孤立し苦境に立つプーチン大統領 《雑記録》40
【コラム・瀧田薫】ウクライナ軍が、9月中旬以降反転攻勢に出て、ロシア軍に占領された北東部の要衝を奪還しつつある。これに対し、プーチン大統領は、9月21日のロシア国内向けテレビ演説で、予備役に対する部分的動員令(30万人の徴兵)を発動すると宣言し、さらにウクライナ東部や南部のロシア軍占領地域において住民投票を実施し、その上でロシア領に併合する意向を示した。
この演説で特に注目されるのは、新しくロシア領(クリミア半島を含む)となった地域をウクライナ軍が奪還しようとすれば、「あらゆる手段でこれに対抗する」としたことである。この「あらゆる手段」とは、具体的には何を指しているのだろうか。ラブロフ外相が国連総会の一般演説で、ロシアに編入される地域を防衛するために核兵器を使用する可能性を示唆していることと重ね合わせれば、狙いの一つは「核兵器の使用」であり、もう一つは「ウクライナに対する宣戦布告」であろう。
プーチン大統領は、これまでロシア国民を報道管制下に置き、ウクライナ侵攻が国民生活とは遠い世界の出来事であるかのように伝えてきた。しかし、今回の演説のなりふり構わぬ内容は、ウクライナ侵攻当初の楽観が根底から崩れ、ロシア軍が苦戦している事実をプーチン大統領自らが告白したに等しい。
当然、国民一般の受けたショックは大きく、ロシア国内の複数の都市で市民による反戦デモが発生し、徴兵を恐れる市民やその家族が飛行機や車を利用してロシア国外に脱出し始めているとの情報も伝わってきている。当面、この混乱が政権の土台を揺さぶるほどに拡大することはないだろう。また、ロシア軍によるクーデターが起きる可能性もさほど大きなものではないだろう。
独裁者の妄想という不条理
しかし、ウクライナ侵攻の大義、すなわちロシアの過去の栄光を取り戻し、大国としてのパワーを維持し続けるための軍事力行使は、はっきり裏目に出たというのが軍事専門家大方の見方である。それでも、プーチン大統領は侵攻をやめないし、やめられない。
最低限、ロシア軍が占領した東部および南部の4つの州をロシア領として併合できれば、それを戦果としてウクライナとの停戦協議の席につくことはあり得るかも知れない。しかし、ウクライナ政府がそれに応じる可能性は限りなく低い。結局、戦争の膠着(こうちゃく)化、長期化の可能性が一段と高くなっている。
その場合、プーチン氏は政権の維持はできても、ロシアの衰退に歯止めをかけることは難しくなる。中国やインドなどロシアが頼りにしている国々も戦況を分析しつつ、それぞれ国益にかなうロシアとの距離の取り方を模索し始めている。
友邦との関係においてさえ孤立しつつあるプーチン大統領の焦燥やストレスが臨界に達すれば、一瞬の衝動によって核戦争のボタンが押される可能性を誰が否定できよう。独裁者の妄想が世界を破滅させる不条理に怯えながら生きる、それが今の時代のグローバル・コモンだとすれば、あまりに悲しく虚しい。(茨城キリスト教大学名誉教授)
耳かき一杯の大量作製に成功 つくばの研究室生まれのナノ粒子
脱炭素社会に向け注目を集める熱電材料に、つくばの研究室生まれの技術が名乗りを上げている。GCEインスティチュート(本社・東京都中央区 、後藤博史社長)は3日、開発中の「合金ナノ粒子」の大量作製に成功と発表した。新エネルギー開発はじめ、電子部品や触媒などに活用をめざす企業への提供に本格的に乗り出す。
熱電材料は、熱から電気に直接エネルギーを変換する発電デバイス。熱電変換には温度差を利用するのが一般的だが、GCEが特許化した技術は、温熱源さえあれば(温度差を用意できなくとも)発電が可能という新しい原理のテクノロジーだ。
同社は2016年創業のつくば発ベンチャー。つくば研究支援センター(つくば市千現)の創業プラザに研究室を置いて、「合金ナノ粒子」の開発を進めてきた。ナノ(十億分の一)メートルサイズの粒子を熱電子の伝搬に利用する。
熱電材料から医療応用にも
研究室では、溶液に溶けた金属前駆体(金属塩)をレーザー照射により還元し、金属ナノ粒子を作製する。複数種類の金属前駆体が存在する場合に「合金ナノ粒子」となる。金、銀、銅、パラジウム、イリジウム、白金などの金属ナノ粒子が作られ、それらを混ぜ合わせた合金ナノ粒子が作製された。
