【ノベル・伊東葎花】
敬老の日に、嫁が食事に誘ってくれたの。
孫たちに会うのは久しぶりよ。楽しみだわ。
「お義母さん、いらっしゃい」
「今日はお招きありがとね」
「わーい、おばあちゃんだ」
「おばあちゃん、こんにちは」
「まあまあ、孫たちも大きくなって」
孫は全部で5人いるの。
高校生を筆頭に、一番下はまだ3歳。
みんなかわいいわ。
だけどねぇ、年のせいかしら。名前がなかなか覚えられないのよね。
「ええ~と、一番上のあなたは確か、月ちゃんだったかしら」
「違うよ、おばあちゃん。わたしは月の姫と書いて、月姫(かぐや)だよ」
「ああ、そうだった。かぐやちゃんね。2番目のあなたは、大ちゃんだったかしら」
「違うよ、おばあちゃん。僕は大きい河と書いて、大河(ナイル)だよ」
「あ、ああ、ナイルくんね。3番目のあなたは、真くんよね」
「違うよ、おばあちゃん。僕は真珠の星と書いて、真珠星(スピカ)だよ」
「あ、ス、スピカくん…。そうだったわ。4番目のあなたは、鈴ちゃんだったかしら」
「違うよ、おばあちゃん。わたしは鈴の音と書いて、鈴音(べる)だよ」
「ああ、そうそう、べるちゃんね…。え~っと、一番下の子は?」
嫁の後ろから、可愛らしい女の子が顔を出した。
「お義母さん、すみません。この子、人見知りで」
「会うのは初めてだもの。仕方ないわ。それで、名前は、雪ちゃんだったかしら」
「違いますよ、お義母さん。この子は雪の女王と書いて、雪女王(エルサ)です」
「ああ…エルサちゃんね。ああ、もう、みんな難しい名前で覚えられないわ」
「ねえ、おばあちゃんの名前は何ていうの?」
「おばあちゃんの名前は簡単よ。だってひらがなだもの」
「ふうん。じゃあ、紙に書いて」
孫たちが持ってきた紙に、私は大きく名前を書いた。
「ほら、これがおばあちゃんの名前よ」
『ゑゐ』
「え? 何、この字?」
「ひらがな?」
「何て読むの?」
「ゑゐと書いて、ゑゐ(えい)よ」
「えええ~、おばあちゃんの名前がいちばんスゴイ!」
「おばあちゃんの名前、すごいキラキラネームだね」
「月姫(かぐや)も大河(ナイル)も真珠星(スピカ)も鈴音(べる)も雪女王(エルサ)も、みんな素敵な名前よ。おばあちゃん、ちゃんと覚えたからね。今度、俳句仲間に自慢するわ」
「おばあちゃんの名前も、カッコいいから学校で自慢するね」
「あらうれしい。長生きはするものね」
こんなに名前をほめられるなんて、親に感謝ね。
(作家)