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2024
能登半島地震でのDMAT活動を報告 筑波メディカルセンター
2024年2月21日
「あれで良かったのか、気が晴れない」 能登半島地震の災害支援で活動した筑波メディカルセンター(つくば市天久保、河野元嗣病院長)の災害医療支援チーム(DMAT)による活動報告会が20日、同病院内で開かれた。救急診療科医長で今回の活動の隊長を務めた栩木愛登(とちき・あいと)医師(40)は「要請に従い活動は無事やってこられたが、あれで良かったのかと気が晴れない」などと振り返った。 同病院からDMATチームとして1月6~8日、能登半島地震の災害支援第3次隊として医師1人、看護師3人、業務調整員2人の計6人が石川県に派遣された。隊員らは7日、避難所となった珠洲市内の老健施設3施設の入所者らの健康状況調査や支援物資の搬送を実施した。翌8日には、介護度が高い高齢者を収容している別の老健施設入所者らの健康状況評価や支援を実施し、体調不良者を珠洲総合病院に医療搬送などした。 20日の報告会は同病院の職員を対象に開催した。報告した栩木医師は、パワーポイントでスライドなどを映しながら活動内容を詳細に説明した。 派遣が決まった後の準備段階では、雪道を走るスタッドレスタイヤがなかなか準備できなかったり、連絡役の業務調整員の確保に手間取ったりしたことが報告されたほか、能登半島では道路が寸断され、通常15分の道程を進むのに3時間近くかかり、報道で知っていたよりも被害状況がひどかったことなどが報告された。 派遣先の老健施設は、職員自身が被災したことにより通常より少ない職員での運営を余儀なくされていた。さらに避難者が押し寄せ、24時間体制で管理を求められたなど施設の職員が大変疲弊していたことなどが報告され、栩木医師は「地獄があった」と話した。 避難地はライフラインが寸断され水道が使えないため、隊員も段ボール製の非常用簡易トイレを使用したり、老健施設の事務所の床に寝袋で寝るなどしたという。 栩木医師は活動を振り返ると、出動にスタットレスタイヤとかチョッキタイプのユニフォームなど必要な物品の準備をしておかなければいけないと思ったとし、「活動が体力的には特に辛いかったわけでもなかったが、帰ってきてじんましんが全身に出来たりしたので精神的なダメージが比較的大きかったのだと思う」と述べた。 同病院の志真泰夫代表理事は活動をねぎらい「地震はどこにでも起きることだから、当院も免震構造の施設にしていかなければならない」などと付け加えた。 DMATは厚労省が阪神大震災の教訓から2005年に設立した。医師1人、看護師2人、医療事務や救急救命士など業務調整員1~2人で編成され、1チーム原則3日間、被災地にいる救急患者の治療やサポートをしたり、避難所にいる被災者の感染症に対する処置を行ったりする。 同病院のDMATは2011年の東日本大震災、12年のつくば北条竜巻、15年の常総市豪雨災害などにも出動した。今回、震度7以上の地震が起きた能登半島地震では全国のDMAT隊員に一斉に連絡が入り支援準備に入ったという。(榎田智司)
葦舟レースで水質浄化を 3月2、3日 霞ケ浦
2024年2月21日
霞ケ浦の高須崎公園周辺(行方市玉造甲)で3月2日から3日にかけて「ニホンウナギ杯争奪 第4回霞ケ浦葦舟(あしぶね)世界大会」が開催される。1日目は湖岸で参加者自らアシを刈り取って葦舟を作り、2日目は自ら漕いでレースをするというユニークな大会だ。 長年、霞ケ浦の水質浄化に取り組んできた市民らでつくるNPO霞ケ浦アカデミーと、行方カヌークラブが主催する。 「どうせやるなら大きく『世界大会』と付けて、霞ケ浦をメジャーにしていこうと企画した」と語るのは、主催団体の霞ケ浦アカデミー理事長の荒井一美さんだ。同団体は、2000年から石岡市で始めた市民講座を前身に、04年に活動拠点を現在の行方市に移した。08年から霞ケ浦の自然環境の保全活動と地域資源を活用した教育活動を行っている。 「最初『世界大会』って聞いた会員の皆さんからは『えー』って驚きの声が上がったが、回を重ねるごとにだんだん皆、本気になってきた、という形ですね」と、荒井さんは笑みを浮かべながら、大会の目的を「霞ケ浦の現状を知ってもらうこと。