月曜日, 4月 12, 2021

坂本栄

《吾妻カガミ》98 新年会で話題にしたかったこと

【コラム・坂本栄】コロナ禍で新年会が吹き飛び、このコラムもネタ不足です。というのは、1年前の「土浦とつくばの新年パーティー風景」(昨年1月20日掲載)同様、今回も両市の賀詞交歓会の様子を取り上げようと思っていたのですが、どちらも中止になりました。 そこで今回は、ビール片手の立ち話で話題にしたかったことアレコレです。 安倍~菅政権は対コロナ作戦で失敗 年末から年始にかけてコロナ禍が深刻になり、菅首相は緊急事態宣言の再発出に追い込まれました。安倍~菅政権の失政のひとつは、コロナの小康に油断し、落ち込んだ経済に活を入れようと、コロナの拡散を助長するGO TOトラベル・イート策を導入したことです。第1次非常事態を解除したあと、特別措置法の追加改定(私権制限や収入減補償などの仕組みづくり)を怠ったことも、いただけません。 私は、「善政? つくば市のコロナ対応」(昨年4月6日掲載)の中で、(1)コロナ禍という「戦争事態」には非常事態法の体系で対処せよ(2)それには「人の移動を抑え」「人を群れさせない」ことが大事(3)その結果生ずる経営や家計のマイナスは財政で回してやるべき(4)その資金は「戦時国債」(100~200兆円)で確保したらよい―と述べました。 GO TO策は(2)と真逆であり、今ごろ特措法をいじっているようでは(1)の有事に対する認識に欠けています。コロナ阻止と経済刺激の二兎(2匹のうさぎ)を追ってはいけません。コロナ抑制こそ経済対策ですから、しばらくはコロナ阻止>経済刺激でいくべきです。新年会に顔を出す衆参議員さんとは、両政権の政策センスについて議論しようと思っていたのですが、残念でした。

《吾妻カガミ》97 あけましておめでとうございます

【コラム・坂本栄】今年もよろしくお願い申し上げます。昨年はコロナ禍に振り回され、今年もコロナで明けました。早く終息して、V字型の経済回復を祈るばかりです。明るい材料は、国際秩序混乱の元凶、トランプさんにサヨナラできることです。でも、かなり壊しましたので、その修復は大変でしょう。バイデンさんに期待するところ大です。 NPOメディア「NEWSつくば」を立ち上げてから3年経ちました。地域ニュースをネットで全国に向け発信しています。ご関心ある方は是非のぞいてください。これまでの実績と役割が認められ、昨年末、学園記者クラブに入会できました。これをテコに、つくば地域のニュースの発信力をより強化していきたいと思います。 以上の2パラグラフは、今年の年賀状からの転載です。年頭のコラムでは、昨年、一昨年同様、このパターンを踏襲しました。というのは、この文面に私の思いが込められているからです。 今年は「密な場」で編集会議! 皆さんも同様と思いますが、昨年は本サイトもコロナ禍に振り回されました。編集制作室がある筑波学院大体育館がコロナ対応で封鎖され、週1回の編集会議が「放浪の旅」になったことがその一つです。幸い、土浦市とつくば市のコミュニティセンターの広めの室を借りることができ、週1回2時間の会議はこなせたものの、従来のような熱の入った議論ができないのは残念でした。 もう一つ、NEWSつくばの「通信社機能」(地域の他メディアへのニュース素材提供)が影響を受けました。昨年から、本サイトはケーブルテレビ局への地域ニュース(映像と音声で構成)の提供を開始しましたが、コロナ禍の影響で同局の番組編成が大幅に見直され、年央から中断に追い込まれたからです。

《吾妻カガミ》96 NEWSつくば 学園記者会に入会

【コラム・坂本栄】NEWSつくばの筑波研究学園記者会への入会がこのほど承認されました。同記者会はつくば市とその周辺地域をカバーする新聞・通信・テレビ・ラジオ記者の取材拠点ですが、ネットメディアが会員になるのは初めてです。地域ニュースを伝える本サイトの実績と役割が認められたと言えるわけで、メンバー各社の理解に感謝しております。 土浦記者会への入会手続きも開始 2017年10月にスタートした本サイトの編集方針は、コラム67(2019年11月4日掲載)でも触れましたように、「比較的若いまち 研究学園都市つくば市の諸相」「商業都市から観光都市に脱皮しつつある 歴史あるまち土浦市の諸相」を、地域ばかりでなく全国にも発信することです。この3年3カ月、地域のいろいろな話題のほか、税金で仕事をする行政の観察にも力を注いできました。 これまで記者クラブの「外」にいたかというと、そうではありません。記者会の会員であったFM放送「ラヂオつくば」の特約記者として、記者会が関わる会見などには出席、ラジオや本サイトで発信してきました。これからはNEWSつくば記者として活動することになります。 非営利のNPO法人NEWSつくばの執筆陣は、旧常陽新聞(1948~2017年)の記者経験者、元専門紙の記者や問題意識の高い市民記者、各分野で活躍してきた(今も活躍している)コラムニストで構成されています。地域紙出身者が記者会のルールに通じていることも、入会に際して考慮されたのだと思います。

