私学365人増

今春(2025年度)の県内中学卒業者は2万4555人で、前年より637人(2.5%)減少した(高校審議会資料)。高校入学者数は、県立高が1万4741人(前年度比960人、6.1%減=県教委入試報告書)。一方、私立高入学者は6939人(同365人、5.1%増)となった。単純に考えると、私学就学支援効果で、受験生の1.5%が新たに私学に入学したと言える。

ところが、私学には危機感が高まっている。確かに、1月の推薦入試では、私学23校(AO中心の江戸川取手を除く)で前年比460人増だったが、一般入試の受験者が約1000人減少したからだ。最終的な入学者数は私学24校で365人増えたものの、推薦が460人増だったので、一般入試の入学者は前年比約100人減少した。

これは、中学卒業者数減に加え、今までよりも受験生が私学の推薦に流れ、県立の入試倍率が低下したからである。県立の不合格者減に伴い、私学も県立合格発表後の入学手続きが減少したのだ。私学側も、今年1月の入試から入学者数確定までの生徒の流れの変化に驚いている。

就学支援金による新たな流れに伴い、私学の戦略は「推薦で入りたい魅力ある学校」を目指すことになる。今まで以上に地域に必要な学校、「マイブーム」として積極的に入る生徒を増やす―そんな学校づくりを見せる必要がある。これは公私共通のテーマである。受験生は、大学進学やスポーツの実績だけでなく、学びの場としての魅力を見定めてほしい。

受験者と保護者の動向

県立高受験者にも新たな流れがある。県立高の定員は昨年度より80人減の1万7150人。一方、応募者は1万5714人と、前年度比1341人減だった。ここから、応募者減の背景として、生徒637人減と私学推薦470人増に加え、もう一つの流れがあることが分かる。私学の県立併願合格者の単願への切り替えだ。

さらに、今年の県立入試で応募者と受験者の差が221人ある。これは昨年より34人多い。ここでも県立への応募後に私学の単願への切り替えがある。私学の多様なコース設定のなかで、当初は県立高併願の生徒・保護者が、2月末の県立高入試と3月の合格発表まで待たずに、特に県立高の志願先変更前後に、単願に切り替える生徒が増えている。

「私学への波」は続くか?

就学支援初年度は、確かに私学への波が生まれた。しかし波は必ず引く。本物の波はこれからだ。1回限りの波か本物かを見てほしい。受験生は、2026年度入試の新たな流れを参考にして、自分のこだわりを大切にして、志望高校を調べ、価値のある青春・学び・進路を見つけてほしい。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会 代表)

見えない印が示す「AI時代の透明性」《安全の窓》4

0
イラストは筆者がAIで作成 4

【コラム・佐々木哲美】2026年8月2日以降に登場した新しいAIモデルでは、EUだけでなく世界中で文章に“見えない印”を入れる仕組みが導入されたといわれています。文章の意味を変えず、特定の単語をわずかに選びやすくすることで、後からAI生成の可能性を推測できるようにするものです。お札の透かしに例えられることもありますが、お札は国家の信用を守るための“絶対的な証明”。一方AI透かしは、情報の透明性を補うための“補助的な目安”。同じ「見分ける」でも、重さも精度もまったく異なるのです。

では、AI生成かどうかを区別する意味はどこにあるのでしょうか。それは文章の価値を決めるためではなく、“使われる場面を守るため”です。ニュースや行政文書、研究論文、教育現場、偽情報対策など、責任の所在が重要な領域では区別が不可欠です。一方、創作や趣味の文章、メールの下書き、会議メモ、アイデア出しなどでは、内容や効率が目的であり、AIか人間かを区別する必要性はほとんどありません。川柳などは、面白ければ作者がAIでも人間でも構わないでしょう。重要なのは「区別すること」ではなく、「区別が必要な文脈を見極めること」なのです。

AIと共に書く時代の「揺れる境界」

こうした議論を進める中で、私自身の体験がこのテーマをより身近なものにしました。最近、文章をつくる過程が大きく変わり、情報収集から整理、構成の調整までAIに手伝ってもらうようになりました。効率は上がり、思考の幅も広がりましたが、その一方で疑問も生まれました。ここまでAIに助けてもらっているのに、この文章を「自分の文章」と言い切れるのだろうか―そんな迷いです。この問いが今回の考察の出発点になりました。

AIが自然な文章を生成できるようになり、人間とAIの境界は表面的には曖昧になっています。しかし、境界を決めるうえで最も重要なのは能力ではなく、責任の所在だと気づきました。AIは膨大な情報をもとに文章を作れますが、意図を持たず、倫理判断もせず、結果に対する責任を負うこともできません。一方、人間の言葉には経験の重みや葛藤が宿り、その内容を説明し、引き受ける力があります。文章が社会に影響を与える場面では、誰がその内容を担保するのかが決定的な意味を持ちます。

「責任を引き受ける者」としての人間

さらに、境界は「作り手」ではなく「使い手」の姿勢によっても変わると感じました。AIの文章をどう扱い、どこまで自分の判断で補正し、どのように責任を引き受けるか。ここに人間の役割があります。最近、会議の席で「AIに作成させました」と謙遜なのか責任逃れなのか分からない言葉を口にする人がいますが、私はこれは言うべきではないと思っています。AIがどれだけ手伝ってくれても、最終的に内容を自分の判断で引き受けている限り、その文章は「自分の文章」なのです。

