火曜日, 6月 30, 2026
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長屋門と暮らし《デザインを考える》33

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Gさんの長屋門(筆者撮影)

【コラム・三橋俊雄】私たちは歴史的な建物を見るとき、その形や古さ、造りの美しさに目を向けがちです。もちろんそれらは大切な価値ですが、私たちが守り、受け継いでいくべきものは建物だけではありません。そこに人が住み、働き、家族を育み、地域の人々と交わりながら積み重ねてきた暮らしの記憶こそ、大切な財産ではないでしょうか。

つくば市には、現在200門を超える長屋門が残っています。建築の視点からの調査は進み、構造や年代、意匠の特徴は明らかになってきました。しかし、その長屋門の内側で営まれてきた「暮らし」や「生活文化」については、まだ十分に語られていません。

長屋門は単なる建築物ではなく、農家の仕事場であり、地域の人々が行き交う交流の場であり、家族の暮らしを守る境界でもありました。門の奥には農具の音や馬のいななき、子どもたちの笑い声が響き、冠婚葬祭の出入り口として、地域の記憶もまた長屋門を通って刻まれていきました。

今こそ、私たちに求められるのは、建築物としての価値だけでなく、長屋門を中心に広がっていた生活の風景を掘り起こす調査ではないでしょうか。

生きた文化財

筆者が行った、長屋門(写真左上、右上は主屋)の主人であるG氏の生き方に関する調査は、長屋門を単なる出入口ではなく、農作業、家族の営み、地域の往来が交差する生活の舞台として捉えるものでした。その門をくぐる人々の姿や交わされる言葉、季節ごとの農作業のリズムまでを含めてこそ、長屋門を「生きた文化財」として捉えることができると思います。

長屋門の東側の部屋では、餅つきや醬油(しょうゆ)搾り、味噌(みそ)造り、たくあんや白菜などの漬物づくりが行われていました。一方、西側の部屋は大豆や落花生の倉庫として用いられていました。西側の最も大きな部屋(写真左下)には農機具が収納され、さらに製茶用に土で固めた焙炉(ほいろ:下で火をたき、その上で蒸した茶葉をもみながら乾燥させる装置)も備えられていました。村には必ず一人、手もみ製茶(揉捻:じゅうねん)を担う人がいて、G家もその人に製茶を依頼していたそうです。

また、1943(昭和18)年の金属類回収令により、居宅の鉄格子や刀剣数十振りとともに、長屋門の門扉に付けられていた「乳金物(ちちかなもの)」や「入八双(いりはっそう:魚尾形の飾り金物)」(写真右下)の装飾金具も、すべて供出させられたとのことでした。

暮らしのデザイン

G氏の生き方をたどることは、彼女が長屋門とどのように向き合い、そこにどんな価値を見いだしてきたのかを明らかにする営みでもあります。農作業の段取り、家族の役割分担、地域とのつながり、そして門を守るという誇り。そうした一つひとつの行為の積み重ねが、長屋門を中心とした生活文化を形づけてきたのです。

筆者の調査は、建物そのものを測るだけでは見えてこない「暮らしのデザイン」を掘り起こす作業でした。長屋門の先に広がる、つくばの歴史を受け継ぐための大切な視点がそこにあると思います。(ソーシャルデザイナー)

土浦の花火100年の紡ぎ⑹《見上げてごらん!》53

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土浦の花火オフィシャルカレンダー2026の表紙と6月の暦

【コラム・小泉裕司】観客動員数の推移について、「土浦の花火オフィシャルカレンダー2026」の6月のページには、「第14回(1946年)の35万人(当時人口の約7倍)から順調に増加し、第77回(2008年)には過去最多の80万人を記録した。当時は土浦駅に入場規制がかかるほどの混雑ぶりだった。その後は70万人ほどで推移している」とある。

2025年(第94回大会)の観客動員数は65万人。この数字の変遷は、大会が歩んできた発展の歴史そのものといえる。こうした発展の裏には、これまであまり功績を紹介されてこなかった業界の著名人がいる。

東大卒の花火師が土浦に

東京帝国大学文学部を卒業した花火師、武藤輝彦氏(1921~2002)は、日本の近代花火を語る上で欠かせない先駆者の1人だ。前回(5月17日掲載)紹介した通り、武藤氏は、かつて「土浦火工」とともに、土浦の花火産業の両輪を担った「昭和火工」の専務として、北島義一氏と共同経営にあたっていた。

その工場は土浦市上高津にあり、玩具(がんぐ)花火を幅広く取り扱いながら、東京浅草橋の事務所を拠点に全国へ営業を展開していたのである。

花火史に残る武藤氏の功績

昭和火工の再興から5年後の1961年、花火を文化財の対象にすべく「日本煙火芸術協会」が設立されると、武藤氏は事務局長に就任した。その事務局は、浅草橋の昭和火工事務所内に同居する形でスタートしている。大学卒業後にさまざまな職を歴任したという彼の多様な経験と広い視野が、この精力的な活動を支えたに違いない。

翌1962年には、花火の安全保安に寄与するため、北島氏とともに「日本煙火協会」の設立にも専務理事として深く携わった。花火師として35年余のキャリアを誇る一方で、武藤氏は生来の文才を生かし、日本の花火を「知」として編み上げた人物でもある。『ドン!と花火だ』や『日本の花火のあゆみ』といった多くの著書がそれを物語る。

かつて、土浦市立博物館が「花火を歴史としては捉えてこなかった」と省みたように、煙火業界において花火はそれまで「門外不出の秘伝や口伝が多く、学術的記録にしにくい芸術」とされてきた。それを丹念に文章化し、歴史、技術、文化を後世に書き残した功績は極めて偉大だ。

花火は安全が絶対条件

武藤氏の歩みは、土浦の地にとどまらない。後に、北海道で廃業の危機にあった火工品会社の経営再建を引き受け、1976年には「海洋化研」(札幌市)を起業した。同社は1978年に初めて第47回土浦全国花火競技大会に出品し、今や常連だ。武藤氏の没後も、北海道唯一の業者として創造花火の部に出品し、今なお土浦の夜空を彩り続けている。

土浦の花火史に大きな足跡を残した武藤氏のモットーは「花火は、安全が絶対条件」であった。それは、北島氏が掲げた「安全なくして花火の発展なし」という信念と、まさに響き合うものだったに違いない。本日はこれにて打ち留めー! (花火鑑賞士、元土浦市副市長)

<参考文献>
「日本煙火協会参拾年史」(日本煙火協会、1993年刊)
「日本の花火のあゆみ」(武藤輝彦、あずさ書店、2000年刊)
「新訂現代日本人名録2002」(紀伊國屋書店、2002年刊)
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「HaNaBi 第4部」(朝日新聞秋田版、2024年6月20~22日)

梅仕事《宍塚の里山》137

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写真は筆者

【コラム・西川菜緒】春、梅の花が咲き終わると、実が少しずつ大きくなります。花が全て結実してくれるとうれしいのですが、残念ながら、今年は例年と比べ実の数が少なめでした。枝をじっくり観察してみると、実が付いている枝と、付いていない枝があるので、受粉が足りなかったのだろうか?それとも、剪定(せんてい)する枝の選び方が良くなかったのだろうか?など、よく観察して次の冬の剪定に備えます。

5月後半から、青梅の収穫が始まります。実が青いうちは、葉の色と混同して見つけづらい上に、今年は、まばらな梅の実を眺め、少し遠慮気味に収穫しました。青梅は、梅シロップや梅酒に加工します。梅シロップは、氷砂糖で漬けるとスッキリした味わいに仕上がり、きび砂糖やてんさい糖で漬けるとコクが出ます。毎年、種類の違う砂糖をブレンドし、配合を変えながら味を楽しんでいます。

6月に入ると、完熟梅の収穫が始まります。宍塚にある梅の木は大木が多く、手の届かないところにたくさんの実が付いているので、台風や嵐の後は収穫のチャンスです。落ちた梅を拾いに、梅林に向かいます。収穫の際、木から梅をもぎ取る作業は、なんだか申し訳ない気持ちになるのですが、逆に、落ちている梅を拾う作業は「一粒たりとも無駄にしてはならない! ありがたくいただかなくては!」という気持ちに変化します。