そして環境の改善」だと話す。 湖とのつながり取り戻したい 全国で2番目の広さを持つ霞ケ浦。夏から秋にかけて、名物のワカサギ漁などで活躍した白い帆を張る帆曳船が、観光用に運行されている。ただこのワカサギも、1965年に年間2000トンを数えた漁獲量が2022年は17トンにまで減少している。原因の一つとして指摘されてきたのが水質悪化だった。 1963年に現在の神栖市にあたる常陸利根川と利根川との合流地点に、海水の逆流を防ぐ「逆水門」が造られた。目的は、霞ケ浦湖岸地域の洪水対策と、塩分が含まれる湖水による土壌への塩害対策、首都圏の水資源確保だ。水門を閉鎖以降、霞ケ浦は淡水湖となった。 水門閉鎖後に進んだのが「水質悪化だった」と、同会事務局長の菊地章雄さんが語る。時代は高度経済成長期。人口が増えた周辺地域の市街地や農地から湖に注ぎ込む生活排水、農業排水が、多量の窒素化合物やリンを運び込んだ。湖水は「富栄養化」状態になり、1973年にはアオコが大量発生し、75年には湖水浴が禁止されている。水質悪化はシジミやワカサギなどの水産資源の減少にも影響したとされる。 菊地さんは、減少する水産資源の象徴として二ホンウナギをあげる。1960年代には霞ケ浦と利根川のウナギ漁獲量は全国の67%を占めていた。霞ケ浦は日本有数のウナギ生息水域だったのだ。 こうした歴史を踏まえて「もう一度、霞ケ浦をかつてのきれいな湖にすることで、人の暮らしと湖のつながりを取り戻したい」として発案されたのが葦船大会だった。冠した「ニホンウナギ杯」に、かつての霞ケ浦復活への思いを込めた。 アシを刈って使う文化を 同会が葦船製作を始めたのは2016年にさかのぼる。菊地さんは「かやぶき屋根などにも使っていたように、アシは人が最も身近に利用していた植物の一つ」であるとし、こう話す。 「アシは、富栄養化の要因である水中の窒素やリンを養分として吸い取り、水質を浄化させる働きがある。一方で近年はアシが利用されることがなくなり、せっかく水質悪化の元になる養分を吸い取っても、そのまま枯れて水の中にとどまってしまう。これでは意味がない」 「アシは人が定期的に刈り取ることで新しく生えてくる植物。里山のように、環境の維持には人の手を必要とする。アシが当たり前に使われる文化を定着させるためにも、多くの人が関われる、規模の大きな大会にしたかった」 葦舟を作るために大会参加者が湖岸のアシを刈り取ることで、アシが吸い取った霞ケ浦の窒素やリンは湖の外に持ち出され水質浄化に寄与する、さらに人工的な護岸堤に復活しつつある植生帯を手入れすることにもつながるというのだ。 大会に先立って1月末、葦船づくりのワークショップが開かれた。8年目を迎え、参加者の約半数をリピーターが占め、つくばや水戸など県内以外にも、岐阜など他県からも訪れている。 ペルーとボリビア大使館に招待状 「世界大会」と銘打ってはいるものの、これまでに外国チームの参加には至っていない。それでも地域で暮らしているベトナムやモンゴルの人たちに積極的に声をかけてきた。同会の荒井理事長の夢は大きい。 「目的は、あくまで霞ケ浦の環境改善。そのためには壮大だが、世界の人に関心を持ってもらい連携を図りたい。今回は(神話に葦船が登場するチチカカ湖がある)南米ペルーとボリビアの大使館に招待状を送った。いつか現地から本場のチームに来てもらえたらうれしい。今後の交流に繋げたい」と話す。 「『霞ケ浦は汚い』というイメージが定着してしまっている。しかし、ここからは筑波山も見ることができ、風光明媚なところ。地域振興の役目も果たしたい」(柴田大輔) ◆第4回霞ケ浦葦舟世界大会の詳細は同会ホームページへ。
千年の歳月に見たもの《写真だいすき》29
2024年2月21日
