月曜日, 4月 6, 2026

郷愁の商店街のゲートと鳥居《看取り医者は見た!》14

【コラム・平野国美】地域の特性に応じた役割を果たすために設けられてきた商店街のゲートは、どこから来たのでしょうか? というよりも、なぜ造られたのでしょうか? 都市計画学のバリー・シェルトンは、「日本の都市から学ぶこと」の中で、商店街におけるゲートと神社の鳥居を中心とした参道の共通性について指摘しています。私は古本屋でこの書籍を見つけ、読んでみました。日本で生まれて育った私たちにはわからない、いや、気づけない街の構造を異邦人側から見ると、どう見えるのか、とてもユニークでした。 近代以降の日本において、家屋の欧米化、街並みの欧米化が進んだわけですが、そこに、どこか日本固有の文化が残るようです。完全に欧米化しているようで、実は良くも悪くも日本的な要素が残る。そこが面白いのです。しかし、これは完全に証明はできないのだと思います。それは、無意識に行っているから。 商店街の成り立ちとして、神社が起点となっている痕跡は見られます。商店街や駅名に神社仏閣の名称が付けられていることからも分かると思うのです。江戸時代には商業が急速に発展しました。商人たちが商業活動を行う場所として、城下町や街道沿いの宿場町、そして門前町(神社の鳥居前町)があるのです。 神聖な世界と浮世を分ける結界 神社が単に宗教施設としてではなく、縁日や市場の場所として境内が利用されたことも、この流れなのだと思います。ここで、それを私が勝手に裏付けると思っている右の写真が、岡崎市のパワースポット呼ばれる「晴明神社」と本町晴明ストリートにある商店街のゲートです。 晴明の文字と五芒星(ごぼうせい)が飾られたゲートは商店街の入り口なのか? 神社の入り口なのか? いずれにしろ、神聖な世界と浮世を分ける結界を意味しているのではないでしょうか? 左の写真は、愛知県瀬戸市の「瀬戸銀座通り商店街」です。ここでは、ゲートと深川神社の鳥居が寄り添っています。調べてみましたが、商店街のゲートが神社の鳥居に由来するという記載は見つけられませんでした。しかし、全てではないとしても、一部の商店街のゲートが鳥居のデザインに影響を受けているのではないでしょうか? バリー・シェルトンのような都市建築学の権威が、この二つの印象を関連付けています。商店街のゲートは日本の伝統的な要素も表現しています。それゆえ、日本全国に受け入れられ造られた時期があったのでしょう。(訪問診療医師)

LGBTに寄り添う教員に「勝手に感謝状」 筑波大 学生組織

意識高め合う機会に 筑波大学の学生組織「LGBTQ+ = ALLIES Salon(アライズ・サロン)」が、「だいばーしてぃ 勝手にBEST TEACHER(ベスト・ティーチャー)賞」と題し、LGBTQを始めとする性的少数者の学生に寄り添っている教員に、感謝状を贈った。28日に学内で開催された「感謝状授与式」には、受賞した教員25人のうち12人が出席。学生から感謝状が手渡された。 感謝状を受け取ったカザフスタン出身で人間系のタスタンベコワ・クアニシ准教授は「私自身、外国人女性として、大学内で居づらさを感じることもある。同じようなマイノリティー性を持つ仲間として認めてもらえたようでうれしい」と笑顔で話した。 学生が教員に投票 同会は、LGBTQ+当事者学生と、当事者学生に寄り添い共に行動するアライ(Ally)である非当事者学生が、性のあり方に関わらず、自分らしく過ごせる環境づくりを目指して活動している。 今回の企画では、昨年12月から2カ月間かけ、学内の学生や教員などに、性の多様性に寄り添っている教員を投票してもらった。結果、学生ら約35人が投票。より多くの教員を表彰したいと、自ら表彰を辞退した教員以外は、名前が挙がった全員に感謝状を授与した。 アライの立場から今回の企画運営に関わった大学院修士2年の後藤美句さん(24)は「予想以上に多くの先生が性の多様性を意識してくれていた。今回受賞された先生同士がつながることで、先生方の中でもより意識が高まることを期待したい。来年度も同様の企画を続け、LGBTQ+の学生に寄り添う先生が増えるきっかけになれば」と話す。 多様な性と向き合うために 授与式後には「普段、学生と向き合うために気をつけていること」をテーマにパネルディスカッションが催され、受賞した3人の教員が登壇した。 助産師実習を担当する医学医療系の岡山久代教授は、出産を経験するのは男女のカップルだけでないため、相手の性別を決めつける表現をしないように指導したり、数年前、看護実習のユニフォームを男女で同じデザインにするように働き掛けた経験を紹介し、「学生には多様な生き方に寄り添う医療を提供できるようになってほしい」と語った。 教育学の授業で性教育にも触れるというクアニシ准教授は「すべての人にとって平等な社会をつくるため、日本の性教育をどう変えていくかを学生と考えている」と話し、「トランスジェンダーの生徒が性自認に合わせた制服を着用できない問題も性教育で扱うべきだろう」と指摘した。 学内組織「キャリア支援チーム」として学生に関わる福嶋美佐子助教は、大学院の進学率における男女差を指摘。「大学入学時点で博士課程進学を希望する女子学生はほぼいない。進路選択の幅を広げるために、学群生を対象としたキャリア形成に関するイベント等で、ロールモデルとして博士号を取得した卒業生を紹介することに注力している」と普段の取り組みを紹介した。 クアニシ准教授の「レズビアンの友人に『相手の性を決めつけないことが大切』と教わり、心掛けている」という発言に対し、福嶋助教は「LGBTQ+に限らず、どんなに気をつけていても相手を傷つけてしまうことはある。その時は素直に謝り、どうすればいいか教わっていきたい」と述べるなど、教員同士で意識を高め合う場にもなった。(川端舞)

