土曜日, 4月 24, 2021
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斉藤裕之

《続・平熱日記》78 愛の不時着、我が家の着地点は…

【コラム・斉藤裕之】ステイホームは我々夫婦にとってはそう難しいことではない。普段の生活がほぼ自粛生活と言ってもいい。ところでカミさんはテレビ番組がつまらないと言うので、ずいぶん前から有線で海外ドラマや映画を見ていたのだが、最近は目新しいものがないということで、定額で映画やドラマが見放題というネット配信に加入した。 そしてついに見てしまった。今まで何となく敬遠していた「韓流ドラマ」、それもうわさの「愛の不時着」を。 どんなものかと、1話、2話と見てみた。まず竜巻で北朝鮮に飛んでいくという設定は「鴨捕り権兵衛」以来の衝撃だったが、このくらいのブットビ方でないと、とうてい38度線をまたいだドラマは進まない。しかし世間で騒がれるほどの面白さは感じない。と、友人曰く「3話までは我慢してみないとダメらしいよ」というわけで、3話、4話と見てみる。 なるほど、次の展開が気になる筋書きにはなってくる。が、軽すぎるというか、突っ込みどころ満載。しかし、かの国のリアルな現状をイメージしてはこのドラマは成立しない。次々訪れる「マジか?」の場面をスルーして、ただのメロドラマとして鑑賞すべし。 ところで今年は白菜が安い。高いと頭にくるが、安いのを喜んでひと玉を買うと、夫婦2人では持て余す冬の野菜である。先日も、冷蔵庫にはやっと半分食べた白菜があるというのに、夕方、かみさんは大きなひと玉を抱えて帰ってきた。聞けば、知り合いから安く引き取ってきたという。 さて、その日はおいしいパンが食べられるというカフェに。猫が気持ちよさそうに寝ている古民家を改装した店内。ランチが運ばれてくる間に、「これ」と言われてかみさんが差し出した雑誌。そのページには自家製のキムチの漬かった樽の写真が。これを漬けろ?とおっしゃる。

《続・平熱日記》77 初夢考 還暦を迎える年に

【コラム・斉藤裕之】私は毎晩夢を見る。昨夜も見た。それほど面白い夢ではなかった。最近はそうでもないが、若いころはとても愉快な夢を見ることがあった。時には腹がよじれるほどゲラゲラ笑う。とにかく本人は面白おかしくてたまらないのだが、暗闇に響き渡る笑い声は家族にしてみれば不気味であったそうだ。 そんな夢見がちな私であるが、初夢というものを見た記憶がない。あれだけ連日連夜オールナイトで上映される夢が、正月だけはなぜか休館となる。そこで、来年こそは初夢を見てやろうと思う。ここまで2020年の師走に記す。 初夢に封切大作映画なし さて、2021年1月2日早朝これを記す。ついに初夢を見た。目が覚める寸前に「おーっと、これが初夢なら覚えておかなければ」と思い忘れないうちにノートに書いた。どうもパッとしない内容だ。断片的に覚えている場面もあるのだが、確実に覚えているのは目覚める前に見ていた場面。漬物の桶(おけ)のふたのような丸い形の木の板で、胸の前と背中にプロテクターを作って、それを一生懸命装着して…。 2日後、山の中腹にある焼却炉のような施設を舞台にした近未来的な夢を見た。外国人もキャスティングされていた。アボリジニは夢の中の世界をもう一つの人生だと考えていたそうだが、夢の元ネタはその人を取り巻く現実の世界。彼らといえども、今の世界は複雑過ぎてカンガルーとかコアラとかはキャスティングされにくいだろう。 だから、初夢に富士山はまだしも、鷹やナスが夢に出てくる方は相当牧歌的な日常を送っているということか。考えてみれば毎日毎晩、世界の何十億という人の見る夢に意味があったら大変だ。結論、初夢に封切大作映画なし。夢は取るに足らない脈絡のないナンセンス劇場だからよいのであって、逆に、これほど意味不明な脚本を毎晩書ける脳は大したもんだと改めて感心した。