ジャム、梅みそ、梅干し

落ちて少し傷みや虫食いのあるものは、ジャムに加工します。完熟梅のジャムは、梅の酸味に加え香りが良いです。みそと砂糖で漬け込む、梅みそもオススメです。生野菜、豆腐、蒸し鶏などにトッピングすると、夏場の食欲のない時期でも、スッキリとした味わいになり食べやすいです。傷のないキレイな梅は、梅干し用にします。梅は、そのままでは食べることができず、一手間かかるのですが、この一手間が保存食として長く楽しめる秘訣です。漬けた梅干しからできる、梅酢も優秀な保存調味料です。しば漬けや、醤油と合わせて梅ポン酢にして楽しみます。

振り返れば、今年もたくさんの梅を収穫することができました。梅雨が明けたら、梅干しの土用干しが始まります。夏の日差しを浴びる、梅干しの景色が楽しみです。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

内山社長が退任、後任は常銀投資会社前社長の池田氏 つくば市のまちづくり会社

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第3セクター、つくばまちなかデザインの2025年度事業報告などが行われたつくば市議会全員協議会の様子

つくば市が出資する中心市街地のまちづくり会社「つくばまちなかデザイン」(同市吾妻)の内山博文社長が6月末で退任し、後任に同社取締役で、常陽銀行の投資専門子会社、常陽キャピタルパートナーズ前社長の池田重人氏(63)が就任する。24日開かれた市議会全員協議会で、内山社長が報告した。

内山氏は2021年4月の会社設立時から社長を務め(21年3月4日付)、3期目の任期半ばでの退任となる。昨年3月末には同社のナンバー2として内山社長と共に会社の経営を担った元市職員の小林遼平専務が退職している(25年7月9日付)。専務退職後は内山社長が常勤で経営にあたっていた。新たに社長に就く池田氏は常勤で経営に当たるとしている。

24日、市議会で退任のあいさつをした内山社長は「5年間、大役というか、何とか走ってきた、5年前と情勢が変わったと思うのは、工事費の上昇や人件費の上昇で、当初は予期していなかった。つくばの中心部の開発は思った以上のスピードで様々なことが実施されている。全国のまちづくりを見ている中で、つくばは稀有な街。今後どういう戦略をもっていくかによって、つくばの中心部の見え方、あり方が大きく変わっていくと感じている。会社の役員は離れるが、つくばの中心部のブランドは、どこにもない、つくばらしい街であるということが全国に認知されることを願っている」と話した。今後は外部スタッフとして会社をサポートすると述べた。

池田重人 新社長

一方、新社長になる池田氏は慶応義塾大卒業後、常陽銀行に入行し、常務執行役員、営業本部つくば・千葉・さいたまエリア本部長などを歴任した。2022年から常陽キャピタルパートナーズ社長、再エネ電源の買取・売電事業などを行う常陽グリーンエナジー社長を務め、今年3月、両社を退任した。昨年6月から、つくばまちなかデザインの非常勤取締役になっている。

市議会で就任のあいさつをした池田氏は「40年間、常陽銀行と常陽銀行の子会社で働いた。つくばまちなかデザインには会社立ち上げ当初から関与し、当時、常陽銀行とMINTO(ミント)機構(政府系金融機関の民間都市開発推進機構)が出資したファンドから資金を出させていただいたのと、昨年の(つくばセンタービル4階の旧吾妻交流センターをオフィスに改修する)2期工事で、私がいた常陽キャピタルパートナーズから資金を出させていただいた。そういうこともあって、今回つくば市から(社長就任の)話をいただいた時は、ぜひやってみたいと引き受けた。今回の報告にあったように、会社自体がようやく黒字化していい流れできているので、内山社長から引き継ぎ、ぜひ安定的な経営ができるよう努めたい」などと話した。

5年目で初の黒字

市議会では、同社の2025年度(25年4月-26年3月)事業報告と決算報告が実施され、設立以来4年連続の赤字だったが、25年度は初めて黒字になったことが報告された。年間売上は約1億6029万円、売上高から経費などを差し引いた営業利益は約1928万円、税引き前の当期損益は約1095万円と黒字となった。24年度は約3258万円の赤字だった。

一方、開業時つくばセンタービル1階を貸しオフィスなどに改修した際に約3億1600万円の社債を調達したほか、24年度に2期工事として同ビル4階を貸しオフィスに改修する工事のため社債約5500万円を追加発行した。約3億1600万円の社債は24年度から償還(返済)が始まり、26年度は2500万円、27~30年度は各3000万円、31年度は1億4600万円の償還が求められる。今後償還しなければならない社債は25年度末時点で3億4600万円。

事業別では、つくばセンタービル1階と4階の貸しオフィスとコワーキングスペース(共同オフィス)運営などのco-en(コーエン)事業は、売上が約8128万円、営業利益は約3498万円で黒字になったとし、内山社長は「第2期の内装工事の投資で、貸す面積が増えた分、売り上げが上がった」とする。コワーキングスペースはピーク時で月額会員が70人、ビジター利用が2000人を超えたとし、貸しオフィスは新年度の今年4月からオフィス区画が満室となったとした。

つくばセンタービルの地下駐車場の売上は約1522万円で、前期比微増。2023年度からつくば市の指定管理者となっているつくばセンター広場の管理運営事業の25年度の売上は約971万円。つくば市やスマートシティ協議会などが委託するつくば駅周辺の自動運転モビリティ関連の実証実験(25年11月13日付12月10日付)などのコンサル受託事業の売り上げは約5187万円。

新年度は、地域の研究者らと開発した子供向けの科学やアート体験型プログラムの実施のほか、貸しオフィスの入居者やコワーキングスペースの利用者にセミナーや情報提供を行うなど、先輩利用者が後輩利用者にアドバイスや情報提供を行うメンター制度の導入、中心市街地の動きや企業を紹介する新たなメディアの立ち上げなどを検討していくとしている、

内山社長は、資本金を1億円以下に減資すると税制の優遇措置を受けられるなどから、現在の資本金1億2100万円を減資して9000万円にすることを検討しているとも話した。

「コンサル受託事業が3分の1」

一方市議からは「1000万円の経常利益ということだが、コンサル受託事業が売上の3分の1を占め、黒字化の手助けになっている。co-en事業は(貸しオフィスが全部埋まるなど)天井まできている」「今後の社債の償還は大丈夫か」などの指摘があった。

内山社長は「コワーキングスペースは毎年春に稼働率が下がって、4月に上がり、余白が残っている。メンター制度を導入して(月額会員)70人から100人を目指したい」「モビリティの実証実験は将来継続的でないので、これを補う企画を2~3年の間で獲得していきたい」などと話した。

ほかに、昨年中止になった市内の小中学生が参加するイベント「ランタンアート」については「(イベントの主催者で、同社が事務局を務める)つくばセンター地区活性化協全体でにぎわいの定義を再構築して、何を行うのか、あるべき姿を1~2年かけて議論していく」、消費期限切れの食品を販売し販売がストップしている冷凍自販機(26年2月4日付)については「運営管理が属人的になっていた。管理体制ができれば再開する」と答えるにとどまった。(鈴木宏子)

公立学校も「経営」の視点を持つ時代へ《よぎさんの眼》2

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【コラム・よぎ(P.ヨゲンドラ)】日本の公立学校は今、大きな転換点を迎えている。少子化による生徒数減少、教員不足、教育ニーズの多様化、さらには地域間格差の拡大により、従来型の学校運営では立ち行かなくなりつつある。これからの学校には、単なる「運営」ではなく、学校運営や教育活動に関する情報を数値化したデータとしてフォローする「経営」の視点が必要である。

これまで公立学校では、「前年通り」が重視される傾向が強かった。予算、教育活動、組織体制など、多くが慣例ベースで維持されてきた。しかし、人口減少時代に入り、学校は自然に生徒が集まる存在ではなくなった。特に地方では、学校の魅力そのものが地域の存続に直結する時代になっている。