アメリカナマズを名物料理に 漁業者の思い知り市民グループが働き掛け

【ガチ中華で活用可能性】下 特定外来生物のアメリカナマズを食べて活用しようと、霞ケ浦のアメリカナマズを使った新メニューの提供が、つくば市内の四川料理店で始まった。提供に至るまでには、移入され肉食害魚となったアメリカナマズを地元の名物料理に変えて駆除したいという桜川漁協関係者の思いと、漁業者の思いを知ったつくばの市民グループ「桜川ナマズプロジェクト」(多賀井隆之、田中俊輔、松永悠 共同代表)」や、中国・北京出身でつくば市に住む医療通訳者の松永悠さん(50)の中華料理店への働き掛けがあった。 試食会参加しプロジェクト立ち上げ つくば市を流れる霞ケ浦の流入河川、桜川で2022年7月、捕獲したアメリカナマズを唐揚げやかば焼きなどにして食べる試食会が開かれた。桜川漁協の鈴木清次組合長らが、害魚を、食べて駆除したいと開いたイベントだ。「桜川ナマズプロジェクト」の共同代表の一人、つくば市在住の高校教員、田中俊輔さん(45)は知人の紹介でイベントを知り試食会に参加。鈴木組合長の思いに触れ、1カ月後の同年8月、同プロジェクトを立ち上げた。「外来種としてのアメリカナマズへの問題意識がプロジェクトの始まり」と田中さんは話す。 活動の柱は「外来種としてのアメリカナマズを未利用魚から地域で消費される魚にする」こと。同時に「アメリカナマズの有効活用を通して、つくば・土浦地域を活性化することができたらうれしい」と田中さんはいう。 同プロジェクトは「つくば・土浦をナマズのまちにしたい」と目標を掲げる。すでにプロジェクトのキャラクターもあり、中学3年の嶋野葵さんがデザインした。 ガチ中華を日本に紹介 同プロジェクト共同代表の一人でもある松永さんは、東京を中心に「ガチ中華」を研究する団体「東京ディープチャイナ研究会」に所属する。ガチ中華は、日本人向けにアレンジせずに中国の本場の味を提供する店のことをいい、都内を中心に店舗数が増えている。松永さんは同研究会のライターとしてガチ中華の魅力を同ホームページなどで紹介してきた。 東京ディープチャイナ研究会などが主催し、22年9月に東京都新宿区の中華料理店で開催した「ナマズの中華料理試食会」では4種類のナマズ料理が提供された。「ナマズの甘酢あんかけ」「酸辣高菜ナマズ」「ナマズの醤油ベース煮込み」と「麻辣ナマズ」だ。松永さんは「最近、一度揚げた魚を煮込む調理方法が中国語圏で流行しておりナマズも適している。そうした食べ方は日本ではあまり知られていないので広めたい」という。 ガチ中華の調理法を地元のつくば市などにも紹介したいと思っていた矢先、松永さんは田中さんを通して、桜川漁協の鈴木組合長と出会う。 半年後の23年4月、田中さんと松永さんら「桜川ナマズプロジェクト」は、桜川で釣ったアメリカナマズを「ガチ中華」として調理し、その場で試食する会を開催した(23年4月25日付)。田中さんが漁協の協力を得てアメリカナマズの釣り方などを教わり、松永さんが都内の中華料理店の関係者をつくばに招いた。 松永さんはその後も、桜川で釣ったアメリカナマズを都内やつくば市内の中華料理店で調理してもらい、知人の日本人グループなどに呼び掛けるなどして数カ月に1回ほど食事会を開催している。田中さんはその都度、桜川でアメリカナマズを釣り上げ、中華料理店にサンプルとして提供してきた。 海外産の冷凍ナマズを生の霞ケ浦産に 松永さんは「ガチ中華ではとりわけ羊肉料理がクローズアップされてきた。しかしナマズ料理も決してそれに劣るものではない。中華料理店と協力し、ナマズ食を全面に押し出しプロデュースしていきたい」と語る。 さらに「現在ほとんどの中華料理店がベトナムなど海外の冷凍ナマズを使って料理を提供している。ガチ中華の店が協力してある程度まとまった仕入れができれば、霞ケ浦の生のアメリカナマズの卸売なども可能になると思う。そうした卸売が活性化すれば、地元の漁業に貢献できるだけでなく、多様な食文化を根付かせ、地域振興にもつながるのでは」とし、つくば市内の飲食店などと協力してアメリカナマズを利活用する方法を模索すると共に、試食イベントなどで普及も図りたいと意気込む。 爆発的に増加 アメリカナマズは特定外来生物に指定されている。有用な漁業資源を食い荒らしてしまう食害のほか、鋭いとげを持つことから漁網や漁獲物などへの被害が問題視されている。霞ケ浦に同種が持ち込まれたのは1980年代頃とされ、霞ケ浦・北浦では2000年代頃から爆発的に増加したといわれる。現在、定置網などで駆除が行われている。(山口和紀) 終わり