【コラム・オダギ秀】心に残った撮影は、少なくない。古い仏像を撮ったことは多かったが、このときも、忘れ難かった。 小高い丘を登っていくと、林の中に、小さな堂宇(どうう)があった。のぞいてみると、中に、取り残されたような、全身傷ついた虚空蔵菩薩がおわした。堂宇の中には、厨子(ずし)もあったが、厨子にも入らず、いたるところシロアリに喰われ、持物を失い指も欠け、身体のあちこちが割れ、面貌も定かではなく、その像は流した悲しみの涙さえ乾いてしまったようであった。 どのような歴史を背負った寺院の本尊であったのか、その寺が、いつの時代に廃寺となったのか、明らかなものは残されていないという。しかし筑波山に連なる周辺の山中には、近くには名古刹(こさつ)もあり、山岳寺院らしき廃寺もあり、ここの虚空蔵菩薩像は平安時代後期の作と推定されているらしいから、集落の人々に護られながら、およそ一千年近い時を経てきたことになっていた。 虚空蔵菩薩は、妨げるものがない広大無辺の功徳で人々の願いをかなえてくれる菩薩だそうだ。だが、この菩薩の左手施無畏印(せむいいん)の指は欠け、右手に持っていたであろう宝珠(ほうじゅ)か剣も失われている。 全体にバランスのよい量感なのだが、整っていたであろう顔立ちの漆箔(しっぱく)は剥げ落ち、痛々しい表情も、はっきりとは見えなかった。そこここに深く入り込んだシロアリの食い後も目立った。剥ぎ目のズレにも心が痛んだ。そのような菩薩にすがってもいいものか、という気にさせられた。 憎悪も孤独も後悔も悲槍も… 坐していた千年近い歳月は、その長さだけで、この世の、憎悪も孤独も後悔も悲槍も、拭い去ってしまうのだろうか。虚空蔵さま、あなたは、今、時を経て何を思うのですか? ボクは、流れる汗にまかせ、ボク自身の悲痛を、少し漏らした。すると、堂を覆うセミの声がひときわ激しくなった気がした。思わずボクが拭ったのは、汗なのか涙なのか、木立を抜ける風が、心なしか涼しくなった気がした。 あの撮影から、もう十数年が過ぎたろうか。あの菩薩にすがった人々の思いは、どこに残っているのだろうか。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)
申請期限過ぎ国の補助金受け取れず つくば市 介護保険システム改修費
2024年2月20日
つくば市は20日、4月から実施される2024年度介護保険報酬改定に伴う介護台帳のシステム改修費について、国から2分の1の補助金を受け取ることができたにもかかわらず、補助金の申請期間を過ぎてしまい、137万5000円を受け取ることができなかったと発表した。 市高齢福祉課によると、国の補助金申請の通知は、昨年9月13日、システム改修にいくらかかるかを調査する通知が県から市介護保険課に届き、さらに12月5日には補助金を内示する通知が県から市介護保険課に届いていた。 一方、昨年9月末、システム改修を担当する市高齢福祉課が介護保険課に通知が届いてないか調査したところ、介護保険課では通知を確認できなかったという。 システム改修の契約事務作業を進めるため、今年2月5日、市高齢福祉課が県に国の補助金について確認したところ、県から、昨年9月と12月に通知を2回送っていると言われ、改めて市介護保険課に確認したところ、県から2回通知が来ていたことが分かった。 市高齢福祉課と介護保険課で情報共有がなされなかったことが原因という。 再発防止策として市は、国や県からの通知について、関係部署で情報共有できるよう体制を強化するとしている。 市では同システム改修費用が275万円かかる見通し。2分の1は国から補助金を受けられるはずだったが、全額を市の会計でまかなうという。
無人販売の八百屋をオープン 元留学生が筑波大近くに
2024年2月20日
近所に八百屋がない筑波大学近くの春日4丁目に9日、24時間営業で無人販売の食品販売店「やおや・春日」がオープンした。同市天久保で四川料理店「麻辣十食」を運営する東洋十食が手がける。野菜や果物のほか、中国からの輸入食品や自社製造のお弁当、コロッケなどの惣菜も販売を始め、近隣住民や大学生らが買い物に訪れている。 店内にはキュウリやトマト、ジャガイモなど一般的な野菜と共に、赤い菜の花や、スティック状のカリフラワー、茎レタスといった珍しい野菜も並ぶ。店舗面積は約35平方メートル。販売する商品は野菜、果物、お弁当など合わせて約100種類ほど。 値段は50円から数百円程度で、一人暮らしの大学生にも買いやすいよう少量ずつパックするなど工夫されている。商品は水海道総合食品地方卸売市場や都内の中央卸売市場から仕入れる。商品の価格に跳ね返らないよう、内装は全てスタッフが手作りして初期投資額を抑えた。