GCEつくば研究所、中村貴宏主幹研究員(48)によれば、合金ナノ粒子は化学反応を用いず、「未修飾の、いわばすべすべの裸の状態で」作製されるという。企業など研究開発側が、後からさまざまな修飾を施しやすい素材となる。熱電材料以外にも、たとえば粒子に抗がん剤をくっつけて必要な部位に送り届けるドラッグデリバリーシステムなどへの利用も想定できる。「修飾」次第で水素貯蔵や様々な用途での活用が期待できるというわけだ。
このため、電子部品や触媒開発などにナノ粒子を求める企業は多方面に広がったが、作製プロセスの特殊性から大量生産が困難という課題があった。2021年4月時点では1時間あたり約1ミリグラム程度の生成効率しかなく、「修飾」を試したい企業の「耳かき一杯程度でいいから」とのニーズにも応えきれずにいた。
同社は今回、作製プロセスに改良を加え、合金ナノ粒子の生成量が1時間当たり約100ミリグラムとすることに成功した。21年4月に比べ100倍の量、耳かき一杯分(約100ミリグラム)に到達した格好だ。
同社では独自に「アンビエント発電」と呼ぶ熱電材料開発を進めており、加速させたい構え。発電所や工場での排熱や身の回りの環境熱を活用することで、燃料や電池が不要になるとしている。小型・薄型化、大面積化、積層化が原理的に可能といい、合金ナノ粒子を組み込んだ熱電素子も作っている。
これら未来技術を詰め込んで、10月19日から東京ビッグサイト南展示棟で開催の「産業交流展2022」に参加するつくば市のブースに出展の予定だ。(相澤冬樹)
謎多い八田知家の役作り 市原隼人さんご当地つくばでトークショー
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、八田知家役の俳優、市原隼人さん(35)によるトークショーが2日、つくば市竹園のつくば国際会議場で開かれた。つくば市と同市教育委員会が主催した。八田知家は、ドラマの主題である鎌倉幕府を支えた「13人の合議制」を担ったひとり。同市の小田城を本拠に、鎌倉時代から戦国時代にかけ約400年間勢力を誇った小田氏の始祖として知られている。会場には全国から応募の3400人から抽選で選ばれた約1200人が詰めかけ、ドラマ制作の裏舞台など、ユーモアと熱が込もった市原さんの話に聞き入った。
市原さんの大河ドラマ出演は「おんな城主直虎」(2017年)に続いて2回目。今回演じた八田知家は、現存する資料が少ないことから「役者人生で一番役作りに苦労した」という。ドラマの中で、知家のトレードマークにもなっている着物の着崩し、結髪の乱れ、脂汗は、謎多い知家を演じるためにこだわった市原さん発案の演出。「人間臭さ、泥臭さ、他の12人とは違う独特の空気感を出したかった」と語る。
市原さんは、今回の出演が決まると、少しでも知家のことを知るために、同市をはじめ県内各所にある知家に関する土地を何度も訪ねた。そこで知った茨城について、「広大な自然がたくさんある。海と山のたくさんの産物に驚いた」と魅力を語る。知家の墓を訪ねた際には子孫との交流も生まれ「その方の思いも役に込めた」。
1月にスタートしたドラマは、12月18日で最終回を迎える。コロナ禍での自粛の波を経た今回の撮影は「挑戦だった」と言い、撮影が終わりを迎えると、思わず涙が流れた。「これからがクライマックス。間違いなく面白くなっていく。ドラマも含めて、エンターテインメントをみなさんの楽しみに入れてもらえたらうれしい」とファンに呼びかけた。
同市では現在、巡回企画展「鎌倉殿の御家人『八田知家』とつくば」が開催されている。11月20日までは、小田氏ゆかりの小田城跡歴史ひろば(同市小田)が会場となり、その後は谷田部郷土資料館(同市谷田部)に会場を移し、来年2月まで開催される。トークショーの最後には、小田地区で小学校跡地の利活用などに取り組む小田地域まちづくり振興会事務局長の白石満帆さんから、市原さんに花束が送られた。(柴田大輔)
【お詫び】当初原稿で市原隼人さんの名に誤りがありました。お詫びして訂正します。
人が不満を言うとき 《続・気軽にSOS》118
【コラム・浅井和幸】自分が正当に評価されていないとき、不安が大きいとき、公平でないとき、何か問題があるとき、人は不満を口にします。人の生活も心も単純ではないですから、いろいろな理由が絡み合って不満は募るものです。