社会ニーズに応える学びの企業

私は、公立学校も「学びの企業」として再定義する必要があると考えている。もちろん、利益追求を意味するものではない。ここでいう経営とは、「生徒ファースト」を掲げ、「限られた人材・予算・時間を最大限活用し、生徒の成長という成果を高めること」である。あらゆる教育活動を連携し、その効果を最大化するデザイン・シンキングが必要である。

例えば、民間企業では、顧客ニーズを分析し、組織改善を繰り返しながら価値向上を図る。一方、多くの学校では、生徒や保護者が何を求めているのかを十分分析できていない場合も少なくない。大学進学だけでなく、国際教育、探究活動、デジタル教育、キャリア教育など、社会が求める力は大きく変化している。それにもかかわらず、教育内容や学校組織が変化できなければ、生徒の学びと社会との間にズレが生じてしまう。

人材育成こそが教育現場改革の鍵

また、学校経営において重要なのは「教員育成」である。優れた校舎や設備があっても、教員組織が疲弊していては教育の質は向上しない。現在の学校現場では、長時間労働や過剰な事務作業により、教員が本来注力すべき「生徒と向き合う時間」が奪われている。

多くの教育委員会は立派な研修センターを持っていても、教員や管理職育成のための実践的な講座をデザインしていない。教員が必要とする授業のアイディアや道具を研修センターでトコトン研究すべきである。教員の内外研修、業務改善やDX化を進め、教員が創造的な教育活動に力を注げる環境づくりが必要である。

さらに、校長の役割も変わるべきである。従来の管理型ではなく、学校の方向性を示し、人材を育て、外部と連携しながら組織を動かす「経営者型リーダー」が求められる。企業、大学、自治体、海外機関などとの連携を進め、学校を地域と世界につなぐ存在にしていく必要がある。学校の予算は事務長任せではなく、新規調達、維持管理費の妥当性を自ら確認し、業者を増やすことで癒着を解消していくべきである。

「選ばれる学校」への変革

これからの学校は、「ただ存在する学校」ではなく、「選ばれる学校」へと変わっていく。そのために入学希望者のニーズを理解する必要がある。教育改革とは、単なる制度変更ではない。学校という組織そのものの在り方を問い直すことなのである。人口減少社会の日本において、学校経営の改革は避けて通れない課題であり、日本再生の重要な鍵の一つになるだろう。(元県立土浦一高・付属中学校長)

武蔵美卒業生28人 個性あふれる作品117点展示 つくば美術館

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武蔵美校友会茨城⽀部展の様子=県つくば美術館

武蔵野美術大学(東京都小平市)を卒業した県内在住者及び県出身者で構成する同大校友会第23回茨城支部展が23日から、つくば市吾妻、県つくば美術館で開かれ、油彩、日本画、水彩、工芸、和製本など28人による117点の個性あふれる作品が展示されている。28日まで。

県在住者及び出身者は約1000人が該当するが、同県支部は約30人が会員となっている。支部展は毎年開催され今年で23回目。

支部長の冨澤和男さんは(67)は10点を展示。会期中、日本の伝統的な製本様式である和装本のワークショップが開かれることから、今回初めて和装本を出展した。ほかに、明治時代から続く土浦の老舗「保立(ほたて)食堂」を、色鉛筆デザインと油絵とで書き分けた作品を展示した。「現在の保立食堂は看板が壊れており、15年前に撮った写真のものと現在のものを再構成した。今回は色鉛筆と油絵という二つの手法で描いてみた。見る人によって好みが分かれており興味深い」と語る。

冨澤和男さん 「土浦ほたて食堂」(右)と「春うらら」

数年ぶりに出展した清野光男さんは、福島の原発事故などメッセージ色の強い作品を描いてきた。今回はウクライナ戦争をテーマにした「分断と破壊」と題した作品を基本に、さらに複数の素材や技法を組み合わせて制作するミクストメディアの手法を使って描き、「境界と分断」「地景と分断」「地景 地と空」など計4点を展示した。

NEWSつくばコラムニストでイラストレーターの川浪せつ子さんも出展。NEWSつくばで連載してきた「ご飯は世界を救う(おいしい時間)」で描いた水彩画のほか、「つくば良いトコ」「古民家の夜景」(いずれも水彩画)などを展示している。川浪さんは「スケッチはその場でほぼ完成するものもあれば、後からきちんと描くものもある。つくばのまだ知られていない楽しいところや癒されるところをさらに絵にして紹介していきたい」と語る。

川浪せつ子さんの「つくば良いトコ」

ほかに中村茂子さんの皮革工芸作品「時空花」などの展示もある。

冨澤支部長は「昨年よりも作品数は多くなったが。会員は増えていない。若い人が入ってくればもっとバリエーションに富んだ面白いものになる。まだまだ卒業生はたくさんいるので、仲間になってもらいたい」と話す。(榎田智司)

◆武蔵野美術大学校友会第23回茨城支部展は、6月23日(火)~28日(日)、つくば市吾妻2-8、県つくば美術館で開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(最終日は午後3時まで)。入場無料。会期中▽ワークショップ「折本を作ろう!」を27日(土)午後1時30分~3時30分に開催。定員15人、参加費500円▽作家が自身の作品を解説する「ギャラリートーク」を28日(日)午後1時~2時30分に開催。定員無し・参加費無料。問い合わせは電話090-2669-9206(坂本さん)へ。

風鈴の音《短いおはなし》52

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

田舎のおじいちゃんが突然訪ねてきた。東京見物のついでに寄ったそうだ。
「健太にお土産だよ」と渡された包みを開けて、お菓子じゃなかったことにガッカリした。

「これ、何?」

「南部鉄の風鈴だよ」

南部鉄は、おじいちゃんが暮らす盛岡の名産らしい。

「懐かしいな」と父が言った。
「まあ、結構な物を」と母が言った。

おじいちゃんは、スカイツリーに行くからと早々に家を後にした。
母は社交辞令的に引きとめたけど、帰った後はほっとしたように見えた。
僕たちが住む部屋は、高層マンションの最上階。
洋風な部屋に南部鉄の風鈴はまるで似合わず、それは箱に入ったまま棚の中に納まった。

おじいちゃんは、その1カ月後に亡くなった。心臓が悪かったそうだ。

「まさかあの日が最後になるなんて」

父が、悲しそうにつぶやいた。

家族3人で盛岡へ行った。
山しかない田舎で、年の近い従兄弟(いとこ)もいない。
父と母は忙しそうだし、僕はつまらなくて帰ることばかり考えていた。

葬式の後、縁側でゲームをしていたら伯母さんがスイカを持って来てくれた。

「健ちゃん、何にもなくて退屈でしょう」

スイカを目の前に出されて、「あのう、スプーンは?」と言ったら笑われた。

「スプーンなんか使わないよ。種はこうやって庭に飛ばすの」

伯母さんは豪快に種を飛ばした。放物線を描いた種は、面白いほど遠くに飛んだ。
僕もまねをした。「そうそう」と伯母さんが手を叩いて笑った。

「健ちゃんのお父さんは、おじいちゃんの自慢だったよ。大きな会社に勤めて、すごいマンションに住んでるって、みんなに自慢してた」

「ふうん」

「うちには女の子しかいないから、健ちゃんは特にかわいい孫だったのよ」

「そうなんだ」

「小学生になってから、ちっとも来なくなっちゃったでしょう。だから最期に、何だかんだ理由をつけて会いに行ったのよ。お気に入りの風鈴を持ってね」

「え…?」

心地よい風が吹いて、軒下の風鈴が鳴った。
ちりんとか、そんな音じゃなかった。
心に響くような澄んだ音色は、耳の奥にいつまでも余韻を残した。

「南部鉄よ」

「ああ」

僕はうなだれた。澄んだ音で風鈴が鳴るたびに切なくなった。どうしておじいちゃんの死を、ちゃんと悲しめなかったのか。

東京に帰ってすぐに、おじいちゃんがくれた風鈴を出した。
ずしりと重く、冷たい感触が手のひらに心地よい。
窓辺に下げて、少しだけ風を入れると、盛岡の家と同じ音で風鈴が鳴った。