《続・平熱日記》76 娘がいる東京の美容院に行った

【コラム・斉藤裕之】今日は次女のいる美容院に行く。次女の休みの日を使ってカミさんがカットしてもらいに行くというので、ノコノコついて行く。実はこれが2度目である。最初は今年の夏。長い間坊主頭でセルフカットしていたために、床屋というところへ行くのも10数年ぶりのことで、恐らく最初で最後だと思っていたのだが、再び訪れることとなった。 このにぎやかな街には思い出がある。故郷から受験のために出てきて、最初に滞在したのがこの街にある先輩のマンションで、次女のいる美容院はそのすぐ目と鼻の先だった。ゼロイチゼロイチ? 駅のそばにあるそのデパートを丸井と読むことを知り、快速や特別快速という電車があることも知った街だ。その後も何度かこの街には来ているが、10数年ぶりに訪れた街の変わりようは私をまごつかせた。 子供に頭を触られるという経験。この私でさえちょっとした幸福感を味わえる。いわんや、母親にしてみるとこれほどの孝行もないだろう。 まあ、私の方は座ったとたんにバリカンで刈り上げられて、それでも1000円カットよりはさすがに丁寧に切ってもらって、30分というところか。カミさんは髪を染めている。あと小1時間かかるというから、懐かしき街を散策することにした。夏に来たときは確かとても暑い日だったが、今日はダウンを着てちょうどいい。店はほとんど変わっているのだが、それでも角を曲がるたびに、少しずつ記憶のピースがはめ込まれていく。 「インチキアーティストカット!」

《続・平熱日記》74 シャツのシワに想う

【コラム・斉藤裕之】先日新聞を読んでいて目に留まったのは、最低賃金の算出にアイロン代を入れるべきか否かという議論。つまり、働くためには最低限シワのないシャツが必要だというお話。この一見バカバカしいとも思える話はコロナとも無関係ではなく、営業悪化のツケは結局非正規の社員やアルバイトに回ってくるということらしい。 お手てのシワと違って、シャツのシワを合わせてもシワヨセがくるということだ。例えば、フランスの銀行にはスーツを着てないどころかラフな格好にピアス姿のあんちゃんが普通に窓口にいる。日本人の清潔感や礼儀正しさは美徳だと思うけれど、少しばかり過包装に感じることもある。 学校や会社での面接でも、きちんとしているから優秀とも限らない。リクルートスーツなんてのも、考え直した方がいい。ちなみに、おカネがなくてヨレヨレのシャツを子供に指摘された経験を持つ私としては、「シャツにシワあるのは自然素材を着ている証!」という詭(き)弁?でごまかしてきたのだが…。 このごろやっと世間が追い付いてきたようで、つまりあれだ! SDGsとか言っている人はまず地球にやさしくないクリーニングやアイロンはやめて、シワシワのシャツで会議に出なさい!ってことだ。 世の常識は「日雇い」の身には負担

《続・平熱日記》75 画家の目「老眼思考」

【コラム・斉藤裕之】自分の絵が掛かっている以外何もないギャラリーでじっとしているのは正直耐えられない。しかし有難いことに、このギャラリーはカフェに併設されている。いつものカウンター席でコーヒーを飲みながら客人を待つことができる。 平熱日記展も終盤にさしかかったころ、「若い女性がいらしてますよ」とオーナーに耳打ちされた。はて、若い女性に知り合いはいない。なにせ、日ごろ付き合う女性はおおむね16歳以下か50歳以上なのだから。それでも、もしかしたら知り合いかもしれないと声をかけてみた。 やはりはじめてお目にかかる。聞けば、ご自身は日本画をお描きになるそうで、私の絵はネットで知ったとか。ほぼ娘と同じ年ごろで、電車に乗ってやってきたとのこと。絵についてご質問を受けたが、「肩の力が抜けていてとてもいいですね」と褒められた。「はあ、なにせ平熱日記というぐらいですから…」。 時を同じくして、もうひとりの女性が入ってきた。知り合いの絵描きさんだ。私が小さな絵を描くからだろうか、最近目が悪くなったという話になった。 「私なんかほぼぼんやりした世界で暮らしていますが、それはそれでいいと思っているんですよ」。事実、老眼のせいで新聞以外の文字は読まなくなったし、視力も多分衰えているので、若いころのように鮮明な世界にはいない。だから、たまに老眼鏡でテレビの画面に目をやると、映っている人の歯茎さえも鮮明に見えてドキッとしてしまう。 だが、実は見える世界だけではなく色んなことがぼんやりしていて、世間が私から遠ざかっていくようだ。

《続・平熱日記》73 冬が来る前に薪ストーブをゲット!