無人販売により人件費を抑えているほか、曲がったキュウリなど形が不ぞろいの規格外の野菜を仕入れ、できるだけ安くしている。 支払いは現金かQRコード決済で、品物を選んでから客自身が電卓で計算し、カメラに見えるようにして支払う仕組みだ。 夜遅くまで研究 同店を運営する東洋十食の代表は中国河南省の出身。筑波大学大学院で社会工学の修士課程を修了した。卒業後は都内の会社で働いていたが、自然豊かな環境で子育てしたいと、学生時代親しんだつくば市に戻ってきた。院生時代は大学の宿舎に住み、夜遅くまで学内で研究していた。その経験から「夜中でも食材を買うことができる24時間販売の八百屋が大学近くにあれば便利なのではないか」と思いついたという。都内で勤めていた時、白金や麻布十番の八百屋がにぎわっているのを見て、スーパーマーケットではなく八百屋の業態に魅力を感じたと話す。 孫さんは野菜の仕入れなども行う。「大学生だけでなく近隣に住むお年寄りからも、キャッシュレスでなく現金でも買えるのがありがたいと言われる。喜んでもらえている様子」と好感触だ。野菜を買いに来た筑波大2年の男子学生と女子学生は「オープンしたのを見て気になっていて今日初めて来た。いろいろな野菜があって便利」と話す。東洋十食の代表は「加工食品ばかりだと栄養も偏る。野菜を食べて、大学の後輩たちに元気に、健康になってほしいという思いがある」という。 コロナ禍、都内で人気高まる 街の八百屋は、コロナ禍により家庭内で食事をする内食や巣ごもり消費の需要が高まったことを背景に、都内では、道路に面した店頭に青果を並べる八百屋の人気が集まり、大手食品スーパーが昭和レトロな八百屋の業態で出店したり、ドライブスルーの八百屋もオープンするなどした。農水省の調査によると、2021年には全国の青果市場の約半数がコロナ禍前よりも取扱高を増やしている。(田中めぐみ) https://www.youtube.com/watch?v=zuRiYRuaud4
中国で見つけた魔法瓶の形《デザインを考える》5
2024年2月20日
【コラム・三橋俊雄】今回は、以前私が中国で出合った「魔法瓶の適正デザイン」についてお話します。上の写真は、左から上海の友人が送ってくれた竹製の魔法瓶(中身本体はありません)、鉄製の魔法瓶、その次は上海の路上でおばあさんから譲り受けたアルミ製の魔法瓶、一番右は北京のデパートで購入したプラスチック製の魔法瓶です。 ここで言う「〇〇製」とは魔法瓶の外部構造のことです。内部はそれぞれ真空2重ガラスの容器が収まっており、魔法瓶の栓はすべてコルク製のものが用いられています。 穴だらけの鉄製魔法瓶 鉄製の魔法瓶は、1986年に中国を初めて訪問した際、北京中央工芸美術学院の院長室で出合ったものと同じです。これは、私が中国で「ショック」を受けた二つのうちの一つでした。ちなみに、もう一つは、中国中南部・湖南省の駅ホームで見た、ズボンのお尻がぱっくり開いた(おむつ不要の)幼児用「股割れズボン」です。 なぜ鉄製の魔法瓶が穴だらけだったのでしょうか? 1980年代、中国では、この魔法瓶が日本で言う「役所の大きな黄色いヤカン」のように、多くの公の場で使われていたようです。当時は、工業製品として自転車が花形産業であり、そのチェーンに使うヒョウタン型の板金が大量に必要でした。そこで、製造工程ではそれを打ち抜いた後の端材が多く排出され、その端材を丸めてカバーとして利用したのが、この穴だらけの魔法瓶でした。 この魔法瓶は、上部もやはり板金を曲げて溶接しただけの簡素な作りであり、その上の小さな注ぎ口だけがプラスチック製でした。本体部分のガラス容器は、穴だらけの板金カバーの下部で、交差した2本の針金により固定されているだけでした。 適正技術・適正デザイン これらの竹、鉄、アルミ、プラスチック製の魔法瓶を並べて気付いたことは、第1に、カバーの材質こそ異なっているものの、その大きさやプロポーション、取っ手の位置などは同様の形状をしていたということです。その理由は、「お湯を注ぎ」「保温し」「急須や茶碗に注ぐ」という、人と道具の関係が共通していたからでしょう。 第2に、魔法瓶の「使われ方」は共通しているものの、魔法瓶の外部構造に関しては、技術的発展に伴って、竹製、鉄製、アルミ製、プラスチック製のカバーが登場したように、その時代ごとに、中国が有する技術や生産方法によって作り出されてきたということです。 すなわち、これらの時代や地域に適合した魔法瓶の製造・デザインの在り方こそ、当該地域の自立的な発展につながる「適正技術・適正デザイン」であったと言えるのではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)