「きれいな音ね」。母が目を細めた。
「そりゃそうだろう。南部鉄だもん」。父が自慢げに言った。

「あの日、泊めて差し上げたらよかった」

「そうだな」

父と母が、あの日よりずっと優しい顔をしている。
僕たちは、優しく澄んだ音色をいつまでも聞いていた。

(作家)

腹話術全国大会で準優勝 つくば市在住の小学校教員 渡邊隼人さん【ひと】

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渡邊隼人さんと、腹話術の相棒のモンスター人形「たっくん」

つくば市在住の小学校教員で、現在つくばみらい市立陽光台小2年生を担任する渡邊隼人さん(40)が、大阪府吹田市で4月に開かれたアマチュア腹話術師の全国大会「F-1腹話術グランプリ」で準優勝を果たした。併せて、過去4回の大会でいずれも決勝まで勝ち残った出場者に贈られるレジェンド賞を受賞した。ステージネームは「香之鳥(こうのとり)」という。

アマチュア腹話術師として全国ナンバー2の実力だ。4月の大会では「腹話術の王道を突っ走っている」「さわやかで引きつけられる」「歌を歌いながらの人形との掛け合いがすばらしい」などと評価された。

「F-1腹話術グランプリ」で準優勝し渡邊さんの相棒の「たっくん」にメダルを架ける主催者(渡邊さん提供)

つくば市立作岡小(現在は秀峰筑波義務教育学校)教員だった2015年、一つ上の先輩教員に「一緒に習い事をしよう」と誘われ、市内の商業施設「イーアスつくば」のカルチャーセンターで腹話術を習い始めたのがきっかけ。月1回通い、かすみがうら市の腹話術師、田谷京子さんから技を学んだ。めきめき上達し、4年後の2019年、田谷さんの教え子として最高位の1級を取得した。「(ステージで)お客さんとコミュニケーションをとる際、自分だけでなく、人形もお客さんと目線を合わせることができるようになるまでがなかなか難しかった」と振り返る。F-1腹話術グランプリには、大会がスタートした2022年から連続出場する。

東京都出身。大学では生物学を専攻した。卒業後、都内で幼稚園教諭や学童保育指導員などを務めた経歴がある。当時の幼稚園教諭、保育士、教員仲間と2017年に、お話会ボランティア「おはなしらぼ」を設立し、現在も仲間とつくば市や埼玉県内各地で月1回程度、未就学児や小学校低学年を対象に、腹話術とパネルシアターや絵本の読み聞かせ、歌などを組み合わせたステージを披露している。

「おはなしらぼ」のパネルシアターの様子=つくば市竹園、えほんやなずな

前任のつくばみらい市立板橋小(現在の伊奈東小)では特別支援学級の担任だった。授業に腹話術を取り入れ、子供たちが腹話術の人形と対話しながら自分と向き合う取り組みに挑戦した。授業で、「自分のせっかちな性格が好きじゃない」と話し出す子供に、渡辺さんが操る腹話術の人形が「それは、先回りして計画的にできるということでしょう」と切り返す。短所だと思っていた自分の性格を、別の視点から見せることで長所に変え、前向きな感情を引き出し、子供たちが自分自身と向き合う試みの一環だ。この試みを2023年の腹話術グランプリで発表し、「映像部門・仕事に使える腹話術部門」で優勝した。腹話術は現在も学級運営や特別な授業の際などに取り入れている。

相棒の人形は現在、オレンジ色のモンスター人形「たっくん」、おばあさんの「菊さん」、サルの「モンちゃん」、豚の「トン吉くん」、男の子の「ケンちゃん」など。6月14日、つくば市竹園の書店「えほんやなずな」で開いた「おはなしらぼ」のステージでは、モンスター人形「たっくん」と登場し、ほかのメンバ―との掛け合いで笑いをとり、子供たちを大喜びさせた。18日には陽光台小2年生全員約150人を対象に交通安全教室を開催。男の子の人形「ケンちゃん」と、横断歩道の渡り方などを笑いを交えながら教え、子供たちの目を輝かせた。

交通安全教室で、「ケンちゃん」と掛け合いをしながら、2年生150人に講話をする渡邊さん=つくばみらい市立陽光台小学校

練習は、朝夕の通勤時、車を運転しながら、一人車内で大きな声を出したり歌ったりするのが日課という。「お客さんとやり取りし、拍手をいただくことは幸せな時間」「今は人形が手になじんできて、勝手にしゃべり出す。人形に助けてもらっている」と語る。

学校では、今後も学級運営などに腹話術を生かしていくほか、「おはなしらぼ」の活動を続けたいと話す。新たに都内の小劇場の舞台に立ち、お笑いの世界に挑戦するなど芸の幅を広げることも視野に入れる。(鈴木宏子)

水戸とつくばの人口逆転、その先を問う《水戸っぽの眼》14

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2022年に完成したつくば駅前のマンション。分譲時の坪単価は当時の市内最高峰(写真は筆者)

【コラム・沼田誠】総務省が5月に公表した2025年国勢調査速報値(2025年10月1日時点)で、つくば市の人口が26万8991人となり、水戸市の26万5773人を抜いて県内最多になった。水戸が県内首位を譲るのは1975年以来50年ぶりだという。水戸に縁のある私としては個人的な感慨もあるが、それよりも語りたいのはその先のことだ。

この逆転は突然起きたわけではない。前回コラムで見たとおり、つくばの中古マンション単価は2010年から約15年で46%も上昇した(水戸は+7%)。つくばへの転入者の37%は東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県から。首都圏の住宅事情の悪化が、TXで都心とつながるつくばを「子育て世帯の受け皿」に変えつつある。その動きが、人口増の形で表面化している。

現場の感触もこれと重なる。何年か前のこと、あるデベロッパーが十数年ぶりに茨城県でマンションを供給した際、つくばと水戸にほぼ同時に同じブランドを建てた。両市の担当者から別々に話を聞く機会があったが、ターゲットは水戸では地元、つくばでは首都圏から広い部屋を求めて来る世帯とのことだった。つくばでは、別の不動産会社の方から「このマンション販売を機に他物件にも東京圏からの注目が集まった」と聞いた。

旧住民はプリン、新住民はカラメル

ところで、市の人口が増えれば「うまくいっている」ことになるのだろうか? 五十嵐つくば市長はSNS上で、「『増えた』という事実は、『すべてがうまくいっている』を意味しません」と書いている。何がうまくいっていないか、いろいろ解釈があるだろう。私が気にかかることは、新住民の声が市政に届く「経路」がどうなっているのか、ということだ。

何年か前、ある行政関係者がこのような話をしていた。「つくば市はプリンに例えられる。新住民はカラメルで、目立つけど上に少し乗っているだけ。本体のプリンは旧住民。彼らが市政を動かしている」。人口が増えてもその本体は旧住民が担うということだろう。では、「カラメル」の声はどのように市政に届くのか?

地域の要望は、自治会や町内会を通じて行政に上がることが多い。だが転入したばかりの世帯は、その枠の外にいることが少なくない。とりわけマンションの住民は、管理組合という「縦」のつながりは持っても、地域という「横」にはつながりにくい。また、組織された地縁の票に比べ、ばらけて見えにくい新住民の声を、あえて拾い上げようとする市議はいるのだろうか?