筑波メディカルセンターの救命救急体制《メディカル知恵袋》3

【コラム・阿竹茂】現在、茨城県には救命救急センターが6カ所、高度救命救急センターが1カ所あります(図1)。救命救急センターの役割は「重篤患者に対する高度な専門的医療を総合的に実施することを基本とし、重症および複数の診療科領域にわたるすべての重篤な救急患者を24時間体制で受け入れること」です。 筑波メディカルセンター病院は、1985年に開催されたつくば科学万博に合わせ、県内2番目の救命救急センターとして設置されました。地方の救命救急センターとして、軽症から重症患者まで幅広い救急医療だけでなく、ドクターカーによる病院前救急医療、死後CT検査による死因究明のほか、災害時の救急医療も行ってきました。 自家用車での救急外来受診も 救急搬送される患者さんは、2022年には約5000件に上り、うち1300件(全体の26%)が救命救急センターの集中治療室に入院しました。主な傷病は、急性心筋梗塞や心不全などの心疾患、重症外傷、脳血管障害(脳出血、脳梗塞)などです。 重症患者は救急車で搬送されるとは限りません。自家用車で来院して、救急外来を受診する方(walk in)の中に、急性心筋梗塞、脳卒中、重症感染症など、重症かつ緊急性の高い患者さんがいます。筑波メディカルセンターでは、緊急性の高い患者さんに迅速に対応し、来院後~診察の間に急変することを未然に防いでいます。 ドクターカーによる救急医療 2012年から乗用車型ドクターカーの運用を始め、2022年にはドクターカーで786件出動し、240件の病院前診療を行いました。ドクターカーは消防署からの要請で出動し、救急車の救急隊と連絡を取りながら、現場や搬送途中で合流し、派遣された医師・看護師が診療を行います(図2)。 救急隊では行えない検査・処置・投薬を行うことで、傷病者の状態悪化を防ぎながら病院に搬送しています。急性心筋梗塞や重症外傷など、緊急性の高い傷病者の場合は、ドクターカー医師からの連絡によって、病院で対応するスタッフの招集や治療の準備を早期に始めることができます。 死後CT検査による死因究明 筑波メディカルでは、救急外来での死亡確認症例のほぼ全例について、死後CT検査を行っています。来院時心肺停止の症例の多くは、救急外来で死亡確認を行います。2022年の外来死亡症例は149人で、死因究明のために141人(全体の95%)の死後CT検査が行われました。 特に目撃のない心肺停止の症例は経過が明らかでないため、死亡原因が不明となることがありますが、死後CT検査で急性大動脈解離や脳出血を認め、死因と診断できることがあります。目撃のある心肺停止でも、急性大動脈解離による心肺停止は通常の心肺蘇生法では救命できないため、新たな方法が必要となります。死後CT検査による死因究明が進むことで、急変時の対応方法が変化していく可能性があります。 災害拠点病院と救急災害医療 救命救急センターを有する県内の病院はすべて災害拠点病院となっており、災害時医療の準備や訓練を行っています。筑波メディカルセンターでは、救命救急センターの医師や看護師が、災害医療派遣チーム(DMAT)の主な構成メンバーとなっています。 東日本大震災(2011年3月)、つくば竜巻災害(2012年5月)、常総市水害(2015年10月)では、筑波メディカルセンターは DMATの活動拠点となり、救急災害医療活動を行いました。今年1月に起きた能登半島地震では、3次隊として茨城DMAT15チームが被災地に派遣され、筑波メディカルセンターのDMATも珠洲市で活動しました。(筑波メディカルセンター病院 救命救急センター長)