口を突いて出てくる不満は、正当性が前面に出ます。わがままではなく、自分の不満には正当性があると主張します。もっとわがままにふるまいたい、えこひいきされたい、褒められたい―なんていう願望は前面に出せませんし、本人も気づいていないことが多いものです。不満をまともに受けて解決しても、事態がさらに悪化することがあります。
長男「昨日の夜も、弟の方がハンバーグ大きかったじゃないか。ずるいよ。いつも自分ばっかりがまんしている。不公平だよ」
母親「ごめんね。気づかなかった。これからは同じ大きさにするから、いつまでも前のことばかり言わないで、そのときに言いなさい」
それほど不思議な会話ではないですよね。これで問題なく分かったと、お互いが気持ちよく過ごせていればよいのですが、それでは納得できないと、長男が暴れるようであれば、公平な解決を急がずに、長男が思っていること、聞いてほしいことに焦点を当てることが大切です。
長男は、昨夜のことやいつも(過去)のことを言っています。対する母親の回答は、今後のことです。長男はこれだけがまんしているのだから、偉い自分をほめてほしい、認めてほしい、という願望を持っているかもしれませんが、母親は解決方法の話をしています。
母親は、長男が嫌な思いをしているのだから、早く解決してあげたいという気持ちになります。この部分にずれが生じ、長男は自分の言っていることを無視されたという感覚になります。
その問題解決が不満を増やす?
この感覚のずれは、会話が成立していないことで判別します。もう一つが、長男が客観的な公平を求めているのであれば、自分の方が大きいときは、喜ばないで弟に分け与えているはずです。それが普段から見られないのであれば、自分が大きなハンバーグを食べたいという気持ちを伝えたいと捉えるべきでしょう。人は自分の得るものを小さく、他人が得るものを大きく感じてしまうものです。
同じことは、大人の会社内での場面でもよく見かけます。自分(A氏)の方が仕事をこなしているのに給料が低いとか、同じ職場のB氏がミスをするからいつも自分がフォローしていて迷惑だとか。問題解決をするには、A氏の仕事を減らす、あるいは給料を上げる、B氏と職場を離す、B氏のミスを別の人にフォローさせる、B氏がミスをしない対策をする―などが考えられます。
ですが、その対策を提案したところで、A氏が満足しないこともあるでしょう。さらにはA氏がミスをしたときに、周りもフォローしているから、お互い様だと説得をしたら逆効果でしょう。不満に対する問題解決自体が不満を増やすかもしれないことを、頭の片隅に入れておいて損はないですよ。(精神保健福祉士)
土浦日大、秋を制す 延長11回逆転サヨナラ
第75回秋季関東高校野球茨城県大会最終日は2日、ひたちなか市民球場で決勝が行われ、土浦日大が常磐大高に延長11回の末、6-5でサヨナラ勝ちし、17年ぶり8度目の優勝を飾った。両校は22日から埼玉県で開かれる関東大会に出場する。
土浦日大は準決勝の常総学院戦に続いて終盤に粘り強さを発揮し、試合をひっくり返した。小菅勲監督は「この2試合で良い逆境を乗り越え、心のスタミナがついた。大会で経験値を積むことが大事」と目を細めた。
投手陣は常総戦とは逆に、小森勇凛が先発し、藤本士生がリリーフ。中1日での登板に、コンディションは必ずしも良くなかったという。「ベストではなかったが自分らしいめりはりが利いた投球ができた。変化球は全ての球種を使い、まっすぐもコーナーを突けていたので自信を持って投げた」と藤本。「常磐大は霞ケ浦の好投手、木村優人を打ち込んで勝ち上がってきた勢いあるチームだが、自分らしさを出すことを心掛けた。最初の2点は変化球で逃げて打たれたので、その後は捕手と相談してまっすぐに切り替えた」と小森。
「本来の思い切り」発揮して
4-4で迎えた11回表、常磐大の篠原結人主将に勝ち越し打を許すが、小菅監督は動じない。「先に取られるのは想定内。むしろこれでゲームが動くよ」と選手たちに話したという。
その裏1死から藤本が内野安打、中本佳吾が右前打で一・三塁のチャンスを作る。打者・香取蒼太は代わったばかりの投手、仲田瞬の意表を突くスクイズを敢行。同点とすると後藤陽人が、前進守備の中堅頭上を抜くサヨナラヒット。「打線から硬さが取れ、本来の思い切りの良さや伸びやかさを発揮してくれた」と小菅監督。
「夏の大会の決勝では緊張して敗れてしまったが、その反省を生かし、チーム全体で修正できた」と後藤。塚原歩生真主将は「打ち合いは予想していて、いかに打力ある常磐大打線を単打に抑え、自分たちの野球を貫くかが問われていた」と試合を総括し、この先については「関東を制覇し、甲子園大会や神宮大会を目指して頑張っていきたい」と目標を語った。(池田充雄)
