【コラム・平野国美】死を迎える瞬間、その人の心にはどのような情景が広がっているのでしょうか? それは、なかなか確認ができないものです。また、ご本人が説明できない状況(例えば危篤状態)にあり、自分の言葉で解説できないことが多いため、ブラックボックスになっているのです。しかし、一部を想像することは可能です。
「お見送り現象」という言葉をご存じでしょうか? 死期が近づいた人の頭に、既に亡くなった大切な人やペット、風景などが現れるという現象です。私はこれまで3000人以上の最期に立ち会ってきました。そこでよく経験するのが、この現象です。
これはオカルトな話ではありません。天井の一点を見つめて誰かと話していたり、昏睡(こんすい)の中で実在しない誰かと話している患者さんの姿をよく拝見します。ほとんどが、亡くなった母親や配偶者の方と話しているようです。多くの場合、にこやかで楽しそうに見えます。
この現象は一種の幻覚や幻想なのかもしれませんが、死に対する恐怖を和らげ、穏やかに旅立つための心の準備とも言われています。
脳内ホルモンが関係?
看護師や家族が病室に訪れたとき、誰もいないはずの部屋で、患者さんが誰かと会話している場面に遭遇したという話も聞きます。その姿を見て心配になり、電話をかけてくる家族の方もいらっしゃいます。
そのとき私はこう話します。「もう、患者さんは苦しいところを通り越して、気持ちの良い状態に入っています。最期のときは近いですが、そっと付き合ってあげてください」。まれに、亡くなる数日前に「おじいちゃんが来たよ」とほほ笑む患者さんの姿は、私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。
「お見送り現象」のメカニズムについて、科学的には完全には解明されていませんが、脳内ホルモンが関係しているという説があります。エンドルフィンやセロトニンといったホルモンはリラックス感をもたらし、痛みやストレスを軽減しますが、死期が近づくと、これらのホルモンが増えて心の安らぎや安心感が生じ、「お見送り現象」が起きるのではないかという考えです。
他にも多くの要因が絡んでいると考えられます。文化背景的なもの、あるいは身体にたまっていく二酸化炭素といったものも関与しているのかもしれません。人の体は最期までうまくできているようです。次回はこの話をします。(訪問診療医師)