霞ケ浦のアメリカナマズで新メニュー つくばの四川料理店

【ガチ中華で活用可能性】上 生態系に悪影響を及ぼすことから特定外来生物に指定されている霞ケ浦のアメリカナマズを使った新メニューの提供が17日から、つくば市天久保の中国四川料理店「麻辣(マーラー)十食」で始まった。アメリカナマズを食べて活用できないかと、市民団体「桜川ナマズプロジェクト」が、釣り上げた魚を同店に持ち込んだのがきっかけとなった。 新メニューは「ラーズ―ナマズ(麻子鯰魚)」。ナマズの白身を油で揚げ、唐辛子と花椒(ホアジャオ)で作った四川料理特有の麻辣と炒めた料理だ。霞ケ浦の養殖業者が、天然のアメリカナマズの稚魚を捕獲し養殖したものを使う。中国四川省は内陸部であることから香辛料を使って川魚を調理する食文化を持ち、ナマズも人気の魚の一つ。四川料理に精通する料理長の羅彬(ラヒン)さんが腕を振るう。 料理の見た目は、ぶつ切りにした大量の唐辛子のインパクトが強いが、唐辛子は香りづけで、さほど辛くはない。この料理を知らない日本人が唐辛子を食べてしまうことがあるが、唐辛子は食べず、揚げたナマズの身を食べる。ナマズの身はふんわりとして旨味があり、花椒がさわやかに香る。四川ではナマズを使ったラーズーナマズは人気料理の一つだそうで、同店によると「メニューを知る人はすぐ注文する」。 水槽に入れナマズづくしコースも 仕入れるナマズは1匹が体長約50~60センチ、重さ約2キロほど。同店では今後、毎月5~10キロ程度を定期的に仕入れる予定だ。現在はさばいてあるものを仕入れているが、要望があれば、生きたナマズを仕入れて店頭の水槽に入れておき、まるごと1匹を食べる直前にさばいて、ラーズーナマズのほか、スープ、蒸し料理など、様々な料理で振る舞うナマズづくしコースも提供したい意向だ。新メニュー提供初日の17日には2件の注文があり、「ナマズのふわっとした食感にびっくり。おいしい」という感想が聞かれた。 真空パックの調理食品も開発中 ラーズーナマズを真空パックし、家庭でも味わえるようにした調理済み食品「つくばの辣子鯰(ラーズーナマズ)」も開発中だ。中華料理は通常温かい状態で出来立てを食べるものが多いが、ラーズ―は風味が強く冷たいまま食べてもおいしいことから、中国ではあえて冷たいまま食べる風習もある。真空パックのラーズ―ナマズは常温でも、温めても食べてもおいしいそうで、つくばの新しい名物として、同店や市内の物産店などでの販売を目指している。 コイ、ハクレンも中華の技で 同店は、中国の伝統料理、麻辣烤魚(マーラーカオユイ)が看板人気メニューの一つ。焼いたコイと野菜を麻辣で煮込んだ火鍋のようなメニューで、これには霞ケ浦で養殖したコイを使用し、淡水魚の魅力を中華の技術で引き出していた。 同店でメニュー開発を手がける孫麗さんは四川省の出身。幼い頃は四川の山や、自然に囲まれて暮らし、季節の野菜や魚を調理して食べる豊かな食生活を経験した。孫さんは「霞ケ浦にはコイやナマズだけでなく、ハクレンやシラウオなどおいしい魚がたくさんいる。特にナマズは在来種を食い荒らして生態系のバランスが崩れていると聞いている」と話し、ナマズを積極的に活用しながら、霞ケ浦の環境問題について考えていけたらという。「この土地のすばらしいものをぜひたくさんの方々に知ってもらい、本物の豊かさをつくりたい。ハクレンの活用も考えている」と新メニュー開発に意欲を見せる。(田中めぐみ) ◆新メニュー、ラーズーナマズは1皿2~3人前で価格は2680円(消費税込)。 続く