《吾妻カガミ》95 つくば市長の「上から目線」

【コラム・坂本栄】民間会社の場合、株主や顧客に業績や商品について理解してもらう仕事を広報と呼び、企業活動にとっては大事な分野です。公の市政の場合、その対象は市民になりますが、10月に再選された市長の五十嵐さんは、選挙活動の中で市政への理解不足を痛感したらしく、2期目では広報に力を入れるそうです。 その意気込みについては、11月の会見記事「発信の在り方 根本から検討」(11月5日掲載)をご覧ください。理解不足の例として、①市のかなりの取り組みを知らない市民が多かった②対抗候補も市の基本的な取り組みすら知らなかった③市政について相当いい加減なことを書く人もいた―などを挙げ、「市民が必要としている情報をどうやって届けられるか、あらゆる手段を考えたい」と述べました。 広報の充実はメディアも大歓迎です。でも、市民の理解不足を嘆き(平均的な市民が市政の詳細を知るのは無理)、対抗候補を見下す(彼らは無投票を避けようと急な準備で出馬を決断)ような、「上から目線」はいただけません。また、観察者(開示情報を基に市当局とは違った視点でチェック)を煙たがるようでは、度量が狭すぎます。 施策を立案・実施する市長がその内容に精通しているのは当たり前ですから、自分との比較で、①②③の方々の理解度にブツブツ言うのはいかがなものでしょうか。 広報は「自然体で」「虚偽はダメ」

《吾妻カガミ》94 「NEWSつくば」は今秋で3周年

【コラム・坂本栄】本サイトはスタートから今秋で3年経ちました。スマホからのアクセスが多いことを踏まえ、今春、新しいデザインを導入して今の画面に一新。型にはまらない記事が多いこともあってか、アクセス数は大きく増えました。でも喜んでばかりはいられません、思わぬ事故が10月25日に起きました。 「有事」にはサーバー能力を強化 つくば市長選挙の最初の開票状況(21時30分)を伝えるタイミングで、サイトが動かなくなってしまったのです。ハッカーから悪さをされたかと思いましたが、技術担当者がチェックしたところ、21時半前後にアクセスが殺到、サーバーが閲覧を拒んだことが分かりました。短時間に数万のアクセスがあり、危険を察知してゲートを閉じてしまったようです。 本サイトはこの3年、平均1日3本の記事とコラムを朝昼晩に分けて発信してきたこともあり、特定の時刻にアクセスが集中することはありませんでした。ところが25日夜には、「21時半から開票速報します」と事前告知したことが効いたのか、ほぼ同時刻に想定外の読者が押し寄せました。 画面は30~40分で元に戻ったものの、この間多くの方々の期待に応えることができず、お詫び申し上げます。選挙後の編集制作会議では、「平時」は分散型の発信を維持しながら、今回のような「有事」にはサーバーの増強で対応することを確認しました。次の「有事」は大丈夫です。 「権力監視」の対象を拡大します

《吾妻カガミ》93 つくば市のキーマン2人が続投

【コラム・坂本栄】選任の仕方は違いますが、つくば市のキーマン2人の続投が決まりました。1人は筑波大学学長の永田恭介さん、もう1人は市長の五十嵐立青さん。続投決定、おめでとうございます。今回はお2人の選任と実績の話にします。 筑波大学長 数々の実績>伝統的選び方 永田さんの続投決定までの経緯については、本サイトの「永田学長を再任 筑波大 選考プロセスの正統性問う声噴出」(10月21日掲載)をご覧ください。紛糾の背景には、<実績ある永田さんに続投してもらうために選任方法を変えよう>対<伝統的かつ民主的な従来の投票方式で選ぶべき>という、学長選びの考え方の違いがあったようです。 この動きを見ていて、6年前の永田学長インタビューを思い出しました。当時発行されていた常陽新聞の「キーパーソン」にQ&Aが載っていますが、私は取材後記で「永田さんは学長というよりも社長という感じがする(もっとも英語では学長も社長もプレジデント)。そこで、最近の国立大学長のタイプを聞いたところ、永田さんは『プラクティカルな方とフィロソフィカルな方がいるが、前者が多い』とコメント…」と書いています。 どうやら、「プラクティカル」な永田さんは「社長」として大学を「経営」、数々の実績(国立大学協会の会長に就任、防衛省の研究費を受け入れ、念願の『指定国立大』入りが確定など)を評価した先生方が続投を画策したところ、伝統的で「フィロソフィカル」な大学運営にこだわる先生方が反発した―といった構図だったようです。