ロボッツ追い上げ実らず B1開幕戦は惜敗
男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは1、2の両日、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナにファイティングイーグルス名古屋を迎え、開幕戦2連戦を戦った。1日は79-88、2日は69-72で惜敗した。
2022-23 B1リーグ戦(1日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 79-88 ファイティングイーグルス名古屋茨 城|18|20|17|24|=79FE名古屋|26|16|24|22|=88
茨城は期待の新加入選手3人にプレータイムを与えた。2018-19シーズンB2得点王のトーマス・ケネディ、昨季B2得点王のLJ・ピーク、一昨年筑波大でインカレ得点王に輝いた山口颯斗だ。
試合開始からペースを握ったのはFE名古屋。最初の約5分で5本の3点シュートを決め、インサイドでも高さのミスマッチを突き、優位にゲームを進めていく。茨城は、持ち前のアップテンポなバスケが繰り出せない。相手の帰陣の速さもあるが、攻撃の起点である平尾充庸が、相手ガードの執拗なマンマークに手を焼いた。他の選手もパスを引き出すような効果的な動きが少なく、ショットクロックを使い果たす場面も何度か見られた。
茨城は第2クオーター(Q)途中から平尾と多嶋朝飛を併用し、攻撃の起点を増やすことで相手のプレッシャーをかいくぐることに成功。だが第3Q、茨城の前にかつてのチームメートのアンドリュー・ランダルが立ちはだかる。巧みなフェイドアウェイシュートで3連続ゴールを挙げ、55-66とリードを広げられてしまった。
第4Q、残り7分、多嶋の3点シュートをきっかけにチェハーレス・タブスコットやエリック・ジェイコブセンらが次々とシュートを決め、残り約4分の時点で72-75とする。だがファウルによるフリースローなどで再び点差を広げられ、タイムアップ。茨城にも得点チャンスやフリースローの機会は多かったが、ショットはいずれも精度を欠いた。
茨城は2013年につくばロボッツとして産声を上げ、今季は節目の10年目。昨季B1に初昇格してリーグの洗礼を受け、今年は勝負の2年目。開幕戦を戦うFE名古屋は今季B1に昇格してきたばかり。1年の差を見せつけたい相手だった。
平尾主将は「自分たちのやりたいバスケができなかった。プレッシャーのかけ方や、中と外のバランスなど、しっかりと修正しなくては」、リチャード・グレスマン監督は「自分たちに対してはどのチームもインサイドを狙ってくる。リバウンドも相手の方が9本多かった。これらを改善するだけでも勝つチャンスがある」と語る。
観客数ではこの日4028人が来場し、新B1参入に向けて必須となる1試合4000人の基準を初回からクリアした。ただし、音楽と連動して色が変わるオリジナルペンライトの演出や、県内在住の小学生が
入場無料になるキッズパスなどの施策が功を奏した部分もある。平尾は「お客さんが僕らのバスケを見て、何かを感じ取ってもらえるようなプレーをしなくてはいけない」と身を引き締めた。(池田充雄)
りんりんロードでシベリアを目指す《ポタリング日記》8
【コラム・入沢弘子】「シベリア」がずっと気になっていました。ジブリ映画『風立ちぬ』で登場して、印象的だったからです。
映画の中の「シベリア」は竹皮と新聞紙に包まれた、黒い具材を挟んだ三角サンドのようなもの。映画は1920年代の激動の渦中にある日本を舞台に、航空技術者・堀越二郎の半生を主題にしたものですが、西洋の影響を受けた文化の描かれ方が、ノスタルジーを感じさせるものです。「シベリア」は今も売られていると知り、ポタリング散歩で買いに行くことにしました。
出発地点は、今年7月にリニューアルした「りんりんロード」虫掛休憩所。18台分の駐車場、テーブル付きベンチ、新しいトイレの壁面には空気入れも設置。トランクから出した愛車「BROMOTON」(ブロンプトン)を組み立てるスペースも広くて安心です。
初めて食べるのに懐かしい味
さあ「シベリア」目指してスタート!