もちろん、新住民にも地域に入り汗をかく人もいる。だが、個々人の努力に委ねるだけでは限界がある。問われるのは、行政がいかに能動的に声を拾い、前例に捉われず変化に対応していくか、だ。もっと言えば、旧住民と新住民が「同じ市民」として交わる場をどう設計するか、だ。その必要性は、まだ十分に想像されていない。

新旧を越えた「つくば市民」像を

第1回コラムでは、人口を増やしても、地域に主体的に参画する住民が増えなければ、住みやすい地域にはならないと書いた。人口が県内トップになったことで、つくば市政はこの問いを一段と重く感じるだろう。新住民を「カラメル」のまま終わらせず、新旧の垣根を越えた「つくば市民」像を、行政と住民が共に育てられるか―水戸市とつくば市の人口逆転は、その問いともいえる。(元水戸市みとの魅力発信課長)

程よい距離感の美学《マンガサプリ》8

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写真は筆者

【コラム・瀬尾梨絵】女子校の教師、星の日常を描いた和山やま先生の「女の園の星」(祥伝社、初版2020年、現在4巻)。本作が多くの読者を引きつけてやまない理由は、従来の学園モノにありがちな「少女マンガ的な展開」を、驚くほど軽やかに、そして意図的に回避している点にある。

一般的に、教師と生徒が登場する学園モノといえば、悩み相談を通じた絆の物語や、淡い恋心が生まれるようなドラマチックな展開が期待されがちだが、この作品にはそうした熱いイベントは存在しない。描かれるのは、女子高生たちが繰り広げる突拍子もない悪ふざけや、教師たちの淡々とした日常、そしてそれらを冷静に受け流す星先生の乾いた反応。それはまるで、遠くから静かな水面を眺めているような不思議な心地よさに満ちている。

この作品の特徴は、教師と生徒という二つの世界が、適度な距離を保ちながら住み分けられていること。彼らの関係は決して崩れることはなく、かといって冷え切っているわけでもない。お互いの領域を侵すことなく、しかし同じ校舎という空間で程よい温度で交差する。この絶妙な均衡状態こそが、本作が持つ最大の魅力であり、読者が感じる癒やしの源泉ではないだろうか。

生徒たちのユニークな言動に対しても、星先生は決して熱くなることはない。淡々と、時には静かにツッコミを入れ、時にはただ見守る。その一挙手一投足に、過剰なドラマは入り込む隙はなく、読者は、何かが起きそうで何も起きないこの心地よい凪(なぎ)のような時間を共有することで、日々の忙しさをふっと忘れることができるのかもしれない。

和山先生の描く、少し力が抜けたキャラクターたちの表情や、シュールな会話劇は、一度ハマると抜け出せなくなる中毒性があり、物語としての大きな起伏を追いかける必要がない分、一コマ一コマにちりばめられた細かなボケや、星先生の隠しきれない脱力感が、読むたびに違った角度から笑いを誘う。

騒がしい日常に清涼な凪

「今日は何も考えずに、ただリラックスしたい」。そんな夜に、これほど最適な一冊はないだろう。何か劇的なことが起こるわけではないけれど、そこに確かに存在する「笑い」と「穏やかな時間」。女子校という閉ざされた園の中で、今日も粛々と流れる星先生の日常は、読者の心の窓に心地よい風を吹き込ませてくれる。

過剰なドラマを排除し、淡々とした日常の滑稽(こっけい)さをすくい上げる。騒がしい日常に、清涼な凪を。そのスタンスこそが、本作を唯一無二の作品に押し上げているのだ。読み終わった後には、きっと星先生と一緒に小さくため息をつきながら、明日もまた穏やかに過ごせそうな、そんな優しい気持ちになれるはず。(牛肉惣菜店経営)

土浦一高野球部 伝説の選手たち《文京町便り》53

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】1925年秋季から本格的に始まった東京六大学野球の2026年春季リーグで、天覧試合(天皇陛下と敬宮愛子さまが御臨席)の早慶戦があった翌日の6月1日、慶應大野球部は5季ぶり、41回目の優勝を手にしました。今回は、慶應大、土浦一高に関わった高校野球の「伝説」の人、木内幸男監督たちのお話です。

優勝案内人、木内幸男氏

土浦一高野球部は1957年夏、一度だけ甲子園に出場し、1回戦で和歌山商業に勝利したものの、2回戦で岐阜商業に敗北しました。そのときの主力選手は、ピッチャー・五来孝輔、ショート・安藤統男らで、彼らは土浦一高第10回卒(甲子園出場時は3年生)でした。小学生の私は、その試合を土浦市内の亀城公園に設けられた特設TVで背伸びしながら見ました。

このときの一高野球部の部長は遠藤俊夫先生(後の同校校長、茨城県教育次長)で、私の父と旧制土浦中学で同窓でした。わが家は、甲子園まで応援に出向くことはなかったものの、このときの甲子園出場はとても身近でした。その後、遠藤家と我が家は親戚関係になりました。

土浦一高野球部の監督は、彼ら主力選手が高校2年になるまでは、7歳上の木内氏でした。彼は一高卒業後、慶應大進学をキャンセルして、一高野球部のコーチに没頭しており、甲子園進出時の監督は島田実氏でした。彼は、早稲田大野球部で広岡達朗(後のプロ野球阪神の監督)らとプレーした人です。

木内氏は、1957年4月に取手二高の野球部監督に異動、その後、同校は木内氏の指導の下、何度も甲子園に出場し、全国優勝したことはご存知と思います。同氏は常総学院野球部でも全国優勝しています。周知のことと思いますが、専修大松戸高校野球部の持丸修一監督は木内氏の「野球教え子」です。

阪神監督、安藤統男氏

1957年夏の甲子園での岐阜商業のピッチャーは「超高校級」の清沢忠彦氏でした。同校に敗れた土浦一高としては、「とてもかなわなかった」という感じでした。しかし、土浦一高の安藤統男と岐阜商業の清沢氏が進学したのは慶應大野球部でした。彼らは慶應大野球部でチームメートになったのです。

その上、1960年秋季の六大学リーグ戦で、早慶6連戦をやり遂げました。このリーグ戦では早稲田大が優勝したのですが、安藤氏と清沢氏は慶應大野球部の仲間として、高校時代からのつながりを感じたのではないでしょうか。この伝説的な早慶6連戦は、それから約10年後、私が慶應大に入学したころも、先輩たちの間で語られていました。

この伝説の早慶戦のときの早稲田大野球部の監督は石井連蔵氏(水戸一高出身)で、「一球入魂」のフレーズで有名な高校野球の父、飛田穂州の薫陶を受けていたようです。安藤氏はその後、阪神タイガースに入り、同球団の監督になっています。(専修大学名誉教授)

92校84チームの対戦カード決まる 7月4日開幕 高校野球茨城’26

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土浦日大の吉田惺南主将

第108回全国高校野球選手権茨城大会の組み合わせ抽選会が18日、水戸市千波のザ・ヒロサワ・シティ会館(県民文化センター)で開かれ、出場校92校84チームの対戦カードが決まった。大会は7月4日から、ノーブルホーム水戸、ひたちなか市民球場、J:COM土浦、笠間市民球場の4球場で行われ、8月5日から兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕する全国大会出場を掛けた熱戦が繰り広げられる。

昨秋と今春の成績で16校にシード校の権利が与えられた。29年ぶりに春の県大会を制し関東大会でベスト8になったシード校の土浦日大は、2回戦から登場し、開会式直後の第1試合、日立工ー茨城キリストの勝者と対戦する。吉田惺南(せな)主将は「どこが相手でもやることは変わらないので、一戦一戦戦っていく準備をしていきたい。夏の大会に優勝して、甲子園でも勝って、日本一を取ることが自分たちの目標」だと意気込みを語った。

組み合わせ抽選会に参加する各校の主将、教員ら

開会式は7月4日にノーブルホーム水戸で行われる。選手宣誓は26番の札を引き当てた勝田工業の仁平晃祐(こうすけ)主将に決まった。 大会が順調に進めば、決勝は7月25日午前10時にノーブルホーム水戸で行わる。

熱中症対策として、第1試合の開始時刻を昨年より30分早めて午前9時に変更する。3回、7回終了後に3分間の給水タイムと、5回終了後に5分間のクーリングタイムを設ける。延長10回からはタイブレーク(無死1、2塁の状態)が採用される。 また指名打者(DH)制が茨城大会として初めて導入される。 

連合チームは、今大会から新たに加盟したわせがくPURE、2年ぶりに出場する岩瀬、茎崎、茨城東、結城一、総和工、笠間の「茨城連合」、那珂湊と茨城高専の「那珂湊・高専」、麻生とつくば国際大の「麻生・国際」の3チーム。部員不足により、玉造工、神栖、竜ケ崎南、真壁、明野、三和、石下紫峰、坂東清風が不参加となった。