初恋おひなさま《短いおはなし》24

【ノベル・伊東葎花】 僕の初恋は、姉のお雛(ひな)様。美しい着物と優しい顔に、僕は見とれた。手を伸ばすと姉に「触らないで」と叱られた。だからいつも見ているだけの片思い。 あれは、10歳の春だ。ひとりで留守番をしていた僕に、お雛様が話しかけてきた。 「ねえ君、私のことが好きなんでしょう。こっちにいらっしゃいよ」 振り向くとお雛様が、切れ長の目で僕を見ていた。 「君は良い子ね。お姉さんが私に触るなと言ったら、本当に触らないのね。だけどね、そんなのつまらないわ」 お雛様が手招きしている。 「触っていいの?」 「もちろんいいわよ」 僕はゆっくり手を伸ばして、お雛様に触れた。 「きれいだな」 「ありがとう。お内裏様は、そんなこと言ってくれないわ」 「そうなの?」 「もともと愛なんてないのよ。政略結婚だから」 「政略結婚?」 「昔はね、自分の気持ちなんて関係ないの。家のために結婚するの」 「ふうん。可哀想(かわいそう)」 「君とのおしゃべりは楽しいわ。お内裏様は無口で、何を考えているのか分からないの」 「僕も楽しい。雛祭りが過ぎてもここにいてよ」 「ダメよ。君の姉さんが行き遅れるわ」 「そうなの?」 「昔からの言い伝えよ」 お雛様は3月4日になるとすぐに、片付けられてしまった。1年が待ち遠しい。早く会いたい。想(おも)いは募るばかりだ。 そして再び桃の季節がきて、お雛様が飾られた。お雛様は、また僕にだけ話しかけてくれた。 「あら、少し大きくなったわね」 「もう5年生だよ。ねえ、触っていい?」 「いいけど、ちょっとだけよ。お内裏様がヤキモチ焼くから。彼、意外と可愛いの」 「えっ、政略結婚なのに? 無口でつまらないって言ってたよね」 「本当は優しいの。不器用なだけよ。簡単に愛を口にする人より信頼できるわ」 隣に並ぶお内裏様が、赤い顔で照れていた。どうして? いつの間にか仲良しになっている。 「君も、いつか分かるわ。ほら、姉さんが来るわ。早く戻して」 僕は姉に叱られる前にお雛様を戻して、ため息をついた。初恋は実らない。相手は人妻だ。 やがてお雛様が飾られることはなくなった。姉は、言い伝え通り早くに嫁に行き、男の子3人の母になった。僕も結婚して、女の子が生まれた。女の子が生まれたら、姉のお雛様を譲ってもらおうと決めていた。 「えー、あんな古いのでいいの? あんた、よっぽどお雛様に触りたかったのね」 姉がコロコロ笑った。 初節句に、妻と2人でお雛様を飾った。お雛様はもう話しかけてくれないけど、やはり美しい。 「素敵ね。お雛様もきれいだけど、お内裏様も凛々(りり)しいわね」 「本当だ。お似合いだね」 僕たちは毎年お雛様を飾った。娘はすくすく成長し、もうすぐ小学生だ。一緒にお雛様を飾っていた娘が、首を傾(かし)げながら言った。 「ねえパパ、政略結婚って、なに?」 (作家)