枯葉色に変化しつつあるハスの葉、黄金色の稲穂、青々としたひこばえ、白く広がるソバの花、色づき始めた桜の葉。秋色のグラデーションを楽しみながら行くと、武者塚古墳の標識。石室から古墳時代の人の結った頭髪・みずらが、日本で唯一、形を保ったまま発掘されたそうです。石室の展示施設があるそうなので、帰りに寄ってみましょう。
筑波山が宝篋山(ほうきょうさん)に隠れた頃に藤沢休憩所。少し先を右手に曲がり一般道へ。高岡根の標識からは緩やかな上り坂。信号を渡ると、右手に菓子処「かきぬま」があります。「シベリア」は掌(てのひら)の半分ほどの大きさですが、ずっしりとした重み。映画で観たものと同じ形状です。
道路を土浦方面に少し戻り、新治ふるさとの森に入ります。公園内には「ひたちふじさわ」の駅名標が建っていました。土浦方面には「さかた」、筑波山方面には「たとべ」の印字。旧筑波鉄道の駅から移築したのでしょうか。
ベンチに座っておやつタイム。水ようかんが挟まれ、しっとりしたカステラ生地の「シベリア」は、初めて食べるのに懐かしい味がしました。(広報コンサルタント)
遺族に無断で副葬品を取り出し処分 つくばメモリアルホール
2020年ごろから 火葬直前、ひつぎのふた開け
つくば市玉取の市営斎場「つくばメモリアルホール」(高野徹也斎場長)が2020年ごろから、火葬のため炉の前に運び込まれたひつぎのふたを開け、遺族らに無断で副葬品を取り出し、勝手に処分していたことが分かった。
副葬品は、お別れの儀式の最後に遺族らがひつぎに納める思い出の品などで、故人が生前愛用していた服や好きだった食べ物、故人への手紙などが多い。
高野斎場長によると、燃やしてはいけないものが混入し、副葬品が溶けて遺骨が汚れたり、損傷したり、燃え残った副葬品が炉台にくっついて、はがす際に炉台を傷つけたり、火葬時間が長くかかるなどの事例が発生したことから、火葬の直前にひつぎのふたを開けて、副葬品を取り出すようになった。スタッフが、献花でいっぱいになったひつぎの中に手を入れ、白装束と花以外の副葬品を取り出していたという。
取り出した副葬品は今年3月末まで、供養した上、残った遺骨の灰などを処分する委託業者に、灰と一緒に引き取ってもらい処分していた。処分先については「委託業者それぞれ、埋葬するお寺をもっており、そこに埋葬されたと思う」としている。
同ホールは火葬、告別式、法事などを行うことができ、同市内外の住民が利用できる。実績報告書によると2020年度の火葬件数は1754件、21年は1850件だった。20年ごろから、感染症などで亡くなった人を除ぎ、すべてのひつぎを開けて副葬品を取り出していたといい、高野斎場長は、処分した副葬品が合わせてどれくらいになるか「分からない」としている。
今年4月になって、副葬品の混入を改善するため同ホールは、公害、火葬炉の損傷、不完全燃焼などの原因となる副葬品は入れないよう呼び掛けるちらしを作成、さらに徹底するため、ひつぎから取り出した副葬品を葬祭業者に返却するようになった。
高野斎場長は「4月以降、葬祭業者から返却に対する意見などは出てなかったので、納得してもらえたと思っていた」としている。
一方、今年9月初め、市外の土浦市右籾にある葬祭業者「ひまわりくらぶ」(井上圭一代表)が遺族と、同ホールで火葬を実施したところ、副葬品としてひつぎに入れたはずの紋付きの着物と果物を、火葬の最中に返却された。井上代表(60)がスタッフらに尋ね、メモリアルホールが、遺族らに無断でひつぎのふたを開け、副葬品を取り出していたことが発覚した。
