水曜日, 8月 19, 2026
ホームコラムよみがえる新日本紀行花火師編《見上げてごらん!》47

よみがえる新日本紀行花火師編《見上げてごらん!》47

【コラム・小泉裕司】今回は11月19日放送のNHK BS「よみがえる新日本紀行」に登場した、そうそうたる花火師の顔ぶれを紹介したい。「新日本紀行」は1963年10月から82年3月まで19年続いた30分の紀行番組。NHKのホームページによると、「日本各地の風土紹介だけではなく、そこで生きる人々の物語や話題など人間の記録を中心にすえた紀行ドキュメンタリー」とある。私が小学生のころ、担任の先生に社会科の宿題として見るよう言われ、中学生になっても見続けた。

「よみがえる新日本紀行」は「新日本紀行」を最新デジタル技術で色鮮やかな映像によみがえらせ、加えて、番組で描かれた取材地の「現在」を新たに取材している、2022年4月から続く40分番組。過去から現在への空間移動が興味深く、西新宿や築地など個人的趣味で録画している。

このうち、花火師を取材した番組は「煙火師群像/愛知県三河地方」と「夜空の詩人たち/秋田県大曲市」の二つ。いずれも時代は変わっても変わらぬ花火師の心意気を描いており、花火愛好家にお薦めしたいアーカイブ映像。残念ながら再放送の予定は見つからないので、今回は「大曲」を紹介したい。

夜空の詩人たち/秋田県大曲市

この番組、実は2024年10月5日にBS4Kで初回放送済みのBS再放送。1981年、秋田県大曲市(現大仙市)で開催された「全国花火競技大会」を支える要人や大会に挑む県内外の花火名人たちの奮闘を描いた名作。なんて心に響く、素敵なタイトルなのだろう。

地元の花火師を支えるだけでなく、全国の花火師との緻密な連携で大会を支える実行委員長の佐藤勲さん。小型トラックで500キロの長距離を運転し到着した茨城県真壁町(現桜川市)の「筑北火工」の花火師をねぎらう姿は、おもてなしの気持ちに満ちている。「題名のイメージに合う花火を上げてもらいたい」と大会に寄せる思いを語った。

2017年には、最も創造性が豊かであると認められた作品(創造花火)に贈られる佐藤さんの名前を冠した特別賞が創設された。

土浦火工の北島義一氏のもとで3年間修行した北日本花火興業(秋田県大仙市)3代目の今野正義さんは、農業と兼職の農民花火師。自宅の窓辺でトランペットを吹く正義さんの長男義和さんは、4代目を決意し、「音楽の世界を光で描いてみたい」と夢を語った。

就業して10年。競技大会で優勝するなど、現在まで数々の輝かしい成績を積み重ねてきた。卓越した型物花火の技術や音楽と融合した花火の創造など、煙火業界の発展に寄与した偉大な功績が評価され、昨年度は「現代の名工」、今年度は「黄綬褒章」に輝いた。

永久保存の価値ある影像

「花火は花火師の個性が出るもの」と語るのは、小松煙火工業(秋田県大仙市)4代目の小松忠二さん。後を継いだ5代目忠信さんは、市内5業者のリーダーとして「見る人々がいかに楽しんでもらえるか」を追求し続ける。

このとき、すでに日本煙火協会の要職を歴任するなど煙火業界の重鎮であった武藤輝彦さんも登場。著書「日本の花火のあゆみ」や「ドン!と花火だ」などは、私のバイブル的資料として書棚に鎮座している。

茨城県明野町(現筑西市)の新井煙火店の新井茂さん。同じ旧明野町で森煙火工場を創業した初代森清さん(現在は森武さんが2代目)がそれまで働いていた新井煙火店は、現在は廃業したとのこと。

群馬県の菊屋小幡花火店の4代目小幡清秀さんは、故郷への想いを赤とんぼにイメージした作品を出品。多重芯割物花火においては名人の域にあり、「四重芯の小幡」とも呼ばれた。2023年、土浦のスターマインの部で、5代目知明(としあき)さんは、故郷の上毛カルタをモチーフにした「風神雷神」で内閣総理大臣賞を受賞。父の系譜を紡ぐ郷土愛満載の作風を愛するコアなファンは数多い。