「昨年以上の成績を」

昨年3回戦に進出し、18年ぶりとなる過去の最高の成績を残した土浦工業は今年、2回戦から出場し、藤代ー石岡商の勝者と対戦する。助川誓哉主将は「皆で明るく楽しく協力しながら戦い、昨年以上の成績を残したい。」と語った。 

土浦工業の助川誓哉主将

学校名がつくば工科から変更になって2年目を迎えたつくばサイエンスの初戦は石岡一。前田泰輝主将は「10人の部員数でも最後まで諦めず全員で戦い、一戦必勝でサイエンスとして初めての初戦突破を目指す」と話した。

つくばサイエンスの前田泰輝主将

つくば国際は、部員不足で2003年の部創立以来初めて、麻生高と連合チーム「麻生・国際」をつくり挑む。初戦は、昨年19年ぶりに出場した茎崎を含む「茨城連合」と対戦する。川口翔大主将は「(連合として)初めての経験なので、日々練習を重ね、1勝を目指す」と力を込めた。

「麻生・国際」の菅沢蓮 麻生高校主将

入場料は一般800円。中学生以下は無料で、高校生は学生証を提示すれば無料。(高橋浩一)

主催者の県高校野球連盟と朝日新聞社提供

かすみがうら市、土浦市に合併協議・検討の場設置を要請

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かすみがうら市の宮嶋市長(左)から合併協議・検討の場設置の要請書を受け取る土浦市の安藤市長

土浦市長「内容を精査し検討」

土浦市との合併に向けた協議・検討の場の設置を求める決議が16日、かすみがうら市議会で全会一致で可決されたのを受けて(6月11日付)、かすみがうら市の宮嶋謙市長と来栖丈治市議会議長が17日、土浦市役所を訪れ、土浦市の安藤真理子市長と勝田達也市議会議長にそれぞれ、合併協議・検討の場の設置を求める要請書と要望書を手渡した。

宮嶋市長の要請書は「土浦市との合併は長年の悲願で(2003年の)任意合併協議会が、議論の入り口である合併方式をめぐって対立し、協議が途絶えてしまったことは大変残念」だとし、両市は「単に行政境界が接しているばかりでなく、歴史的にも生活圏域でも一体的で、これまでの経緯を踏まえるなら市議会の要望書は、市全体の要望」だとした上で、「現在政治に携わっている者は、若い世代や新しく生まれてくる命に重い責任を負っている」「(両市が)抱えるまちづくりなどの共通の行政課題の解決に向けては合併協議が極めて有効な解決の処方箋」で「将来的には県南の50万人の中核拠点都市の実現を目標とし、2市合併に向けた協議・検討の場を設置」するよう要請している。

来栖市議会議長の要望書は「急激な少子高齢化を伴った人口減少が社会経済や行政運営に及ぼす影響が懸念される」とした上で、両市は「神立駅西口の土地区画整理事業などを共に推進してきたほか、通勤・通学、買い物、医療など住民の生活圏域も一体化が進んでいる」とし、さらに「つくばエクスプレスの県内延伸では、(両市は)延伸構想を実現し、整備効果を県内全域に波及させていく上で鍵となる重要な地域」で、「厳しい財政状況下にあって将来を展望した時、今この時期を逃さず、共通する行政課題や一体的なまちづくりを検討することが不可欠で、合併協議・検討を抜きに語ることはできない」などとしている。

(左から)宮嶋かすみがうら市長、安藤土浦市長、勝田土浦市議会議長、来栖かすみがうら市議会議長

要望書を受け取った後、記者団の取材に応じた土浦市の安藤市長は、今後の対応や進行について「内容を精査し検討したい」を述べ、その上で「広域連携は今後も進めていきたい。将来的には合併が必要になるかも知れないが、両市民の生活に影響を与える大きなテーマであり、大事なのは市民生活を低下させないこと」だなどと語った。市議会の勝田議長は「明日議会があるので、議会運営委員会に諮問し、検討したい」とした。

一方、かすみがうら市の宮嶋市長は、要請書としたことについて「要望書から要請書に変えたのは、一方的なものから協力関係にあるものにしたいと思いから」だとし「規模からいっても土浦市に編入という形になると思うが、これがスタートであり、つくば市まで含めた広域的なものになっていくのが良いのではないか」と語った。

昨年10月時点の国勢調査人口速報によると、かすみがうら市の人口は3万8413人で減少傾向が続く。一方土浦市は14万1588人で微減となっているが、かすみがうら市の3.7倍の人口規模がある。面積は、かすみがうら市が約156平方キロメートル、土浦市が約123平方キロメートルで、かすみがうら市の方が1.27倍広い。(榎田智司)

野菜の地産地消《ご飯は世界を救う》73

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イラストは筆者

【コラム・川浪せつ子】今回は飲食店ではなく、野菜販売のお話です。1日の野菜摂取量は、緑黄色野菜120グラム+淡色野菜230グラムで、合計350グラムといわれています。多いかな?とも思いますが、茨城県は農業大国。つくば市は、研究学園都市ですが、農業都市といってもいいほど、JAの直売所などが多いところです。

私が都内から茨城県に移って来たとき、初めてニンジンの葉っぱを見て、感動したことを覚えています。それまでは野菜の全容を知らずに食していました。

直売所は、朝採りの新鮮さ、お手頃価格だけではありません。直売所によって、置いてあるものの種類が違います。スーパーでは見かけない野菜にも、出合うことがあります。驚いたのが「そうめんカボチャ」。見た目は普通のやや細長いカボチャですが、皮をむいてゆでると、そうめん!になっちゃっています。

また、形の不ぞろいな野菜は、土がついたままひと山=ワンコイン。出合ったときは、どうやって食べようかと楽しみです。お花やお米、それらに関連した加工食品も。今、道の駅が人気ですが、もう一つ、身近な感じのお店がJAなどの直売店ですね。

1回の青空市

今、私の大のお気に入りは、週1回開かれる青空市です。始まってから40年以上になるそうです。開始時間前には行列! 並ぶのは嫌いなのですが、この場所だけは「今日は何があるかな?」と楽しみです。そこでは、農家の方々とのコミュニケーションと、列をつくるお客さんと野菜料理の話もできます。

最近、農家の方からのレシピは「新玉ねぎのレンチン」。新玉ネギを縦に切り、バター、だし醤油をかけて、ラップして電子レンジでチン。仕上げにカツオ節を。直売所は、地域の台所だけではなく、交流の場。そして、血液サラサラ。また、野菜から季節感を感じることができ、大好きな場所です。(イラストレーター)

砲丸投 森下大地選手が日本選手権2連覇 関彰商事で祝勝会

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選手たちを囲んで健闘を称える関彰商事の社員ら。前列左から3人目が2連覇を達成した森下大地選手=つくば市二の宮、関彰商事つくば本社

筑波大出身

関彰商事(本社 筑西市・つくば市)のアスリート社員で男子砲丸投の森下大地選手(31)が、6月12~14日、パロマ瑞穂スタジアム(愛知県名古屋市)で開催された「第110回日本陸上競技選手権大会」で昨年に続き優勝し、2連覇を達成した。16日、所属する関彰商事つくば本社で祝勝会と報告会が催され、社員らが健闘を称えた。

森下選手は、自己記録を2センチ更新する18メートル69を投げ、日本歴代4位となる記録をつくった。祝勝会で森下選手は「昨年は優勝したが記録があまり良くなかった。今回は自己記録を出すことができて、満足するものとなった。この競技のピークは30歳から35歳。今週末は韓国オープンに日本代表として出場する。19メートル台、さらには日本新記録を目指して頑張っていきたい」と抱負を語った。日本選手権はアジア大会の予選も兼ねていたが、アジア大会に名を連ねることはできなかった。

森下選手は兵庫県出身、中学生で砲丸上げを始めた。神戸市の進学校、私立滝川高校(神戸市)から筑波大学に進学した。大学では、同じ兵庫県出身で、砲丸投げで実績のある大山圭悟・同大陸上競技部部長の指導を受け、記録を伸ばしてきた。一時期、拠点を出身地の兵庫県に移したが、今季からつくばに戻り、大山部長の指導を受けながら競技を続けている。関彰商事には今年4月に入社、広報部広報課に所属している。