井上代表は「返された紋付きの着物は、亡くなった90歳を超えるおばあさんのもので、先に逝ったおじいさんがあの世で、おばあさんを迷わず探し出せるようにとの思いが込められている」「おばあさんは亡くなる前の20日間、入院先で点滴を受け、何も食べられたなかったので、生前好きだった果物などもひつぎに納めた」と話す。着物は絹製の1着のみで、同ホールがひつぎに入れないよう呼び掛ける副葬品の対象ではなかった。
「副葬品は遺族の思いがこもった神聖なものであり、ふたを閉じた後、第3者がふたを開けて中身を取り出すなどあってはならない。故人に対する冒とく」だと述べ、「遺族は、着物が煙になって一緒に天に昇ったと思っている。取り返しがつかない」と憤る。井上さんの手元にはまだ、返された紋付きの着物があり「遺族にどう言って返せばいいのか」と頭を抱える。「葬祭業者は下請けと同じ立場なので、メモリアルホールから副葬品を返されてもほとんど意見を言えない」ともいう。
同ホールは、井上代表から「遺族の心情や死者の尊厳を軽視する行為」だなどの申し入れを受け、不適切な行為だったことを認め、申し入れがあった後の9月13日以降は、ひつぎのふたを開けて副葬品を取り出すことはやってないとし、高野斎場長は「配慮が足りなかった」としている。
つくば市は9月30日夜、同ホールによる副葬品の不適切な取り扱いについて発表し、五十嵐立青市長は「遺族の心に寄り添う配慮が足りず、深くお詫びします。今後は遺族の心に寄り添った対応を心掛けるよう徹底して参ります」とするコメントした。
一方、今後の対応については、火葬を行う上で支障がある副葬品について、遺族や葬祭業者に周知を徹底し、遺族や葬祭業者に確認した上で取り出すよう改善するなどとしている。
これに対し井上代表は「遺族や葬祭業者に確認すれば副葬品の取り出しを続けると言ってることになり、つくばメモリアルホールは葬送という儀式を何も分かってないのではないか。燃えないものや大きなものをひつぎに入れてはいけないことは遺族も分かっており、信頼してほしい」という。
近隣市「ふたを開けることはない」
一方、つくば市近隣の火葬場である土浦市営斎場(同市田中)と、うしくあみ斎場(牛久市久野町)はNEWSつくばの取材に対しいずれも、火葬場でひつぎの中に入った副葬品を取り出すことはないし、ひつぎのふたを開けることはないと回答する。両斎場とも、副葬品に燃えにくいものが混入しないようチラシを渡すなどして周知しているとした上で、火葬時間は人によって違うので、時間が延長されるケースもあるが、いずれも、副葬品が原因でトラブルが発生したことはないとしている。(鈴木宏子)
「NEWSつくば」は今日が5周年 《吾妻カガミ》142
【コラム・坂本栄】旧常陽新聞の記者が中心になって立ち上げた「NEWSつくば」がスタートしたのは2017年10月1日。当初の月間閲覧数は数万でした。それから5年たった今、閲覧数は10倍以上に増え、つくば・土浦エリアの話題を伝えるネットメディアとして定着しつつあります。
新聞にしてもテレビにしても、多くのメディアは営利組織ですが、本サイトは非営利のNPO法人によって運営されています。私たちは、読者が減少する紙の新聞に代わり、地域の諸相を伝えられるメディアは何かを研究。運営費を地域有志(意識の高い個人や地域メディアが必要と思う法人)の寄付に頼る「ネット新聞」で行こうと、このサイトをつくりました。
ポスト新聞の地域メディアモデルに
この5年間、私たちは「ポスト新聞時代の地域メディアのモデル」になることを目指してきました。この試みを面白いと思ったのか、大手新聞や大学研究者から取材を受けました。
「NEWSつくば」の特徴は執筆陣です。記事のチェックは地域紙にいたベテラン記者が担当しますが、市民記者(大学教授、大学生、一般市民)、他メディアにも寄稿するフリー記者、一般紙や専門紙を退職した記者などで構成されています。一緒に活動をしたいと思っている方がおりましたら、大歓迎です。