雨降りしきる中、創造花火の部で優勝した作品は「紫陽花」。花火師は川畑宏一さん、土浦火工の2代目。この年は、北島義一さんが逝去した2年後で、十八番(おはこ)の紫、青や紅の牡丹(ボタン)花火が次々と開花する美しい映像は、アーカイブとして永久保存の価値がある。

放送43年、次代へ継承

番組後半では、番組放送後43年たった2024年の大会を取材。打ち上げの準備に余念がない今野義和さんは、花火作品への思いを「筒の中で静かに出番を待っている花火玉を『役者』として生かしてあげたい」と語った。花火を芸術の世界にまで築き上げたひとり、今野さんならではの哲学に感銘。

デジタル技術を駆使した音楽花火の世界を追求する息子の貴文(たかのり)さんの奮闘も紹介。40年前の番組に登場した花火師の息子世代が、今や業界をけん引する存在となり、父から受け継いだ技と最新のデジタル制御などを融合させて夜空を彩る様子が描かれている。

時代が変わっても、多くの観客を魅了するために、一発一発に魂を込める職人たちの哲学や情熱は変わっていないことを強く感じ取ることができる。冨田勲さん作曲の名曲「新日本紀行のテーマ」で幕を閉じる。

今野さん親子とのご縁

2008年、大曲で花火鑑賞士試験を受験したときの講師のお一人が今野義和さん。「もっとも難しい色は何色か?」の私の愚問に、答えは「黒色」。黒色は光を吸収するゆえ、闇に溶け込んでしまう。誰も想像もつかない数々の名作、奇作を世に出してきた今野さんの究極が「黒い花火」だったのかも知れない。禅問答の奥にある答えの本質に気付けなかった自分が、今さらに恥ずかしい。

息子の貴文さんとは、今年9月の常総花火大会前夜、市内の居酒屋で親睦を深めた。とても穏やかな語り口の裏にある、並々ならぬ花火への情熱に深く感銘。常に父親と比較されることが多いと思うが、豊かな感性と創造性を磨き上げて、「らしさ」を極めてほしい。来年、常総での再会を期して、本日はこれにて、打ち留めー。「シュー ドドーン パッパッパッ!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