【コラム・斉藤裕之】その日は水栽培用のヒヤシンスの球根を求めてホームセンターに向かった。特に用もないが木材売り場の辺りをうろついていると、目新しい薪ストーブが目に留まった。1桁違う値段が付いていて量販店では以前には見なかった知る人ぞ知る代物だ。 「これいいんだよね!」と言ってみたものの、色のいい返事は期待していない。ところがカミさん、「煙が少ないのはいいね。中古がネットで出てたりしないの?」と、まんざらでもなさそうな返事だ。しかしオークションサイトではほとんど見かけたことがない。 試しにネットオークションを見てみるとなんと、出品されたばかりの「NEW」のマークとともに、同社製の上位機種の薪(まき)ストーブを発見。これは何かの縁。久しぶりに物欲というかリビドーってヤツか、アドレナリンが沸いてくる。 「こんなん出ました!」とカミさんに見せる。しかし引き取り限定。しかも新潟県。おまけにオークションの経験もないので、ここは一息置いて熟考。交通費や手間を考えると、ホームセンターで新品を買ってもいいのか? 結局タイムリミットを迎えたのだが、翌朝もう一度ネットをのぞくと、入札がなかったらしく「即決価格」に変わっている。起きてきたカミさんを待って相談の上、「ポチリ」。めでたく落札と相成った。 今年の冬はこれで万全!

《続・平熱日記》72 「平熱日記展」 10回目は記念すべき?

【コラム・斉藤裕之】「セロ弾きのゴーシュ」という物語がある。セロを練習していると、夜な夜な動物がやって来てはリクエストをする。それに応えているうちに、セロの腕が上がっていたという宮沢賢治の童話だ。シンプルなストーリーだが、ものづくりのエッセンスが描かれている。 身の回りの出来事を小さな板切れに描くことにした。四季の移り変わりや食べ物、出会った人やモノ、2匹の犬や家族…。謙虚に、つべこべ言わずに描く。ゴーシュが動物たちのリクエストに応えたように。芸術やアートという言葉から離れて、制作や表現ではなく、単なる絵を描こうと思った。そうやって何とか細々と絵を描き続けて来られた。 それから、今書いているこのエッセイ。ちょうど6年前、当時の常陽新聞の記者の方が別件で取材に来られたことがきっかけとなった。親しい友人の「斉藤さんの絵もいいけど文章が好きだな」という一言が、後押しをした。 結果的に、この2つの作業は私に向いていた。絵に飽きたら文章を書く。エッセイによって気持ちの整理がつく。日記のようにして絵と文が残っていくのは、怠け者の私には都合がよかったし、早朝の小1時間での作業は私の生活リズムにピタリとはまった。 27日から牛久で3週間 記憶をたどると小さな絵は15年ほど前から描いているが、ゴーシュにシンパシーを感じるとすれば不器用で下手ということだ。しかし、ここが絵と音楽の違いなのか、下手でも絵は描ける。