また私たちは、本サイトを「踏み台」にして、より広い世界を目指そうとするライターも歓迎しています。本サイトの記事は、「Yahoo!ニュース」「Googleニュース」などにも転載されますから、他メディアの編集者の目に付くチャンスは大です。
コラムも本サイトの大事なメニュー
もう一つの特徴は、コラムが多いことです。現・元大学教授、現・元自治体関係者、弁護士・経済アドバイザー・精神カウンセラー、写真家・画家・イラストレーター、作家・脚本家・随筆家、言語研究者・広報専門家、障害者支援・自然環境の活動家、文明批評家―など、現在、24人のコラムニストが登録されています。
こういった方々は、ブログ、ツイッター、フェイスブックといったSNSでも、自分の意見や各種情報を発信できます。しかし、個人サイトの場合、どうしても来訪する読者数に限界があります。その点、地域紙を前身とする「NEWSつくば」をベースにすれば、発信力は格段に強まります。本サイトは「インフルエンサー」(影響力がある人)が集う場でもあるわけです。
コラムニストの身辺情報・雑記、地域行政所感、政治国際問題分析などは、本サイトの奥行きを深めます。その意味で、コラム群は「地域メディアのモデル」を目指す本サイトの必須メニューです。「コラム」をクリックすると、全寄稿者の全記事を読むことができます。
読者コメント欄は少し工夫が必要?
ネットメディアでは、読者に投稿してもらう双方向性も大切な機能です。本サイトでも「コメント」欄を設け、記事やコラムに意見を述べる場を提供しています。ただ、ニックネーム(事実上匿名)ということもあり、言い放題(無責任?)になる傾向があります。
「脱新聞」を図る大手新聞のサイトでは、実名識者のコメント欄を設け、記事を深掘りする工夫がされています。この試みも参考にしながら、①匿名維持②実名限定③両者並立のどれがよいか検討したいと思います。私たちは、記事・写真・動画コンテンツ(中味)を充実させながら、サイトの機能や使い勝手も改良していきます。ご期待ください。(NEWSつくば理事長)
日本写真協会新人賞受賞、田川基成さん つくばで「海の記憶」展
今年、日本写真協会新人賞を受賞した田川基成さん(37)による写真展「海の記憶」が、10月7日からつくば市天久保のギャラリーYで始まる。田川さんは長崎県出身。受賞作品である故郷、長崎の島々の暮らしを4年にわたり記録した作品群「見果てぬ海」から、同名の写真集収録作品を含む18点が展示される。
同新人賞は将来を期待される有能な新人写真家に贈られる。受賞理由として「『見果てぬ海』は、大航海時代にポルトガル人やスペイン人がキリスト教を伝えた記録から、隠れキリシタンの歴史を掘り起こし、長崎の風景、豊かな海、人々など様々な視点で捉えており、単なる一地方の記録に収まらない。スケールの大きな作品」などと評された。
田川さんは、同テーマの展示を全国5都道府県で開催してきた。県内では初めての開催となる。「海の記憶」に込めた思いについて「長崎自体が持つ歴史、行為、物語、それらを包み込んでいるのが海」「写真は見る人の記憶を呼び起こすメディア。見る人、土地によって感じ方は変わる。会場で、何かを感じてもらえたら」と話す。
魔法がかかる
ないだ群青の海。水平線に浮かぶ島影を、雲間から差す光が照らす−
30歳を迎えた田川さんが、初めて訪ねた長崎県沖の五島列島から、本土に近い自身が育った島を見た日の写真だ。子どもの頃に故郷から見ていたのは、遠く西の海に浮かぶ五島の島々。大人になり、初めてその地に立つと、子どもの頃は知り得なかった海の向こうに広がる「もう一つの世界」を感じ、不思議な気持ちになったという。
写真集「見果てぬ海」には、田川さんが長崎の島々を旅し、出会い直した風景が収められる。新緑の山が包むグラウンドで聖母マリアを囲む人々、部屋の隅に積まれた布団に差す夕日、豊富な海の幸が並ぶ食卓、漁港に立つ男性。どれも島では日常の光景だ。