「避難所の体育館は寒かった」 土浦三高生が防災キャンプ体験を報告
2024年2月19日
21日、初の校外発表 災害時の避難所になる学校体育館に寝泊まりしてみたー。県立土浦三高(土浦市大岩田、渡邊克也校長)の2年生グループが21日、県県南生涯学習センター(同市大和町)で同校が開く「探究発表会」に登壇し、防災キャンプの体験を口頭発表することになった。グループは普通科2年生の7人。昨年12月1日、同校体育館に1泊する防災キャンプを行った。同校は眼下に霞ケ浦を見下す立地に校舎がある。災害地に湖畔の低地は液状化の懸念などがあり、学校が水害や地震の際の指定緊急避難場所になっている。 防災キャンプでは、2015年の関東・東北豪雨で常総市に派遣された土浦市防災危機管理課職員から話を聞いたり、市のハザードマップに基づく防災情報のレクチャーを受けた後、体育館にテントを張って1泊した。 1カ月後に能登半島地震 同グループは翌12月2日に、土浦市内の街づくりイベントでスタンプラリーを実施しており、2日間の行事にボランティア参加の生徒も含め16人が参加した。メンバーの1人、長谷川春花さんによれば「スタンプラリーは2回目の実施で、1回目のときアンケートをとると『もっと市民と交流したい』という意向があったので、防災キャンプを考えた。けれど、安全面から受け入れが難しく、まずは生徒だけでの実施になった」そうだ。 この防災キャンプの1カ月後の元日に能登半島地震が発生した。長谷川さんは「とにかく体育館の床は死にそうなくらい寒かった。能登の避難所生活のニュース映像を見るたび、あれ以上の寒さが連日続いているのかと思うと辛い気持ちになった」という。指導に当たる橘内敏江教諭は「防災キャンプで残った飲料などを現地に送る検討もしたが、迷惑になるかもしれないと断念した。生徒の前向きに成長する姿を見ることができた」と語る。 下級生たちに引き継ぎたい 生徒たちは「キャンプでは非日常を体験できた。防災はぜひ市民と一緒に取り組んでほしい課題」だと防災キャンプを下級生たちに引き継いでいきたい考えで発表に臨む。「探究学習」は、生徒自らが課題を設定し、解決に向けて情報を収集・整理・分析したり、周囲の人と意見交換・協働したりしながら進めていく学習活動。同校では活動成果を2年生中心に発表する取り組みを約5年間実施してきたが、校外に出て行うのは今回が初めて。三菱みらい育成財団の助成も得て、「土浦市から宇宙まで探究のフィールドは無限だ!」を掲げて開催する。天文や防虫効果などを取り上げる理系、ロック音楽や百人一首などの文系を交え12件の口頭発表が予定され、ポスター発表は70件を数える。開会は午前9時30分、午後4時ごろまでの日程で、防災キャンプなどの特別口頭発表は午後1時ごろに予定されている。(相澤冬樹)
「もん泊」手ぬぐいを限定製作 つくば建築研究会
2024年2月19日
イベントで販売へ NPOつくば建築研究会(つくば市谷田部、坊垣和明理事長)は、長屋門に宿泊機能を付加しようと研究活動中の「もん泊プロジェクト」(2020年9月27日付)の一環としてデザイン手ぬぐいを製作し、18日に開かれた第17回市民シンポジウムで披露した。 手ぬぐいは白地にパープルカラーでもん泊ロゴとつくば市域の地図が印刷され、もん泊プロジェクトの研究対象である「長屋門」の市内分布があしらわれている。同会の調査によれば、つくば市内には217軒の長屋門が現存しており、「個人宅の特定にならないよう、あくまでエリア分布の一例として描いた」と、図案をデザインした塚本康彦理事は説明する。今後同会主催のシンポジウムやみちあるきイベントで販売する。製作数は200枚で1枚1000円(消費税込み)。 同日、市民シンポジウムはつくば市栗原の旧下邑住宅(23年5月31日付)で開かれ、糸賀茂男土浦市立博物館館長を招いて長屋門に関する歴史基調講演やパネルディスカッションを行った。