土曜日, 6月 6, 2026
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キース・へリングとエミール・シオラン《令和樂学ラボ》34

【コラム・川上美智子】小学5年生の孫が、すごく面白かったとラインで知らせてきたキース・へリング展に足を運んだ。4月6日まで茨城県近代美術館で開かれている。心引かれて、2回目はさらにじっくり鑑賞した。

彼は1980年代にニューヨークでポップなストリート・アーティストとして脚光を浴び、1990年に31歳の若さでHIVによる肺炎で亡くなった。画歴はわずか10年であったが、チョークや筆で描かれた単純な線画や色使いが我々に訴えるものは大きい。彼が表現し、人々に発信したかったのは人間の根源、生への憧れと死の恐怖である。

健やかな体を失った彼は、人間に死をもたらす愚かな戦争や暴力など、死への恐怖を表現し続けた。一方で、無限の未来を「光り輝く生」、無垢(むく)な赤ん坊の姿「ラディアント・ベイビー」やお腹の大きな女性で表現している。彼が取り戻したかったのは、この輝く未来ある生(せい)だったのだろう。

子どもたちにアートに触れる機会をもってもらうために、青、赤、黄といった原色の色を使い、単純でわかりやすい絵や立体、玩具(がんぐ)、絵本を残している。子どもの心に響くこれらのアートは、彼が伝えたかった「みんなのためのアート」として、私たち大人にも地球上で繰り広げられる戦争の惨劇の愚かさなどを強烈に伝える。

大相撲の3月場所で新入幕を果たし、見事、敢闘賞を受賞したウクライナ出身の安青錦(あおにしき)が、平和を願ったキース・へリングのアートを化粧まわしにしたのはうれしいニュースだった。

尊敬していた金井裕先生

最近、気になったもう一人がルーマニアの作家、思想家エミール・シオランである。NHKは、昨年末のラジオ深夜便でシオランの『絶望名言』を取り上げている。また、先日、テレビでもシオランに影響を受けた若き日本の哲学者を主人公にした特集ドラマ『どうせ死ぬならパリで死のう』(伊吹一脚本)が放映された。

シオランは、人間の生そのものを悲劇と考える悲観主義者(ペシミスト)で、「ただひとつの、本物の不運、それはこの世に生まれ出るという不運だ」と言い放つ。ルーマニアでの楽しい幼少時代を過ごした後、文学、哲学を学び、26歳でフランスのパリに渡り、ルーマニア語とフランス語による著作を残し、84歳パリで没した。

そのほとんどが、彼の思索から生まれた短い言葉でつづったアフォリズム(人生に関わる教訓、箴言、名言)である。ドラマでは、彼の1997年の著作『カイエ(CAHIERS)』の分厚い翻訳本が使われていた。「私は生を嫌っているのでも、死を願っているのでもない。ただ生まれなければよかったのにと思っているだけだ」と生きる意味に悩み、「この世の誰かにとって必要な人間になるくらいなら、わが身を生贄(いけにえ)にささげたほうがましだ」と記している。

このシオランの存在を教えてくれたのが、茨城キリスト教短期大学勤務時代に尊敬していた金井裕(金井裕吉)先生だ。京都大学仏文科卒で、短大ではフランス語を教えていた。知性派のニヒリストである先生は、私が勤務を始めた頃はロジェ・カイヨワの著作を、1990年代に入るとシオランの翻訳を手がけた。

シオランの大半の日本語訳は金井先生の手によるもので、テレビでみた『カイエ(CAHIERS)』の分厚い翻訳本も先生のものであった。

霞ケ浦畔の家で生涯、翻訳に没頭された先生が、生と死をどう捉えていたのかを伺うことなく亡くなられたのは心残りである。今回取り上げた偉人たち、いずれも「表現」という形で生きた証しを残している。生の意味の答えは、きっとそこにあるのであろう。(茨城キリスト教大学名誉教授、関彰商事株式会社アドバイザー)

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「倒れる」練習《続・気軽にSOS》172

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