【コラム・中原直子】枕草子に代表されるように、日本には古くから秋の風物詩として鳴く虫を愛(め)でる文化があります。明治時代に作られた「蟲のこゑ(むしのこえ)」という唱歌もその一つで、今も多くの人に歌い継がれています。
この歌には、マツムシ、スズムシ、コオロギ、クツワムシ、ウマオイの5種の秋に鳴く虫が登場します。歌が作られた当時、彼らは人々の身近に普通にいる鳴く虫だったのでしょう。しかし今では、この5種類の虫の声を同時に聞ける場所は非常に少なくなっています。
宍塚の里山では、スズムシとコオロギ(エンマコオロギなど)、ウマオイ(ハヤシノウマオイ)の3種類の声が聞こえますが、マツムシとクツワムシの声は確認できません。どうして、マツムシとクツワムシがいないのでしょうか。
その前に、秋の鳴く虫とはいったいどのような虫か説明しましょう。秋の鳴く虫の多くは、雄が前翅(ぜんし)に発音器を持っています。その構造や発せられる音は種によって異なり、雌への求愛や雄に対する威嚇、他の種との識別、時には天敵への威嚇など、様々な情報を伝達する役割があります。
そのため、音を受け取る器官も発達しており、コオロギやキリギリスでは前脚に音=空気の振動を伝える鼓膜器官があります。私たちが愛でている虫の声は、彼らの種の維持のためのツールの一つなのです。
多くの種は飛べますが、その能力は種によってまちまちです。宍塚にいるスズムシやコオロギ類、ハヤシノウマオイは、どれも飛ぶ能力が高く長距離を移動できる種です。一方、宍塚にいないマツムシとクツワムシは飛んで移動することが少なく、生息するために良好な環境が無くなると、姿を消してしまいます。そのため、宍塚ばかりでなく、茨城県全域で数を減らしています。
普通種が普通種でなくなる時代
マツムシは、チガヤやススキが生育する風通しの良い明るい草地を好みます。クツワムシは、クズが絡む明るい林の縁を好みます。どちらの環境も、人の手が入らなくなったり開発されたりして、無くなっていく一方です。
宍塚にはこの2種が生息できるような環境はあるのですが、なぜか確認できません。昔はいたのか調べようにも記録が残されていないので、過去生息していたのか、それとも分布の空白地帯であったのか謎のままです。しかし、周辺市町村にこの2種がかろうじて生息している場所があることから、おそらく、宍塚にもいたのではないかと考えています。
一度環境が変わって絶え、環境が回復しても都市化や道路によって生息地が分断され、緑の島となっている宍塚に再び入ることができなかったのではないかと推察しています。
生息地が分断されてしまうと、移動能力が低い生物種は生息地が消失しそうになった時にどこかへ逃げることもできないまま、その地域からいなくなってしまいます。近年、これまで普通に見られた生物種が地域絶滅の危機にひんしています。普通種が普通種でなくなる時代となっているのです。
スズムシも全国で見ると減少傾向にある種ですが、移動能力が比較的高いため、つくばや土浦の都市部や住宅地でも、好適な環境が点在していれば生息しており、きれいな鈴の音を聞くことができます。野外で聞くスズムシの声音は、飼育されているものと違い、角がなくまろやかで聞き心地が良く感じられます。
この秋、涼しくなった夜に虫の声を聞きに来ませんか。(宍塚の自然と歴史の会 会員)
<宍塚月例テーマ観察会「鳴く虫」>
9月14日(土)18:30~20:30。9月2~8日にHPで申込み受け付け。