《吾妻カガミ》92 つくば市長選 実績集と公約集

【コラム・坂本栄】つくば市長選挙(10月25日投開票)が迫りました。市内に編集室を置く本サイトにとって市長選は最大のネタです。この5カ月の関連コラムとしては、「市長の退職金辞退に違和感」(10月5日)、「際立つ2候補の違い」(9月21日)、「市長の看板公約を検証」(8月17日)、「紙爆弾戦開始」(7月20日)、「市長選 2つの風景」(7月16日)、「市長選まで5カ月」(6月1日)―があります。青字部を押してのぞいてみてください。 立候補者は、現職の五十嵐立青さん(2月27日)、会社経営者の富島純一さん(8月31日)、元研究機関勤務の酒井泉さん(10月12日)の3人。各候補の出馬記事もクリックしてご覧ください。酒井さんは決断が遅れたこともあり、事実上、五十嵐vs.富島になりそうです。 五十嵐市政1期 合格点?落第点? 手元に五十嵐後援会・討議資料があります。地元記者クラブの横顔取材の際にもらったものですが、1期目の実績集(4年間の軌跡)です。内容は「徹底した行政改革」「安心の子育て」「頼れる福祉」「便利なインフラ」「活気ある地域」「誇れるまち」に分類され、全27施策に合格印☑が付いています。 選挙用ですから、全部「やった、やった」になっています。しかし、このリーフレットの中で、五十嵐さんが「9割以上の公約が達成もしくは順調に進んでいる」と自賛しているのを読み、強い違和感を覚えました。

《吾妻カガミ》91 つくば市長の退職金辞退に違和感

【コラム・坂本栄】つくば市長2期目を目指す五十嵐さんが1期目の退職金2040万円を辞退、それを可能にする条例が9月18日に市議会で可決されました。法的な障害をクリアするために22円だけもらうそうですが、今回はこの退職金問題を取り上げます。というのは、美談風に報じられているこの件、「何か変だな」と思っているからです。 経緯や背景については、本サイトの記事「廃止を公約の退職金22円に つくば市長」(6月5日掲載)をご覧ください。ポイントは①市長は4年前の市長選で退職金廃止を公約②6月5日の記者会見で公約を果たすと言明③ただ制度上0円は難しいので最少額の22円を受け取ることにし、関連条例案を提出すると表明―です。 整理すると、前回市長選の公約「市長特権の退職金の廃止」を、今回市長選(10月25日)の4カ月半前に確認、そして市長選の1カ月ちょっと前に必要な手続きを終わらせ、公約の順守を市民に示した―といった流れになります。公約は選挙の肝(きも)ですから、五十嵐さんにとって、6~9月のこのプロセスは必要不可欠だったのでしょう。 仕事をうまくこなす自信がなかった? しかし私は、退職金廃止という公約そのものに違和感を持っています。退職金はハードな仕事をこなす市長の報酬の一部ですから、大きな失政をしないことが前提にはなりますが、堂々と受け取るべきと考えているからです。それなのに、選挙で退職金廃止を公約したのは、市長の仕事をうまくこなす自信がなかったからでしょうか? 私は33年間、経済記者として企業経営を見てきました。さらに10年間、メディアの経営に携わっていたこともあり、「仕事の達成度とトップの報酬はリンクさせた方がよい」と考えています。そうしないと、トップのやる気が落ち、仕事の結果に対する言い訳を許すからです。企業の支出に占めるトップ報酬はわずかですから、ケチるよりはきちんと報いた方が全体としてプラスになります。