1コメント

1 Comment
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

「音」で土浦の今を残したい 子どもたちと集めた音でVR・AIアート体験を

22、23日 りんりんポート土浦 普段は意識せずに聞き流している、揺れる木々の音、足音、街のざわめきなど土浦市内の音を録音し、映像やVR(仮想現実)、AIなどの技術と組み合わせて「土浦の音」を体験する展示「土浦サウンドアーカイブプロジェクト 土浦サウンド展」が22、23日、同市川口、霞ケ浦湖畔の休憩施設、りんりんポート土浦で開かれる。 主催するのは、土浦市在住の音楽家、宇津木紘一(44)が代表を務める市民団体「つちうらサウンド・アーカイブ・プロジェクト実行委員会」。昨年から開いてきたワークショップの一環で、地域で集めてきた音や活動を紹介するとともに、来場者自身が音を聞き、触れ、遊ぶことのできる「小さな美術館」のような空間をつくる。地域活性化や地域課題解決を目的とした活動を対象にした市の助成制度「土浦市協働のまちづくりファンド(ソフト)事業」にも採択された。 子どもたちと音を探す 今回の活動は、昨年10月に15人ほどの子どもたちと土浦の街に出て音を集めるところから始まった。市内を走るサイクリングロード、つくば霞ケ浦りんりんロードを自転車で走ったり、霞ケ浦総合公園を歩いたり、霞ケ浦で遊覧船に乗船しながら、スマートフォンを使ってさまざまな音を録音した。水や風の音など自然界の音だけでなく、足音、自転車のきしみなど、普段は聞き流してしまっている音を録音した。参加した子どもたちが驚いたのは、自分の耳で聞く音と、録音した音との違いだったという。 今年2月には、ワークショップで集めた音と、サックス奏者である宇津木さんらによる生演奏によるコラボイベントが、市内の寺院で開かれた。(2月20日付) 宇津木さんは「音を通して、その土地の文化や地域を知ることができる」と話し、「音は人の記憶と結びつく。何気ない一つ一つの音も、複数の音が重なることで、その場所ならではの風景が浮かび上がることがある」、そんな気づきが活動に繋がったと語る。 土浦の音でリズムをつくる 今回の展示では、これまでのワークショップやコンサートを写真や映像、資料で振り返るほか、VRなどを利用した体験型作品も並ぶ予定だ。普段は美術館などに出掛けなければ触れる機会の少ないメディアアートを、身近な地域で気軽に楽しんでもらいたいとする。 映像とともに音の遠近や変化を体験する「土浦サウンドVR」は、暗幕で光を遮った室内に設置された100インチのスクリーンに、AI技術を使用し、土浦市内の風景を元に作られた仮想空間がプロジェクターで映される。参加者は、パソコンを操作しながら空間を移動し、画面上のものに触れるとさまざまな音を聞くことができる。 音遊びゲーム「おとふね」は、企画のために作られたスマートフォン用のアプリを使い、土浦で録った音を素材に、自分でリズムをつくることができる。例えば、足音をバスドラムの「ドン」という音のように使ったり、風や葉の揺れる音を楽器の一つとして組み込んだりする。アプリ上で好きな音を選び、何度も組み合わせながら自分なりのリズムをつくる。スタッフに相談しながら体験できるようにもする予定だ。「私自身、世界にある全ての音を音楽に使えると気付いた時に世界が広がった」と話す宇津木さんの体験が元になったコーナーだ。作った音は、ダウンロードし持ち帰ることができる。 会場にはこのほか、地域で活動する作家と一緒に線香花火や紙パックを使ったランタンを手作りできるコーナーも設ける。 消えていく「音」で町を残す 活動の背景には、「今の土浦を残す」という目的があると宇津木さんはいう。「音から、その地域の文化や歴史を読み取ることができる。ふと耳にした瞬間に昔を思い出すこともある。音にはそんな力がある。街の景色や暮らしは変わり、文化や歴史も失われていく。だから、今しか聞けない音を記録しておきたい」 今はスマートフォンがあれば、誰でも簡単に音を録音できる。宇津木さんが子どもの頃は、録音には専用の機器やカセットテープが必要だった。身近になった録音技術を使って地域の音を残し、さらにVRやAIなど現在の技術と組み合わせることも、このプロジェクトの目的だ。残された音を将来聞いた人が「なぜ、この音がしていたんだろう」と疑問を持ち、当時を知る人に尋ねることで、地域の歴史を知るきっかけにもなると想像する。 「写真は撮るけど、音は撮らないですよね」と話す宇津木さん。「一度、音に意識を向けるようになると、どこへ行っても音に気付くようになる。音を積極的に感じる機会が少し増えるだけでも、日常の楽しみは増えるんじゃないかと思う」とし、「専門的な知識は全然なくて大丈夫。夏休みの思い出づくりに、『ちょっと面白そうだな』という気持ちで来てもらえれば」と呼び掛ける。(柴田大輔) ◆「土浦サウンドアーカイブプロジェクト 土浦サウンド展」は、8月22日(土)、23日(日)、土浦市川口2丁目13-25 りんりんポート土浦で開催。両日とも午前11時~午後5時。手作り線香花火、紙パックランタンの「手作りワークショップ」は午後1時からと、午後3時から。午後3時30分からは、サウンドスケープ・ライブと題して、宇津木さんと、同実行委員会の統括ディレクターを務める作曲家でピアニストの中村浩之さんによる、集めた土浦の音と楽器による即興演奏会が開かれる。入場無料。問い合わせはメール(contact@bbmusic.tokyo)へ。イベントの詳細は、特設サイトへ。