16日の祝勝会と報告会は、つくば市二の宮、関彰商事つくば本社で催され、森下選手のほか、同じアスリート社員で男子100メートルの東田旺洋選手、先本貴一朗選手、女子やり投の兵藤秋穂選手、弓道の菊地凜選手も参加した。同社スポーツアドバイザーでサッカー男子日本代表(U-23)の大岩剛監督も同席、会場には関正樹社長ほか社員約100人が集まった。それぞれのあいさつのほか、同社の部活動の野球、サッカー、弓道の紹介も行われた。

関彰商事の関社長は「当社は様々な部門がある。それぞれが頑張ることも大事だが、交流することに価値があると思う」と述べ、「アスリートの活躍について、当社に所属してから記録が伸びているという話を聞く。職場環境の問題からもうれしい」と付け加えた。(榎田智司)

マリリン・モンロ一は生きている《映画探偵団》101

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】つくば駅のバス停留所ベンチから見上げるセンタービルの景色が好きだ。正確にはホテル日航つくばだが、ここにはマリリン・モンロ一が生きている。設計者の磯崎新は、モンロ一の身体をかたどったモンロ一定規を作り、このビルにモンロ一の身体の曲線(モンロ一カ一ブ)を組み込んだ。だからセンタービルは、マリリン・モンロ一の象徴ともいえる。

モンロ一が好きな人は、センタービルが好きだと思う。だが、ここで問題がある。映画の金髪で少しおバカさんのキャラクタ一が好きか?女優モンロ一の生き方が好きか?で分かれると思う。私はどちらも好きなのだが、映画のキャラクタ一が嫌いな人は、センタービルは苦手なのではなかろうか。

今年6月1日、モンロ一は生誕100周年を迎えた。1月に「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を公演したあと、モンロ一のイベントを予定していたが、急きょサンフランシスコ講和条約75周年記念の詩劇コンサート「憎しみは愛によって止む」が飛び込んで来て、企画を延期することにした。

私がモンロ一を評価するのは、演技は別にして、原水爆を嫌悪した女優だからだ。また、同じ役どころしか与えない映画会社に抵抗して、モンロ一プロダクションを作り、独自に映画製作に乗り出したことだ。「モンロ一は戦う芸術家」なのである。

1954年、新婚旅行で来日した際、広島で原爆ドームから原爆記念館、原爆傷害調査委員会を訪れ、何度もため息をついたという。米国が落とした原爆の現実を知り、反対の思いを抱いたと思われる。

M・モンローの「バス停留所」

モンロ一プロダクションの第1作は「バス停留所」(1956)だ。クラブ歌手シェリーが酒場で唄う場面があるが、ヘタクソなのだ。いや、ヘタに唄っているのだ。ヘタクソに唄うことがどれほど難しいことか。モンロ一の演技力に驚かされる。

また、作品中に自分の人生を暗示してもいる。シェリーは同僚に1枚の地図を見せる。そこには赤い一本の線が引かれ、生まれた場所から、ハリウッドまで一直線で結ばれている。シェリーはハリウッドの女優を目指していた。しかし、ラストではその路線を拒否し、牧童の妻になる道を選ぶ。

もう一つ語っておこう。「バス停留所」は、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズに強く影響を与えている。第1作で、おいちゃん(森川信)が寅さん(渥美清)にげんこつを加える場面が出てくる。これの元ネタと思える場面が「バス停留所」にある。さらに、寅さんと恋仲になるクラブ歌手リリー(浅丘ルリ子)の元ネタは「バス停留所」のシェリーではないのか。

磯崎新と山田洋次は東大同級生

となると、日本的なものは排除して造られたセンタービルには、寅さんの影がほのめく。磯崎新と山田洋次は東大で同級生だった。センタービルのモンロ一と寅さんはオーバーラップしている。

渥美清は浅草六区の小屋出身の芸人。浅草六区の礎を作った根岸浜吉は旧筑波町の小田出身。筑波と浅草は歴史的に縁がある。つくばエクスプレスで浅草と結ばれている。35年近くセンタービル付近を観察していると、つくばは浅草化して庶民的な雰囲気になってきているように感じてならない。

つくば駅バス停留所で待ち合わせしていて、そんな妄想が次々と湧いてきた。これから、「世界のつくばセンタービル物語/マリリン・モンロ一は生きている」(仮)の打ち合わせがある。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

<映画とお話:つくばセンタービルについて>
・日時:6月27日(土)午後1時〜3時、参加費無料
・場所:つくばカピオ小会議室2
・主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会
・次回作のスタッフ・キャスト募集中

つくばエリアの「独立」を考える《吾妻カガミ》220

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つくば市の人口(9日開かれた市長記者会見の説明ボードから)

【コラム・坂本栄】人口が増えている「つくばエリア」は人口が減っている県から独立し、独自の行政区を結成したらどうか、と私は考えています。5月、この持論を補強する情報が二つ飛び込んできました。一つは、つくば市の人口が水戸市を抜いたというニュース。もう一つは、日本経済新聞電子版の「政令市が道府県から独立…」というタイトルの記事です。

下り坂の県と上り坂のつくば

つくば市の人口が水戸市を上回ったとの国勢調査速報は、皆さんご存知と思います。本サイトの記事「つくば市の人口、水戸市を抜いて…」(5月29日掲載)によれば、「つくば市の昨年10月1日時点での人口は26万8991人となり、水戸市の26万5773人を3218人上回って、県内一に…」なりました。

同じ調査で分かった県全体の人口減、つくば市の人口増(水戸とつくばの人口逆転はこのシンボリックな表現)は、水戸を拠点にして県全体を見ている県庁をおかしな行動に走らせています。少子化を踏まえて県立高のリストラを進める県が、つくばエリアの児童増に目配りせず、同エリア内での県立高新設を渋るのもその一つでしょう。

私はこういった傾向を「下り坂の県」と「上り坂の市」と定義、139「…のおはなし」(22年8月15日掲載)の中で、「県と市が置かれている状況と方向が違うのだから、つくば市は県から『独立』したらどうか」と提案しました。さらに、202「つくばの県立高問題は動く?」(25年2月17日掲載)では、「…『上り坂』のつくば市を中核とする人口50万人以上の政令指定都市を設け、『下り坂』の県から『独立』するアプローチも考えられます」と書きました。

政令指定都市による独立構想でイメージしていたのは、神奈川県における横浜市(県庁所在市)や宮城県における仙台市(同)などの大都市です。つくば市に県庁は存在しませんが、県庁所在市は政令指定都市の必要条件ではありません。

「特別市」という独立の形

驚いたのは、日経電子版の「政令市が道府県から独立、『特別市』再び議論…」(2026年5月27日19:00)という見出しの記事です。そのリードでは「地方制度調査会(地制調)は2027年度中にも『特別自治市(特別市)』の制度に関する答申をまとめる。…大都市を県から独立した位置づけにする特別市について税のあり方などを検討する」と報じています。

県内の政令指定都市(人口要件50万以上)は県の行政下に置かれますが、「特別市」の行政権限は県から切り離され、より強い形で独立できるそうです。国レベルでいえば、イタリア国内にあるバチカン市国のイメージでしょうか。川崎市(非県庁所在市)の福田紀彦市長のコメント「地域での核となる都市を成長させ、多極分散型を実現することで日本全体にも効果を還元できる」は、とても説得力がありました。

つくばエリア(県の分類では、つくば、土浦、つくばみらい、守谷、牛久、常総、下妻の7市)の人口は合計約70万ですから、政令指定都市になる条件を満たしています。でもそこにとどまらず、一気に「特別市」に移行(県から完全に独立)、北関東の「核都市」を目指すのも面白いと思います。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

名門バレエダンサーが直接指導 子供たちが基本動作に挑戦 つくば

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参加した子供たちに、姿勢をまっすぐに伸ばして、つま先立ちする動作のこつを教えるバレエダンサーの関剛多さん(左端)とへネス・ユンさん=つくば市天久保、筑波大学中央体育館