《続・平熱日記》71 ハトの子と動物園

【コラム・斉藤裕之】我が家の軒先がよほど居心地がいいのか、山鳩が年中巣を掛けるのだが、先日、エアコンの室外機の下にハトの子がいるのを見つけた。産毛が少しあるが、結構大きい。巣から落ちたのか、羽ばたき損ねたのか。近づくと陰に隠れたので、そのまま放っておいた。 それからしばらくしたある日。突然、動物園に行こうとカミさんが言い出した。休日だからか、子供が小さかったころ以来の千葉の動物園は、多くの家族連れが入場門から長蛇の列をつくっていた。 実は故郷の実家のそばに動物園があって、物心ついたころからよく親に連れていかれた。小学校や中学のスケッチ大会もこの動物園だったが、動物園が主催する絵画展に1人で出かけて行って象の絵を描いていたら、地元のニュースにその映像が流れて驚いたこともある。 大人になってから、「ぞーさん、ぞーさん…」の歌は、この動物園の象をモチーフにして、同郷の偉大な詩人まど・みちおさんが作詞したものだと知った。 「そういえばあのハト、どうしたかしら?」とかみさん。「何か食べているのかなあ」「でも、親が餌を運んで与えるのを見たことないよねえ」。どうやら、ハトは親が吐き戻したものを子供に与えて育てるらしい。 フラミンゴなどが有名で、ハトの仲間がそうした習性を持つことから、その吐き戻したものを「ピジョンミルク」というそうだ。なるほどね。そういえば、そういう名前の哺乳瓶の会社があったなあ。

《続・平熱日記》70 水戸の歴史館で学んだこと

【コラム・斉藤裕之】ここ数年でカミさんと県内をよく回った。この日訪ねた水戸の歴史館で茨城の歴史を見ながらそう思った。「魅力のない県、茨城」。私も始めはこの手のランキングに目くじらを立てるのは大人気ないと思っていたが、万年最下位効果?もあってか不思議と茨城をメディアでよく見かけるような気がする。 例えば、U字工事(ゆーじこうじ)のネタがなぜ受けるのか。これが20位とか30位の東京から遠い地方ではつまらない。つまり、茨城は今や「万年最下位のいじられキャラ」としてのおいしい地位を築きつつあるということか。 さて展示も終盤に差し掛かったころ、「廃藩置県」というところに目が留まった。「牛久県、知事、周防(すおう)の守…」? 周防といえば我が故郷・山口県東部。「周防だって」とかみさん。ググってみる。なんと、長く牛久藩を治めた領主は戦国時代に周防の国からはるばる呼ばれた方で、それに因(ちな)んで姓を山口氏としたそうだ。 「そうじゃったんか!」と山口弁で呟(つぶや)きそうになった。ちと大袈裟(おおげさ)だが、たまたま住んでしまったと思っていた牛久に、少しだけ運命的なものを感じた。しかし、この微妙な感動を誰と分かち合えるわけでもなく、とりあえず共感してくれそうなのは、縁あって牛久で2棟の家を建てた山口に住む弟くらいのものか。 「今日は終戦記念日じゃ」 実は歴史館に来たのは、カミさんの同僚の方が企画に携わった展示をやっているとのことで、お供することになった次第だ。35度を超えた気温も手伝って、「茨城と戦争」というテーマはちょいと気が重かったのだが。

《続・平熱日記》69 「犬は私を縛り、亀もまた然り」

【コラム・斉藤裕之】朝のルーティーンであった散歩をする必要がなくなった。犬のフーちゃんがついに息を引き取ったのだ。18年近く我が家にいたこの犬の思い出話はよそうとは思うのだが…。 しかし、少し前に飼い始めたマルといた年数を勘定すると、都合30数年、毎朝毎夕、雨の日も風の日も、散歩をしたことになる。そして、やや大袈裟に言うと、私の人生での犬との付き合いはこれでひとまずお開き。 さかのぼること1カ月。コロナ禍の暇つぶしに、庭に野菜の苗を植えるべく、スコフィールド(ロシアリクガメ)の柵を移動。1畳ほどの広さの柵をしっかりと据え付けたつもりだったが、ちょっとした隙間から脱走されてしまった。 周りは住宅しかなく、どなたかが見つけて飼ってくれていればいいが…などと思いながら、しばらく近所の道路などに気を配るも、ついに発見に至らず。近所の林で収監後10年。脱獄をする米ドラマの主人公から付けたスコフィールド。ついにミッションコンプリートか。 「家具は家を縛(しば)り、家は人を縛る」という坂本竜馬の言葉がある。意味は大きく違うと思うけど、私の場合「犬は私を縛り、亀もまた然り」。生き物を飼っていると、旅行にも行けない。現にこの20年余の間、家を留守にしたのは母の葬式の日ぐらいだ。 百個を目標に額縁を作ろう

《続・平熱日記》67 篭(かご)と笊(ざる)