さらに昨年から土間の板張り化を進めてきた米倉のお披露目(23年10月24日付)、筑波大学に留学中のエチオピア国費留学生による同国の茶道文化にあたるコーヒーセレモニーが催された。 坊垣理事長は「17回を数えるシンポジウムの中からつくば独特の原風景である長屋門と古民家がクローズアップされ、将来は長屋門と民泊を融合させる目標を掲げた。その実現のために、できることから始めて長屋門を訪ね歩くみちあるきや、米倉の利活用を考えるための板張り改修を手がけた。今後もみちあるきを開催してつくばの減封家と長屋門を紹介していきたい」と述べた。(鴨志田隆之)
県に請求書送付を つくば市の高校通学費補助《吾妻カガミ》177
2024年2月19日
【コラム・坂本栄】つくば市は洞峰公園の維持管理を県から押し付けられましたが、県立高校問題では県の施策にはまりました。本来は県が負担してしかるべき費用を市の予算案に盛り込んだからです。この半年の間に、市民は知事の巧みさと市長の拙さを相次いで目撃したことになります。 遠距離通学に年間3万円補助 つくば市は2月1日に発表した来年度予算案に、土浦市、牛久市、常総市、下妻市など、遠距離の高校に通う生徒にバスや鉄道の通学費用を補助する予算を挿入しました。1億6152万円を計上し、通学に年間10万円以上かかる生徒には3万円を補助するという内容です。 この善政について、市は「急増する市内在住の高校通学者数と市内立地の高校定員数との不均衡により生じる遠距離通学負担に対して、経済的負担の軽減を図る」と説明しています。簡単に言うと、市内の県立高不足のために市外の高校に通学しなければならない学生の持ち出しを少し軽くする施策です。 つくば市は、学生数と定員数の不均衡を解消する策として、市内に県立高を新設するよう県に要求してきました。しかし県は、県全体の少子化・人口減を理由に、県全体の傾向とは逆に人口が増えているつくば市での県立高新設にも消極的です。 そして、(A)市内にある既存県立高の学級増(高校経営予算の節約)、(B)近隣市の県立高への通学奨励(広域化による問題解決)―の2代替策で、高校新設を見送ろうとしています。 市長は新設実現を諦めたわけではないと言っていますが、遠距離通学補助によってTX沿線エリアに県立高を新設せよという声が弱まらないか心配です。 高校新設<既存高活用+広域通学圏 県の考え方(新設を渋る理由、代替策、高校教育の目玉)を整理すると、こういうことです。 ▼少子化・人口減で県内の高校入学者は減っており、県立高は統合・廃止で減らす。 ▼県全体の傾向とは逆のTX沿線についても県立高の新設は極力避ける。 ▼これで生じる学生数と定員数の不均衡は既存高学級増と通学圏広域化で乗り切る。 ▼上位の既存県立高については中高一貫併設によって学生のレベル・アップを図る。 県がこういった県立高経営の枠組みにこだわるのであれば、市が通学補助の窓口業務を代行するとしても、その費用は県に出してもらうべきです。県の仕掛け(B)に追随していると、県立高不足問題の解決は既存高学級増と通学圏広域化で進みます。 新設までの暫定措置として県ないし市が遠距離通学費を補助するにしても、年3万円では少な過ぎます。実際にかかる費用の3分の1以下ということですから。県に送る請求書は、少なくとも1億6152万円✕3=4億8456万円にする必要があるでしょう。 通学補助を大幅増⇒県に請求書送付 高校生徒数と定員数のミスマッチ解消は、人口が増えているTX沿線市の重要課題です。それなのに、県も市も目先の対策でごまかそうとしています。生徒に遠距離通学の時間的負担を強い、保護者には経済的負担を強いるのを放置し、微々たる通学補助金を出す「善政」で取り繕うとする市長も困ったものです。 市議会は来年度予算案を否決し、総額4億8456万円の修正案を出し直させ、県に同額の請求書を送らせる議案を決議すべきでしょう。研究学園市=高校過疎地では「世界に笑われるまち」TSUKUBAになってしまいます。(経済ジャーナリスト) <参考> ▽記事「…市の新年度予算案 過去最大を…連続更新」(2024年2月1日掲載) ▽コラム139「上り坂の市と下り坂の県のおはなし」(2022年8月15日掲載) ▽コラム118「つくば学園都市は公立高の過疎地」(2021年10月18日掲載)
