【コラム・よぎ(P.ヨゲンドラ)】日本の学校教育には、長年続いてきた大きな課題がある。それは、授業、考査、学校行事、探究活動、部活動、校外学習などが、それぞれ独立して存在していることである。本来、教育とはすべての活動がつながり合い、生徒の人格形成や実践力育成へ向かうべきものである。しかし現実には、「授業は授業」「行事は行事」と分断され、生徒自身も「何のためにやっているのか」を理解できないまま、学校生活を送っている場合が少なくない。
生徒と宿泊行事に参加した際、企画運営を担当した生徒に「この活動から何を学んだか」と尋ねたことがある。最初、生徒は答えられなかった。そこで「社会人になって似たような企画を任されたら再現できるか」と問い直すと、「人を集め、計画し、役割分担をして、必要な情報を調べる」と、具体的に説明し始めた。つまり生徒は実践的な力を身につけていたにもかかわらず、それを“学び”として認識できていなかったのである。
「授業だけの学校」から脱却せよ
ここに、日本の教育の大きなヒントがある。学校行事や探究活動は単なる思い出づくりではない。本来は、理解力、応用力、分析力、創造力、実行力、協調性を育成する重要な教育活動なのである。
だからこそ学校全体で「学びのストーリー」を設計する必要がある。例えば、情報の授業で学んだプログラミングを文化祭の受付システム開発に活用する。経営理論を学んだ生徒が、学校行事の予算管理や企画運営を担う。探究学習で調べた地域課題を、地域イベントや行政提言へとつなげる。このように、授業と実社会を接続してこそ、生徒は「学ぶ意味」を理解し始める。
私が校長を務めた土浦一高では、中高一貫6カ年構想のもと、学習・考査、特別活動、探究学習、課外学習、校外学習、学校行事の6領域を相互に連携させる改革を進めてきた。探究活動では、DX、ビジネス、マネジメント、中国語などを導入し、外部専門家や大学との連携を進めた。また模擬国連、模擬議会、海外研修、起業家講演などを通じ、生徒が教室外で社会と接続できる環境づくりを推進した。
学びの可視化、目的や目標の確認
さらに重要なのは、「学びの可視化」である。高校3年間で何をどの順番で学び、それがどの活動や実験とつながるのかを示さなければ、生徒は学習の目的を見失う。カーナビのない運転が不安であるように、学びにも道筋が必要なのである。そのためにも年度当初、学年ごとに、科目ごとに具体的なオリエンテーションを行うべきである。これから1年をかけて学ぶ内容、どこで山場がくるのか、参加する行事とその意義を確かめるとよい。保護者にも参加してもらうことで、二人三脚が実現できる。
教育とは、知識を点で覚えさせることではない。教科、活動、体験、人間関係を線と面でつなぎ、「生きる力」に変えていく営みである。日本の教育改革に必要なのは新しい科目を増やすことだけではない。学校全体を「ひとつの大きな学びのシステム」として再設計することなのである。(土浦一高・付属中学校 元校長)






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