【コラム・斉藤裕之】夫婦に共通の趣味はないのだが、カミさんがわりと素直に付き合ってくれるのが、たまに出かける骨董市。特にお目当てのものがあるわけでもない。何かの収集家でもないが、古びた道具や家具は今のものとは違う魅力がある。 ゆっくりと小半時(こはんとき)を過ごして何も買わないこともあれば、お宝?を発見できることもあるのだが、結構な確率でカミさんが手にしているのは篭(かご)と笊(ざる)。「どう?」。安すぎる売り値を聞いて、これを作る手間を考えると「どうぞ!」と答えるしかない。 元々「テキスト」は「編む」という言葉から、また「テクスチャー」が材質感と訳されるように、一枚の美しい生地もひとめひとめから成り立つという全体の部分の関係。そうそう、「縦の糸は〇〇〇で横の糸が△△△」という唄の如く、篭や笊は哲学的かつ幾何学的な構造を伴っている。例えば、立派な全集や辞典なども「編む」という。 フィンランドの五輪代表が集中力を高めるために編み物を取り入れたとか、またミス・マープルが事件の解決の合間に編み物をする姿も思い出される。いずれにしろ、「コツコツ」と積み上げるという私の苦手な分野であることは確かだ。 それから、カミさんの趣味のひとつは植物である。いわゆる豪華絢爛(ごうかけんらん)なものではなく、どちらかというと山野草などのひっそりとしたものを好む。訪れた道の駅や直売所では、まずは外回りの鉢物を物色する。最近買ったのは、萱(かや)のようなひょろひょろとした草や垂れ下がる弦(つる)ものの草だ。それらは時々篭に盛られ、台所に置かれる。 私は好んで花を描く方ではないのだが、季節ごとに目にする野の草を描くことがある。ドクダミやアザミは毎年描いてみるのだが、なかなか上手くいかない。そんな時、たまにカミさんの生けた篭の花を拝借して描いてみるのだが、次の日には開いたり萎れたりしていて、途中で止めてしまうことがよくある。

《続・平熱日記》67 ヘビのはなし 「ハミ酒」のことなど

【コラム・斉藤裕之】我が家の台所に「ハミ酒」と書かれたラベルの小さな小瓶がある。マムシの酒である。故郷ではマムシのことを「ハミ」という。恐らく「はむ」「噛(か)む」からきているのだと思う。このハミ酒は弟から譲り受けたもので飲むためのものではない。実は虫刺されの特効薬なのである。 1年前の実話である。長女の結婚式に出席するために弟夫婦が上京する前日。ほぼぽつんと一軒家の弟宅で、運の悪いことに嫁さんが黄色スズメバチに刺された。それも顔面。すぐに器具で毒を吸い取り、ハミ酒を塗ったそうな。普通に考えれば人前に出られないほどに腫(は)れ上がるはず。しかし次の日の結婚式にはそんなことがあった?というほどに腫れも引いた、晴れやかな笑顔で写真に納まっていたのだ。 八郷のお寺の裏山で薪割りの作業中にお茶を差し入れてくださる奥様が、母屋の玄関にマムシが入ってきて騒動になったという話をされたので、こんな逸話を披露した。 「というわけでとにかく、毛虫やなにかの正体不明の腫れ痒(かゆ)みには、迷わずこのハミ酒をちょちょっとつけると間違いなく治ります。だから今度マムシを見つけたら是非お酒につけて…」と奥様に勧めてはみたものの、自分でやるかと問われれば「否」。思えば奥様も尼僧であることを忘れて、殺生を勧めるとは実に罰当たりであったと少々反省した。 SNS書き込みの「蛇足」「やぶへび」 さて、いつの間にか本堂に足場が組んである。長雨で雨漏りがひどくなり、ついに瓦を葺(ふ)き替えるとのこと。お寺の屋根の曲線は球が転がるのが直線よりも速い。なんとか曲線でアールと物理の先生だかが言っていたのを思い出す。