「花火を聴く」視覚障害者の花火鑑賞《見上げてごらん!》24
2024年2月18日
【コラム・小泉裕司】花火を季題とした風景や心象を描写した名句は数多い。人生や季節の移ろいを、儚(はかな)く消える花火に重ねるのだろうか。 盆などの慰霊行事であったことから、「初秋」の季語だったようだが、現代は納涼行事として「夏」が主流のよう。「遠花火(とおはなび)」も同様。たった3文字にもかかわらず、打ち上げ場所から遠く離れたところから「見る」花火への、切なさや愛(いと)おしさが心に沁(し)みる季語である。 花火鑑賞の多様性 昨年の土浦市議会第4回定例会では、「土浦全国花火競技大会時の障害がある方の観覧」についての一般質問に対する答弁で、佐藤亨産業経済部長は「花火会場で、視覚障害者に花火の魅力を感じてもらうことができた」という希有(けう)なエピソードを披露した。 大会当日の朝まで行くかどうか迷ったあげく、意を決し、会場を訪れた視覚障害のある男女2人は、打ち上げが始まるころには、桟敷席近くに到着することができたという。 杖(つえ)を持った2人に気付いた桟敷席担当の係員は、業務の傍ら、土手にたたずむ2人を気にかけていたそう。周知のとおり、打ち上げ終了後の道路は、超過密な状況と化し、視覚障害者には危険きわまりない。これを察知した係員は、土浦駅行きのシャトルバス停まで誘導し、無事帰路に着いたのこと。 2人は、花火の真下に来たことで、まぶたの奥に光を感じることができたという。音や振動を体感することや、音楽、場内アナウンスも聴くことができた。何よりも、観客と一緒に拍手をすることができたことに感動。「ここまで来て本当によかった。ありがとうございます」と涙を流し、花火を堪能した喜びを係員に伝えたそう。 この報告を聞いた部長は、障害者も花火の思い出をつくることができる、土浦の花火は様々な人たちに感動を与えることができることを実感したという。筆者も、土浦の花火ファンが、また2人、増えたことが実にうれしい。 一方で、本稿でこの話題を書くことに躊躇(ちゅうちょ)したのも事実。 つまり、主催者にとっては、来場者の安全を確保することが最優先の使命であって、身動きもままならぬ雑踏や道路面の不備も想定される中で、係員まで巻き込んだ身勝手な行動と非難されないか。 さらに、係員の対応は業務範囲を逸脱しているのではないかなど、大いに逡巡(しゅんじゅん)した。実行委員会は、会場から1.5キロ離れた安全な場所に「身障者用駐車場」を確保して、会場への誘導を勧めることはしていない。 しかしながら、今回の2人の行動によって、新たな気付きを得たことも事実。それは…「花火を聴く」。 「花火の光を感じたい、心に響く音を聴きたい。こんな欲求を満たしてくれる環境づくりの必要性、誰ひとり取り残さないとの観点からも大切なことであり、これからもあらゆる面でみがきをかけて、多様な観客に楽しんでいただける大会づくりにまい進したい」と、部長答弁を括(くく)った。 まさに、安藤市長が標榜(ひょうぼう)するダイバーシティの考え方に沿った、崇高な精神である。 「亡き人を思い遠花火に耳澄ます」 このエピソードの対極にあるのが、Oi café 20「亡き人を思い遠花火に耳澄ます」(平野国美、常陽リビング、2017/8/19、6ページ)。 介護ベッド上で目を閉じ、遠くに響く土浦花火の音を聞きながら、母親代わりの亡き姉への郷愁、その姉と会話した花火への情念が動画のごとく流れる。訪問診療医で本サイトのコラムニストでもある平野氏ご本人から、以前に送っていただいたコラムを、読み返している。 「いつか一緒に、あの花火の真下で眺めたいねって話してたの。そのお姉ちゃんが行けないのに、今さら私だけ見に行くってわけにはいかないの」。昭和期の俳人鈴木真砂女の句が添えられていた。「死にし人 別れし人や 遠花火」 真下で体感するもよし、遠花火に耳澄ますもよし。本日は、この辺で「打ち留めー」。「ドドーン キラキラ!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)
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