金曜日, 11月 22, 2024
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雨の日は憂鬱《短いおはなし》30

【ノベル・伊東葎花】

朝から雨が降っていたので仕事を休んだ。
怠け者だと思わないでほしい。雨の日は、出かけたくない。
なぜなら、見えてしまうから。

歩道橋の下や踏切の前、橋のたもと、交差点の真ん中。
成仏できない霊たちが、私を見つけて傘の中に入ってくる。

「ねえ、お願い、助けて」

私は霊媒師ではないし、どうすることもできない。
ただひたすら、気づかないふりで歩くしかない。
それはとても辛く、苦しい時間だ。
身体中が重くなり、この上なく憂鬱(ゆううつ)になる。

出かけないと決めた日に限って、母から連絡が入る。

「咲ちゃん、具合が悪いの。すぐに帰ってきて」

母はいつも私を頼る。家を出てひとり暮らしを始めても、母は私を束縛する。
仕方がないので、ため息まじりに家を出る。
霊が見えると傘を閉じて耳をふさいだ。
おかげで家に着いたときにはびしょ濡れで、まるで私の方が幽霊みたいだった。

「ああ、帰ってきてくれたのね。さっきから頭が痛くて」

母は、ソファーに力なく座っていた。

どうせ私を呼び戻す口実と知りながら、「大丈夫?」と声をかける。
母は私にすがり、決まって繰り返す。

「咲ちゃん、帰ってきてよ。私はこの家を出られないんだから」

「無理だよ」

「じゃあせめて、今日泊まって行って。寂しくて耐えられない」

「いやよ。再婚相手がいるのに泊まれないわ」

「あんな人、気にしなくていいのよ」

「気にするわ。私はあの人が来たから家を出たのよ」

母はだるそうに頭を抱えた。雨がますます強くなってきた。
窓の外に何人もの霊が、ずぶぬれで私を見ている。

玄関を開ける音がした。再婚相手が帰ってきたようだ。

「お母さん、私帰るね。あの人が帰ってきたみたいだから」

「行かないで。あの人とふたりにしないで」

母は私にすがった。
再婚相手が、きしむような鈍い音を立ててリビングに入ってきた。
青い顔で、乱れた髪をかきあげて私をにらんだ。

「咲さん、来てたの? まあ、元々ここはあなたの家だから自由だけど、来るなら連絡くらい欲しいわね」

「ごめんなさい。ちょっと、忘れ物を取りに」

「あら、それならお母さんの位牌(いはい)も、一緒に持っていってくれないかしら。あれがあると落ち着かなくて。何だかいつも見られている気がするのよ」

父の再婚相手は、いかにも体調が悪そうにため息をついた。
無理もない。この人のまわりにはいつも、母の霊が憑(と)りついているのだから。

「雨の日は気分が悪いわ」

そう言って座り込んだあの人の後ろで、母の霊が私に訴える。

『ねえ、お願い、この人を追い出して。お願い、助けて』

ああ、これだから雨の日は…

(作家)

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