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日本の子どもは可哀そう 《ひょうたんの眼》36

【コラム・高橋恵一】青年海外協力隊員として東南アジアに派遣された青年の経験談である。優れた日本農業技術で作物を育てたところ、高温多湿の気候の効果もあって、半年でそれまでの1年分の収穫ができた。現地農民は、大喜びをした。次に、協力隊員は、後半の作付けに取り掛かろうとしたところ、農民は動かない。1年分の収穫ができたのだから、もう働く必要がないというのだった。30年前のことだ。 青年海外協力隊員は、苦笑しながら、現地農民の経済感覚を伝えてくれたが、今なら、ゆとりのできた時間や資金をどう使うかを考えたかも知れない。 日本では、高度成長期から、成果をひたすら企業資金力の強化に回し、労働時間の短縮やセーフティーネットの構築、地球環境の改善・保護に回すことはほとんどなかった。 それから30年。日本の幸福度ランキングは、世界で56位。韓国とピッタリ寄り添って、ロシア、中国の少し上位に位置しているが、OECD(経済協力開発機構)37カ国のうち最下位レベルだ。 我々の生活レベルを考える時、「昔」と比べると、格段に忙しさが変わって来ている。拘束された忙しさ、義務的な忙しさである。 日本の幸福度を改善するためには、就業時間を短縮し、最低賃金を思い切り上げればよい。毎日の労働時間を7時間、週35時間以内にすれば、全く違う世界が見えてくる。当然、フレックスタイムが導入され、満員電車も解消する。生産力を維持するためには、雇用を拡大しなくてはならない。女性の役割が大きくなり、より多様性が拡大する。変化への原動力は、格差社会の解消である。

高齢者施設にワクチン配送 65歳以上4万7000人に接種券郵送も つくば市

高齢者を対象にした新型コロナウイルスワクチンの配送が22日、つくば市で始まった。同日午前、第1便となるファイザー社製のワクチンが、市内の介護老人保健施設に1カ所に届けられた。併せて同日、市内の65歳以上の高齢者約4万7000人にワクチン接種券が郵送された。23日以降、各家庭に届く。 マイナス70度の超低温冷凍庫から取り出したワクチンを必要な数だけ素早く配送用の保冷箱に移す作業員=22日、つくば市役所 配送されたワクチンは、17日に国から届いた2箱(1950回接種分)のうちの一部で、市役所内に設置された超低温冷凍庫でマイナス75度で保管されていた。 4月26日から5月3日の週には5箱(4875回接種分)が国から届く予定で、医療機関のほか、特別養護老人ホーム10カ所とグループホーム18カ所にも届けられる予定だ。 接種開始は5月24日

開園25周年 つくばわんわんランド 「人とペットが共存する拠点に」

日本最大級の犬のテーマパーク「つくばわんわんランド」(つくば市沼田、東郷治久社長)が27日、開園25周年を迎える。1996年4月27日、現在の3分の1ほどの面積でスタートした。ペットは家族の一員であるという価値観が浸透すると共に、犬を見せる施設から犬と触れ合う施設へとコンセプトを変化させてきた。現在、約90種約500匹の犬がいる。 寺崎修司園長は「日本のペットに対する意識は、ペット先進国と比べまだまだ遅れているところがあるので、正しい知識をもって人と動物が共存する社会を目指す拠点になれれば」と話す。 珍しい大型犬、ナポリタンマスティフをなでる寺崎園長 25周年を記念して26~28日の3日間、25歳の人と小学生以下の入園料が100円になる特別イベントが開催されるほか、ゴールデンウイーク(GW)中の29日から5月5日まで、グループ法人のつくば国際ペット専門学校講師による犬のお手入れ教室やしつけ教室などが開催される。 園のシンボル 黄色い木造犬は4代目

別の学校も臨時休校 つくば市教員が新型コロナ

つくば市は21日、市立学校教員が新型コロナウイルスに感染していることが分かり、この教員が勤務する学校を22~23日の2日間、臨時休校にすると発表した。 市教育局学び推進課によると、20日に感染が確認された教員が勤務する学校とは別の学校という。 21日感染が分かった教員の濃厚接触者は現在、保健所が調査している。この教員の症状や、いつまで勤務していたかなどは公表しないとしている。 一方、20日に教員の感染が確認され、21~22日の2日間、臨時休校としていた学校は、23日から通常通り授業を開始する。