《吾妻カガミ》90 つくば市長選 際立つ2候補の違い

【コラム・坂本栄】今秋のつくば市長選挙に、2期目を目指す五十嵐立青さんに挑戦すると、富島純一さんが立候補を表明しました。コロナ禍で選挙戦にならないのではないかと心配していましたが、42歳の五十嵐さんと37歳の富島さんの激突になりそうです。以前のコラム「つくば市長選 2つの風景」(7月6日掲載)でも触れましたように、政治家も政策も選挙で鍛えられます。若い2人のバトルが楽しみです。 挑戦者・富島さんの出馬会見については、「会社経営の宮島純一氏が出馬表明」(8月31日掲載)をのぞいてください。現職・五十嵐さんの続投表明については、「2期目へ、五十嵐市長が立候補表明」(2月27日掲載)をご覧ください。この間6カ月。選挙の構図がやっと整いました。 挑戦者と現職者 それぞれの強み 挑戦者にとって有利なのは現職の「失政」を突けることです。経営者歴16年の富島さんは記者会見で、五十嵐さんの失政(総合運動公園問題が未解決、TXつくば駅周辺整備が停滞など)を念頭に置いて、「1期4年で結果を出せないのでは動きが遅い。経営では毎年結果を出さなければ倒産してしまう」と、現職の力量に疑問を呈しました。 思い起こすと、4年前の選挙では挑戦者だった五十嵐さんも、前市長の失政(総合運動公園計画を発表→市民の多くが計画に反対→住民投票の結果を受け計画推進を断念)に乗じて、前市長の後継候補を破りました。攻めの富島さんが、今度は守りの五十嵐さんをどう攻めるのか、注目しています。              出馬表明が遅れた富島さんにとって不利なのは、現職の五十嵐さんに比べ、知名度が低いことです。しかも、新型コロナ禍で大集会や小会合が思うように開けませんから、圧倒的に不利です。富島さんはこうしたハンディキャップを、印刷物の大量配布、ネットの活用などでカバーするそうですが、十分な展開ができるのか、こちらも注目しています。

《吾妻カガミ》89 つくば市議会の愚かな選択

【コラム・坂本栄】前回のコラム(8月17日掲載)では、4年前の市長選挙で五十嵐さんが掲げた看板公約「運動公園問題の完全解決」について検証しました。今回はその関連ということで、この問題のプロセスで節目になった市議会の動きを取り上げます。結論を先に言ってしまうと、議会は「愚かな選択をした」ということです。 運動公園問題を整理すると、市原前市長が計画(陸上競技場など3施設をUR都市機構から買った土地に305億円かけて建設)を発表→多額の建設費に反対する市民運動(住民投票を求める署名活動)が活発化→議会が住民投票実施とその要領を可決→建設反対が多数を占め前市長は計画の推進を断念→「運動公園問題の完全解決」を目玉公約に掲げた五十嵐市長が誕生→それから4年経った今「問題の完全解決」は完全未解決―といった流れになります。 こういった経緯から、運動公園問題は、市民の反応に気落ちして4期目への出馬を断念した前市長にとっても、前回選挙で公約の目玉にして当選した現市長にとっても、とても重い案件であった(ある)ことが分かります。前市長は不出馬で失政の責任を取りましたが、看板公約を実現できなかった五十嵐さんはどうするのでしょうか? 現実策を封じた2択住民投票 話がそれましたので元に戻します。節目の動きは、2015年5月12日、「議会が住民投票実施とその要領を可決」した際に起きました。投票用紙の設問を、執行部が推す3択(計画に賛成、反対、見直し)にするか、市議側が提案した2択(賛成、反対)にするかで、議会が紛糾。採決の結果、2択方式が採用されました。これによって、当初の運動公園計画を見直すという、現実策を探る議論は封じられたわけです。 ところが今になって、公式競技ができる陸上競技場が欲しい、空き地になっている運動公園予定地に造ったらどうか―といった声が市議や市民の間から出ています。これは、当初計画(予定地に公認陸上競技場+サッカー兼ラクビー場+総合体育館を建設)のスケールダウン(予定地に陸上競技場だけを建設)ですから、3択の「見直し」そのものです。

《吾妻カガミ》88 つくば市長の看板公約を検証する

【コラム・坂本栄】車のトランクを整理していたら、段ボール箱の奥から「いがらし立青 つくば市長選 出馬表明 記者発表資料」(2016年8月2日)が出てきました。A4判1枚の発表文では、筆頭公約に「運動公園問題の完全解決」を掲げ、具体的には「予定地は就任後直ちにURと返還交渉を行う」「陸上競技場は適切な場所・規模・方法で確保する」と書かれていました。 今回のコラムでは、五十嵐さんの看板公約ともいえる、この運動公園問題を検証します。具体的公約「陸上競技場…確保」については、本サイトの記事「陸上競技場基本構想会議が初会合」(7月31日掲載)をご覧ください。青字部をクリックすると、問題の経緯・現状・予定がレポートされています。 記事によると、基本構想会議が7月末に開かれ、11月上旬開く予定の会議で、陸上競技場の場所や規模などを詰めることになったそうです。これには、五十嵐さんはこの4年間一体何をやっていたのか、11月上旬って市長選(10月25日)が終わってからではないかと、思わず笑ってしまいました。 といって、何もしなかったわけではありません。廃校になった高校の跡地に、中学生の公式競技ができるレベルの陸上競技場を造る案はありました。しかし、立地、規模、規格などで構想会議の支持は得られず、市はこの案について「一つの事例研究」と弁解したそうです。4年も経つのに、どこにどんな競技場を造るのか、何も決まっていないということです。 「運動公園問題の完全解決」は完全未解決