AIと人間の境界は固定された線ではなく、文脈によって揺れ動く線です。その揺らぎを恐れるのではなく、責任を明確にしながら両者の強みを響き合わせることこそ、AI時代の言葉との向き合い方だと感じています。(労働安全コンサルタント)

「出口見えない研究、今も森の中」ラスカー賞受賞の筑波大 柳沢教授が会見

4
記者会見でオレキシンを発見した経緯などについて話す柳沢正史教授=筑波大 国際統合睡眠医科学研究機構

睡眠と覚醒を調整する重要な神経伝達物質、オレキシンを発見し、睡眠理解の飛躍的な進歩に大きく貢献したとして、筑波大の柳沢正史教授(66)が9日、米国医学会で最も権威ある賞、アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞した。柳沢教授は10日、筑波大で記者会見し、「出口が見えない研究だった」「今も森の中にいる」などと語った。

ラスカー賞は、受賞者のうち3分の1がノーベル生理学・医学賞を受賞するなど、ノーベルに次ぐ賞といわれている。柳沢教授はオレキシンの発見のほか、オレキシンの欠乏が、ナルコレプシー(過眠症)と呼ばれる突然眠り込んでしまう病気の原因となることを解明し、米スタンフォード大のエマニュエル・ミニョー教授と共同でラスカー賞を受賞した。柳沢教授らの研究により不眠症治療薬が開発されたほか、今年ナルコレプシー治療薬が薬事承認された。

柳沢教授は10日の会見で、オレキシン発見に至る経緯を改めて話した。神経伝達物質を「鍵」、神経伝達物質の受け口となる受容体を「鍵穴」に例え、米テキサス大准教授だった1995年当時、「相手の鍵が分かっていない鍵穴分子が多数見つかっていた。これまでの古典的な薬理学では、鍵分子が先に見つかって、その作用を調べる過程で鍵穴が見つかるが、私たちは逆方向の鍵穴分子から出発した」と述べた。

当時、ポスドクだった桜井武筑波大教授がテキサス大に来て、鍵穴を、鍵を見つけるための検出器として使い「桜井さんの検出で、当時まだ知られていなかった神経伝達物質が分かった」と言い、「桜井さんは筑波大に戻って、データ出しを全部やった。(オレキシン発見は)テキサス大だけでなく筑波大の仕事でもあった」と強調した。

撮影に応じる柳沢教授(中央)。左は桜井武教授、右は妻の柳沢裕美筑波大教授

この新しい神経伝達物資は、脳の中心の、本能や自律神経をつかさどる視床下部にあることが分かり、当時は「食欲を制御すると思った」と振り返り、「オレキシンはギリシャ語で食欲という意味。当時は食欲をつかさどる物質だと考え、オレキシンと名付けた」と明かした。

次の段階として、この神経伝達物質が欠損したマウスをつくって、食欲が減るのではないかと予測し実験した。「しかし何も起こらず、マウスは健康で異常は見つからなかった」と話した。「苦労して実験したので非常に悲しかった」が「あきらめず観察してみよう」と、マウスは夜行性なので「虚心坦懐に夜の行動を観察した」「わらをもすがる思い」だったと述べた。

発売されたばかりの安価な赤外線カメラを買って観察すると、マウスが急に動かなくなることがあった。最初はてんかん発作ではないかと思ったが、診断するには脳波をとらないといけない。当時、小さなマウスの脳波を測定できるラボは世界に数ラボしかなかったが、たまたまテキサス大にマウスの脳波をとっていた人がいて、その人に教わってマウスの脳波をとった。すると、てんかんの脳波ではなく、レム睡眠の脳波で、脱力発作と同時にレム睡眠が起こることが分かった。レム睡眠の時、人は夢を見るが、夢を演じるのは危険なので脱力が起こる。しかし当時は睡眠のことはほとんど分かっていなかった。柳沢教授は「睡眠の異常であれば『これはでかい』と感じ、ラボ全体を、食欲研究から睡眠研究にかじを切った」と話した。

柳沢教授はさらにナルコレプシーの原因を解明する。当時を振り返り「最初からゴールを目指した研究ではなかった。鍵穴分子を見つけるという宝探しを始めた」とし、ハワードヒューズ医学研究所から、自由に研究できる研究資金の提供をいただいたことが大きかったと振り返った。「基礎研究の中の探索研究はどこへ行くか分からない研究。そういう研究環境は大事」「出口はどこかとか、社会実装とかいわれると作文はするが、本当の研究はそういうものではない」と強調した。

脳の中には睡眠を維持する睡眠中枢と、覚醒を維持する覚醒中枢があって、睡眠中は脳の中で睡眠中枢が活性化して、覚醒中枢の働きが弱まる。覚醒時は逆になり、シーソーのように、常にどちらか一方の状態になっている。柳沢教授は、睡眠と覚醒の切り替えの仕組みを、竹筒の先端に水を入れ、水がたまると先端が下がって音が出る「ししおどし」に例え、「(ししおどしの)水に当たるものが脳内で何なのか不明、今はそこを研究している」とし、「そもそもなぜ眠らなきゃいけないのか、この二つのなぞが解けていない。私が現役のうちにだれかが解いてほしい」とし、将棋の藤井聡太さんの「頂上が見えないという点では森林限界の手前」という言葉を引用し「睡眠研究は森林限界を超えていない。自分の行く道は見えないし、ピークも見えない、周りは森しか見えない」などと話した。(鈴木宏子)