現職の五十嵐氏、3期目へ立候補を表明 つくば市長選

任期満了に伴って今年秋に実施されるつくば市長選について、現職の五十嵐立青市長(45)は27日開かれた市議会3月定例会本会議で、3期目に向け立候補することを表明した。五十嵐氏は「変化の動きを止めることなく世界のあしたが見えるまちへさらに前進するために、3期目も引き続きつくば市長として市政運営を担っていくべく強い決意を持っている」と述べた。27日開かれた黒田健祐市議(つくば自民党・創生クラブ)の会派代表質問に答えた。 同市では秋に市長選・市議選の同日選挙が予定されており、3月1日開かれる市選挙管理員会で選挙日程が決まる見通し。市長選については現時点で、現職の五十嵐氏以外に表立った動きはみられない。4年前の市長選は3人が立候補し、現職の五十嵐氏が再選を果たした。 27日の議会で五十嵐氏は、スーパーシティ特区の指定、脱炭素先行地域の選定、転入超過数が一般市で全国1位、常住人口25万人突破、人口増加率全国1位など、ここ数年の市の動きを挙げ「つくば市が選ばれるまちとなっていることが数字にも表れている。さまざまな取り組みが評価され、私自身、昨年、経済協力開発機構によるチャンピオンメイヤーに選出された。世界の先進都市からもつくばの取り組みが評価され、役割の重要性が増していることを実感している」などと強調した。 3期目に向けた課題などについては記者団の質問に答え「いろいろなことに取り組んで種をまいて形になっているものもあれば、まだこれからということもある。今つくば市で進めているそれぞれの分野をしっかりと前進させていくことが必要だと思う」とし「いろいろな事業に取り組んできて対外的に評価をいただき、多くの皆さんがつくばに注目している。人口増加という客観的な数字として、つくばを選んでいただいている。一方で、継続した課題はたくさんあるので、そういった取り組みを前進させるためには私がもう一度やるということがひじょうに重要だと思う」などと話した。 五十嵐氏は土浦一高、筑波大卒、同大学院修了。つくば市議2期を経て、2016年、2度目の挑戦で市長に初当選し現在2期目。(鈴木宏子)

目をそらさないで パレスチナにルーツ持つ女性がつくばで上映会

3月3日 連日、殺りくが起きているパレスチナにもっと関心を寄せてほしいと、来月3日、つくば市民有志が「PALESTINE DAY(パレスチナ デー)」と題し、映画上映会やチャリティーバザーを開く。主催するのはパレスチナ人の父親と日本人の母親を持つ、つくば市在住のラクマン来良(らいら)さん(35)。 親戚の多くはパレスチナにいて、子どもの頃は何回も現地に遊びに行った。「ガザでは毎日、たくさんの人が殺されている。無力感でいっぱいだが、目をそらすことだけはしたくない」と、自分を奮い立たせる。 ヨルダン川西岸も被害拡大 1940年代から続くイスラエルによる占領のため、パレスチナはガザ地区とヨルダン川西岸地区に分かれる。昨年10月、イスラエルがガザ地区へ攻撃を始めた。ラクマンさんによると、現在彼女の父親が住む西岸地区でも以前から、若い男性がイスラエル兵士に捕まえられたり、街を移動しようとするとイスラエル人入植者に発砲されてきた。10月以降は被害が増えているという。 パレスチナ人への殺りくが続く中、ラクマンさんは自分にできることを模索した。10月当初は毎週のように都内まで行き、ガザ攻撃に対する抗議行動に参加していたが、つくば周辺ではパレスチナ関連のイベントを見かけなかった。 身近な人たちにも関心を持ってもらうため、昨年12月には自宅に友人らを呼び、パレスチナの歴史を話したり、小規模のバザーをおこなった。今回はより多くの人を巻き込みたいと、友人の協力も得て「PALESTINE DAY」を企画した。 日本からできることもある 当日は、2008年のイスラエルによるガザ攻撃の実態を遺族などの証言をもとに報告したドキュメンタリー映画「ガザに生きるー第5章 ガザ攻撃」(土井敏邦監督、2015年)を上映する。またパレスチナ産のオリーブオイルや石けん、パレスチナに関する書籍などの販売や、パレスチナ刺しゅうでキーホルダーをつくるワークショップを催す。 上映会の収益は土井監督を通し、パレスチナの人々に物資や食料、現金として直接届けられる。物販などで得た収益も、可能な限りガザに住む人々に直接渡せるような形で寄付しようと思っているが、具体的な寄付先はまだ考え中だ。 ラクマンさんは埼玉県生まれ。「国際的で都会と田舎が入り混じった環境で子どもを育てたい」と3年前、海外出身の夫と共につくばに引っ越してきた。現在は市内の自宅から都内の会社に在宅勤務をしている。 「日本にいると遠い国の話に感じるかもしれないが、世界は繋がっている。イスラエルを支持する企業への不買運動など、日本にいながらできることもある。今回のイベントをきっかけにパレスチナを知ってもらい、自分に何ができるのか考えるきっかけになれば」とラクマンさんは期待する。(川端舞) ◆「PALESTINE DAY」は3月3日(日)午前10時から午後4時、つくば市大砂1177-1 大砂田園都市センター(真徳寺隣り)で開催。映画上映時間は①午前10時30分~➁午後1時~➂午後2時30分~の3回で、各86分間。映画鑑賞費1000円。ワークショップ参加費3000円。いずれも事前予約不要。問い合わせはラクマン来良さん(lailalackmann2@gmail.com)へ。