《吾妻カガミ》87 つくばセンタービル再生の問題点

【コラム・坂本栄】本サイトの中ほどに「つくばセンタービル」というタイトルの特設コーナーが設けられています。現時点では、市が同ビルをどう活用しようとしているのか調べた記事と、ビル裏手(正面?)の中央広場への想いを述べた脚本家のコラムがアップされています。今回のコラムではこのセンタービルの問題を取り上げましょう。 記事とコラムは、「具体案、市民に説明なく」(6月26日掲載)、「民意と距離ある計画」(6月27日掲載)、「世界的アート建築に屋根?」(6月28日掲載)、「コラム:磯崎新の設計思想」(7月9日掲載)の青字部をクリックしてご覧ください。磯崎氏は、ノバホール+ホテル日航つくば+センタービル+中央広場を設計した方です。 記事は、①市は空きが目立つセンタービル1階を、事業の立ち上げを目指す起業者の作業区にしようとしている②また、音楽会場・ノバホール右側の建物などは市民活動を支援する拠点に改装しようとしている③しかし、これらの案は市民の意を汲んだものとはいえず、市の情報開示も十分ではない④一方、中央広場に屋根を付けるという改修案に磯崎氏は遠回しに反対している―に要約できます。 起業には「トキワ荘」がよく似合う 一昔前、センタービル1階には銀行の支店や飲食店などが入り、一帯はまさに市のセンターでした。ところが、賑わいの中心がTX研究学園駅に移り、センタービル周辺は駐車の便が今一のこともあって、市の真ん中ではなくなりました。 こういった場所の再生を考える市も、大変です。若い起業者支援のために、旧一等区画を活用しようとする気持ちは分かります。でも、そういった優遇策は彼らのためにならないでしょう。起業には、赤塚不二夫らが雑居した「トキワ荘」がよく似合うからです。ビル・ゲイツはガレージで起業しました。事業の立ち上げには、公務員宿舎跡が向いていると思います。

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プレナスなでしこリーグ2部、つくばFCレディース対バニーズ群馬FCホワイトスターの試合が11日、ひたちなか市新光町の市総合運動公園陸上競技場で開催された。つくばは0-2で敗れ、2部昇格の初陣を飾ることはできなかった。 プレナスなでしこリーグ2部、第1節つくばFCレディース 0-2 バニーズ群馬FCホワイトスター 今季、初のプロリーグ「WEリーグ」が創設されるなどドラスティックな動きを見せている女子サッカー。昨季なでしこチャレンジリーグに属していたつくばFCは、今季から、なでしこ2部に戦いの舞台を移した。 前半9分、左サイドからクロスを上げる高田莉緒(撮影/高橋浩一) 初戦の相手はバニーズ群馬FCホワイトスター。昨季なでしこ2部で活動していたバニーズ京都と、関東女子1部で活動していた群馬FCホワイトスターが一つになって再始動したチームだ。

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【コラム・玉置晋】今年はコロナ禍だったこともあり、お花見は犬の「べんぞうさん」とのお散歩で終わってしまいました。茨城県では3月下旬に満開となり、4月上旬には葉桜になっております。最近の桜の開花は随分早くないですか? 僕が小学校に入学した時(1985年4月)の思い出は、入学式では桜はつぼみ、数日後に教室から見た校庭の満開の桜があまりにきれいで、よく覚えています。 気象庁のデータベースから茨城県水戸市の桜開花日グラフを作成しました。 僕が小学校に入学した1985年、水戸市の桜の開花日は4月7日でした。水戸市の小学校の入学式は4月6~8日となりますので、入学式の桜はつぼみだったという僕の記憶は確からしいことがわかりました。 また、年により開花日にはバラつきがあって、僕の一つ上の学年(1984年入学)は4月20日が開花日で、一つ下の学年(1986年入学)は4月10日が開花日でした。もしかしたら、入学年によって入学式の思い出の風景が異なるのかもしれませんね。

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