田川さんは、長崎県西海市の離島・松島で海に親しみ15歳まで過ごした。長崎には600を超える島がある。一帯は、16世紀に欧州から伝わったキリスト教が時代を超え地域に根付く。しかし、その土地の特殊性のみを強調しない。淡々と並ぶ、田川さんの目を通した日々の光景が見る者を惹きつける。その理由は「写真の魔法」だと話す。
「いい光をとらえた写真には魔法がかかる。見慣れた光景が現実から離れていく。現実だけど、幻のよう。僕はそれが『写真の魔法』だと思っている」
旅人にしか見えないものがある
幼少期、田川さんは海で釣りをし、父の船で海を行き来した。中学校へは町営の船で通学した。高校は本土の長崎市内へ進学。島を離れ下宿した。その後、北海道での大学時代、東京での社会人生活を経て昨年12月に九州に戻った。今は福岡県で、妻、2人の娘と海辺の町で暮らしている。
これまで南米を1年間旅するなど世界50カ国以上を訪ねた。旅することで世界を知り、思考を深めた。「旅人にしか見えないものがある。僕はそれを写真に撮っている」と話す。
30歳で始めた故郷の撮影も「旅」にこだわった。多くの島、長く複雑な海岸線を持つ長崎は移動に制約が多い。「ここなら国外と同様の旅ができる」と感じたという。東京を拠点に1、2週間の滞在を繰り返す「旅」は4年に及んだ。「過ぎ去る一瞬、その場所で2、3日しか見えない景色。長崎に住んでいたら、絶対に撮れない写真」だった。
「海の移動」という視点
故郷で再発見したのが「海の移動」という視点だ。東北出身の知人の言葉を引き合いに出す。
「その人は『長崎の島は、険しい山を越えなければ次の村に行けず、大変』と話していた。でも、それは陸を中心にした見方。島の人は山を越えずに海から行く。長崎には、船で渡る方が早い場所がたくさんある」
「海」の視点は、以前に訪ねたブラジル、ポルトガルでの出会いともつながる。大西洋を挟んだ両国で引かれたのは、海を見渡す入り江の斜面に広がる街だった。平地が少なく、斜面に家が密集する長崎と同じ視点でつくられた街であると気がつくと、「どうしてこんな斜面に人が住まなければならないのか?」という長崎市に感じていた疑問が解けた気がした。各地に通じるのは、交易で栄えたポルトガル人がつくったということ。彼らが見ていたのは、海の向こうの世界だった。
500年前の大航海時代の最中、ポルトガルの港から帆船で海へと出た人々がいる。長い航海を経てブラジルのリオ・デ・ジャネイロや長崎となる入り江と出会った時、「彼らは祖国の風景を思い出し喜んだのではないか」と田川さんは想像する。また、ポルトガルにある地名と同名の土地が現在のブラジルにもあることを知ると、「もう帰ることのない故郷を思うポルトガル移民が名づけたのかもしれない」と思いを寄せる。
移民への思いは、15歳で故郷の島を離れ、他の土地で暮らしてきた田川さん自身の記憶と結び付く物語でもある。
つくばでの展示と同時開催するのが、東京・新宿区にあるオルトメディウム(Alt_Medium)での写真展「サッポロ スノースケープ(SAPPORO SNOWSCAPE)」。田川さんが学生時代の6年間を過ごした札幌を撮影した新作だ。大学入学前、18歳で初めて立った札幌で目にしたのが一面の雪景色。長崎との違いに「外国のよう」だと感じた。撮影は、今後、数年かけ北海道全域を対象に進めていく。長崎と北海道。見る人は、ふたつの展示を通じて新たな視点と出会うかもしれない。(柴田大輔)
◆写真展「海の記憶」は10月7日(金)〜16日(日)、つくば市天久保1-8-6 グリーン天久保201、ギャラリーYで開催。開館時間は午前11時から午後7時、最終日のみ午後5時まで。入場料300円。