3月に山口県宇部市で「凱旋初個展」《続・平熱日記》152

【コラム・斉藤裕之】この世の中で絵ほど高価なものはない。何億、何十億もするものは絵ぐらいのものである。オークションなどでも、他の美術品、例えば工芸品や彫刻などに比べても、桁違いに高価な値が付く。 要は、それでも欲しい人がいるということだろうが、私の場合、自分だったらいくら出すか、日当として(手製の額縁も込みである)これくらいはいただこうという値段をつけている。 芸術品としての市場価値や投資価値は今のところない。ついでに言うと、かかった時間や大きさに関係なく、同じ値段にしている。だから当然、絵を売って生活することなどできない。 個展が迫ってきた。3月中旬、山口県宇部市のアートギャラリー「グリシーヌ」で個展を開く。このギャラリーとのご縁については131話にある通りなのだが、実は昨年3月にギャラリーを訪れた折、そのつもりは全くなかったのだが、個展をするという話になって、あれから1年が経とうとしているわけだ。 一昨年、周南市にある粭島のホーランエー食堂で作品を並べさせてもらったのが故郷山口での初個展といえるかもしれないが、今回の宇部での展示が事実上の「凱旋初個展」となるのかな。 SNS上にあった20年前の私の絵 個展のタイトルは「平熱日記 in 宇部」とした。時折しも、山口が観光地として取りざたされているらしいが、宇部や山口にちなんだものを何かを描こうと思う。 宇部といえば、保育園の遠足で行って以来何度か訪ねた山口の誇る遊園地「ときわ公園」(昭和なジェットコースターもよかったけどトランポリンが大好きだった)。それから、中学のときに水泳大会で訪れたのは恩田プール(プールの底がセメント色で深かかった)。 山陽本線から乗り換えた当時の宇部線の車両をネットで探して描いてみた。それから何か建物が描きたくて、火災で焼失した山口の旧ザビエル記念堂を紙粘土で作って描いてみた。 そんなある日のこと。SNS上にどこかで見た絵の画像がアップされていて、それは20年前に私が描いた空を飛ぶ鳥の絵だった。私の数少ないフォロワーでもある投稿者の方のコメントによると、20年前に故郷のとあるギャラリーで買った絵を新しく額装し直したということだった。 当時、毎年正月に山口にちなんだ作家の小品展がこのギャラリーで開かれていて、私の作品をお買い求めいただいた方の投稿だったのだ。 残念ながら、私の絵の行方をすべて把握しているわけではない。ただ私の絵が私の知らないどこかのご家庭の壁に飾ってあって、そこにそれぞれの生活があるということは、とてもうれしいことで(友人宅で自分の描いた絵に出会い、こんなの描いたっけ?ということも)、今回の宇部での展示に「この方だけでもいらしていただければいいや」と思えた。 「平熱日記 in 宇部」は3月15日から24日まで宇部市のギャラリーグリシーヌにて開かれる。(画家)