大切な行事と「森の薬膳coco Tea」《ご飯は世界を救う》74

【コラム・川浪せつ子】年齢を重ねると、食べ物や昔からの行事(お盆)などが大切に感じるようになります。今年1月、義理の妹が病気で亡くなり、初盆です。私より少し上でしたが、本当によくしてもらいました。 また我が家は、これからのお墓のことでいろいろ検討中です。そんな中、7月に掲載した「牛久沼泊岬」(7月16日付)に行く途中、大きな墓地があるのに気がつきました。 近所の友人に話したら、10年前、お父さんをその墓地に埋葬したそうです。「そこには見晴らし台があって、牛久沼がよく見えるから、スケッチしたら」と、案内してもらいました。なかなかよい感じのところです。ですが、やぶ蚊が多く、とってもスケッチはできず、写真に収めて家で描くことに…。 お墓参りした後、友人が連れて行ってくれたのが「森の薬膳 coco Tea」(つくば市学園の森)というお店でした。お参りしてから、洋食料理より薬膳料理って、なんだかよい感じです。心も体もいたわる感じで…。 薬膳には興味はありませんでしたが、今回食したカボチャは体を温め、胃腸の働きを高めるそうです。山芋はスーパーフードで、滋養強壮にもいろいろな効果があるそうです。これからの食生活にも、少しずつ取り入れたいものですね。 風景に癒やされ、食事からは元気をもらい、大好きな友人とおしゃべり。そして、これからのご先祖様と私の行く末を考えながら、前向きの気持ちになった一日でした。(イラストレーター)

TX土浦延伸期成同盟会を設立 県内6市町長と議長

つくばエクスプレス(TX)の土浦延伸と茨城空港延伸を目指して、県内の関係6市町長と議会議長が17日、TX土浦延伸期成同盟会を立ち上げ、会長に安藤真理子土浦市長を選出した。TX東京駅延伸を図る沿線首長らによる期成同盟はすでに存在しているが、土浦駅延伸を目指す団体が結成されたことで、双方向延伸実現に向けた政治関係組織ができた。同日、土浦市内の結婚式場「ローブ」で設立総会が催された。 交通政策審での位置付けが課題 メンバーは、土浦、石岡、牛久、かすみがうら、小美玉市、阿見町の市長・町長と、これら6市・町の議会議長の計12人で構成される。土浦駅に近い常磐線沿線の首長のほか、土浦延伸が実現したあと茨城空港(小美玉市)への再延伸を目指して、その経路に当たると想定されるかすみがうら市長も加わった。 採択された設立趣意書では ①TX土浦延伸、さらに茨城空港延伸は、沿線地域の利便性を向上させ、県南・県央・県北と首都圏、さらに諸外国を結ぶ交通ネットワークを強化する ②延伸は交流人口の拡大や産業の活性化、大規模災害時の代替輸送路確保に寄与する ③次期(国土交通省)交通政策審議会答申で、必要路線と位置付けられることが重要課題 ④関係自治体が連携し、強力な推進体制を構築し、関係機関に強く訴える―とうたっている。 土浦延伸と県南50万都市はセット 設立総会には大井川和彦知事、関係市町が選挙区の県会・国会議員、地元土浦の市会議員も出席した。土浦市長や来賓あいさつでは、TX土浦延伸と県南50万都市形成をセットで構想する発言が相次いだ。 会長に選出された安藤土浦市長は「(最近)知事からTX延伸を機に県南に50万都市を建設するとの話があったが、TX延伸はその都市づくりの重要な要素になる。そのために地域がひとつになることが重要」だと述べた。大井川知事は「TXは土浦とつくばを中心とした50万都市づくりの大きな契機になる。そのためには地元自治体の延伸活動が大事」だとし、地元選挙区選出の国光あやの衆院議員は「高市政権の成長戦略では鉄道も重視されている。TX土浦・東京延伸は費用対効果を考えると十分ペイする。50万都市形成を目指す県南でTXが充実することは国の戦略と合致する」などと話した。 常磐線不通の際は替輸送経路 総会後、県の木名瀬貴久政策企画部長が「TX延伸による茨城の未来」という演題で講演、いろいろな視点から延伸がもたらす効果を説明した。この中でも「つくばなど県南・県西と水戸など県央、さらには県北がより近くなることで、県内の大きな経済圏の連携強化につながる」と、県全体に及ぼす経済効果に言及した、 また延伸区間(つくば駅~土浦駅、約10キロ、約9分)のポテンシャルについて「つくばー土浦間の利用者は平日・休日ともに7~8万人もの流動性がある」とし、「これにより一部区間で発生している交通渋滞は鉄道利用が増えることで緩和される」「延伸区間は高架構造を想定しており、河川氾濫などの災害リスクや輸送障害を軽減できる」などと説明。特に、常磐線が不通になった際、TXが代替輸送経路になることを強調した。(坂本栄)