アジアを代表する名門「香港バレエ団」所属のバレエダンサーが直接指導する「セキショウこどもバレエ教室」が13日、つくば市天久保、筑波大学中央体育館で催され、つくば市などに住む4歳から12歳の子供たち46人が初心者クラスと経験者クラスに分かれてバレエのレッスンを受けた。

バレエを通じて体を動かす楽しさを体感してもらおうと、関彰商事(本社 筑西市・つくば市、関正樹社長)が主催した。同社とつくば市が締結している「SDGsの推進に係る包括連携協定」に基づく事業として初めて開催し、同市が後援した。

同バレエ団に所属する香港出身のへネス・ユンさん(29)と、つくば市出身の関剛多さん(25)が来日し、優雅な演技を子供たちの間近で披露したり、基本動作を手ほどきしたり、音楽に合わせて一緒に踊るなどした。

子供たちの間近で優雅な演技を披露するへネスさん(右)と関さん

初心者クラスには30人が参加。子供たちは、両足のかかとを付けてつま先を左右に開いてまっすぐ立つ「一番ポーズ」と呼ばれる基本姿勢に挑戦したり、つま先で立って小幅で足踏みしながら回ったり、ひざとつま先を伸ばして片足を上げるなど、バレエの基本動作に挑み、最後に、基本動作を組み合わせて音楽に合わせて踊るなどした。

友達3人で参加した市立竹園西小6年の筒井英(はな)さん(12)は「Kポップのダンスをやっているので、柔軟体操に生かしたいと参加した。つま先立ちが難しかったが、やってみたら興味がもてた」などと話していた。

つま先で立ち両手を上げてポーズをとる子供たち

子どもたちとの質問の時間も設けられ「きれいな姿勢を保つこつはありますか」との子供たちの質問に、へネスさんは「毎日毎日練習していると、きれいな姿勢になってくる。きれいな姿勢をしてないと体が痛くなることもある」などと答えていた。

指導した関さんは「バレエを通して、体を動かすことが楽しいと子供たちに伝えることができたら」と語り、へネスさんは「何かに興味をもつということは、楽しみだけでなく、自分の性格を知ったり、大人になった時の自分の芯をつくるものでもあると思う」と話していた。(鈴木宏子)

2026年初夏の裏磐梯《鳥撮り三昧》10

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ノジコ(筆者撮影)

【コラム・海老原信一】4月下旬~5月中旬の3度の裏磐梯通いが、今シーズンの高原探鳥の始まりになりました。昨冬は雪が少なめでしたが、今冬はそれ以上に少なめでした。例年なら、残雪が低木を地面に押し付け、暖かくなった陽射しで雪が緩み、木々が軽くなった雪を跳ね上げる。その「バサッ」という音で季節の変わり目を感じたものです。

ところが、今年は大分勝手が違っていました。森に残雪はなく、木々は早くも薄緑の葉を茂らせ、森の見通しは効かない―すでに初夏そのものです。そうなると、不安が頭をもたげます。これじゃ~鳥が見えない、少し距離をとっての観察ができない、葉の茂る中からひょいと現れたらレンズを向ける暇もない、と。

その上、「今シーズンの夏鳥の飛来が少ない気がするなあ」との鳥見仲間の声も聞こえてきて、不安が一層募ります。森の入り口に立つとキビタキのさえずりが響いてくるはずなのにそれもなかったし、コサメビタキなどの姿も見ない、アオジがやぶ中を歩き回る姿もなかったし、と。

肩にした機材を重く感じながら、両側の緑が濃くなりつつある森の中の野鳥を探して、定められた散策路をいつもの観察場所へと向かいます。そこは森の高台に近く、視界が開けて木々の中腹が視線の高さに近いので、野鳥たちを見上げないで観察できる「よい場所」なのです。

14年ぶりに会えたノジコ

さて、3度通った結果ですが、3度とも不安がそのままの結果となりました。今回ほど鳥たちの観察数が少なかった裏磐梯通いは、初体験です。さえずり声が聞こえないのは、「飛来数が少ないから縄張り争いが必要ないのだろうか」なんて考えました。

それでも、オオルリ、クロツグミ、コムクドリと、それぞれ一度だけですが会えました。それに、キビタキ、コサメビタキ、サンショウクイ、ゴジュウカラ、アカゲラ、オオアカゲラ、アオゲラ、ニュウナイスズメなども、数は少ないなりに観察できました。一方、ウグイスの元気さは別格です。あの「ホウー、ホケキョ」を聞くと元気が出ます。身を絞るようにしてさえずる様子は、生きるための必死さを感じます。

今回の裏磐梯行で最もうれしかったのは、14年ぶりに観察・撮影できた種に会えたことです。それはノジコ。アオジによく似た種で、降雪の比較的多い平地や山地の林に生息する種で、裏磐梯以外では奥日光で観察した記憶があります。「もう会えないだろう」と思っていただけに、うれしさは格別でした。(写真家)

高校進学を考える集いの可能性《竹林亭日乗》41

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桜川市真壁町の塙世橋から見た筑波山(筆者撮影)

【コラム・片岡英明】つくば市の高校進学を考える第7回市民の集い(つくば市の小中学生の高校進学を考える会主催)が5月24日、つくば市役所コミュニテイー棟で行われた(5月18日付)

第1部で、筑波、サイエンス、茎崎、牛久栄進、竹園の各県立高の校長先生から、各高校の魅力などについて説明してもらった。つくば市の副市長、市議の方々、市が選挙区の県議をはじめ、約90人の参加者が熱心に聞き入る様子を見て、市内高校不足問題から始まった小さな会の運動が、新しい段階に入ったと感じた。

夏休み前に各地で高校説明会を

各校長先生による学校の魅力説明は昨年から始まった(25年6月6日付)。それは、「つくばの県立高不足の解明だけで受験生の応援になるのか」という世話人会での問いから生まれた。

2回目の今回は、5校の校長先生の説明は生徒の学びが有機的につながり、ひとつのストーリーとなっていた。そして、参加した受験生の学習スイッチも入った。話を聞きながら、生徒の学びのために、このような高校の魅力説明会を各地で開いてほしいと感じた。

以前は、中学で高校説明会を行っていた。それが夏休みに生徒個人が学校説明会に参加する形になった。そのため受験校が定まらず、説明会に参加しない高校を受験する生徒も多い。これからは、夏休み前に各地域で公私連携して高校説明会を開いてほしい。説明会を通して、学校と地域の連携が強まれば、高校も魅力アップに力が入り、生徒の学びの応援にもなる。

高校不足と定員割れの混在

5月30日公表された2025年国勢調査で、つくば市の人口が水戸市を抜いて県内1位となった。それによると、つくば市の人口は5年前の調査よりも2万7000人(約11%)増えた。TX沿線の人口増に伴い、つくば市の中学卒業者数は2023年に水戸市を超えた。今年3月の県全体の中卒者数は2万4555人だったが、つくば市はその10.4%を占め、2562人に達した。

この生徒増に見合う県立高が、つくば市に配置されているだろうか?

現在、全日制県立高は県内に84校と1分校がある。生徒割だと、つくば市には8校が必要となる。しかし、1989年の市合併時には6校41学級あったのに、現在は3校17学級と大幅に減ってしまった。この数字は、水戸市の7校50学級の約3分の1であり、大問題なのは明らかといえる。そのため、多くの中卒者が市外の高校に入学しており、通学上の問題も深刻である。

一方、市内3校のうち筑波高校とサイエンス高校の2校が定員を満たしていない。つまり、つくば市は生徒が増えているのに高校が不足している、現在ある県立高の魅力をアップさせる必要がある―という2つの課題を抱えている。「地域にとって必要な学校とは何か」を探求している街とも言える。

つくばの課題、その解決策

今回の集いでは、各校の魅力は十分に光っていた。自信を持って、もっと前に出てほしい。これからの課題は、各校の魅力をどのように地域の人たちに届けるかだ。

今回の集いでは、①TX沿線の人口増に見合う高校学級増~学級増と高校審議会資料の疑問解消②県立高の魅力アップ~地域との連携強化③スクールバスへの県の支援~全額個人負担から県の通学支援を―の必要を提案した。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表)