歌舞伎の魅力を広めたい 筑波大 学生サークルが初公演

瀧夜叉姫の演目もとに創作 筑波大学の学生サークル「かぶき會」(加藤悠介代表)が28日、同大春日講堂(つくば市春日)で「地歌舞伎」を初公演する。江戸時代から庶民が芝居小屋や神社の祭礼で演じてきた、筑波山が舞台の地歌舞伎の演目を基に、同大人間学群障害科学類4年の加藤悠介さん(22)が脚本を書き、サークルのメンバーが演じる。 筑波山の岩屋を舞台にした演目「蟇妖術 瀧夜叉姫(がまようじゅつ たきやしゃひめ)筑波山岩屋の場」を基に、加藤さんが歌舞伎と現代劇を融合させた新たな演目「雙峰 相筑波(ふたつのみね あいのちくなみ)」を創作した。同大で地歌舞伎の公演が催されるのは初めて。        同サークルは演者9人とスタッフ8人で、男女問わず1~4年の計17人が所属する。2023年4月に加藤さんが公演の企画を立て、7、8月にメンバーを募集、昨年11月から稽古を開始した。 練習は、歌舞伎の観劇経験が数多くあり知識や情報が豊富な加藤さんが、脚本の構想や役柄のイメージを元に主導した。細かな所作やセリフの言い回しは全員で資料映像などを見て研究し、歌舞伎特有の表情や発声法、手の動き、扇子など小道具の使い方などの練習を重ねた。 同大の教室で週3、4回の練習をこれまで約30回行ってきた。衣装は各メンバーがお金を出し合ったり寄付を受けて調達した。隈取(くまどり)など歌舞伎独特の化粧は、映像や書籍を参考に学生自身が担う。 原作の「蟇妖術 瀧夜叉姫ー」は、平将門の息女である瀧夜叉姫が父亡き後に妖術を覚え、筑波山に潜んでいたという伝説を基にした演目だ。脚本と演出を担当した加藤さんは、原作から大きく構成を変え、オリジナルキャラクターを登場させる。古語と現代語が入り混じる演出で、演者に男女の区別はない。 題名「雙峰相筑波」は、同大の学園祭「雙峰祭」(そうほうさい)に由来し、2023年10月に、師範学校から創基151年、開学50周年を迎えた同大を記念し、つくばや同大に由来した設定となる。 リハビリの一環で小5から日本舞踊 加藤さんは体が不自由で普段は車椅子で生活している。辛くても歩くことや身体を動かすことを楽しみたいと考え、リハビリテーションの一環として小学5年から日本舞踊を始めた。日本舞踊を通して、中学で歌舞伎に興味を持ち、さらに和の所作の美しさに興味を膨らませた。 筑波大に進学後、2021年に同団体を立ち上げた。「歌舞伎の歴史や演目の幅の多様性に魅了されたことや、見せ場である『見得』は、映像技術でいうクローズアップの技法に関連すること、『黒幕』や『修羅場』、『幕の内』といった現代語は歌舞伎に由来するなど、現代と繋がりのある芸能の奥深さや面白さを、同世代の大学生を始め多くの人々と共有したいと思うようになったことが始まり」だという。                                            最初の活動として、当時2年の加藤さんと仲間2人で、同大生向けに歌舞伎のオンライン鑑賞会を開催した。翌年には、歌舞伎に興味を持つ留学生や教員を対象に、英語を交えた解説と、加藤さんによる実演を加えたオンライン鑑賞会を開いた。 加藤さんは「歌舞伎に関して伝統的で敷居が高いというイメージを持たれることが多いが、今回の公演は現代劇と融合させることで、老若男女誰もが楽しみやすく、理解しやすい演目になっている。筑波大生の私たちが描く、私たちなりの一つの歌舞伎の形として見ていただければ」と話す。 日本舞踊で学んだ腰の落とし方、呼吸法、首や肩、指先、すり足などの動作を稽古指導で生かし、歌舞伎の様式美や動きのしなやかさの表現に役立てたという。公演では自身の身体的特徴を生かしたオリジナルキャラクターとして登場する。(上田侑子) ◆筑波大学かぶき會第1回自主公演は、筑波大学春日講堂で2月28日(水)に開催される。開場・受付開始は午後2時45分、開演は午後3時15分から。入場無料。事前にチケット予約フォームから申し込みが必要。X(旧ツイッター)やインスタグラムで情報発信している。

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