竹園に残る未来の遺跡《デザインを考える》35

【コラム・三橋俊雄】つくば市の竹園地区は、1970年代に研究学園都市の中でいち早く整備された地域の一つです。そのため、この地区には学園都市建設当時の理想や期待が色濃く刻み込まれています。公務員宿舎や公共施設もそうした構想のもとで整備されました。 しかし半世紀近くが過ぎた現在、社会の姿は大きく変わりました。人口構造や働き方、住まい方が変化し、かつて重要な役割を担っていた施設の一部は、その役割を終えています。その結果、閉鎖されたままの公務員宿舎や使われなくなった設備の一部は、街の中に残されることになりました。 毎週水曜・日曜のラジオ体操の際に気になっているのが、竹園ショッピングセンター広場に設置されていた水飲み場(写真右下の2枚)です。もともと、ショッピングセンターと交流センターの間には、3基の水飲み場がありました、しかし5年以上前から、金属製の蛇口は取り外され、石造の基部だけが残されています。かつては夏の日に子どもたちや買い物客の喉をうるおし、まちのやさしさを感じさせる存在だったことでしょう。 それだけではありません。つくば市誕生当初から設置されている案内地図板(写真左の2枚)も今は色あせ、機能していません。研究学園都市として新しい未来を切り開こうとしていたころの期待や希望を映し出していたはずの地図板も、今では静かに時の流れを物語るだけの存在となっています。それらが適切な手入れもされないまま残されている姿は、歴史的景観というよりも、むしろ「廃墟」のような印象を受けます。 さらに昨年から、管理者によって使用が禁止されたままとなっている郵便局脇の掲示板(写真右上)も、そのまま使用できずに残されたままです。子どもたちの通学路でもあるこの広場は、長年にわたり多くの人々が行き交い、掲示板は地域の情報を共有する場として親しまれてきました。掲示板には地域のイベントや活動のお知らせが貼られ、そこには日々の息づかいが感じられていました。その掲示板だけがポツンと残されている光景に、私は一抹の寂しさを覚えています。 「廃墟」と「現在」が同居 使えない水飲み場や、色あせた案内地図板、使用できない掲示板が放置されたまま、この広場には「廃墟」と「現在」が同居しているのです。そうした風景を眺めていると、研究学園都市として船出したころに抱いていた理想や、市民とともにまちを育てていこうとしていた熱意は、どこへ行ってしまったのだろうか?と思わずにはいられません。 まちの魅力は、新しい施設だけによって生まれるものではありません。人々が集い、情報を共にし、地域への愛着を育む場所であってこそ、まちは生き続けることができるのです。水飲み場も、案内地図板も、掲示板も、一見するとささやかな存在かもしれません。しかし、そうした身近な施設にどう向き合っていくかということこそ、そのまちのありようが表れているのではないでしょうか。 今こそ、つくばが研究学園都市として歩み始めたころの志に立ち返り、まちの記憶と誇りを次世代へ受け継ぐための「まちのデザイン」が必要ではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)